第9章 2 衝撃的な手紙
1
「お兄様、何故マリウスとアリオスさんが領地へ行ったのかご存知ですか?」
私は夜遅くに仕事から帰宅してきたアダムに尋ねた。
「何だ、ジェシカ。それを聞くために私を待っていたのかい?」
アダムはコートを脱ぎながら言った。
「はい。そうです。」
アダムの脱いだコートを受け取り、コート掛けに掛けると、私は言った。
「父上には聞かなかったのかい?」
「はい。尋ねると妙にマリウスとの仲を勘ぐるので。」
「ふ~ん・・・。ジェシカはマリウスの事をどう思っているのかい?」
「マリウスは私の下僕としか思っておりません。」
アダムは少し思案する素振りを見せていたが、やがて言った。
「ジェシカがマリウスと家に帰って来た時に気が付いたのだが・・・マリウスはお前の事を好きなのだろう?」
「・・・はい。そうです。」
私は陰鬱な気分で答えた。
「どうしたんだ?ジェシカ。」
アダムは私の顔を覗き込むように声をかけてきた。
「私・・・困っているんです。マリウスの私に対する思いと言うか、執着に・・・。時々怖くなる事もあるし・・・それでアリオスさんにお願いしてマリウスを私の下僕から取り下げて欲しいと・・・でもそれを伝えようとした矢先に突然2人が領地に行ったと聞かされたので、お兄様なら何かご存知かと思いまして。」
「う~ん・・・実はね、私もアリオスからマリウスについて相談されていたんだよ。マリウスは自分の立場も考えず、ジェシカに激しい情愛を向けていると。」
私は周りの人達にマリウスが私に抱いている気持ちを知られていた事を改めて気付かされ、思わず俯いてしまった。
「わ、私は・・・マリウスの気持ちに応えて上げる事は出来ません・・・。」
「そうか、それで一度はドミニク公爵と婚約の話を進めようとしたんだね?マリウスにきっぱり諦めて貰うために。でも何故白紙に戻したんだい?」
「それは、アラン王子やフリッツ王太子に・・結婚を申し込まれたから・・・。でも私はその話を断りたくて、ドミニク様に婚約したフリをして貰おうと・・・結局それでもアラン王子は諦めてくれなくて、意味が無い事だと思い、ドミニク様に申し訳ありませんので婚約者のフリを取り消して頂いたんです。」
「ええっ?!その話は初耳だよ・・・。でも何故あの方々でも駄目なんだ?彼等程高い身分の方はいないし、何よりジェシカを好いてくれているのだろう?きっと幸せにしてくれるはずだよ?それにドミニク公爵だってジェシカの事を・・・。」
「まさか!ドミニク公爵に限って、それは無いです。公爵の方から私とは良い友人になれそうだと言って下さったんですから。」
「そうなのか・・・?でも現にゴールドリック家からは親書が届いているんだよ?正式にジェシカをアラン王子の后に迎えたいと・・。それでも駄目なのかい?何か受けられない理由があるのか?」
確かに・・普通に考えればアダムの言っている事は至極当然の事だろう。でも私にはやらなければならない事がある。私の命を助ける為に魔界に連れ去られたノア先輩を助けなければいけない。
それにアンジュの話では3ヶ月以内に魔界から連れ出さないと魔族になってしまうなんて。
今度は私が自分の命を懸けて先輩を助け出すたのだ。そんな状況の中で誰かと婚約なんてあり得ない。
でも・・・こんな話は誰にも相談出来ない。
「ごめんなさい・・・言えません。」
「まあ、いいさ。誰にでも人には言えない秘密の1つや2つあるだろう。兎に角、アリオスには何か考えがあるみたいだよ。だからマリウスを連れて久しぶりに領地へ行ったとも言われているし。本来の領主はアリオスなんだけどね、弟に任せているんだ。兎に角、あまりジェシカは悩む事は無いよ。きっとアリオスが何とかしてくれるから。」
アダムは私の頭を撫でると笑った。
「ありがとうございます、お兄様。」
頭を下げた私はアダムにお礼を言い、自室に戻ってベッドに入った。
とりあえずは、厄介なマリウスが暫くいないと言う事はラッキーだ。
これで明日からアンジュと会って、思う存分魔界についての話を聞く事が出来る。
一刻も早く魔界へ行き、ノア先輩を助け出す方法を探し出さなければ。そんな事を考えている内に、私は眠りに就いた・・・。
翌朝、私はシェフにお願いして2人分のサンドイッチを用意して貰い、ピーターの元へ向かった。
「おはようございます、ジェシカお嬢様。」
既にピーターは車の前で私を待っていてくれていた。
「おはよう、ピーターさん。ごめんなさい、今日もお願いしていい?」
「ええ、勿論ですよ。さ、お嬢様。どうぞお乗り下さい。」
「ありがとう。」
私が乗り込むと、ピーターは車を発進させた。
「あの・・・。ジェシカお嬢様。差し出がまし事をお聞きしてしまいますが・・人づてに聞きました。この度婚約を解消されたそうですね。」
ピーターが遠慮がちに尋ねて来た。
「ああ、ピーターさんも聞いていたんだね。そうよ、私は婚約を解消したの。でも、元々形だけの保留していた婚約話を白紙に戻しただけなんだけどね。
「そうですか・・・。確か、お相手はこの間ハンバーガーショップで会ったドミニク公爵ですよね・・?」
「うん、そうだよ。よく知ってたね?!」
「え。ええ・・・まあ。」
口籠るピーター。
「でもね、元々ドミニク様と私はただの友人関係だったのよ。実は他にも結婚を申し込んできた人達がいて、その話を断る口実の為にドミニク様に婚約者のフリをして貰おうと思って頼んだだけなのよ。あ、この話は誰にも言わないでね。2人だけの秘密にしておいてね。」
「は、はい!俺とジェシカお嬢様だけの秘密にしておきます!それにしても・・ドミニク公爵と友人関係なんて・・・俺から見たらそんな風には見えませんでしたけど。」
確かに私とピーターが2人でハンバーガーショップにいた時の公爵の怒りは半端では無いものを感じた。
「やっぱりいくらフリとは言え、婚約中?の私がピーターさんと食事に来ているのを不謹慎だと感じたから怒っていたのかなあ?」
「いえ・・・俺はそんな風には思えませんでしたけど・・。あの目はジェシカお嬢様に恋をしているように感じました。」
神妙な顔つきでピーターは言った。
「は?恋?公爵が私に・・・?ええ~それはいくらなんでも・・無いと思うけど・・?」
そんな私をピーターは呆れたような目で見た。
「ジェシカお嬢様・・・ひょっとしてかなり鈍いお方ですか?それとも・・・わざとなのでしょうか・・?」
「え?何の事?」
「いえ、今の話は忘れてください。それよりも、最近ドミニク公爵が王都の酒場で毎晩荒れて酔い潰れているという話を小耳に挟んだのですが・・・ご存知でしたか?」
その話を聞いて私は驚いた。
「ええ?!本当なの?あのドミニク公爵が?!」
「ええ・・・」
ピーターは何かもの言いたげに私を見て来た。
「そう言えば・・・以前にドミニク様に聞いたのだけど、以前好きな女性がいたらしいの。公爵家でメイドをしていた女性らしいけど・・その女性は結婚するからと言ってメイドの仕事を辞めたらしの。でも実は結婚していなかったそうよ。ドミニク様に好意を寄せられているのを恐れて、わざとそんな嘘をついたと。その話を最近知ったらしくて・・それで荒れているのかも・・・。あ、この話も絶対に他の人にしないでね?」
私はピーターに念押ししたが、彼は溜息をつきながら言った。
「ジェシカお嬢様は・・・。」
「何?」
「やっぱり相当、鈍いお方だったようですね・・・。」
再びピーターは深いため息をつくのだった・・・。
2
「アンジュッ!」
私が王立図書館へ行くと、既にアンジュは図書館の入口の前で待っていた。
「おはよう、ハルカ。もう少し待っていて来ない様だったら、先に中へ入ろうかと思っていたんだよ?」
ニッコリ微笑むアンジュ。おおっ!美少女が微笑むと、周りの空気が何だかキラキラ輝いて見える・・・。
「あ、ありがとう。アンジュ。・・・ねえ、やっぱり中へ入るには受付を済ませないといけないのかな?」
恐る恐る尋ねてみた。
「うん、そうだけど・・・。あ、でもね。ボクは許可証を持っているから毎回受付しなくてもこの許可証を見せれば中へ入れるんだよ?」
アンジュは言いながら首から下げている名札のようなものを見せてくれた。
「へえ~こんなのがあるんだ。でもこの許可証、どうやってもらえるの?」
「これはね、1カ月間毎日この図書館へ通い続ければ貰えるんだよ。」
ニコニコしながら物凄い事をサラリと言ってしまうアンジュ。
「ええ~っ!そんなあ・・・・1カ月間毎日?!」
そんな、絶対に無理に決まっている。大体後半月後には私は学院へ戻らなければならないのだ。しかもその前に色々やって置かなけれなばならない事が沢山残っている。
「どうしたの?ハルカ?」
落胆した私を覗き込むアンジュ。
「い、いや・・・・流石に1カ月間毎日図書館へ来るのは無理かな・・・と思って。」
「え?何で来れないの?」
アンジュは首を傾げている。
「ほら、アンジュも気付いていると思うけど・・・私はセント・レイズ学院の学生なの。今冬休みで帰省中なのよ。でも後半月もすれば授業が再開されるから戻らないといけないし・・・。」
「そっか、ハルカはセント・レイズ学院の学生だったんだね?それならボクもそっちへ行こうかな?ここの図書館より魔界の門があるセント・レイズ諸島の方が役立つ情報を仕入れられそうな気がするし。」
その言葉を聞いて私は驚いた。
「ええ?!本気なの、アンジュ。ここからセント・レイズ諸島は4500Kmも離れた場所にあるんだよ?一体どうやってそこまで行くつもりなの?それに親御さんがいるんでしょう?何と言って来るつもりなの?」
「ボクには親はいないよ。」
アンジュの言葉に瞬間私は凍り付いた。
「え?アンジュ・・・?」
「ボクには親はいないから、いつだって好きな時にどんな場所だって行く事が出来るよ。」
「ア、アンジュ・・・。」
目の前の少女に向かって私は何て残酷な言葉を言ってしまったのだろう。
私はアンジュの頭の後ろに手をやると、グイッと引き寄せ自分の胸に抱きしめた。
「え?ハ・ハルカ・・・・?」
アンジュの戸惑う声が聞こえる。
私はアンジュを抱きしめたまま言った。
「ごめんね、私何も知らないで随分無神経な事言ってしまって・・・・。」
「嫌だな~。ハルカったら・・・。ボクは別に同情を買う為にこんな言葉を言うつもりなんか無かったのに・・。」
アンジュは笑い、そして私に言った。
「やっぱりハルカは優しいね・・・。」
その後、王立図書館で私は受付を済ませた。てっきりまた城へ呼び出されてしまうのだろうか?しかし、そんな心配は稀有に終わった。
「ねえねえ、ハルカ。どうしてさっき受付でビクビクしてたの?」
2人で並んで座り、本を読んでいるとアンジュが話しかけてきた。
「ああ・・・じつはね・・。昨日ちょっと知り合い2人に・・さっきの場所で受付をしたら呼び出されてしまってね。それで今日も呼び出されたらいやだなあって思って。」
「ふ~ん・・。そうなんだ・・・。もしかして男の人?」
アンジュがテーブルに自分の頭を乗せる姿で私を見つめてきた。
「う、うん。まあそんな所・・・。」
「ねえ、その2人はハルカにとってどんな存在なの?恋人候補?」
何だろう?やけにしつこく尋ねて来る。
「恋人候補なんかじゃ無いってば。そ、それにこんな話はまだ子供のアンジュには早いから、この話は終わり。」
「子供・・・か。」
寂しげにポツリと言うアンジュ。
「え?」
「ねえ、やっぱりボクは子供に見える?」
真剣な瞳で見つめて来る。
「うん・・・見える・・けど・・。でも、大丈夫よ。すぐにこの年齢の子は大きくなるから大丈夫。でもね、まだアンジュは子供なんだから1人でセント・レイズ諸島へ来るのは無理だよ。だってご両親はいなくても、親戚が誰かと住んでいるんでしょう?」
「・・・・。」
アンジュは何故か視線を逸らして応えない。・・・やっぱり図星なのかな?
それに、私はこれから門を開けるという大罪を犯して公爵に裁かれてしまう未来が待っている。そんな姿をアンジュには見られたくは無かった。
「はい、それじゃこの話は終わり。じゃあまた魔界についてのお話聞かせてくれる?」
話題を変えると、アンジュはようやく調子を取り戻したのか、私に言った。
「うん、いいよ。昨日はジェシカから沢山話を聞いたから、今日はボクからお話してあげるね。」
そしてこの日もお昼の鐘がなるまで、私達は魔界についての話を沢山した―。
「ねえ、アンジュ。今日はね、サンドイッチを作って持ってきたの。今日は日差しが合って温かいから公園のベンチにでも座って一緒にお昼を食べない?」
私は持っていたバスケットを見せながらアンジュに言った。
「本当?!嬉しいな~。それじゃ、一緒に行こう!」
2人で手を繋いで王立図書館を出ると、背後から声をかけられた。
「「ジェシカ。」」
う・・・あの仲良くハモった声は・・・嫌な予感がする。
ゆっくり振り返ると、やはりそこに立っていたのはアラン王子とフリッツ王太子であった。2人とも防寒着のマントを羽織り、腕組みをしながら立っている。
「こ、これはこれはアラン王子とフリッツ王太子様・・・。ご機嫌用。アラン王子はまだこちらに滞在されていたのですね。」
愛想笑いを浮かべながら2人に挨拶をした。
「おい、ジェシカ・・・・お前はまた俺に会って最初に言う言葉がそれなのか・・?」
あ、アラン王子の目がまたウルウルしてきてる。いやだな~これじゃまるで私が虐めているみたいだ。心の中で溜息をつく。
そしてそんな私を楽しそうに見つめるフリッツ王太子。
「てっきり本日はお2人はいらっしゃらないかと思っておりましたが、お城にいらしたのですね。」
「ああ、いたとも。何故いないかと思ったのだ?」
フリッツ王太子が尋ねて来た。
「それは・・・昨日は図書館へ入る前に呼び出されたからです。」
「ああ、昨日ジェシカは俺達にどうでも良い話で自分を呼んだのかと言っていたよな?」
今度はアラン王子が話す。
「はい、確かに言いましたが・・・・。」
「だから、俺達はお前の用事が終わるのを待って声をかけたのだ。」
アラン王子は胸を逸らせるように言う。
あ~そうですか・・・。
すると今まで黙っていたアンジュが口を挟んできた。
「ねえ、ジェシカ。一体この人たちは誰なの?」
「何だ?お前は俺の事を知らないのか?」
フリッツ王太子はアンジュの顔をジロジロ見ながら言う。
ええ?!こんなに美少女のアンジュを平然とした顔つきをしている!
「それより・・・お前は誰だ?随分馴れ馴れしくジェシカと手を繋いでいるが・・・。」
アラン王子は面白くなさそうにアンジュに文句を言っている。
何故?何故彼等はこんな美少女を前にそんな台詞を言うのだろう?
しかし・・・いくらイケメンでも可憐な美少女にそのような態度は許せない。
「あの、アラン王子にフリッツ王太子様。私はこれからアンジュと2人でお昼を食べに行きますので、これで失礼致します。さ、行きましょう。アンジュ。」
私はアンジュの手をしっかり握りしめると、何か言いたげな二人の王子を残してその場をさっそうと立ち去った―。
3
私達は温かい日差しの良く当たる公園のベンチに座ってサンドイッチを食べていた。
「ハルカ、このサンドイッチ美味しいねえ。」
アンジュは、ニコニコしながら食べている。その笑顔はまるで天使の様だ。
か・可愛すぎる・・・。私は思わずアンジュに見惚れてしまった。
「どうしたの?ハルカ。ボクの事じっと見つめて。」
「あ、ご・ごめんなさいっ!あ、あんまりアンジュが可愛かったから、つい・・。」
顔を赤らめて慌てて視線を逸らす。うん、やはりこの少女は本当に可愛い。
「そう?ありがと。」
にっこり微笑むアンジュ。ああ・・・こんな妹が欲しいな~。
私は話題を変える事にした。
「ねえ、アンジュ。貴女・・・今は何処に住んでるの?今日は教えてくれるよね?」
「ええと・・・。」
アンジュは中々言い出そうとしなかったが、私があまりにもじ~っと見つめるので観念したのかようやく口を割った。
「あのね、実はボク・・・。今・・住んでるところ・・無いんだ・・。だからあちこち色んな場所で野宿してるの。どうしてもいろんな国の図書館の本が読みたいから、皆の許可を貰って旅を続けている最中なんだよ。」
「えええ?!それ、本当なの?!」
何て事!こんな美少女が野宿をしているなんて!人攫いか、悪い男に掴まってしまったら大変だ!
「ねえ!アンジュッ!」
私はガシイッとアンジュの両肩を掴むと言った。
「駄目よ!貴女みたいな子が野宿なんて!何かあったらどうするの?!
いいわ、私の家においで!」
「え?!でも、それじゃ家の人達に迷惑なんじゃ・・・。」
アンジュは驚いた様に言った。
「大丈夫、大丈夫。私がちゃんと家の人達には説明するから。それよりアンジュが心配でたまらないもの。」
そして私はそのままアンジュを連れて城へと連れて帰ってきてしまったのだった。
「まあ、アンジュって言うお名前なの?本当に可愛らしくて天使みたいね~。」
アンジュを見た母はその美少女ぶりにすっかり魅了されてしまった。
「駄目よ。貴女みたいな可愛らしい女の子はもっと素敵なドレスを着なくっちゃ。幸いジェシカが貴女位の時に着ていたドレスが沢山あるから、是非それを来て頂戴な。」
言うが早いか、母は私からアンジュを奪い取ると衣裳部屋へと行ってしまった。
私は母の態度に思わず呆然としていると、1人残された私の元へミアがやって来た。
「ジェシカお嬢様、お帰りをお待ちしておりました。」
「ミアッ!良かった・・・・。マリウスに私のお世話係を外されてしまったと聞いていたから・・・。」
「はい、ご迷惑をおかけしましたが、もう大丈夫です。再び私がジェシカお嬢様のお世話係になる事が決まりましたので。それよりジェシカお嬢様宛てにお手紙が何通も届いておりますのでお持ちしました。」
「え・・・?何通も・・・?」
「はい、ジェシカお嬢様は本当に人気がおありの方だったのですね。」
ミアはニコニコ笑いながら手紙の束を渡すと去って行った。
アンジュもあの調子だと多分母から当分解放されないだろうから、ひとまず私は手紙を抱えて自室に戻る事にした。
デスクの前の椅子にすわり、手紙を眺める。取り合えず私にとって最優先すべき手紙から順に並べてみた。
エマ・リリス・シャーロット・クロエ・ダニエル・グレイ・ルーク・ライアン・ケビン・そして・・・生徒会長。
う~ん・・全部で10通もある・・・。取り合えず女友達の手紙は全て目を通して返事を書きたいし、ダニエル先輩にはどうしてもノア先輩の事で何か記憶が無いか確認したい。グレイやルークはアラン王子の事で恐らく手紙を書いてきたのであろう。
それにライアン、ケビンに至っては私の事を心配しながら国に帰ってしまったのだから返事は書いておかないと。
残りは生徒会長か・・・出来れば読みたくも無いし、返事を書く気も起きない。この手紙は余裕があった時だけ対処しよう。
さて、ではまずは一番の親友エマの手紙から・・・。
ジェシカさんへ
お元気ですか?私は国に帰ってから婚約者と正式に婚約式を行いました。
毎日、彼と一緒にいられて幸せな日々を送っています。
それでもやはり思い出されるのはジェシカさんやシャーロットさん、リリスさん、クロエさんの事です。早く、皆さんにもお会いしたいです。
あ、すみません。婚約者が私を呼んでおりますので、もうペンを置かないと。
彼ったら少しでも私の姿が見えないと不安になってしまうんですって。
それでは新学期にまたお会いしましょうね。
エマ・フォスター
ふふ・・・。手紙からエマと婚約者のラブラブぶりが良く分かる。これは新学期になったら詳しく話を・・・。そこまで考えて私の中に暗い影が落ちる。
そうだ、新学期になったら恐らく私は今迄のように平和に暮らしていく事は敵わなくなるだろう。
深いため息をつくと、私はリリスの手紙を手に取った。
ジェシカ・リッジウェイ様
お元気にしてらっしゃいますか?私はとっても元気です。ジェシカさん、聞いて下さい。ビッグニュースがあるんです!私、ついに婚約したんです!お相手は同じ学院の方で、一度ジェシカさんもお会いしたことがある方なんですけど。お名前等は新学期にお会いした時に紹介させて頂きますね。恐らく在学中に結婚する事になりそうです。式には是非参加して下さいね。今から新学期が楽しみです。それではまた
リリス・モーガン
えええっ?!リリスが婚約?そしてまさかの結婚宣言とは!まるでジェットコースター並みの急展開でびっくりだ。でも、余程嬉しいんだろうな。用件だけ簡潔に伝えてある手紙から彼女の様子が伺えた。新学期か・・・。ここでも私の心の中に暗い影が落ちるのを感じざるを得なかった。
私は気を取り直して、今度はクロエの手紙を手に取った。
ジェシカ様
毎日、いかがお過ごしですか?私は国へ帰ってからは毎日魔法の勉学にいそしんでおります。ジェシカ様。雪のパレードの日の事覚えてらっしゃいますか?
あの時は本当に痛快でしたわね。愚かな男共に正義の鉄槌を下した時のあの爽快感、思い出すだけで今も胸がスカッとしますわ。またあのような機会があれば是非私にまた声をかけて下さいね?その為にも魔力の腕を磨いておりますので。
それではまた新学期に。
クロエ・ネルソン
・・・・。
私は固まってしまった。ま、まさかクロエにこのような過激な一面があったとは・・いや、あの雪のパレードの日をよく思い出してみよう。私の友人達はあの時、まるで全員人が変わったように男性陣達を攻撃していたでは無いか。しかも高笑いをしながら・・・。うん、彼女達は味方にしておくと心強いが敵にすると恐ろしいと言う事を良く覚えておかないと。
残りはシャーロットの手紙かな?私は手紙の封を切った。
ジェシカ・リッジウェイ様へ
毎日寒い日が続きますが、いかがお過ごしですか?こう寒いと、外出するのも億劫になり、家に引きこもる日々が続いています。
久しぶりの家の食事が美味しくてつい、食べ過ぎてしまい少しだけ体重が増えてしまいました。新学期私に会っても驚かないで下さいね。
あ、それよりもちょっとしたニュースがあります。聞いて下さいますか?
ナターシャ・ハミルトンを覚えていますか?
ほら、ジェシカさん達に嫌がらせをした事がバレて学院を去って行った・・・。
その彼女の事である噂を耳にしました。彼女、離婚されて実家へ戻ったらしいですよ。何でもその離婚された理由が強烈なんです。
どうやらナターシャさんは結婚相手との夜の生活を(これって中々恥ずかしい表現ですね)拒んでいたのに妊娠したらしいんですっ!
それで相手の方が不義を働いたナターシャさんに激怒して追い出したらしですよ。
今では親からも縁を切られて、教会にいるそうなんですが・・・。
一体、ナターシャさんのお相手の方って誰だったんでしょうね?
それでは来学期、またお会いしましょうね。
シャーロット・ベル
「・・・・。」
気が付くと私は手紙を落していた。
ナターシャが妊娠?しかもそのお腹の子供の父親は結婚相手では無かった?
となると、もう相手は1人しかいない。
「ノア先輩だ・・・。」
先輩はナターシャから真実を聞きだす為にわざと彼女に近付き、誘惑して身体の関係を持った。
その事はノア先輩の口から、ナターシャを抱いたと私ははっきり聞いているのだ。
そんな、まさか・・・。
私はいつしか震えていた―。