90th SNOW 憎しみの火種と慈愛
今回から二話は過去編となります。
激情的な雪子と月久の慈愛っぷりを書ければいいかな、と。
時は遡り、19年前。
岐阜県を舞台に陰陽師と雪女の、両滅魔一族の衝突という一大抗争が行われた。
のちに此れを、「雪陰大戦」と人は呼んだ。
元々犬猿の仲であった両者、「東の雪女」、「西の陰陽師」と呼ばれるくらい、その道では有名だったため、滅魔界では最大級の事件であった。
そしてこの戦いの勝者は、というと。
陰陽師の方であった。
当時の雪女一族当主・霜之関冬海の戦死によって。
大乱戦の最中、撤退していく雪女たち。
雪子は当時、火球が見えたのは知っていたが、陰陽師の式神相手に足止めを食らって戦っている最中だった。
「……!? なにが……起こったのじゃ!?」
「雪子さま……!! ご報告が!! ご……御当主様が……!! 御当主様が……!!」
「叔母上が……!! どうかしたのか!?」
「私たちを庇って……!! 自ら炎の中に……!!」
雪子はそう聞いた時、怖気がした。
嫌な予感がする、と。
「クッ……!! 退け!! お主らは先に逃げよ!!!」
雪子は取り乱したかのように、火球が見えた現場へと向かっていった。
報告に来た雪女が止める間も無く、だ。
火球が投げ込まれた現場へと到着した雪子は、そこで衝撃的な光景を目撃することになる。
そこには全身黒焦げになり倒れている冬海と、妹の雪那の姿が。
「叔母上………!! なぜ……なぜじゃ……!! 何が起こったというのじゃ………!!」
冬海はすでに絶命していた。
雪子は愕然とした。
予想されていた、最悪の展開が起こったということに。
頭が真っ白になったかのような状態になった雪子。
その白くなった頭で倒れている妹に駆け寄った。
「雪那……!! 大丈夫か!! しっかりせい……!! お主は次期当主を担うんじゃぞ……!?」
雪那の方も息絶え絶えだった。
心臓部を銃弾のようなもので貫かれており、しかも熱を帯びていた。
絶命するのも時間の問題だった。
「おねえ……ちゃん………??」
「雪那……!! 気づいたか!! 何が起きた……!?」
「ゴメン……アイツの式神の群れを抜けていこうと思ったら……狙撃されちゃった……」
「誰が……!! 誰がやった……!?」
「わかんない……でも……陰陽師なのは分かる……式神じゃあ、あんな正確に……狙えないから……」
雪子の頭はもう、ぐちゃぐちゃになっていた。
怒りと悲しみと、絶望とで。
息絶え絶えな雪那は、雪子に声を掛ける。
遺言のように。
「悔しいなぁ……もうちょっと……長生き、したかったなぁ……お姉ちゃん……今は……逃げて……」
「なぜ逃げねばならぬのじゃ……!! 叔母上も雪那もやられて……!! 黙っていられるか!!」
「今は……生きて……生きてれば……チャンスはあるから……お姉………ちゃん………」
そう言った雪那の顔は、柔らかい顔だった。
「愛…………してる、よ……………」
そう告げると、腕をトスっ、と草原に力なくつけた。
それと同時に雪那の肌が逆立った。
「おい………!! 雪那……!! 雪那ぁぁ……!! お願いじゃ、返事をしてくれェェェェェーーーーーー!!!!!!」
雪子の涙と咆哮が、岐阜の夜空を包んだのであった。
雪子が悲しみに暮れているちょうどその時、黒い狩衣を身に包んだ男が現れた。
陰陽師当代の「土岐昼茂」だった。
「フハハハハハ……半妖如きが我ら陰陽師に逆らうからこうなるのだ……のぉ、霜之関雪子……」
下衆な笑い声と共に、昼茂はそう雪子に煽るように告げる。
どうも陰陽師にある、気品に欠ける笑い方と表情だった。
「……元々貴様らが仕掛けたのではないのか……!? この戦は……!!」
「そうだ……確かに元を辿れば我らだが……我らの申し出を断ったのはそちらではないか。雪子、貴様を我らの元へ寄越せと。」
「だから起こしたのか……!! 力尽くで我らを衰退させようと……!!」
「現実問題として、貴様より下の世代には『当主を継げる子』が生まれていない……それが消え失せれば……しばらくは雪女は影響を及ぼせない。そう考えた戦だ。」
またも下衆な顔を浮かべる昼茂。
「……貴様がやったのか……叔母上と……妹を……!!」
雪子は怒りのオーラが満ちに満ちていた。
昼茂は悪びれもなく答える。
「その通りだ……!! 滑稽だったぞ、貴様の妹は……!! 猪のように突っ込んで見事に罠に掛かるのだからなァァ!! はははははははは!!!!!!! 冬海もそうだ……!! 劣勢となるや否や……!! 全雪女を逃して自らは逃げ遅れ……!! 私の炎に包まれるのだからなァ!!!」
これに雪子はブチ切れた。
死を愚弄し、尊敬の念もない昼茂の態度に。
何より2人の仇を知り、雪子の中で憎しみが一気に燃え広がったのだ。
「貴様が……!! 貴様がやったのかァァァァァ!!!!!」
雪子は強力な氷結攻撃を昼茂に向かって放つ。
殺すために、全力で。
だが。
昼茂はこれを難なく受け止めた。
光の結界術で。
「おーおー……身内の死のためにここまで全力を出すか……愉快愉快……」
「貴様だけは……!! 絶対に殺す!!!」
雪子は剣を創り出し、斬りかかるが、昼茂は涼しげに攻撃を躱す。
時折結界術でガードをしながら。
「おのれ……!! おのれェェェェェーーーーーーー!!!!」
怒りで我を忘れた雪子、力んで大振りになる。
「恨むなら恨め……!! だがもう……勝敗は決した……!! お望みなら貴様も冥府へと送ってやろう……!!」
昼茂は札を取り出し、雪子の腹部に札を当てた。
「結界術……『雷神奉岩』。」
約80万ボルトの電流が雪子に襲いかかり、雪子はなす術なくその場に崩れ落ちたのであった。
その後駆けつけてきた氷柱山凍花により、雪子は一命は取り留めた。
その後の戦後交渉により、雪子は当時陰陽師の名家「陽陰家」を継いだばかりの「陽陰月久」の元へ政略的に嫁ぐことになったのである。
雪女は当主代行で凍花が治めることになるのだが、当主不在の中、雪女一族は最初の半年は混乱を極め、衰退していった。
雪陰大戦での死者は雪女約3300名、陰陽師約1500名となり、雪女に大きな損害を及ぼし、更に雪子は京都に嫁ぐこととなってしまったのである。
こうして雪子は、大戦三日後から陽陰家で生活することになるのだが、悲しみの癒えない雪子は部屋の隅で塞ぎ込んでしまっていた。
執事の月岡も声を掛ければ拒絶反応を示す雪子に、どうすればいいのかを頭を悩ませていた。
食事も摂らず、ただ泣いてばかりの雪子に。
このままでは健康状態に拘ると判断した月岡は、雪子に声を家事の空き時間にかけてみた。
「……なんじゃ、月岡……何度も言っておるじゃろ……今は放っておいておくれと……」
「奥様、私は本気で心配しているからお声を掛けさせて頂いているのです。もう貴女は陽陰の者なのですから。」
「わかっておるわ……取り決めじゃからな……こんな家、逃げようと思えばいつでも逃げられる……じゃが……それで取り決めが破られれば……それこそ今残っておる雪女の命が危うくなってしまう……」
「左様でございますか……」
「それに……もっとワシが強かったら……!! 叔母上も雪那も死なずに済んだ……!! それだけに………あの男が……土岐昼茂が憎い……!! 自分が……憎たらしい……!!」
素直な想いを吐露した雪子。
精神が弱まっているからこそ、普段は強情な雪子の本音が出てしまっていた。
「……良いですか、雪子様……泣いても叔母上様と妹君が戻ってくるわけではありませぬ。それは分かっていただけますか。」
「……それくらい分かっておる……じゃが……現実を受け入れられぬのじゃ……!!」
「ですが……此度の戦で、旦那様も思うところはあるようでございますから……素直に打ち明ければ宜しいのでは?」
「……よくよく考えたら月久のことは何も知らぬ……だが……どう、声を掛ければ……」
これまで男と関わってきた経験が浅かった雪子にとって、はじめての男との共同生活。
一方の月久も、女性との関わりはあまり無かった。
夫婦生活が始まってまだ間もないが、お互いに距離の詰め方が分からないでいたのだった。
これを聞き、月岡は柔らかく笑う。
「……私めにお任せを。」
月岡はそう言って、作業へと戻っていった。
その夜。
仕事から帰宅した月久。
何せ父から継いだ会社経営で大忙しのため、その時間に忙殺されている時期だ。
疲れも出ている中、玄関のドアを開ける。
そこには月岡がいた。
「お帰りなさいませ、旦那様。」
「月岡……雪子はどうだ?」
「奥様なら今お部屋におりますが……」
「そうか……ならいい。」
月久は入浴の準備をし、その後で部屋にいった。
雪子の待つ部屋に。
横に広いベッドの淵に座る雪子。
その姿はまるで蝋人形のようだった。
「なんじゃ……帰っていたのか、月久……。」
涙で目を腫らした跡があるにせよ、雪子はもう落ち着いたようだった。
「ああ。今帰った。……もう、大丈夫なのか?」
「……とりあえずは、な……気持ちの整理は多少はついた。」
「……よかった……内心で心配していたからな。」
そう言って月久も雪子の隣に座る。
だが、そこからなかなかお互いが踏み込めず、沈黙が流れた。
「……雪子……」
「? ど、どうしたのじゃ、急に……」
「今回の大戦でお前を妻にもらったが……本当によかったのか、って思っていたんだ。こんな堅物の私なんぞでいいのか、と。」
「わ、ワシとてそれは同感じゃ。不本意じゃが……敗者は勝者の言うことには逆らえぬ。当主の血が絶えぬだけまだ良いわ。……本音を言えば……もっとお主の人となりをちゃんと知ってから交際したかったわ……」
お互い恥ずかしげながら、そう言った。
月久は続ける。
「……今回の雪女への仕打ちは酷なものだ……それを後で知った時……複雑な気持ちになった。辛かったろうな……敬愛していた叔母と……最愛の妹を失って……挙句無理やり雪子は私の元に嫁がされて、な……だから思うところはあるんだ。いつか……今のお館様に代わって私が当主になってやろうと。……今のお館様では……陰陽師の未来は暗い。いずれ破滅に向かう。見え透いているんだ、そういう未来が……」
「雪女の方もそうじゃ……ワシと雪那以降で……当主を継ぐ者の資格がおらん。……今は凍花様が抑えてくれているが……混乱していると聴いておる……だから早く戻らねば、という気持ちが強いんじゃが……仕方がない。取り決めじゃからな……」
「……だから私は決めた。雪子を……全て受け止める、と。お前が昼茂様を憎んでいることも知っている。だからそれは……私にも共有させてくれ。」
「……良いのか……?? 二言はない、な……??」
「生半可な気持ちでお前と婚姻など出来るはずもないだろう。それに……お前を初めて見た時……私はあまりの美しさに惹かれてしまったんだ。……こんな経験は今まで出来なかった、だから今朝の塞ぎようを見て……雪子をもっと知りたい、護らねばならない、とな……今なら分かる、雪子……私はお前が好きだ。」
真剣な顔をする月久。
雪子は少し笑みを浮かべた。
「……なんじゃ……ベタな口説き文句ばかり言いおって……じゃが……気持ちが本物なのはワシも分かった。……これから共に歩もうぞ、月久……」
ぽろっと、雪子の目から一雫の涙が溢れた。
そして月久の手を握る。
雪女特有の仄かに冷たい感触が、月久の手に残る。
「ああ……今日は2人で寝よう。まだ……全てを知るには時間が足りないからな。」
「そ、そうじゃな……その通り、じゃな……」
月久と雪子は、お互いに抱き合いながら眠りについたのであった。
四日後。
2人は横浜の、雪女が眠る墓場に来ていた。
目的は墓参りだ。
冬海と、雪那の。
蝋燭に火を付け、花と御供物を添える。
「……遅くなったの……叔母上……雪那……」
雪子は手を合わせる。
弔いの気持ちを一心に込めて。
「……2人のところに行けるのは……まだまだ先じゃな……じゃが、いずれ……行くからの……その時は……ゆっくり……語り明かそう……なぁ……」
雪子は絞り出すように、ポツリ、ポツリと呟いた。
涙声になっているのはともかく、雪子の気持ちは月久にも届いていた。
月久も貰い泣きしていたのであった。
その後も2人は、仲良し夫婦として、陰陽師の間でも、一般の人間の間でも宇治市で有名になる程だった。
だが、2年経ったある日のことだった。
雪子は初めての子を妊娠して、5ヶ月が過ぎた頃だった。
産婦人科医で、雪子と月久の夫婦関係を切り裂く事態が起こったのである。
それは17年経った頃の新たな火種として、「歴史の裏」として刻まれることになるのであった。
次回は過去編の後編です。
晴夜の妊娠を知った雪子は葛藤します。
気持ちの揺れ動きを、後編では書きたいと思います。




