第4章 1 『狭間の世界』へ再び
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「それじゃ、行きましょうか。」
第1階層を繋ぐ鏡の前に立った私達はフレアの掛け声で一斉に頷いた。
今は何故かフレアがリーダーシップを取っており、私達はそれに従っている。最もこの世界では私は全くの役立たずなので、皆に従うだけなのだが・・・ウ~ン・・。
ノア先輩もヴォルフもどうやら女性の尻に敷かれるタイプの男性なのかもしれない。
フレアの手が鏡に触れると、途端に鏡に変化が起こる。グニャリと鏡が歪み、フレアの身体が飲み込まれていく。次に、ノア先輩、そして私、最期にヴォルフが鏡を通り抜けた。
「あ・・・・この場所は・・・。」
間違いない、初めて魔界を訪れた時にやってきた『鏡の間』だ。ここで私は剣士の姿をした骸骨に襲われかけ・・・オオカミの姿をしたヴォルフに助けられたんだっけ・・。まだあの頃から1週間位しか経過していないはずだが、何故か私には何か月も前の出来事に感じる。
「待っていたぞ。」
その時、頭上から男の声が聞こえ、私達は天井を見上げた。
すると空中に丸く円を描くように覆面姿の魔族が浮かんでいる。
その数は8人だ。
そして彼等は全員両手をこちらに向けて差し開いている。
「?」
私が訝し気に首を傾けたその時・・・。
「しまった!」
「まずいわっ!!」
ヴォルフとフレアが揃って声をあげる。え?何がまずいと言うの?
すると2人がほぼ同時に動いた。
「ジェシカッ!」
「ノアッ!」
ヴォルフは私を、フレアはノア先輩を突き飛ばす。
「キャアッ!」
「危ないっ!」
激しくヴォルフに突き飛ばされた私を抱き留めたのは同じくフレアに突き飛ばされたノア先輩だった。
「大丈夫だったかい?ジェシカ。」
ノア先輩が心配そうに声をかけてくる。
「は、はい・・・。大丈夫です。ありがとうございます・・・。」
その時―。
「キャアアアアアッ!!」
「グアアアッ!!」
背後でヴォルフとフレアの叫び声が上がる。
「フレアッ!!」
ノア先輩がフレアの名を呼ぶ。
え・・?一体これは何が起こっているの・・・?
見ると、そこには激しい電流に撃たれているヴォルフとフレアの姿がそこにあった。
そしてその電流を放っているのが空中に浮かんでいる8人の魔族達であった。
「ヴォルフッ!!フレアさんッ!!」
電流に撃たれて苦し気に顔を歪ませている2人。あの2人は咄嗟に私とノア先輩を庇ったんだ・・・・!
「クッ!!やめろ!お前達っ!」
ノア先輩は叫ぶと、肩から剣を引き抜くと、それを魔族達に向かって放り投げた。
「グアッ!!」
1人の魔族が苦し気に叫ぶ。ノア先輩の投げた剣がその魔族の腕に深々と刺さっており、その魔族は地面に落下して、床に激しく叩きつけられる。
途端に電流攻撃がやみ、床の上に崩れる様にヴォルフとフレアが倒れ込んだ。
「チッ!!」
頭上で魔族達が舌打ちする声が聞こえた。しかし、そんな魔族達には目もくれず、ノア先輩はフレア目指して駆けていく。
「フレア、フレアっ!大丈夫か?しっかりしろっ!」
ノア先輩はフレアを抱き起すと必死で揺さぶる。
「え、ええ・・・。大丈夫よ、これ位・・・。」
フレアは眉をしかめながらも、しっかりとした声で返事をする。
「ヴォルフッ!」
私も慌ててヴォルフに駆け寄ろとして・・・。
「来るなっ!」
突然ヴォルフが叫んで私はピタリと動きを止めた。
「ヴォ、ヴォルフ・・・?」
震える声で名を呼ぶと、彼は私を見て言った。
「駄目だ。ジェシカ。こっちに来るな・・・。」
そしてヴォルフは一瞬でオオカミの姿に変身すると、頭の中に話しかけて来た。
<ジェシカ、フレア、ノアッ!両耳を塞げっ!>
ヴォルフの声に私達は慌てて両耳を塞ぐ。そしてそれをヴォルフが見届けると天井に顔を向けて、オオカミの遠吠えをした。
ウオオオオオオオーンッ!!
途端に激しく揺れ出す『鏡の間』。超音波攻撃なのだろうか?衝撃波が空中で巻き起こり、次々と薙ぎ払われていく魔族達。そして彼等は四方八方に跳ね飛ばされ、壁に激しく叩きつけられて、地面に叩きつけられていく。
す、すごい・・・何て恐ろしい攻撃力なのだろう・・・。
私は両耳を塞いで地面にはいつくばって、その様子を眺めていた。
やがて、激しい振動が止み・・・・。そこに立っているのは私達だけであった。
ヴォルフは相当無理をしたのだろうか?息も絶え絶えにその場にやっと立っている状態に見えた。
「ヴォルフッ!」
私は慌てて彼の元へ駆け寄ると、ヴォルフは瞬時に人間の姿に戻り・・・。
「ジェ・・・ジェシカ・・・無事で・・良かった・・・。」
それだけ言うと、ヴォルフは床に倒れてしまった。
「ヴォルフッ!」
私は半ば悲鳴交じりに彼の名前を呼ぶとフレアが言った。
「・・・魔力切れよ・・・・。」
「え・・?」
「さっき、攻撃を受けていた時に気が付いたのよ。ヴォルフがシールドを張って少しでも攻撃が軽減されるように私を守ってくれていたのが・・・。その挙句にオオカミの姿になって、あんな攻撃をすれば・・・魔力なんてあっという間に底をついてしまうわ。」
「そ、そんな・・・。ヴォルフは大丈夫なんでしょうか・・・?」
私は震えながらヴォルフの身体に手を添えてフレアを見つめた。
「ええ・・・。魔力が回復すれば、元の通りに動けるようになるわ。だけど、この第1階層に居るのは危険ね・・・。取り合えず、この城を出て『門』を目指すわよ。
「だ、だけど・・・ヴォルフはどうするんですか?こんな身体じゃ動けないですよ?!」
まさか・・・彼を1人ここに残していくつもりじゃ・・・!
「あら・・?何よ、その目つきは・・・。まさか・・・貴女、私がヴォルフをここに残して見殺しにするつもりじゃ・・・なんて考えていないでしょうね?」
「・・・。」
まるで心を見透かされたような気分になり、私は黙って俯いてしまった。
「その反応・・・どうやら本当にそう思っていたようねえ・・・?」
フレアはイライラした口調で私に言う。
「よすんだ、フレア。ジェシカは悪気があったわけじゃ無いんだから。」
そこをノア先輩が宥める。
「彼なら大丈夫、僕が彼を担いで行くから。」
ノア先輩は微笑みながら私に言う。
「ええ?!そ、そんなノア先輩・・・大丈夫なんです?」
だって、ノア先輩も確かに背が高いけど・・・ヴォルフはノア先輩よりもさらに背が高い。そんな彼を担いで行くなんて・・・。
「大丈夫だよ、ジェシカ。そんな顔をしなくても・・・。これでも僕だって魔力を持つ男だよ?彼を担ぐくらいどうって事無いさ。むしろ・・・今一番力を使えるのは僕しかいないよ。フレアだってシールドを張っていたじゃ無いか。」
「や、やだ・・。ノア、気付いていたの?」
フレアは頬を染めてノア先輩を見た。
「ああ、勿論。気が付いていたよ。」
優しい眼差しでフレアを見つめるノア先輩。
え・・・?そうだったの?私には2人が魔力を使ってシールドを張っていたなんて全く分からなかった。やはり魔力を自由に使えないからなのだろうか・・・。
やはり、私は人間界でも魔界でも、単なる足手まといの存在でしか無いのかもしれない・・・。思わず下唇を噛み締め、両手をギュッと握りしめる。
それにしても・・・。
私はノア先輩とフレアを見た。私の目には2人はもう完璧な恋人同士にしか見えない。地下牢でノア先輩と再会した時には、先輩の心は私かフレアさんかで揺れ動いているようにうも見えたが・・・今ではもう完全にノア先輩の心はフレアにしか向いていない。
・・・良かった。これなら人間界に戻ってもフレアさんと幸せになれるに違いない。
「どうしたの?ジェシカ。」
その時、ふいにノア先輩が私に声を掛けてきた。
「いいえ、何でもありません。」
そして私は笑みを浮かべた。
ノア先輩、愛する女性と幸せになって下さい・・・。
私は心の中で祈るのだった―。
2
ノア先輩は自分よりも背の高いヴォルフをひょいと軽々と肩に担ぎ上げてしまった。本当だ・・言ってた通り・・・す、すごい。
これは、もしかするとノア先輩の魔族化が進んだ為なのだろうか?
「ほら、何をモタモタしているの?さっさと行くわよ。」
フレアは私をジロリと見ると言った。
「は、はい。分かりました。」
私は急いで2人の後をついて歩き始めた。
う~ん・・・それにしても・・・どうもフレアの私に対する風当たりがきつい気がする・・。まあ、もともとジェシカは同性からはあまり評判が良く無いのでこれは今に始まった事では無いのだが、フレアの場合はどうもそれとは少し違うように感じる。
・・・何故だろう?ひょっとするとノア先輩の事があるから・・・?
私がノア先輩を奪うとでも思っているのだろうか?
だとしたらそんな心配等全くする必要無いのに。だって今のノア先輩はもうフレアの事だけしか見えていないのは誰が見ても分かる事なんだから。でも・・どうもその事実に肝心な当事者はまったく気がついていないようだけれども。
私達は『鏡の間』から城門へ向かう長い回廊へと出てきた。
あ・・・・ここも・・最初は迷宮のように閉ざされていた空間だったっけ・・・。
そして、その封印を解いたのがフレアで・・・目の前に現れた恐ろしい魔物達に足がすくんでしまった・・・。
けれども、今は近くで魔物達が蠢いているのが分かるけれども、誰も私達の方に近付いてこようともしない。え・・?一体何故・・・?
すると私の考えている事が分かったのか、前を歩いているフレアが言った。
「ねえ、貴女・・・。何故この第1階層の醜い魔族達が私達に襲って来ないのだろうと不思議に思ってるんじゃないの?」
「え、ええ・・・。そうですね。どうしてですか?」
「本能よ。」
「え?」
「第1階層に住む魔族達はもはや知性や理性も無しに等しい下等な生物よ。」
下等・・・・。やはりフレア達からすれば、所詮第1階層にすむ魔物達は下等生物に等しいのだろう。だけど・・・私のような人間界でも攻撃魔法すら使えない様な人間にとっては脅威でしか無いのに。
「それと・・襲って来ない事と何か関係があるのですか?」
「関係?大ありに決まってるでしょう?」
何故か若干興奮気味にフレアが話し出した。
「いい、彼等は自分の意思等殆ど持たないレベルの低い生物達なのよ?でもそんな彼等にも唯一備わっているのが、本能なのよ。」
「はあ・・・。」
「この本能が備わっているお陰で、危険な事からは自然とその身を遠ざけようとする考えが働くのよ。つまり・・・。」
「つまり?」
「私達を襲うという行為は、自分たちの死を招くだけという本能が彼等の中にあるから、襲って来ないと言う訳なのよ。」
ああ・・・成程、そういう訳か・・・。
「それじゃ、私のように何の力も持っていないような存在なら、今頃は無事ではいられませんでしたね。」
てっきり、フレアはその意見に賛同するかと思っていたのに・・・何故か返事をしない。そして少し考え込むとポツリと言った。
「そんな事は無いと思うけどね・・・。」
え?今・・・フレアは何と言った・・?
「あ、あの!フレアさん、今のは・・・。」
その時、一番前を歩いていたノア先輩が私達を振り返ると言った。
「もうすぐ、この城の城門を出るよ。『鏡の間』からここまでは襲撃が無かったけれども・・城の外を出ると、そうはいかないと思うんだ。この先は用心に越したことは無いよ。」
「ええ、分かったわ。」
「はい、ノア先輩。」
私とフレアは交互に返事をした。やがて城門に辿り着き、ヴォルフを背負ったままのノア先輩は門を開けた。
ギイイ~・・・。
さび付いたような、軋んだ音をさせて門が開かれると私達はとうとう第1階層の城を抜け出した。
そして目の前広がるのは闇に覆われた、あれた大地。空はまるで隅をこぼしたかのようにどす黒い雲に覆われ、まるでこの世の終わりのような絶望的な世界が目の前に広がっている。
「・・・ッ」
ノア先輩は・・・この景色を初めて見たのだろうか?顔色が真っ青になっている。
だけど、私はこの世界を見るのは初めてでは無いので、驚きは無いが・・・・。
嫌でもあの時の記憶が蘇ってくる。
この真っ暗な大地を・・微かに灯る城の明かりを目指して1人歩いたのだ。
涙を流しながら・・・。
「マシュー・・・・。」
気付けば、つい今はもうこの世にはいない、愛しい彼の名を口にしていた。
鼻の奥がツンとして目に涙が浮かびそうになって来るのをじっと堪えて歩いていると・・・。
フレアが振り向きもせずに突然声を掛けて来た。
「ジェシカ。」
「は、はい!」
私は慌てて返事をした。
「貴女は・・・この道を歩いて第1階層の城へ1人で辿り着いたのよね?」
「は、はい。」
「その時・・・何を考えて・・・歩いていたの?」
「え?何を考えて・・・・?」
いきなりフレアは何を言い出すのだろう?
「・・・どんな気持ちで歩いていたの?」
答えに詰まっていると再びフレアが似たような質問を繰り返してきた。
「喪失感・・・・でしょうか・・・。」
うまい表現が思い当たらず、私は当たり障りのない回答をした。
「喪失感・・・。」
フレアが何故かその言葉を呟いている。
「どうして・・・喪失感を感じたの?」
「そ、それは・・・大切な人を・・・失ってしまった・・からです。」
「そう・・・。」
フレアは一旦そこで言葉を切ったが、再び前を向いて歩いたまま私に質問をしてきた。
「それじゃ、どうやってその喪失感を克服したの?」
「・・・してませんよ・・・。」
私は唇噛み締めながら言った。
「え?」
そこで初めてフレアは私の方を振り向いた。
「克服なんてしてません。」
「そう・・だったの?」
再びフレアは前を向いて歩き始めると言った。
「てっきり・・貴女は・・克服できたと思っていたけど・・・。」
「そんなの・・無理ですよ。だってこの魔界へ来る為に・・・大きな代償を払わせてしまったんですよ?そのせいで・・・かけがえのない人を失ってしまったんです。
私の命なんかよりも、ずっと価値がある・・・本当にこの世に必要とされるべきだった人が・・・私の方こそ、本来はこの世界にいていい人間じゃ無かったのに・・・。」
もう自分で何を言ってるのか訳が分からなくなってしまった。そんな私の話を聞かされているフレアは尚更そう思っただろう。
所が、フレアからは意外な言葉が返って来た。
「そう・・・。やっぱり私の思っていた通りだったわね・・・。貴女は・・・。」
「え?それは・・・どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味よ。貴女は私が思っていた通りの人間だったって事。」
「はあ・・。あ、あの、フレアさん。」
私は彼女に声を掛けた。
「何よ?」
振り返ってこちらを見るフレア。
「今の話・・・絶対に・・ノア先輩にだけは・・・言わないで下さいね・・。こんな話、ノア先輩に知られたら・・・きっと自分を責めるだろうから・・・。」
「ふ、ふん!言えるはず無いでしょう!と言うか・・・貴女こそ、絶対にノアの前で今の話するんじゃないわよ!したら・・・承知しないからね。」
「勿論です。」
フレアは少しの間、私の顔を見つめていたが・・やがて前を向くと黙々と歩き始めた。
そのまま、暫く歩き続け・・・ついに邪魔が入る事無く『門』へ辿り着く事が出来た。
『人間界』そして『狭間の世界』をつなぐ巨大な門へと―。
私は門を見上げた。目の前には鍵穴がある。
そして・・・『狭間の世界』の鍵を取り出すと、ノア先輩とフレアの顔を見た。
「それでは・・・『狭間の世界』へ続く門を・・開きますよ・・・?」
黙って頷く2人。
私は鍵穴に鍵を差し込むと・・・カチャリと回した。
ギイイイイイ・・・・。
門が開かれる。
アンジュ・・・・私、ノア先輩を連れて・・・『狭間の世界』へ戻ってきたよ―。
3
ゆっくり門を開けて、中に入ると目の前はうっそうと茂った森の前だった。
私は2人の方を振り向くと言った。
「この森の側では・・・十分注意して下さい。この森は・・・生きています。そしてこの『狭間の世界』の門番なんです。」
「え?門番・・・?」
「この森が?一体どういう事なのよ。ちゃんと分かるように説明しなさい。」
確かにフレアの言う事は最もだ。
「はい、今から説明します。この森はただの森では無いんです。この世界の住人に聞いたのですが・・・意思を持っているそうです。悲しい、辛い記憶を持って、この世界にやって来た者達は・・記憶を消されてしまうし、時には邪悪な心を持った侵入者が来れば捕まえて、自分たちの森の1つとして取り込んでしまうそうです。この世界では誰かの悲しい感情によって雨が降るそうですが、『森』はこの世界の雨を凄く嫌っているそうなんです。」
「こ、この森が・・・。」
ノア先輩は驚愕の表情を浮かべ、じっと森を見つめている。
そしてフレアは私を意味深な目で見つめていたが、ふいに尋ねて来た。
「ねえ・・・ひょっとするとジェシカ・・・。貴女、ここで記憶を消された?」
「は、はい・・・。その通りです・・。」
「え?何?ジェシカ。君・・・記憶をこの森の力で消された事があるの?一体何故?何か余程辛い事でもあったの?」
ノア先輩が真剣な目で私を見つめて来た。あ・・・ま、まずい・・・。
その時だ。
「う~ん・・・。」
ヴォルフが小さく呻いた。
「もしかして気が付いたのかな?」
ノア先輩がヴォルフを降ろして、木の下に寄りかからせるように座らせると、ヴォルフの瞼が動いてゆっくり目を開けた。
「あ・・・こ、ここは・・・。」
私はヴォルフの目の前に来て座ると言った。
「ここはね、『狭間の世界』だよ。ノア先輩がヴォルフの事を背負って、皆でここまでやっと来れたの。」
「そ、そうか・・・・。あ!お、追手は?!追手の魔族達はどうなったんだ?!」
ヴォルフが辺りを警戒するようにキョロキョロ見渡すとフレアが言った。
「あいつ等なら、大丈夫よ。ヴォルフ・・・貴方が全員倒してくれたから・・・。」
「ありがとう、君は・・・僕達の命の恩人だね。」
ノア先輩が素直にお礼を言っている・・・。
「そうか・・・ジェシカ・・・。やっと魔界から逃げ出す事が・・出来たんだな?これで・・・俺達人間界へ・・行けるんだな?」
ヴォルフの言葉にフレアが反応した。
「何?ヴォルフ。貴方・・・もしかして人間界に行くつもりなの?」
「ああ、そうだ。フレアはどうするんだ?」
「そんな事聞くまでも無いわ。私の隣にはいつもノアがいるんだから。」
「俺だってそうだ、俺の隣には常にジェシカがいないと駄目なんだ。」
言いながらヴォルフはグイッと私の腕を引いて、自分の腕に囲いこんでしまった。
「え?ちょ、ちょっと待ってよ、ヴォルフッ!」
慌てて私が言うと、ヴォルフは悲しそうな顔をして私を見つめた。
「え・・・?お前の側にいたら駄目なのか?だってお前が言ったんだろう?一緒に人間界へ行かないかって・・・。」
「ヴォルフ・・・やはり君までジェシカの魅力に当てられちゃったんだね・・・。」
ノア先輩が神妙な面持ちで言うと、フレアがノア先輩に詰め寄って来た。
「な・・・何よ!ノア!私という者がありながら・・・貴方はまだジェシカに対して思う所があるって言うの?!」
「い、いや・・・僕は別にそんなつもりじゃ・・・。」
慌てて弁明するノア先輩。
・・・何、この状況は・・・。こんな所で痴話喧嘩なんかしてる場合じゃ無いのに・・。
「あ、あの!そろそろお城へ向かいませんか?」
私はまだ揉めているフレアとノア先輩の間に入って口論を止めた。
「ああ・・・。そうだな。所でジェシカ。城の場所は知ってるんだろうな?」
「え?場所・・・・?場所は・・・?」
ど、どうしよう・・・。そう言えばあの時はフェアリーの魔法で一瞬で城へ着いたんだっけ・・・。
「まさか・・・知らないのか?」
ヴォルフが私を覗き込みながら尋ねて来た。
「ちょ・・・ちょっと・・信じられないわ!」
フレアが呆れた声を出す。
「これは・・ちょっと困ったことになりそうだね。」
ノア先輩は神妙な面持ちで言う。
ああ・・・・やはり、私は何処へ行っても役立たずな人間なんだなあ・・。
しかし、その時上空から声が響き渡って来た。
『やあ、ジェシカ。またここに戻って来てくれたんだね。ずっと君の事を待っていたよ。今からその場所と城を繋ぐ門をだしてあげるね。』
そして言葉が終わると、目の前に突然大理石で作られた門が現れた。
「これは・・・相当な魔力がこの門に込められているのを感じるわ・・・。」
フレアがじっと門を見つめながら言った。
え?そんな事が分かるの?!すごい!
「うん、そうだね。並大抵の魔力をもつ人物しかこんな門は作れないよ。」
え?ノア先輩までそんな事が分かるの?
一方のヴォルフは・・・。
「おい、ジェシカ。さっきの声の人物は・・・一体誰なんだ?」
「はい?」
私の両肩を掴んで瞳を覗き込んでくる。
ええ?そ、そこなの?ヴォルフが気になる所は・・・?
「あ、ほ、ほら・ヴォルフ。門が開いたから中へ入ろう?」
気が付いてみると、ノア先輩とフレアはさっさと門をくぐって先を歩いている。
「分かったよ・・・。でも後で絶対さっきの声は誰だったのか教えてくれよ?」
念押ししてくるヴォルフ。・・・・どうせ、すぐに会えるのに。
だけど・・・今の声がこの国の王様のアンジュだと知ったら、ヴォルフはどんな反応をするのだろう・・・?
「ジェシカッ!また再びボクの元へ戻って来てくれたんだね?本当に嬉しいよっ!」
門を抜けると、いきなりそこはお城の大広間で、眼前には眩しいほどの美貌の持ち主のアンジュが両手を広げて待っていた。
「ア・・・アンジュ・・・。随分大袈裟なお出迎え・・・だね・・?」
見ると大広間の左右には何処から集めてきたのだろうか・・・この世界の住人達がズラリと勢揃いしている。その時、私の目にふとある生物が目に飛び込んできた。
炎に包まれたオオトカゲ・・・。あれ・・あそこにいるのは以前クロエが召喚したことのあるサラマンダーじゃ無いの?!
あ!あれはペガサスに・・・隣にはユニコーンまでいるよ・・・。
他の3人もあまりの光景に驚いて唖然とした表情をしている。
でもまさか・・・魔族であるフレアやヴォルフまでがあんな、呆気に取られた顔を見せるなんて。・・・・。
「どうしちゃたの?ジェシカ。そんなにキョロキョロしちゃってさ。」
気付けばアンジュが私の肩を抱いて、至近距離で見つめていた。
「あ、あの。余りにも大勢集まっているから、びっくりしちゃって・・・。」
その時、私の頭上で威圧的な声が聞こえた。
「おい、誰だ?お前・・・。ジェシカから離れろ。」
見上げるとヴォルフが金色の目を光らせて、今にも牙をむきそうな勢いでアンジュを睨み付けている。
ヒエエエッ!この国の王様に・・・何て目を向けるの・・・!
「ふ~ん・・・。君は・・・魔族の男か・・・。別にボクは君をここへ招くつもりじゃなかったんだけどな・・・・。でもジェシカの仲間なら追い出すなんて出来ないしね。」
言いながらアンジュはわざとこれ見よがしに私の前髪をかきあげ、キスをしてきた。
「な!」
途端に殺気を放つヴォルフ。ノア先輩とフレアはあきれ顔でこちらを見ている。
「うん?何か文句でもあるの?」
一方のアンジュは腕組みをして、何やらニコニコとしている。
「ま、待ってよ!落ち着いてってば!彼・・・アンジュは・・仮にも、この世界の王様なんだからっ!」
私は今にもアンジュに攻撃を与えそうなヴォルフに必死で訴えた。
「「「「え・・・?王様・・・?」」」
次の瞬間、ヴォルフ、フレア、ノア先輩の声が一斉にハモるのだった―。
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アンジュは笑みを浮かべたまま、唖然としているヴォルフ、ノア先輩、フレアを順番に見渡すと、最期に視線を私に移した。
「ジェシカ・・・。」
アンジュが妙に色気のある顔と声で私の名前を呼ぶ。だけど・・・アンジュからはいつも『ハルカ』と呼ばれていたから、違和感この上ない。
「な、何?アンジュ・・・。」
ああ・・嫌な予感がする、果てしなく嫌な予感が・・・。
「嬉しいよ、ジェシカ。やっぱりボクと結婚する為にこの『狭間の世界』へ戻って来てくれたんだね。」
言いながら私を強く抱きしめて来た。あああっ!やっぱり!こうなるような予感がしていた。恐らくアンジュはヴォルフをからかいたくてこんな真似をしたに決まっている。だって、その証拠に背後から何やら恐ろし殺気がするもの。これは絶対にヴォルフに間違いない。
「や、やだ!離してよ、アンジュッ!からかうのはやめて!」
必死で振りほどこうともがくも、アンジュの力が強すぎて振りほどけない。
うう・・・あれ程可憐な美少女?だったアンジュが今ではすっかり男の人になっている・・・。
「お・・・おい!いい加減にジェシカを放せっ!嫌がっているだろう?!」
ヴォルフが・・・アンジュの肩に手を置いたのだろう。しかし次の瞬間・・・
「うわぁあっ!」
いきなりヴォルフは目に見えない力で吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられる。
激しく崩れ落ち壁にヴォルフの身体は瓦礫にうまる。
「ヴォ、ヴォルフッ!」
フレアが悲鳴交じりで名前を呼ぶ。
「い・・・痛えなあ・・・・。貴様・・・この俺に何しやがるんだ・・?」
ヴォルフは瓦礫の中から音を立てて立ち上がると、アンジュ目掛けて突進し・・・・
そこで周囲にいた精霊達に取り押さえられた。
「魔族め!勝手にこの国で暴れる事は許さんぞ!」
あら・・・あのお髭を生やした小さなお爺さんは・・・ノームかしら・・?等と言ってる場合では無い!
「ヴォ、ヴォルフ・・・。お願い、ここは『狭間の世界』、魔界では無いの。だから・・・今は大人しくしてもらえる・・・?多分、アンジュが魔界からこの世界に立ち寄るように私に言ったのは、何か重要な話があるからだと思うの。だから・・・。」
わたしは取り押さえられているヴォルフに言うと、彼は悔しそうな表情を一瞬浮かべ・・・フイと私から視線を逸らせると言った。
「・・・ジェシカがそいう言うなら・・・分かったよ。それに・・・そいつの力・・・恐ろしく強い。俺なんかが叶う相手じゃないしな。」
「そうだよ、君は良く分かってるじゃ無いか。聞き分けが良いのはいい事だよ?」
アンジュは未だに私を腕に囲いこんだまま、離さない。
一方のノア先輩とフレアは口を出せずに、私達の様子を黙って見つめていた。
「・・・ねえ。アンジュ。もういい加減・・・放してくれない?」
アンジュを見上げ、愛想笑いをしながら私は言った。さっきからヴォルフの刺すような視線が痛くて堪らない。
「う~ん・・・。まああの男の視線もおっかないしね・・・。いいよ、離してあげる。」
アンジュが私からパッと手を離すと、途端にヴォルフが自分を取り押さえている精霊達の腕を振り切り、駆け寄って来た。
「ジェシカッ!」
そして私をグイッと引き寄せるとアンジュに言った。
「ジェシカに勝手に触るな。」
「へえ~。君にはそんな事言う権利あるの?」
アンジュは面白そうに言う。
「・・・・。」
ヴォルフは悔しそうに唇を噛んで俯いてしまった。
もう、このままでは埒が明かない。
私はヴォルフの方に顔を向けると言った。
「ねえ、聞いて。ヴォルフ。彼・・・アンジュはね、この国の女性と結婚する事が決まってるのよ?名前はカトレアと言って、とても素敵な女性なんだから。」
「え・・・そうなのか?」
ヴォルフの険しい顔が少しだけ緩んだ。
「そうなの、だから・・・アンジュの言ってた事は真に受けちゃ駄目なんだからね?ただ、からかわれたのよ。この国の王様・・・アンジュにね。」
「あ~あ・・・。もう本当の事話してしまうのか・・・。残念だったな、もう少し彼をからかって見たかったのに・・・。」
アンジュがつまらなそうに言う。
「アンジュもヴォルフをからかうような真似はしないで。」
私はアンジュを少しだけ睨み付けながら言った。
「まさか、ヴォルフがあそこまでジェシカに熱を上げていたとはね・・・。」
「うん、僕も驚きだよ。」
何やらフレアとノア先輩が・・・ヒソヒソ話し声が聞こえて来るが・・・うん、何も聞こえなかった事にしよう!
私達は今、城の大広間から応接室へと場所を変えていた。
アンジュの隣には何故か私が座らされ、向かい側にはイライラした様子のヴォルフ、そして左右両隣にはそれぞれフレアとノア先輩が座っている。
「実はね・・・ジェシカに魔法をかけていたんだ。」
アンジュが何故か私の手を握りながら話してくる。
「魔法・・・?」
「そう、ジェシカの身に本当に危険が迫った時は僕がかけた魔法が発動するようにね。」
「え・・・?」
私はその言葉を聞いて、思い当たる節があった。そう言えば・・・あの青く光る洞窟で、魔物に襲われそうになった時・・・あれは・・アンジュの力によるものだったの・・?
「その顔・・・何か心当たりありそうだね?」
アンジュが私の顔を覗き込むように言った。
「う、うん・・・。ある・・・。あるけど・・・で、でもアンジュ。私、それ以前にも危険な目に遭いそうになったけど?」
「でも・・その時も結局は無事だったんだよね?」
「う、うん。あの時は・・・ヴォルフが助けに来てくれたから・・・。」
「そう、ジェシカの背後には彼がついていた。君を守るためにね。」
アンジュはヴォルフを見て言った。
「ああ、あの時は・・・フレアに頼まれていたからな。」
ヴォルフは頭を掻きながらフレアを見たが、フレアはフンとそっぽを向いてしまった。
「ふ~ん・・・。そうなんだ、でも今日僕達はこの『狭間の世界』へ来る前に何度も危険な目に遭って来たけど・・・ジェシカにかけたという魔法は発動した形跡は無かったけど?」
ノア先輩が白けた目でアンジュを見る。
先輩・・・・お願いですから、この国の王様にそんな態度を取らないで下さい・・・。
「そうだね、でもそれも多分、ジェシカの命は守られるだろうと判断したから魔法は発動しなかったんだよ。ジェシカにかけた魔法はね・・彼女が本当の命の危機にさらされた時に、僕に直接危険を知らせる魔法が発動するんだ。そしてボクが彼女の命を狙う者を魔法で倒すんだ。」
「そう・・・だったんだ・・・。」
てっきりマシューのかけてくれた魔法のお陰だと思っていたのだけど・・・違ったんだ・・・。私は少し落胆した気持ちになってしまった。
「どうしたの?ジェシカ。急に暗い顔になっちゃったみたいだけど・・?」
アンジュは私の肩を抱くと言った。
「おい!ジェシカに触るなっ!」
すかさずヴォルフが立ち上って抗議をするが、アンジュは聞く耳を持たない。
「ねえ・・・ジェシカ。君は魔界で一体何をしてきたんだい?」
突然アンジュが意味深な事を言って来た。
「え・・?」
私は顔を上げてアンジュを見ると、その顔は今までにない位真剣な表情になっている。
「ずっと・・・ジェシカの身体から警報が鳴り響いているんだよ・・・。この世界に君が来てからずっとね・・・・。ここには高い戦闘能力を持つ精霊達が沢山住んでるのに・・何もジェシカが危険にさらされるようなことは無いはずなのに・・・どうしてずっと君に・・危険が迫っているの・・・?」
言いながら、アンジュは私を抱きしめて来た―。