表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

135/206

第2章 3 魔界の掟

1


「ど、どうしたんですか?!」

ヴォルフの悲鳴に私は驚き、見上げると突然彼は私は突き飛ばした。

「キャアッ!」

突き飛ばされた勢いで地面に倒れこみ、身体をしたたかに打ち付けてしまった。

「い、痛い・・・。」

思わず座り込んだまま呻くと、ヴォルフが慌てて私の側に駆け寄って引き起こすと言った。


「す、すまんっ!つ、つい・・・。怪我は・・怪我はしなかったか?」


ヴォルフは申し訳無さそうに言った。


「は、はい・・・。怪我はしませんでしたけど・・・。一体急にどうしたのですか?」

ヴォルフを見上げると尋ねた。するとかなり慌てた様にヴォルフは言う。


「お、おま、お前・・・・。に、人間の女だったのか?!」


「は、はい。そうですけど?」


「な、なんて事だ・・・・。」


ヴォルフは顔を耳まで真っ赤に染めて口元を隠している。私が人間だとどうだと言うのだろう。


「あの・・・?」

訝しんでヴォルフを見ると、さっと彼は視線を逸らせると言った。


「そ、その・・・。わ、悪かった。人間の女なんて知らなかったから、勝手に抱きしめてしまったりして・・。」


「あ・・ああ。その事ですか?何故謝るのですか?ヴォルフさんは寒がっている私を温める為にした事ですよね?むしろお礼を言わせて下さい。そして・・・さっきは助けてくれてどうも有難うございました・・・。」

そして再び先程の恐怖の夢を思い出して、両肩を抱きかかえた。

それと同時にマシューの事を思い出し、とても悲しくなり・・いつしか私の目には涙が浮かんでいた。


「お、おい・・・大丈夫か、ジェシカ・・。」


ヴォルフが心配そうに声を掛けて来た。


「は、はい・・・大丈夫・・・です・・。」

言いながら涙を拭った。


「ジェシカ・・・。」


ヴォルフは躊躇いがちに私の頭に手を当てると、まるであやす様に、ぎこちない手つきで頭を撫でて来た。


「ヴォルフさん・・・?」

見上げるとヴォルフは私の視線から目線を逸らせると言った。


「俺は・・・隣で眠っているジェシカに異変を感じて・・・悪いとは思ったが、ジェシカの夢の中に入り込んだんだ。・・・そうしたら丁度『ナイトメア』がお前の魂を奪おうとしている最中で・・・・・。ジェシカ・・・俺にはあの時お前の側にいた黒い影しか見えていなかったが・・・一体お前の目には何が映っていたんだ・・・?」


え・・・?ヴォルフにはただの黒い影にしか見えなかったの?でも私の目には・・・すっかり変わり果てた姿になっていたマシューの姿が映っていた・・。


「あの・・・ヴォルフさん。『ナイトメア』って・・・正体は黒い影なんですか?」


私はじっとヴォルフを見つめると尋ねた。


「ああ、アイツらの正体は『闇』だ。その姿は黒い影で特に実体を伴わないんだが・・・魂を持ち去ろうとする対象者には、自分の心の闇として抱えている相手の姿が投影されて見えるんだ・・。」


「そう・・なんですか・・。」

そうか、だから私にはナイトメアがマシューの姿として映って見えたんだ・・。

だけど・・・やっぱりマシューは私の事を恨んでいるのだろうか?マシューの姿に化けたナイトメアはマシューの気持ちを代弁した真実の言葉だったのだろうか・・?

それを思うと・・・悲しくて、苦しくて、再び目に涙が浮かんできた。


「ジェシカ・・・。」


頭を撫でていたヴォルフは私の肩をギュッと抱き寄せると言った。


「俺は・・・『ナイトメア』がどんな姿でお前の前に現れたのかは分からない。だが・・・いいか?アイツらの言った言葉は全くの出鱈目だ。ジェシカに言った言葉は、お前自身がそう思い込んでいたままの台詞を、お前の心を読んだ『ナイトメア』がそのまま話しただけなんだ。だから、鵜呑みにするな。いいか?この魔界には・・・相手の心の隙に付け込む魔族達が多数いるんだ。もっと自分の心を強く持て。そうしなければ目的を果たすことなど出来ないぞ?」


「ヴォルフさん・・・?」


ヴォルフは金色に輝く瞳で・・・そして真剣な瞳でじっと私を見ている。


「良く聞け、ジェシカ。この魔界では・・・絶対に相手に気を許してはいけない。冷静に考えて物事を判断するんだ。決して情に流されるような事は・・してはならない。自分自身の事だけを信じろ。いいか?分かったな?それが・・・この魔界で生き抜いていく為の・・掟だ。」


え・・?ヴォルフは一体何を言っているのだろう?絶対に相手に気を許してはいけないなんて・・・。それは相手を信用してはならないと言ってるようなものではないだろうか?


「そ、それは・・・貴方の事も・・・?」


「え?」


「ヴォルフさん・・・貴方の事も信用してはならないと言う事・・ですか?」


お願い、違うと言って—。しかし、彼の答えは・・・。


「ああ、そうだ。」


「!」


「俺の事も・・・信用しては駄目だ。」


「そ、そんな・・・っ!」

言いかけた私の言葉をヴォルフが制した。


「だがっ!」


「え・・?」


「だが・・・今は・・俺を信じろ・・。第3階層に着くまでは・・・少なくとも俺は絶対にお前を裏切る事は無い。必ず無事にジェシカを第3階層まで連れて行く事を約束する。」


ヴォルフの言い方が妙に気になったので私は質問した。

「そ、それじゃ・・第3階層に着いたら・・そこから先は私は貴方を信用してはいけないの・・?」


「・・・・。」


ヴォルフは黙ったまま答えない。


「答えてください、ヴォルフさん。」


しかし、彼は答える事無く言った。


「まだ・・・夜明け前だ。朝になったら出発するから・・・もう一度眠るんだ。大丈夫、もう『ナイトメア』が襲ってくることは無いから・・。安心して・・・眠るといい。」


本当に?もうあの悪夢を見る事は・・・無いの?

「それ・・・本当ですか・・?」

声を震わせて私は尋ねた。


「ああ、本当だ。俺を信じろ。少なくとも・・・。」


「第3階層に着くまでは?」

私が後に続いて言うとヴォルフはクスリと笑みを浮かべて言った。


「ああ、そうだ。第3階層に着くまでは・・・俺を信じろ。」


「はい・・・・。分かりました。」

だけど・・・。ブルリと私は身震いした。やっぱり寒い。こんなに寒くては眠ったら凍死してしまうのでは無いだろうか・・?

そんな様子の私に気付いたのか、ヴォルフが言った。


「あ~・・・。」


「はい?」


「いや・・・その、やっぱりまだ寒い・・のか・・?」


「はい・・・。何か焚火でも出来ればいいんですけどね・・・。ここにはでも薪も無さそうですし・・・。」


「さっきは・・・ジェシカが猫だと思っていたから・・・なんだが・・・。」


歯切れが悪そうにヴォルフが言う。一体彼は何を言いたいのだろうか?

「?」

首を傾げた私にヴォルフが言った。


「その・・・もし、ジェシカが嫌でなければ・・・だが・・。さっきのようにして寝るか・・?」


ヴォルフは視線を逸らせながら言った。さっきのように・・・・?ああ、そう言えばあの時はヴォルフが抱いて温めてくれたんだっけ・・・。あれは温かかったな・・。

でも・・・・。

「いいんですか・・・?」

私は遠慮がちに言った。


「え・・・ええ?!お、お前がそれを言うか?!」


ヴォルフは目を見開いた。


「はい・・・。すみませんが・・寒くて眠れそうに無いので、もしご迷惑でなければ先程のようにして頂ければ助かるのですけど・・・。」

どうしよう・・?やっぱり嫌がられるかなあ・・?


「お、お前がそう言うなら・・お、俺は全然構わないが?」


ヴォルフが顔を赤らめながら言う。


「本当ですか?!それなら・・・いいですか?そちらに行っても・・?」

私は冷える身体をさすりながらヴォルフに尋ねた。


「あ、ああ。い、いいぞ。」


何故かヴォルフが緊張しているように見える。

「それでは・・失礼しますね。」

私は立ち上がってヴォルフの隣に行くとリュックから残ったリネンを出して地面に敷いた。うん、二人分位ならまだこの上に寝れそうだ。


「ヴォルフさんも、この上で寝てください。地面に直接寝るよりはましだと思うので。」


ヴォルフに言った。


「わ、分かった。それじゃ・・・。」


ヴォルフがリネンに横たわったので、私も側に行くとヴォルフの隣に横たわった。


「・・・・なあ。」


「はい?何でしょう?」


「何で・・・こっち側を見てるんだ?」


「え?特に意味は無いですが・・・でもしいて言えば、背中を向けて寝るのは失礼かと思って・・。あの、向き・・変えた方が良いですか?」


私はヴォルフを見上げて言と、彼の顔は真っ赤になっている。

あ・・・・これは・・・やっぱりまずいのかも・・。

「すみません。後ろ向きになりますね。」

ヴォルフに背を向けると、彼が溜息をつく気配を感じた。・・・やっぱり迷惑をかけているのかもしれない・・・そう思った時、ヴォルフが背後から私をそっと抱きしめて来た。


「悪いが・・・こうしないと・・うまく熱を伝えられないんだ。・・・夜が明けるまで我慢してくれ。」


「い、いえ!我慢なんてそんな・・・。むしろ・・・ありがとうございます・・。さっきの夢のせいもあるのですが・・安心感があって・・眠れそう・・・です・・。」

あ・・・・駄目だ、急激な睡魔が・・・。


「ああ、もう大丈夫だから、安心して眠れ・・ジェシカ・・。」


ヴォルフの言葉を聞きながら私はいつしか眠りに就いた―。





2


翌朝―

温かいな・・・。

うつらうつらまどろんでいる中で私はぼんやりと目を開けた。

見ると焚き火が灯され、火の側にヴォルフが座っているのが見えた。

え?焚き火?思わずガバッと起き上がると、私に気付いたヴォルフが声をかけてきた。


「おはよう、ジェシカ。目が覚めたようだな。」


笑顔で話しかけてくる。


「おはようございます。ヴォルフさん。」

挨拶をすると、私は焚き火を挟んてヴォルフの向かい側に座った。

「あの・・・この焚き火・・・。」


「ああ、暖かいだろう?さっき薪を取ってきて火を着けたんだ。」


「薪を取ってきた・・・?」

何だか嫌な予感がする。

「あの、つかぬ事を伺いますが・・・薪は何処で取ってきたのですか?」


「ああ、この薪ならこの第2階層に来た時に村があっただろう?そこから取ってきたんだ。」


当たり前の様に言うヴォルフ。

「もしかして・・・黙って持って来たんですか?」


「ああ、そうだが?」


不思議そうに言うヴォルフ。


「ヴォルフさん・・・それは問題ですよ・・・。」

私は頭を抱えながら言った。


「何が問題なんだ?」


ヴォルフが首を撚る姿を見て、思わず私は絶句してしまった。ま、まさか・・・盗みを働いた自覚が無いのだろうか?

「あのですね、ヴォルフさん・・・。」


「何だ?」


「薪を作るのは中々大変な労力がいるんですよ?」


「そうなのか?」


「ええ、木を切り倒して薪の形に切って、それを薪棚へ入れて、乾燥させて・・・。」

気づけば私は薪の作り方について、熱弁をふるっていた。

一方のヴォルフも興味深気に聞いている。


「ほ~う、薪を作るのは中々奥深いものなんだな。」


「ええ、そうなんですよ。それだけ労力を払って作る薪にはそれこそ血と汗と涙と・・・。ハッ!」

いけない、夢中になってつい熱く語ってしまった

「え~と・・つまり私が言いたい事はですね・・・。それだけ苦労して作られた薪を勝手に持って来るのはいけない事だと言いたかったのです。」

コホンと咳払いしながら私は言った。


「それの何が悪いのだ?」


「は?」


「あいつ等は俺より下級魔族だ。彼等は俺達上級魔の役に立つ為に存在しているようなものだぞ?第1階層の魔族達は殆ど獣同様で言う事を聞かせる事が出来ないからな。その分第2階層のあいつ等には俺達の為に尽くすのが道理だ。」


「え・・・・?」

余りの言い草に私は唖然としてしまった。上級魔族という物は下級魔族をそう言う目で見ていたのか・・・。なら・・・。私達人間は・・・?もっと格下に見られているという事では無いだろうか?

途端に魔界へ連れてこられてしまったノア先輩の事が頭をよぎる。ひょっとしてノア先輩はここ、魔界で相当虐げられた生活をしているのではないだろうか・・・と。


 突然黙り込んで俯いてしまった私の様子を見てヴォルフが声をかけてきた。


「どうしたんだ?ジェシカ・・・。」


「それなら・・・。」

私は俯いたまま小声で呟いた。


「え?何だって?」


ヴォルフが私に近付いてくると再び声をかけてきたので、私は意を決して顔を上げて彼の顔を見つめ・・・言葉を飲み込んだ。駄目だ、こんな事・・・ヴォルフに言ってはいけない。


「おい、どうしたんだ、ジェシカ。」


「いえ・・・。何でもありません。」

私は目を伏せたまま答えたが、ヴォルフはそれを許さなかった。


「こっちを向け、ジェシカ。」


私の両肩を掴み、無理やり自分の方を向かせるとヴォルフは言った。


「正直に言え。お前は今・・・何を考えているんだ?言いたい事があるなら言ってみろ。」


「本当に・・・?本当に正直な気持ちを言ってもいいんですか?」


「ああ、そうしてくれ。」


「そ、それなら、私達人間は・・・もっともっと格下に見ているって・・事ですよね・・・?」


「ジェシカ・・・?」


ヴォルフが戸惑いの目で私を見つめている。でも・・・そうだ。ここは魔界、そして目の前にいるヴォルフは希少な人間よりも優れた能力を持つ上級魔族なのだ。私みたいなか弱い人間の命を奪う事など、簡単な事だろう。それに彼は命の恩人。対等に口を聞いてはいけなかったかもしれない。


「い、いえ・・・何でもありません。わざわざ・・・私の為に焚火をして頂いて有難うございます。」

深々と頭を下げると私は立ち上がってヴォルフの隣から離れると向かい側に座った。

 

 私のそんな様子をチラリとヴォルフは見たが、さして気にしない様子で語りかけて来た。


「・・・体調は・・・どうだ?」


「体調・・・ですか・・?そうですね。特に悪くはありませんが?」

私が答えるとヴォルフは言った。


「そうか・・・昨夜、『ナイトメア』に襲われかけていたから・・気になっていたんだ・・・。あいつ等は魂を奪おうとする対象者の肉体よりも、精神攻撃をしかけてくるから・・・心配していたんだ。それに身体もすごく冷え切っていたしな・・。」


ヴォルフは私から焚火の炎を見つめながら言った。


「ヴォルフさん・・・。私、人間ですよ?」


「ああ、そんな事は当然知ってるが?」


「たかが人間の私をそこまで心配してくれるなんて・・ありがとうございます。」


「別に・・・。いや、ちょっと待て。なんだ、たかが・・とは。」


ヴォルフは顔を上げて私を見つめた。


「いえ、何でもありません。私は大丈夫なので、いつでも出発出来ますよ?」

そうだ・・・いつまでもヴォルフを私に付き合わせるわけにはいかない。

そして勢いよく立ち上がり、数歩足を踏み出そうとした時だ。

突然目の前の景色が歪んで頭がグラリと前に傾いた・・・。


「ジェシカッ!」


咄嗟にヴォルフが飛び出してきて私を支える。


「ほら見ろ、大丈夫なものか・・・。だから気になったんだ。」


ヴォルフは私を焚火の側に横たわらせると静かに言った。


「多分、体力が完全に回復するには後半日はかかる。それまでは大人しくしていろよ?」


「半日・・・。」

私は口の中で呟いた。

「すみません・・・。」


「何がだ?」


「本当は・・・早く出発したいでしょうに・・私のせいで足止めを食う事になってしまって・・。」


「そんな事、少しも気にするな、大体お前を第3階層にまで連れて行く事が俺の使命なのだからな。」


「はい・・・。」

それにしても・・・私を第3階層にまで連れてくるように命じた人は一体誰なのだろう?だけど、恐らく答えてくれないだろうな・・。


「ジェシカ、少しこの洞窟で休んでいろ。今何か食べ物を取ってくるから。」


突然ヴォルフは立ち上がると私に言った。


「え・・・?」

そ、そんな・・こんな恐ろしい洞窟で1人きりで過ごすなんて・・・。その時の私は余程不安げな顔をしていたのであろう。

立ち上ったヴォルフは私の側に近寄って来た。


「大丈夫だ、この洞窟には誰も近寄る事が出来ないようにシールドを張っていくから、ジェシカは安心して休んでいろ。」


「シールド・・・・。」

そう言えば・・・マシューもシールドをかけた事があったっけ・・・。この魔法はきっと魔族の得意分野の魔法なのかもしれない。


「マシュー・・・。」

無意識のうちに私はマシューの名前を呼んでいた。するとヴォルフが尋ねて来た。


「そう言えば・・・『ナイトメア』に襲われていた時も、眠っていた時も寝言でその名前を呼んでいたよな?マシューって一体誰だ?」


何故か興味深げに質問してくる。ヴォルフに質問されれば答えないわけにはいかないだろう。

「マシューという人は私がこの魔界へ来るために力を貸してくれた人ですよ。」


「ふ~ん・・・そうなのか?俺はてっきり恋人かと思っていたけどな・・・。まあいいか。それじゃ、少しだけ待っていろよ?」


言うと、ヴォルフは一瞬で目の前から消え去った。

・・・どうかヴォルフが再び略奪行為をしてきませんように・・・。

私は心の中で祈るのだった―。






3



ヴォルフが去った後、洞窟の中は急に静まり返った。辺りに響くのはパチパチとはぜる焚き火の音と、時折聞こえてくる水の音。

 私は瞳を閉じた。ヴォルフがシールドをかけていってはくれたのだが、1人きりで魔界の、しかも洞窟の中にいるのはやはり怖い。

 私は横になると焚き火の炎を見つめた。それにしても、ノア先輩は第3階層の何処にいるのだろうか?私の姿はもうヴォルフにばれてしまった。そんな中、ノア先輩を連れて元の世界に逃げきる事なんて・・・。

 でも・・・きっと大丈夫。だって私が今迄見てきた夢は少しずつ状況が異ってはいるものの、全てが悪い意味で現実化している。だからこそ、マシューは・・・。私が夢で見た通りに死んでしまったのだ・・・。

再び胸に熱い物が込み上げてきて、涙が浮ぶ。失ってみて初めて分かった。私はこれ程迄にマシューの事を・・・。

だからこそ、私はマシューとの約束を果さなければ。必ずノア先輩を見つけ出して、2人で一緒に元の人間界へと戻る。

そして私は裁きを受けて、流刑島へと送られて一生を過ごす・・・。

でもこれは私が受けるべき当然の罰なのだ。だって私が巻き込んでしまったせいで優しいマシューを死なせてしまったのだから・・・。

そんな事を考えている内に再び眠気が襲ってきて・・・私は眠ってしまった―。


 何だかいい匂いがするな・・・。

次に目を覚ました時には焚火の側にヴォルフがいて、鍋に何かを入れて焚火の上で煮詰めていた。


「ヴォルフさん。」

起き上がると私は声をかけた。


「ああ、目が覚めたか、ジェシカ。」


ヴォルフは鍋の中にお玉を入れてかき混ぜている。何やら調理をしているようだった。

「何か作っているのですか?」

私は起き上がるとヴォルフの向かい側に座って尋ねた。


「スープを作ってるんだが・・・いいか、ジェシカ。一つ言っておくが・・・これは断じて盗んだわけじゃ無いからな?鍋も食材も町から買って来たんだからな?」


ヴォルフは真剣な眼差しで言って来た。


「ヴォルフさん・・・。」

彼の顔をじっと見つめながら私は言った。


「何だ?」


「ひょっとして・・・私が言った事・・気にしていたのですか?あの、薪の事・・。」


「あ、当たり前だ・・・。お前に言われて・・気付かされたよ。やはり幾ら彼等より優位な立場にいるからと言って・・・搾取する事は悪い事だよな・・・。」


ポツリとヴォルフは言った。

「・・・ありがとうございます。」

私は礼を言った。


「何がだ?」


「こんな・・・弱い立場の私の言う事を聞いてくれた事に対してです。後、色々助けて貰っている事も含めて。」


「べ、別に大したことじゃない。ほら、出来たぞ。これを食べて力を付けるんだ。」


ヴォルフは空中からスープ皿を取り出すと、スープをよそって渡してきた。


「ありがとうございます。」

スープ皿を受けと取った私は笑顔でヴォルフに言った。


「ま、まあ・・・食べて見ろよ。」


若干顔を赤らめたヴォルフが視線を逸らせると言った。


「はい、いただきます。」

早速スープを飲んでみる。

「・・・美味しい・・・。」


「美味いか?」


ヴォルフは私の言葉にぱっと顔を上げて尋ねて来た。


「はい、とっても美味しいです。それに香りもとても良いし・・・。」


「そうか、それは良かった。このスープには魔力を早く回復させる効力のあるハーブが入っているんだ。お前は俺に魔力を与えただけでなく『ナイトメア』の精神攻撃で大分身体が弱っているから、これを飲んで早く良くなれよ?」


「はい、ありがとうございます。あの・・・ところで、一つ伺いたい事があるのですが・・。」


「何だ?」


ヴォルフは金色の瞳で私を見た。


「第1階層はすぐに抜ける事が出来ましたけど、第2階層から第3階層までは随分距離が離れているんですね。」


「ん?ああ、そうか。実は第1階層と第2階層も本当は距離が離れているんだが、随分昔に上級魔族達が力を結集して、あの『鏡の間』で第1階層と第2階層の時空を繋いだんだ。それですぐに第2階層へ移動する事が出来たんだ。そして知性の低い魔族が第2階層へ移動できないように、ある一定の知力が無い魔族は通り抜け出来ないようにしてあるんだ。」


「そうだったんですか・・・。でも、そうしたら何故第2階層と第3階層も時空を繋げなかったのですか?」

そうしたらこんなに苦労して移動する事も無かったのに。


「それはな、第2階層の魔族達が第3階層に容易に侵入する事が出来ないようにする為にわざと時空を繋げていないんだ。」


ヴォルフの意外な答えに私は驚いた。


「え・・ええ?そうなんですか?!」


「ああ、そうだ。実は・・・第2階層に住む魔族の中には俺達第3階層に住む上級魔族のように強い魔力を持っている魔族も中にはいるんだ。ただ、俺とあいつらの違いは・・・お前達人間界でも貴族と平民のように階級社会になっているが、ここ魔界でも階級社会になっているんだ。・・・随分昔の事だが、第2階層にとてつもなく強い魔力を持つ人物がいた。そいつは仲間を率いて、第3階層の魔族達を相手にクーデーターを起こしたことがあったんだが・・・・魔王によってあっという間に鎮静させられた。だから、第2階層の魔族達が容易に第3階層に来れないように、時空を繋げることはしていないんだ。」


ヴォルフは一気に説明をした。


「・・・そうだったんですか・・・。余りにも意外な話でした・・。」


「そうか?まあ・・・とにかくそういう訳だから、第3階層まではもう少し時間がかかるんだ。・・・本当なら空間転移魔法を使いたいところだが・・・多分ジェシカにはその魔法に耐えられるだけの力は無いからな・・・。」


ヴォルフは私をじっと見つめながら言った。


「そう・・・ですか・・・・。」

まあ、確かにヴォルフの言う通りかもしれない。私には魔力があるのかもしれないが全く魔法を使う事が出来ないのだから。


「だから・・ほら、もっと沢山食べろ。そうしないと体力が早く戻らないぞ?」


「は、はい。分かりました。」


ヴォルフに促され、私は残りのスープを飲み干した。・・・結局この日はヴォルフに勧められるまま、スープのお替りを2回もしてしまった。



 その日の夜。

昼寝をしてしまった私はすっかり眠気が覚めてしまい、焚火の側で何度目かの寝返りを打っていた時・・・。


「どうした、ジェシカ。・・・眠れないのか?」


近くで横たわっていたヴォルフが声をかけてきた。


「あ・・・すみません。起こしてしまいましたか?」

ヴォルフの方を向くと言った。


「いや、俺も寝ていなかったから別に謝る事は無い。」


「そうでしたか・・・・。実は昼寝をしてしまったせいで、すっかり目が冴えてしまって。」


「そうか、なら・・・少し俺と話でもするか?」


ヴォルフから意外な事を言って来た。


「え?ええ・・・別に構いませんけど・・?」


「どんな話がいい?」


「どんなって急に言われても・・・困りますねえ・・・。あ、そうだ。それでは魔界の事について教えて下さい。」


「ああ、俺に応えられる範囲でなら構わないぞ。」


てっきり秘密だとか言われて拒否されてしまうかとも思ったが、ヴォルフはあっさりと承諾して来た。


「魔界に住む魔王って・・・・どんな方なんですか?」


「魔王についてか・・?」


ヴォルフが少し戸惑うように聞き返してきた。う~ん・・・やっぱりいきなり魔王についての質問はまずかったかな・・?


「魔王なら・・・もうこの魔界にはいないぞ?」


それは意外な答えだった―。




4


「魔王はもういない・・・?それでは誰がこの魔界を治めているのですか?」

疑問に思い、私はヴォルフに尋ねてみた。


「うん・・・実は上級魔族の中でも特に魔力の強い者が交代で治めているんだ。」


「ええ?!そうなんですか?!」

な、なんと合理敵な・・・。


「ああ、それに独裁的かつ、支配的な思考の持ち主は決して選ばれない。そうしないと魔界を治められないからな。まあ、それでも第2階層以下の魔族達には無慈悲かもしれないがな・・・。」


何処か自嘲気味にヴォルフは言った。


「それなら支配的な思考は排除されると言う事は、人間界を支配しようとする考えは無いって事ですか?」


「ああ、そうだな。」


ヴォルフの答えに私は言葉を無くしてしまった。そ、そんな・・・それではもう魔界の門のを守る必要も聖剣士の必要性も無いのでは?・・・大体アンジュだって、魔界にはもう魔王がいないなんて事は教えてくれなかった。魔族が人間界に現れなくなったのはセント・レイズ学院のお陰だと言っていたし・・・。この事実を学院に伝えたい・・と言うか、ひょっとしたらマシューはこの事を知っていたのでは無いだろうか?


「どうしたんだ?ジェシカ。」


突然黙り込んでしまった私にヴォルフが声をかけてきた。


「い、いえ。ところで何故魔王はもういないのですか?あ、後・・・今の話は重要気密事項ですか?!」


「いや。別に重要気密事項でも無いが?後、魔王がいなくなった訳は・・随分昔に魔王が人間界を支配しようと戦いを仕掛けたらしい。激しい戦いの末に人間界の英雄と相打ちしたらしいが・・・。その時、魔王は再び復活する為に自分の魂を他の器に転移させたらしいんだ。それがいつの時代なのかも全く不明なんだけどな 。でも噂によると、魔王の魂は人間界に転生したとも言われているみたいだが。」


「そうなんですか・・・。」

不思議な事に話を聞いているうちに徐々に眠くなってきて、欠伸を噛み殺しているとヴォルフが言った。


「何だ、ジェシカ。眠くなってきたんだろう?もう寝ろ。明日、朝になったら出発するからな。」


「はい、お休みなさい・・・。」

そしてこの日の夜は、夢も見ずに私は眠りに就いた・・・。



翌朝―。


「ジェシカ、体調の方はもう大丈夫か?」


目が覚めるとヴォルフがすぐに声をかけてきた。


「はい、もう大丈夫です。あの・・・ヴォルフさんはちゃんと休んだのですか?もしかして・・寝ずの番でもしていたのでは・・?」


何となくヴォルフの目の下にうっすらと隈が出来ていたのが気になり、尋ねてみた。


「?何でそう思うんだ?」


不思議そうに尋ねて来るヴォルフ。


「何となく、疲れが取れていないように見えたので・・・・。」


「いや、大丈夫だ。ちゃんと休んだから気にするな。」


「そうですか・・・・。分かりました。」

私はチラリと洞窟の奥を見た。けれど、あそこに見慣れない獣が数匹倒れているけど・・・本当は寝ないで襲って来た魔族を倒していたのでは無いだろうか・・?

うん、でもここは見なかったことにしておこう!



 洞窟の外に出るとヴォルフが言った。


「今日は一気に第3階層まで行く事にする。移動距離が長いから俺はオオカミの姿に変える。ジェシカは俺の背中に乗れ。」


「ええ?いいんですか?!」

何だか自分だけ楽をさせて貰うようで申し訳ない気がする。


「ああ、気にするな。それじゃジェシカ、少しだけ離れていろ。」


ヴォルフに言われて私は距離を取った。するとヴォルフは目を閉じる。その瞬間、彼の身体が眩し光り輝き、私は眩しさのあまり目を閉じた。

やがて、光が治まったので恐る恐る目を開けるとそこには最初に出会った青い巨大なオオカミが立っていたのである。


「ヴォルフ・・・さん?」


<ああ、そうだ。ジェシカ、俺の背中に乗れ>


頭の中でヴォルフの声が響いて来た。そして、オオカミに変身したヴォルフは身体を伏せた。


「は、はい・・・それでは失礼します・・・。」

恐る恐る私はヴォルフの身体によじ登ると言った。

「あの・・・乗りましたけど?」


<よし、ジェシカ。それでは出発するぞ。あまりスピードは上げないで行くが、振り落とされないようにしっかり俺の身体に掴まっていろよ?>


「はい。分かりました。」

しかし・・・何処を捕まればいいのだろう?とりあえず・・私はオオカミの首に腕を回したが・・・太すぎて腕が回らない。

「あの・・・ヴォルフさん。」


<何だ?>


「私とヴォルフさんの身体が離れないように・・紐で縛ってもいいですか?」


<な?何だって?!ひ、紐でし・・・縛るだとっ?!>


何故かかなり焦った様子のヴォルフ。


「駄目でしょうか・・・?」


<う・・・わ、分かった。お前の好きにしろ。>


「はい!ありがとうございますっ!」


私は残りのリネンを細く切り裂くとヴォルフの身体に巻きつけ、さらに自分の身体としっかり固定して結んだ。

よし、これで大丈夫。


「ヴォルフさん、もうこれで大丈夫ですよ?」


<・・・・。>


何故か返事をしないヴォルフ。


「ヴォルフさん?」


<う・・・何だか変な感じがする・・・ま、まあ仕方が無いか。では、行くぞ?>


「はい、お願いします。」


言うとヴォルフは立ち上がり、地面を蹴った。ヴォルフはまるで風のように荒野を走り始めた。最初は私も余裕で周囲の景色を眺める余裕があったのだが、徐々にスピードを上げていくヴォルフ。

は・・・早過ぎる!

まるでジェットコースターに乗っている気分だ。私は恐怖のあまり声も出ず、目も開ける事も出来ずに、必死でますます強くヴォルフの身体にしがみ付き、顔を埋めた。


すると、ピクリとヴォルフが一瞬反応してスピードを落としかけたが、すぐに疾風の如く駆けていく。

そして私はただ必死でヴォルフの身体にしがみ付いているのが精一杯だった―。


 どれくらい走り続けていただろうか・・・。

ようやくヴォルフが走るのをやめた。

<着いたぞ、ジェシカ。>

頭の中にヴォルフが直接話しかけて来た。


「え・・?着いたんですか?」

私は恐る恐る顔を上げると、そこは深い谷底だった。目の前には大きな洞窟が見えている。


<よし、ジェシカ。降りるんだ。>


ヴォルフが地面に伏せた。


「は、はい。」

私は紐をほどいてヴォルフの背中から降りた。するとすぐに元の姿に戻るヴォルフ。


「あの・・・ここが第3階層の入口なんですか?」

洞窟の奥は真っ暗で何も見えない。


「ああ、そうだ。少し待ってろ。」


言うとヴォルフは手のひらから炎を生み出した。途端に周囲は明るく照らし出される。


「よし、足元に気を付けるんだぞ。」


言うとヴォルフは洞窟の奥を進み始めたので、私も慌てて彼の後を追った。

ピチャーン・・・

ところどころ、天井から水が滴って来る。ひょっとすると・・・ここは鍾乳洞なのだろうか?それにしても・・・こんな場所に第3階層への入口があるなんて・・・私一人きりでは絶対にここまでは来る事は出来なかっただろう。

そこで前を行くヴォルフに私は声をかけた。


「ヴォルフさん。」


「何だ?」


振り向きもせずに返事をするヴォルフ。


「本当に・・・ありがとうござました。ここまで連れて来て頂いて・・・。私1人なら絶対にここまで来ることは出来ませんでした。ヴォルフさんには感謝してもしきれない位です。」


「・・・。」


しかしヴォルフは答えない。


「?ヴォルフさん?どうしたのですか?」


「い、いや・・・何でも無い。それより、もうすぐ第3階層への入口が見えて来るぞ。」


「はい!」


やがて目の前が開けると、そこはとても広い空間になっていた。天井は見上げる程高く、周囲の壁も遠くに霞んで見える程の巨大空間であった。

そして目の前には大きな鏡が空中に浮かんでいる。


「この鏡の奥が第3階層になっている。それじゃ・・・入るぞ。」


ヴォルフが鏡に手を触れると、ズブズブと身体が鏡の中に入ってゆき、完全に鏡の中へとヴォルフの姿は消えて行った。

私も慌てて同じように鏡の中へ手を入れてみる。するとスーッと身体が鏡の中へ引き寄せられて・・・気付けば私は何故か・・・・目の前に鉄格子があるのが目に入った。

そして鉄格子の外側にはヴォルフが少し悲し気にこちらを見て立っていた。


「え・・・?」

辺りを見渡して私は愕然とした。

そこは石の牢獄。いつの間にか私は牢獄に捕らえられていたのだった―。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ