55th SNOW 悲痛な覚悟
読者の皆さんにはハラハラの展開になると思いますけど、僕もハラハラです。
北川が会議で話した馬仙院教の最新情報は、教祖と、その右腕の名前、そして新たに入った幹部の情報とのことだ。
「教祖の名前は『羅生門桃悦』……で、写真を見てもらった通りの長身の黒スーツの男は『蝿崎五月』という。
それでもって最近新たに幹部として入信した奴がいる。」
氷華が唇を噛み締める。
氷華は既に新たに入った幹部が「霰塚雪羽」であることを知っているので、言い出したいところをギリギリで抑える。
「……『霰塚雪羽』だ。……雪女一族『新世代10傑』の筆頭の、雪女の名家の長女……どういうわけかは知らんが、雪羽だけでなく、一家全員が先日急に入信したんだ。……抵抗したやつは蝿崎によって殺されたらしい。」
八岐大蛇戦で共に戦った経験のある文香と、同じ10傑の冬菜の2人は驚愕の表情をしていた。
何せ2人とも顔見知りだからだ。
冬菜は机を叩いて北川に訴える。
「……雪女は一族を裏切ったら殺される運命なんです!! 隊長、おことばですが、何かの間違いでは!? 私は信じられないです!!」
「……冬菜ちゃん……。」
激昂する冬菜に氷華は首を横に振って制止させる。
何せ雪羽と最も仲が良いのが氷華なのだ、氷華とて冬菜の気持ちが分かるが、事実なのだから、北川の言ったことの全てが。
「冬菜……残念なことにはなるが全て事実だ。……『Ω』の潜伏している奴が得た、確かな情報だ。気持ちは分かる、だが理由が全く分からないのが現実なんだ……」
冬菜は怒りで頭がおかしくなりそうだった。
怒りのあまり、テーブルに両拳を叩きつける。
「クッ…………ソがアアアアアアアアアアアア!!!」
冬菜のこの行動が氷華だけでない、「Σ」のメンバー全員の気持ちを代弁しているものだった。
「落雪さんの気持ちも最もだとは思う、けれど……第一捜査権や逮捕権は北川くんと小鳥遊くん以外にはない。第一非政府組織だから警察官の君達でなければ教団の奴らは逮捕できないさ。……僕らで迂闊に手出しをすれば、最悪待っているのは死だ。……おそらく霰塚さんは、教祖に敗れてその下に就いた、と考える方が自然だ。何せ牛鬼を使役するような男だ、無理な手出しは危険すぎる。」
佐久間がそういうのも尤もなことで、相当な力を持っているのを警戒していた。
何せ雪羽で歯が立たなかった桃悦だ、情報なしで飛び込むのは死を意味していた。
「……上にもそのことは話した。だが情報がもう少し欲しいということで……逮捕状の請求は保留状態だ。」
嘆いてる北川を他所に、氷華が手を挙げた。
「……教祖と……その一派をどうしようと思っているのですか?」
「……最悪被疑者死亡での書類送検だな……あの手の犯罪者はまともに事情聴取をしても絶対に本当のことを喋らない。信者を何人かとっ捕まえて事情を聞くしかねえ。」
「……そう、ですか……」
「……ただ、危険なのは事実だ。潜入している奴の話だと……得体が知れねえって話だ。教祖も、蝿崎もな。今考えているのは霰塚をとっ捕まえて教祖の情報を得ることぐらいしか……俺は思い浮かんでいねえ。」
相澤もこれに同調した。
「確かにな……隊長の言うことも尤もなことだ……今は様子を見るしかない。……まず足元から崩してかねえと……教祖までには辿り着けねえ。」
晴夜も北川に質問する。
「……もっとないんですか? 教祖に関しては。」
「……洗礼名以外に名前の情報がねえんでな……ただ……集会場が、平日は早朝と夕方以降しか開いていないって話さ。おそらくそこに秘密があると、酒鬼原は思っているようだ。」
文香も進言する。
「……じゃあ、私か、相澤君が、教団に潜入する、っていうのは?」
「……案としてはアリかもしれねえが……潜伏しているやつでギリギリ信仰に敬虔って思われているらしくてな。難しい話だが……仮に2人が潜入してもバレたら始末される、それだけだ。」
「くっ………」
文香もそれでもやる、とは言い出せない。
妖怪を探すのが自らの役目と分かっているが故に、失うのは痛手だと判断したようで、躊躇ってしまった。
怜緒樹も天狐も、頷いた。
危なすぎるといった意味で。
「あとはねえな……? くれぐれも勝手な行動はするなよ? いいな?」
全員、各々思うところはあっても、ここは素直に支持に従った。
氷華1人を除いて。
帰る準備をする一行に、苦しそうな表情をする氷華を目撃した晴夜が声を掛けた。
「氷華……友達がそういう立場になってさ……色々思うところはあると思う、でもさ、1人で抱え込まないでよ? 今は手出しするな、って言われてるんだから。」
氷華はまたも唇を噛む。
晴夜の言っていることは正論なのだが、氷華は雪羽を始末する事をやらなければいけないのだから。
それも、誰にも、何も言わずに、だ。
晴夜はそんな氷華の姿を見て心配していたのだった。
「うん……ありがと、晴夜……だけどこれは……私がやらなくちゃいけないの……」
氷華は思い詰めた顔になっている。
真面目な氷華のことだ、雪女一族の10傑としての立場と、「Σ」としての立場と、自分の本音という気持ちのせめぎ合いで晴れない葛藤を抱いてしまっている。
「……独りで教団に飛び込まないでよ? 絶対さ。それだったら……氷華がバンドを組むって言ってさ、組んでくれた三木谷さん達はどうなるのさ。……そこはキッチリ考えて。」
「……覚悟はしてるよ……でもこれは……生半可な気持ちで……私がやっちゃいけないことだって思ってるから……」
そう、晴夜に言い残して氷華は「Σ」本部を後にした。
「氷華さん……」
思い詰めた表情をしていた氷華を心配する冬菜。
天狐も晴夜に聞く。
「晴夜……氷華、なんか様子おかしくなかった? その……何かありそうな……」
この天狐の問いには晴夜も同感だった。
幾ら超が付くほどの鈍感な晴夜とはいえど、天狐の言っていることの意味は同じように感じ取っていた。
「……そうだね……何かあったら僕らが止めに行こう、氷華を……」
「Σ」本部に重苦しいムードが漂っていたのだった。
一方、家に帰った氷華は部屋で塞ぎ込んでしまっていた。
信じたくないことのオンパレード、霰塚を籠絡させた、ある意味での仇「蝿崎五月」。
天叢雲剣に問いかける。
「ねえ……叢雲……私は……どうすればいい………?」
《話はワシも聴いておったぞ、氷華よ……じゃが……迷いを見せるな。やるべきことは……友を……雪羽を救うことじゃろ?》
「そっか……そう、だよね……でも……貴女を使って雪羽ちゃんを……斬りたくない……」
剣の柄を両手でギュッと握り締める氷華。
《本当に優しいのう、氷華は……その優しさが「甘さ」にならぬことじゃな。「勇気」という強さに変えろ。何が何でも止めると言う、な。》
天叢雲剣がそう、声を掛けてから数十分後、氷華は雪羽にメールをした。
【今度のハロウィンさ……日曜日でしょ……?】
〈そうね……氷華さん、それがどうしたの?〉
【私、横浜に行くんだけど、予定ある? ハロウィンの日。】
〈その日何もないからいいですわよ。一緒に見て回ります? 私も丁度、貴女に会いたかったから。〉
氷華の指の動きが止まった。
教祖の狙いは自分なのだと、この時気付いた。
だが、お首に出せばバレてしまうので、言葉を選んで返信した。
【じゃあ……先に横浜に行って待ってる。昼頃に回ろ?】
〈分かったわ。〉
会話はこれで終わった。
ハロウィンの日に、雪羽と横浜で会うと。
「……ハロウィンに……雪羽ちゃんを……殺す……」
氷華はもう、悲痛な覚悟だった。
自分がやらなければいけないことだと、いうことに。
それも、たった独りで。
とはいえ事後の回収はしないといけない。
車の免許がない氷華だけでは無理だ。
そこで氷華は、今横浜で雪子の元で仕事をしている霜乃を頼ることにした。
『はいはい、氷華? どうしたの?』
「……ハロウィンの日さ……車、用意してくれない?」
『ん? 送るの? 氷華を。』
「いや……そうじゃないんだけどさ。その……事後処理をして欲しくて……」
『そっか……氷華、覚悟を決めたんだね。雪羽を、殺す覚悟を。それで? 私はどこまでいけばいい?』
「……横浜の……海岸まで……」
『分かった。御当主様にも話しておく。』
「ありがと、お姉ちゃん。……それじゃ……」
一方雪羽はというと。
桃悦と連絡を取っていた。
「教祖様……雪宮氷華と連絡が取れました。……ハロウィンの日に、横浜で接触する予定です。」
『そうか……じゃあ隙を見て拉致してくれ。僕が欲しいのは雪宮氷華だからな。』
「……分かっております。ただ……彼女は強い。私と双璧を張っていたほどですから。」
『情を捨てた君ならどうということはないだろう? くれぐれも殺すなよ?』
「問題ありません。……それでは、失礼します。」
そういって、雪羽は電話を切った。
(氷華さん……何を考えているの? まさか私が裏切ったこと……バレてはないですわよね……?)
違和感に震えていた雪羽、氷華の想いと葛藤、そして桃悦の思惑。
これがハロウィンに一気に交錯することになるのだった。
次回から氷華が雪羽に接触します。
戦闘シーンはまだもうちょいお待ちください。




