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第2章 1 魔界の迷宮・青いオオカミとの出会い

1


 魔女の魔法のお陰で私達は一瞬で森を抜ける事が出来た。

私の手の中には魔女から貰った猫耳のカチューシャと猫のしっぽが握り締められている。この2つのマジックアイテムは魔女から、ほんの餞別よと言ってプレゼントして貰ったものだ。

しかし、結局魔女からは私が何故特別な存在なのかを教えて貰う事は出来なかったが代わりにこう言った。


 いつかまた何処かで出会う時が来たら、その時に全ての答えが分かるはず―と。

しかしそんな時がやってくるのだろうか・・・?

そもそも私自身が未だに魔界へ行く理由の記憶を取り戻していないからだ。魔女の話では、私はある男性を助ける為にこの世界へやってきたらしいが、無事に魔界へ辿り着けるかも、まして一緒に連れて帰れるかどうかの保証も無いはずだったのに。

それでも私は自分の身を危険にさらしてまで魔界へ向かおうとしていたなんて・・

そこまで大切な人だったのだろうか・・?


「どうしたの?ハルカ。もしかして・・・これから魔界へ行くの・・緊張している?ハルカさえ良かったら・・・魔界へ行く日程を・・少し先延ばしにしてもいいんだよ?何も今からすぐに向かわなくても・・・。」


アンジュが躊躇いがちに声をかけてきたが、私は首を振った。

「いいの、アンジュ。いますぐ私は魔界へ向かうわ。だって、アンジュ・・・さっき教えてくれたでしょう?あまり長い間、人間が魔界に留まっているといずれは魔族になってしまう・・・って。そうなる前に私はこの世界へやってきたはずなんだから・・・。ゆっくりなんてしていられないわ。」


「そうか・・・ハルカの意思がそこまで固いなら・・・。」


それから先、アンジュは黙りこんでしまった。私もこれから向かう魔界の事で頭が一杯だったので2人とも其のまま無言で歩き続け・・・。


「ハルカ・・・。着いたよ。門へ・・・。」


アンジュが私の方を振り向くと言った。


「あ・・・。」

私は門を見上げた。

初めてこの世界へ来た時も、同じ場所に立っていたはずなのに、やはり私には何の記憶も無かった。でも・・今私が握りしめている、この魔界の門を開く鍵を使って、この門をくぐれば・・・恐らく私は記憶を取り戻すのだろう。一体どんな経験をして、どんな思いでこの門をくぐって来たのか・・・それがもうすぐ分かる。


「ハルカ・・・。」


アンジュが私の肩に手を置くと言った。


「いいかい?魔界はとても寒い場所なんだ。でもどうやら君は事前に魔界がとても寒い場所だと言う事を知っていたようだね?だってハルカが持ってきた鞄の中には防寒具が沢山入っているから・・・。今すぐに防寒着を身に付けた方がいいよ?それに魔女がくれたアイテムもね。」


「うん、そうね。」

そこで私は手袋やマフラー、そして分厚い防寒具にマントを羽織った。頭には猫耳のカチューシャ、そして猫の尻尾を落ちないようにしっかり留める。すると、私の姿は猫になってしまったのか、アンジュが私の足元を見ながら言った。


「ハルカ、すっかり可愛らしい猫の姿になったね・・・。いいかい、ハルカ。もし探し人を見つけて、連れ出す事に成功したら、まずは必ずこの世界へ戻って来るんだよ。分かったね?そしてボクの元に来るんだよ。」


「わ・・・分かったわ。」


「うん・・・。ハルカ・・・。無事を祈るよ・・。」


アンジュは微笑みながら言った。


「アンジュ・・ありがとう・・・。」


「ハルカ・・・。この門をくぐれば、無くした記憶が一気に戻って来ると思うけど・・・例えどんな記憶でも気をしっかり持つんだよ?そうでなければ無事にこの世界へ戻って来れないかもしれないから・・・。」


「・・・覚悟は出来てるわ。」


私は鍵を握り締めながら言った。


「そうか・・なら、いいんだ。それじゃハルカ、鍵を使って門を開けるんだ。」


アンジュに促されて私は『魔界の門の鍵』を鍵穴に差し込んで回した―。


途端に眩しい光に包まれる私・・・。アンジュが外側から門を閉じたのだろう。

バンッと音が鳴り、私の背後で門が閉じられた。そして一気に蘇って来る私の記憶・・・。




 昼か夜かも分からない、薄暗くてとても寒い大地。

私はあふれる涙を拭いながら遠くに見える城へ向かって歩いている。

今私の胸の中にあるのは激しい喪失感。とても・・・とても大切な人を私は失ってしまった。守って貰うばかりで、助けて貰うばかりで、私はマシューに何もしてあげる事が出来なかった。もう二度と会う事が出来ない・・・かけがえのない大切な人。

でもいけない。

いつまでも泣いていたって、マシューはもう二度と帰ってこないのだ。私はマシューが残してくれた言葉を思い出す。


―無事にノア先輩を助け出せる手助けをするのが俺の役目だと思っているから―


 そう、私はマシューと約束したのだ。

必ずノア先輩を魔界から助け出し、2人で一緒に元の世界へ戻って来ると。

私を助けるために犠牲になったノア先輩。今もきっとこのとても寒い世界で寒さに震えて私が来るのを待っているかもしれない。

だから今はノア先輩を助ける事だけに集中しなければ・・・。

もういないマシューに心の中で私は言った。

見ていてね。マシュー。私・・・必ずノア先輩を見つけて、無事に連れ帰って来るからね・・・!



「え・・・?」

その時、私は自分の額が熱くなるのを感じた。そこに触れてみると、熱を帯びていた。

これは・・・マシューが私に付けてくれた魔物達から私を守ってくれると言う印・・・。

え・・・?確か魔女はこの魔法は消えてしまっていると言っていたはずなのに・・。

魔界へ来た事で、この力が復活したのだろうか?

再び熱いものが込み上げてきて、私は声を殺して泣いた。

ごめんなさい・・・。一時でも貴方を忘れてしまっていたなんて。

守りの印を付けてくれたマシュー。そして・・・あの時の口付けは恐らくマシューが私に魔族の力を分けてくれたのだろう。だから魔女やアンジュに言われたのだ。

私から魔族の魔力を感じると・・・。きっとマシューは私が無事にノア先輩の所まで辿り着く事が出来るように守ってくれようとしていたんだ。

私は・・・こんなにもマシューに愛されていたなんて・・ちっとも気が付いていなかった。


 私は零れ落ちる涙を今一度拭うと、前を向いた。

恐らく、あの場所は魔女が言っていた第1階層。知性が最も低い凶暴な魔物達が生息すると言う・・・。

私は口の中でそっと呟いた。

「マシュー・・・。どうか私を守ってね・・・。」

するとそれに応えるかのように、私の額が一段と熱くなるのを感じた―。



 私は今城の前に立っている。とてもまがまがしく・・・恐ろしい気配を感じる。

足を震わせながら、そこに立っているのがやっとだった。どうしよう、すごく怖い。でも、この城の中に入らなければ・・・ここを無事に通り抜けなければ私はノア先輩の元へ辿り着く事が出来ない・・・!

一度だけ、ギュッと目をつぶると覚悟を決めた。よ、よし・・・この城の門を開けて中へ入るのだ・・・・。



ギイイ~ッ・・・・。


怖ろしい音を立てながら木で作られた門をそっと開ける。ただ、開けただけなのにドアの開閉音だけで心臓が止まりそうになるくらいの恐怖を感じてしまう。

中を覗いて見ても、魔物の姿が一つも見えない。ここにはいないのだろうか・・・。

魔族達は城の中にいるのだろうか?

震える身体で、私は一歩中へ足を踏み入れた時―。


グルルル・・・・・。

背後で恐ろしい唸り声が聞こえ、私は全身の血が凍り付きそうになった。

も、もしかすると・・・魔族が・・?

私は恐る恐る後ろを振り返った―。





2


 こ、怖い・・・。でも振り向かなければ。いきなり背後から襲われるほうが余程恐ろしくてたまらない。き、きっと大丈夫・・。今の私は魔界に生息するただの猫の姿をしているはず。それにマシューから分けてもらった魔力を持っているのだから人間だとは、ばれないはず・・。

心の中で言い聞かせながら私は恐る恐る背後を振り返り、思わず悲鳴を上げそうになった。すぐ背後にいたのは私の身体よりもはるかに大きい青いオオカミだったのだ。


 オオカミの瞳は金色に輝き、半分ほど開いた口からは鋭い牙が見え、荒い息を吐いている。ど、どうしよう・・・た、食べられる・・・・。

もう立っているのがやっとだった私は、恐怖で体が固まって動けなくなっていた。

ああ・・・このまま私は魔族の餌にされて死んでしまうのだろうか・・・。まだノア先輩のいる第3階層どころか、城の中へまで進めてすらいないのに・・・。

でもどうせ殺られるなら、痛い思いをしないで、一瞬で命を奪って欲しい・・!


 だけどやはり死の恐怖に耐え切れずに、目をギュっと瞑ると無意識のうちに心の中で今は亡きマシューに助けを求めていた。

(マシューッ!助けてっ!!)

すると一瞬額が熱く燃える様な熱を帯びた。そして目を閉じてはいたが、私には何故かオオカミが怯む気配を感じた。


 え・・?これは一体・・?

そこから異様な静けさが1分2分と経過していく・・・。しかし怖くて堪らない私は目を開ける事が出来ずにいたが、一向にオオカミは襲って来ない。


「・・・?」

恐る恐る目を開けると、そこにいたはずのオオカミの気配が消えている。え・・・?一体これはどういう事なのだろいうか・・・?

まさか・・・私があまりにもか弱い存在だったから・・・見逃してくれた?

それとも、マシューに助けを求めた瞬間私の額に付けられた目に見えない印が熱く熱を持った。ひょっとするとマシューが助けてくれたのでは無いだろうか・・・?


「きっと・・・そう、マシューが私を守ってくれているに決まっている・・・。」

そう思うと、今まで感じていた恐怖心が大分薄らいでくれた。

そうだ、私にはマシューが付けてくれた守りの印が残されている。そしてマシューが私に分けてくれた魔力が・・・。

「私を見守っていてね。マシュー・・・・・・。」

 マシューによって勇気づけられた私は城の中へ足を踏み入れた・・・。


 城の中は、外に比べればまだ多少は寒さはましであったけれども、ひんやりと湿り気を帯びている。空気はカビた臭いがして辺りは何故か薄暗い靄で覆われて視界が非常に悪い。これではいつどこから魔物が襲ってきても姿が見えない・・・!

私は周囲に気を配りながら、壁を背中につけて歩く事にした。こうしておけばいきなり背後から襲われる事が無いからだ。


アンジュから聞いた話によると、第2階層へ続く道は城の入り口から入り、長く続く回廊を抜けた先に、『鏡の間』と呼ばれる部屋がある。そこにおかれている『鏡』が入り口となっているらしい。

この鏡はある一定以上の知性が無い生き物は通り抜ける事が出来ないと言われている。

「まあ・・・さすがに通り抜けられないって事は無いと思うんだけどね・・・。」

微かな不安が残されてはいるけれども、一応私はセント・レイズ学院の才女で通っている。うん、だから多分大丈夫・・・だと思う。


 どこまでも長く続く回廊を歩き続けているが、先程から妙な違和感を私は感じていた。どうして・・・この城の中には魔物の姿が無いのだろう?魔女の話では第1階層には知性が最も低い凶暴な魔物達が生息すると聞かされていたのに、この城の入口で出会った魔物は巨大なオオカミ一匹のみ。

けれども時折何処か遠くから聞こえて来る獣のように吠える声や、何者かが闇の中で蠢いている気配を感じる事は出来るのだが、一向に私に接触してくる魔族はいない。

最もその方が私にとってありがたいのは確かなのだが・・・。


「お願いだから・・・『鏡の間』までは何も出てこないでよ・・・。」

私は小声でぽつりと言った。早く、早くこの回廊を抜けなくては・・・!


 しかし、歩いても歩いてもなかなか回廊を抜ける事が出来ない。まるで迷宮にはまってしまったかのような錯覚を覚えて来た。

「あれ・・・?おかしい・・・さっきもここを通った気がするんだけど・・・?」

私は歩きながら辺りを見渡して、足を止めた。

先程までずっと恐怖で緊張しながら歩いていたので私は周囲を観察していなかったので気が付かなかったが、先程から感じていた違和感が徐々に強くなってくる。

「ま・・・まさか・・ね・・?」

しかし、万一と言う事がある。私は背負っていたリュックから万年筆を取り出した。

そして床に大きく×を描いた。・・・勝手に魔族の城に落書きをするのはすごく大胆な行動を取っていると我ながら思ったが、それよりも私には今一番確認しておかなければならない重要な事があるのだ。

「これでよし・・・。」

私は再び歩き出した―。


「あ!やっぱり・・・!」

私は床に着けてある×印を見て大声を上げてしまい、慌てて口を両手で押さえた。

その×印は先程私が付けておいた印に間違い無い。

そうだ、私が先程からずっと感じていた違和感・・・それは魔族達の姿が見えないと言う事では無く、入り口から入ってきた時から延々と同じ場所を歩いているような感覚に襲われていたからだ。

けれど、この×印を見る限り・・・。

「間違いない・・・・。私、さっきからずっと同じ場所を歩き続けていたんだ・・。

その事実を知った時、全身の血が凍り付きそうになった。得体の知れない恐怖がじわじわと足元から迫ってきているように感じる。

一体何故?私はこの城へ入った時からずっと、只真っすぐに歩いて来ただけ。現にこの城は一本道しか無く、ドアが付いている訳でもない。

「一体何故・・・?」

私はこの恐ろしい魔物達が生息するこの城で、永遠に出口を求めて探し続けなくてはならないのだろうか・・・?

自分で恐ろしい考えが頭をよぎり、ゾクリと震える。


「どうしよう・・・・どうすればいいの・・・?」

私は両肩を抱えて、廊下に座り込んでしまった。怖い・・・まさかこれほどの恐怖を感じるなんて・・・。思わず目に涙が浮かぶ。

あれ程ノア先輩を必ず助けるのだと意気込んでいたのに、実際魔界へ来てみれば恐怖で震える事しか出来ない、弱い私。

「・・・ノア先輩・・・。マシュー・・・。せっかく魔界に来ることが出来たのに、私・・・もう駄目かも・・・。」

目を閉じれば2人の姿が脳裏に浮かぶ。ああ・・・私は結局マシューを無駄に死に追いやっただけで、ノア先輩を見捨て、自分自身はここで朽果てていくのだろうか・・?

その時・・・。

「ジェシカ・・・。」


え?

誰かが私の頭の中に呼びかけて来る。私は立ち上がって辺りを見渡した。すると再び声が聞こえて来る。

その声は私の前方から聞こえている。まるで姿の見えない誰かが目の前に立っているかのようだ。

「ジェシカ・・・・。こっちだ・・・。」


「誰・・・?」

私は声の主に尋ねてみた。すると声は言った。


「君を助けてあげる・・・。さあ、こっちへおいで。」


その声はまるでわたしを誘導するかのように語りかけて来る。一体、この声の主は誰なのだろう?何処かで聞いたことがあるような、無いような・・聞き覚えの無い声である。だけど・・・何故かその声は私に酷く安心感を与える。


だから私は・・・。


「お願いします。私を『鏡の間』まで案内して下さい』


声の主に頼んだ―。




3



「お願いします。私を『鏡の間』まで案内して下さい。」

誰か分からないが声の主に頼んだ。すると声は答えてくれた。


「いいよ、勿論・・・。ただし、覚悟は出来てる?今君はその城の中の迷宮に囚われてしまっているんだ。今からその封印を解いてあげるけど・・・その代わり、魔物達に遭遇する羽目になってしまうよ・・・?それでも構わない?」


私はその言葉に衝撃を受けた。そうか・・・だから今まで一度もこの城の内部に入ってから魔物達に遭遇してこなかったのか。だけど、封印を解かなければ私は永遠にこの迷宮に閉じ込められ、ノア先輩を助けに行く事すら出来ない。でも・・・封印が解ければ魔物達が・・・・!

それでも・・・行かなければならない。私はノア先輩と、マシュー。そして・・皆と約束したのだ。必ずノア先輩を助けて戻って来ると・・・。

私は一度目を閉じると、マシューの顔を思い浮かべた。お願い、マシュー。

どうか・・・また私を守って・・。


「ええ、構いません。お願いします、封印を・・・解いて下さい。」


「本当に・・・構わないんだね?」


再度声は尋ねて来た。


「ええ、お願いします。覚悟は・・・出来ています!」


「分かったよ・・・。それじゃあ封印を・・・解くね・・・。」


すると徐々に今迄城に漂っていた靄が消え初め・・・辺りの景色がはっきりし始めて来た。

そして、それと比例するかのように獣のような臭いと、まがまがしい雰囲気が一層濃くなってきた。


「!!」


 私は危うく悲鳴を上げそうになった。今まであれ程何の姿も見せなかった魔物達が大勢あちこちにうろついている姿がはっきりとその姿を表したのである。

その魔物達は、やはり人間界の動物達並の知性しか持ち合わせていないのだろうか?

あちこちで咆哮を上げながら仲間同士で争いを繰り広げていたり、辺りに寝そべっているだけの魔物達・・・彼等の誰もが皆恐ろしい異形の姿をしていた。しかし、獣の姿に似た魔物ならまだまともに見える。最も見るに堪えかねないのは身体が半分以上朽果てているかのような恐ろしい生き物達・・・。

私はすっかり恐怖で足がすくんでしまっていたが、前方に一筋の明るい光が見えた。

あれは・・・きっとあれこそ、『鏡の間』に違いない。

そして、幸いにも彼等は視力が弱いのだろうか・・・魔物達は誰もが私の姿に気付いていない様だった。それともマシューが付けてくれた守りのお陰か・・・。

私は勇気を振り絞って光の差す方向へ向かって歩き始めた・・・。


「や・・・・やったわ・・・。ついに『鏡の間』へ辿り着けた・・・。」

その部屋は床から壁、天井に至るまで全て石造りで、かなり広い部屋になっていた。周囲の壁には松明が幾つも灯され、部屋を明るく照らしている。

そして私の目の前には全身が映る大きな鏡が置かれていた。恐らくあれが…第2階層へ続く鏡になっているのだろう。

ごくりと息を飲むと私はゆっくり鏡へ近づこうとした時・・・。


<誰だ・・・・。この鏡を通り抜けようとする愚かな者は・・・。>


まるで地の底から響くような恐ろしい声が鏡の後ろから聞こえた。

「!!」

驚いて、一瞬足を止めた時・・・その鏡の後ろから一匹の魔物が現れたのである。

その魔物は人間と同様に鎧を付けて、剣をかまえていたが・・・・唯一人間と違っていたのは・・・その魔物は骸骨だったのだ。

骸骨の姿をした剣士はこちらを見た。目が・・・目が無いはずなのに、何故か赤く光っている。

「が・・・骸骨・・・・。」


<貴様のようなか弱き生き物が、この鏡の奥へ行く事が出来ると思うのか・・・?貴様のような愚か者はこの場で息の根を止めてやろう・・・。>


骸骨の剣士は剣を握りしめながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

そ・・・そんな・・・!アンジュも魔女もこんな番人がいるなんて・・教えてくれなかった・・・!


 私は恐怖で足がすくみ、一歩も動く事が出来ない。どうしよう・・怖い怖い怖い!


<フハハ・・・・!随分怯えているな・・・っ!よし、苦しまぬように一瞬で死なせてやろう・・・っ!>


骸骨は恐ろしい笑い声を上げながら、私に向かって近付いてくる。

も・・・もう駄目・・・。


と、その時・・・。


突然私の背後から怖ろしい咆哮と共に大きな4本足の魔物が風のように現れ、私を守るかのように立ち塞がると、骸骨剣士に向かって巨大な炎を吐きだしたのだ。


<グワアアアアアッ!!>


耳を塞ぎたくなるような恐ろしい悲鳴と共に、一瞬で燃える骸骨の剣士。

私は炎に包まれる骸骨と突然現れた魔物を呆然と見ていた。

やがて・・・その魔物は私の方を振り向いた。


「え・・・?ど、どうして・・・?」


振り向いた魔物は、最初に出会ったオオカミだったのだ―。


「な・・・何故・・・?」


私はオオカミを見上げた。すると私を導いてくれた先程の声が再び聞こえて来た。


「そのオオカミは必ずジェシカを守ってくれる。彼と共に第3階層までおいで。君が来るのを・・・待っているよ・・・。」


「あ、あの!貴方は一体誰なのですか?!私の事を知ってるのですか?!」

私は声に呼びかけたが、もう答える事は無かった・・・。


 オオカミは私の側に黙って座って見下ろしている。

私は語りかけてみた。

「あの・・・私を第3階層まで連れて行ってくれる・・・の?私を守ってくれる?」


オオカミはじっと私の顔を見つめている。不思議な事にその瞳は今はとても優し気に見えた。城の入口で初めて会った時は、あれ程恐怖を感じたのに・・・。



「私はジェシカと言うの。どうか・・・よろしくね・・。」


私はオオカミの身体にそっと触れると、突然オオカミは身体を低くし、顎で自分の背中を見た。

「ひょっとして・・・背中に乗れと言ってるの?」


すると驚いたことに、オオカミは頷いたのである。

「う、嘘?!貴方・・・ひょっとして人間の言葉が通じるの?!」


コクリ。

またしてもオオカミは首を振る。

「そうなんだ・・・・。貴方・・・言葉が通じるのね・・・。」

どうしよう、すごく嬉しい。あれ程誰も助けてくれる人が居なくて、怖くて怖くて堪らなかったのに、今私の側にはこんなにも頼りになる魔物が付き添ってくれる。

今迄の恐怖と、あまりの嬉しさにいつしか私は目に涙を浮かべていた。

すると、それを不思議に思ったのかオオカミが私の身体にその巨体を擦り付けてきたのである。

その様子はまるでわたしを慰めてくれているようにも思えた。


「あり・・・がとう・・・。オオカミさん・・・。」

私は大きな首に両腕をまわすと、そのふかふかとした毛に顔を埋めて、暫く泣き続け、オオカミはじっと身じろぎもせずに私が泣き止むまで大人しく座っていた・・・。



 ひとしきり泣いた後、私は顔を上げてオオカミを見た。

「ごめんね。それじゃ・・・行こうか?」


オオカミは私の問いに頷くと、先頭に立ち鏡の前へ歩み寄った。そしてためらうことなくオオカミは鏡の中へ入ってゆく。

それは信じられない光景だった。見かけは本当に只の鏡なのに、抵抗も無くズブズブと中へ入ってゆく事が出来るのだから。

オオカミは私の方を振り向いた。まるでその様子は、早く私にも後を付いて来るようにと言っているようにも感じられた。


「いよいよ、第二階層へ行くのね・・・。」

私は自分を勇気づけるように言うと、オオカミの後に続いて鏡の中へと歩みを進めた・・・。


待っていてくださいね。ノア先輩―。





2


青いオオカミと鏡の中を通り抜けると、そこにはまた別の城が眼前にそびえ立っていた。鬱蒼とした森に覆われた城ではあったが、先程の第一階層の城に比べると随分マシに見えた。城全体にツタが張り巡らされてはいたが、先程の城のように朽果ててはいなかったからである。

空を見上げると、相変わらず昼なのか夜なのかも分からない陰鬱な雰囲気の色をしている。


「寒い・・・。」

私はブルリと震えながら自分の両肩を抱きしめた。

本当に・・・何て寒い世界なのだろう。夢の中でノア先輩が話していた通りの寒さだ。

すると上から視線を感じた。

見上げるとその視線の先にはオオカミが私の事をじっと見降ろしていたのである。

まるで中に早く入らないのかと目で訴えられているようにも感じられる。

「あ、ごめんね。うん・・・。いつまでも突っ立っていても何も始まらないものね。

それじゃ・・・中に入ろう・・。」

私は城門にそっと触れてドアを開けた―。



 城の中はところどころに松明が灯されていたので、歩くのに不便は無かった。

ヒタヒタヒタヒタ・・・・・。

私とオオカミの足音が石の回廊に響き渡ってこだましている。私達は無言で城の回廊を歩いている・・・が、それにしても・・何故だろう?ここには全く魔物の気配が感じられない。ひょっとすると第2階層には魔族が住んでいないのだろうか・・?

だけど・・・私の側には今とても頼りになるオオカミがいる。なので恐怖心は全く感じる事は無かった。

どの位歩いただろうか・・・・。遠くの方が薄っすら光っている。出口が見えて来たのだ。

え?こんなに早く第2階層を抜ける事が出来るの?あまりにもあっさりで拍子抜けしそうになり・・・。城の外を出た私は目を見張った。

 なんと城を抜けると目の前に見えたのは城下町だったのだ。最も町と言ってもかなり小規模な町で、どことなくさびれた印象がある。いや、むしろ町というよりは村に近いかもしれない。

そしてその村の中を行き交う魔族達・・・。

第2階層に住む魔族達は2足歩行の人型魔族と4本足歩行の獣型が入り混じったような世界であった。

 私は彼等を注意深く観察した。

2本足歩行の魔族達は、皆簡単な布で出来た洋服を着用している。外見は様々。

普通の人間と同じ2つの目を持つ魔族も入れば、3つ目、四つ目を持つ魔族もいる。

肌の色も様々で緑色の肌や赤い肌、時には青い肌を持つ魔族達もいて、体型や体格もみなバラバラである。でもよく見ると、この第2階層でもやはり階級社会があるのだろうか?

割と身なりの良さそうな格好をした魔族もいるし、ぼろ布だけを身に纏ったかのような魔族もいる。

 

 一方、獣タイプの魔物は村から外れた場所でそれぞれ同じ種族同士で群れを成している。・・・その光景は何だかテレビで見た事があるアフリカのサバンナに住む野生動物達を彷彿とさせた。

ただ、違う点はここに住む獣たちは全て魔族であると言う事。

その証拠に、獣なのに言葉を交わして会話をしているのだからっ!

 

 それにしても・・・先程から私達は随分注目されている様だ。

けれど、多分注目されている原因は私の隣に立つオオカミだろう。何せ、彼ほど大きな姿を持ち、強そうな魔族は今のところ一度も見かけていないからだ。

 

 だけど・・・私はここに来て不思議に思った事がある。ここ、第2階層の魔族は獣タイプでも言葉を話している。このオオカミはどう見ても上級魔族に属していると思うのだが・・・獣のような咆哮以外で言葉を発するのを聞いたことが無い。


「ねえ・・・・貴方は言葉を話さないの・・?」

私はダメもとでオオカミに話しかけてみるが、彼はチラリと私を見ただけでそっぽを向いてしまう。

う~ん・・・やはり言葉を話す事は出来ないのかな・・・?


 その時、私達の近くにいた獣タイプの魔物が近づいて来た。え・・・?い、一体何・・?

この魔物は全身が真っ黒に光り輝き、その姿はどことなく豹に似ている。

ただ違う点と言えば、頭部に1本の巨大な角が生えているというところだろうか?


 何やら血走った目でこちらにやって来た魔物に恐怖を覚えた私はオオカミの前足の後ろに隠れた。


 すると突然魔物が話しかけてきたのである。


「珍しい事もあるものだ・・・・。このように魔力の高い魔族が第2階層の我らの所へ姿を見せるなど・・・。もしよければ一体何故この場所へやって来たのか理由を教えてくれないか?」


ど、どうしよう・・・。これは私に話しかけているのだろうか・・・?でも今の私は猫の姿をしているはず。猫が勝手に話す訳にはいかない。私はだんまりを決め込む事にして、オオカミをチラリと見上げたが相変わらずの無反応だ。


「・・・おい、無視するのか・・・確かにお前は上級魔族の様だが・・・ここは俺達魔族が住む第2階層だ。いわば、俺達の縄張り。勝手に入ってこられては困るんだがなあ?しかも俺はこの階層の長だぞ?」


 グルルル・・・・と低い唸り声と共に言う魔物。

え・・?う、嘘でしょう・・・?この階層の長・・・・?

そしてふと気が付くと私達は大勢の魔族達に取り囲まれていた。その数は・・・100以上はあるだろうか・・?

そ、そんな・・・!私はてっきり凶暴な魔族達は第一階層だけにしか生息していなものだとばかり思っていたのに・・・・。

 彼等の誰もが、血走った目で此方を睨みながらジリジリと距離を詰めて来る。


そして人型タイプの魔族が口を開いた。


「・・・大体、お前ら上級魔族はいつも俺達を馬鹿にしやがって・・・。魔力が弱い俺達を奴隷として連れ去って行くのはもう我慢出来ないんだよ。」


え・・・?上級魔族が彼等を奴隷に・・?

私はその言葉に耳を疑った。

そして、この魔族の訴えに触発されたのか、次々と魔族達が私達に文句を言い始めたのだ。


「そうだ!俺達を奴隷のようにこき使って働かせ、死んでしまえば、死体を勝手に投げ捨てていくのはあまりに勝手だっ!」


「自分達ばかり、いい暮らしをしやがって・・・!」


「ちょっと外見が良い女がいれば強奪までしていきやがって・・・!俺の妻を返せっ!!」


もう、物凄い騒ぎになってきた。とんでもない事になってしまった。私は自分の正体がバレてはいけないので、無言を通し続けているが・・それも良く無かったのかもしれない。

ある一匹の魔物に目を付けられてしまったのだ。


「ん?なんだ・・・。あの猫は。随分あの上級魔族に気に入られてるようだな?大事そうに守ってるじゃ無いか・・・。」


「そうだ!あの猫はきっとあいつらの大事な飼い猫なのかもしれない、よく見ると素晴らしい毛並みをしているし・・・。」


「よし!あの猫を捕えて、見せしめに殺して奴らに送り付けてやれ!!」


え?こ、殺す・・・?!

な、なんて怖ろしい事を言いだすのだ・・・・。やはり、所詮は魔族。このような恐ろしい思考能力しか彼等には無いのだろうか・・・?


 するとオオカミがグルルル・・・と低い唸り声をあげると、突然私の頭の中で声が響いた。

〈ジェシカ!!耳を塞げっ!!〉

え?今の声は―?!

見るとオオカミが私を見下ろしている。ま、まさか・・・今私の頭の中に話しかけてきたのは・・・?!

私は言われた通りに両耳を塞いだ。


すると恐ろしい程の地響きが起こり、地面にのたうち回る魔族達の姿がそこにあった。

そして呆気に取られていた私をオオカミが咥えると、物凄いスピードで走り始めたのだ。


 背後を振り向くと、先程の攻撃で難を逃れた魔族達が武器を手に追いかけてくる。

それと同時に放ってくる魔法攻撃。

オオカミはそれ等の攻撃を振り切って走り抜け・・・気が付くと、目の前には巨大な洞窟があった。

オオカミは私を降ろすと、その鼻先で私を押した。


「中へ入れば良いの・・・?」

尋ねると、頷くオオカミ。


私は恐る恐る中へ入ると、オオカミも後から付いてきて・・・。


ドサリッ!!


背後で大きな音が聞こえた。

驚いて振り向くと、そこには倒れているオオカミの姿があった―。




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