第3章 1 波乱に満ちた休日の幕開け
1
何て気持ちの良い朝なのだろう―。私はベッドの上で伸びをした。
昨夜のルークとノア先輩のアルコール飲み比べの話はあっという間に学院中に広まった。
・・・かなり歪曲されて。
世間に広まった内容はこうだ。
ナターシャに一目惚れしたルークとノア先輩が偶然サロンで鉢合わせした。そしてどちらがよりナターシャに相応しいか、アルコールの飲み比べをして勝負する事になった。
結果はルークの勝ちだったが、ノア先輩のナターシャを思う気持ちがあまりにも強い事を知った彼はノアの為に身を引いた・・・。
う~ん・・。事実とは全く違う話だ。
ちなみにこの話を作ってくれたのは、昨夜サロンにいた男子学生の面々。
私とルークの事情を察し、酔いつぶれて眠ってしまったノアの許可を取らずに勝手に話を作り上げて吹聴して周ったのだ。
その結果・・・。
「ナターシャ様、いつの間にノア様とその様な関係になられていたのですか?」
「でも驚きですわ。まさかナターシャ様が知らぬ間に二人の男性から思いを寄せられていたなんて。」
「しかも、ナターシャ様を巡っての男同士の戦い!女性なら誰でもあこがれるシチュエーションですわね!」
一方のナターシャはと言うと・・・
「嫌ですわ。皆さん。本当に私自身驚いておりますの。ルークとか名乗る男性は存じ上げませんが、アラン王子の従者らしいですわね。でも流石アラン王子。良識のある方を従者にされたと思っております。それで・・ノア様に憧れていらっしゃる方々には大変申し訳ございません。お気を悪くされないで下さいね。皆さんの憧れの殿方を奪ってしまうようで、申し訳ない気持ちで一杯ですの。」
今朝の朝食の席のホールは大賑わいだ。
皆、本当に耳が早い・・・。深層の令嬢揃いだが、所詮女はゴシップ好きだと言う事なのかもしれない。
しかし、ナターシャの口から出て来る行き過ぎた台詞は呆れるを通り越して最早尊敬の念を抱いてしまう。よくもまあ、口から出まかせと思ってもいない台詞をペラペラと喋る事が出来るなあ。
だが、ルークには本当に悪い事をしてしまった。全く関係が無いのにその場に居合わせてしまっただけで、トラブルに巻き込んでしまったのだから。
それに今だってあらぬ噂を立てられて・・・。いつの間にかナターシャに思いを寄せていたと言う設定まで作り上げられているのだから。果たして本人はこの事を知っているのだろうか?
「それで、本日の外出はどうされるのですか?」
1人の令嬢がナターシャに尋ねて来た。
ピクリ。ここで私は聞き耳を立てる。
「ええ、本当は是非にとマリウス様からお誘いを受けていたのですが、ノア様があまりに必死に私と一緒に外出をしたいとおっしゃるので、マリウス様には申し訳ございませんが、お断りさせて頂こうかと思っているんですの。
や、やったー!ついにナターシャがマリウスとの外出を取りやめる事にした!あまり認めたくは無いが、流石ノア先輩。女性の心理について良くご存じだ。
こうして私は数日ぶりに胃の痛みを感じることなく朝食を食べる事が出来た。
部屋に戻ると私はトランクに入った沢山のドレスを大きな紙袋に押し込んだ。
持参する紙バッグは全部で4つ。
マリウスには重い紙袋を2つ持たせる事にして、町へ売りに行く事にしよう。そして手に入れたお金で今度は新しい服を買いなおす・・・。
そこまで考えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。ジェシカ様。少しよろしいでしょうか?」
この声はナターシャだ!私は慌てて部屋のドアを開けると目の前にはニコニコした表情のナターシャが立っている。
どうしよう、何を言われるのか。こ・怖い・・・。
「こんにちは、ナターシャ様。どうされたのですか?」
「ええ・・・。先程、ジェシカ様もホールで皆様のお話を伺っていたのでご存じだとは思いますが、実は本日はノア様と外出する事になりましたので、申し訳ございませんが、マリウス様にお断りして頂いても宜しいでしょうか?」
ナターシャは申し訳なさそうに言う。
なんだ、そんな事か。
「ええ、勿論。きちんとマリウスには伝えておきますので。心置きなくノア先輩とお出かけなさって来てください。」
愛想笑いをした私にナターシャはペコリと頭を下げると去って行った。
部屋の扉を閉めると私はふうとため息をついた。
「もう、心臓に悪いよ・・・。」
さて次の問題は・・・。私はジェシカの持参して来た洋服をベッドに並べた。
「一体、どれを着ればいいのよ~っ!!」
思わず絶叫してしまった・・・。何よ、一体何なのよ!この洋服は!ジェシカの服はどれもこれもが胸元を強調するかのように切れ込みの深い服か、大きく開いた襟ぐり、背中も大きく開いたワンピースばかり。スカートの方は以上に長けが短いか、もしくは身体にぴったりフィットした・・・例えばそう、コスプレのチャイナドレスのような衣装だ。
「冗談じゃない、あり得ない。こんな服しかないなんて。」
私は頭を掻きむしった。こんな服を着る位なら制服を着たほうがましだ。でも制服で町へ出る学生は誰一人としていない。一人だけ着用しようものなら目立ちまくってしまうに決まっている。
一体この小説のジェシカは何故このような露出の激しい服ばかり持って来ているのだろう。ここはやはり悪女らしく、次々と男達を手に入れる為に・・・?
私は深くため息をついた。いくらお気に入りの悪女でも、自分がその人物になってしまうなんて、こっちはちっとも望んでいなかったのに。こんな事なら単なる女生徒Aになりたかった・・。
しかし、着実に出発の時間が迫って来ている。私は震えながら、ベッドの服に手を伸ばした・・・。
この「セント・レイズ」学院は市街地から半径10Km程離れている広大な土地に建てられている巨大学院である。
そして町へ行く交通手段と言う物は存在せず、学生たちは魔法によって作りだされた門を通って、町へ出られるという手法が編み出されている。
そして、この門は週末の2日間、朝10時~夜10時まで解放されているのだ。
町は主に学院に通う生徒達の為に作られたようなものなので、彼らのニーズに合った店ばかりがあり、人気スポットになっている。町へ行くか行かないかは本人の自由なのだが、行かない学生は誰一人としていない。
気が付いてみれば私は自分の小説で設定した町についての情報を頭の中で整理していた。・・・はっ!いけない。こんな事考えている暇があるなら早いとこ、どの服を着るのか早く決めないと・・・。仕方が無い・・・この服を着て行くか・・。
学生寮を出ると、女生徒に囲まれたマリウスがまたもやもみくちゃにされていた。あ~あ・・・・。またやられてるよ。懲りない男だね、ほんと。
「お・・・お嬢様~っ!」
私と目が合うとマリウスは必死で女生徒達を掻き分けて、私の元へと走り寄って来た。
「ハア・ハア・・・。お、お久しぶりです。お嬢様・・・。」
マリウスは息を切らしながら挨拶してきた。
うん?お久しぶり?お久しぶりと言う程マリウスと離れていた記憶は無いが、彼にしてみればここ数日ナターシャに付きまとわれて、そう感じたのだろう。
マリウスは嬉しそうに私を見るが、私の心境は穏やかではない。
そうだ、私が昨夜まであんなに困っていたのも全てはマリウスのせいなのだから・・・。
「な・に・が、お久しぶりよ。こっちはねえ、本当は貴方の顔なんて当分見たくなんか無かったんだからね?」
思い切りドスのきいた声で、これまた恨みがましい目でマリウスを睨み付けてやった。
「お、お嬢様・・・。それはリップサービスですか・・・?」
おもむろに熱のこもった瞳で私を見つめるマリウス。
「はい?」
「そうなんですよね?!お嬢様!久しぶりに会えた私へのご褒美・・・!やはりお嬢様は最高です!私のお相手はお嬢様以外何も考えられません。どうかいつまでも私を御側に置き、毎日私をけちょんけちょんに貶し続けて下さい・・・!」
・・・しまった。マリウスはこういう男だった結局私のとった行動は無駄にマリウスを喜ばせる事になってしまったのだった。
2
ううう~。この男・・・本気で踏みつけてやりたい!だけどそんな事をすれば益々マリウスを喜ばせるだけだ。絶対に喜ばせてなどやるものか。
イライラする気持ちを押さえながら私は持っていた重たい紙バッグ2つをマリウスに押し付けた。
「マリウス、今日町へ出るからこの紙バッグ2つ持って頂戴ね。」
「ええ、それは構いませんが・・・一体何が入っているのですか?」
「洋服よ・・・。」
私は面白くなさそうに返事をした。
「どれもこれも気に入らない服ばかりだから、この際町で全部売って、もっとラフな感じの洋服を買おうかと思ってるんだ。後ろ前も開いて無くて、スカート丈はもっと長い服をね。あんな露出の激しいの、恥ずかしくて着れたものじゃないから。」
「ええええっ!」
それを聞いたマリウスは大袈裟なほど驚いた。何よ、そこ。そんなに驚く事なの?
「し・・・信じられません!誰よりも露出の激しい服ばかり着ていた貴女が!制服で使用されている布地の約半分以下という非常に少ない布地で作られた服ばかりを好まれていたジェシカお嬢様が!普通の町娘のような洋服を欲しがるなんて・・・・!」
「・・・・。」
私は言葉を無くして聞いていた。そうか、でもやはりジェシカはそんな服ばかり着ていたのね。これじゃあ外見だけで悪女と言われても仕方が無いかもしれない・・。
「あ、お嬢様。それで先程からそのようなマントを身に付けられていたのですね?」
そう、実は私は膝下まで隠れるボタン止めのマントを見つけたので、今はジェシカの服の上からそれを羽織っているのである。多少違和感があるかもしれないが、露出の激しい姿を見られるよりもずっとマシだ。
どうもマリウスは私が最初に設定した「記憶喪失」と言う設定を忘れている様だ。
なので再確認させる。
「いい、マリウス。私以前にも話したと思うけど、今は記憶喪失なの。だから性格まで多分以前とは変わってしまっているの。だから当然趣味や趣向も変わってしまっているのだから、それを踏まえて今後は私に接してくれないと駄目だからね!」
「はい、承知致しました。では、ジェシカ様。そちらのお荷物も一緒にお持ちしますよ。」
マリウスは私の返事も聞かずに紙バッグを手に取った。最終的に4つの紙バッグを持つ事になったのだが、マリウスは涼しい顔をしている。
「ねえ・・・。重くないの?」
「いえ、全然。こんなの重いうちに入りませんよ。」
マリウスは笑顔で答える。そうだ、そう言えばマリウスの趣味は身体を鍛える事。身体は細身なのに、実は筋肉で鍛え上げられている。いわゆる細マッチョという体型なのだ。それに剣術の腕も凄いし、魔力も強く、イケメンだ。これであのような変態的思考の持ち主で無ければ完璧なのに・・・。残念で仕方無い。
「そう言えば・・・。」
おもむろにマリウスが口を開いた。
「何?」
「いえ、実は今朝突然にナターシャ様からの伝言で本日の外出はご一緒出来なくなりました。申し訳ございません、とメッセージが届いたのですよ。一体何があったのやら・・・。」
考え込むマリウス。あ、この能天気男を見ていたらまた怒りが込み上げてきた。大体貴方のせいで昨夜私がどれだけ大変な目に遭ったと思っているの?危うくこちらは貞操の危機に遭いそうになったんだからね?!しかも無関係なルークまで巻き込んで・・・。そもそもこの男が優柔不断な態度をナターシャに取りさえしなければ、こんな事にはならなかったのだ・・・!
どすッ!!
私は無言でマリウスの足をかかとで踏みつけた。
「お・・・お嬢様・・?い、一体何を・・・?」
おや?どうも靴のかかと部分が痛みのツボに命中したようだ。半分涙目になってこちらを見るマリウス。
「あーら、ごめんね。まさかそこにマリウスの足があるとは思わなくて・・・。」
オホホホと言ってごまかす私。ふふん、どうよ?これで少しは懲りたんじゃないの?
けれどマリウスはボ~ッと顔を赤らめて私の事を何か言いたげに見つめるばかり。
返って喜ばせるだけになってしまった。あ~いやだいやだ。もうこんな不毛な事やるのやめよう
その時、ふと強い視線を感じた。何だろう?私はその視線の持ち主を探した。
すると、その視線の持ち主はナターシャに腕を絡み取られたノア先輩だったのだ。
意味深にこちらを見る彼、纏わりつくような視線にゾッとする。
私は思わずマリウスの腕にしがみ付くと、ますますノア先輩の鋭い視線を感じた。
ノア先輩は約束を守ってくれたけど、私にまだまだ執着心を持っているようだ。
怖い―。絶対に今日町で一人にならないようにしなくては・・・。
「お・・お嬢様?どうされたのですか?何時ものお嬢様らしくないですね。でも・・こんな風に私を頼ってくれるお嬢様も大変好ましいですけど。」
照れた風に笑うマリウス。よし、なら言ってやろう。
「それなら、いい?今日は絶対に私を町で一人きりにしないでよ?何があっても私から離れないでね!」
「は・はい!」
顔を真っ赤にして返事をするマリウス。・・・それでも何だか不安が拭えないなあ。
もっと、他に誰か護衛?がいれば安心出来るのだけど・・。
「よう、ジェシカ!」
丁度その時、声をかけられた。あ!あの声は・・・!
振り向くとそこにいたのはグレイとルークだった。
「ジェシカ、俺達と一緒に町に行く約束していただろう?」
グレイは私に駆け寄ると爽やかスマイルで言った。私が返事をする前に何故かマリウスが私とグレイの前に立ちはだかる。
「申し訳ありませんが、本日はジェシカお嬢様は私と一緒に町に出掛ける約束をしているのですが?」
笑顔で言うものの、その眼はちっとも笑っていない。
「はあ?何言ってるんだお前。大体お前はナターシャとか言う女と今日は1日一緒に出掛ける約束をしていたんじゃなかったのか?しかもジェシカまで連れて。そのせいでジェシカがどれだけ悩んでいたと思うんだよ。」
2人が火花?を散らしている間に私はルークに近付くと声をかけた。
「ルーク、昨夜は本当にありがとう。」
「い、いや・・・。俺はたまたまあそこに居合わせただけだったから。」
何故か頬を赤らめて視線を合わせようとしなルーク。
「そんな事無いよ。ルークがあの場所にいてくれなかったら、私今頃どうなっていたか分からないもの。」
私は肩を震わせて言った。
「・・・大丈夫か?昨夜ちゃんと眠れたのか?何か怖い夢とかは・・・。」
ルークが心配そうに私を覗き込もうとした時・・・
「お二人とも、一体何をされているのですか?」
突然マリウスが私の肩に手を置き、自分の元へ引き寄せた。
「おい!お前、何勝手にジェシカに触ってるんだよ!」
グレイが何やら文句を言っている。更にルークの方を見ると続けた。
「それに、ルーク。何だか今随分いい雰囲気だったな?お前たちいつの間にそんなに仲が良くなったんだ?さては・・・昨夜何かあったな・・。」
「お嬢様、彼ら等放っておいて早く参りましょう。」
マリウスは4つの紙袋を右手に持つと、空いている左手で私の手をむんずと捕まえ、町へと続く門へと向かって歩き出す。
「いくら付き人とか何とか言って、お前ジェシカと距離が近すぎだろう!」
後ろから追って来たグレイがマリウスに握られていた手を無理やり解くと、自分の手に絡み取って来た。
「さあ、行こうぜ。ジェシカ。俺、お前が気に入りそうな店知ってるんだ。案内してやるよ。」
あの・・・・この間までは私に距離が近過ぎとか言っていたのに、今日は一体どうしたと言うのでしょう・・・。
等と考えていると、いつの間にかルークが空いてる私の隣に立って並んで歩いている。
「・・・?」
私は不思議に思ってルークを見上げると、何故か優し気に私にほほ笑む。一体、この二人はどうしてしまったのだ・・・・??
一方のマリウスは何やら後ろから付いてきて文句を言っているようだが、うん。
ここは聞かなかった事にしておこう。
こうして波乱万丈?になりそうな休日が幕を開けた―。
3
大勢の学生達が校舎裏に設置されている巨大門に集まり始めた。門は神秘的な模様が描かれ、青く光輝いている。この輝きが失われる迄が自由に往き来出来る仕組みになっているのだ。うん、我ながらよく出来た設定だなあ・・・。原作者の私は心の中でほくそ笑んだ。でも実際、この目で門を見ると、本当に感激だ。だってずっと頭の中で考えていたイメージとぴったりなのだから。
この学院の門の管理者が学生達に言っている。
「ではこれより門を開閉する。学生諸君はくれぐれもこの門の輝きが失われる迄に学院に戻るように。間に合わなければ自力で学院迄戻って来なければならないので、その事を念頭に置いて行動するように。」
そして、門は開かれた―。
町は賑わいを見せていた。この小説の作者でありながら、私は初めて見るファンタジー世界の町に大興奮していた。
綺麗に敷き詰められた煉瓦の道、町の中を馬車やレトロカーが行き交い、広場には大きな噴水があり、周辺のマルシェでは美味しそうな食材が売られている。
どれもこれもが物珍しく、私は大興奮していた。
「ねえ、ねえ、あの店は何の店なの?」
「あれは魔法薬を売ってる店ですよ。」
「あ、あの店は?」
「ハハッ!お前、本当に食べ物に目が無いんだな。あれは焼いた肉を薄く焼いた塩の生地で包んだ食べ物ですごく旨いんだぞ。そうだ、お昼はあれを食べてみないか?」
笑いながら言うグレイ。
「お言葉ですが、お嬢様には私が作った昼食を用意してありますので、本日はそちらを召し上がっていただく予定です。」
その直後、マリウスが言う。
「俺はジェシカに話してるんだよ。」
互いに睨みあうマリウスとグレイ。
「あ、あの瓶に入った奇麗な飲み物は?」
「あれはこの地域で採れる果実から造られた酒で町の特産品なんだ。後で土産として買って行くか?」
照れた様に私に言うルーク。
「お嬢様のガイドは私の役目です!」
「ルーク、抜け駆けするな!」
もう大騒ぎである。私はため息を付いた。ああ・・・1人で町を周りたいと。
結局、私の荷物はマリウス、グレイ、ルークの3人が現在持っている。
これはグレイの提案で、私の荷物は誰かが私と2人きりになれないようにする為の保険?のような物だとか・・・。まあ、その荷物が無ければ、売りに出して、私の新しい服を買えないわけで・・・。でも何が何だか、もうよく分からない。
とりあえず、私達はブティックを探す事にした。
「お嬢様、どのような服をご所望なのですか?」
「う~ん・・・。取りあえずは露出が少ない洋服がいいかな?今着てる服だって何だか全体がスースーして落ち着かなくて。」
「お、おい!お前、一体どんな服着てるんだよ?!」
慌てたように言うグレイ。
「それ・・・言わなきゃダメかなあ?」
「い、いや。言うな!言わなくていい!」
そんな私をルークは顔を真っ赤にして止める。うん、やっぱりこのメンバーの中に
ルークがいて正解だった。
女性向けブティックを探す事数分。白いレンガ造りで赤い屋根の建物を発見。
窓ガラス越しにはマネキンにかかった女性向けの洋服が着せられている。
「ジェシカ。あの店がそうじゃないか?」
グレイが指さして言う。
「確かにそうですね。ではお二人とも、ジェシカお嬢様の荷物をお預かりします。後は私がお嬢様と行動しますから、どうかお二人はご自由に町を楽しんでください。」
マリウスはグレイとルークに言った。
「は?何でだよ。元々は俺達がジェシカと町へ行く約束をしていたんだぞ?!」
グレイはマリウスを睨み付けた。
「ああ、確かに俺達は約束しているな。」
物言いは穏やかだが、強い口調で言うルーク。
「何をおっしゃってるのですか?元々はお嬢様から剣の練習試合の時にアラン王子に私が勝てたら一緒に町へ行こうと誘われていたのですよ。」
言われてみれば確かにそうだったっけ。でもつい最近の事なのに余りにも多くの出来事があったので随分昔の事のように感じる。・・・つまり忘れていたって事なんだけど。
「でも引き分けだった。だからその約束は無効のはずだ。それにナターシャとか言う女とも一緒に出掛ける約束をしていたようだしな・・・。」
ルークは昨晩の恨みでもあるのか、迫力ある言い方をした。さあどうするマリウス?
今完全に二人にやりこめられているよネ?
「・・・分かりました。仕方が無い方々ですね。そこまでおっしゃるならご一緒に行動致しましょうか?」
「だから、お前が仕切るなっ!」
グレイはイライラした様子でマリウスに言った。うんうん、分かるよグレイ。私も普段からどれだけマリウスにはイライラさせられているか・・・。
あ~それにしてもいつまでこんな事続けるんだろう。これじゃ時間ばかりかかって、少しも目的を果たせないよ・・・。
そこへルークに肩を叩かれた。
「あいつらの事は放っておいて、先に中へ入っていようか?」
おおっ、それはナイスな提案。
「うん。そうしよう。」
そして私とルークはいがみ合っているマリウスとグレイを残して、ブティックの中へと入って行った。
「とりあえず、まずはこちらの洋服の査定をお願い出来ますか?」
店に入った私は女性定員の前でカウンターに自分が持参した大量の衣装を置いた。
「はい、査定いたしますね・・・。」
店員は一つずつ丁寧にチェックしていく。でもきっと問題は無いだろう。恐らくこれらの衣装は全て一度も手を通したことが無く、しかも新品のはずだから。
まるで水着のような衣装に下着が見えてしまうのではないかと思われるようなギリギリのラインのワンピース。どちらが前か後ろか分からないようなきわどいデザインの衣装・・・等々。
初心?なルークは店員が衣装を広げて点検するたびに、真っ赤な顔をして目のやり場に困ったような表情をしている。
う~ん・・・やっぱり男性には刺激の強すぎる衣装ばかりなんだと改めて納得。
十数分後、査定が完了。
「はい、お客様がお持ちになられた衣類はこちらの金額でご提示させて頂きたいと思いますがいかがでしょうか?」
女性定員が提示して来た金額を見て私は驚いた。日本円に直すと30万円以上にはなる。こ、これは凄い・・・。やはりジェシカは紛れもない公爵令嬢だ・・・!
一緒にいるルークも驚いたようにその金額を見ていた。うん、よし決めた。売りに出そう!
「すみません、では全て買取でお願いします。それで・・・今町で一般的な女性が着る洋服を選んで頂きたいのですが・・・。」
遠慮がちに言うと、女性店員は嬉しそうにニコリと笑った。
「ええ。喜んで。」
・・・約10分後。私は女性定員が選んでくれた洋服を着てルークの前に立っていた。
「どう?似合う?」
私が今着ている服は襟元にフリルが付き、袖がふっくらした真っ白のブラウスに赤いベスト、そして同色系の赤いフレア―スカートを着用している。ベストとスカートに施された青や金色で刺繍された花の模様が美しい。
「ああ・・。すごく良く似合っている・・。」
照れたように言うルークの姿を見て、ついつい可愛いと思ってしまう精神年齢25歳の私です。
他にも10点程店員に衣類を選んでもらい、お会計を済ませてブティックを出ると未だに揉めているマリウスとルークの姿がそこにあった。
「なーに?まだ二人して揉めていたの?ひょっとして二人は凄く仲が良いんじゃないの?」
からかうように言う私に二人は言った。
「絶対にそんなことはありません!」
「絶対にそんなことは無い!」
途中まで見事にはもった二人。やっぱり仲が良いのだと私は思った。
4
グレイとマリウスは2人でいがみ合っていたが、私が新しく着替えた姿を見てすぐに言い争いをやめた。
「ああ、お嬢様。すごく良くお似合いです!邸宅にいた頃の胸元が大きく開き、身体のラインを強調するかのようなきわどいドレスもお似合いでしたが、そのように清楚な洋服もとてもお似合いです。またお嬢様の新たな一面をこの目で見る事が出来て、私は本当に幸せ者です。」
・・・毎度の事ながら、いちいちマリウスの誉め言葉が何故か引っかかるので素直に喜べない。本人にしてみれば最大の賛辞の言葉を送ってるつもりなのだろうが、もう少し女心と言う物を理解出来ないと恋人なんか見つからないよ。私は心の中で忠告した。
「ジェシカ・・・。お前の制服姿以外の恰好初めて見るけど・・うん。すごく良く似合ってるよ。何と言うか・・・可愛い・・。」
グレイの言葉に思わず不覚にも少し顔が赤らむ私。そう、こういう胸キュンな言葉が一番女性の心をくすぐるのだ。やっぱりグレイはマリウスよりもずっとまともだ。
「あ、ありがとう。」
思わず声が上ずって見つめ合うグレイと私。そこへルークも声をかけてきた。
「今度は・・俺にもお前の服、選ばせて貰えないか?お前にぴったりの服、見つけるから。」
おおっ!ルークも中々言ってくれるじゃない。そこで私も笑顔で答える。
「うん、それじゃ次の店ではルークに選んでもらおうかな?」
よし、今のところ女性を褒める点数は
1位 グレイ 90点
2位 ルーク 75点
3位 マリウス -5点
こんな所だろうか。マリウスは私が露出の激しい服を嫌っているくせにお似合いだと言ったのだから、マイナス点をつけてやった。
「それではお嬢様。残りのドレスも処分なさりたいと言う事でしたよね?また別のお店を探しに参りましょうか?」
マリウスは自分が女性褒め言葉選手権?でマイナス点を取った事等、つゆほども知らないであろう・・・。
その後も4人でブティック巡りをして、全ての衣装を処分し終えた。
そして今、私達はこの町一番の大きなブティック店に来ている。
「それじゃ、いいか?全員でこれから制限時間1時間でジェシカに似合う服を選んで持って来るんだからな?」
グレイはマリウスとルークに説明している。
「ええ、でも当然勝つのは私です。何故なら10年間もジェシカお嬢様の御側にいたのですから。」
「最初に言い出したのは俺なのに、何故こんな事になったんだ・・・?」
ルークは頭を抱えている。うん、うん。私もそう思うよ。でも1時間は1人の時間を持てるのだ。私も自分でゆっくりと洋服選びを出来そうだ。
「いいか?集合場所は今いるここだ?それじゃ行くぞ!」
「望むところです!」
何故か燃えているグレイとマリウス。そして1人どこか冷めたようなルーク。
「Go!」
グレイの掛け声とともに一斉にいなくなる男3人。はいはい、頑張ってね。行ってらっしゃ~い。さて、私も自分の洋服を選びに行きましょうか・・・。
この店は町一番の大きなブティックだけあって、大勢の同じ学院の女生徒達が楽し気に買い物をしている。う~ん・・。考えてみれば私ってまだ親しい同性の友達っていないんだよね。何故か周りにいるのは男性達ばかりだ。当初、この世界に来てしまった時には誰とも関わり合いたくないと思っていたが、やはり慣れてくれば日本にいた時のような女子会だってやってみたい。考えてみれば、物語に関係ないモブキャラ達と交流すれば何も問題は無いのでは・・・?
そう思って周囲を見渡せば、おあつらえ向きに大人しそうな少女が1人で洋服を選んでいる姿を発見した。あ、あの女の子は見たことがある。確か同じクラスの女生徒だ。
眼鏡をかけ、チョコレート色の巻き毛の少女でいつも本を持ち歩き、1人で行動していたので、実は気にかけていたのである。
見た所、今も1人ぼっちのようだ。・・・どうしよう。声をかけてみようか?
だけどある意味私は有名人。いきなり声をかけて嫌がられたりしないか・・・。
何だか、これではまるで女子学生が好きな男子学生にラブレターを渡すかどうか悩んでいるシチュエーションのようでは無いか。
・・やっぱりやめておこう。諦めて自分の洋服選びをしていると突然声をかけられた。
「こ、こんにちは。あの・・・リッジウェイさんですよね?」
「え?」
驚いて声をかけると先程私が発見した女生徒だった。
「あ、す・すみません!突然お声をかけてしまって・・・。あの、私は同じクラスの・・。」
慌てた様子の女生徒、でも大丈夫。私は名前を知っている。
「ええ。確か・・・『エマ・フォスター』さん。」
やった!彼女の方から声をかけてきた!私は内心の嬉しさを隠し、挨拶を返した。
「え?私の名前ご存じだったのですか?!」
「はい。クラスメイトの名前は全員おぼえております。」
う~ん・・・やはり上流階級の話し言葉は苦手だ。
「あの・・・実は私まだ学院でお友達が出来なくて、それで周りから人望のあるリッジウェイさんとお友達になれればなあと思って・・。」
ん、人望?誰の話?私にあるのは人望では無く、周囲から目立ちたくないと願う願望だけだ。私がポカンとしていると、更にエマは言葉を続ける。
「リッジウェイさんて。勉強は出来るし、いつも御側に置かれているマリウス様や、アラン王子様にも毅然とした態度を取られている・・・そのお姿に憧れているんです。私はこの通り、地味で目立たない女ですから・・・。リッジウェイさんは私の憧れなんです。」
何?このエマって娘は私の事をそんな目で見ていたの?生憎それは毅然とした態度では無く、拒絶をしているだけなんだけど?そうか・・・傍から見れば私ってそんな風に見えるのか。
「だから、リッジウェイさんさえよければ、私とお友達に・・・。」
「それじゃ、これからは私の事リッジウェイでは無く、ジェシカって呼んでくれる?私も貴女の事エマと呼ばせて下さい。」
「え・・・?」
エマは私の突然の豹変ぶりに目をパチクリさせていたが、やがて楽しそうに声を上げて笑い出した。
「プッ。やだ・・・ジェシカさんて本当はそんな性格だったんですね・・・。」
「幻滅しましたか?」
「いいえ、むしろ安心しました。でもこんな私を友達にしてくれてありがとうございます。」
「だって私も実はエマさんと友達になりたいって思っていたんですよ。」
私は右手を差し出すと言った。
「これからよろしくね?エマさん。」
そして私たちはしっかり握手を交わした―。
「ええ~それじゃ3人ともジェシカさんの服を選びに行ってしまったのですか?」
私達はブティック内にあるベンチに座って話をしていた。
「そうなんです。勝手に話を進めて、皆して勝手に何処かへ行っちゃって。本当は洋服選びなんて女の子と一緒に選びたいのに。嫌になりますよ。」
「それじゃあ、2人で一緒に洋服選びませんか。」
うん、やっぱりそれが一番だね。私はエマの提案に乗った。
「うん、そうしましょ。」
私とエマはベンチから立ち上がり、互いに洋服を見て回る事にした。
2人で店内を見て回っていると、この世界では珍しいフレアパンツの洋服が目に留まった。
「ねえねえ。見てエマさん。この洋服・・。」
私はエマに声をかけたその時、何故か振り向いたエマが私を見て顔色を変えた。
「え・・?」
私も自分の背後に人の気配を感じたので、振り向くとそこに立っていたのはノア・シンプソンだった。
彼は冷たい笑顔を見せると、胸元から小さな小瓶の容器を取り出し、自分の口元をハンカチで押さえた後に私の顔にスプレーを吹き付けた。
途端に襲って来る激しい眠気・・・。何やらエマが騒いでいる声を遠くに感じながら、私の意識は暗転した―。