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第10章 4 運命の2人?

1


 え・・・?何故ライアンが生徒会の副会長を?だって副会長はノア先輩だったよね?


「ど、どうしたんだ?ジェシカ。顔色が真っ青だぞ?」


突然顔色を変えて黙り込んだ私を見てケビンは心配そうに私の顔を覗きこんだ。


「あ、あの・・・ケビンさん。ライアンさんて元々副会長でしたっけ?」

震える声で尋ねる。


「いや・・・。確か先月、帰国してから突然生徒会長から手紙が届いたらしい。やはり生徒会には副会長と言う役職も必要だから、ライアンに是非引き受けて欲しいと打診があったらしいぞ。」


「そ、そうなんですか・・・。」

ケビンの話を聞けば聞くほど、気分が悪くなって来る。ひょっとしてノア先輩が魔界に行った事でこの世界に歪みが生じて来ている・・・?皆の記憶から気えるのではなく、初めから存在していなかった事になっているのだろうか?


 グラリ。

私の頭が大きく傾く。あまりのショックに意識が遠のいていく・・・。

驚愕の表情を浮かべたケビンが何事か叫び、私の方に手を伸ばす姿を目にしたのを最後に、完全に意識がブラックアウトした・・・。



 カチコチカチコチ・・・。

規則正しい時計の音が聞こえる。ここは何処だろう・・・。 

ゆっくり目を開けた私は周囲を見渡して見る。

すると白いカーテンに囲まれたベッドの上で寝かされている事に気が付いた。


「ここは・・・?」

ベッドから起き上がると、突然カーテンが開けれた。


「ジェシカ!良かった、気がついたんだな?!」


中へ入って来たのはケビンだった。


「ケビンさん・・・。私・・・どうなったんですか?」


「突然気絶して倒れてしまったんだよ。いや、本当にびっくりした。それで医務室に運んで来たんだが・・何で誰もいないんだ?」


ケビンはキョロキョロしながら言った。

「ごめんなさい、ケビンさん。とんだご迷惑を・・・。」


「何言ってるんだよ。俺は迷惑なんて一度も思ってないぞ?」


笑顔で答えるケビン。

「あの、ところで今何時ですか?」


「うん?ちょうど15時になるかな?」


そんな、2時間以上も・・・。私は頭を押さえた。


「お、おい。大丈夫か?ジェシカ。」


ケビンは慌てたように声をかけてきた。


「はい、大丈夫です・・・・。ところでライアンさんに会うこと、出来ますか?」

途端に不機嫌になるケビン。


「何だよ、ジェシカ。目を覚ました途端に他の男の名前を口にするなんて・・・。」


「す、すみません・・・。」

謝ると、ケビンは慌てたように言った。


「な、何だよ。謝るなって。ほんの冗談なんだからさ・・・。ライアンに用があるんだろう?それじゃ生徒会室に・・・。」


「ち、ちょっとそれは待って下さいっ!」

私はケビンの袖を握り締めて必死に止めた。

生徒会室なんて冗談じゃない!生徒会室に行こうものなら、あのポンコツ生徒会長に会ってしまう。考えただけで全身に鳥肌が立ってくる。


「お、おい・・・ジェシカ。本当に大丈夫か?」


私は頷くと言った。

「お願いです・・・。生徒会長にだけは会いたく無いんです。だから生徒会室には行きたくありません。」 


「そうか・・・よほど生徒会長に嫌な目に合わされたんだな?よし、分かった。ならライアンをここに連れて来ればいいんだな?」


「はい、お願いします。」


「分かった。それじゃ少しだけ待ってろよ?」


そしてケビンは医務室を飛び出して行った。


「ふう・・・。」

私はため息を着くと、再びベッドに横たわり目を閉じた。

一体、今何が起こっているのだろうか。学院でのノア先輩の存在が消えてしまっている。と、言う事はノア先輩の家族も・・・ノア先輩は最初からいない存在としてこの世から消し去られてしまっているのだろうか・・・?


 その時、カーテン越しから声がかけられた。


「ジェシカ・・俺だ。ライアンだ。入っても大丈夫か?」


「はい、どうぞ!」

私はベッドから起き上がって居住まいを正すと返事をした。


シャッとカーテンが開けられて中を覗いたのはライアンだ。ああ・・・何だかすごく懐かしい気がするなあ・・・。


「久しぶりだな、ジェシカ。俺に用事があったんだって?」


ライアンは笑顔で私に声をかけ、近くにある椅子に座った。


「何だか凄く懐かしい気がします・・・。冬期休暇から1カ月しか経っていないのに・・。」

でも、それはきっとあまりにも冬期休暇の間、めまぐるしい位私の周囲で色々な出来事があったからだろうな・・・。



「そんな風に言って貰えると嬉しいな。それで、どんな用事なんだ?」


「ケビンさんに聞いたのですが、生徒会長から副会長に任命されたそうですね。」


「ああ、そうなんだ。突然の事だったから驚いたよ。まあ確かに生徒会長はいて、副会長の席が空いているのは普通に考えてみればおかしな話だもんな。」


ライアンは腕組みをしながら言った。


「ライアンさん・・・妙な事を聞くかもしれませんが・・いいですか?」


「うん?いいぞ。俺の応えられる範囲ならどんな質問も受けるぞ?」


「本当に・・・副会長の席はずっと空席だったのでしょうか・・?誰かが副会長を務めていたような記憶は無いですか?」


多分、副会長の席はずっと空席で当たり前だろうと言われると思っていたのだが、ライアンからは意外な返事が返って来た。


「うん・・・その事なんだけどな、どうもおかしな感じがするんだ。」


ライアンは首を捻りながら言った。


「え?おかしな感じ?」

もしかして誰かが副会長を務めていたような記憶でも残っているのだろうか?


「ああ・・・。本当にずっと副会長の役職は無かったのか、最近思うようになってきているんだ。だって、考えても見ろよ。生徒会長の仕事って本当に山積みなんだぜ?その上この学院の生徒会長が、はっきり言って・・・・アレだろう?なのにあの生徒会長を補佐する副会長がいないってのは何とも奇妙な話だと思ってるんだ。」


「・・・確かに言われてみればそうですね・・。」

私は当たり障りのない返事をした。

やっぱり・・・ライアンさんもノア先輩の記憶がすっかり消えている様で、返って来た返事は期待外れの物だった。

少しでも期待していた私はそれを聞いて落胆してしまった。


「おい、大丈夫なのか?ジェシカ。ケビンからジェシカが話の途中で気絶してしまったと聞かされて、本当に驚いたんだぞ?」


言われてみれば、先程からケビンの姿が見えない事に気が付いた。

「あの、ライアンさん。ケビンさんはどうしたのですか?」


「ああ、ケビンは俺を生徒会室からここに呼ぶために生徒会長の目をごまかしてくれて、今相手をしてくれている最中だ。」


なんと!ケビンがそんな事を・・・。


「それは・・ケビンさんに悪い事をしてしまいましたね。」


「いいって。気にするなよ。」


「ライアンさん、明日始業式があるので色々忙しいんですよね?すみませんでした。個人的な用事でわざわざ医務室まで足を運んで頂いて。」


深々と頭を下げると、ライアンは笑った。


「いいって、気にするなよ。俺・・・嬉しかったんだぞ?ケビンからジェシカが俺の事を呼んでいるって聞かされた時は。」


「ライアンさん・・・。」


「ジェシカ、それじゃ悪いけど・・・俺、そろそろ生徒会室へ戻らないといけないんだ。途中まで送るから部屋まで戻れるか?」


「はい、大丈夫です。」


ベッドから出て靴を履くと、少しよろけた。


「あ・・・。」


それを咄嗟に支えるライアン。


「うん・・・。やっぱり歩いて帰るのは大変だな。転移魔法で女子寮の前まで送ってやるよ。」


 言うが早いか、ライアンは私を抱き寄せるとグニャリと周りの景色が歪み、気が付くと私は女子寮の正面玄関の前に立っていた。


「ありがとうございます、ライアンさん。」


笑顔でお礼を言うとライアンは照れたように言った。


「いや、気にするなって。それで・・また時間が取れたら一緒に食事でもしようぜ?」


「はい、いいですよ。」


「それじゃ、またな!」


そして再びライアンは転移魔法でその場から姿を消したのだった。




2


 自室に戻ろうと思い、寮母室の前を通った所で寮母さんに声をかけられた。


「ジェシカ・リッジウェイさん。」


「はい?何でしょう。」


「ドミニク・テレステオという男性からメモを預かっていますよ。」


 あ!公爵・・・。もしかして私に学院を案内して貰いたくて・・・!

「は、はい。ありがとうございます。」

メモを受け取ると、すぐにその場で読んだ。


『ジェシカ、お前に会いに女子寮へやって来たのだが不在と言う事だったのでこのメモを頼んだ。もし都合が合えば14時に学院の門の外で待っているので来てくれないか?』


 私はその内容を読んで青くなった。

大変だ!時間はもう15時。約束の時間を1時間も過ぎている。きっと公爵はもう居ないだろうが、一応約束の場所まで行ってみないと!


 私は急いで学院の正門迄走って行くと、なにやら人だかりが出来て物凄い騒ぎが起こっている。

え?一体何の騒ぎだろう・・・?


「ちょ、ちょっとすみません、通してくださいっ!」


人混みをかき分け、騒ぎの中心が何なのか確認しようと思い一番先頭に出て来ると、私は衝撃を受けた。

何と騒ぎの中心人物は公爵とアラン王子、そして婚約者?を連れたマリウスに何故かフリッツ王太子までいる。そしてその傍ではオロオロしているグレイにルークまでいたのだ。

彼等は皆興奮しまくっているのか誰一人私の姿に気が付いていない。


「おい!いい加減にしろ!ジェシカはもうお前の婚約者ではないのだろう?!いい加減に付きまとうのはやめろっ!」


アラン王子は激高している。


「そんな事、お前に言われる筋合いはないがな。そういうアラン王子はどうなのだ?その様子だと、大方ジェシカに相手にされなかったのだろう?それにフリッツ、何故お前迄ここにいるのだ?」


それに対してフリッツ王太子は冷静に話している。


「そんなのは決まっている。ジェシカにもっと俺を知って貰う為にこの学院に編入してくる事にしたのだ。」


え・・・?そんな事したの・・?私はうんざりするようにフリッツ王太子を眺めた。


「フリッツ王太子!それこそ権力の乱用だとは思わないのですか?ジェシカお嬢様の事は忘れて、すぐに国へ戻り職務を全うして下さい!」


マリウスが声を荒げた。


「マリウス様っ!そんな事よりももう行きましょうよっ!ほら、物凄く注目を浴びてみっともないじゃないですか!」


ドリスは必死でマリウスの腕を引っ張っている。するとマリウスはドリスの腕を振り払うと言った。


「ドリス様!いい加減にして下さいっ!私は貴女と婚約した覚えはありませんっ!親同士が勝手に決めた事です!これ以上私に付きまとわれるのは、はっきり言って迷惑なのですっ!」


「そ、そんな酷い・・・。」

ドリスは途端に目に涙を浮かべる。


うわ・・・。マリウス・・・。もうこの男は私の中でクズ男決定だ。まさかここまで性根が腐っていたとは。女性に優しく出来ない男など私の中ではノー・サンキューだ。

グレイやルークも流石にマリウスの言葉に軽蔑の眼差しを送っているし、野次馬達からもブーイングが起きている。


ああ・・・。でもどうしよう。

このままだと私が今この場に出て行けばますます場が混乱してしまうだけだ・・・。

と、その時背後から肩を叩かれた。

驚いて振り向くとそこに立っていたのはジョセフ先生では無いか。


「ジョ・・!」

名前を呼びかけると、先生は唇に人差し指を立てて私に静かにするよう言うと、手招きして私を人混みから連れ出した。


「ジョセフ先生、お久しぶりです・・・と言ってる場合じゃ無かった!」


「うん、大変な騒ぎになっているね。ここは教師である僕に任せて。」

ジョセフ先生は私にその場で待機するように言うと、人混みをかき分けて騒ぎの中心部へ行くと公爵たちに近付き、言った。


「君達、ここは学院の正門だよ。騒ぎを起こすのはやめてくれないか?これ以上騒ぎが大きくなるなら学院長に報告しなければならなくなるよ?」


すると流石にそれはまずいと感じたのか、彼等は口を閉ざして大人しくなった。


「うん、それでいい。ほら、周りで見ている君達もだよ。もう解散して行きなさい。」


ジョセフ先生の言葉に周囲のギャラリー達はゾロゾロと去って行く。

しかし、公爵たちはまだその場に留まり睨みあいを続けていた。

「・・・君達ももう行きなさい。ほら、彼女が困ってるじゃないか。」


ジョセフ先生は建物の陰に隠れていた私に声をかけたので、恐る恐る私は皆の前に姿を現した。


「ジェシカ!そこにいたのか?!」


嬉しそうな声で真っ先に声をかけたのはアラン王子だった。


「お嬢様・・・。」


マリウスは先程自分がクズ発言をしたのを私に聞かれたと感づいたのか、硬い表情で私を見る。その隣では今にも泣きだしそうなドリスがマリウスの袖をギュッと握りしめていた。

・・・あんな酷い態度を取られてもマリウスの傍にいるなんて・・・。そのいじらしさに、マリウスに対して怒りが込み上げてきた。


「マリウス・・・。」


「は、はい・・・。」


「ドリスさんを・・・早く連れて行ってあげて。これは・・主として命令です。」


「ジェシカ様・・・。」


ドリスは目に涙を浮かべて私を見たので、私は笑みを浮かべた。


「・・分かりました・・。では行きましょうか?ドリス様。」


マリウスはドリスの手を繋ぐと、門の中へと入って行く。そして私はマリウスがすれ違う時に声をかけた。

「マリウス・・・。女性には優しくしてあげるものよ?これ以上ドリスさんを傷つけるような真似はしないで。」


「!」

マリウスは小さくうなずくと、黙って私の横を通り過ぎて行った。残された彼等は全員静かに私の方を見ている。周囲を見渡すといつの間にかジョセフ先生はいなくなっていた。

 

私は小さくため息をつくと言った。

「皆さん・・・今日はこちらにいるドミニク公爵様が初めて学院に来たのです。そして私をここまで連れて来てくれたのも公爵様です。私は公爵様に学院を案内する約束をしているので、どうか今日の所はお引き取り願えませんか?お願いします。」

丁寧に頭を下げた。


「ジェシカ・・・。」


公爵は嬉しそうに私を見ている。


「・・・。」


それを悔しそうに見つめているアラン王子。

グレイやルークも複雑な表情を浮かべて私を見ている。


「やれやれ、分かったよ。それじゃ我々は引き下がるしか無いだろう?」


肩をすくめて言ったのはフリッツ王太子だった。

そして全員を見渡すと言った。


「さあ、ジェシカがああ言ってるのだ。我々は大人しく引き下がろう。皆行くぞ。」


そしてさっそうとフリッツ王太子は去って行った。

おおっ!なんて大人な対応なのだろう。俺様王子とは大違いだ。


「・・・分かった。またな、ジェシカ。」


アラン王子は私に声をかけると、グレイとルークを引き連れて去って行く。


「「ジェシカ・・・。」」


「ごめんね、グレイ。ルーク。また明日ね?」

グレイ、ルークは心配そうに声をかけて行ったので私は声をかけると、彼等は少しだけ笑顔を浮かべて、慌ててアラン王子の後を追って行った。


後に残されたのは私と公爵の2人きり。


「ジェシカ・・・。」


公爵が私を見つめて口を開いた。


「は・・・はい。」


「これは・・・一体どういう事なのか説明してくれないか?」


「え・・・?」



「彼等は一体何なのだ?何故あんなにもジェシカに執着しているのだ?彼等以外にも・・ジェシカに付きまとう男達がいるのか・・・?」


じっと私を見つめながら公爵は尋ねて来た。


「せ、説明と言われましても・・・。」

公爵の瞳には戸惑いの顔を浮かべた私が映し出されていた―。





3


「ドミニク様・・・まずは場所を変えませんか?外は寒いですし・・。それにお疲れでは無いですか?もう1時間以上もこちらにいらしていたんですよね?本当に遅れてしまい、申し訳ございませんでした。」 


「そうだった!ジェシカ、一体何があったんだ?」


公爵は私の両肩を掴んで言った。


「ん・・・?顔色が悪いじゃないか?」


公爵は、美しい眉をひそめると言った。

「いえ。大丈夫です。ドミニク様、何処かカフェにでも入ってお話しませんか?」


「本当に休まなくて平気なのか?」


う~ん・・・・大分心配されてるなあ。だから私は笑顔で言った。

「ドミニク様は心配性ですね。大丈夫ですから行きましょう。」


「あ、ああ・・・。」 


こうして私と公爵はカフェへ向った。


「ドミニク様、こちらのカフェのチーズケーキはとても美味しいんですよ?このコーヒーと合うんです。」

あ~ここの店の味・・・香ばしい焼き加減のチーズケーキに香りのよいコーヒー・・懐かしいなあ。私は思わず笑みがこぼれてしまった。

ふと視線を感じ、公爵を見ると彼は穴が空くのではないかと思うくらいに、ジ~ッと私を見つめていた。


「あ、あの・・・ドミニク様・・・?どうされましたか?」


「い、いや。ジェシカがあまりにも美味しそうにケーキを食べている姿が・・・」


そこまで言うと、公爵は顔を赤らめて口元を押さえると視線を逸らした。

うん?何を言いたかったのだろう・・・・?


「所でジェシカ、先程の話の続きなのだが・・・。」


公爵は私に視線を戻すと言った。


「話の続き?」

はて・・・何だっけ?


「つまり・・・アレだ。ジェシカ、お前はフリッツやアラン王子、そしてマリウス以外にも・・もしかすると色々な男から好意をよせられているのか?」


真剣な眼差しで尋ねて来る公爵。


「え・・・?」

どうなのだろう?少なくともダニエル先輩やジョセフ先生には好意を持たれているのは知っているけれども・・後の人達は良く分からない。

「さあ・・・どうなのでしょう?」

私は曖昧に答えるしか無かった。でも・・・何故・・?


「そうか・・・。」


公爵は俯き加減に小さく呟いた。何故かその姿を見ていたら公爵に嘘をついているようで罪悪感が募って来る。


「あの、ドミニク様。もし良かったら・・・今夜は一緒に学食で食べませんか?この学院の事、私で良ければ色々教えて差し上げられますので。」


「本当か?それは助かるな。」


 その後私はカフェの中で公爵にセント・レイズ学院について色々説明した。

授業のカリキュラムや授業内容・・・寮生活についてのルールや、サロンの利用方法等々・・・。

公爵も私と同様お酒が好きなのだろうか?なかでも特にサロンについての説明は熱心に聞いていた。


 一通り説明が終わると、私は公爵を連れて学院を案内する事にした。

やはり公爵の黒髪にオッドアイの瞳は人目を引くのか、学生達の視線が集中しているように感じた。

最も、公爵の全身黒づくめの服装も原因の一つだったのかもしれないが・・・。


 学院の案内を終える頃には、すっかり辺りは暗くなり、食事をする為に多くの学生達が学院内を歩いていた。


「ドミニク様、私達もそろそろ食事をしに学食へ行きませんか?」


私は隣を歩いている公爵に声をかけた。


「あ、ああ。そうだな・・・。」


しかし何故か上の空で返事をする公爵。


「どうか・・・されましたか?」

一体どうしたと言うのだろうか?何だか公爵の様子がおかしい。


「い、いや・・・。今強い視線を感じた気がして・・・。」


「強い・・視線・・・?」


「ああ・・・。まるで殺気をはらんだような視線だったのだが・・今はそれが消えた。恐らく気のせいだったのかもな?」


曖昧に笑うが、公爵は何故か私を引き寄せると言った。


「ジェシカ・・・俺から離れない方がいい。」


「は、はい。」

まさか・・また私はソフィーによって狙われているのだろうか?

魔法を一切使えない私は、この学院では赤子のような存在。誰かに狙われでもしたら命の保証は無いだろう。でも、公爵は強い。恐らく、アラン王子やマリウスとは比べ物にならない位に・・・。

それは今日、公爵が使った転移魔法で明らかだ。公爵の側にいればきっと安全だろう。そう思った私は公爵の身体に身を寄せて辺りを警戒しながら学食へと向かった。




「あら、ジェシカさん。またお会いしましたね?」


公爵と2人で学食で食事をしている所をいきなりソフィーに話しかけられた。


「あ、こ、こんばんは・・・。」


私は愛想笑いを浮かべた。今のソフィーは1人きりだった。


「あら?ジェシカさんともあろう方が珍しいですわね。マリウス様ではない方と一緒にいられるなんて。それにしても・・・。」


ソフィーは公爵をじっと見つめている。

そしてその視線を受け止めている公爵。その様子は傍から見れば、まるで見つめあっているようにも思える。


 ああ・・・今、運命の2人はとうとう出会ってしまったのだ。

ひょっとすると、今この場で既に公爵はジェシカに心を奪われてしまったのだろうか・・・?

そうなるともう私にはどうする事も出来ない。

2人が見つめ合う様子を見て私は以前夢の中で見た光景を思い出し、背筋が冷たくなるのを感じた。

私は夢の内容を思い出していた。

公爵は・・・門を開けるという大罪を犯し、逃げた私を私を捕えて一度は処刑を言い渡すが、ソフィーに流刑島へ送る案を提案されて・・・そして私を・・・。


「あの、私はソフィーと申します。初めまして。よろしければ・・・貴方のお名前を教えて頂けますか?


私の心の動揺を知ってか知らずか、思い切り猫なで声で公爵に話しかけるソフィー。


「俺の名前か?おれはドミニク・テレステオだ。」


「まあ。素敵なお名前ですね・・・。もしよろしければ私もこちらの席でお食事を取らせて頂けませんか?」


そう言いながら何故か私をチラリと見るソフィー。

しかしその目には、はっきりと敵意が込められていた。まるで公爵と2人きりにさせろと言わんばかりである。


私は自分の食事のトレーを見た。

・・・食事はもう殆ど終了していた。一方の公爵は食後のコーヒーを飲んでいる最中であった。


「あら?ジェシカさん。もうお食事、殆ど終わっているようですね。どうですか?明日の新学期の準備が色々残ってるのではありませんか?それに本日カフェで突然気を失って医務室へ運ばれたと噂で聞きましたよ?」


!まさか・・・私がカフェで気絶した事が知れ渡っていたなんて・・・。

もしかすると、そうやって常に誰かを使って私の行動を把握してきたのだろうか?

こ、怖い・・・。

私は震える手を必死で止めると言った。

これ以上ソフィーに歯向かえば自分で門を開ける前に罪人へ仕立て上げられて裁きを受けてしまうかもしれない!


「そ、そうですね・・・。ではそうさせて頂きます。ドミニク様。自分から誘いましたのに申し訳ございません。私・・今夜はこれで失礼致しますね。」


私はトレーを持って急いで立ち上がった。


「え?お、おい!ジェシカ?!」


公爵の戸惑った声が背後から追って来たが、私はそれを振り切るようにして学食を飛び出した。

一刻も早く、この場を離れたい・・・!


 

 気が付けば私はサロンの入口に立っていた。

まさか無意識のうちにお酒を求めてこんな場所に来ていたとは・・・。

思わず苦笑しつつ、私は扉を開けて中へ入った。

取りあえず、1杯だけ飲んで寮へ帰ろう・・。

 

 店内は明日から新学期と言う事もあり、殆ど学生の姿が見られなかった。

私は一番端のカウンター席に座ると、ジンフィズを頼んだ。


 バーテンからカクテルを受け取り、飲んでいると少し離れたテーブル席に人が座っている事に気がついた。ふ~ん・・。明日は新学期なのに私のようにお酒を飲みに来る人がいるんだ・・・。

そう思い、何気なくどんな人物か確認しようとチラリと見て、私は目を疑った。


そこに座っていたのは聖剣士のマシュー・クラウドだったのだ―。





4


 わたしは横目でチラチラとテーブル席に座ってお酒を飲んでいるマシューの様子を伺った。

お互い離れた席に座っているからなのか、マシューの方はちっとも私には気が付かない様子でハイピッチでお酒を飲んでいる。どうしよう・・・声をかけてみようか?

そう思っていた矢先、マシューがこちらを振り向きもせずに言った。


「どうしたんだい?ミス・ジェシカ。俺に何か話でもあるのか?」


「え?き、気が付いて・・・?!」


「当たり前だろう?この店に入ってからすぐに気が付いたさ。俺からそっちへ行こうか?」


クスリと笑ってマシューは私の方をようやく見た。


「う、うん・・・。」

私は頷いた。今自分がいる席は一番壁際のカンター席だ。出来ればあまり人に聞かれたくない話をしたいので、私の席に来てもらった方が良さそうだ。

マシューはグラスを持って移動すると私の隣の席へと座った。



「あれ?それしか飲まないつもり?」


マシューは私の手元にグラスが1つしか無いのに気が付いた。


「う、うん・・・。1杯だけ飲んで帰ろうかと思っていたから。」

歯切れが悪く答える私。


「ふ~ん・・。思い付きでここに飲みに来たって感じかな?」


「え?」


「いや、何でも無いさ。」


「マシューは・・お酒好きなの?」


「うん。そこそこね。ミス・ジェシカはどうなんだい?」


「勿論・・・好きだよ。そうじゃなきゃ女1人でお酒飲みに来ないでしょ?」


「それはそうだよね。」


マシューはグラスのお酒を飲み干すと言った。


「すみません、バーボンを追加でもう一つ。」


バーテンを呼ぶとマシューは私に声をかけてきた。


「ほら、ミス・ジェシカも飲みなよ。」


「う、うん・・。それじゃマルゲリータを一つ。」


バーテンが頭を下げて去るとマシューが言った。


「そうか、ミス・ジェシカはカクテル派なんだ。やっぱり女子だな。」


「やっぱり・・・って。」


「ほら、ミス・ジェシカは外見は物凄い美人なのに、どこかサバサバした印象があったから飲むお酒はもっと男らしい?ものを飲むかと思っていたからさ。」


サバサバしている・・・・。そんな風に言われたのは初めてだ。


「お待たせ致しました。」


バーテンが私とマシューの前にそれぞれアルコールを置いて去って行くとマシューが言った。


「ほら、乾杯しよう。明日からの新学期を祝って。」


マシューは嬉しそうにグラスを持つと言った。

「う、うん・・・。」

乾杯ねえ・・。私の中ではとても何かを祝うような気分では無いのだが、取り合えずグラスを持って互いに鳴らした。

 どうしよう・・・?マシューに何から話せばいい?

いざ話そうとなると何処から話せば良いのか分からなくなってしまう。

その時、ふいにマシューが言った。


「・・・傷の具合はもう治ったの?」


「え?」


突然のマシューの言葉に私はグラスを落しそうになった。


「大丈夫かい?」


マシューは慌てたように言うと再び笑みを浮かべた。


「ミス・ジェシカ・・・俺に色々聞きたい事があるんだろう?」


「え?!ど、どうしてそれを・・・。」


慌てる私を見て、ますます楽しそうに笑うマシュー。


「アハハハ・・・。当然じゃないか。カウンター席に座った時からずっと、こちらをチラチラ見てるんだもの。その様子があんまりおかしいから気が付かないフリしてたんだ。」


「そ、そうだったんだ・・・。」

私は安堵の溜息をついた。そこまで気が付いていたなら話をしてもいいかもしれない。


「傷の具合は、もう大丈夫だよ。不思議な事に傷跡が消えてるの。」


「そうか、それは良かったね。あの花は本当に良く効く万能薬なんだ。」


「あの・・・マシューが魔界へ行って花を摘んで来てくれたんでしょう?どうもありがとう。」

私は丁寧に頭を下げた。


「いや、俺は魔界までは行ってないよ。確かに魔界の門はくぐったけど、その周辺に咲いている花を摘んできただけだから。魔界はそのずっと先にあるのさ。」


 どうしょう?ノア先輩の事を問いただしてみる?でもそんな事を尋ねていいのだろうか・・?

ギュッとカウンターの上で手を握り締めるとマシューが言った。


「ミス・ジェシカ・・・。今日会った時から聞こうと思っていたんだけど・・・。」


気が付けばマシューが真剣な表情で私を見つめてる。


「な、何?」


「君の身体の中から・・・強い魔界の香りがするんだ・・・。一体どういう事なのかな?・・ひょっとすると魔界の誰かにマーキングでもされた?」


「!」

私は両肩がビクリと跳ねてしまった。


「そうか・・・。やっぱり魔界の香りで間違い無かったのか・・・。」


「あ、あの!」

そうだ、尋ねるなら今しか無い!


「マシューは、ノア・シンプソンと言う男性を知ってる?!」


「ノア・・・シンプソン・・・。」


マシューは小さくその名前を呟いた。


「そう、この学院で副会長を務めていたの。」


マシューは黙って私を見つめていた。え?その沈黙は一体何?

戸惑っているとマシューは口を開いた。


「知ってるよ。でもその事を口にするわけにはいかないんだ。それが決まりだからね。」


ああ・・・やっぱりマシューはノア先輩の事を覚えていたんだ。


「良かった・・・。私意外にノア先輩の事を覚えている人がいてくれて・・・。ありがとう、マシュー。」

私は涙が溢れてきた。

そして、それを見たマシューは私に黙ってハンカチを渡してきた。

私はハンカチを受け取ると涙を拭くと言った。

「ねえ、マシュー。私は魔界へ行きたいの。魔界の門には鍵がかかっているんでしょう?その鍵は何処にあるの?」


「え?何故魔界の鍵がある事を知ってるんだい?それに・・・まさか手に入れたとしたら魔界へ行くつもりなのかい?」


マシューは驚愕の表情を浮かべた。


「そんな事をしたら、知性の無い魔族達が一気に人間界へやってきて溢れかえるよ?もし魔族達が襲ってきたら・・・魔力を持たない人間はひとたまりもない。それを分かった上で聞いてるの?」


私はマシューの話を黙って聞いていたが、彼の話が終わると言った。


「ねえ、マシュー。貴方は知ってる?人間界と魔界の間にはもう一つ別の世界が、そ存在すると言う話。そこは・・・『狭間の世界』と呼ばれているの。」


「狭間の・・・世界?ごめん・・初めてきく話だよ。」


マシューは首を傾げた。

そうか、マシューは知らなかったんだ。

「ある人に聞いたの。まずは魔界へ行く前に狭間の世界へ行く鍵を見つけて、門を開けてそこへ行く。そして狭間の世界から魔界へ行けばいいって。きっと狭間の世界から先に入れば、魔族達は現れないって事よね?それで・・・ねえマシュー。貴方達聖騎士が守る門は一つだけなの?」


「ああ。門は一つだけだよ。」


「それなら、ひょっとすると魔界の門も狭間の世界の門も同じなのかもしれない・・・。」

私はカクテルに手を伸した。

 

マシューもアルコールを飲みながら言った。


「そうか・・・そういう事だったんだ。」


「え?」


「いや、実はね・・・ジェシカ譲から魔界の香り意外に別の空気のような物を感じていたんだ。まるで君を守るみたいに・・。そう、加護を受けているんだ!」


妙に興奮気味に語るマシュー。


「え?加護・・・?」


「そう!他に何か心当たりは無い?」


心当たりと言われても、私は全く思い当たる節が無い。


「ごめんなさい・・・。私には分らない。」


「そうか、残念だなあ。あ、残念ついでにもう一つ。魔界へ行く門の鍵は無いよ。」


「そう・・・。」

やっぱりね・・・。 


「あれ?あまり思った程にショックを受けていないようだけど?」


マシューは意外そうに言った。


「うん、元々鍵は無いかもしれないと聞いていたから。でも無ければ作ってしまえばいいって教えて貰ったから。」


「え?鍵を作るだって?!そんな事が出来るの?!」


「うん、まだこの世界に錬金術師がいればの話だけどね?」


「ふ~ん・・・それじゃまずは錬金術師を探す事からだね?」

言いながらマシューは腕時計をチラリと見た。


「ミス・ジェシカ。そろそろ門限だから今夜はもう帰った方が良いよ。」


マシューは立ち上がった。

え?もうそんな時間だったの?私も慌てて立ち上がる。


 そして2人でサロンを出た。

歩く道すがら、マシューが言った。


「ミス・ジェシカ、今夜は色々話が出来て楽しかったよ。」


マシューは笑顔で言った。


「また会って話せるかな?君の話は興味深いよ。」


「わ、私の方こそ是非!」


「それじゃ約束だ。」


マシューは右手を差し出した。

私も手を差し出して・・・月明かりの下、私達は握手を交わした―。



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