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第12章 2 卑怯な手段

1


「ド、ドミニク様・・・。」

私は慌てた。今まで泣きそうになった公爵は何度も目にしてきた。なのに・・・今、公爵は涙を流して俯いている。一体何故?私はそんなにも公爵を傷付けるような事を言ってしまったのだろうか・・・?


私は慌ててソファから起き上がると、公爵に声をかけた。

「どうされたのですか?ドミニク様。何故泣いていらっしゃるのですか?」


「ジェシカ・・・。」


公爵は俯き、嗚咽を堪えながら言った。


「お、俺は・・・なんて真似を・・・。あれ程催眠暗示については熟知していて・・気を付けていたはずなのに・・・。よ、よりにもよってあの女の策略にはまり、挙句にジェシカの眼前で、そ・・そんな恥ずべき行為を・・・!」


「ドミニク様・・。」


「いくら操られていたとは言え、あんな女と・・・俺は最低な男だ・・・!」


そう言うと、公爵はポロポロ涙をこぼしながら私の方を向いた。


「ジェシカ・・・許してくれ・・・。俺はお前を傷つけようとしてきたあの女を・・・。もう俺はお前の傍にいる資格は無い・・・。本当に、すまなかった。」


公爵は私に深々と頭を下げた。

「そ、そんな・・!や、やめて下さい!ドミニク様のせいではありません。だって、あのアラン王子だって何度も何度もソフィーさんの暗示にかけられていたのですよ?何もドミニク様だけが特別だとは思っていませんから。」

慌てて言う。こんな傷付いた状態の公爵を放って置くなんて私には出来ない。


「ジェシカ・・・。」


公爵は私の名を呼び、そっと手に触れようとして・・・慌てたように手を引っ込めた。


「お、俺は・・もうジェシカに触れる資格すら無い・・。すまなかった。こんな・・・俺の部屋にお前を連れて来てしまって・・・。」


公爵はフイと顔を背けると言った。


「ジェシカ・・・こんな俺を軽蔑するだろう?俺はもうお前には近付かない。今後はただのクラスメイトとして接する事にしよう。そして、なんとかソフィーの暗示を解く方法を自分なりに探してみる。あんな女の暗示など・・考えるだけでおぞましい。アラン王子だって何度も暗示にかけられていたのに、今は解けているようだしな。明日にでも・・・アラン王子に方法を尋ねてみる事にするよ。」


公爵はいつの間に、泣き止んでいたのか寂しげに微笑むと言った。


「ドミニク様・・・。」

本当に?ソフィーの暗示を解く方法を探せるのだろうか?私に公爵を手助け出来る力があれば・・・。そこまで考えた時、一つの記憶が蘇って来た。あれは・・いつの記憶だっただろうか・・・?


 私は必死で記憶の糸を手繰り寄せた。

あれは・・・そうだ。雪祭りのパレードがあったあの日。ソフィーを含め、アラン王子達とエマ達との攻防戦?が行われた日の夜の事・・。私はアラン王子と2人で初めてサロンへお酒を飲みに行った。そこで飲みなれないスパークリングワインのせいで、私はかなり酔いが回っていたっけ・・・。その時、隣に座っていたアラン王子が自分を助けて欲しいと訴えてきたのは何となく覚えている。


 あの時、私は何と答えた?そこから先の記憶は全く無いのだが・・・。

でも翌朝目が覚めた時、私はベッドに寝ていて隣にはアラン王子がいた・・・。

そう、あの時私は・・・アラン王子と関係を持ってしまった。思えばあの時からでは無かっただろうか?アラン王子がソフィーと一緒に居る事が無くなったのは。そう言えばあの時サロンで何か私に語りかけていた気がする。私ならきっと自分にかけられた呪縛を解けるはずと言っていたような・・・?ひょっとすると、アラン王子がソフィーからの暗示を解く事が出来たのは・・・!


 私は顔が青ざめてしまった。さっき公爵はアラン王子にどうやってソフィーから受けた暗示を解いたか尋ねてみると言っていたけれども・・・。

「ま、待って下さい!ドミニク様!」

公爵の服の裾を掴んで私は必死で言った。

「あ、あの!どうかアラン王子にどうやって暗示を解いたかの方法は尋ねないで下さい、お願いします!」


「ジェシカ・・・何故だ?」


不思議そうな顔をする公爵。でもそれは無理も無いだろう。だけど・・・!公爵には私とアラン王子の関係を知られたくない・・・。いや、知られる訳にはいかない!


「あ、あの!ドミニク様をソフィーさんの暗示から解く方法を私なりに探してみますから・・・どうか、アラン王子には尋ねないで下さい!」


「ジェシカ・・・。」


「わ、私はドミニク様の事を軽蔑なんてしていませんから!2人で一緒にソフィーさんからの暗示を解く方法を探していきませんか?」

私は必死で公爵に縋りついた。


「ジェシカ・・・本当にいいのか?ソフィーとあんな事になってしまった俺を・・許してくれるのか?」


公爵は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。


「はい、許すも何も・・・私は初めからドミニク様の事を怒ったりしていませんから。それに恐らくアラン王子だってきっと過去にソフィーさんと・・・。」

そこまで言って私は慌てて口を噤む。これ以上何か話せば、ボロが出てしまいそうだ。


「ありがとう、ジェシカ。」


改めて公爵は私に礼を言うと言った。


「分かった。・・・そろそろお前を部屋へ送り届けようか?」


公爵は私の肩をグッと引き寄せると一瞬で女子寮の私の部屋へと飛んだ。


「それじゃ、お休み。ジェシカ。」


「はい、お休みなさい。ドミニク様。」

私はお辞儀をすると公爵はフッと笑い、次の瞬間姿を消していた。


「ふう・・・・。」

私はため息をつくと、ベッドの上に座った。疲れた・・・。

そのままゴロンとベッドに横になり天井を眺める。


「それにしてもソフィーからの暗示を解く方法・・・公爵に身をゆだねなくても何か他に暗示を解く方法は無いかな・・・。」

 

 別に私は最悪、他に暗示を解く方法が見つからないのであれば・・・アラン王子の時のように公爵と関係を持っても構わないと思っている。それでソフィーの暗示が解け、私も夢で見たように公爵に処刑を言い渡されないのであれば・・・しかし、アラン王子と公爵とでは性格が全く違い過ぎる。公爵はとても生真面目な男性だ。公爵の気持ちに応える事が出来ないのに、そのような行為をしてはあまりに不誠実で、彼を深く傷つけてしまうのでは無いかと思うと、とても言い出す事は出来なかったし、やはり幾ら何でも私の口から私と男女の関係になれば暗示を解けますよ。等と言える程の精神の持ち主では無い。


 けれども公爵が暗示にかかったままだと、私は非常に困った立場に追いやられてしまうのは確かだ。


「私が魔界へ行くまでの間に、何とか公爵の暗示を解除しておかなくちゃ・・。」


う~ん・・・どうしたものか・・。

「やっぱりマシューに相談した方がいいのかも・・・。」

思わず口をついて出ていた。

私は実際の所、ソフィーの暗示能力がどれ程凄いのかよく分からないが、恐らく実力はマシューの方が上では無いかと思っている。何せ指を1回、パチンと鳴らすだけで瞬時にアラン王子達を暗示にかけてしまったのだから。挙句に私とマシューの姿を認識する事が出来なくなるような暗示まで同時にかけるなんて普通の人には出来っこない。


「うん、そうだ。ここはマシューに相談するのが一番だね。」


そう思うと、急に心が楽になってきた。そうと決まれば明日早速マシューに会いに行って来よう。そしてソフィーによってかけられた公爵の暗示を解く方法を教えて貰うのだ。

もう体調もすっかり良いし、きっと明日は授業に出る事が出来るはず。


「よし、今夜は明日の為にもう寝る事にしよう。」


私は部屋の明かりを消すと布団に潜り込んだ。


待っていて下さい、公爵。

必ず貴方の暗示を解く方法を見つけるから―。





2


「お早うございます。昨日は色々お世話になりました。」

朝起きてすぐに私は寮母室へ行き、挨拶をした。


「まあ、リッジウェイさん。具合はもう大丈夫なのですか?」


寮母が部屋から出て来ると少しだけ驚いた様子で私を見た。


「はい、お陰様ですっかり。本当にありがとうございました。」


「い、いえ。いいんですよ。これも・・・仕事の内ですから。」


寮母は少し照れたように言った。うん、この人は一見冷たそうに見える雰囲気を持っているけれども、本当はすごく優しい人に違いない。

私は再度寮母にお辞儀をすると、朝食を取りにホールへ向かった。


 ホールには既にエマ達が座っており、私の姿を見ると驚いて駆け寄り、皆が口々に体調はもう大丈夫なのかと尋ねて来たので、私は笑顔ですっかり元気になった事を伝えると、皆がほっとした様子で、喜んでくれた。

私がエマに食事を持って来てもらったお礼を伝えると、彼女は笑顔で答えた。


「そんなの、当然じゃ無いですか。だって私達、親友同士ですよね?」


と―。

ねえ、エマ。私がもうすぐ魔界へ行くために門を開けると言ったら、貴女はどんな顔をする・・・?何故か私は彼女に尋ねてみたくなったが・・・言葉を飲みこむのだった・・・。


 登校時間&―。

私はマシューを待つ為に今回も男子寮付近の植え込みの中に隠れていた。

マシュー・・・。早く来ないかな・・・。


じりじり焦る気持ちで待っていると、1人の女生徒が男子寮へ向かってやって来る。遠目からもはっきり分かるストロベリーブロンドの特徴のある髪色の女生徒は・・やはりソフィーであった。彼女はとりまきを連れずに、1人で男子寮の前にやって来ると、まるで誰かを待つかのようにじっとその場に立っている。私はマシューに気を配りつつ、ソフィーの事も注視していた。

 やがて他の学生達に混じって公爵が出て来ると、案の定ソフィーは頬を染めて駆け寄っていく。しかし公爵は露骨に嫌そうな表情を浮かべて素っ気ない素振りでソフィーを追い払おうとしているが・・・次の瞬間。突然糸の切れた操り人形のようにガクリとなると、やがて・・まるでソフィーの事を恋人でも見るかのような愛おし気な目で見つめて微笑んだ。


「え・・・?」

一瞬で公爵の態度が一変した姿を見て私は背筋がぞっとした。そのまま固唾を飲んで見守っていると、公爵は次の瞬間自分の腕にソフィーの腕を絡ませた。


「!」


公爵がソフィーに操られているのは分かっていたのだが、いざ2人の仲睦まじげな様子を見ると、胸がズキリと痛んだ。まるであの時見た夢の前兆を見せられているかのような錯覚に陥ってしまう。

2人は周りの目も気にせずにぴったりと寄り添い合って校舎へ向かって歩いて行く姿を、私はただ空しい気持ちで見守るしか出来なかった。


気を取り直して、引き続き男子寮を見守っているとマシューが現れた。


「マシューッ!」

私は木の茂みから飛び出すと、マシューは一瞬驚いた表情を見せたが次に明るい笑みを浮かべて言った。


「やあ、おはよう。ジェシカ。何?朝からこんな所でかくれんぼでもしていたのかな?」


「マシュー。からかわないで。貴方を待っていた事位分かっているでしょう?」

私は頬を膨らませて言うと、すぐにマシューの手を引いて歩き出す。


「お、おい?ジェシカ。何処へ行くんだい?」


焦るマシューに私は答えた。


「決まってるじゃない、教室に行くのよ。まだ授業が始まるまで時間があるでしょ?マシュー。貴方の教室で少しお話がしたいのよ。どうしてもお願いしたい事があって。」

そう、私のいるA組はマリウスはおろか、アラン王子にグレイ、ルーク、それに公爵がいるからうかつに2人きりで話す事が出来ない。

けれどマシューのいるB組は幸い誰も知り合いがいないので、私にとって都合が良いはずだったのだが・・・・。



「ねえ・・・・何で私達、こんなに皆から注目されているの?」


マシューの席の隣は空席になっていたので、私達は隣り合わせに座っていたのだが、何故か彼のクラスメイトが私達をじっと凝視して、時折ヒソヒソと何か話をしている。


「そんなのは当然じゃ無いか。ジェシカ、君がここにいるからだよ。」


「え?何で私がここにいるからって・・・あ、そうか。違うクラスの生徒がいるから皆見ているんだね?」

マシューに言うと、彼は溜息をついた。


「ジェシカ・・・君は自分の事を何も理解していないんだね。自分がこの学院でどれだけ有名人なのか分かってる?」


「え?私が有名人?嘘でしょう?」


すると驚いたのはマシューの方だ。


「もしかして・・・ジェシカ、君本気でそんな事言ってるの?信じられないよ・・・。分かった、それじゃこの際はっきり教えてあげるよ。ジェシカ、君の事は全学年で知らない人がいない位有名人なんだよ?」


「ま、まさか・・。」


「それはそうさ。絶世の美女にして、この学院の女生徒達の憧れの的である男性達から一斉に好意を寄せられ、それでも誰にもなびかない高根の花・・ジェシカ・リッジウェイ。それが、君さ。」


マシューは私を見つめながら言った。

「あははは・・冗談ばっかり。」

笑いながら手をヒラヒラさせるが、マシューの顔つきは至って真面目だ。


「そう思うなら、周りを見てごらんよ。ほら、このクラスの男子学生は皆君に見惚れているか、俺の事を凄い目で睨み付けている奴等ばかりだから。」


マシューに言われ、チラリとB組の男子学生達を見ると、確かに私を熱のこもった目で見つめる学生やら、時にはギラギラ光る眼でマシューを睨んでいる学生もいる。


「俺はね、聖剣士であるけれども魔族と人間のハーフだって事で、クラスメイトからはあまり良い目で見られていないんだよ。」


「え・・・?」


マシューの意外な台詞に私は言葉を無くした。


「まあ、それはそうだよね。皆魔族と言ったら恐ろしい姿をした魔物のイメージしか持っていないから。中には人間と大して差が無い姿をした魔族がいるって事も知られていないから仕方ないさ。」


「・・・ごめんなさい、マシュー。私のせいで・・・今すごく迷惑をかけているかも・・。」

俯いてマシューに謝罪した。


「そんな事気にする必要は無いって。それにクラスメイトから憧れのジェシカ・リッジウェイと親し気に話せる俺を羨望の眼差しで見てくる視線も悪くは無いし。」


マシューは明るい声で言った。


「マシュー・・・。私・・・」


「それより、ジェシカ。俺に何か用事があるんだろう?そろそろ授業も始まるし、要件を教えてくれないかな?」


「あ・・・そうなの!ねえ、マシュー。強い催眠暗示にかけられた相手を正気に戻すには・・。催眠暗示から解いてあげる方法、何か知らない。」


「え?誰が催眠暗示にかかっているの?」


「その人は・・・私と同じクラスのドミニク・テレステオ公爵。暗示をかけたのは準男爵家のソフィー・ローランと言う女性なんだけど・・」


「ああ、君の命を何度も狙って来た彼女だね。そうか。君の大切な男性がソフィーに奪われてしまったんだね。」


とんでもないことを言うマシュー。


「ねえ、その大切な男性っていう言い方は少し語弊があるんだけど」

ジロリと恨めしそうな目でマシューを見る。


「え?違うのかい。」


「確かに大切って言えば大切だけど・・・でも、それは異性として大切って訳じゃないからね?!」


するとマシューは私を意味深な目で見つめながら言った。


「ふ~ん・・・。やっぱり噂は本当だったんだね。君が決して特定の男性になびかないって話は。」


「だ、だって私は・・・・。」


思わず言葉に詰まってしまう。


「まあいいさ。その話は別に俺には関係無いしね。それじゃ、彼がどんな暗示をかけられているか知りたいから、昼休みにでも彼に会いにそっちのクラスに行くから引き留めておいてくれるかな?」


「うん、分かったわ。」


こうして私達は約束を交わした。

どうか、マシューが公爵の暗示を解く方法を見つけられますように・・・。




3


1時限目の授業開始すれすれに教室に入った私は隣の席の公爵に挨拶した。

「おはようございます、ドミニク様。」

すると公爵は今迄見た事も無いような軽蔑した目で私を見ると言った。


「何故お前は俺をファーストネームで呼ぶ?俺はお前にそのように呼ばれるような仲では無いぞ?」


え?

ゾクリ。

背筋に冷たいものが走る。一体・・・公爵は何を言っているのだろう?昨日の今日でここまで態度が変貌するなんて信じられない。しかし、今朝公爵がソフィーに会った時に突然人が変わったようになった姿を私は目の当たりにしている。

もう・・完全に公爵はソフィーの虜にされてしまったのだろうか?

私がいつまでも見つめていたからだろうか?明らかに不快感をあらわにした公爵が言った。


「おい、リッジウェイ。お前いつまで俺の事を見ているつもりだ?」


リッジウェイ・・・。今、公爵は私の事をそう呼んだ。

「も、申し訳ございませんでした。テレステオ公爵様。」

急いで頭を下げると公爵は短く舌打ちし、後は私に全く興味を無くした様子で頬杖を付き、教壇の方を見ている。

私はそんな公爵の様子をチラリと見ると小さくため息をつき、授業の準備を始めた・・。



 1時限目の授業の内容は全く頭に入ってこなかった。最も私はこの学院の授業を聞かずとも全て理解出来ているので問題は無いのだが、隣に座っている公爵から絶えず威嚇されているような気分で落ち着かなかった。

2時限目と3時限目は男女、それぞれ別の教室での授業だったのは本当にラッキーだった。


 そして3時限目の終了時・・・。

公爵はさっさと片づけを始めると席を立とうとする。ソフィーと待ち合わせでもしているのだろうか?


「あ、あの!テレステオ公爵様。少しお時間を頂けないでしょうか?」

私は勇気を振り絞って公爵に声をかけた。すると、公爵はまるで汚らしい物を見るかのような眼つきで私を見ると言った。


「何故、俺がお前ごときに時間を割いてやらなければならないのだ?」


それはあまりにも冷淡な言い方だった。


「・・・っ!」

私はショックで言葉を失い、下を向いたその時・・・。


「おい!貴様・・・ジェシカに対して何て口を叩くんだっ!」


え?思わず顔を上げると、そこに立っていたのは怒りで顔を真っ赤にしたアラン王子が公爵の襟首を掴んで睨み付けているではないか。



「ア、アラン王子・・・。」


「貴様・・・ジェシカに謝れ!」


アラン王子は今にも殴りつけんばかりの勢いで公爵の襟首を掴んで離さない。


「フン。誰かと思えばこの女に腑抜けにされた間抜けな王子か。お前も哀れな男だな。こんな女にうまい具合に騙されて。さては色仕掛けでもされたか?」


公爵はアラン王子を小馬鹿にしたような顔つきで言う。



「何だと?」


アラン王子に殺気が宿る。


「テレステオ公爵。幾ら身分が高い貴方でも我らの王子に対してその口の利き方は如何なものかと思いますが?」


いつの間にそこに居たのか、グレイが険しい目つきで公爵を睨み付けている。


「ああ、同感だ。王族に対して無礼過ぎるぞ。」


ルークも公爵から目を離さない。


バシンッ!

そこへいきなり魔法弾が公爵目掛けて飛んできた。しかし、それに気づいた公爵が素早く手で弾き返し、遠くの壁に当たった魔法弾は派手な音を立ててはじけ飛んだ。


一斉に教室で巻き起こる悲鳴。

え?だ、誰よ?!こんな教室で魔法弾を放つなん・・・・て・・・。

私はそこで固まった。

「マ、マリウス・・・。」

ああ、やはり教室で魔法弾を放ったのは私の下僕であり、狂犬のようなマリウスだった。


「おい!マリウス!教室で魔法弾をいきなり撃つな!」


危うくぶつかりそうになったアラン王子が抗議の声を上げるが、マリウスの耳には全く届いていない様だった。


「公爵・・・・。よくも私の大切なお嬢様を愚弄しましたね・・・。覚悟はよろしいですか・・・?」


マリウスは公爵を射殺さんばかりの視線で睨み付けている。


「ほう・・・。ここにもリッジウェイの妖力にかどわかされた哀れな男がいたのか・・・?」


公爵は口角を上げて面白そうに言う。

え?妖力?かどわかすって・・・それはあまりの言い方では無いか?公爵はそこまでソフィーに心を囚われてしまったのだろうか・・・?

私は教室を見渡した。他の学生達は魔法弾に驚いて全員逃げ出してしまったようだし、肝心のマシューはまだ来ない。


「お、お願いです・・・。私は何とも思っていませんから、どうか・・もう喧嘩はやめて頂けませんか・・・?マリウス、貴方も落ち着いて・・ね?」

私は必死でその場に居た全員に懇願した。


「落ち着く?お嬢様、何を言っておられるのですか?私の最愛のお嬢様をここまで酷い扱いをするこの男を放って置けるはず無いではありませんか?」


「そうだ、マリウスの言う通りだ。お前・・・以前の俺と同様、あの女に暗示にかけられたな?・・・哀れな男だ。」


アラン王子は公爵を指さすと言った。

あ、そうか。アラン王子・・・貴方やっぱり自分が暗示にかけられていた事に気付いていたのですね?


「「俺達もジェシカを馬鹿にした貴方を許して置けません。」」


おおっ!このグレイとルークのシンクロ率!まさにマックスでは無いだろうか?

いや、そんな事を言ってる場合では無い。マシューは一体どうしたのだろう?何故まだ来てくれないのよ!


「ふん・・・お前達、俺とやるつもりか?」


公爵は腕組みをしながら言う。


「ああ、勿論だ。」

アラン王子。


「私は少々腕には自信があるつもりですよ?」

マリウス。


「「俺達だって・・・!」」

グレイ&ルーク。


いけない、彼等は分かっていない。公爵がどれ程の魔力の持ち主なのか・・・きっと彼等が束になってかかっても敵うはずが無い。

もう・・・マシューめ・・・!


「マ・・・マシューッ!早く・・早く来てーっ!!」


私は思わず叫んでいた―。



その時・・・キイイイイイイイーンッ!


「キャアッ!」

耳をつんざくような金属音が聞こえ、思わず私は目を閉じて、耳を塞いだ。

音がやみ、辺りが静かになったので目を開けて耳から手を離すと・・・そこには異様な光景が広がっていた。


「え・・・?何・・・?」


全くの無音の世界・・・。

私の目の前にいる彼ら全員が瞬きすらせずに止まっている。試しにマリウスの前で手をかざして振ってみるも何も見えていないのか無反応である。

アラン王子やグレイ、ルークも不自然な姿で静止しているし、公爵も意地悪そうな笑みを浮かべたまま固まっている。


「少し、彼等の時間を止めたのさ。」


突然背後で聞きなれた声がして私は振り向いた。

「マシューッ!」

そこに居たのはマシューだった。

私はマシューに駆け寄ると、彼の襟首を掴んで言った。

「ちょっと!酷いじゃ無いの!どうしてもっと早く来てくれなかったの?!」

半分涙目になってマシューに抗議する。


「ああ、ごめん。悪かったよ、少し準備に手間取っちゃって・・・。ほら、そんな泣きそうな顔しないで。折角の美人が台無しになるよ?」


マシューはまるで小さな子供をあやす様に私の頭を撫でながら言った。

「ねえ・・マシュー。貴方って時間を止める事も出来たの?」


「うん、そうだよ。まあ、あまり長い時間は止められないんだけどね。長くてもせいぜい10分位かな?」


マシューは言いながら時を止められた彼等の前に行くと、まずはマリウスの額に手を当てると、何事か小さく呟く。そしてアラン王子、グレイ、ルークと次々に同じ事をしていく。

そして最後に公爵の前に立つと、頭の上に手を置いて呪文のようなものを唱えていく。すると公爵の頭から黒い靄のような物が現れ、空中に吸い込まれるようにかき消えた。


「え・・・?」

何?今の?

私はマシューを見た。すると彼は私にウィンクすると、指をパチンと鳴らす―。





4


マシューがパチンと指を鳴らすと、途端に音のある世界が蘇って来る・・・。


「それではお嬢様、本日はどうしてもドリス様に懇願されて一緒に昼食を取らなければなりませんので失礼しますね。」


マリウスが私に申し訳なさそうに言う。


「え・・・?あ、はい・・。どうぞ、ごゆっくり・・。」

余りの突然の会話に驚いて変な対応をしてしまった。


「ジェシカ、実は昼休みに学院長に呼ばれているんだ。来週、聖剣士になる為の試験があり、昼休みに説明会があるそうなんだ。」


アラン王子が私の手を握り締めると言った。


「え?ええ。どうぞ行って来てください。」


「悪いな、ジェシカ。俺達も付き添わなければならないから。」


グレイが言う。


「また後でな、ジェシカ。」


ルークも言うと、彼等はぞろぞろと揃って教室を出て行く。しかし、一方の公爵はまるで魂が抜けたかのように虚ろな瞳で立ったままだ。私は心配になってきてマシューに声をかけた。

「ね、ねえ。マシュー。公爵がまだ正気に戻らないんだけど・・・?」


「いや、今彼はまだ俺の催眠暗示にかかった状態だからね。これから幾つか質問しようかと思っているんだ。ジェシカも聞きたい事があるなら質問してみるといいよ。」


「ええ?!そ、そんな急に言われても・・・。」


「そう?それじゃ君は黙って見てるだけでいいよ。」


マシューは言うと公爵の正面に立つ。


「さて・・テレステオ公爵。君はあれ程ジェシカを慕っていたよね?何故急に心変わりしたのかな?」


「ジェ・・・ジェシカは・・お、俺の愛に応えてくれないが・・・ソフィーは俺の事を・・こんな悪魔と恐れられた・・俺の容姿を・・唯一受け入れてくれて・・誰よりも愛していると・・言ってくれた・・・からだ。」


機械的に答える公爵。でも・・・嘘だ、ソフィーが本心でそんな事を言うはずが無い。


「ふーん。そうか・・・。でも最初に君はジェシカを愛していたんだよね?なら何故ジェシカにあんな酷い事を言ったの?」


マシューは質問を続ける。


「ソフィーが・・・言ったんだ・・・。ジェシカ・・・は・・俺の事を・・迷惑だと周囲に話して・・いたと。俺の容姿が・・怖いと、あんな男など到底受け入れられない・・・と言っていたらしい・・。」


「う・・嘘よ!そんな事・・・私、一度も言った事無いわ!」

思わず叫んでいた。


「え・・・?」


公爵は私を虚ろな目で見る。


「私・・・私は一度も公爵の事を怖いと思った事は無いわ!その黒髪も懐かしくて、公爵の側にいると安心感を得られていたもの!そ、それに・・公爵の神秘的な瞳は好きだった・・・!」

いつしか私は涙ぐんでいた。酷い、ソフィー。公爵が周りからどんなふうに見られているか知っていたから、暗示にかける為に公爵の一番気にしている弱みを突いて、さも自分が一番の理解者であるかのような言い方をして公爵を暗示にかけたのだ。


「ジェシカ・・・。」


マシューはそっと私の肩を抱くと言った。


「これで分かったよ。ソフィーの暗示のかけ方が・・・。それにしても酷いやり方だよね?相手の弱みを元に、心の中につけこんで暗示をかけるんだからね・・。こんな方法は到底許されるものじゃ無いよ。ただ・・こういった暗示は強力だからね・・。中々簡単には解く事は出来ないかもしれない。」


「え・・・?それじゃどうすれば・・・?」


「ジェシカ、もっと公爵を受け入れてみればどうかな?彼に自分はジェシカに嫌われて等いないと言う安心感を与えてあげれば・・・徐々に暗示を解いていけると思うんだけどね。」


「ドミニク様・・・。」

私は公爵を見つめた。公爵は相変わらず虚ろな瞳で私達を見ている。


「それにしても・・・。」


マシューが不思議そうに言った。


「何?マシュー。」


「・・彼は一体何者なんだろう。体の中から怖ろしい程の魔力を感じるよ。魔力量は俺と同じ位ありそうだね。・・・本当にただの・・人間なのかな?」


マシューが意味深な事を言う。


「え?マシュー。それは一体・・・。」



そこまで言いかけた時、マシューが言った。


「ごめん、ジェシカ。俺この後用事があるんだ。聖剣士のテストを受ける学生達の説明かに立ち会わないといけなくて。実はテレステオ公爵も候補生の1人なんだよ。

だから悪いけど、彼を連れて行くね。」


そう言うとマシューは暗示にかけられた状態のままの公爵を連れて、転移魔法を使ってその場から消えてしまった。消える直前にマシューの声が頭の中で聞こえた。


『ジェシカ、明日は約束の日だから一緒にセント・レイズシティに行って貰うよ。今から楽しみにしてるね・・・。』


「え?ちょ、ちょっと!マシューッ!」


必死でマシューを呼んだが、誰もいない教室に空しく私の声が響き渡るだけであった・・。



 疲れた・・・。

こんなに疲れる昼休みは初めてだった。私はカフェの椅子に寄りかかりながら生ぬるくなったコーヒーを口にする。

先程の件が思った以上にショックだった私は食欲など皆無であった。

そこでカフェに行き、ブラックコーヒーとチーズケーキにスコーンだけを注文し、ぼんやりと過ごしていたのである。


ガタン!

その時、目の前に誰かが座った。ぼんやり顔を上げると、何とそこに座っていたのは生徒会長では無いか。

「何だ、生徒会長・・・。また貴方でしたか・・・。」

もう今日は疲れ切っていて、生徒会長だと騒ぐ気力すら無い。


「うん?何だとは随分な言い方だな?それに今日はいつものように張り合いがないようだが?」


生徒会長はいつもと様子が違う私に気が付いたのか、訝し気に首を傾げた。


「そうですか、いつも鈍い生徒会長でも気が付きましたか。」

疲弊しているので、気配りをしながら会話する余裕すらない。


「おい、先程から俺に対して失礼な言い方をしているとは思わないのか?」


「お気に触ったのでしたら謝罪します。どうも申し訳ございませんでした。」

心にも思っていない形だけの謝罪の言葉を述べた。


「う、うむ・・。分かればいいのだが・・・それよりもだ!!」


突然生徒会長は興奮し出した。


「おい、ジェシカ、聞いてくれ!実は大変な事になりそうなのだ。最近俺に対する不満が生徒会役員の中で広がって、近々弾劾裁判を生徒会内部で行おうという流れが出始めて来ているのだ。一体、どこのどいつかしらんが、俺が今迄生徒会運営費に手を付け、私物化している事を役員幹部に密告した奴がいるらしい。」


生徒会長は早口でまくし立てる。でもそんな話を全く生徒会とは無関係な私に説明してきても正直言って困る。

「あの・・・何故、その様な話を私にするのですか?もしかして悩み相談のつもりですか?」


「悩み相談?違う!そんなものでは無い!いいか、ジェシカ!お前は今後、俺の証人となるのだ。弾劾裁判にかけられた際には俺はお前を呼び出す。その時は俺に有利になるように発言するのだ。お前にしかこんな事は頼めない。何せお前は俺の一番の良き理解者であろう?!」


「はあ・・・?」

私は機嫌の悪さを隠そうともせず不機嫌な顔で生徒会長を見上げた。ちょっと何言ってるの?この馬鹿生徒会長は。冗談じゃない、何故こんなクズ男の為に虚偽の発言をしなくてはならないのだ?第一、今の私はこんなポンコツ男の言う事を聞いている場合では無い。


「生徒会長、もういいでは無いですか?いつまでも生徒会長という椅子にしがみ付いていても不正な事をすればいずれバレるという物です。今までさぞかし十分甘い汁を吸って生きてきたのでしょうから、この際全ての悪事を告白し、すっきりとした気持ちで生徒会長の椅子から降りるべきだと思いますけど?」


私は有無を言わさず一気に喋り、席を立とうとした。


「おい、待て!まだ話は終わって・・・。」


生徒会長がそこまで言いかけた時、突然男子学生達数人がカフェにズカズカ入って来ると、数人がかりで生徒会長を羽交い絞めにするではないか。

わ!びっくりした。


「お、おい!貴様ら!俺に何をするつもりだ!その手を離せえ!」


生徒会長は足をばたつかせて必死で暴れる。


「チッ!面倒だ!おい、やれ!」


1人の青年が他の学生に命じる。


「「はい!」」


返事をした男子学生2名は・・・息を揃えて、突然・・


バシッ!!


何か衝撃波のようなものを生徒会長に与えると、物も言わずに倒れ込む生徒会長。

おおっ!生徒会役員お得意の必殺技炸裂!

そのまま、生徒会長は引きずられるようにカフェを出て行った・・・。


一体、今のは何だったのだろう?

それにしても・・・また生徒会長ごときに無駄な時間を取られてしまった―。



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