59th SNOW 「逝霜」、それは「仮装の夜の悪夢」。
雪女が死んだ時のサインを紹介します。
そこは雪羽の死に際を見ていただければと思います。
自身にもたれかかった雪羽を抱き抱える氷華。
背中を触った右手には、血の感触が。
雪羽は心臓を貫かれ、今にも死のうかというところだった。
動悸が襲いかかる。
氷華は現実を受け入れきれないままだった。
どうか……悪夢なら醒めてくれと。
一方の雪羽は走馬灯を見ていた。
氷華と共に遊んだ思い出、二人が10傑に選ばれた際に抱き合って、お互いを祝福し合った時、そして……八岐大蛇を共に力を合わせて討伐した時。
氷華の言った通りの走馬灯となった。
いい思い出しか、二人の間にはないということに。
氷華の首を抱える雪羽。
もう、息が事切れようかというところに差し迫っていた。
「氷華…さん……貴女は……強かっ…た……私が一瞬……氷華さんを刺すところを…躊躇ったのに……貴女は……躊躇わ……なかっ…た……」
最期の言葉を振り絞る雪羽。
もう辞めて、そんな言葉は聴きたくない……氷華は無言のまま、目を見開いたまま、そんな感情で、力なく横に首を振る。
「アレだけ……人前に出るのが……苦手だった貴女が……急激に…逞しく…なっていく…のを……見てて……私は……嬉しかった……」
「……雪羽……ちゃん……」
「私……は……ただ……弱かった……忠義もなく…て……期待…にも……応える…ことが……でき、なかった……桃悦に……負けた、時も……私の……弱さを……実感した……その結果が……今の……この状態……」
悔しさを滲ませ、途切れ途切れになりながらも氷華に自らが弱かったことを語る雪羽。
氷華は涙が溢れる。
もういいよ、もういいよ……と、掠れ声になりながら雪羽に訴えかける。
雪羽は最期の力を振り絞る。
氷華を抱えている腕を強く抱き抱える。
そして、氷華にこう告げた。
「氷華……さん……あの男……桃悦は……『刻印者』の……上位互換……『簒奪者』の能力を……持っている……私では……まるで歯が……立たなかった……それに……身も心も、あの男に……ズタズタにされた……」
氷華は察した。
雪羽は自ら望んで「馬仙院教」に入信った訳ではない、という真実を。
「黒薔薇」を使って互角だった雪羽を圧倒する実力者……氷華は桃悦に対しての憎しみが湧いてくる。
雪羽は尚も続ける。
「馬仙院教の……狙いは……貴女よ、氷華……さん……敵は……近くに、いる……わ……。……理由は……分からない……だけど…今の貴女なら……私に勝った……貴女なら……必ずあの男を……桃悦を殺せると……信じてる……教団の……幹部になって……誰にも、知ら……れずに………得た、あの男の……真の名を……最期に……教える……」
「辞めてよ……最期、だなんて……」
雪羽は薄れゆく意識の中、氷華の言葉に薄く笑った。
そして。
こう告げる。
「貴女の卒業、アルバムに……同じ名前が……ある……はずよ……桃悦の……本当の……名前、は……」
力が緩んでいく。
もう、雪羽は息絶える数秒前まで来ていたのだった。
「………いし……だ……あき…………ら。」
氷華の右肩から滑り落ちるように……雪羽の身体は砂浜に倒れ込んだ。
「雪羽……ちゃん………??」
まるで寝ているかのような顔で……雪羽は息を引き取っていた。
雪羽の肌を恐る恐る触る氷華。
すると。
雪羽の肌が、魚の鱗のように逆立っていたのだった。
雪女は息を引き取ると、このように肌の細胞ひとつひとつがこのように逆立つ。
まるで霜のように肌に張り付いて見えることから、この現象を「逝霜」と呼んでいる。
肌のその感覚は現実、夢などではない。
親友を喪った……その事実に直面した氷華は、絶望感に苛まれた。
「雪羽ちゃん………う……うう……うっうっうっ……………」
雪羽の背中に覆い被さるように、誰もいない砂浜で独り、氷華は嘆き、哀しんだ。
氷華にとっては悪夢の時間だった。
まさに、「仮装の夜の悪夢」となったのだった。
氷華は霜乃にメールで連絡を取り、事後処理を頼んだ。
声を発せるような精神状態では、氷華は最早なかった。
涙はもう枯れている、しかし表情が生きた顔をしていなかった。
やがて到着した霜乃と冷奈は、氷華と雪羽の亡骸の元に駆け寄った。
「氷華殿……霰塚雪羽を、討ち果たしたのですね。……私も思うところはありますが、これは御当主様のご命令であられますので、どうかお気に病まれないようお過ごしください。」
気に病むなと言われても、氷華の今の精神状態では無理があった。
顔が死んだまま頷く氷華、冷奈は雪羽の亡骸を袋に入れて抱えた。
「雪羽殿のご遺体はこちらで丁重に埋葬いたします。……霜乃さん、氷華殿を連れてご帰宅を。」
「ええ……かしこまりました。」
遺体を車のトランクに詰める冷奈。
氷華は砂浜に俯いて、座り尽くしていた。
見かねた霜乃は、氷華を背負った。
「ホラ、氷華。もう終わったんだから帰るよ。……泣きたいなら後で泣けばいいよ……今やるべきは無事に帰ることだから。」
氷華を助手席に、冷奈を後部座席に座らせて、霜乃は車を先ず、霜之関邸へ向けて発進させた。
雪羽の遺体を冷奈に任せた後、霜乃は高速道路へ乗り込んで自宅へ向かって車を走らせた。
霜乃は、車内に乗ってから一言も話さない氷華に語りかけた。
「……氷華……いい? 辛いかもしれないけど……それが『雪女』なんだよ……。一族で決めたことは……たとえどんな事があろうと破ってはいけないし、今回みたいに裏切った雪女は処分しなければいけない……それが現実なんだよ。……アンタのことだから……優しい、氷華のことだから……雪羽を心のどこかで助けたかったというのはあったと思う。」
氷華にとっては耳が痛い話だったが、何も喋らずに頷いた。
霜乃の左目からも、一雫の涙が零れ落ちた。
氷華と雪羽の仲の良さを、誰よりも知っているが故ではあるのだが。
霜乃は運転しながらこう、氷華に話す。
「……雪羽のさ、死に顔……見たら分かるよ……雪羽は、本当は……氷華に、自分を止めてもらいたかったんだと思う。というか……信じてたんだと思う。氷華が雪羽を、止めてくれるだろうって、いうことにさ……? 私は今回みたいな経験をしたことはない、でも分かる、もし私が裏切ったら……雪華が私を止めてくれるって、雪羽と同じことを、心の底で想うと思う。雪羽はさ、氷華に救われたんだと思うよ、最後の最期に……雪羽の願いを叶えてくれたんだ、ってさ……?」
氷華は、自分の感情がもう、ぐちゃぐちゃになっていた。
雪羽を、雪女で一番の親友をこの手で殺めてしまったという後悔と絶望と、霜乃の、雪羽は「救われた」という言葉、そして、「馬仙院教」への、桃悦への怒りと。
枯れていたはずの涙腺がまた、涙袋に涙を貯めている。
それが貯まりすぎで決壊した時、氷華の眼から大粒の涙が溢れ出た。
「うあっ……あぐっ……うぅぅ……ひぐっ、うぐぅぅぅ……」
車の天井を見上げ、垂れてくる鼻水をも啜りながら……氷華は泣いた。
家に帰ってからも……部屋で独りで泣いた。
この「仮装の夜の悪夢」は、氷華の脳裏にトラウマとして、暫くの間、焼きついて離れなかったのだった。
氷華は暫く病むことになります。
それだけ今回の件は強烈な印象と禍根を遺すことになったんです。
次回はその翌日の話です。
氷華は学校で気丈に振る舞いますが、晴夜だけは何があったのかを察したようで、動きます。
あの鈍感な晴夜が、ですよ? 結構レア度高いです。
次回、節目の第60話です。
楽曲もそろそろ完成させないといけないので、ここから4章終了まで急ピッチで書き上げたいと思いますのでよろしくお願いします。




