第10章 3 私が探し求めていた彼
1
え・・・?今何て言ったの?マリウスの婚約者?
私は目の前の女性をマジマジと見つめた。
「お嬢様の前で貴女は何を言うのですか?!大体その話は親同士が勝手に決めた事で、私は納得していません!早く離れて下さいっ!」
マリウスは彼女を引き離そうとするが赤毛の女性はマリウスに腕を絡めて離れようとしない。
「嫌です!マリウス様は素敵な男性ですから目を離した隙に誰かに奪われてしまうかもしれないじゃないですか!!」
私は思った。いや~それは無いんじゃないかな・・・?確かに外見だけは超絶イケメンかもしれないが、中身は、残念極まりないMっ気ありの年中発情男。それにイケメンぶりを語れば、アラン王子やダニエル先輩、それに公爵だってマリウスに引けを取らない。
でも何にせよ、マリウスの引き取り手が決まったのであれば、これで私も安心出来ると言うもの。
「そうですか。ドリスさんと仰るのですか。それではドリスさん。マリウスをどうぞよろしくお願い致します。」
私は笑顔で彼女に挨拶した。
「はい!!」
喜んで返事をするドリス。
「そんな!お嬢様?!」
悲痛な声をあげるマリウス。
「ジェシカ。俺は入学手続きがあるから、理事長室迄案内して貰えないか?」
公爵が言った。
「ええ、いいですよ。それじゃあね、マリウス。」
「あっ!!お待ち下さい!お嬢様!!」
マリウスは必死で私の方に手を延ばすが、それをドリスに止められる。
「駄目ですよ!マリウス様、ジェシカ様達の邪魔をされては。ほら、私達も行きましょう。」
そしてマリウスはドリスに無理矢理連れて行かれてしまった。それを見送る私と公爵。
「良かったのか?」
突然公爵は口を開いた。
「はい?何がですか?」
「いや・・・だから、マリウスに婚約者が出来て、2人きりにさせて・・・。」
「はい、良かったです。ようやくマリウスにお相手が出来て・・・。ドリスさんの方はマリウスを気にいったようなので、後はマリウス次第ですね。でもこれで私も安心しました。」
笑顔で答えると公爵が意外そうな顔で言った。
「そうなのか?俺はてっきりマリウスに婚約者が出来てジェシカがショックを受けているのではないかと思っていたのだが・・・。」
「私がショックを・・・?いえいえ、それだけは絶対に無いですよ。」
私は真顔で全否定すると、何故か公爵は嬉しそうな顔をした。
「そうか・・・。それじゃお前とマリウスは特別な間柄では無いと言う事なのだな?」
「ドミニク様・・・それ、もしかして本気で言ってます?私とマリウスはあくまで主と下僕という関係でしか無いですよ。少なくとも私はそう思っています。なのにマリウスは・・・。」
そこまでいって口を閉ざすと公爵が私の肩をガシッと掴んで言った。
「や、やはりマリウスに何かされたのだな?」
されたも何も・・・。思わず口を閉ざすと、公爵は歯ぎしりするように言った。
「く・・・・。やはりあの男は・・・下僕でありながら主に不埒な真似をするとは・・。」
あ・・・何か雲行きが怪しくなってきた。
「さ、さあ。ドミニク様、理事長室はこちらです。早く行きましょう。」
私は公爵を連れて理事長室へと向かった―。
「すまない、ジェシカ。どうも話が長くなりそうなので、今日はもう付き合わせるのは悪いからまた明日会おう。」
一度理事長室へと入った公爵はすぐに出て来ると私にそう告げた。
どうも私が外で待っている事を告げると、先に帰って貰うように言われた様だった。
そこで私は公爵と別れて男子寮へと向かったのである。
今私は男子寮付近で隠れるようにある人を待っていた。
ある人とは他でもない、ダニエル先輩だ。
ダニエル先輩には私の全財産の通帳を預かって貰い、尚且つノア先輩の事を覚えているか確認しておきたいのだ。
そして、何故隠れるように待っているかというとそれはアラン王子や生徒会長、そしてマリウスに見つかりたくない為なのだが・・・どうしよう。ずっと待っているのにちっともダニエル先輩が見当たらない。
その時、隠れていたのに誰かに突然背後から声をかけられた。
「ねえ、君。こんな所で何してるの?」
「え?!」
慌てて振り向くとそこには、見かけない男子学生が立っていた。
「あ、あの・・・実は人を探していて・・。」
どうしよう、男子寮で待ち伏せしている怪しい女とでも思われただろうか?
「ふ~ん、そうなんだ。だったら男子寮の寮長にお願いして呼び出して貰えばいいのに。」
まあ、誰だってそう思うだろう。でも・・・。
「あ、あの・・・数人の男子学生に見つかりたく無いので・・・。」
「そうなんだ。ひょっとすると恋愛関係のもつれとかで?」
「はあ?」
一体この人は何を言いたいのだろうか・・・?改めてまじまじと男子学生を見ると、何処かで会った事があるような気がしてきた。
「あ、あの・・・もしかして以前何処かで会った事がありませんか?」
すると男性は笑った。
「アハハハ・・それってもしかして口説き文句の1つ?でも悪い気がしないなあ。君のような美人に口説かれるのは。」
「あ、あの。別に私はそんなつもりでは・・・。」
「ふふふ・・冗談だよ、ミス・ジェシカ。」
「え?」
以前にも何処かでそう、呼ばれた気がする・・・。ミス・ジェシカ・・。
「あ!」
その時、突然私は思い出した。そうだ、何処かで見た事がある人だとは思っていたが、マリウスから逃げる為に旧校舎の中庭へ来てしまい、そこで昼寝をしていた男子学生・・・。
「貴方は・・・あの時の・・!」
「そうだよ、やっと俺を思い出してくれたんだね。ミス・ジェシカ。」
男子学生は嬉しそうに言った。
「は、はい!ベンチで眠ってしまった私に上着を着せてくれただけじゃなく・・・お腹を空かしていた私にスコーンまでくれた、あの時の貴方ですよね?!」
「ミス・ジェシカ。別にそんな言葉遣いしなくていいよ。だって俺達同級生同士だろう?」
言われてみれば確かにそうだ・・・。
「う、うん・・・。そう言えばそうだったね。あの時はきちんとお礼を言えなくてごめんなさい。それからありがとう。あ!そんな事より・・・どうして貴方は私の名前を知っていたの?」
「だって君は有名人じゃないか。学年一の才女で、おまけに物凄い美女。そして君に群がる男達・・・。」
うん?最後の言葉はどうにも聞き捨てならない。
「あの・・・ちょっと群がる男達って言い方は語弊があると思うんだけど・・・。」
「そう?でも事実だろう?君は物凄く男を引き付けるフェロモンをまき散らしているって事に自分でも気が付いていないの?」
「フェロモンて・・・。」
でも確かに私は魅了の魔法がダダ洩れ状態になっているのは知っているけど・・でもこの男性にはどうしてそんな事が分かるのだろうか?
「それで、一体君は誰を待っているんだい?」
男子学生は突然話題を変えて来た。
「あのね、1つ上の学年のダニエル先輩を待ってるんだけど・・・。あ、でも学年が違うから分からないよね?」
「ダニエル?」
男子学生はその言葉を口にして、一瞬眉を潜めた。うん?もしかして顔見知りなのかな?
「そうか・・・ミス・ジェシカが待ってる相手ってダニエル先輩だったのか。」
「え?その人を知ってるの?」
「うん、知ってるも何も・・・。」
男子学生は言いかけて、アッと言った。
「ねえ、ほら。今こっちに向かって歩いて来るの・・あれダニエル先輩じゃないか?」
「あ。本当だっ!ありがとう、教えてくれて。」
私もダニエル先輩の姿に気が付いた。
「それじゃ、俺もう行くから。」
男子学生が手を振って去って行くのを私は呼び止めた。
「あ!ねえ、待って!貴方の名前、何て言うの?!」
「俺?俺の名前はマシュー。マシュー・クラウドさ。」
そして彼は走り去ってしまった。
え?!
その名前は私の心に深く響いた。
マシュー・クラウド・・・・。
彼が・・・魔界へ行って私の為に花を摘んできた聖剣士だったなんて―。
2
「ダニエル先輩。」
先輩が近付いてくると、建物の陰から出て来て声をかけた。
「やあ!久しぶり、ジェシカ。もしかして僕を待っていてくれたのかい?」
ダニエル先輩は驚いた様に、しかし嬉しそうに私にほほ笑んで近付いてきた。
「はい、ダニエル先輩の事を待っていました。お願いです。2人だけで大事なお話があるんです。私の為に・・・時間を割いて頂けないでしょうか?」
私は必死でお願いした。
「ジェシカ・・・。」
すると見る見るうちにダニエル先輩の瞳がウルウルしてくる。
次の瞬間先輩は強く私を抱きしめて来た。
「馬鹿だなあ、ジェシカ。君の望みなら僕はどんな事だって聞き入れるに決まっているだろう?それで、どんな話なんだい?」
「あ、あの。それが人目についてはまずいので、何処か2人きりになれる場所でお話しがしたいのですが・・・。」
「2人きり・・・。う~ん・・。そうだ、それじゃ個室の談話室を借りてこようか?ジェシカは女子寮の入口で・・じゃまずいな。」
ダニエル先輩は困ったように言った。そうだ、ダニエル先輩は兎に角女生徒にモテるのだ。女子寮に近付こうものなら他の女生徒達に途端に取り囲まれてしまうだろう。
「そうだ、それなら僕とジェシカが初めて出会った場所・・南塔の校舎前で待っていてよ。あそこは人が滅多に来ないから。」
「はい。それではそこでお待ちしてます。」
「だけど、嬉しいね。ジェシカから初めて誘われるんだからさ。」
ダニエル先輩はウキウキした様子で言う。
この様子だと・・・先輩は本当にノア先輩の事を覚えていないのかもしれない。
「それじゃ、行こうか。」
ダニエル先輩は私を引き寄せると、転移魔法を使ったのか一瞬で目の前の光景が南棟の校舎前に変わっていた。
「じゃあ、ここで待っていてね。ジェシカ。」
そしてダニエル先輩は駆け足で去って行った。
「ふう・・・。」
ベンチに座ると私は溜息をついて空を見上げた。いきなり通帳を預けたらダニエル先輩はどんな顔をするだろう。ノア先輩の事を尋ねたら、どういう反応を示すのだろうか・・。
暫くボ~ッと空を見上げていると、軽やかな足取りでダニエル先輩が戻って来た。
その表情は何となく暗い。
「ダニエル先輩、どうかしたんですか?」
「うん・・・。それが、今日は談話室が使えなかったんだよ。新学期は明日からだから利用できるのも明日からなんだって。」
ダニエル先輩は残念そうに言った。
「そうですか・・・。困りましたね。」
「ねえ、ジェシカ。本当に人目に付かない場所じゃなくちゃ駄目なのかい?」
「はい・・・。ここでも誰かに見られたり話でも聞かれたりしたら・・。」
しかし、困ったなあ・・・。何せダニエル先輩には大金が入った通帳を預けたいのだ。こんな外では幾ら何でも無防備過ぎるし・・・。
「後は・・・無い事もないけど・・いや、でもいくら何でもあんな場所は・・・。」
ダニエル先輩は何だかソワソワしたように言う。
「先輩、他に人目に付かない場所があるのですか?」
「う、うん。あそこなら確実に・・・2人きりで話は出来る。でも・・・。」
「ダニエル先輩!もう2人きりになれる場所ならどこでもいいです!そこへ行きましょう!」
「え?ええええっ?!ほ・・本気で言ってるの?!」
何をそんなに驚いているのだろう?でも私は言った。
「はい、全てダニエル先輩に委ねますから!」
「ゆ・・・委ねるって・・そ、そんな誤解を招く表現を・・。で、でも分かったよ。それじゃそこに行こう。本当に・・・いいんだね?」
「はい、勿論です。」
この時の私は何故、こんなにもダニエル先輩が確認してくるのか、その理由を考えてもいなかった・・・。
「「・・・・。」」
私とダニエル先輩は無言で部屋の真ん中で立ち尽くしていた。確かにこの部屋には立派なソファセットが置いてある。
しかし・・一番気になるのは壁際に置かれたキングサイズの豪華なベッド。
も、もしやここは・・・。
「だ、だから本当にいいんだね?と僕は聞いたんだけど?」
ダニエル先輩に転移魔法でいきなり連れてこられたのはこの部屋の玄関で、中へ入るまで私はちっとも気が付かなかったのだが・・・。
「ダ、ダニエル先輩・・・こ、ここは・・『逢瀬の塔』の部屋の・・・中ですよね?」
顔を赤らめて頷くダニエル先輩。
あ~やっぱりね・・・。確かにここなら人目に付く事は絶対にない・・・。
でも・・・。
「分かりました!ではダニエル先輩、この部屋でお話しましょう。」
「え?ジェシカ・・・本当にいいのかい?」
自分で連れて来ておいて、目を見開くダニエル先輩。
「ええ、この部屋なら絶対に秘密が漏れる事はありませんから。」
言うと私は豪華すぎるソファに座ると言った。
「ダニエル先輩も座って下さい。」
「う、うん・・・。」
私に促され、戸惑いながらも向かいのソファに座る先輩。
「それで、まずダニエル先輩には預かって貰いたい物があるんです。これは・・私が今一番信頼している先輩だからこそ、お願いしたいと思って持ってきました。」
私はそこだけ強調するように言った。
「うん、分かったよ。」
ダニエル先輩は真剣に、しかしどこか嬉しそうに頷いた。
「こちらです。」
自分の預金通帳を渡す。
「え・・?これはジェシカの通帳じゃないか。」
「はい、この通帳には大金貨100枚分のお金が入っています。私の全財産です。」
「な・・何だって?!そんな大金を僕に預かって欲しいの?!」
ダニエル先輩は飛び上がらんばかりに驚いた。
「はい、これは・・・ダニエル先輩だからこそお願いしたいんです。」
私は真剣な目で先輩を見つめた。
「ジェシカ・・・。」
先輩は躊躇い、暫く無言だったが・・やがて頷いた。
「分かったよ・・・ジェシカ。君の通帳は確かに僕が預かる。」
「ありがとうございます。」
頭を下げる。
「でも、何故僕なんだい?預ける相手は普通は家族じゃないかな?」
先輩は当然の事を言って来る。本題はここからだ。
「ダニエル先輩・・・先輩は『ノア・シンプソン』と言う名前に聞き覚えはありませんか?」
「え?ノア・シンプソン・・・・?」
先輩はきょとんとした顔をし、暫く考え込んでいたが・・・。
「ごめん、ジェシカ。僕はその名前の相手を知らないよ。一体誰なんだい?」
ああ・・・やっぱり思った通りの答えだった。
「ダニエル先輩・・・。私が毒の矢で射抜かれてしまった時、魔界の花を取りに行くために門へ行きましたよね・・・?」
「ああ。行ったよ。」
「誰と一緒に行ったんでしょう。」
「それは・・・僕と、レオと、ウィルという少年と3人で行ったんだよ。あれ?この話ジェシカは知らなかったっけ?」
私は首を振った。
いや、違う。この話は十分すぎる程知っている。
「いいえ、知っています。」
「それで門の前にいた聖騎士が僕たちの代わりに花を持って来てくれたんだよ。お陰でジェシカ・・君を助ける事が出来た。彼には本当に感謝しなくちゃね。」
ダニエル先輩はそっと私の手を握ると言った。
「ダニエル先輩・・・本当に・・本当に3人だけで魔界へ向かったのでしょうか・・?」
「ジェシカ?」
「ダニエル先輩には、仲の良い男子学生がいました。年齢は先輩よりも1つ年上で・・・。話し方の雰囲気がダニエル先輩によく似ていて・・。」
駄目だ、今にも泣いてしまいそうだ。
ダニエル先輩なら・・・思い出してくれるかと思っていたけど・・。
「ジェシカ?」
ダニエル先輩が私の隣に座ってきて、そっと肩を抱いた。
「どうしたんだい?ジェシカ・・・。」
ダニエル先輩の私にかけて来るその声がまた切なくなってきて・・・私は耐え切れず、とうとう涙をこぼしてしまった―。
3
「ど、どうしたの?ジェシカ。」
ダニエル先輩は急に私が泣き出したのでオロオロしだした。それは無理も無いだろう。
「す、すみません・・・ダニエル先輩・・・。」
私は涙を拭うと言った。
「何か・・・あったの?」
ダニエル先輩は私の肩を抱くと優しく声をかけてくれた。
「ダニエル先輩・・・自分が皆から忘れられ、その存在迄消えてしまったとしたらどんな気持ちになりますか?それなのに自分だけは皆の事を覚えていたとしら・・。」
自分で何を話してるか支離滅裂なのは分かっている。けど、ダニエル先輩はじっと私の話を聞いて考え込んでいた。
やがて先輩は言った。
「それは・・・すごく辛い事だよね。自分の事が皆の記憶から消えて、生きた証まで消されてしまうのは、死んだも同然・・・かもね。」
「ダニエル先輩・・・。」
「だけどね、誰か1人でも自分の事を覚えていてくれてれば・・・。」
ダニエル先輩は、優しく私の髪を撫でながら言った。
「その1人が自分の存在を訴え続けてくれれば・・・きっと他の人達も信じてくれるんじゃないかな?」
その言葉を聞いて私は再び胸に熱いものが込み上げてきた。
「ダニエル先輩は・・・私の事を信じてくれますか?」
「勿論、ジェシカの言葉ならどんな事でも信じるよ。だって・・・ジェシカは僕の大切な人だからね。」
「ダニエル先輩・・・!」
私は先輩にしがみついて、まるで子供のように泣きじゃくった。
「ジェシカ・・・君に何があったのか僕に話をしてくれるよね?」
ダニエル先輩は私を抱きしめながら言った。
「はい・・・。お話します。」
ごめんなさい・・全てを話す事は出来ないけれど・・・。
「ダニエル先輩・・・。先程もお話しましたが、この学院にはノア・シンプソンと言う名前の学生がいたんです。」
「ノア・シンプソン・・・。」
やはり先輩の反応から心当たりが無い事を関じた。
「その人はこの学院の副会長をしていて・・・ダニエル先輩と・・仲が良かったんですよ。」
「僕と・・・?」
意外そうな声でいうダニエル先輩。
「はい。そして・・・私が毒矢で倒れた時、ダニエル先輩達と魔界へ続く門へ一緒に向ってくれたんです・・。」
「?!」
ダニエル先輩の息を飲む気配を感じた。
「それで、魔界の花と引き換えにノア先輩は魔界へ行ったんです・・・。私の命と引き換えに・・・!」
「ジェシカ・・・。」
ダニエル先輩は私をじっと見つめると言った。
「ジェシカ・・・。その、僕の記憶では僕達は魔界の門迄しか行ってないんだよ。それに実際に門の中へ入ったのは門を守っていた聖剣士なんだ。」
「はい、知ってます。」
私は頷いた。
「え?知ってる・・・?」
「はい、知ってます。ノア先輩が夢の中に現れて教えてくれたから。」
「そうか・・・。だからジェシカは彼の事を知ってるんだね?そして・・・ジェシカ。君から感じられるマーキングの気配は・・・彼の物だったんだね・・・?」
「!!」
ダニエル先輩にマーキングの事がバレてたんだ!
「ジェシカ・・・。何故君から強い、特殊なマーキングを感じたのか、分かったよ。でも僕からは何も聞かない。きっと・・・何か理由があったんだろう?」
私は返事の代わりに小さく頷いた。
「ジェシカ・・・。君はどうしたいんだい?」
真剣な瞳でを見つめて来るダニエル先輩。
私は首を振った。これ以上話す訳にはいかない。
「いいえ・・・。ただ、私はノア先輩の事をダニエル先輩に話しておきたくて。」
「ジェシカ・・・。君はまだ僕に隠している事があるね?」
ビクリ!
ダニエル先輩の言葉に思わず反応してしまった。
「やっぱり・・・。」
ダニエル先輩はため息をつくと言った。
「ジェシカ・・・。僕で良ければどんな協力だってする。だから、どうか1人で危険な真似はしないと誓ってくれないか?」
「ダニエル先輩・・・。」
どうしよう、先輩に見透かされているのだろうか?勘の良いダニエル先輩の事だ。
ひょっとして魔界へ行った人間は人々の記憶から消えてしまうと言う事も。
でも私はあえて嘘を言う。だって魔界へ私が行けば、どうせ皆の記憶から・・。
あれ?でも・・・夢の中で見た時は皆が私の事を覚えていてくれていた・・・。
一体何故・・・?
「ジェシカ?」
その事、ダニエル先輩が私の名前を呼ぶ声で我に返った。
「い、いえ。何でもありません。ダニエル先輩、お引き留めしてすみませんでした。」
すると、ダニエル先輩は私の手首を掴んで引き寄せると言った。
「ジェシカ・・・。どうしたら、僕は君を忘れないでいられる?君がノア先輩を忘れなかったように・・・?」
その顔は酷く悲しげで、今にも泣き出しそうだった。
「ダニエル先輩・・・。何故・・そんなに泣きそうな顔をしているんですか・・・?」
「だ、だって・・・きっとジェシカはどんなに止めても・・・魔界へ行ってしまうんだろう?そして、ノア先輩と言う僕の親友だった人と同様に僕の前から姿を消して、記憶からも消えていくつもりなんだよね?」
「ダニエル先輩・・・。」
ああ、やっぱり先輩は気付いていたんだ。
「私も・・・皆の記憶から・・消えたくは・・・。」
「僕も行く。」
「え?」
「どうしてもジェシカが魔界へ行くと言うなら僕も一緒に行く。」
「それは駄目です!!」
「何故?!」
「それはダニエル先輩に私の大切な・・リッジウェイ家に必要な財産を預かって貰っているからです。」
ダニエル先輩は俯いてしまった。
「ダニエル先輩、その通帳は私に何かあった時の為にお願いしたいのです。だから・・・ダニエル先輩はここに残って下さい。」
「・・・。分かったよ・・・。」
「もう一つ、お願いがあります。この話は誰にも言わないで頂けますか?私とダニエル先輩だけの秘密・・・です。」
「うん・・・。ジェシカがそう言うなら・・・僕は誰にも言わない。だけど・・。」
ダニエル先輩は私を強く抱きしめると言った。
「僕は絶対にジェシカの事を忘れたくない。だって・・・忘れない限りは・・今度はジェシカに何かあった時、僕が君を探しに行けるだろう?ねえ、ジェシカ。教えてくれる?どうして君は僕も、そして他の皆も忘れてしまったノア先輩という人の事を覚えていたの?最初から忘れていなかったのかい?」
「い・・いえ!わ、私自身も・・・最初はノア先輩の事を・・・忘れていました。だけど・・・。」
「だけど?」
「どうしたの?ジェシカ。お願いだ、僕に教えてよ・・・。」
先輩は私の髪に自分の顔を埋め、切ない声で懇願してくる。
「ダニエル先輩。聞いて下さい・・・。先程、私から誰かのマーキングを感じると言いましたよね・・?」
「うん。確かに言ったよ。」
「冬休み・・・帰省した時に私は・・夢の中でノア先輩が会いに来たんです。不思議な事に夢の中ではノア先輩の記憶があって・・・それで忘れない為に、ノア先輩を探しに行く事が出来るように・・マーキングをして貰ったんです・・。」
「・・・・。」
ダニエル先輩は無言だったが、私を抱きしめる腕の力が強まった。
「でも翌朝、結局私はノア先輩の事を忘れていました。けれどその日の夜にまたノア先輩の夢を見て、何があったのか全て思い出す事が出来たんです。」
「ジェシカ・・・・。」
「マリウスは私にかけられたマーキングを消そうとしましたが、私は拒みました。だってこのマーキングがあれば・・私がノア先輩を探しに魔界へ行った時に・・これを目印としてノア先輩は私を探し出す事が可能ですよね?」
「それじゃ・・・。」
ダニエル先輩は私の耳元で囁くように言った。
「僕も・・・ジェシカを忘れないように・・ジェシカ自身からマーキングをして貰えれば・・・思い出せることが出来るかも知れないって事だよね?」
「!!」
私はダニエル先輩の言葉に耳を疑った。え?私がダニエル先輩にマーキングを・・?
だけど、そもそも私にはそのような魔力が無いので、マーキングをするなど不可能だ。それに・・・。
そこまで考えた時、ダニエル先輩が私の身体から離れると言った。
「・・・ごめん。今の話は聞かなかったことにして・・・。」
その目はまるで泣いていたかのように赤い目をしていた。
「ジェシカ・・・。僕がジェシカに関する記憶を無くした時、君が僕の前に現れたらきっと冷たい態度を取って傷つけてしまうかもしれないけど・・・それでも諦めずに何度も僕に会いに来てくれるかい?」
胸を打つようなダニエル先輩の言葉に私は言った。
「わ・・分かりました・・。しつこく何度も現れますね。いつかダニエル先輩に嫌われて、もう来るなと言われるまで・・・。」
私は半分泣きながら、笑顔で言った。だけど、その日は恐らく来ることは無いだろう。
だって私はその後捕らえられて流刑島へ送られてしまうのだから―。
4
ダニエル先輩に自分の全財産の通帳を預けた後、私は自室へと久しぶりに戻って来た。
ベッドに寝転んで天井を見上げる。
そう言えば、エマ達はもう寮に戻ってきているのだろうか・・・。
時計をチラリと見ると時刻はそろそろ12時になろうとしている。もうそろそろお昼か。私はベッドから起き上がった。
レースのカーテンを開けて窓から外を眺めてみる。・・・一刻も早く魔界へ行く為の鍵を見つけなくては。でもどうやって探す?手掛かりも全く無いと言うのにどうすればいいのだろう。
学院の図書館へ行けば何か分かるだろうか・・・?
そこまで考え・・・。
「よし、とりあえずはお昼を食べに行こうかな?」
私は防寒着を着ると女子寮を後にした。
1人で学院のメインストリートを歩いていると不意に背後から声をかけられた。
「あら、ジェシカさんじゃありませんか?」
「!!」
その声は・・・。一気に全身に緊張が走り、私は恐る恐振り返ると、やはり今一番会いたくない女性がそこにいた。
「ソフィーさん・・・。」
ソフィーはざっと数えると10名程の男子学生達と一緒にいた。・・もしかして彼等は彼女の取り巻きだろうか・・・?
「珍しい事もあるのですね?いつも大勢の男性に囲まれているジェシカさんが今は1人きりでいるなんて。ほら、貴女の忠実なナイトのマリウス様はどうされたのかしら?」
何故か勝ち誇ったような言い方をするソフィー。
「・・・・。」
私は黙ったまま、まじまじとソフィーを見つめた。何だろう?初めて会った時の彼女は可憐な美少女というイメージがとても印象に残ったのに・・・今のソフィーは何だか眼つきも怖くなり、メイクも濃くなった気がする。それに・・・確か私の小説の中のソフィーは聖女だったので、彼女の側にいるだけで人は温かく、穏やかな気持ちになれると書いていたのに・・・まるで今のソフィーは真逆だ。
彼女の近くにいるだけで、胸が何となく息苦しくなってくるし、どす黒いオーラ―の様な物すら感じる。
私が黙ったまま、ジロジロとソフィーを見ていたからだろうか・・・彼女がイライラしながら言って来た。
「何ですか?私の話聞いてましたか?それなのに黙ったまま、私の事をジロジロと・・・。」
「あ・・・ごめんなさい。べ、別にそんなつもりでは・・・。」
傍から見たら公爵令嬢が男爵令嬢にペコペコするなんてあり得ないシチュエーションなのだろう。だけど・・・私は元々身分の上下など気にしないタイプだったし、何よりソフィーが私に魔法攻撃を仕掛けてきた事を思い出すと、どうしても卑屈な対応になってしまう。
「まあ、いいわ。それより聞いたわよ?ジェシカさん・・・貴女とうとうマリウスさんに捨てられたのよね?」
「え?私がマリウスに捨てられた?」
はて・・聞き間違いでは無いだろうか?誰が誰に捨てられたって?
「あら、惚けるつもり?それともショックで認めたくないのかしら・・?だってマリウスさんは冬期休暇の間に同じ爵位を持つ女性と婚約されたそうじゃないですか。先程仲良さげに歩いているのを見たのですよ?」
「ああ・・・そうだったんですね。はい、マリウスは確かに婚約したみたいですよ。」
そう答えるものの何故かソフィーの気に障ったようで、彼女は益々イライラしてくる。
「ふ・・ふん、どうせ負け惜しみを言っているのでしょう?!」
「負け惜しみ?誰が誰に対してですか?」
何だろう、ソフィーは一体何が言いたいのか・・・訳が分からず首を傾げた。
「あ・・・貴女って人は!」
急にソフィーは怒り出すと手を振り上げた。え・・う、嘘でしょう?!
「ソフィーッ!」
すると取り巻きの1人の男がソフィーの手首を捕えた。
「な、何故止めるのよ?!」
「おい、やめておけって。仮にも相手は公爵家の令嬢なんだろう?そんな人間に手を上げて後で問題になったらどうするんだ?」
「そうだ、俺もそう思うぞ。」
他の取り巻き男性も同意する。
「まあ・・・貴方達がそう言うなら・・・。」
ソフィーはこちらをチラリと見ながら言った。
「まあ、今日は貴女も1人寂しそうにしているから、この位で見逃してあげる。」
そしてソフィーはくるりと私に背を向け歩き去って行く。それを後からゾロゾロとついて歩く彼女の親衛隊。
その内の一人の男性が去り際にポンと私の肩に手を置いた。
「え?」
驚いて見上げると、男性はフッと笑い、言った。
「悪かったな、怖がらせてしまったようで。」
「い、いえ・・・別に・・。」
すると男性は最後に言った。
「俺はお前の味方だからな。」
「?それはどういう・・・?」
しかし、男性は私の質問には答えず、ソフィーの後を追いかけるように去ってしまった。
私は首を傾げながらその男性を見送っていたが、気を取り直してブラブラと食事を求めて歩き出した・・・・。
学院併設のカフェに入り、窓際の席でホットサンドを食べている時だった。
マリウスとドリスが腕を組みながら歩いている姿が見えた。
ふ~ん・・・仲が良さそうで良かった。
そう思いながらよくよく観察してみると、どうもドリスが一方的にマリウスに纏わりついているようで、肝心のマリウスは必死でドリスの腕を払っている。
その表情も露骨に嫌そうな顔を見せている。
あ~あ・・・あれじゃあドリスがあんまりにも可哀そうだわ・・・。
ドリスに同情してため息をついてその様子を見ていると、不意に声をかけられた。
「よおっ、ジェシカちゃん。会いたかったぜ!」
「え?」
顔を上げると、そこには笑顔で立っていたケビンだった。
「ケビンさん!ケビンさんも今日学院に戻って来てたんですね?」
ケビンは私のテーブルの向かい側に腰を降ろすと言った。
「いや、俺は昨日学院に戻って来ていたんだ。いい加減実家にいるのも飽きて来た頃だし、ひょっとすると早めに学院に戻ればジェシカに会えるかなと思ってたんだけど・・。どうだ?ジェシカ。俺はジェシカが学院に戻ってから何番目にあった男なんだ?」
何故かウキウキしながら尋ねて来るケビン。
「え?ええと・・・。3番目ですね。」
「3番?!何だか微妙な数値だな・・・?」
何やらブツブツ呟いている。
「ケビンさん。お昼は食べたのですか?」
疑問に思って私は尋ねた。
「ああ、俺は今さっき飯を食ってきたところだから平気さ。」
「所でケビンさん。ライアンさんは一緒じゃ無かったですか?」
「ライアン?ああ、アイツも早めに学院に帰って来てるけど・・・何だ?ジェシカはライアンに興味があったのか?」
面白くなさそうな顔で私を見るケビン。
「い、いえ。そうではありませんが・・ただ、ライアンさんとケビンさんは親友同士でしたよね?」
「まあ、親友というよりは悪友にちかいけどな?」
「そうなんですか?とても仲が良さそうに見えたんだけどな・・・。まあ、それは置いておいて、とに角よくお2人は一緒にいられてますよね?今日はライアンさんはどうしたんですか?」
「ああ・・あいつは忙しいだろう。だって考えてもみろよ。あいつは生徒会役員なんだぜ?新学期が始まる時は忙しいからなあ・・・。」
生徒会役員―。
そうだった、生徒会役員なのだからライアンは忙しいに決まっている。ライアンどころか生徒会長だってノア先輩の事を絶対に覚えていないだろうな・・・。
私はケビンの話を半分だけ聞き、後の半分は適当に相槌を打っていたのだが、ケビンの次の発言に思わず凍り付いた。
「全く、何でよりにもよってライアンの奴、生徒会の副会長なんかやってるんだろうな~。」
え?ライアンさんが・・・副会長?!
一体どういう事なの・・・?