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第1章 3 大木の森の魔女 

1


私とアンジュは深い森の中を歩いていた。


「何も準備をしないで『魔界』へ行くのはとても危険なんだ。」


私の前を歩くアンジュは言った。


「それじゃ・・・どうすればいいの?」


昼間でも薄暗い森の中を私は足元に注意して歩きながらアンジュに質問した。


「実はね、この森の奥深くには魔女が住んでいるんだよ。彼女に協力してもらわなければハルカを安全に魔界へ行かせる事が出来ないからね・・・・。問題はその魔女がボク達に協力してくれればいいのだけど・・・。」


 アンジュの言葉に私は不安を覚えた。その魔女という女性はもしかして気まぐれな女性なのだろうか?もし彼女の協力が得られなければ?私は魔界へ行く事が出来ないのだろうか・・?


「ごめんね、ハルカ。こんな気味の悪い森を歩かせる事になっちゃって・・・。魔法を使って、魔女の家に行ければいいんだけど彼女はとても用心深い女性だからこの辺り一帯に結界を張って魔法が使えないようにされているんだ。」


アンジュが申し訳なさそうに言う。


「そんな、私の方こそ・・・アンジュを巻き込んでしまって申し訳ないと思ってるのよ。私に何かお礼をする事が出来ればいいんだけど・・・。」


するとアンジュが笑いながら言った。


「お礼なんていいよ。だってハルカには散々お世話になったんだから、これ位当然の事だよ。そうだな・・・それでもボクに何かお礼をしたいって言うなら・・・ボクがまたいつか人間界に行った時は町を案内してよ。」


「本当に?それだけでいいの?」


「だったら・・・ボクと結婚して?ってお願いしちゃうよ?それでもいいの?」


冗談めかしてアンジュが言う。


「う・・・そ、それは・・・困る・・・かも・・・。」


「アハハハ・・冗談だよ。もうそんな事は言わないから大丈夫だよ。ボクはカトレアと結婚する事に決めたから。彼女にはもうその事は伝えてあるよ。」


なんと、いつの間に・・・・。


「それはそれは・・・カトレアさん、喜んだでしょう・・・?」


「う~ん・・・泣かれちゃったときにはびっくりしたけど・・・でも最後にはすごく笑顔で喜んでくれたよ。」


前を向いて歩いているアンジュの顔は後ろを歩く私にはうかがい知る事が出来ないが・・・2人には幸せになって欲しいと思う。きっと2人の間に生まれる子供はとても可愛らしいだろうな・・・等と考えていると、不意にアンジュが言った。


「あ、ハルカ!着いたよ。あれが魔女の家だよ。」


アンジュが指を差した。その場所はそれまでとはまるで違う光景だった。

あれ程うっそうと茂っていた木々は無く、とても広く開けた場所で、太陽の光がさんさんと降り注いでいた。そして今まで見た事も無い太い大木が1本だけ生えており、その大木をくりぬいた形でドアや窓が付いている。大木そのものが家になっているようであった。


「う・・・うわあ・・・。」

魔女の住む家の外観の余りの凄さに私は開いた口が塞がらなかった。一体あの大木の幹の太さはどれくらいなのだろう?50m位はあるのだろうか?


「ハルカ、あの大木の家が・・・魔女の住処なんだよ。それじゃ・・行こうか?」


 随分緊張した面持ちでアンジュが言う。あの大木に住む魔女と言うのはそれ程迄に凄い存在なのだろうか?仮にもこの『狭間の世界』の王であるアンジュが緊張する程に・・・。

私も気を引き締めて頷くとアンジュの後に続いた。



「こんにちは、『大木の森の魔女』。私はこの国の王、アンジュ・バシレウスです。本日は貴女にお願いがございまして、こちらの森に参りました。どうかお目通りをお願い致します。」


妙に丁寧な言い方でドアをノックするアンジュ。この大木に住む魔女は・・・余程恐ろしい人物なのかもしれない・・・。ちょとっと怖いかも・・。

アンジュの挨拶に少し間が空いた後、中から声が聞こえて来た。


「あなた達がここに来る事は分かっていたわ。お入り。」


声と同時にドアが勝手に開いた。


「よし、それじゃ入ろうか?ハルカ。」


私が震えているのに気が付いたのか、アンジュが手を差し伸べて来た。私はそっとアンジュの手を握ると、しっかり握り返してくれた。その力強さに少しだけ安心感が芽生える。よし、では中へ入ろう!私は覚悟を決めた。



大木の中はさぞかし薄暗いのだろうと思っていたが、意外な事に中はとても明るく、しかも上品な木彫りの装飾品が廊下?の至る所に飾られており、家中が木の匂いに包まれた、何とも言えず安心出来るような空間出会った。


「良くここまでやって来たね?ジェシカ。」


私のすぐ背後で突然女性の声が聞こえ、私は驚いて振り向いた。するとそこには深緑のマントを身に付けた赤毛の妖艶な美女が立っていた。

え・・?ま、まさかこの女性が・・・『大木の森の魔女』・・・?


「ええ、そうよ。私がこの森にすむ魔女。そして全てを知る者・・・。勿論貴女の事も良く知ってるわよ?ジェシカ・リッジウェイ。」


まるで私の心を読んだかのように答える魔女、そしてまだ名乗ってもいないのに私の名前を知っているとは・・・。


「あ・・・貴女は・・・本当に・・魔女なのですか・・・?」

声を震わせながら尋ねてみる。


「ええ、多分・・・ね?」


何故か意味深な口調で話をする魔女。そんな私達のやり取りを一通り聞いた後アンジュが口を開いた。


「こんにちは、今日は前触れもなく突然この森を訪れてしまい、ご無礼をお許し下さい。」


深々と頭を下げるアンジュ。私も慌てて頭を下げる。


「まあ立ち話も何だから、座ってお茶でも飲みましょうか?」


赤毛の魔女は微笑むと、私達の先頭に立って歩きだす。そして一つの部屋に案内した。

その場所は居間になっているようで丸い木のテーブルに1人がけソファが丁度3つ置かれている。


「どうぞ、かけて。」


魔女は一番壁際奥のソファに座ると、私達にも座るように促した。私とアンジュがソファに座るのを見届けると魔女はパチンと指を鳴らす。

途端に目の前にはティーカップに入ったハーブティーがそれぞれの席の前に現れた。


「このハーブティーは私が作った特製のハーブティーなのよ。さあ、飲んでみて。」


私とアンジュは言われた通りハーブティーを口にする。・・・・ほのかな甘みが感じられる優しい味だった。


「・・・美味しいです・・・。」


私は魔女を見ると言った。


「そう?気にいって貰えて良かったわ。」


ニッコリと微笑む魔女。・・・・しかし、この目の前の女性が本当にアンジュの言う通り偉大な魔女なのだろうか・・・?私のイメージの魔女は年老いた女性だったので、とても信じられなかった。


「貴女・・・魔界へ行きたいのよね?」


おもむろに魔女が口を開いた。


「は、はい・・・。理由は・・忘れてしまったのですが、どうしても魔界へ行かなくてはならないんです。」


「なら理由を教えてあげる。」


赤毛の魔女の言葉に私は驚いた。


「ええ?!私が魔界へ行きたい理由・・・知ってるのですか?!」


「言ったでしょう?私は全てを知る者だって。・・・貴女が魔界へ行こうとしている理由は、ある一人の人間の男性を助ける為よ。」


「え・・・?」

一瞬何かを思い出しかけたが・・・すぐにその記憶はかき消えてしまった。


「貴女はある事件で命を落としかけた。貴女の命を救う引き換え条件として、1人の男性が魔界へ連れて行かれたわ。そして・・・その男性を連れ戻す為に貴女は魔界へ行こうとしていたのよ。」


「そ、そうだったんですか・・・。」

私は下を向いて両手をギュッと握りしめた。私は魔界へ連れて行かれた男性を連れ戻す為に魔界へ向かおうとしていたなんて・・・。自分の事なのにその記憶が全く無いのはもどかしくて仕方が無い。


「魔界に行く門の鍵は持っているようだから行く事自体は簡単だけども・・・。」


魔女は私をチラリと見ると言った。


「魔界はね、全部で第3階層に分かれているのよ。門を出ると最初に訪れる場所は、知性が最も低い凶暴な魔物達が生息する第1階層なの。ここを抜けないと次の第2階層まで進めないわ。そして第3階層・・・ここが貴女が向かう場所。最深部にある高位魔族達が住む場所ね。ここは皆知性の高い魔族達ばかりが住む場所だけども、誰もが強力な魔力を持っているのよ。貴女は・・・そんな場所から魔族達の目を欺いて・・彼を救い出さなければならない・・。」


一言一句聞き逃さないように私は魔女の話に耳を傾けた。まさか、そんなすごい場所へ私は向かおうとしていたなんて・・・。でも何かその時の私には策があったのだろうか?もし名案も無しに魔界へ向かおうとしていたなら、当時の私は相当愚かだったのかもしれない。


 魔女はそんな私の事をじっと見つめていたが、やがて口を開いた。


「でも・・貴女は私にとっては特別な存在。だから手を貸してあげるわ。」


え?特別な存在?一体それはどういう事なのだろうか―?





2



「貴女には魔物から身を守る魔法がかけられていた痕跡が残されているけど、残念ながらもう効力は消えてるわ。だから別の方法を考えないとね。」


魔女は私を見ると言った。


「え?私に魔法がかけられていたのですか?」

そんな話は知らなかった。


「え、ええ。そうよ。」


何かにハッと気が付いたかのように魔女が返事をした。


「あ、でも今はその魔法が使えなくなっているんですよね?一体何故ですか?」


「ハルカ・・・。」


何故か悲し気な顔で私をみつめるアンジュ、そして意味深な表情を浮かべる魔女。

え?2人とも・・・一体どうしてしまったのだろう?

「あ、あの・・・?」

思わず声をかけると、魔女が言った。


「ま、まあ・・・どうしてその魔法が消えてしまったのかは・・きっと魔界に行った時に思い出せると思うわ。だから今は気にしなくてもいいわよ。それより、まずはいかに魔界の門をくぐった後、最深部にある第3階層まで無事に辿り着くかを考えないとね・・・。」


魔女はティースプーンでグルグルとハーブティーをかき混ぜながら考え事をしている様だった。そして少しの沈黙の後やがてポンと手を叩くと言った。


「よし、貴女の存在を一時的に魔族に見えるように魔法をかける事にしましょう。」


「「ええええっ?!」」


私とアンジュが同時に声をかけた。


「そ、そんな事が・・・出来るんですか?!」


アンジュは相当驚いたのか、立ち上がった。


「ええ、勿論。と言っても魔族の姿に変える訳じゃ無いわ。私が作った特製アイテムを身に付ければ、魔族に見せかける事が出来るのよ。ちょっと待ってて。今持って来るから。」


魔女は言うと席を立った。残された私とアンジュは顔を見合わす。


「ハルカ・・・。大丈夫?顔色が優れない様だけど・・・?」


アンジュが心配そうに声をかけてきた。


「え?ええ?そうなの?まあ確かにこれから魔界へ行くのかと思うと緊張はしているけど・・・。」

なるべくアンジュに心配を掛けまいと振舞っていたつもりだが、アンジュにはばれていたようだ。


「・・・ごめんね。ハルカ・・・。ボクも付いて行ってあげればいいんだけど・・この世界の王になってしまうと、もう『魔界』へ行く事が出来なくなってしまうんだ。ボクの力が強すぎて、魔族達に存在がバレてしまうからね・・。」


アンジュは申し訳なさそうに言う。


「そ、そんな事気にしないで。だってこうして私を魔女の所までつれてきてくれたんだし・・。」


そこまで言いかけていると、魔女が何やら大きな箱を抱えて私達の元へ戻って来た。


「お待たせ、2人とも。ちょっと探すのに手間取っちゃって・・・ね。何せ随分昔に作ったものだったから、何処へしまったのか忘れてしまって。」


アハハハ・・・と魔女は笑いながら言った。


「それで、どんな特製アイテムなんですか?」

この世界の魔女が作ったのだから、きっと凄いアイテムに違いない。私はワクワクしながら尋ねた。


「ふふふ・・・まあ、見てみなさい。きっと驚くから。」


魔女は得意げに蓋に手を掛けた。

私とアンジュは期待に目を輝かせながら箱の中身に注目する・・・。


「ジャーン!どう?すごいでしょう!この特性アイテムは!」


大袈裟に蓋を開ける魔女。私とアンジュは箱を覗き込み・・・・・。

え・・・?う、嘘でしょう・・?私は信じられない気持ちで箱の中身を見た。

アンジュもかなり動揺した様子で注視している。


「あ、あの~・・・そ、それは一体なんでしょうか・・・?」


私は魔女が手にしているアイテムを指さすと言った。


「ああ?これね?これは・・・猫耳のカチューシャよ!」


ああ・・・やっぱりね・・・。

そう、魔女が手にしているのは黒い縁取りにホワイトカラーのフワフワのファーがついた可愛らしい猫耳のカチューシャである。そして、さらにもう一つが・・・。


「あ、あの~・・・まさかとは思いますが、それは・・・?」

私はもう一つのアイテムを指さした。


「これ?これは猫のしっぽよ!」


またまたドヤ顔で言う魔女。うん、そうだよね、猫耳とくれば次は猫の尻尾と来ても当然だ。しかし・・・これでは単なるコスプレにしか見えない。まさか・・・本気でこれを付けて見ろと言いたいのだろうか・・?


「あら?何よ2人とも?その嫌そうな顔は・・。」


魔女は心外だとでも言わんばかりの口調で言う。


「い、いえ・・・。本当にそのような物で魔族にみえるのかどうか・・・。」


アンジュが作り笑いをしながら言う。うん、私だってそう思う。こんなもので本当に魔族に見えるとは思えない。


「まあ!私の能力を疑ってるのかしら?いいわ!それならまずは実際に試してみればその凄さが分かるはずよ。さあ!この猫耳と猫の尻尾を付けてみなさい!」


魔女は言うと私の頭に猫耳のカチューシャを被せ、強引に尻尾までクリップで着けてしまった。ひええ~っ!な、なんか恥ずかしい・・・。

しかし・・・・。




「う、うわあっ?!」


アンジュが私を見て驚く。え?な、何?


「何?アンジュ、どうしたの?」


私がアンジュに尋ねるとアンジュは何故か私の足元を見ながら言う。


「ハ、ハルカ・・・ね、猫の姿になってるよ・・・?」


「う、嘘っ?!」

だって、どう見ても私の目には何も変化が無いように見えるけど?!


「ふふふ・・・。百聞は一見に如かずよ。鏡で自分の姿を確かめて見なさい。」


魔女は何処からともなく大きな姿見を出すと、私に見せた。するとそこには・・・・。


「え・・・えええっ?!」

何とその鏡に映っているのは真っ白でフワフワの毛並みが美しい猫がうつっているではないか。


「う、嘘っ!こ、これが私・・・?私、猫の姿になってるの・・・?」


「そうよ、このアイテムを付けるとね、自分以外には相手からは猫に見えるようになるアイテムなのよ。最も鏡を通してみれば、本人も今みたいに猫の姿に自分自身が映って見えるけどね・・・。いい?その猫の姿はね、魔界では何処にでも普通に生息している猫なのよ。だから、魔族達の中に紛れ込んでも誰も気にする事は無いわ。その姿で第3階層まで問題無く行けるはずよ。ただし・・・絶対にその2つのアイテムは取り外してはいけないからね。」


魔女は私をビシイッと指さしながら言った。

「あ、あの・・・仮に・・・もしこのアイテムが取れてしまったら・・・?」

念の為に最悪の事態を想定して私は魔女に尋ねてみた。


「勿論、当然その場で魔法は解けて、元の貴女の姿に戻ってしまうわ。そうなるともうこちらでは何とも手の打ちようが無い。」


「そ、そんなあ・・・。」

何とも怖ろしい話だ。凶暴な魔族達が住む第1階層で、このアイテムが外れてしまえば、最悪私はその場で一巻の終わりなのか・・・?


「でも、大丈夫。それ程恐れる事は無いわ。だって、貴女からは魔界の香りがするし、魔族特有の魔力を身体の内側から感じるもの。・・・何故かしらね?」


「え・・・?私から魔族の魔力が・・・?」

一体どういう事なのだろう・・・。こればかりは魔女も謎なのだから私に分かるはずが無いのだが・・・。何か、思い出せそうな気がする・・。


「まあ、とに角貴女からは魔族の力を感じるから、仮に人間の姿に戻ってしまっても胡麻化せるかも知れないから、余り気負わずに魔界へ行ってみるといいわよ。」


「そうだよ、ハルカ。僕も君に言おうかと思っていたんだけど・・・この世界にやって来た時から魔族特有の魔力を君から感じていたんだよ。だから・・・きっと第3階層まで行く事が出来るとボクは信じるよ。」


アンジュが私を見つめながら言う。・・・ただし、アンジュの視線が足もと部分にいってるのが気になる私であった―。

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