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第4部 第1章 1 『門』の扉が開かれるとき・・・ 

<第4部から大人向き内容強めの話が多くなります>

1


ギイイ~ッ・・・・。


私は門をゆっくりと開いた。門を開けた瞬間に聖剣士達が襲い掛かって来るのでは無いかとビクビクしながら開けてみたのに、全く人の姿が見当たらない。

私の次にノア先輩が門をくぐって『ワールズ・エンド』へ足を踏み入れた。


「おかしいね・・・。聖剣士の姿が何処にも見当たらないなんて。」


ノア先輩も異様な光景に眉を潜める。

するとアンジュが意外な事を言った。


「大丈夫、今ボクがこの辺一帯を異次元空間に変えてるんだ。だから実際に聖剣士達は君達の近くにいると思うよ。ただ、お互いの姿は見えていなだけなんだよ。」


「そうだったんだ・・・。」

そう言えば、第1階層でもあの城の迷宮の中では私と魔物達の空間が別になっていたっけ・・・。

そんな事を考えていると、突然背後で恐ろしい悲鳴が起こった。


「キャアアアアアッ!!」


「ウワアアアアッ!!」


え?驚いて振り返ると、なんと門を超えようとしたフレアとヴォルフの身体の一部がまるで熱い炎で熱せられたガラスの様に溶けている。


ヴォルフは右足のつま先部分を、そしてフレアは左手の指先が溶けていた。


「フレアッ!!」


咄嗟にノアが駆けつけようとするとアンジュが叫んだ。


「駄目だ!来るなっ!彼等に触れては駄目だっ!」


言うとアンジュは苦しみながら地面でのたうち回るフレアとヴォルフの身体に手をかざした。

途端にアンジュの身体から光り輝く粒子が現れ、フレアとヴォルフの身体に注ぎ込まれる―。そして見る見るうちに2人の溶けてしまった体の一部が元の通りに戻っていく。

それを門の外で見守る私とノア先輩。


「す、すごい・・・。これが癒しの魔法・・・。」


ノア先輩が感嘆の声を上げた。


やがて、2人の傷は完全に元の通りに戻ったのに、未だに苦しそうに呻いている。


「ね、ねえ!傷は元の通りに戻ったのに、何故まだフレアは苦しがってるのさ!」


ノア先輩はアンジュに食って掛かった。


「それは仕方が無いよ。傷は治ったけど・・・彼等は呪いに触れてしまったんだから。この呪いはそう簡単には身体から消えていかないよ。・・・そもそも消えるかどうかも良く分からない。」


「そ、そんな・・・!」


私は苦しそうに呻いているヴォルフを見下ろした。


「だ、大丈夫・・・だ・・・。ジェシカ・・し、心配するな・・・。」


ヴォルフは苦しくてたまらないのに無理に笑顔で私に言う。


「フレア・・・フレア・・・ッ!」


ノア先輩は苦しむフレアを見て涙を流して彼女の名前を呼んでいる。するとフレアは言った。


「ノ・・・ノア・・・わ、私にかまわず『人間界』へ戻って・・・。」


「何言ってるんだ!そんな事・・・出来るはず無いだろう!」


しかし次の瞬間、フレアの言葉に私は耳を疑った。


「だ・・・だって・・どうせ、貴方は・・す、すぐに忘れるから・・・。」


「え・・?忘れるって・・・一体どういう事?!」


するとアンジュが言った。


「言葉通りの意味だよ。君は・・・もうすぐ、魔界へいた時の記憶を無くす。」


「え・・・?」


ノア先輩が息を飲む気配を感じた。


「この世界の均衡を保つためにね・・・。異世界に行って、元の世界に戻って来ると、その時の記憶は全て失われるんだ。」


アンジュの説明を聞いて、ノア先輩はフレアに話しかけた。


「フ・・・フレア・・き、君・・・その事・・・もしかすると・・知ってた…の・・・?」


「あ・・当たり前・・・じゃない・・・。」


「だ・・・だったら、何故!僕と一緒に人間界へ行くなんて・・・!例え無事に人間界へ行けたとしても・・僕は君の事を忘れてしまうのに?!」


ノア先輩はボロボロ泣きながらフレアに訴える。


「決まって・・・るでしょう・・・。ノア・・・・貴方を・・・愛して・・いるから・・・。例え、私の事を・・・・忘れてしまっても・・・・それでも側に・・いたかったから・・・」


フレアもノア先輩も・・・そして私も泣きながら話を聞いていた。

そんな・・フレアはノア先輩が自分の事を忘れてしまうのを承知の上で、ついてきたなんて・・・!


「ジェ、ジェシカ・・・だから・・お前は・・泣くなって・・・。」


ヴォルフが言う。


「だけど・・・だけど・・・!」

私は泣きながら頭を振った。

アンジュだけは苦悶の表情で、黙っていた。


「ジェ・・ジェシカ・・・聞いて・・・。」


突然フレアが話しかけて来た。


「な、何ですか?フレアさん。」


私はフレアの側に来ると返事をした。


「いい・・・貴女に・・・大事な話が・・・。マ、マシューの事よ・・・。」


「え?!マシュー?!」

いきなりフレアの口から出てきた・・・その名前に驚いた。


「マシューは・・・生きているかも・・・しれない・・わ・・・。あの日彼が剣で胸を貫かれた時・・・私は時を止めて・・『七色の花』をマシューに与えたの・・・。私は・・・掟を破ってしまったけど・・・それでもマシューには死んで欲しくは無かったの・・・よ・・。」


嘘・・・あのマシューが・・・ひょっとすると・・生きているかもしれない・・・?

私の目からは益々涙が溢れて来る。


「い、今まで・・黙っていてごめんなさ・・・い・・・。た、只・・マシューが生き返った・・姿を確認出来ていなかったから・・・。貴女に言えなかった・・の・・。ゆ、許して頂戴・・・。ノアを奪った事も・・・地下牢へ・・閉じ込めた事も・・。」


フレアは苦しそうに言いながら私をじっと見つめている。


「そんな・・・そんな事無いです!マシューの為に・・・あの大切な花を・・!」


しかしフレアは首を振った。


「いいえ・・全て私のせい・・よ・・。ノアを魔界へ・・つ、連れ去らなければ・・そもそも・・・・こんな事にはならなかった・・・のだから・・。」


もう、そこにいる誰もが口を閉ざしてフレアの話を聞いている。

ノア先輩の顔は涙で濡れていたし、ヴォルフは苦しげな顔で目を閉じている。


突然アンジュが叫んだ。

「ま・・まずい!そろそろ次元の封印が解けてしまう・・・!早くこの場を去らないと・・・!」


「く・・・っ!」


すると突然ヴォルフが私とノア先輩に向けて衝撃波を放った。

たちまち遠くへ飛ばされる私達。その時・・・ヴォルフとフレアの思念が流れ込んでくる。



<ジェシカ・・・もし、呪いを解く方法が見つかったら・・その時は・・必ず・・人間界へ・・行くからな・・・っ!>


<ノア・・・元気でね・・・・。ジェシカ・・・ノアの事を・・・お願い・・。>


「フ・・・フレアーッ!!」


ノア先輩のフレアの名を呼ぶ声が『ワールズ・エンド』へ響き渡る。

そして・・・最後に私はアンジュの声を聞いた。


<ハルカ・・・。君は門を開けた人間だ。だから・・・君は魔界の記憶も、狭間の世界の記憶も失う事は無いよ。君の危険を知らせる警報がますます強くなってくる・・。今は呪いで苦しむ2人の側を離れる事が出来ないけど、彼等を救えたら、次は必ずハルカの元へ行くからね―。>


アンジュ・・・ありがとう。



ドサッ!

私は地面の上に投げ出された。

「いった・・・。」

でもここは緑が生い茂る『ワールズ・エンド』だ。

少し、手を擦りむいた位程度でどこも怪我はしていない。私は立ち上がって辺りを見渡した。

「ノア先輩?」


辺りをキョロキョロ見渡すも、何処にも姿が見えない。ひょっとすると・・ヴォルフの衝撃波で、お互い離れた場所に放り出されてしまったのだろうか。

ふと、前方に森が見えた。


「森・・・。」


私が口に出して呟いたその時・・・。


ヒヒイイーン・・・・


遠くで馬の嘶きが聞こえた。・・・馬・・・・?

見ると遠くの方に馬にまたがった兵士達の姿が見える。あれは・・・・聖剣士達では無い。一体彼等は・・・?


その瞬間・・・これはあの時見た予知夢の夢の続きなのだと、はっきり自覚した―。




2


 馬に乗った兵士達の騒ぎ声が風に乗って聞こえてきた。


「ん?何だ?この男は・・・?」


「どうやら気を失っているようですね。」


きっとノア先輩だ!彼等に見つかっては

まずい・・・。私は前方に見える森に目をやった。あの森に逃げ込めば見つかりにくいはず。幸いにも彼等の注目はノア先輩に向いている・・・。

よし、い・今のうちに・・・私は身を翻して森に向かって駆け出した。


「ハアッハアッ・・・」


息が切れる。相変わらずジェシカの身体は軟弱だ。ちょっと走っただけで、こんなに息切れしてしまうのだから。

深い森の中を走る。何とか逃げ切って・・・でも逃げてどうする?どうせ門番は常にいるのだ。他に門等あるはずが無い。アンジュの言う通りいっそ『狭間の世界』に戻った方が良いのだろう。だけど・・・人間界に戻ればひょっとしたらマシューが生きていて・・・彼に会えるかもしれない。

会いたい。

本当に彼が生きているのなら・・・・会いたい、そして・・・自分の気持ちを伝えるんだ。私は貴方を愛していると・・・。けれど掴まったら、もう二度と彼に会う事は叶わないかもしれない・・・!

何とか逃げ切って、アンジュが助けに来てくれるまで、この『ワールズ・エンド』の何処かに隠れて・・・。

その時、背後で犬の吠え声が聞こえてきた。

え?!い、犬?!

背後を振り返ると2匹の猟犬が物凄いスピードで追ってくる。

こ、怖いッ!


「いたぞっ!!ジェシカ・リッジウェイだっ!!」


「待て!ジェシカ・リッジウェイ!貴様・・・この学院から逃げられるとでも思ったか?!」


あの台詞は・・・夢の中で聞いたのと同じだっ!!

馬を駆る音と、兵士たちの声、犬の吠え越えがどんどん近付いてくる・・・。

その時、木の幹に足を取られてしまった。


「キャアアッ!!」


激しく転び、私は夢の中で体験した通りに右足を痛めてしまった。足首に激しい痛みが走り、立ち上がる事すら出来ない。



「ついに捕らえたぞ!この悪女め!!」


鉄仮面を被った兵士が馬上から乱暴に私の腕を掴み、無理矢理腕を引っ張って立たせられる。

「ウッ!!」

余りの激痛に顔が歪み、一瞬気が遠くなりかけた。


「ハッハッハ!!いいざまだ!ジェシカ・リッジウェイ!やはり聖女様の言った通り、この道を通って逃げ出したか!」


私の耳元でわざと大声で笑い声を上げる兵士。

そう・・・これはまさにデジャブだ。夢の中で見た事を追体験している・・・。となると、次に現れるのは・・・。


「ジェシカさん、逃げるとより一層罪が重くなりますよ。どうか学院に戻ってご自分の犯した罪を償って下さい。」


 ああ・・・やはり・・・。顔を上げて私はその人物を確認する。そこには夢で見たのと同じ光景が繰り広げられていた。

まるでプリンセスのようなドレスに身を包み、白い馬に乗ったソフィーがアラン王子と共に現れる姿を私は絶望的な気持ちで見つめるしか無かった・・・・。


 ソフィーは出立ちこそ、物語のヒロインそのものであったが、私を見下ろす冷たい目、勝ち誇ったかのような顔は・・・まるで悪女そのものだ。アラン王子は今、どんな顔を見せているか・・もう完全にソフィーの虜になってしまったのだろうか・・・?一筋の望みをかけて私はアラン王子を見た。だが・・・アラン王子のアイスブルーの瞳は輝きを失い、濁った目をしている。

だ、駄目・・・もう完全にアラン王子は・・・。

私が夢で見たのはここまで。ここから先の展開は全く分からない。けれども・・・私は今掴まっている。足の怪我のせいで隙をついて逃げる事すら私には出来ない。

アンジュ・・・・きっと今頃私の身の危険を知らせる警報が鳴りっぱなしに違いないだろう・・・。 

嫌だ・・・こんな所で捕まったら、もう二度と私はマシューに・・・。

まだ貴方に何も伝えていないのに・・・・!

アンジュ・・・。マシュー・・・助けて・・・。

思わず目に涙が浮かんでくる。


「ジェ・・・ジェシカ・・・。」


突然馬上のアラン王子が私の名前を呼んだ。ハッとなって顔を上げると、アラン王子が苦痛の表情を浮かべながら私を見つめていた。


「ア・・・アラン・・・王子・・・?」


腕を掴まれたままの私はアラン王子をじっと見つめた。その時、突然私の左腕が熱を帯びたように熱くなり、光り輝きだした。

え?な、何これは?!

するとそれに反応したかのように今度はアラン王子の右腕が光り輝き、2つの光が互いに反応し合うかのように、交互に点滅し始めたのである。

「え・・・・?な、何これは・・・・?」


他の兵士達も唖然としている。しかし、ソフィーだけは違っていた。今までにない程の怒りを込めた目で私を睨み付けると名前を呼んだ。


「ジェシカッ!」


う・・・うわ・・は、初めて呼び捨てで名前を呼ばれてしまった・・・っ!


「お前・・・・ま、まさか・・・アラン王子と・・・・?!」


「え?い、一体何の事なの?」

ソフィーが何を言いたいのか、私にはさっぱり訳が分からない。


「胡麻化さないで!2人に刻まれた印が反応し合うと言う事は・・・・聖女と聖剣士の誓いの契りを交わした証なのよっ!!」


う・・・うわああああっ!こ、公衆の面前で・・・・ソフィーがとんでもない事を言ってしまった。

当然他の兵士たちは私とアラン王子の顔を交互に見つめている。


「ジェシカ・・・・。」


アラン王子は正気に戻ったのか、いつものアイスブルーの瞳で私をじっと見つめている。


「アラン王子っ!」


ソフィーが嫉妬の入り混じったような声で自分の背後にいるアラン王子の方を振り向くと、何やら呪文のようなものを唱え始めた。

途端にアラン王子の顔が苦し気に歪む。・・・あんな辛そうな顔のアラン王子の顔を見るのは初めてだ。

「やめて!ソフィーッ!アラン王子が・・・あんなに苦しんでいるじゃ無いのっ!」

私は思わず叫んでしまった。


「煩いっ!アラン王子の心配より、まずは自分の心配をしたらどうなの?!お前なんか・・・捕まえて、裁判にかけて・・・重い罪を被せてやるんだから・・・!でもその前に・・・お前の『魅了』の魔力を奪ってやる・・・・!」


最早完全に悪役の魔女の様な台詞を吐くソフィー。マシューの言った通り・・・目の前にいるソフィーが聖女のはずは無い。それでは本物の聖女は一体どこにいると言うの・・・?


「や・・・・やめろ・・・ソフィー・・・ッ!」


アラン王子必死にソフィーを止めようとしているが、ソフィーは乱暴にアラン王子の手を振りほどくと、私に向かって右手を差し出して叫んだ。


「サクションッ!!」


呪文と同時に黒いホースのようなものがソフィーの掌から現れた。その様はあまりにも不気味で・・・背筋に寒気が走った。な・・何・・この魔法は・・まるで魔族が使うような魔法だ・・・っ!

しかし、それと同時に私は瞬時に思った。この魔法に触れると・・・命を落としかねないかも・・・!


「い・・・嫌・・・やめて・・・ッ!!」

助けて・・・マシューッ!アンジュ・・・・ッ!

私は心の中で2人に助けを求めた。すると・・・私の額が突然熱くなり、光輝き始めた・・・。

え・・?こ、これは・・魔界の・・・あの時と同じ・・・!

光り輝いた途端、あれ程痛んでいた右足首の痛みは完全に消失していた。そして、光は寄り一層強くなる。


終いに、私を除くその場に居た全員があまりの眩しさに耐え切れなくなったのか。呻きながら顔を両手で覆い隠した。

え・・・?そんなに眩しいの・・・?

私にはちっともこの光が眩しい等とは感じない。その時、頭の中でアンジュの声が日響き渡った。


<ハルカッ!彼等が油断している今のうちにこの場所から逃げるんだっ!>


何処へなんて聞かなくても分かる。恐らく今、門の周囲には見張りが誰もいないはず・・。


私は背を向けると『門』を目指して走り出した―。





3


ハアッ!ハアッ!

私は必死で後ろを振り返らず、セント・レイズ学院へ繋がる『門』を目指して走り続けた。

幸い、まだソフィー達が追いかけてくる様子は無い。走り続けていく内に『門』が見えて来た。

早く、早く中へ・・・!

しかし、その瞬間脳裏に嫌な予感がした。そう言えばあそこにも見張りがいた・・・。どうしよう、今も・・・やはり見張りがいるのだろうか?

その時私は自分の指にはめている指輪に気が付いた。

そう言えば・・・この指輪はいつかケビンがプレゼントしてくれたマジックアイテムだ。使用できる回数は限られているものの・・・・身体を消す事が出来る。

だけど、幾ら身体を消したからと言って『門』が勝手に開けば、当然不審がられてバレる可能性がある。

でも・・今は一縷の望みにかけるしかない。

 

 私は走りながら指輪に祈りを込めた―。



 神殿では5名の聖剣士と、同じく5名の神官達が話をしている。


「そう言えば・・・今日は何だか騒がしいぜ。聖女様はわざわざ白馬を調達して、アラン王子と一緒に馬に乗ってここを通って行ったし・・。実はな、ここだけの話だけど、あの姿を見た女子学生達からはかなり白い目で見られていたらしいぞ。」


「確かに・・・俺もあの姿を見た時は・・正直引いたよ。でも聖女様のお告げで、『門』の封印を解いた、女子学生が『ワールズ・エンド』に現れるらしいから、それなりの衣装を着て舞台を整えようと考えたんじゃないのか?」


「ああ、大勢の兵士達と向かって行ったからな・・・。しかし・・たかが、たった1人捕まえるだけだからと言って、この『門』を解放しっぱなしでいいのか?」


「まあ、馬を連れて行ったから仕方ないんじゃないか?何せ馬って生き物は臆病だからな。突然『門』が開いて、こことは全く別の世界が現れたら、それこそ馬がパニックを起こしかねないだろう?にそれにしても・・・俺達『聖剣士』がいるっていうのに、何故今度は学院内で兵士まで起用したんだ?俺達だけじゃ不満だっていうのかよ。」


「おい!滅多な事言うな!聖女様の怒りに触れたいのか?」


「だけどな・・・あの兵士達って、全員爵位が低い連中ばかりだろう?おまけに皆柄が悪いし・・・。それなのにあいつ等ばかり引き連れて、俺達聖剣士と神官を残していくなんて・・・。何を考えているのか全く分からん。」


「まあ・・・仕方無いさ。聖女様の命令は絶対だ。誰一人歯向かう事出来ないさ。」


「それにしても・・本当にその女子学生は『門』の封印を解いたのか?聖女様はああ言ってるけど・・・何も異変が起きなかったぞ?あの封印を解けば魔界から魔族達が溢れかえって来る話じゃ無かったか?」


「ああ、確かにおかしな話だ。相変わらずこの世界は平和だしな・・・。」


「そう言えば・・・その女子学生って・・・何て名前だったっけ・・・?」


「確か・・・ジェシカ・リッジウェイだ。」



ドキッ!!

そこで私は初めて自分の名前が聖剣士の口から飛び出し、危うく声を上げそうになってしまった。

ここは神殿の中。


 今から10分程前の事だ・・・。

姿を消して中を覗き込むと入り口の門が解放されており、合計10名の聖剣士と神官達の姿が目に入った。

しかし、誰もが話に夢中になっている為か、姿を消した私の気配を誰一人察知する人物がいなかったので足音を立てないようにソロリソロリと歩いてきたのだ。

その間に彼等の会話が耳に入って来たのだが・・・・。

何だか、彼等の話を聞く限りでは、セント・レイズ学院にはちょっとした異変が起こっていたようだ。

学院に兵士?私の物語の設定ではそんな制度は作っていなかった。おまけにその兵士達は全員が爵位の低い者達ばかり。・・・道理で粗暴な兵士だったわけだ。

でも、彼等がいたお陰で少しだけ情報を仕入れる事が出来た。

私が一番安堵した事・・・それは、やはり魔族が人間界に現れていなかったという事だ。それなら私が魔界の門を開けたという証拠が出てこない。ひょっとすると、罪に問われる事はないのでは・・・?


いや、駄目だ。ソフィーは私を裁判にかけて重い罪を被せてやるとはっきり言っていたでは無いか。

取りあえずはこの神殿を抜けて・・・一旦この学院を離れよう。


私は慎重に歩みを進めて、神殿を脱出する事に成功した―。


 神殿を抜けると、私はすぐに茂みに身を隠した。何故なら徐々に自分の姿が見え始めてきたからである。果たして、「ジェシカ・リッジウェイ」という人物はこの学院の生徒達に認識されているのだろうか?

私は魔界に入ったので、その間に私に関する記憶は消え失せているはず。だけど、今はこうして戻って来た。・・・果たして皆、どれくらいの期間を得て、私に関する記憶を取り戻すのだろうか・・・。だけど、悩んでいても仕方が無い。

私はフード付きの防寒着を纏うと、目深にフードを被り、辺りを伺いながら慎重に茂みから這い出て来た。


 さて・・・これからどうしよう。

私はブラブラと学院の敷地を歩き始めた。確か、芝生公園に時計があったはず・・・。


 私は芝生公園で時計を確認した。

今の時刻は午前11時半。もうすぐ昼休憩に入る時間だ。ベンチに腰を降ろし、私は今後の計画を考えた。

取りあえず、ソフィー達に見つかる前に一度この学院を離れた方が良さそうだ。

けれども、生憎今日は週末では無いので『セント・レイズシティ』の門は開かれていない。

転移魔法の使える人に町まで連れて行って貰うようにお願いするのが良いのだろうが・・・。

でも誰に頼めばいい?

一番身近にいる人物で真っ先に思い浮かんだのがマリウスであったが、彼だけは絶対にお断りだ。例え、私に関する記憶を持っていようがいまいが。

となると・・・駄目だ・・・。町まで連れて行って貰える相手が見つからない・・・。

誰か・・・誰か適任者がいないだろうか・・・。


そこまで考えて、私は1人の人物を思い出した。

そうだ・・・・ジョセフ先生にお願いしてみよう―。



コンコン。

フードを被り、顔を隠した状態で私は講師室の控室をノックした。


「・・・。」


しかし返事は帰って来ない。ひょっとすると今は授業中なので、全ての講師の先生は皆で払っているのかもしれない。けれど・・・今の私は授業に出る気はさらさら無かった。

それに・・・講師室を出ると、白い息を吐きながら空を見上げた。

「一体・・・私がいなくなっていた間に・・・何が起こったの・・?」

思わず口に出していた。この学院に来てから、私は青空しか見た事が無かった。

なのに・・・今のこの空は一体どうしたというのだろう?

灰色に濁った空はところどころ、太陽の光の筋が差してはいるが、その空には青い空の片鱗すら見えない。そして日が差していない為か・・・とにかく寒かった。

魔界の寒さを体験して来た私が実感する程なので、恐らく誰もが今までとは比較にならない位に寒いと感じているに違いない。


その時、授業終了を知らせるチャイムアが鳴り響いた。

授業が終わったのだ!

講師室の校舎がある付近の茂みに身を隠すと、私はひたすらにジョセフ先生がやって来るのを待っていた・・・。


 おかしい、幾ら何でも遅すぎる。

他の講師の先生方は講師室に戻ってきていると言うのに、ジョセフ先生だけが一向に戻ってくる気配が無い。

「・・・一体、先生・・・どうしたんだろう・・・?」

何だか徐々に嫌な予感が沸き起こって来る。こんな所にいつまでも居たって何も始まらない。

私は当たりを慎重に見渡しながら茂みから這い出て、再度講師室を訪ねた。




「ああ・・・ジョセフ・ハワード君だね・・・。彼ならこの学院を辞めたよ。」


「え?辞めた?」


講師室を尋ねた私は、対応してくれた初老の講師の先生から思いもかけない台詞を聞かされて驚愕した。

「そ、そんな・・・何故ですかっ?!」

聞き間違いでは無いだろうか。


「それが・・・詳しい事は私も知らないんだよ・・・。でも噂によると、個人的に学生と交流を深めた事が問題視されて・・・聖女の進言で・・学院長からクビを言い渡されたらしいのだが・・・。」


ま、まさか・・・交流を深めた学生って・・・ひょっとすると私の事?!

思わずその場でへたり込む私。

また1人、私のせいで誰かを不幸にしてしまった―。




3


これからどうすれば良いのだろう・・・。講師室を出た私はトボトボと当てもなく歩いていた。

本当なら真っ先に訪ねるべき人はダニエル先輩なのかもしれない。でも・・私の事を忘れていたら?ソフィーに洗脳されていたら?

そう考えると、怖くて訪ねる気がしなかった。他に・・・他に誰なら信頼出来る・・?

だけど、考えれば考える程に今の私の味方になってくれそうな人物が誰も思いつかない。

グレイやルーク・・・それにエマ、クロエ、リリス、シャーロット・・・マリウスや生徒会長ならまだ何とかなりそうな気もするが、あの2人にだけは絶対に頼りたくない。そして公爵・・・・恐らく彼は今は間違いなく私の敵となっているはずだ。

何故あの場に現れなかったのか謎が残るが、絶対に彼にだけは見つかってはいけないと私の中で警鐘が鳴っている。

それに気がかりなのが私を手助けしてくれたライアン、レオ、ケビン、テオ・・・そして・・・。

「マシュー・・・・。」

私はいつしか愛しい彼の名を呟いていた。

目に涙が浮かんでくる。マシュー・・・貴方は本当に生きてるの?今・・・一体何処にいるの・・・?

本当は彼の行方を捜したいのに、何故か私が持っているマジックアイテムの手鏡は何の反応も示さない。学院について真っ先にマシューの居場所を知る為に鏡を覗きこんだのに、映る姿は私の顔だけだったのだ。

・・・ひょっとすると・・やはり助からずに、あの場で死んでしまったのだろうか・・・。私は恐ろしい考えを振り切る為に首を振った。


 ふと気が付いてみると、いつの間にか私は初めてマシューと出会った旧校舎の中庭へ来ていた。無意識にここへ足を運んでしまったようだ。

馬鹿だな・・・私。こんな所へ来たって彼に会えるとは限らないのに・・・。

溜息をついてベンチに座って空を見上げる。

相変わらず気が滅入るような空だ。そう、まるで魔界で見上げた空のような・・・。

あれからノア先輩はどうなったのだろう。だけど・・・ノア先輩ならきっと大丈夫。何故かは分からないが、私はそう思えた。恐らく、ノア先輩は魔界へ誘拐されたセント・レイズ学院の学生が『ワールズ・エンド』で見つかった・・・とでもきっと世間から認識されるに違いない。

今、一番まずい状況に立たされているのが私だ。


 魔界へ行くと、人間界から記憶どころか、最初から存在しなかったように認識されてしまうのに、何故ソフィーは私の記憶を無くしていなかったのだろう?それに・・・どうして私が今日『ワールズ・エンド』へ現れる事を予測出来た?これも全て聖女による力なのだろうか?だけどソフィーの使う魔法はまるで魔族の使う闇の魔法にしか見えなかった。


 私は今すごく孤独だ・・・・・。初めてこの世界にやって来た時もそう感じたが、今はその時の比では無い。この学院にいる人達誰もが、全員私の敵にしか思えないのだから。私は大分精神を病んでしまっているのかもしれない。


 本当は『ワールズ・エンド』で夢の通り、大人しく掴まるつもりでいた。だけど、フレアからマシューが生きているかもしれないと聞かされたら・・・どうしても一目彼に会うまでは流刑島へ送られたくないという重いが強く、私はとうとうここまで来てしまった。


 その時、旧校舎へ誰かが入って来る足音が聞こえ、私は咄嗟に校舎の中へ逃げ込んだ。そして窓からそっと中を伺うと、そこには腕章をつけた2人の男子学生が掲示板に何かを貼っている姿を目撃した。

・・・何やら話声が聞こえて来る。一体何を話しているのだろう・・・。気付かれないように身を縮め、ソロリソロリと外へ向かい出口付近で身を沈めた。



「・・・後、何箇所にこのポスターを貼ればいいんだ?」


「う~ん・・・残りまだ100枚以上はあるぞ・・・。一体聖女様様はどれくらいこのポスターを作ったんだよ・・・。」


「しかし・・・凶悪そうな顔しているよな・・・。このジェシカ・リッジウェイって女は。」


な、何?わ、私?!一体どういう事なの?!もしかして・・・あのポスターは私の事が書かれているの?

2人の会話はまだ続いている。


「それにしても・・・聞き覚えが無い名前だよな。本当にこの学院にいたのか?」


「何でも聖女様の話によると魔界に行った者は、その報いが来るらしいぜ。この世界からそれまでの存在を消されてしまうらしい。だけど、魔界から戻って来るらしいから・・・それで捕まえる為にこのポスターを作らせたんだろう?」


「よし、それじゃ残りのポスターを貼りに行こうぜ。」


言いながら2人の学生はその場を後にした。

彼等の足音が完全に聞こえなくなってから、私はフードをより一層目深に被ると、急いで掲示板を確認しに行った。


「え・・・う、嘘でしょう・・?何、この絵は・・・。」


そのポスターにはデカデカと私の絵が描かれていた。が・・・しかし、その絵はとても私と似ても似つかないものだった。

紫色の瞳はあっているが、この人物は目が細く、まるで狐のように吊り上がっている。口も一文字に締まり、口角の端が上がってずる賢そうな笑みを浮かべている。これはどこからどう見ても・・・意地の悪い悪女にしか見えない。

この絵の唯一似ている所と言えば、長く、ウェーブのあるこの髪型位だ。


「な、何て酷い絵なの・・・。で、でも・・・髪型が・・・こ、これはまずいわ・・・」


ジェシカの髪はこの学院でも珍しい位に長い。私が書いた小説のジェシカは自分の長く美しい栗毛入りの髪が一番のお気に入りで、とても大切にしていた。だけど・・・私はジェシカでは無い。今はこの髪型のせいでピンチに追いやられている。な、何とか・・・しなければ・・・!


私は肩から下げていたリュックをベンチに降ろすと、何か使えそうなものは無いか探し始めた。

あった!

念の為にと荷物の中に入れてあった鋏が見つかった。私は自分の髪の毛をひとまとめにして左手で持つと、迷うことなく鋏を入れた―。


「これで・・よしと。」

私は余っていたリネンの生地に先程自分が切り落とした髪の束をを入れて縛るとリュックの中にしまった。

そして改めてフードを目深に被ると、人目を避けるようにしながら「セント・レイズ学院」の門に向かって歩き始めた。

この学院とセント・レイズシティを繋ぐ『門』は閉ざされている。そして私には他の人達のように転移魔法を使う事が出来ない。そうなると・・・


「歩くしか無いわ。」

私は自分を奮い立たせるために口に出した。大丈夫、根性があればきっと・・・町まで歩いて行ける・・はず・・・。

兎に角、セント・レイズシティに着いたらジョセフ先生の家を訪ねてみよう。それに気がかりなのはレオの事だ。何とかウィル達のいる島へ渡る方法も考えて・・・。


ブツブツ言いながら下を向いて歩いていると、急に前方から声をかけられた。


「おい、そこのフードを被った女。何処へ行くつもりなんだ?」


し、しまった!考え事をしながら歩いていたから・・・堂々と学院の敷地内を歩いていた!今の私はお尋ね者なのに・・・・・。

そう、実はあのポスターには驚くべきことに懸賞がかけられていたのだ。商品はお金ではなく、何と単位のプレゼント。この私を捕えた人物には自分が一番苦手とする科目の単位を無試験で貰えるのだ。こんな事、許されるはずが無い!

絶対にソフィーの仕業に決まっている。しかし、ソフィーのこんな無茶苦茶な要求を呑む学院も十分問題がある。もはや・・・この学院はソフィーによって支配されているに違いない。

等と・・・めまぐるしく考えていたら、再び声を掛けられた。


「おい、お前の事だよ、聞いてるのか?」


男性の声が先程よりもイラつきを見せているので私は慌てて下を向きながら返事をした。

「い、いえ。大丈夫です。ちゃんと聞こえてますから・・・。」


言いながら私は相手に自分の顔が見えない程度に顔を向けた。


え・・・・この人は、確か・・・?

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