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第8章 4 残酷な事実

1


「どうもご迷惑をおかけしてしまいました・・。ジェシカお嬢様。」


 ここは王都のカフェ。ピーターは私の向かい側の席に座り、申し訳なさそうに頭を下げている。

あの後ピーターに絡んでいた2組のカップルを撃退?し、元気が無いピーターを見かねた私は近くのカフェに彼を連れて来たのだ。


「そんな事、気にしないでよ。それにしても何だったの?あの人達は。ピーターさんとはどういう関係?話したく無ければ無理には聞かないけど・・・。」


「いや、関係と言っても大した仲では無いですよ。ただ学校の同級生だったってだけです。それに・・・彼等は商人の跡取りだから・・・金持ちで俺を見下してるんですよ。以前のジェシカお嬢様は俺に興味すら持っていなかったので、こんな風に2人で話をした事すら無かったので知らなかったでしょうけど・・・俺は両親を亡くして、今は1人であの家に住んでるんですよ。元々我が家はリッジウェイ家の使用人で、あの家に住んでいたんですけどね、俺が学校を卒業する前に両親が事故で死んでしまって・・・旦那様がお金を貸してくれて、何とか卒業する事が出来たんですよ。それで今は借金を返しながら生活しているって感じです。」


 私はそれを聞いて途端に自分が酷く甘えた人間のように思えて恥ずかしくなってしまった。親に買ってもらった服を必要無くなったからと安易に売って現金にしてしまうなんて・・・きっとピーターから見たら、甘ったれた嫌な人間として目に写っているに違いない。


「ごめんなさい・・・。」


 思わず私は俯いてピーターに謝っていた。


「え?何故ジェシカお嬢様がそこで謝るんですか?!」


ピータ―は慌てたように声をかけてきた。


「だ、だって・・・。貴方は頑張って働いて稼いだお金で借金を返し、車を買って、そしてあの家で1人生計を立てているんだもの・・・。とても立派な人よ。それなのに私ときたら・・・いらなくなったから売りに出して現金に換えてしまうなんて罰当たりな事をして・・・。」


 幾らこの先私が罪を犯して捕らえら、財産を奪われてしまうからと言って、先手を打つために不要な物品を売ってお金を稼いで、それをダニエル先輩に預けようと思っていたなんて。

きっとピーターから見れば軽蔑に値する人間なのかもしれない。

それに考えてみれば夢の中では私だけではなく親族まで流刑島へ送ると言っていたでは無いか。そうなると・・・財産を隠して置く意味すらなくなってしまう。

だとすると、リッジウェイ家から縁を切って貰わなければ・・・!


 私が俯いたまま、口を閉ざしてしまったのを見て、ピーターは酷く狼狽してしまったようだ。


「ジェシカお嬢様?!どうされたのですか!顔を上げてくださいよ。俺、別に軽蔑なんて全くしていませんから!」


ピーターの声に我に返り、私は顔を上げた。


「そ、それに俺・・・口に出しませんでしたけど・・・本当は今日凄く嬉しかったんですっ!」


「嬉しかった・・・?」

何か嬉しかった事があったのだろうか?


「今まで誰もが俺の車の事馬鹿にしていたのに、ジェシカお嬢様は楽し気に乗ってくれて、その上素敵だと言ってくれた事も・・・俺の馬の事も気にかけてくれたし、あのマリウス様に内緒で秘密を打ち明けてくれた事や・・さっき俺をからかっていた連中から・・わ、わざと彼女のようなフリをしてくれてあいつらの鼻を明かしてくれた時は・・・正直、スカッとしましたよ。」


ピーターはニコッと笑顔で言った。


「そうなの?大した事はしたつもり無かったのだけど、ピーターさんのお役に立てたようなら良かった。」


私は腕時計をチラリと見た。

時刻はもう12時になろうとしている。

「あ、もうお昼の時間だね。それじゃそろそろ・・・。」

立ち上ろうとした時、突然ピーターが大きな声で言った。


「あ、あのっ!」


「え?な、何?」


「俺、王都で美味いハンバーガーショップを知ってるんですよ!も、もし良かったらさっきのお礼も兼ねて・・一緒にそこのお店で・・食事しませんか?!」


「・・・・。」

ピーターの余りの大きな声に驚き、言葉を無くした私は思わずピーターを見上げると、彼は何を勘違いしたのか慌てたように言った。


「あ、す・すみませんっ!仮にも・・・公爵令嬢がハンバーガーなんて庶民的な食べ物を好まれるはずがありませんよね・・・。」


何故か必死に言い訳のように言うピーターだが、次第にその声は元気を無くしていく。え?また私無意識に傷つける行動を取っていた?だから私は言った。


「行きます・・・。」


「え?」


ピーターは私を見た。


「行くっ!行きたいっ!ハンバーガー大好きなの。是非、案内してくれる?」

丁度お腹も空いていたし、美味しいと評判のハンバーガーが食べられるなんて・・。


「そ、それじゃ行きましょう。ジェシカお嬢様。」


ピーターに案内されて行ったハンバーガーショップは中々の盛況ぶりだった。

彼は言う。


「ここのハンバーガーショップは全て注文してから作るので、いつでも出来立てを食べられるんですよ。それにバンズの大きさもサイズが選べるし、具材の中身も指定出来るんですよ。」


ピーターは嬉しそうにペラペラと喋る。

知らなかった・・・・この人はこんなにもおしゃべりが好きな人だったんだ・・。

そんなピーターを私がじ~っと見つめていると、ハッとなるピーター。


「す、すみません・・・。俺、1人で喋り過ぎで・・。男のくせにお喋りだと思われたでしょう?」


「うううん、そんな事無いよ。それよりここのハンバーガーショップ、他の誰かと来る時もあるの?」


私が尋ねるとピーターは目を伏せると言った。


「無い・・・です。ジェシカお嬢様が初めてです。」


「そうなの?ありがとう、最初に連れて来てくれて。」

ああ、楽しみだなあ。そう言えばセント・レイズ学院にいた時もよくハンバーガーを食べていたっけ・・・。


 広い店内には所狭しと若い男女がテーブルにひしめき合っている。

それによく見ればカップルばかりだ。

メニューを注文する為にカウンター前で並んでいるとピーターに声をかけられた。


「ジェシカお嬢様、どのメニューにしますか?」


私はメニュー表を見て驚いた。ハンバーガーだけでも50種類位あるのだ。とても選べるわけが無い。


「あの~ピーターさんと同じメニューにしてもらえる?サイズは小さめので。」


「ええっ!ジェシカお嬢様・・・本気でおっしゃられているのですか?」


「?うん。だって多すぎて選べないから・・・ピーターさんならこのハンバーガー屋さんに来慣れているから、任せれば大丈夫かなって・・・。」


「はい、そういう事ですね・・。はい、分かりました。では注文を取ってきますので、あちらの席で待っていて貰えますか?」


「うん。それじゃあそこで待ってるね。」


 席について大人しく待っている事、約5分。


「お待たしました、ジェシカお嬢様。」


ピーターがトレーに乗せてハンバーガーのセットを運んできた


「これはこの店一番のお勧めメニューなんですよ。これを頼めばまず間違いは無いです。」


トレーの上に乗ったハンバーガからは美味しそうな匂いが漂っている。

「うわあ・・・本当に美味しそう。」


ピーターがハンバーガーにかぶりつくのを見て私も一口かぶりつく。

お、美味しい・・・っ!

私は思わず夢中になって食べ続け、目の前にピーターが座っている事すら忘れてしまっていた。


「ふう・・美味しかった。」

私は口元をペーパーで拭き取り、そこで初めてピーターが楽しそうに笑っている事に気が付いた。

ハッ!いけない・・・ついピーターと一緒に来ている事を忘れていた。


「あ、あの・・・。」

ううう・・食い意地のはった女と見られたのでは無いだろうか!


「ハハハ・・・ッ。ジェシカお嬢様の食事する姿は清々しいですね。」


ピーターは笑いながら私を見て笑い、そして言った。


「ジェシカお嬢様・・・。今日は楽しい時間を過ごす事が出来て有難うございました。もし機会があれば、また一緒にこの店で食べませんか?」


「うん、そうだね・・・。」


そこまで言いかけた時だ。


「ジェシカッ!」


厳しい声で名前を呼ぶ声がしたので私は慌てて振り向いた。

そこに立っていたのは―。





2


 名前を呼ばれて振り向いた先に立っていたのは険しい顔をした公爵だった。

え?何故公爵がここに?それにどうしてそんなに怖い顔をしているのだろうか?


「ドミニク様・・・何故こちらに?」

私が尋ねると公爵は返事もせずにこちらに歩み寄り、私達のテーブルの席に無言で座った。


 黒いマントを身に纏い、黒髪にオッドアイの瞳と完璧な美貌を持つ公爵はやはり目立つのだろうか、店内がざわめく。


「あ、あの・・・?」

声をかけるとようやく私の方を見た。


「今朝・・・リッジウェイ家を訪ねたら朝から何処かへ出掛けたと言われた。」


「え?」

突然公爵が口を開いた。


「ジェシカの事だ。行く先と言えば王都しかあるまい。それに王都は徒歩では行けない距離だ・・・。」


私の戸惑いとは別に淡々と語る公爵。


「そして俺は聞いた。ほぼ毎日王都に仕入れの仕事で来ている使用人の若者がいるという事を。」


言いながら、ピーターの事をジロリと睨み付ける。

ピーターはビクリとした。相手の正体は知らないものの、身なりから相当身分が高い事に気付いているのだろう。


「どういうつもりだ?お前は・・・使用人の身分をわきまえず、主と2人で食事をしに来ているとは。自分の置かれている立場を理解しているのか?」


強い口調でピーターに言う。 


「お、俺は・・・。」


ピーターは俯いてしまう。


「待って下さい、ドミニク様。私が無理を言って、彼に連れてきて貰ったんです。どうかピーターを責めないで頂けますか?それに彼は確かに使用人ですが、雇用主は私の父であり、私が主ではありません。」

私は公爵に訴えた。


「ジェシカお嬢様・・・。」


「ジェシカ、今俺はこの男に話をしている。悪いが、口を挟まないでくれるか?」


何処かイライラした口調で公爵は言う。


「一体どうしたと言うのですか?いつものドミニク様らしくないですよ?」


私はそれでも続けた。


「らしくない・・・か。それではどんな俺ならいいのだ?」


公爵は頭を押さえながら言った。

「それは・・・・。」

私は言葉に窮してしまった。そしてそんな私達を気まずそうに見つめるピーター。その顔は酷く傷ついて見えた。


「さあ、ジェシカ。俺と一緒に帰ろう。」


公爵は立ち上がった。

「い・・嫌です!」


「え?!」


ピーターは驚いて私を見た。

しかし、それ以上に驚いているのは公爵の方だった。


「ジェシカ・・・。自分で何を言っているのか分かっているのか?」


「はい、良く分かっています。私は今日ピーターさんと王都に来ました。だから帰りもピーターさんと帰ります。最も・・・彼が迷惑でなければの話ですが。」


「俺は迷惑とは・・・・。」


ピーターは驚いているようでは合ったが、拒絶はしなかった。

「そう?ありがとう、ピーターさん。」

私は笑顔で言うと、公爵が声を荒らげて言った。


「ジェシカッ!」


公爵の声が響き渡り、店内の視線が一斉にこちらに集中する。


「ドミニク様・・・。落ち着いて下さい。ここは人目が付きますので、何処か場所を変えませんか?」


「・・・分かった・・・。」


公爵が立ち上ったので、私はピーターにも声をかけた。


「ではピーターさんも行きましょう?」


すると何故かピーターは急に慌てたように言った。


「あ・・・そう言えば俺、まだ仕入れが終わっていない物があったのを思い出しました!今からそちらに行かなければならないので、ジェシカお嬢様。申し訳ありませんが、そちらの方と本日はお帰り頂けますか?」


そして公爵の方を見ると言った。


「どうも申し訳ございませんでした。身の程を弁えず・・・。それではジェシカお嬢様をどうぞよろしくお願い致します。」


ピータ―は頭を下げると、逃げるように走り去ってしまった。


「ピーターさん・・・。」

誰にでも分かるような嘘をついて、この場を収める為に去って行ったのは見え見えだった。


「ジェシカ・・・あの男も行った事だし・・我々も帰ろう。」


公爵は溜息をついて私の腕を掴んで立たせると、肩を引き寄せて言った。


「でも・・・。」


私がまだ渋っていると、公爵は私の手を繋ぎ、強引に店の外へ連れ出した。

そしてドンドン歩いて行く。


「ド、ドミニク様!一体何処へ行くつもりですか?!」


それでも公爵は答えずに歩き続ける。やがて公爵は教会の前で足を止めた。


「・・・?」


 私は手を繋がれたまま教会を見上げた。公爵は何故私をここへ連れて来たのだろう?

公爵はドアを開けるとフラフラと中へ入って行き、中央の椅子に座った。

私はどうしようかと躊躇したが、そのまま公爵を放って置く事も出来ずに、中へ入ると隣の席に腰を降ろした。


「この教会は・・・俺が恋していたメイドが結婚式を挙げた教会だと聞いていた。」


突然公爵は語り始めた。


「俺が領地巡りで丁度留守をしていた時の話だった・・・。彼女がここを出て行き、別の男と結婚したという話を聞いたのは屋敷に帰ってからの事だった。」


「え・・・?」

私は驚いて公爵の顔を見たが、彼の横顔からは何も感情を読み取る事が出来なかった。


「本当は、彼女は俺の事を好いていてくれて、周囲から身分違いの恋を反対されて俺との恋を諦める為に他の男と結婚したのではないかと思っていたのだ・・。それなのに・・・。」


公爵はグッと拳を握りしめ、祭壇を見つめると言った。


「・・・彼女は誰とも結婚はしていなかった。俺の館を出てからすぐに家族と一緒に別の国へ移り住んだらしい。」


「ど・・どうして・・?」

何故、彼女はそのような事をしたのだろうか?私にはさっぱり理由が分からない。


「今朝・・・使用人たちの会話を聞いてしまったんだ。彼女から手紙が届いたらしく、他所の国で両親と幸せに暮らしていると・・。」


「!」


「俺は、どういう事なのだと使用人達を問い詰めた。すると、彼等は白状したよ。本当は彼女は俺に好意を寄せられているのが怖くて逃げ出したのだと・・・。やはり世間から悪魔と呼ばれる俺の事を本当は彼女が恐れていたのだと言う事を今朝、初めて聞かされたよ。まさか逃げ出す程だったとは・・・。小さい頃からずっと一緒だった彼女にそんな目で見られていたなんて今迄思いもしなかった。」


「ドミニク様・・・。」


公爵は私の方を向くと言った。


「だから、俺は・・・ジェシカ。無性にお前に会いたくなって・・矢も楯もたまらず、リッジウェイ家を訪れた。それなのに、お前は何処かへ出掛けてしまったと言うじゃ無いか。」


「・・・。」

私は何も言えず、押し黙ってしまった。


「恐らく王都に来ているのではないかと必死で探した所・・・お前は、よりにもよって使用人の男と仲睦まじく食事をしていた・・。」


「ドミニク様・・・。」


「ジェシカ、お前は俺が恋したあのメイドとはまるきり正反対だ。お前は身分の差など少しも気にしない。俺の黒髪を美しい髪色だと言った。そして・・・左右の瞳の色が違うのも神秘的で素敵だと言ってくれた・・・。」


 いつの間にか公爵は熱のこもった瞳で私を見つめていた。

どうしよう・・・。私の言葉を公爵はそれほど重く受け止めていたなんて。

黒髪は日本にいた時で見慣れていたし、オッドアイの事だって知っていた。だから公爵の事を悪魔とは思いもしなかったので思ったままの言葉を公爵に伝えただけなのに・・。


「だからこそジェシカ、俺はお前に会いたいと思い、王都中を探し歩いたのだ。それなのに・・・。お前は俺を追い返そうとした・・・。その時に思った。やはりジェシカは身分の差など全く気にも留めない女なのだなと。だから・・そんな女だからこそ、俺は・・。」


そこで公爵は言葉を切り、俯いてしまった。

私は何と答えれば良いか分からなくなってしまった。先程のピーターの話も気の毒だし、公爵だって十分苦しんでいる。だけど・・・あの時ピーターが見せた悲し気な表情も忘れらない。

私は項垂れている公爵の背中にそっと手を添えると言った。


「ドミニク様・・・取り合えず、邸宅へ送って頂けますか・・・?特製ハーブティーを淹れますから、是非飲んで行って下さい。」

それだけ伝えるのがやっとだった―。


取りあえず邸宅に帰ったら、ピータを訪ねて今日の事を謝罪しなくては・・・。





3


 この後公爵の転移魔法により、リッジウェイ家に帰ってきた私は公爵の為に特製ハーブティーを淹れてあげた。

公爵はかなり精神的に参っていたようだが、このハーブティーを飲んだ事によって落ち着いたようだった。

 公爵が滞在中、マリウスは始終私達の様子を気にしていたようであったが、アリオスさんに止められ、色々と屋敷の用事を言いつけられて働かされ、結局私達のいる部屋に来ることは無かった。


「今日は・・・・ジェシカに情けない姿を見せてしまったな。・・悪かった。」


帰り際に公爵は言った。


「いいえ、いいんですよ。だって私達は友人なんですよね?」

笑顔で言うと、何故か公爵は悲しげな顔をした。


「友人・・・か・・?」


「ドミニク様?」


「やはり、お前の中での俺は友人・・・なのか?」


「え?ええ・・・。」

だって、確か公爵からその話を言って来たんだよね?あ!そうだ、伝えたい事があったんだ。


「あの、ドミニク様。実はその事でお話があるのですが・・・。結局私がドミニク様と婚約したフリをしてもアラン王子もマリウスも態度は待ったく変わらなかったので・・婚約は解消・・と言う事にしませんか?」

どうせ婚約指輪とかもしていないし、単なる口頭での決め事だから何も問題は無いだろう。

フリッツ王太子は何も言っては来ていない所を見ると、恐らく私にはもう興味は無いだろうし。

 しかし、その事を告げると公爵の顔色が変わった。


「な・・・何・・?ジェシカは俺との婚約を破棄すると言うのか?」


ん?破棄?そもそもきちんと婚約を結んでもいないし、破棄も何もあったものでは無いと思うのだけれど・・・。


「あの、ドミニク様。落ち着いて下さい。そもそも私達は婚約のフリをしただけですよね?第一指輪だってしている訳でも無いし、正式に婚約を結んでもいませんでしたけど・・・。」


「ジェシカ・・・。それがお前の本心なのか・・?」


酷く傷ついた顔で私を見つめる公爵。え・・?私何か変な事を言ってしまっただろうか?

「え?ええ・・・。取り合えず、婚約を取りやめにした理由は・・・この際、何でもいいですよ。私に原因があったという事にして頂いても結構ですし・・。」

そもそも公爵と婚約をしている状況で魔界の門を開ける事も、ノア先輩を助けに行ける訳もない。


「分かった・・・。ジェシカがそこまで言うのなら・・この婚約は無かった事にしよう・・。帰り際にジェシカの両親に俺から話をするよ。」


 流石は公爵、話が早くて助かる。だけど、何だか公爵の様子がおかしい。余りにも突然の申し出だったからだろうか?でもそんな事は自分だって分かっている。随分身勝手な事をしている事等十分承知している。しかし、私は魔界へ行く方法がまだ分からないけれどもノア先輩を助けに魔界へ行くと決めたのだ。

 そうなると公爵は必ず私を捕えて裁きにかける。今目の前にいる公爵はいずれ私の敵になってしまうのだ。

公爵は私に言った。絶対に私を傷つける事はしないと。でも・・・恐らくそれは無理だろう。きっとソフィーが介入してきて、何らかの手を使って公爵に暗示をかけてくるに違いない。

ソフィーの暗示は強力だ。ちょっとやそっとの事ではいくら魔力が強い公爵でも暗示を破る事が出来るとは思えない。

だからこそ、絶対にこれ以上仲良くなってはいけないのだ。今後はある一定の距離を置かなければ。

さもないとゆくゆくはお互いを傷つけ合うだけなのだから・・・。


 結局、この後は公爵が私の両親に面会して話をする事になった。

自分には愛する女性がいて、彼女は結婚してしまったと噂を聞いていたが、実はその話は嘘で、まだ結婚はしていなかった。

その事実を知り、彼女に対する思いがまた強まり、私に不実な事はしたくないから婚約を破棄させて欲しいと・・・。

 公爵は自分が一方的に悪者扱いされる事により、私の両親を納得させてしまったのである。

父と母は、最初こそ良い顔はしていなかったけれども結局は公爵の彼女に対する情熱を知る事になり、最期は公爵に彼女との愛が成就しますようにと何故かエールまで送っていた程だった。


 公爵を門まで送る為、お互い無言のまま私達は並んで歩いていた。

やがて門まで辿り着いたので、私は公爵に言った。

「それでは、ドミニク公爵様。お元気で・・・。今までありがとうございました。」


「まるで・・・最後の別れのような台詞だな?他に俺に言う事は・・・無いのか?」


寂しげに微笑む公爵に私の胸は締め付けられそうになった。

「そうですね・・・。ドミニク公爵様の前に素敵な女性が現れ・・新しい恋が始まる事を・・お祈りしています。」


「!」


一瞬公爵の身体がビクリと反応するのを見た。公爵は少しの間、俯いて下を向いていたが・・・やがて顔を上げると言った。

「あ、ああ・・。そうだな。そうなると・・いいな。」


「はい、来年はセント・レイズ学院に編入されるんですよね?この学院では素敵な女性も沢山いますし、学生結婚も認められている程なので、きっと公爵様ならすぐに良いお相手に巡り合えると思いますよ?」

私はわざと明るく言った。


「・・・。」

公爵は黙ったまま何も言わない。どうしよう、このまま家に戻る事出来ないよね・・・?


「俺の・・・言う事を信じては貰えなかったという事か・・・?」


公爵は突然顔を上げると言った。


「え?」

ドクン。

自分の考えを見透かされた様で心臓の鼓動が大きくなった。


「ジェシカは・・・俺が絶対にお前を傷つけないと言った言葉を結局は信じてくれなかった・・・という事なのか?」


 気が付くと至近距離で私は公爵に見つめられていた。

駄目だ・・・この瞳に見つめられると、本音を打ち明けてしまいそうになる。


「あの・・・私、これで失礼しますっ!」

私は背を向けて帰ろうとして・・・背後から突然公爵に抱きすくめられ、耳元で何かをささやかれた。


「え?!」

慌てて振り返るも、一瞬で公爵の姿はその場でかき消えてしまった。

今の台詞は・・・・?まさか、聞き間違い・・・だよね・・・?

私は公爵が去った後も暫くその場に立ち続けていた―。




 夕方—


コンコン

私はピーターの家のドアをノックした。家の裏手を見ると車が置いてあるのでもう家に帰っているはずかな・・・?しかし留守のようだった。

何時帰宅するかも分からないので私は玄関の前にたまたま置かれていたベンチを見つけて、そこに座ってピーターの帰りを待つことにした。


 それにしても中々彼は帰ってこない。

フワアア・・・今日も色々な事が合って疲れてしまった。欠伸を噛み殺している内に私はいつの間にか眠ってしまっていたようで・・・。





「・・・嬢様。ジェシカお嬢様。」


誰かに声をかけられ、慌てて飛び起きた。

すると目の前にはピーターの顔が。


「うわあああっ!すすすすみませんっ!無礼な真似をしてしまって!」


無礼な真似・・・?

私はぼんやりする頭の中で、どうして自分はこんな所にいるのかボンヤリ考えていた。

あ!そうだ、思い出したっ!

「ごめんなさい、ピーターさん。今日は折角王都迄連れて行って貰ったのに、最期はあんな不快な思いをさせてしまって・・・。」

頭を下げた。


「そんな、何を言ってるんですか?元々、あの方の仰った通りなんですよ。使用人の分際で・・・ジェシカお嬢様をまた誘おうとしたなんて・・・。」


「何言ってるの?私は嬉しかったわよ?誘ってくれて。またこれに懲りずに王都へ連れて行って貰える?そして帰りはあのハンバーガーを食べに行かない?」


「は、はい。お・俺で良ければ喜んで!」


ピーターは頬を赤く染めて言うのだった—。

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