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※第13章 2 波の音を聞きながら、貴方と2人で過ごす夜

(大人向け内容有ります)

1


「え?まだ戻られていないんですか?」


 学院へ戻った私は男子寮を訪ねてみる事にした。本当はアラン王子達に出くわす危険性が高かったので行きたくは無かったのだが、そうも言っていられない。しかし、幸い誰にも会わずに男子寮まで尋ねられたのに肝心の公爵がいなくては話にならない。

どうしよう、公爵は何処にいるのかな・・・・。溜息をついた時、私はある大事な事を1つ思い出した。

そうだ、確か私には凄い魔法のアイテムがあったはず。探したい物が何処にあるのか教えてくれる魔法の手鏡。いつでもどこでも使えるように私は持ち歩いていた。


 女子寮へ戻ると早速私はドミニク公爵の事を頭に思い浮かべ、強く念じる。

すると・・鏡に映る私がグニャリと消える代わりに、別の映像が映し出される。


「え・・・?」

私はその映像を観て息を飲んだ。鏡の中には公爵と・・・ソフィーが一緒に映っていた。ソフィーは公爵の腕に絡みついて、必死で何かを語りかけているが公爵はそれを迷惑そうにしている。一体ここは何処なのだろう・・・?

すると2人の画像が一瞬消えて、代わりに建物が映し出された。あれ・・この建物はひょっとすると・・・。

その場所には見覚えがある。そう、そこは私が最初に公爵に待っていて欲しいとお願いしたセント・レイズシティの図書館であった。


「公爵・・・私との約束守ってくれていたんだ・・・。」

すぐに図書館へ向かわなくては!私は再び上着を羽織ると、セント・レイズシティへと向かった。

しかし、私はすっかり忘れていた。私がソフィーから狙われているという事を。なるべく1人きりにならないようにと念を押されていたという事を・・・。


 門を潜り抜け、再びセント・レイズシティへ戻った私は図書館目指して歩いてた。

図書館へ行く為に町の中心部の広い大通りを歩いていると、不意に路地から3人の若者が現れて私の前に立ち塞がった。

え?何?


見上げると、その内の1人が私を見てニヤリと笑うと言った。


「お前・・ジェシカ・リッジウェイだな?」


「は、はい・・・。」

何だろう?すごく嫌な感じがする。思わず背筋に冷たいものが走る。


「何処へ向かってるんだ?」


別の男が話しかけて来るが、私は返事をしなかった。


「へえ~・・・。無視か?まあ、いい。」


突然男が私の右腕を強く握りしめるとグイッと自分の方へ引き寄せた。


「!」


気が付くと私は男の右腕に抱えあげられてしまった。こ、怖いっ!

「離してっ!」


「うるせえっ!喚くな!」


男に怒鳴りつけられる。


「お前を痛い目に遭わせてやれって命令されてるのさ。恨むなら命令した奴を恨んでくれよ。」


 男達は口々に笑い合うと、私を抱え上げたまま歩き出した。一体何処へ連れて行かれると言うのだろう?恐怖で言葉も出てこない。


その時・・・


「おい、お前達。ジェシカを何処へ連れて行こうというのだ?」


突然聞き覚えのある声が聞こえて来た。え?もしやその声は・・・?

顔を上げると、目の前に立っていたのは公爵であった。

「ド、ドミニク様?!」

嘘?本当に?

だってさっき見たマジックアイテムにはソフィーと一緒に居る姿が映し出されていたのに・・・・?


「な、何だ?貴様は!」

「くそっ・・・邪魔が入ったか。」

「どうでもいい、相手は1人だ!やるぞっ!!」


私を抱えていた男は乱暴に私を離したので、地面に投げ飛ばされてしまった。


「キャアッ!」

地面に倒れ込み、したたかに身体を強く打ち付けてしまった。い、痛い・・・。


「ジェシカッ!!」


公爵の焦る声が聞こえた。


「余所見してる場合かよっ?!」


1人の男が素早くパンチを繰り出すが、それを軽々と右手で受け止める公爵。


「な?何っ?!」


信じられないと言わんばかりの男の声。公爵はそのまま男の腕を強く握りしめると・・。


「ギャアアアアッ!!」


男の身体から電気が飛散った。どうやら公爵は男に電流の攻撃をしたようだ。

そのまま物言わず地面に倒れ込む男。


「貴様っ!」


「よくもやってくれたな?!」


残りの2人が同時に公爵に襲い掛かるが、一瞬で公爵の身体が消える。


「な?何?」


「き、消えた?!」


男2人は突然消えた公爵の姿をキョロキョロ探すがどこにも見当たらない。


「後ろだ。」


突然再び姿を現した公爵は男2人の背後を取ったと思った次の瞬間―。

男2人の首筋に手刀を叩き込む。


「「・・・。」」


 そのまま崩れ落ちる2人。一瞬で勝負がついてしまった。私はあまりの公爵の強さに息を飲んで見つめていた。

まさか、魔法も使わず公爵がここまで強かったとは夢にも思っていなかった。しかし、それと同時に私の心に不安がよぎる。

もし、公爵と戦った場合・・・マシューは無事で済むのだろうか・・?


「大丈夫だったか?・・・いや、大丈夫なはず・・・ないな。」


公爵はまだ地面に座り込んだままの私に近寄ると、私の前にしゃがんで見つめて来た。


「ドミニク様・・・。な、何故ここに・・・?」

こ・怖かった・・・。

言いながらも私の身体は震えが止まらない。今頃になって先程誘拐されかけた恐怖が蘇って来たようだ。公爵から視線を逸らした時、突然公爵に強く抱きしめられた。


「すまなかった、ジェシカッ!」


「ド、ドミニク様?」


「あの聖剣士にあれ程言われていたのに・・・お前がソフィーに何度も危険な目に遭わされているから、目を離すなと言われていたのに・・・!それを、よりにもよってあんな女の暗示にかかり、お前の事も傷つけ、しかも今だって・・・!」


私を抱きしめている公爵の身体が震えている。もしかして・・・公爵も怖かったのだろうか?


「ドミニク様・・・思い出したのですか・・?」


「ああ、ついさっき・・。ジェシカを待つために図書館へ向かったら何故かあの女がそこにいたんだ。そして・・・あろうことか、再度俺を誘惑して来た・・・。そこで俺が断りを入れたら、あの女が言ったんだ。自分につれない態度を取れば、お前がどうなっても知らないぞと。その言葉でようやく今迄の事を思い出したんだ。」


「そ、そうだったんですね・・・。良かった・・。」

私は立ち上がろうとしたが、腰が抜けてしまったのか立つことが出来なかった。


「大丈夫か?ジェシカ。」


公爵が心配そうに言う。


「あ・・・安心したら・・こ、腰が抜けてしまったようで・・・。」

思わず照れ笑いをすると、公爵が突然私を抱き上げた。


「ド、ドミニク様?!な、何を?」


焦る私に公爵が言った。


「歩けないのだろう?何処かで・・・休むか。」


「ま、待って下さい!こ、この恰好で町を歩かれたら・・流石に、は・恥ずかしいのですが・・!」

私は顔を両手で押さえながら言った。


「あ、ああそうか。すまなかった。なら転移魔法で移動しよう。」


言うが早いか、目の前の景色が一瞬で消えたかと思うと・・次に現れた景色は先程の港のベンチだった。


「ドミニク様・・・ここは・・。」


「ああ、先程の場所だ。・・・この場所が・・気にいったんだ・・。」


じっと海を見つめながら公爵は言った。


「そうですか、それなら良かったです。」


そのまま暫く私達は港の海を眺めていると、不意に公爵が言った。


「ジェシカ、お腹が空かないか?」


「言われてみればそうですね。もうとっくにお昼時間を過ぎていますし。」

自分の腕時計を見ながら言った。時刻はもうすぐ15時になろうとしている。


「もう・・歩けそうか?」


公爵が私の顔を覗き込んできた。

「はい、もう大丈夫です。歩けます。」


「そうか・・・なら、遅い昼になってしまうが、今から食事に行かないか?海を見ていたらシーフード料理が食べたくなってしまって・・・。」


コホンと咳払いしながら少し恥ずかし気に言う公爵。私はそれを見てクスリと笑うと言った。

「いいですね。それでは一緒にシーフード料理店に行きましょう。」



 その後、私達は港近くのシーフード店に入り、私はシーフードパスタ、公爵は魚介のプレート料理を頼み、2人で海を眺めながら遅めのランチを食べた。



 食事が終わると、公爵に夕日が海に沈んでいくのを是非見て見たいと言われたので、再び私達は港へ戻り二人で並んでベンチに座り、太陽に海が沈んでいく様子をじっと見つめていた。

 

 公爵は子供の様に目を輝かせてその様子を真剣に見ている。私はそんな公爵の横顔を見つめ、思った。


 恐らく、今日が公爵と過ごす最初で最後の休暇になるのだろうと―。





2


 夕日が完全に海に沈み、徐々に星が空に輝き始めた頃・・・公爵が口を開いた。


「ジェシカ・・・今度の休暇も俺と一緒に過ごしてくれるか?」


 じっと私を見つめながら問いかけて来る。

今度の休暇・・・・。恐らくその日は私に訪れる事は無い。だって後3日後には魔界の門へ向かうのだから。

ここで、はい分かりましたと伝える事は簡単だ。けれど・・・私は公爵に嘘をつきたくは無かった。

どうしよう、何と答えれば良いのか・・・。思わず返事に窮していると公爵は悲し気に睫毛を伏せた。


「そうか・・・。俺と過ごすのは・・・嫌なのか・・。」


酷く傷ついたようなその言い方に私は強く否定した。

「い、嫌ではありません!」


「だったら、何故返事をくれないんだ?他に・・誰かと約束でもしているのか?例えばアラン王子とか・・・。」


「?何故そこでアラン王子が出てくるのですか?」


「それは・・ジェシカがアラン王子とセント・レイズシティに来たことがある話をしていたからだ。」


「私は別にアラン王子とは何の約束もしておりませんが?」


「だとしたら、あの男か?お前の聖剣士になったと言う・・・。」


そこで一瞬私はピクリと反応してしまった。


「そうか・・・。やはりあの聖剣士と・・・。」


「ち、違います!マシューと私は・・・公爵が考えているような間柄ではありません。た、ただ私は・・もう・・。」

もうその頃には魔界へ行っているのです。この言葉を公爵に伝えられなたら、どんなに良かったか・・・。


「・・・俺では駄目なのか?」


公爵が絞り出すような声を出した。


「え?」


「俺では・・・ジェシカの・・お前だけの聖剣士になれないのか?明日、俺は正式に聖剣士になる事が決定した。だから、俺があの男の代わりにお前の聖剣士に・・。」


公爵は私の右手をギュッと握りしめながら言った。


「・・・・。」

公爵は何故そのような事を言うのだろう?どうして私を苦しめるような事を・・。

今の私には何も答える事が出来ない。


「すまない、俺は今ジェシカを・・・困らせているな。悪かった。」


公爵は私の握っていた手を離し、星空を仰ぎ見ながら言った。


「ジェシカ・・・俺はあの女に暗示をかけられて、お前に酷い態度を取ってしまった。一時は解けた暗示だと思っていたが・・・。ソフィーが今日再び俺の前に現れた時、不覚にも俺は再度あの女の暗示にかけられそうになっていたんだ。ただ、あの女が自分からジェシカの名前を出した時、俺の意識が正気に戻ったのだが・・。俺はどうやらまだあの女の暗示から完全には解放されていない様だ。だから・・やはりジェシカの傍にはいない方が良いのかもしれない。いつまた暗示にかかってお前の事を再び傷つけてしまいかねないからな。」


そして俯き、頭を両手で押さえつけながら苦し気俯く公爵。


「ドミニク様・・・。」

同じだ。アラン王子と公爵は。以前私と初めてサロンへお酒を飲みに行ったあの日、アラン王子も苦しんでいた。私に助けを求めていた。私がまだこの世界にいる間に何とかして・・・助けてあげたい。

「ドミニク様、私に・・・何か出来る事はありますか?」


「出来る・・・事?」


公爵は顔を上げた。


「はい、ドミニク様の力になりたいので私に出来る事ならどんな事でもいいですよ?」

公爵の手に触れながら私は言った。すると公爵は一瞬泣きそうな顔になり・・・次の瞬間、私を強く抱きしめて来た。

私の髪の毛に自分の顔を埋めた公爵はくぐもった声で言った。


「・・に・・しないでくれ・・・。」


「え?」


「せめて・・・どうか今夜だけでも・・・1人にしないで・・俺の側に・・いてくれないか・・?」


 あの公爵が小さな子供の様に縋っている。まるで泣いているかのように・・。ひょっとすると・・・公爵は何か気付いているのだろうか?私がもうすぐこの学院からいなくなる事に・・・。


「いいですよ。ドミニク様。」


「え?」


公爵は私の顔を見つめた。


「今夜一晩ドミニク様の側にいます。1人にはしません。だから・・・泣かないで下さい。」


「え?俺が・・泣いて・・?」


「ご自分で気が付いていなかったのですか?」


私は公爵の頬に触れた。そこには涙で濡れた後があった。


「ジェ・・・ジェシカ・・・。」


公爵再び私を強く抱きしめると、肩を震わせて泣き続けた。私は黙って、子供をあやす様に公爵の背中を撫で続けた・・。


ひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻した公爵は照れたように言った。


「ジェシカ、俺は何処か海の見える・・・部屋に泊まりたい。」


「海の見えるお部屋ですか?それはいいですね。波の音を聞きながら眠るのはとても良い夢が見れそうですしね。」



 

 そして私達は港のすぐ側にある宿屋を見つけ、今夜はこの部屋で2人で一緒に過ごす事にした。


ベッドが2つ置いてあるシンプルな部屋。公爵家の跡取りとして生活して来た公爵には少々物足りない部屋なのかもしれないが・・。海のすぐそばにある宿屋はここだけしか無かったのだ。



 部屋に入ると私は窓を開けた。途端に潮風と波の音が聞こえて来る。


「ドミニク様、ほら。見てください。灯台の明かりが照らしているのが見えて、とても綺麗な夜景ですよ。」


しかし、公爵は何故か中々部屋へ入ろうとしない。


「ドミニク様・・・?どうされたのですか?」


「あ、ああ。な・何でも無い。」


頬を薄っすら赤く染めた公爵が部屋の中へ入って来ると私の隣にやってきて一緒に窓の外を覗いた。


「夜の海・・・見るのは初めてだ・・・・。」


ポツリと呟く公爵。夜空には日本では見る事も出来ない様な大きな満月が浮かび、海を銀色に光らせている。打ち寄せて来る波の音は心地が良かった。


「ドミニク様、波の音を聞きながら月を眺めて一緒にお酒でも飲みませんか?」


先程この宿屋に来る前に2人で立ち寄ったお店で買った果実酒をグラスに注ぎながら私は言った。


「月を眺めて・・・?」


不思議そうに首を傾げる公爵。


「はい、私の知ってる文化のお話なのですが、ある国では秋には月を見ながらの月見酒、春にはお花を見ながら花見酒、冬には雪を見ながら雪見酒を飲むと言う風習があるんですよ。」

日本の文化のうんちくを公爵に語る私。


「面白いな・・・でも中々風情があっていいな。」


公爵は私が注いだグラスを手に取ると言った。


「ではテーブルと椅子を窓際に移動してお酒を頂きませんか?」


「ああ、そうだな。」


 そして私達は波の音をBGMに、大きな月を見ながらお酒を飲むことにした。公爵は穏やかな顔でお酒を飲んでいる。その姿を見つめながら私は思った。

今はこうして二人でお酒を飲む仲ではあるけれども・・・いずれ公爵は私の事を憎悪を込めた目で睨み付けてくる日がやってくるだろう。・・その時私は現実を受け入れる事ができるのだろうか・・?

そんな私の視線に公爵が気付いたのか、声をかけてきた。


「どうしたんだ?ジェシカ。さっきから俺の顔を見ているが・・・。」


「い、いえ。何でもありません。ただ・・ドミニク様の黒髪が星空に良く似合ってると思ったので・・。」


咄嗟に胡麻化すように言うと、公爵は一瞬身体を強張らた。


「ドミニク様・・・?」


「足りないんだ・・・。」


公爵が下を向いて小声で言った。


「足りない・・・?」

何が足りないと言うのだろう?


「ただ・・・側にいるだけじゃ足りない。俺は・・ジェシカに・・もっと触れたい・・・。時折、目を閉じるとソフィーの声が頭の中で聞こえて来るんだ。ジェシカ、お前を憎めと訴えて来る・・・。だけどジェシカの姿を・・声を聞いていると、あの女の忌まわしい声が遠ざかっていくのだ。だから・・・。」


「ドミニク様・・・。」


熱のこもった目で私を見つめて来る公爵。でも・・・頭の中で私はこうなる事は分かっていたのかもしれない。アラン王子がソフィーからの呪縛を解いた様に、公爵の呪縛を解くには私が・・・。


「ドミニク様・・・。


私はそっと公爵の胸に身体を預けた。


「ジェシカ・・・ッ!」


 公爵は瞳を震わせ、次の瞬間私を強く抱きしめて来ると、深く口付けてきた。



そしてこの日の夜・・・波の音を聞きながら・・途切れ途切れに愛していると囁かれながら公爵に抱かれた。



公爵の腕の中で私は祈った。どうか、お願い。公爵にかけられたソフィーの呪縛が解けますように―。

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