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136/206

※魔界のノア

曖昧な性描写有ります

1


 あの日―

毒の矢に射抜かれたジェシカを救う為、僕達は『ワールズ・エンド』へ向かった。

そこで門番をしていた聖剣士はジェシカの為に七色に光り輝く花を探して摘んで来てくれた。

けれど...。

この花の管理をしていた魔族の女・・・フレアに見つかってしまい、この花と引き換えに僕に魔界へ来るようにフレアは命じて来た。

・・・断る理由は何処にも無かった。

もう二度とジェシカに会えないかもしれないけれど・・・彼女が助かるならば、僕なんてどうなったって構わない。

だってどうせ家でも居場所が無く、学院だって・・・それは以前に比べれば大分居心地が良くなったとはいえ、まともに授業に出る事が出来る環境ではないのだから、僕がこの世界にいる意味なんて、見いだせない。

それよりもジェシカを助ける事が出来るなら、それこそ僕の存在意義があると言える・・・僕はそう思っていた。



 魔界―。

そこは想像以上に僕にとっては辛い場所だった。まさか・・・これ程までに寒い場所だったなんて・・・。

1日中、昼なのか夜なのかも分からない世界。青く澄み切った空も見る事が出来ないし、満天の星空を見る事も叶わない世界。

そして・・・・魔界は魔族達の身体も・・・冷え切っていた・・・。


 初めて魔界に着いた時、あまりの寒さに僕は縮こまっていた。

フレアは何故そこまで僕が寒がっていたのか理解出来ない様子だったけれど・・・

それは彼女に触れてみて、初めて分かった。


 魔界にやって来た僕は、この世界でも容姿が気に入られたのか、ひっきりなしに魔族の女性達が僕の元へ訪れて来た。

そこで与えられた僕の役目は・・・・・。

人間界で暮していた時と同様、男娼の役目だった。

聞いた話によるとここは魔界でも第3階層と呼ばれる世界で、上級魔族だけが住む世界だと言う。そして、上級魔族は何故か他の魔族達に比べると出生率が大幅に低く、中には人間界へと行き、そこで人と結婚して家族を持つ魔族達も中にはいるという話だった。初めてその話を聞いたときは驚いたけども、考えてみれば『ワールズ・エンド』で門番をしていた聖剣士・・・確か名前はマシューだったか・・?彼も人間と魔族とのハーフだったから、そう珍しい話では無かったのかもしれない。知らなかったのは僕達人間だけ・・・という事だったのだろう。


 とにかく、魔族の女たちは人間の男と言う事で物珍しさもあってか、僕に抱かれたいと言ってひっきりなしにやってきた。そして僕はこの魔界で暮していく為に・・・嫌々彼女達の相手をせざるを得なかった。

だけど、彼女達の肌はびっくりする位に冷え切っていて寒かった。

いつも寒さに耐えながら女性達を相手にしていたけれども、行為の後は僕の身体はすっかり冷え切って、体調を崩して寝込んでしまう日々が続いていた。

そんな僕をフレアは心配して、わざわざ自分の部屋に暖炉を作って用意してくれたりしたけれども、ここ魔界では暖炉の炎でさえ、僕を温めてくれることは決して無かった・・・。

そう、僕は・・・魔界へ来てからはいつだって寒さに震えていたんだ・・・。

 

 僕をここへ連れて来たフレアという女性はとても嫉妬深い女性だった。

彼女自身は僕を男娼には元々させたくは無かったので、僕の体調が優れない時は、なるべく他の魔族の女達を近付けないようにしてくれたりと便宜を図ってくれていた。

けれどもフレアは常に僕を監視し、自由を奪われた暮らしを強いられてきた。

唯一、僕が自由を得られるのは・・夜、眠りに就いた時だけ。


 ここ、魔界では不思議な事に眠った時に、自由に夢を作り上げて、夢の世界の中に入り込めることだった。

その事に気付いたのは、僕が夢の中で初めてジェシカを見た時だった。




 その日の夜・・・僕はいつものように暖炉に火を起こしたままベッドを炎の側に寄せて、眠りに就いた。

そして・・夢を見た。


 ここはどこだろう・・・。僕は真っ白い花畑の中にいた。見上げるとピンク色に覆われた空、そして空中に浮かぶのは・・・あの城は何だろう・・・?

ボンヤリとした頭で城を見上げていると、ふいに背後から声をかけられた。


「あの・・・すみません。ここは何処なのでしょうか?」


え?まさか・・・今の声は・・・?

僕は驚いて振り返った。するとそこに立っていたのは・・・ジェシカだった。


「ノ・・・ノア先輩?!」


ジェシカは目を見開くと僕の方へ駆け寄って来た。だけど、ジェシカ以上に僕は驚いていた。嘘だ、何故ジェシカがここにいるんだ?


「ジェシカ・・・。」

僕は愛する女性の名前を呼んだ。


「ノア先輩?何故こんな場所にいるのですか?ここは一体どこですか?」


ジェシカは僕に縋りつくように話しかけて来た。

夢にまで見たジェシカが今目の前に立っている。本当は嬉しくて堪らないのに、僕の口から出てきたのは全く違う台詞だった。

「ジェシカ・・・駄目だよ・・・。君はこんな所に来てはいけない。」


「な、何言ってるんですか?ノア先輩、ここが何処かは分かりませんが私と一緒に帰りましょう!ダニエル先輩も待っているんですよ?」


ジェシカは必死になって僕の腕を取って言う。本当は君と一緒に帰りたい。だけど・・・僕はフレアと約束したんだ。

僕の人生を一生フレアに捧げると―。だから僕はジェシカの言葉に首を振った。


「ジェシカ・・・・嬉しかったよ。君がここまで僕に会いに来てくれて・・・。だけど君はこれ以上この場所にいてはいけないよ。」

僕は悲しみをこらえてジェシカに言う。しかし、ジェシカは僕の服の裾を握りしめると言った。


「だ・・・駄目ですよ・・。先輩を1人残して・・私だけ帰れるわけ無いじゃ無いですか・・・。」


ジェシカ・・・君は僕を必要としてくれているのかい・・・?

僕はジェシカを思い切り抱きしめた。なんて温かいんだろう・・・ジェシカの身体は魔族の女達とは違って、とても温かく・・・心が満たされていくのを感じた。

「ジェシカ・・・。」

僕はジェシカの髪に自分の顔を埋めた。柔らかい波打つ髪の毛からは甘い香りがして・・・少しの間だけ、僕はその香りに酔いしれた。

そしてジェシカに言う。

「ジェシカ・・・元気で・・。」

僕はこの時、初めてジェシカにキスをした。それはとても甘美なキスだった。

ずっとこうしていたい・・・。だけど、いつまでも魔界にジェシカを引き留める訳にはいかない・・・!僕は自分の理性を押さえてジェシカを突き飛ばす。

途端に地面が割れて、ジェシカはそこに飲み込まれていく。


「ノ・ノア先輩ーッ!!」


ジェシカが必死で僕に手を伸ばして来るけれど・・・・僕はその手を掴めない。

そして僕は泣きながらジェシカが飲まれていった地面を覗き込み・・・・夢から覚めた。激しい喪失感・・・。そして・・・夢の中でもいい、もう一度だけでもジェシカに会いたい・・・!この日を境に僕は絶望する世界に少しだけ希望を見いだせるようになった。



 そして、ついにその日はやってきた―。

この日の夜、フレアは魔族のパーティーに出席する為に初めて家を空ける事になった。やっと彼女の監視から逃れられる夜がやって来たのだ。

僕は早々にベッドに入ると、強くジェシカの事を思いながら眠りに就く・・・・。



 気付いてみると僕は子供の姿で部屋の中に立っていた。

窓から空を見上げると星空が見えている。星・・・?やった・・・!僕は夢の中で人間界に来ることが出来たんだ!けど・・・肝心の月は雲に隠れてみる事が出来ない。

そうか・・・だから僕は今子供の姿をしているのか。月さえ出てくれれば・・僕は元の姿に戻れるのに・・・。満月の光は魔力をより一層強めてくれるから・・・。


 広い部屋にベッドが置かれていて、誰かが寝ている気配を感じる。

もしかして・・・あれは・・ジェシカ・・?


 そっとベッドに近付くと、やはりそこに眠っていたのはジェシカだった。

白いシーツにウェーブの長い髪の毛を広げてジェシカは静かに眠りに就いている。

その姿は・・・まさに僕の女神そのものだった。

ジェシカ・・・!

ジェシカと話がしたい、僕はここにいるよって笑いかけたい・・・。

僕はたまらずに眠っているジェシカを揺さぶって彼女を起こす―。





2


「ジェシカ、ジェシカ。」

ぐっすり眠っているジェシカの身体を揺すった。


「う~ん・・・。」


ジェシカは気だるそうに寝返りを打ったけれど、目を開けてゆっくりとベッドから起き上がってくれた。そして目の前に座っている僕と目が合う。

ジェシカの綺麗な紫色の瞳に僕の姿が映っているけど・・・。


「な・・・なんて可愛いの~っ!!」


言うとジェシカは僕をギュッと抱きしめると、自分の頬に僕の頬を摺り寄せた。

う・・・うわっ!

こ、こんな事・・・されたのは生れて初めてだ!しかもジェシカはこれでもかという位ギュウギュウに抱きしめて来る。

「う、うわっ!ジェシカッ!く、苦しいってばっ!」

息が詰まりそうになって必死にもがいた。


「あ、ご・ごめんね。」

その時になってジェシカは僕を思い切り締めあげている事に気付いたのか、手を離すと謝って来た。それにしても、小柄なジェシカに締め付けられるとは思いもしなかった。これ程までに僕の身体は小さな子供に戻っているって事なのか。

・・・何かショックだ。


「ねえ、僕。どこの子なの?こんな夜に知らない人のお家に来ていたらパパとママが心配するよ?お姉さんがおうちまで連れて行ってあげようか?場所は分かる?」


だけど、ジェシカは僕のそんな複雑な気持ちに全く気付かない様子で、完全に小さな子ども扱いをしてくる。だけど・・・ジェシカは多分子供が好きなんだね。きっと素敵なお母さんになれそうだ。そして僕は彼女と家庭を築いた様子を想像してみた。


 でも、取り合えずジェシカにはきちんと説明しないと。


「ジェシカ。僕の事が分からない?」


「え・・・?」


ジェシカの瞳をじっと見つめて問いかけたけど、彼女には戸惑いの表情が浮かんでいる。そして、何かに気付いたかのようにおもむろにジェシカは尋ねて来た。


「ねえ。そう言えば・・・どうして私の名前を僕は知っているの?」


僕はそれには答えず、窓の外を見た。・・・もうすぐ分厚い雲に覆われた月が顔を覗かせそうだ・・・。


「ねえ、カーテンを開けて窓の外を見て。今は満月が雲で隠れちゃっているよね?」


その時、ジェシカは僕に言われて初めて窓の外を眺めた。


「ほら、雲が晴れるよ・・・。」


窓から月を眺めているジェシカに言う。

ジェシカは言われた通り、じっと月の様子を観察していた。・・やがて、雲が晴れて行き・・・僕は自分の身体に力が漲っていくのを感じ始めた。

小さかった身体が徐々に元の姿へと戻って行く・・・。


「確かに雲が晴れて、月が見えるようになったけど・・・。」


ジェシカが視線を戻しながら僕に言う。そして、その大きな瞳を見開いた。


「ノ・・・ノア先輩?!」


ああ・・やっと僕は僕の姿でジェシカに再会する事が出来た。戸惑っているジェシカに歩み寄ると、彼女の頬に両手を添えて言った。

「こんばんは、ジェシカ。・・・いきなり訪ねてきて驚かせたよね?」


「お、驚くも何も・・・・。」


ジェシカは声を震わせると、一気に話始めた。何故か自分も含めて、皆が僕の存在を忘れてしまっている事、そして万能薬の花を取りに行った彼等の話も何処かあやふやな内容に変わっている事等々・・・。そして僕にその理由を教えて欲しいとお願いして来た。


「ジェシカ・・・。それを知ってどうするの・・・?」

理由なんか知ったって、どうする事も出来ないのに。


「だって・・・絶対にノア先輩は私を助けるために何か大きな代償を支払ったに決まっているからです。夢の中でしかノア先輩と会えないなんて・・・思い出せないなんて、絶対おかしな話じゃ無いですか!」


それでも尚、食い下がって来るジェシカに僕は全てを説明する事にした。すると話を聞いていたジェシカの目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。

ジェシカ・・・僕の為に悲しんでくれるの?

だから僕は彼女を慰める、どうか泣かないで、女神を助けるのにこの命を捧げるのなんかちっとも惜しくは無いって事を彼女に伝えてあげないと。


「で、でも・・・。」


尚も言い淀むジェシカに僕は言った。

「以前はジェシカが夢の中で僕に会いに来てくれた。そして今夜は僕から初めてジェシカに会いに来た特別な記念日だよ。でも・・・夢の中でもジェシカに会えるのは今日が最後になってしまう・・・。僕の人間界で使える魔力はもう残り少なくなってきているんだ。今日は最初の満月。月の力が一番強く、魔力を補える夜だったから、そして魔族の女の監視の目が緩んだから、ようやく・・ジェシカ、君に会いに来れたんだよ。」

そう、僕には自分自身の事が良く分かっている。もう僕は半分魔族に近い身体になってきている・・・。いずれ僕は完全に魔族になってしまうだろう。そうなると・・もうこの素敵な夢の世界に戻ってくる事は出来るはずが無い。


「ノア先輩・・・。」


ジェシカは目に涙を一杯溜めている。それを見ていると僕の胸は締め付けられそうに切なくなり・・・。


「ジェシカ・・・愛してる・・・。本当はずっと君を抱きしめていたい・・離したく無い・・・っ!」

僕はジェシカの身体を力強く抱きしめた。するとジェシカは泣きじゃくりながら縋りついて来てくれた。今・・・この瞬間だけでも僕はジェシカを独り占め出来ているんだ・・・。なら・・・ならジェシカ。最後のお願いを・・聞き入れてくれるかな・・?


「もうこれが最後になるかもしれないから・・・僕は君のぬくもりを感じたい・・・。駄目・・・かな?」


夜明け前にはまた再びあの冷たい魔界に帰らなくてはいけない。そして・・・もう二度とこの温かい世界に戻ってくる事は叶わないだろう。

じっとジェシカから目を離さずに見つめた。するとジェシカは僕の首に両腕を回すと、耳元で囁いた。


「駄目じゃ・・・ないです。」




 ジェシカから許しを貰った。僕はより一層強くジェシカを抱きしめ、無言で唇を奪うと、そのまま彼女を抱えてベッドへ運んで押し倒し・・・・。

そこから先は・・・ジェシカの姿を、温もりを、その声を自分の身体に焼き付けておきたくて・・もう・・・夢中で彼女を抱いた。


どうか、このまま永遠に時が止まってくれればいいのに、この幸せがずっと続けばいいのに・・・と願いながら―。


やがて幸せな時間の後・・・僕の腕の中でまどろんでいるジェシカに囁いた。

「ありがとう、ジェシカ。最後に・・・僕のお願いを聞いてくれて・・。」


するとジェシカは僕の顔を泣きそうな目で見つめてきた。


「最後なんて・・そんな言い方しないで下さいっ!わ、私は・・・絶対にノア先輩を諦めません。例え、目が覚めて先輩の事を忘れても・・必ず先輩の事を思い出して、そして魔界まで助けに行きますから!」


言いながら僕の首に腕を回して抱き付いてくるジェシカ。本当に・・・?ジェシカ。

本当に君は・・・僕を助けに来てくれるの・・?

そしてジェシカは驚くべき提案をしてきた。自分にマーキングをしてくれと言って来たんだ。

・・・信じられなかった。こんな事がマリウスやアラン王子にバレたらジェシカの立場はまずくなるに決まっているのに・・・。

だけど、それと同時に、今まで生きてきてこれ程幸せを感じた事は無かった。だから僕は・・。


「愛しているよ・・・ジェシカ。」


もう一度ジェシカと身体を重ねた・・・。




「ジェシカ、これをあげるよ。」

僕はジェシカに2つのピアスを渡した。


「ピアス・・・ですか?」


ジェシカは不思議そうな顔で僕を見上げる。


「うん、このピアスには・・・僕の想いが詰まっている。どうか・・・受け取ってくれる?」


「はい。」


素直に頷くジェシカ。


「僕が・・・つけてあげるね。」

これは・・・僕からジェシカへの最初で最後のプレゼント。

ジェシカの耳にピアスを付けてあげると言った。

「ジェシカ・・・・。君の気持ちだけありがたく受け取っておくよ。僕の事は・・・本当に忘れてしまっても構わないからね。今夜の幸せな思い出があるから、それだけで僕はこの先もずっと魔界で生きていけるよ。」


「え?!な、何を言ってるんですか?ノア先輩・・・!」


「さよなら、ジェシカ。元気でね・・・。」


そして自分の意識を魔界へ戻す。

泣きながら僕に手を伸ばすジェシカの姿を最後に目に焼き付けながら―。





3


 寒い・・・。

夢の世界から目が覚める・・・。

僕はゆっくり目を開けた。

そこはいつもと同じ代わり映えの無い、僕に与えられた質素な部屋。いつの間にか暖炉の火は消えている。

僕はため息をつくと、ベッドから起き上がり、火かき棒で灰をかいて再び暖炉に火を起こす。・・・本当はこんな暖炉は気休めでしかない。魔界の炎では身体の芯まで冷え切っている僕の身体を温めてくれる事は無いのだから。

火をくべた暖炉に手をかざし、僕は先程までいた幸せな夢の世界に思いをはせた。

 

 美しい星、月が見える優しい世界。

そして・・・とても温かかったジェシカの肌は僕に温もりと一時の安らぎを与えてくれた・・・。

「ジェシカ・・・。」

思わず名前を呟くと、突然背後から声をかけられた。


「随分と楽しそうね、何か幸せな夢でも見ていたのかしら?」


・・・もう帰っていたのか・・・。


「お帰り、フレア・・・。」


僕は振り返り、笑顔を作った。


「ただいま、ノア。」


今夜の彼女はパーティーに参加していたので、いつもとは違い、ドレスアップした衣装を着ている。ベアトップの真っ赤なパーティードレスにシルクの上着を羽織っている。

僕はフレアの背後に回り彼女の上着を外してあげる。


「ノア・・・別にいいのよ?毎回そんな真似をしなくても。別に貴方は使用人でも何でも無いんだから。」


溜息をつきながらフレアは言う。


「そうかな?でも僕は君にお世話になっている身分だからね、これ位は当然のことだよ?」

夢の世界での事を悟られない為に、いつも以上にフレアに優しく接してあげる。


「全く・・・魔界の男は・・皆つまらないわ。いくら付き合いでもあんなパーティーに参加するのはもうこりごりだわ。」


・・・今日のフレアはいつにもまして機嫌が悪そうだ。・・・こういう時は・・またいつものアレを要求をしてくるのだろう。


「ノア・・・。やっぱり貴方が最高よ。」


フレアは言いながら僕にしなだれかかって来る。冷たい肌・・・。一瞬縮こまりそうになるが、何とか耐える。ここで彼女の機嫌を損ねたら大変だ。

僕は冷たい彼女の肩を抱くと、フレアは言った。


「ノア・・・。私を温めてくれるわよね・・・?」


そして潤んだ瞳で僕を見つめて来る。

「・・・もちろんだよ。フレア。」

そして、僕は冷たい彼女の唇に自分の唇を寄せる―。



 寒い・・・。ここは寒くてたまらない世界。心まで凍ってしまいそうだ。

だから僕は願う。

どうせもうここから逃げ出せないのなら・・・早く魔族になってしまいたいと―。



 最近、大分僕の身体は大分寒さを感じなくなってきた。きっと体質が変化してきているのだろう。

徐々に魔族の体質へと―。


 もう、あれ以来ジェシカの夢を見なくなっていた。・・・いやひょっとするとジェシカは完全に僕の存在を忘れてしまったからなのかもしれない。それとも、僕が自分の無意識のうちに夢の世界でジェシカの存在を消してしまったからなのか・・・原因は分からないけど、あの日を境に僕の身体は徐々に変化していったのは確かだった。


 そして、自分の体の変化と共に僕の心にも変化が生じて来た。

今迄はフレアに対してもフレア好みの男性になれるようにわざと演技をしていた部分があったけれども、最近は自然にフレアに優しく接する事が出来るようになってきた。

そして、それと同時にフレアは他の魔族の女たちの相手を僕にさせるような事は無くなった。

 

 僕の腕の中でフレアは言う。

―貴方は私だけのものよ―と・・・。

僕はそれに対して笑顔で答える。

勿論だよ、フレア。僕の心は君だけのものだよと。するとフレアは心の底から嬉しそうに笑みを浮かべてくれるようになった。その笑みは誰かと重なって見えるけど・・

それは一体誰だったのだろう・・・?

 大分、僕の記憶も曖昧になってきているようだ。以前の僕は誰か別の女性を愛していた気がするけれども、今となっては顔も名前も思い出す事が出来なくなってきている。

でも、きっとそれが僕にとっての幸せなんだ―。



 フレアは魔界の貴重な花の管理を任されている有能な魔族で、その花を狙って人間達と取引をしようとしている魔族の監視と人間界の監視も自分の部屋の鏡を使って監視しているのだけど・・・ここ最近は自分の部屋にこもる事が多くなってきていた。


「フレア、最近仕事が忙しそうだけど・・・また第2階層の魔族達が『花』を狙っているのかい?」


僕は仕事で一息ついたフレアにお茶を出してあげた。


「え・・・え、ええ。まあそんなところね。」


フレアは何となく歯切れが悪そうに答える。・・・どうしたのだろう?

少しの間、フレアは何か考え事をしていたけれども、お茶を一気に飲むと立ち上がって僕に言った。


「ノア、少し出掛けて来るから留守をお願いね。」


「うん、いいよ。」

何処へ行くの?とは僕は聞かない。フレアは自分のプライベートな事に首を突っ込まれるのを酷く嫌う女性なのは分かっているから。


「やっぱりノアは物分かりがいいから最高だわ。」


フレアは僕にキスすると出かけて行った。

1人残された僕には特にする事がない。・・・部屋の掃除でもしようかな・・・。

僕は飲み終えたお茶をキッチンに運ぶと部屋の掃除を始めた。




「ただいま。ノア。」

2時間程経過した頃、フレアが家に帰って来た。


「お帰り、フレア。」


笑顔で出迎えると、フレアの隣には見慣れない若い男が立っている。

腰まで長く伸びた青い髪を後ろで一つにまとめた男は金色に輝く瞳を持っていた。

僕は瞬時に悟った。この男は・・・かなり強力な魔力を持つ魔族の男だ。

だけど・・・フレアと一体どういう関係なのだろう・・?

僕のそんな気持ちを悟ったのか、フレアが男を紹介した。


「彼はヴォルフと言うの。私とは仕事上のパートナーを組んでいる男性よ。」


「初めまして・・・ノア・シンプソンです。」


「ああ、お前が人間界からやって来た、ノアって男か。よろしくな。」


ヴォルフと名乗った男はそれだけ言うと、後は僕などは眼中に無いと言った様子でフレアに言った。


「おい、それじゃ早速打ち合わせをしようぜ。」


「ええ、そうね。」


フレアは言うと、僕の方を見た。


「ノア、ごめんなさいね。これからヴォルフと大事な打ち合わせがあるから、それまでは私の部屋に近付かないようにしておいてくれるかしら?」


「・・・分かったよ、フレア。」

僕は素直に返事をする。だってフレアに嫌われたら僕はここで生きていけなくなるからね。フレアの隣こそが・・・僕の居場所なんだから・・・。



 ヴォルフと言う男が来てから、数日が経過したある日の事・・・。

フレアが慌てた様子で自分の部屋から出てきた。

「どうしたの?フレア。随分慌てているようだけど?何かあったの?」


「あ、ああ。ごめんなさい、ノア。ちょっと急を要する仕事が入ったから・・・すぐにこれから出かけて来るわ。」


フレアは長い髪の毛を撫でつけながら言った。・・・でも何となく様子がおかしい。

顔色が悪いし、震えている。こんな様子のフレアを見るのは初めてだ。


「フレア?」

僕は心配になって呼びかけると、フレアは一瞬苦し気に顔を歪めた。


「ノア・・・わ、私・・・。何とかしなくちゃ・・。」

うわごとのように何か言っている。


「何?何とかしなくちゃって?どういう意味?」


僕はフレアの顔を覗き込みながら言うと、彼女は我に返ったように僕を見た。


「い、いえ。何でも無いわ。少し・・・仕事上でトラブルがあったから出掛けて来るわ。・・・今夜は戻れないかも・・・。」


フレアが躊躇いがちに言った。


「え?今までそんな事一度も無かったのに?それ程重大なトラブルがあったの?!」

詮索されるのはフレアは好きでは無いのを知っていたけど、つい僕はたまらずに尋ねてしまった。


「い、いえ。大丈夫よ、ノアは何も心配しないで。大人しくここで待っていてね。」


フレアは言うと、転移魔法を口にして一瞬で僕の前から姿を消した。


 そして、この日を境に僕の運命は大きく動き始める事になる―。





4


結局、この日・・・フレアは屋敷に帰ってくる事は無かった。いつも冷静沈着なフレアのあの様子・・きっとただ事では無い何かがあったに違いない。

そしてその次の日もフレアは帰ってこなかった。3日目・・・フレアは何食わぬ顔で帰って来た。

その表情は妙にすっきりしていたので、多分トラブルは解決出来たのかもしれない。


「お疲れ様、フレア。」

僕は特製の紅茶を入れてあげた。


「ありがとう。」


フレアは微笑み、紅茶を一口飲むと躊躇いがちに僕に言った。


「ねえ、ノア・・・。もし・・もし、貴方の事を知ってる誰かが会いに来たとしたらどうする?そして・・一緒に帰ろうって言われたら・・・。」


「え?一体何の話なんだい?それに帰るって・・・一体何処に帰るのさ?」

僕は笑いながら答えた。だって僕の居場所はここしか・・・フレアの側しか無いじゃ無いか。


「だ、だから例えばの話よ。他の誰かに一緒に行こうって誘われたら、貴方は付いて行ってしまうのかなって・・・思って。」


ムキになって言うフレア。その姿がとても可愛らしい。だから僕はフレアの側に行くと彼女を抱き締めながら言った。


「何言ってるんだい、僕の居場所は・・・いつだってフレア。君の隣さ。」


するとフレアは僕の腕の中で言った。


「でも・・・でも・・・不安なのよ・・・。いつかノア・・・貴方が私の元から去って行ってしまいそうで・・。」


フレアの身体は微かに震えていた。・・・一体どうしたというのだろう?これ程弱気な彼女を見るのは初めてだ。


「何が・・・そんなに不安なの・・?僕は何か君を不安にさせるような事をしているの?」


「いいえ、そうじゃない、そうじゃないけど・・・。」


僕を見上げたフレアの顔は何だか今にも泣きそうに見えた。フレア・・・何故そんな顔をして僕を見るの・・?それなら・・・。

フレアに口付けすると僕は言った。

「ねえ、フレア・・。僕達・・・結婚しようか?」

本当はずっと前から思っていた事だ。いつか・・・彼女にプロポーズしようと思っていた事を僕はついに口にした。


「え・・・ええ?!ノ・・ノア・・・貴方・・本気でそんな事言ってるの?!」


何故か喜ぶと思ったのに、フレアは驚愕の表情を浮かべて僕を見た。


「え・・?フレアは・・・僕の事・・好きじゃ無いの・・?僕は君の事が好きだよ。だから・・結婚を申し込んでるんだけど・・・。」


「ま・・まさか!わ、私も・・・ノア。貴方が・・・好きよ。だ、だけど・・・!」


フレアは顔を真っ赤に染めて言う。なんて・・・可愛らしいんだろう。僕達はお互いに見つめ合い・・・。

そのまま自然の流れで肌を重ねた・・・。



 いつのまに僕は眠ってしまったのだろう?ふと目を覚ますと、隣にいたはずのフレアの姿が見えない。


「フレア?」

おかしい・・・一体何処に行ってしまったのだろう?折角3日ぶりにフレアが家に帰って来たのに・・・。

不在の間も彼女が何処に行っていたのかが気になっていた。

フレアには嫌がられるかもしれないけれど・・・彼女の気配を僕の魔力で何処にいるか探ってみようかな・・・。

僕は意識を集中させて、フレアの気配を探そうとした時にある別の気配を感じ、目を見開いた。


え・・・?これは一体・・・どういう事なのだろう?僕のマーキングの気配を何処か遠くで感じる・・・。どうして?何故なんだ?

僕は今迄誰にも魔界で誰かにマーキングを付けた記憶は無いのに・・・?

だけど、すごく微弱だけど・・・感じる。

一体何処からこの気配が漂っているのだろう・・?

そこまで考えていた時。


「ただいま、ノア。」


僕のすぐ後ろでフレアの声がした。い・・・いつの間に僕の背後に立っていたのだろう?マーキングの事で気を取られていて、少しもフレアの存在に気付けなかった。


「お、お帰り・・・フレア。」

僕は言いながらフレアを抱きしめて驚愕した。え・・・・フレアから僕のマーキングの香りを感じる・・・。一体何故なんだ?僕は一度だって彼女にマーキングを付けた覚えは無いのに・・・。


「どうしたの?ノア・・・。何だか顔色が悪いけど?」


僕を見上げて言うフレアだが、彼女だって顔色が悪いのはすぐに分かった。


「そうかな?気のせいじゃないの・・・。それよりフレアの方こそ・・・顔色が悪いよ。何か・・・あったの?」


するとフレアはギリリと指を噛んで、僕から視線を逸らした。

何だか、かなりイライラしているように見える。


「フレア?ごめん・・・。僕、何か君の気に障るような事・・・してしまったの?」

フレアの顔を覗き込みながら言うと、彼女は激しく頭を振った。


「いいえ、いいえ・・・!違う・・・ノアは何も悪く無いの・・・。悪いのはむしろ私の方なのよ・・・!」


ヒステリックにフレアは叫ぶと僕に言った。


「ごめんなさい・・・ノア。出掛けて来るわ。」


「ええ?!また・・・出かけるの?さっき帰ってきたばかりじゃないか?」

只事ではない様子のフレアを1人きりにさせる訳にはいかない。

「だったら・・・僕も付いて行く。一緒に行くよ。」


「いいえ!それだけは絶対に駄目よ!お、お願いだから・・・貴方はこの家に・・いて?ここは貴方と私の家なんでしょう・・・?」


フレアは今にも泣きだしそうだ。何故・・・?何故こんなに君は取り乱しているの?

「ねえ・・・フレア。本当に一体君はどうしてしまったの?何か思い悩んでいる事があるなら、僕に話してくれない?それとも・・・・そんなに僕は君にとって頼りにならない存在なの?」


「それは・・・違うわ・・。全ては私の気まぐれで・・こんな事になってしまったのよ・・全部私のせいなの・・・。」


フレア・・・・。どうしたら君の苦しみを僕は分かち合える事が出来るんだろう・・。いつか僕に話してくれるよね?それまでは・・何も聞かないで待っている事にするよ・・。

「分かったよ、フレア。」

僕は言った。


「え?」


「いいよ、出掛けておいでよ。僕はここにいるからさ。」


「い・・・いいの・・?本当に?待っていてくれるの・・?」


「うん、僕はフレアが好きだからね。君を苦しませるような事はしないよ。」

そして微笑んだ。


「ノア・・・。ありがとう・・。」


フレアはようやく笑みを浮かべ、僕にキスすると言った。


「それじゃ行ってくるわね。」


フレアは笑顔になると、転移魔法を使って僕の前から一瞬で消えた・・・・。

そして翌日、フレアは家に帰ってきたけれども始終上の空だったのが、僕はずっと気になっていた。



「ノア、今日は上級魔族達の会合が開かれる日だから、帰りが遅くなるの。悪いけど先に食事を済ませてくれる?」


朝食後、出掛ける間際にフレアが僕に言った。

「うん、分かったよ。フレア。それじゃ行ってらっしゃい。」

玄関までフレアを見送り、朝食の後片付けをしていると突然ドアをノックする音が聞こえて来た。・・・一体誰だろう?

訝しみながらドアを開けると、そこに立っていたのは以前に一度フレアと家にやって来た事のあるヴォルフとかいう若者の姿があった。


「よお、確か・・・ノアだったか?」


ヴォルフは挨拶も無しにいきなり話しかけて来た。


「そうだけど・・?言っておくけどフレアなら仕事に行って今はいないよ。」


「ああ、分かってる。だからお前に会いに来たんだ。」


何だか訳の分からない事を言う。

「え・・?何故君が僕に会いに来るのさ。」


「実は・・・お前にどうしても会わせなきゃならない人物がいるんだ。」


ヴォルフは真剣な目で僕を見る。


「僕に・・・?一体誰なんだい?勝手に誰かに会おうとするとフレアが怒るから遠慮したいんだけどな・・・。」


するとヴォルフがいきなり僕の右腕をガシッと掴んできた。


「な・・・何するんだよ!」

振りほどこうとするが、ヴォルフが僕に言った。


「いや、駄目だ!絶対にお前を連れて来るって約束したんだ!」


「約束・・・?誰となんだよ・・。」

この男は何を言ってるのだろう?僕にはちっとも意味が分からない。


「いいから来い!」


ヴォルフは転移魔法を唱え、僕は強引に連れ去られてしまった・・・。


目を開けると、そこは洞窟のような場所だった。松明が灯されていて明るい内部・・・そしてその奥には何故か鉄格子の部屋が見えた。


「え・・?ここは何処なのさ?」


僕がキョロキョロ辺りを見渡しているのに、ヴォルフはそれに応えず鉄格子の部屋へ歩いて行く。

その時、僕は気が付いた。

え・・・?何だ・・?僕の・・・マーキングの匂いがする・・・?


鉄格子の奥から話声が聞こえて来た。


「・・・ヴォルフ・・?来てくれたんだ・・・。」


女性の声が聞こえる。

何故かその声を聞くと、胸が締め付けられそうに苦しくなってくる。


「ああ。大丈夫だったか・・・ジェシカ。」


ジェシカ・・・・?ジェシカだって・・・・?!

突然今迄頭にかかっていた靄が晴れていくような感覚を覚えた。気が付くと勝手に身体が走り出していた。

ジェシカ・・・ジェシカ・・・ッ!


「ジェシカッ!!」

気が付くと僕は鉄格子の前で叫んでいた。

そしてそこには・・・・石の牢屋に入れられたジェシカがいた―。



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