マシュー・クラウド ②
1
空間転移魔法を使って、俺は初めて魔界の門を抜けた。
見上げる空はピンク色、そして一面に咲き乱れる無数の花々・・・。俺は気が遠くなるのを感じた。
「まさかこの中から七色に光る花を見つけろと言うのか?」
試しに足元の花を見る。・・・黄色の花だ。手当たり次第花を確認しても見当違いの花ばかり。くそっ!こんなに手間取っていたら彼女が手遅れに・・!それにいつ見張りのフレアに見つかってしまうかもしれない。
「大丈夫だ、落ち着け。」
俺は自分に言い聞かせる。
絶対に彼女は俺が助けるんだ・・・!
それから小一時間、目を皿のようにして、地面に這いつくばりながら必死になって七色の花を探し続け―。
「あ・・・あった!」
遂に花を見つけた。これで彼女を助けられる・・!
俺は光り輝く花に手を伸ばした・・・。
するとその花に触れた途端、辺りを震わすような女の声が響き渡る・・・。
「一体、何処の誰・・・?私の大切な花を奪おうとする者は・・・!!」
あの声は・・・フレアだ!
フレアは怒りで身体から青い炎を吹き上げて、こちらへ向かって飛んで来る。
「マシューッ!!貴方だったのね?!」
憎悪の目で俺を睨み付けるフレア。しまった!見つかってしまった。
急いで花を摘み取ると、ワールズ・エンドへ飛んだ。
花を摘んで彼等の元に戻ると、全員が喜びを顕にした。ノア先輩が礼を述べてくれるが・・・俺の顔は曇る。
「何?何かあったの?」
そんな俺の顔を見てダニエル先輩が声をかけてきた。
「いやあ・・・実は・・・・。」
言いかけた時・・・背後でフレアの声がした。
「マシュー・クラウド・・。貴方私から逃げられると思っていたの・・・?よくも私が管理している大切な花を盗んでくれたわね?」
ま・まずい・・・・!
「い、いやあ・・・。相変わらず綺麗だね?フレア。」
何とかフレアのご機嫌を取ろうと思ったのだが、にべもなく一喝された。
「そんな事を言っても胡麻化されないわよ。さあ、そこの人間。お前が今手にしている花を返しなさいッ!」
花を渡した青年を恐ろしい形相で睨み付ける。
「た、頼むっ!どうか1輪でいいから俺達にこの花を分けてくれッ!」
必死でフレアに頼み込む青年。しかし、フレアの怒りは収まらない様子だった。全身から今にも怒りの炎を拭きだしそうである。
だ、駄目だ・・・このままでは・・・。
「やめろっ!フレアッ!今ある女性が毒によって死にかけているんだ。どうかその花を彼等に分けてやってくれっ!」
俺はフレアに必死で頭を下げた。
「そんなの私には関係ない・・・さあ、早く返せっ!」
フレアは右手を青年に差し出す。
ま・・まずい!
その時だった。
「待ってくれっ!」
前に飛び出してきたのはノア先輩だった。
「お願いだ!どうしても救いたい命があるんだ。僕に出来る事なら何だってする。だから・・・どうかこの花を僕たちに分けてくれっ!」
信じられなかった・・・。あの気まぐれで有名なノア先輩が彼女の為にあそこまで必死な姿を見せるなんて・・。
フレアも美しいノア先輩を見て、少し態度が軟化した・・・しかし。
「あら・・・貴方・・・よく見るとすごく私のタイプね。それにどこか心の中に闇を抱えている所も魅力的だわ・・・。それなら、貴方に免じて花は分けてあげる。ただし・・・貴方が私と一緒に魔界に来るのを条件にね。」
フレアが発した言葉に俺は耳を疑った。嘘だろう?本気でフレアはそんな事を言ってるのか?!それなのにフレアの無茶ぶりの提案に頷くノア先輩。
「ねえ・・本気で言ってるですか?魔界に行ったら、人間界の人達の記憶から消えてしまうんですよ?」
俺は心配になってノア先輩に声をかけたのだが・・・。
「いいんだよ、僕が魔界へ行く事でその花をもらえるなら・・・僕は喜んで魔界でもどこでも行くよ。」
どこか寂しそうな笑顔を浮かべてノア先輩は答えた。そしてフレアはノア先輩を魔界へ連れ去ってしまった・・・。
ノア先輩が魔界へ去った後は、彼等の記憶は上手い具合に修正されていた。
このワールズ・エンドへやって来たのは、ダニエル先輩、レオ、ウィルの3人で、ダニエル先輩が俺に魔界の花を摘んで来てくれるように頼み、俺が花を探し出して、レオに手渡した・・・こんな設定がいつの間にか出来上がっていた。
ノア先輩・・・・。多分先輩はジェシカからも忘れ去られてしまうんでしょうね。
でも・・・代わりに俺が先輩の事を忘れません―。
その後、人づてに彼女はダニエル先輩たちの持ってきた花から作られた万能薬により、無事に生還したという話を聞かされた。
本当に良かった・・・ジェシカ。君が助かってくれて・・・。
冬期休暇が終わり、いよいよ明日から新学期という事で学生達がぞろぞろと寮へと戻って来て、それまで静まり返っていた学院が以前の賑わいを取り戻していた。
きっと・・・彼女も今日戻って来たのだろうな・・・
カフェでコーヒーを飲んで男子寮に入ろうとした時、俺はふとある人物が木の陰に隠れるようにして男子寮の入口をじっと見つめている事に気が付いた。あれは・・誰だろう?次の瞬間その人物を見て俺は驚いた。ジェシカ・リッジウェイだ!!
彼女は微動だにせず、寮の入口を見つめている。誰かを待っているのだろうか?
ジェシカに話しかけたい・・・!
気付いてみれば俺は背後から彼女に声を掛けていた―。
勇気を振り絞って声を掛けたにも関わらず、彼女は俺の事を全く覚えていなかった事には正直落胆してしまった。
やはり彼女の中で俺は所詮その程度の男なのだろうか・・・。
何とかして、もう少しだけ彼女と話がしたい・・・。そこで当たり障りのない会話を彼女に投げかけた。すると彼女は突然俺の顔を見つめると言った。
「あ、あの・・・もしかして以前何処かで会った事がありませんか?」
え?もしかして・・・ついに俺の事を思い出してくれたの?!嬉しい気持ちを押し殺す為にわざと思ってもいない台詞を言った。
「アハハハ・・それってもしかして口説き文句の1つ?でも悪い気がしないなあ。君のような美人に口説かれるのは。」
それを聞いた彼女は、別に自分はそんなつもりで言ったのではないと答える。
うん、知ってるよ。それ位・・・。でもやっぱり、俺の事を思い出して欲しい・・!
「ふふふ・・冗談だよ、ミス・ジェシカ。」
この呼び方で、俺の事思い出してくれるかな?
すると・・・見る見るうちにジェシカの表情が変わっていく。
「貴方は・・・あの時の・・!」
やった!ついにジェシカが思い出してくれた。その後彼女は俺から渡したスコーンのお礼を述べる。ただ・・一つ気になるのはジェシカの俺に対する話し方だった。
何故、敬語を使って俺に話すのだろう・・。出来れば敬語なんか使って欲しくはない。何だか・・・距離を置かれているように感じてしまう。だから言った。
「ミス・ジェシカ。別にそんな言葉遣いしなくていいよ。だって俺達同級生同士だろう?」
すると、すぐに敬語を使って話すのを辞めてくれたジェシカ。
「う、うん・・・。そう言えばそうだったね。あの時はきちんとお礼を言えなくてごめんなさい。それからありがとう。あ!そんな事より・・・どうして貴方は私の名前を知っていたの?」
「だって君は有名人じゃないか。学年一の才女で、おまけに物凄い美女。そして君に群がる男達・・・。」
それなのにジェシカの反応はいま一つで首を傾げるだけであった。
何てことだ!ジェシカは自分がどれだけ魅力的な人間なのか分かっていなかったなんて・・・。しかも男を引き付けるフェロモンをまき散らしているのに?これだけ色々な男性に言い寄られているにも関わらず、ジェシカは全く無自覚だったとは。
だけど、ここでこんな話をしていても拉致があかないな。
俺は話題を変える事にした。
「それで、一体君は誰を待っているんだい?」
「あのね、1つ上の学年のダニエル先輩を待ってるんだけど・・・。あ、でも学年が違うから分からないよね?」
「ダニエル?」
ジェシカの口からダニエル先輩の名前が出てきた。そうか、アラン王子でも無ければマリウスでも無い。ダニエル先輩を待っていたのか。ひょっとすると彼女は何かを思い出したのだろうか・・・?
「そうか・・・ミス・ジェシカが待ってる相手ってダニエル先輩だったのか。」
「え?その人を知ってるの?」
意外そうな顔をするジェシカ。
「うん、知ってるも何も・・・。」
そこまで言いかけて俺はダニエル先輩がこちら側に歩いてくる姿を見つけた。
「ねえ、ほら。今こっちに向かって歩いて来るの・・あれダニエル先輩じゃないか?」
「あ。本当だっ!ありがとう、教えてくれて。」
ジェシカは嬉しそうに言う。よし、俺の役目もここまでかな?
「それじゃ、俺もう行くから。」
ジェシカに手を振り、背を向けて歩きかけた時・・・。
「あ!ねえ、待って!貴方の名前、何て言うの?!」
何と、ジェシカが俺の名前を尋ねてきてくれた!
「俺?俺の名前はマシュー。マシュー・クラウドさ。」
振り向いて笑顔で俺は自分の名前をジェシカに告げた―。
2
今夜は楽しい気分だったのでサロンへ足を運んだ。
俺は元々サロンに足を運ぶことは殆ど無い。別にお酒が苦手と言う訳では無く、むしろ好きな方である。
けれど・・・入学したての頃にある事件が起こり、サロンに足を運ぶのをやめてしまっていた。
その日は運が悪かった。
たまたまサロンにお酒を飲みに店内へ入った時に同じクラスの男子学生達が集団で飲みに来ていたのだ。彼等はもう既に大分出来上がっていたようで、俺を見ると絡んできた。人間と魔族のハーフがこんな所に出入りするなと言われ、一方的に店内でいきなり殴られたのだ。本来なら彼等を集団で相手にしても片手で足りるくらい造作ない相手ではあったが、一応俺はこの学院の聖剣士。
争い事はご法度だった。何より俺自身が暴力沙汰は好きでは無かったのだ。
それに店にも迷惑を掛けたく無かったので、無抵抗で彼等に殴られるがままになっていた。するとさすがにこれを見兼ねたバーテンが止めに入って来たという訳だ。
バーテンから学院側に訴えがあり、騒ぎを起こした彼等はサロンに半年は出入り禁止を命じられた。・・・これがよく無かったのだろう。逆恨みした彼等はその後、休暇でセント・レイズシティに俺が足を運んだ時に、いきなり路地裏から襲撃してきたのだから。そして怪我をして道端にうずくまっている所を教会のシスターが見つけて俺を手当てしてくれた。・・・その教会は孤児院を経営していて、親のいない子供達が元気に暮らしていた。俺が半分魔族でも恐れない子供達。それがきっかけで休暇の度に教会へ遊びに行くようになっていったんだっけな・・・。
度数の強めのアルコールをテーブル席で飲みながら過去の出来事を回想していると、カランとドアが開き、新しい客が入って来た。
ふ~ん・・・。明日から新学期なのに俺と同様にお酒を飲みに来る学生がいるのか。
何気なく視線を送り、心臓が止まりそうになった。
なんと、店に入って来たのはジェシカ・リッジウェイだったのだから。
まさか、こんな場所で彼女に会えるとは思いもしなかった。しかも女性でありながら、たった1人でサロンへお酒を飲みに来ると言う事は、そうとうお酒が好きなのかもしれない。
彼女は俺に気が付く事も無く、距離を離したカウンター席に座るとカクテルを1杯注文したようだった。
程なくして、彼女の前に置かれたグラス。それを手に取り、一口飲んでうっとりした表情を浮かべるジェシカを見て俺は胸が高鳴った。まさか・・・こんな意外な一面を見る事が出来るとは思わなかった・・・!
一向に俺に気が付かない彼女。
だから俺も気付かないフリをしてお酒を飲み続けた・・・が、彼女に気を取られて、随分ハイスピードでお酒を飲んでいたようだった。気付けばボトルの中のお酒は半分空になっていた
いつになったら彼女は俺の存在に気付いてくれるのだろう・・・。密かに期待しながらお酒を飲み続けていると、やがて強い視線を感じ始めた。
ジェシカだ・・・!ようやく俺の存在に気付いてくれた・・・!
しかし、一向に彼女からは声がかかってこない。ならばこちらから声を掛けるしか無いだろう。
「どうしたんだい?ミス・ジェシカ。俺に何か話でもあるのか?」
わざと彼女の方を見ないで話しかけた。
「え?き、気が付いて・・・?!」
明らかに狼狽したような彼女。
「当たり前だろう?この店に入ってからすぐに気が付いたさ。俺からそっちへ行こうか?」
俺は笑みを浮かべてジェシカを見る。内心平静を保っているが、心臓は口から飛び出しそうだった。どうしよう、拒絶されたら―。
しかし、彼女は頷いてくれた。やった!一緒にお酒を飲むことが出来る!
自分のボトルとグラスを持ってジェシカの隣に移動し、隣の席に座った。
こうして俺とジェシカのひと時の楽しい時間が始まった・・・・。
ジェシカの傷の具合を聞き、話しやすい流れを作ってあげた。すると彼女は驚いた様に顔を上げた。そう、やはり彼女は俺に聞きたい事があったんだ。ノア・シンプソンと言う人物について・・・。
俺には謎だった。何故、ジェシカはノア先輩の事を覚えているのだろう・・・?
でもふとした瞬間に気付いてしまった。それは彼女の中から溢れて来る強い魔界の香りが・・・。まさか・・・ジェシカはノア先輩と・・・?
情を交わす2人の姿が頭をよぎり、一瞬目の前が真っ暗になってしまった。
そうか。きっとノア先輩は何らかの手段を使って彼女の前に現れたんだ。そして2人は結ばれた・・それで彼女はノア先輩を完全に思い出す事が出来たのだろう。
けれど・・・思った以上に俺はすぐに立ち直れた。
彼女は優しい。きっとノア先輩に乞われたのだろう。だから・・・ジェシカは・・。
念のために俺は魔界の誰かにマーキングされたかについて尋ねると、ジェシカの肩が大きく跳ねる。ああ、やっぱりそうだったんだね。
そこから先、ジェシカはノア先輩の事を涙を浮かべて語った。
そんな彼女に俺はハンカチを黙って差し出す。
そしてジェシカはハンカチで目元を押さえながら、一気に話を始めた。まるで自分の思いの丈を吐き出すかのように―。
要約すると、ジェシカの話はこうだった。何としても自分はノア先輩を助けたいので、魔界へ行くつもりだと言う事。しかしある人物からこの世界には人間界と魔界の間に、もう一つ『狭間の世界』と呼ばれる世界が存在し、まずはそこに行くための鍵が欲しいと訴えて来た。
けれど、俺は狭間の世界なんて聞いたことが無いし、門だって一つしか存在しないはずだ。その事を話すと、一瞬ジェシカは落胆した表情を見せたが、すぐに立ち直り、とんでもない事を言って来たのだ。
鍵が無ければ作ればいいと―。
鍵を作る?ジェシカは本気でそんな事を言っているのだろうか?いや、そもそもある人物って一体誰の事なのだろう?俺としてはそちらの方が気になった。半分とは言え、魔族であるこの俺が知らない情報・・・。ひょっとすると母さんなら何か知ってるのだろうか?
でも・・・。
「うん、まだこの世界に錬金術師がいればの話だけどね?」
俺はかつては存在していたかもしれないと言われていた錬金術師の話をしてみた。
半分は冗談で言ったつもりだったのだけど、彼女は本気でそれを捕えていたようだ。
・・・何か考えがあるのだろうか?
腕時計を見ると、もう間もなく門限が近づいていた。
ジェシカとの会話が楽しくて、こんな時間になっているとは思いもしなかった。
俺は彼女に門限を告げ、立ち上がると彼女も慌てて立ちあがる。
2人で並んで寮への道を歩きながら、ダメもとで彼女に声をかけた。
「ミス・ジェシカ、今夜は色々話が出来て楽しかったよ。また会って話せるかな?君の話は興味深いよ。」
これだけの台詞を言うのに、内心ドキドキしている。
「わ、私の方こそ是非!」
彼女の返事を聞いて俺は小躍りしたい気持ちを押さえて言う。
「それじゃ約束だ。」
言いながら・・・さり気なく右手を差し出す。果たして俺の握手に応じてくれるのだろうか?しかし、その心配は無用だった。
彼女は迷うことなく握手をしてきてくれたのだ。柔らかくて小さな手をしっかり握りしめる。
これが初めて彼女と触れ合った記念するべき日となった。
月明かりの下でほほ笑むジェシカ・・・。
とても綺麗だった。
今は俺の為だけにほほ笑んでくれている。
この学院に入って良かったと初めて思えた瞬間だった―。
3
その日の朝の事だった。
ホールで朝食を食べていると、突然目の前にドカッと生徒会長が座って来た。
「マシュー・クラウドだな?」
腕組みをしたままジロリと俺を睨み付ける。
「は、はい・・・。そうですが?」
一体生徒会長がこの俺に何の用事があるというのだろう?
「お前に頼みたい事がある・・・と言うか、これは生徒会長命令だ。もうお前以外に頼れる聖剣士はいないからな。」
随分横柄な態度で人に命令してくる人だなあ・・・。半分呆れながら生徒会長を見た。
周囲では俺と生徒会長を見ながら、コソコソ話している学生達が居た。
まあ・・・俺も生徒会長も周囲から煙たがられているからな・・最も肝心な生徒会長はそんな事には全く気が付いていないようだけれども。
「あの・・・要件も聞かずに、命令されても必ず聞けるかどうか分かりませんが・・?」
すると俺の質問に生徒会長はふんぞり返るようなしぐさで言った。
「よし、それでは教えてやる。お前・・・ジェシカ・リッジウェイは知ってるか?」
え?何だって?今生徒会長は何と言ったのだ?ジェシカ・リッジウェイだって?知ってるも何も・・・!
「ええ、知っていますよ。色々と有名人ですからね。」
内心の動揺を隠しつつ、俺は平静を保って答える。
「そうか、なら話は早い。実は俺のジェシカが昨年からずっとある女に嫌がらせを受けているらしいのだ。しかもかなりそれが悪質らしく・・・命の危機に晒された事もあるらしい。それでだ!お前に名誉ある地位を与えてやろう!いいか?俺のジェシカの護衛騎士になれ!これは聖剣士であるお前を見込んでの事だ?どうだ?光栄だろう?」
生徒会長は大袈裟な身振りで、最期は俺を指さしながら言い切った。
え・・・?命の危機にまで晒されていた・・?まさか、あのソフィーにか?
何てことだ・・それでは、毒矢に射抜かれた時もソフィーが関与していたのか?
それなら俺の答えは一つしかない。
「ええ。いいですよ、生徒会長。彼女の護衛騎士・・・承りましょう。」
自分の感情を表に出さないように言う。
「そうかそうか、引き受けてくれるのか?実は全ての聖剣士に声をかけたのだが、全員に断られて・・・もうお前しか残っていなかったのだ。いや、お前が引き受けてくれて本当に良かった。どうか、俺のジェシカをしっかり守ってやってくれよ?」
・・・まさか聖剣士全員に声を掛けて回るとは・・・生徒会長は怖い物知らずだ。
本来なら聖剣士は生徒会の力の及ばない地位に属している。俺達に直接命令を下せるのはここの学院長のみなのだ。そんな事も知らずよく生徒会長になれたものだ。それに・・俺はチラリと生徒会長を見た。
「ん?何だ?まだ何か俺に用事でもあるのか?」
「いえ、別に特に用事はありませんが。」
用事?それよりも俺が気になるのは生徒会長が先程から彼女の事を俺のジェシカと連呼しているのが、あまりいい気分では無かった。
「そうか、話しが早くて実に助かる。それではこの男から詳しい話は教えて貰え。俺は先に行ってるからな。」
見ると生徒会長の後ろには1人の学生が立っていた。あれ・・?この男は確か・・あの女の取り巻きじゃ無かったか・・?
「後は頼んだぞ。」
生徒会長は席を立つと、さっさと立ち去って行く。そして入れ替わるように男が俺の向かい側に座って来た。
「ハハ・・・。悪かったな、食事中に・・・。しかも変な話に巻き込んでしまって。」
男は頭を掻きながら言う。肩章を見ると・・・2年生のようだ。
「いえ。構いませんよ。それで・・護衛騎士と言われましたが、まさか1日中彼女の側にいて護衛しろと言うのですか?一応俺は聖剣士で、訓練に忙しくて中々彼女の護衛ばかりをしているのは難しいのですが・・・。それに今夜は門番なんです。」
彼等に俺の気持ちを知られる訳にはいかない。努めて冷静に対応する。
「ああ、あまりあの生徒会長の話は真に受けない方がいいぞ。第一、例えお前が護衛を出来なくても・・少なくともジェシカ・リッジウェイの周囲には男が張り付いている事が殆どだから逆に人手がそこで必要なのかと問いたい位だしな。ただあまりにも生徒会長が口うるさくて敵わん。悪いが、適当に空いている時間でジェシカ・リッジウェイが1人でいた場合だけ、見守ってやってくれればいいさ。」
「分かりました、それで良ければ俺の方は問題無いですよ。」
やった!これで彼女の側にいられる理由がはっきり出来た!俺は心の中で喜びに打ち震えた。
「それじゃ、今日の昼休み・・食事を終えたら生徒会室に来てくれるか?詳しい話はそこでするから。あ、そうそう。俺の名前はテオだ。よろしくな、マシュー。」
「はい、よろしくお願いします。テオ先輩。」
これが俺とテオ先輩の出会いだった。
昼休み―
俺は言われた通り、生徒会室へとやってきた。
コンコン
ドアをノックする。すると、すぐにドアが開けられてテオ先輩が顔を覗かせた。
「おお、来てくれたか。それじゃ・・・早速だが・・実はコーヒーが飲みたくてな。話をしながら一緒にカフェに行こう。」
「はあ・・。」
随分マイペースな先輩の様であった。
「え?彼女には話は何も伝わっていないんですか?」
「ああ、そうなんだよ。生徒会長はいつも強引だからなあ・・・困った男だ。」
歩きながら俺とテオ先輩は話をしている。
・・・それにしても驚きだ。まさか護衛騎士の話はまだ彼女の耳にも入っていないなんて。勝手に俺が護衛騎士になったと知ったら・・・彼女はどう思うだろうか?嫌がられたりは・・しないだろうか?
いらぬ心配が頭をよぎる。そんな様子の俺を先輩は気が付いたのか声を掛けて来た。
「まあ、それ程深刻にとらえるなって、全ての責任は生徒会長1人が取る事になっているから、あまりお前は気にする事は無いって・・・。ん?おい、あれを見ろよ!」
不意にテオ先輩が1軒のカフェを指さした。なんと、そこに居たのはジェシカだったのだ。しかも・・・たった1人きりで!
「ふう~ん。1人でいるとは珍しいな。よし、それじゃ俺が先に中へ入って話をしてくるから、お前は怪しい人物が周囲にいなか見張っていてくれるか?」
「はい、いいですよ。」
俺が応えるとテオ先輩はカフェへ入って行った。
店内の様子を見ると、何やら2人は話し込んでいる。そしてテオ先輩が俺の方を見て目配せをした。
よし。
カフェの窓に近寄り、コンコンとノックをした。
それに驚いた様に振り向くジェシカ。彼女は俺を見ると驚いた様に目を見開く。
テオ先輩はその後、一言二言ジェシカに声掛けをしてカフェを出て行く。
程なくして俺の前に現れると言った。
「ほら、ジェシカが待ってる。早く行ってやれ。」
「はい、分かりました。」
そして俺はジェシカの元へ向かった―。
本当は今日はずっとジェシカの側にいたかったが、タイミングの悪い事に今夜は門番を担当する日だった。名残惜しいが教室前でジェシカに別れを告げ、つい愛おしさが募って、ジェシカの頭に手を置いた時・・・
黒髪の学生が俺を物凄い形相で睨み付け、ジェシカをグイッと自分の胸に囲い込んだ。
え・・?一体誰だ。この学生は・・・?初めて見る顔だ。転入生だろうか?しかも珍しい事に黒髪をしている。更に特徴的なのが左右の瞳の色が違う事。
明らかに周囲とは異なる外見をしている。
何だろう・・・。この学生の身に纏う雰囲気は・・何となく魔族を彷彿とさせる佇まいをしているではないか。
「ジェシカに・・何をしていたんだ?」
男は睨み付けながら俺に問いかけて来た。
「ま、待って下さい!ドミニク様。彼は・・・。」
ジェシカは焦りながら男の名前を呼ぶ。そうか、彼はドミニクと言うのか・・・。
「ジェシカには聞いていない。俺はこの男に尋ねているのだ。」
随分喧嘩腰に話をしてくる男だなあ・・・。内心面倒臭いと思いながらも俺がどのような経路でジェシカの護衛騎士になったのか、かいつまんで説明した。
ジェシカが何度も命の危機に晒されて来た事、だから生徒会長の依頼で聖剣士である俺が護衛騎士に選ばれた事を教えてあげた。
すると見る見るうちに目の前の男が顔色を変えていく・・・。
そうか。やはり彼は知らなかったのだな?
だから俺は最後に言った。
本当にジェシカが大事なら彼女から離れない事だね。と―。
4
ジェシカの護衛騎士になった翌朝・・・。とても幸せな事があった。
今、彼女はどうしているだろうか?学生寮を出ながら、ジェシカの事を考えていると突然近くの植え込みがガサガサッと動いた。
え・・?何だ?驚いて足を止めると、何とそこからジェシカが地面を這うように出てきたじゃないか。
「う、うわ?!ジェ、ジェシカ?!こんな所で何をしていたの?!」
これには流石の俺も驚いた。するとジェシカは俺を見上げて、安堵したかのような笑顔を見せると言った。
「マ・・マシュー。良かった・・貴方に会えて・・。もう校舎に向かってしまったと思ったから。」
「え?ジェシカ。ひょっとして俺を待つためにこの中に隠れていたの?」
耳を疑うような言葉。まさかジェシカが俺の事を待っていてくれたなんて・・。
思わず顔がほころびそうになるのを堪えて、冷静に言う。
「うん、そうよ。だって・・・他の人達にマシューを待っている事がバレたら騒ぎになるでしょう?だから・・・。」
本当にジェシカは俺を待っていてくれたんだ!思わず感動していると、何やらジェシカは辺りをキョロキョロ見回している。ん?どうしたというのだろう?すると・・。
「マシュー!私と一緒に来て!」
突然ジェシカは俺の手を握り締めると、何処かへ向かって走って?行く。
え?え?一体何処へ連れて行くつもりなのだろうか・・・?
着いた先は今はもう使われていない旧校舎の中庭。
一体これはどういう状況なのだろう・・・?
俺は今壁に背中を押し付ける形で、ジェシカに追い詰められていた。ジェシカは俺の両脇の壁に手を付けると、至近距離で俺を見上げている。
こ、これは・・・。ジェシカの顔が至近距離にある。流石の俺もいつもの冷静さを保てず、思わず顔が赤らんでしまう。しかし、それを知ってか知らずかジェシカはいつもと変わらぬ様子で門の鍵を手に入れたと告げてきたのだ。
え?聞き間違いか?キョトンとした顔でジェシカを見つめる。
すると俺の反応に焦れたのか、ジェシカが肩から下げていた鞄の中から2本の鍵を出してきた。
「!こ、これは・・・?」
そのカギを見て衝撃を受けた。この2本の鍵からは凄まじい魔力を感じる。
するとジェシカはとんでもない事を告白して来た。
自分には魔法は使えないけれども、眠っている間に強く念じた物を作る事が出来る力を持っており、昨夜門の鍵が欲しいと祈りながら寝たら夢の中にこの鍵が現れ、目覚めたら実際にこの鍵が現れたそうだ。
興奮しまくっているジェシカはさらにグイッと距離を縮めて鍵を俺に見せて来る。
う・・・ち、近すぎる・・・。駄目だ、顔が赤くなってしまう。
するとそれに気づいたのかジェシカが距離を置くと、俺が門番の時に『狭間の世界の鍵』を使わせて欲しいと頭を下げて頼んで来るでは無いか。
これには流石の俺も驚いた。
「え・・ええ~っ!そ、そんな無茶言うなよ。大体、どちらの鍵が狭間の世界の鍵か分かってるの?」
「勿論!」
やけに自信たっぷりに返事をするジェシカだけど・・・本当なのだろうか?
さらに俺の言うことなら何でも聞くからと言って来たので、ある願望が芽生えて来た。
ジェシカと一緒に今度の休暇を過ごしたい・・・!
だから言った。
「それじゃ、今度の休暇の日は俺とデートして貰おうかな?」
辺にジェシカに意識させないように軽いノリで俺はウィンクしながら言ってみた。
でも内心は緊張しまくっていたのは言うまでもない。
しかし、何故かジェシカは考え込んでしまう。
え?やっぱり・・・俺とデートなんて嫌なのだろうか・・・?暗い気持ちになりかけた時に、俺の気持ちとは裏腹な事をジェシカは言って来た。
「私は別に構わないんだけど、他の人達が何て言うか・・・。」
ああ、そうか。ジェシカは彼等に気を使ってるのか。何もそこまで気にする事は無いのに。
だから俺は試しに質問してみた。
「ジェシカは恋人いるの?」
そんな人はいないとすぐに首を振るジェシカ。そうか!やっぱりジェシカには想い人がいないという事だね?だとしたら・・・まだ望みはあるのかな?
よし、ここはジェシカには悪いけど君の人の好い所に付け込ませてもらうよ。
そこで俺は強引にジェシカと約束を取り付けて彼女の気が変わらないうちにと急いでその場を去ろうとすると、何故か制服の端を掴まれ、引き留められる。
「ね、ねえ。ちょっと待って。そ、そんな簡単に約束出来ないよ・・・。」
ジェシカは口籠りながら言う。
「どうして?さっき構わないって言ってくれたじゃ無いか?」
・・・やっぱりまだ決心してくれないのか・・?少し落胆した気持ちになり、つい俺は憧れだったジェシカに嫌みな言い方をしてしまった。
ジェシカはこの学院で女生徒達から人気のある男子学生達に気に入られている女性だからねと・・。
するとジェシカは意外な事を言って来た。私と一緒に出掛けられる口実を考えてくれと。え?それじゃ・・・本当に俺と出掛けるのを前向きに考えてくれてるんだね?
だから俺は冗談めかして言った。
「口実か・・・う~ん・・・口実ねえ・・。あ、それならこれでいいんじゃない?俺達は正式にお付き合いする事になりましたって言うのは。」
照れ隠しに最後に手をポンと打ってみる。
しかしジェシカからは恨みがましい目で見られてしまった。
その後も2人で外出の口実について押し問答していると、ジェシカは俺の腕に抱き付いて来た。
「!」
思わず顔が赤面しそうになるのを必死で堪える。
その時・・・アラン王子達が俺とジェシカの前に現れた。
彼等は寄ってたかって俺とジェシカを責め立てる。アラン王子は今にも怒りで切れそうな一歩手前である。
ははあん・・・。これは思った以上に彼等は重症の様だ。
「ああ・・・成程、こういう訳か。これじゃ確かに困ってしまうよね。」
俺はアラン王子を見て呟いた。
よし、ならば・・・。
俺は指をパチンとならした―。
俺の催眠暗示にかかり、立ち去って行くアラン王子達をジェシカは口をぽかんと開けたまま見送っていた。フフ・・・可愛いなあ。思わず彼女の愛らしい姿を見て笑みが浮かんでしまった。
「あ・・・あの・・マシュー。今のはもしかして・・・。」
「そう、今のが催眠暗示さ。」
俺は当然のように答える。
「だ、だってアラン王子達・・・・まるで私達の姿が見えていない様子だったけど?あれも催眠暗示で出来るものなの?」
「ああ、勿論。だって俺とジェシカの姿が見えていたらまずいだろう?だから俺達の姿は一時的に認識出来なくしたのさ。」
そこまで言って俺は気が付いた。待てよ?催眠暗示か・・・。
これを使えば・・・。だけど、俺が彼ら全員に催眠暗示をかけるのは難しい。それならジェシカ自身に俺の催眠暗示能力を分け与えて、彼女自身から彼等に暗示をかけてあげれば・・・。しかし、あの方法は・・・。
俺はジェシカの唇を見つめた。
だ、駄目だ・・!とても出来そうに無いっ!なら今は自分自身に暗示をかけてしまうしかないっ!心を無にするあの暗示を・・・!
俺は口元で素早く呪文を唱えた。
「どうしたの?マシュー?」
ジェシカが首を傾げて尋ねて来る。・・・よし、呪文が完成した!
俺はジェシカに向き直ると、両肩を掴んだ。
「え?マシュー?」
その次の瞬間、俺は自分の唇をジェシカに強く重ねた―。
てっきりジェシカに抵抗されるのでは無いかと思ったが、彼女は自分の身に起こったことが信じられないのか、無抵抗だ。よし、ならば・・・。
もっと完璧な催眠暗示を彼女に・・・!俺はますます強くジェシカを抱きしめ・・。
数分後・・・・。
「ん・・・・。」
俺は唇を離すと、ジェシカはすっかり放心状態になっていた。
「プハッ!!」
ジェシカが大きく息を吐く。しまった・・・つい、やり過ぎてしまった。
「大丈夫?ジェシカ。」
心配になり俺が声を掛けると・・・。
「な・な・な・・・突然なにするのよ!!」
ジェシカが顔を真っ赤に染めて抗議した。
「い・い・一体どういうつもりなのよ、マシュー!。な、何で突然キスを・・し、しかもあんなキスをしてきたの?!だ、大体私達、そんな雰囲気すら無かったよね?!」
うん、確かにジェシカの言う通りかもしれない。だけど、俺の気持ちは・・。
「あ・・・ごめん。でも事前に話せばジェシカに拒否されそうな予感がしたから・・・。」
でも確かにジェシカからしてみれば恋人でも何でも無い男から激しい口付けをされれば当然怒りたくなるのも無理は無い。
俺は必死で謝った。
何故あのような真似をジェシカにしたのか白状しなければ・・。
ジェシカに俺の催眠暗示の能力を分けた事を説明すると、意外な事にジェシカはすんなりとその事実を受け入れてくれた。
それどころか・・・。
「マシュー。私の為に催眠暗示の力を分けてくれたんだよね?ありがとう。そして・・・怒ってごめんね。」
え?ジェシカ・・・?許してくれるの?強引に君の唇を奪ってしまった俺を・・?
普通だったら引っぱたかれたり、大声で騒がれたり、最悪の場合は退学にされかねない行為だったかもしれないのに・・・?
改めてジェシカの心の広さに感動してしまった。
この瞬間、もうこれ以上俺は自分の感情を押さえる事は不可能だと悟った。
ジェシカ・・・君が好きだ。大好きだよ―。