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第3章 6 束の間の休息

1


 やがて、私達はノア先輩達がいる洞窟の入口に辿り着いた。


「ジェシカ。絶対に俺の側から離れるなよ?」


人の姿に戻ったヴォルフが言う。


「う、うん・・・。」

頷いたものの怖くて怖くて溜まず、思わずヴォルフの服の裾を掴むと、それに気が付いたのか、私の右手をギュッと握りしめ、振り返ると言った。


「大丈夫だ、ジェシカ。必ず俺がお前を守るから。」


必ず守る―そう言ってマシューは私を守って命を落としてしまった。

私は俯き、繋いだヴォルフの手を握り締めると言った。


「お、お願いだから・・・・ぜ、絶対に・・身の危険を感じたら・・・私の事なんか気にしないで・・自分の命を守る事だけを考えてよ・・・。」

言いながら、鼻の奥がツンとしてきた。思わず涙が滲みそうになって来るのを必死で堪える。


「馬鹿な事言うな・・・。お前を置いて逃げる事なんて出来るはず無いだろう?」


ヴォルフが空いてる手で私の頭を撫でながら言う。


「だ、だって・・・前に・・言ってたじゃない・・・。魔族という者は・・・自分の利益の為にしか行動しないという冷たい心を持っているって・・・。だったら・・そうなってよ。いざとなったら私を捨てて、自分の命だけ守るって・・言ってよ・・。」


「駄目だ、それは出来ない。ジェシカ、お前が死ぬときは・・・俺も一緒だ。」


「どうして?どうしてそんな事言うの?」

駄目だ、また泣きそうになってくる。



「それは・・・・。」


ヴォルフが言いかけた時、地下室から悲鳴が聞こえて来た。


「「!!」」

2人、同時にその声にギョッとなり顔を見合わせる。


「行くぞ、ジェシカッ!」


ヴォルフは突然私を抱えると、階段を物凄い速さで駆け下りていく。まるで下りると言うよりは落下しているような感覚に襲われ、怖くて私はただヴォルフにしがみついている事だけしか出来なかった。



 やがて先程の第2階層から第1階層へ続く鏡の前に現れた時、私とヴォルフは見た。


それは、鏡の側で折り重なるように倒れている魔族達と、それを見下ろす様に立っているノア先輩とフレアの姿が―。


「フ、フレア・・・。お前、無事だったのか・・・?」


ヴォルフが私を降ろしながら、彼女を見つめて言った。


「あら?当然じゃない。私を誰だと思っているの?こんな連中、私の所詮敵では無いわ。」


いつもの如く気位の高いフレアは腕組みをするとフンと顔を背けた。


「ジェシカ、君も無事だったんだね。良かった。」


ノア先輩がまるで天使のような微笑みで声を掛けて来た。


「ノア先輩っ!」


私はノア先輩が無事だった姿に安堵し、思わず駆け寄ろうとして・・・・何故かそこでヴォルフの手が伸びてきて、グッと引き留められた。


「ヴォルフ・・・・?」


不思議に思い、見上げると何故かヴォルフの不機嫌そうな顔がそこにあった。


「・・・行くな・・・・。」


「え?」


「勝手にノアの側へ行こうとするな!いいか?ノアにはもうフレアという恋人がいるんだから・・・・っ!」


半ば自棄になったような顔つきで私に抗議してくるヴォルフ。・・・心なしか頬が薄っすら赤く染まっているような気がする。

えええ?!まさかヴォルフの口からそんな言葉が出て来るとは思いもしなかった。


「あら、ヴォルフにしては中々気の利く台詞を言うじゃ無いの?」

言いながらフレアはノア先輩にしなだれかかる。


「フ、フレア・・・。」


戸惑った様子のノア先輩がフレアに声を掛けた。


「兎に角、いいわね。ノア、そしてジェシカ。あなたたちは不用意にお互い近付かないようにして頂戴。」


言いながら私をじろりと睨みつけて来るフレア。


「は、はい・・・。」

ここは彼女の言う通りにしておいた方が良さそうだったので、私は大人しく返事をした―。



 魔族の遺体に怯える私に、ヴォルフが一瞬で灰にしてしまうと、ようやく辺りは元の静けさを取り戻した。

フレアの話によると、私とヴォルフが出掛けて暫くたった後に魔族達が襲って来たらしい。


「だけど、あいつ等も間抜けよね。よりによって炎属性の私に水属性の魔族を追手に放つなんて。」


フレアが焚火の火に触れながら言う。

うわあ・・・熱く無いのかなあ・・?いらぬ心配をしてしまう私。


「俺達を襲った魔族が言ったんだ。俺達の行動は全て『預言者』によって把握出来ていると・・・。だから二手に分かれた俺達の元へ、当然の如くあいつらは姿を現してきたに決っている。」


ヴォルフが焚火を見つめながら言った。


「『預言者』・・・・本当にそんな先見が出来る能力の魔族がいたのね・・・。なら今急いで第1階層へ向かおうが向かうまいが、全て『預言者』によってバレてしまっているという事よね・・・・。だったら・・・。」


「だったら?」


ノア先輩が問いかけた。


「もう夜になってしまったことだし、今夜はここで休んで明日の朝出発する事にしましょう。第1階層を抜ければ、もう人間界への門はすぐそこだしね。」


フレアは言うとノア先輩の腕に抱き付き、私とヴォルフをジロリと睨み付けた。


「ほら、私とノアはこの焚火の前で寝るから・・・2人は別の場所で寝なさい。・・・邪魔よ。」


「フ、フレア?!」


明らかに動揺した声を上げるノア先輩。そして顔を見合わせる私とヴォルフ。


「ま、まあ・・・・フレアがそう言うなら、俺達は場所を移すさ。」


ヴォルフは言うと立ち上がり、私に手を差し伸べた。


「よし、行くぞ。ジェシカ。」


「え、ええ?!い、行くって何処へ?!」


「何、この洞窟の奥にはこことはまた違った小さめの洞窟があるんだ。そこならこの場所よりも狭いから、焚火をしても暖が取れるからな。大体・・・本当はジェシカ、さっきから寒かったんだろう?震えてるじゃ無いか・・・。」


ヴォルフが私の目を見ながら言う。


「え?き、気付いていたの・・・?」


その時、フレアが言った。


「ふ~ん・・・。ヴォルフ・・・貴方やっぱりジェシカの事が好きなのね。」


フレアがノア先輩にしなだれかかりながら言う。


「え・・ええ?!その話・・・本当なの?!」


ノア先輩が驚いたように私達を交互に見つめる。


「え・・と・・・。」

どうしよう、何と答えればよいのか答えに詰まっているとヴォルフが口を開いた。


「行くぞ、ジェシカ。あの2人の事はまともに相手にしなくていいから。」


そしてヴォルフは私の手を握りしめて立ち上がると言った。


「それじゃ、明日の朝7時にここを出発する事にしましょう。」


フレアは何処か楽しそうに言う。・・・結局ノア先輩とフレアの話し合いの結果はどうなったのだろう?やはりフレアも一緒に人間界へ行くのだろうか?それとも・・。


「おい、どうしたジェシカ。行くぞ。あ、その前に・・・。」


ヴォルフは何かを思い出したのか肩から下げていた袋から大小様々なフルーツを取り出すとノア先輩たちの前に置いた。


「森で取って来た果実だ。何も食べないよりはずっとマシだろう?それじゃ、ごゆっくりな、お2人さん。」


そしてヴォルフは再び私の手を取ると言った。


「よし、行くぞ。」


こうして私はヴォルフに手を引かれ、その場にノア先輩とフレアを残して立ち去った。




「どうだ?ここなら寒くは無いだろう?」


ヴォルフが新しく付けた焚火を前に声を掛けて来た。

ここはヴォルフに連れられてやって来た小さな洞窟。言われてみれば確かにこの洞窟は大きめのテント程のサイズなので、暖を取るには丁度良いサイズなのかもしれない。


「うん、温かくなってきたよ。ありがとう、ヴォルフ。」

暖かい焚火でほっとした私は笑顔でヴォルフに礼を言った。


「ジェシカ・・・俺は・・・。」


ふいにヴォルフが真剣な表情で私を見つめて来た―。





2


「何?ヴォルフ?」


すると何故かヴォルフは視線を晒すと言った。


「いや・・・何でも無い・・・。」


「そう・・・。あ、あのね・・・。ヴォルフ。第1階層へ着いたら・・・貴方はどうするの?」

恐らく明日には私達は第1階層を抜けて『門』へ向かうのだろう。その前に・・・どうしても確認しておかなくては・・。


「え?俺が・・・どうするかって?」


ヴォルフは意外そうな顔で私を見つめた。


「うん、そう。ほら、前に私が地下牢へ閉じ込められていた時・・・ノア先輩の代わりに人間界へ行くって言ってたじゃない?それ・・・本心なのかなって思って・・・。」


「ジェシカ・・・。」


「ねえ、ヴォルフ、教えて。第1階層へ着いたら・・・貴方はどうするの?私達と一緒に人間界へ来るの?それとも・・・魔界へ戻る・・の・・?」


「俺は・・・。」


何を迷っているのだろうか?ヴォルフは俯いてしまった。


「ねえ、ヴォルフ達はもう既に魔界でのお尋ね者にされてしまったんじゃないの?」


「へ?お尋ね者?お尋ね者って・・・何だ?」


ヴォルフがキョトンとした顔で私を見つめている。


「あ・・・。」

そうか、この魔界には・・・『お尋ね者』と言う言葉が存在していないのかもしれない。

「あの、お尋ね者って言うのは・・罪を犯して逃亡している人達を指す言葉なんだけど・・・。」

何とか説明する。



「ああ・・・確かにジェシカの言う通りだな。俺もフレアも・・・お尋ね者には違いない。」


ヴォルフは何がおかしいのかクックッと笑った。


「ねえ、罪を犯した魔族は全ての魔力を奪われ、第1階層へ落されるって追っ手の魔族達が言ってたよね?もし魔界に残ったら、ヴォルフ・・・あの第1階層へ落されちゃうんじゃないの?」

何時しか声は震えていた。

そんな私をヴォルフは黙って話を聞いている。

「ヴォルフ・・・私と一緒に・・人間界へ行かない?」

じっとヴォルフの顔を見つめると言った。


「・・・。」


だけどヴォルフは黙っている。


「ヴォルフ・・・。」

私はいつの間にかヴォルフの服の裾を握りしめていた。脳裏にはこの魔界へ初めてやって来た時のあの恐ろしい第1階層の世界が頭に浮かんでいる。真っ暗な世界で・・・知性も理性も持たない、まるで獣のような魔族達・・・。嫌だ、ヴォルフがあんな魔族達のいる世界に落とされてしまうのは・・・。

「わ・・・私は嫌なの・・。あんな世界にヴォルフが落とされてしまうのが・・。」


すると突然ヴォルフがきつく私を抱きしめると言った。


「言うな・・・!」


「え・・・?」


「頼むから・・・・それ以上、そんな言い方をしないでくれ・・・!」


ヴォルフの身体が震えている。

「そ、そんな言い方って・・?」


「ああ、そうだ。そんな涙目で人間界へ一緒に来てくれなんて言われたら・・・お前が俺の事を好きなんじゃ無いかって勘違いしそうになるから・・・・っ!」


「ヴォ、ヴォルフ・・・。」


「ああ、分かってる。ジェシカ・・・お前が愛した男はマシューという人間と魔族のハーフの男だったんだろう?でもその男はお前を守って死んでしまった・・・。死んでしまった者には絶対勝てるはずなんかないのに・・・・。」


ヴォルフは苦しそうに、熱に浮かされたように私に訴えかけて来る。


「マシューという名の男の事を忘れろとは言わない。そんなの無理に決まってるからな。だけど・・・今、一番お前の側にいるのは誰だ?俺・・・じゃないのか・・・?」


ヴォルフは私の身体を離すと、じっと見つめて来た。

確かに、マシューは死んでしまってもういない。だけど・・・。

「ご、ごめんなさい・・・。」

言葉に詰まりそうになりながらも私は俯くとヴォルフに謝った。


「まただ・・また、お前はそうやって謝るのか・・・?」


顔を上げてヴォルフを見ると、そこには悲しみを称えた表情のヴォルフが目の前にあった。


「わ、私ね・・・マシューが私の事を好きだって事は・・・気付いていたの。でも自分自身の気持ちには全く気が付いていなくて・・・マシューが死んでしまった時にはっきり気が付いたの。私はマシューの事が好きだったんだって・・・。自分の想いを告げる事も無く・・・。もっと早くに彼に私の気持ちを伝える事が出来ていれば・・良かったのにって・・そう思うと毎日が後悔の日々で・・・。」


「ジェシカ・・・。」


「だ、だから・・・ナイトメアがマシューの姿で現れて・・・なじられた時は本当に悲しくて・・・。だって・・彼は私がノア先輩を好きだと思っていたみたいだったんだもの・・・。でもそう思われても当然だよね?だってノア先輩を魔界から助け出す為に私は・・・マシューにお願いして・・挙句に死なせてしまったんだから・・。」


「だから?」


不意にヴォルフが声をかけてきた。


「え?」


「だから・・・もう誰も好きにならないって?この先もずっと・・・死んでしまった男を思い続けてお前は生きていくつもりなのか・・?」


「そ、そんなつもりじゃ・・・。」


「だけど・・・。」


ヴォルフは急に遠い目をすると言った。


「確かに俺がこのままお前とノアを人間界に送り出して、魔界に残ったとしても・・碌な目にあいそうにないしな。」


ヴォルフがニヤリと笑みを浮かべた。


「え?そ、それじゃ・・・。」


「ああ・・・・ほとぼりが冷めるまでは人間界で暮すのも悪くはないかもしれない。」


「ほ、ほんとに・・・?本当に・・・一緒に人間界へ行ってくれるの・・・?」


私は目に涙を浮かべながら尋ねた。


「ああ。なんて言ったって・・・自分の好きな相手からそんな風に訴えられてしまえばな・・・。」


ヴォルフは顔を真っ赤に染めてフイと視線を逸らすと言った。


「あ、ありがとう・・・ヴォルフ・・・。」


「何せ、人間界に行けばお前の側にいられるしな。」


ヴォルフの突然の言葉に私の表情は一気に曇ってしまった。あ・・・・そうだった・・・。私は・・。今ならはっきり分かる。以前に見た予知夢の中で、私は必死で何処か森の中を走って逃げていた。そう、あの場所は・・・『ワールズ・エンド』だ。私は『門』を抜けて、1人森の中を逃げる時に木の幹で転んでしまい、右足を怪我して動けなくなってしまう。そして・・兵士に囚われてしまうのだ・・・。


「お、おい。ジェシカ。一体どうしたんだ?何故急に黙るんだ?」


ヴォルフが俯いていた私の顔を無理やり自分の方へ向け・・・サッと顔色が変わる。


「ど、どうしたんだ?ジェシカ。顔色が真っ青だぞ?具合でも悪くなったのか?」


言いながら私の額に手を当てて来るヴォルフ。


「・・・熱はなさそうだな・・・。」


再度私の顔を覗き込むとヴォルフが言った。


「ジェシカ・・・・まだ俺に何か話していないことが・・あるんじゃないのか?」


ドキッ!

心臓の音が大きく鳴った。

「ど、どうして・・・そう思うの?」

内心の動揺を押さえつつ、私はヴォルフに尋ねた。


「実は・・・あの追手の魔族達がお前に言っていた言葉がずっと気になっていたんだ・・。あいつら・・・言ってたよな?人間界には戻らない方がいいって・・魔界に留まった方がお前の為だと確か言っていたぞ?何故なんだ?ジェシカ・・・お前にはその理由が分かっているんじゃ無いのか?」


ヴォルフの金色に輝く瞳が私を捕えて離さない。


「さ、さあ・・・・・。私には何の事かさっぱり・・・。」

駄目だ、私が『ワールズ・エンド』でセント・レイズ学院から追われている身だという事をヴォルフや・・・ノア先輩に知られる訳には・・。


「本当か?本当に心当たりは無いのか?」


尚もしつこく食い下がって来るヴォルフ

仕方が無い・・・私が捕らえられる事実は除いてヴォルフに話すしか無さそうだ。


「あ、あの・・・実はね・・。私達人間界では人間界と魔界を繋ぐ『門』を開けるのは罪を犯す事になるの。だから・・・ひょっとしたら私が人間界に戻ったら罰を受けるんじゃ無いのかな・・・って。多分あの魔族達もその事を伝えようとしたんじゃないの?あ、でも罰と言ってもね、まだ学生だからそんなに重い罰を受ける事は無いと思うよ?」


「ああ・・・そういう事か。でも、あまりにも理不尽な罰だったら・・・その時は俺が助けてやるからな。」


言いながらヴォルフが私の頭を自分の胸に引き寄せた。



ああ・・・暖かいな・・・・。思わず目を閉じるとヴォルフが言った。


「明日は朝が早い。ジェシカ・・・もう今夜は休め。」


「うん・・おやすみなさい・・。」


そしてそのまま私はヴォルフの腕の中で眠りに就いた―。




3


波の音が聞こえて来る。

ここは何処だろう・・・。

目を開けると青い空と青い海、白い砂浜の上に私は立っていた。

え・・・?海・・・?

どうして私は海に来ているのだろう?

その時、私は自分の左手が小さな手を握りしめている事に気が付いた。

見下ろすと、花柄のサマードレスを着た4~5歳程の女の子の姿が見える。 

なのに肝心な顔がどうしても霞んで見えない。

この女の子は一体・・・?だけど、どうしようもない位に、この女の子を愛しく感じて、思わずキュッとその小さな手を握り締める。

でも誰だろう?首をかしげて女の子を見下ろすと、その子の口がゆっくり動いた。

え・・・?今、何て言ったの・・・?

そして―

背後から誰かが近づいて来て、私を背中から優しく抱きしめて来た。

ああ・・・・・すごく幸福感に包まれる。

愛する人達に包まれて、私は今すごく幸せだ・・・。

その人物が私の耳元で何かを囁いてきた。

私は振り向いて、その人を見つめて笑みを浮べて名前を呼び―。


 そこで私は、目が覚めた。

今の夢は・・・・?ぼんやりする頭で思い出そうとし・・・そこで自分の今の状況に気がつき、一瞬で眠気が覚めてしまった。こ、この腕は・・・・?そ~っと背後を振り返ると、そこには私を抱きかかえたまま眠っているヴォルフの姿が。

どうやら私はあのままヴォルフの腕の中で眠ってしまっていたようだった。

「?!」

驚きで、声を上げそうになったとき・・・。


「よお・・・・おはよう、目が覚めたようだな。」


ヴォルフが目をこすりながら私を見つめると笑った。


「お、おはよう。ヴォルフ。」

え?な、何でそんな風に普通にしていられるわけ?戸惑っている私を余所にヴォルフは至って普通だ。


ヴォルフは私を眩しそうに見つめると口を開いた。


「ジェシカ、昨夜は悪夢を見なかったようだな。笑いながら眠っていたぞ。何か楽しい夢でも見れたのか?あ・・・そ、その・・・やっぱりジェシカは笑顔の方が似合うな。」


ヴォルフは顔を真っ赤にしながら言った。

楽しい夢・・・?え?何か夢を見たっけ・・・?何故だろう?起きた直後は夢の事を覚えていた気がするのに、今は全く思い出せない。

「う~ん・・・。夢見たのかどうか覚えていないんだけど・・でも少なくとも怖い夢では無かったことは確かかな?」


「よし、それじゃ・・・フレア達の所へ行ってみるか。」


ヴォルフが立ち上って手を差し伸べてきたので、その手を取って立ち上がった。

いよいよ、今日は第1階層へ向かうんだ・・・。きっと追手が待ち受けているんだろうな・・・・。

緊張する面持ちで私は前を歩くヴォルフの後ろを歩いていると、突然ヴォルフが立ち止まり、私は彼にぶつかってしまった。

「ど、どうしたの?ヴォルフ。突然止まったりして・・・・。」

言いながら私はヴォルフの背後から前を覗き込み・・・・目を見開いた。


「お、おいっ!一旦引き返そうっ!」


ヴォルフは顔を真っ赤にさせて私の手を掴むと身を翻した。


「う、うん・・・!」

私達は慌ててその場を逃げるように立ち去った。



「「・・・。」」

私とヴォルフは先ほどの洞窟に戻って、無言で昨日採取してきた果実を口にしている。

それにしても、物凄い物を見てしまった。ま、まさか・・・こんな非常事態の中で・・・フレアとノア先輩が情を交わしていたなんて・・・!

幸い、あの2人には私達の存在は気付かれてなかったけれども・・・。


「ジェシカ・・・。」


突然ヴォルフが口を開いた。


「な、何?!」

思わず声が上ずってしまう。見るとヴォルフは私から顔背けるようにして座っているが、耳まで赤く染めている。


「その・・・何だ・・・。さ、さっきの件だけど・・・。」


「う、うん。」


「み・・・見なかった事にしておこう!うん、あの2人には絶対に内緒だ?いいか?」


「あ・・・当たり前じゃない!い・・言う訳ないでしょう?」

突然、何てことを言い出すのだろう。実は現場を見てしまいましたが、見なかった事にしておきました等と口に出せるはずが無い。


「いや・・・でもジェシカの言ってた事は・・本当だったんだな・・・。」


ヴォルフが苦笑しながら言う。


「え?何の事?」


「あ・・その、だから・・・ノアの事を別に愛している訳じゃないって事だ。もし本当だったら、あんなもの見てしまったら冷静でいられなくなるはずだもんな?」


「あ、当たり前でしょう?」

いやいや、ヴォルフ。貴方には私が冷静に見えるって言うの?これでも今すごく動揺しているんだからね?全く見知らぬ相手であれば、すぐに忘れてしまうだろうけど、これがあの2人ともなると簡単に忘れられるものでは無い。でも、絶対にあの2人の前では何食わぬ顔ををしておかなければ・・・。


「・・・本当に今日出発する気・・・あるんだろうな?あの2人・・・。」


「うん、出発する気はあるんじゃないのかな?だって・・・早くこの魔界を抜けないとノア先輩が魔族になってしまうし・・・。」


「ジェシカは・・・魔族の男は嫌か?」


突然ヴォルフが悲し気に尋ねて来た。


「え?」


「いや・・・。何でも無い。今の口ぶりで、ひょっとするとジェシカは魔族の男が嫌なのかと思って・・・。」


「そんなはずないの・・・ヴォルフは知ってるよね?」

じっとヴォルフの目を見つめながら私は言った。

「だって、マシューは半分魔族だったんだよ?彼が人間であろうが、例え完全な魔族であろうが・・・私には関係なかったんだから・・・。ごめんね。こんな話・・ヴォルフにしても、返って傷つけちゃうよね・・・?」

そうだ、ヴォルフは私を好きだと言ってくれている。その彼の前で自分が愛した男性・・・マシューの話をしたのは非常識だったかもしれない。


「いや、いいさ。逆にはっきり言って貰えるほうが俺は嬉しいから。それよりさ・・・ジェシカ。人間界へ着いたら、色々な事・・・俺に教えてくれよな?後・・俺って人間界へ行ったら、すぐに魔族ってばれてしまうかなあ・・。」


ヴォルフは自分の前髪をくるくる指先に巻き付けながら言った。


「うーん?そんな事無いよ。だってヴォルフは外見だけなら他の人達よりはちょっと背が高いけど、見た目は殆ど変わらないもの。多分町の中を歩いても魔族だって気付かれないと思うよ?」


「そうか、それなら安心だ!魔族だからって恐れられるのは嫌だからな。」


安心したかのように笑うヴォルフ。その時だ―。


「あら、あなた達・・・まだ出掛ける準備していなかったの?」


洞窟の入口にフレアとノア先輩がいつの間にか立っていたのだ。思わず先程の光景を思い出しそうになり・・・うん、平常心・平常心・・・。必死で冷静さを保つ。



「あ、ああ。2人で昨日採取して来た果実を食べていたんだ。」


ヴォルフが対応した。


「ふ~ん・・・まあ。別にいいけど。」


するとフレアの背後からノア先輩が声をかけてきた。


「やあ、お早う。ジェシカ。・・・ついでにヴォルフ。」


「何だよ、そのついでって。」


ヴォルフが口を尖らせるが、ノア先輩はそれを無視して私に言った。


「今朝はよく眠れたかい?今日はいよいよ人間界へ行くからね。追手もきっと潜んでいるはずだから、気を付けるんだよ。」


「はい、分かりました。」


そうだ、私達は今日これから第1階層を目指すんだ。気を引き締めないと。

そして・・・。


「あの、皆さんにお伝えしなければならないことがあるんですが。」

そうだった、私はまだ皆に肝心な事を伝えていなかった。



「何だ?伝えなければならない事って?」


ヴォルフが尋ねて来る。


「うん。実は・・・私はこの魔界へ来る前は『狭間の世界』にいたんです。」


「「「狭間の世界・・・?」」」


全員の言葉が見事にはまった。・・やはり皆この世界の事は知らなかったのかな?



「はい、人間界からいきなり魔界の門を開けると、そこから魔族達が・・・恐らく第1階層に住む魔族だと思うのですが、門を通り抜けて人間界へ姿を現してしまうと、ある方に教えて貰ったんです。なので私は自分で作りだした『魔界の門』と『狭間の世界』の鍵を使って、『ワールズ・エンド』から『狭間の世界』へ行きました。そして・・そこの王様から魔界から戻る時は、必ず『狭間の世界』に立ち寄るように言われました。だから・・・まずはそこに行かせて下さい。」


一気に話し終えると、全員が唖然とした表情で私を見つめている。


「え・・・?この世界に魔界と人間界以外に別の世界が・・あったのか・・?」


ヴォルフは私を見ると言った。


「うん、そうなの。その世界に住む住人達の中にはフェアリーやエルフもいたし・・召喚獣で呼ばれる幻獣たちもいるらしいの。」


「そう言えば・・・・随分昔にそんな話を聞いたことがあるような気がするけど・・・。でも作り話だとばかり思っていたわ。」


フレアが神妙な面持ちで言う。


「でも、ジェシカは『ワールズ・エンド』から門の鍵を使って『狭間の世界』へ渡ったんだよね?」


「はい・・・。だから恐らく、第1階層の魔族達は人間界には現れていないと思うのですが・・・。」


言いながら私はヴォルフをチラリと見た。


「ああ・・・。確かに特に第1階層ではおかしな点は何も無かったから、恐らく大丈夫のはずだ。」


私は話の続きを始めた。


「恐らく、『狭間の世界』の王様は私達の力になってくれるはずです。なので、どうか人間界へ行く前に『狭間の世界』へ行かせて下さい。」

頭を下げるとヴォルフが私の頭に手を置くと言った。


「ああ、俺は勿論異論は無いぜ。それに・・追手がどうせ来てるんだ。人間界で暴れるよりは『狭間の世界』で対決した方がよさそうだしな?」


「僕も異論は無いよ。」


「そうね・・・。『狭間の世界』がどんな場所か、私も興味があるわ。」


こうして、私達は第1階層から『狭間の世界』を目指す事に決めた―。

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