88話 タコさん、決戦に挑む
タコたちが拠点の入り口に来た時には、ホリー達が迎撃態勢を整えていた。既に長距離攻撃ができる者が怪物たちを狙い撃ち、次々に打ち倒している。
やはり倒すこと自体は困難ではない。だが、倒した怪物たちに変化が起こった。まるで巻き戻しのように血や肉が集結し、怪物が復活したのだ。
「あれは時間操作? また何かの神器でも使ってるのかしら?」
「いえ、奴らにはあまり知性が感じられません。神器を使用できるとはとても……」
周囲に神器を使用している者がいるとしても、クロがそれに気づかないはずもない。ならば、奴らは別の方法で再生しているのだろう。
どうしたもんかとタコが悩んでいると、リルとオクタヴィアもここにやって来た。
「たぶん、混沌の神の力で修復されているんだと思うわ」
「復活する前より力も強くなっている気がします。これは厄介ですね……」
言われてみれば、怪物たちからは先日のロイドがまとっていた、黒いオーラのようなものが感じられる。それは時間と共に強化されているようだ。
先の攻撃では一撃でやられていた怪物たちも、次第に攻撃に耐えるようになってきている。その大きさや、見た目の凶悪さも増しているような気がした。
「この先にある駐屯地から、巨大なエネルギーが放たれているみたい。あの怪物が出てくるまで隠蔽されていたから気づけなかったの」
「こっちは準備完了。後は突っ込むだけだぜ」
そして、レインとアイリスも転移でやってくる。ロイドとの戦闘で壊れたレインの鎧も修復が済んでいるし、アイリスも体調は万全だ。
怪物たちの出どころや、エネルギーの流れを解析した結果。どうやらロイドは駐屯地にいるらしい。
それが分かったのなら攻め込めばいいのだが、目の前の脅威を放置して良いのかタコは悩む。
「うーん、そうなるとここの守りが……」
「それは、私にお任せ下さい」
拠点整備の指揮を執っていたクリスティーヌがやって来た。金棒も背負っており、戦闘準備も整えてある。
さらに、機人たちの中からホリーがやって来た。彼女はキアランに近づくとその手を握る。
「キアラン。ここは任せて、あなたも行って」
「ホリー……」
それは、誰からも命令をされていない、自発的な行動。
環境が変わればここまで変われるものなのか。キアランはその変化に驚くと同時に、ホリーの優しさに胸が熱くなる。
「私たちは、防衛の方が向いてると思う。皆の分まで、あの人をお願い」
それでも、彼女たちはまだ自分で判断して、柔軟に行動するというのが難しい。いくら高いポテンシャルを持っていても、それを発揮するのは難しいだろう。ならば、クリスティーヌの指示で拠点の防衛を行う方が、その力を発揮できる。
それに、ロイドへ思うところが無いわけではないが、その感情をどうすれば良いかもわからない。
それらをまとめて、キアランに託すことにしたのだ。キアランもホリーの手を強く握り返す。彼女たちの思いは、確かに受け取った。
「分かったわ。皆、よろしくね」
「よし、ここは任せたわ! それじゃ行くわよ!」
タコの号令にオクタヴィアたちが頷く。
どのみち、ロイドを、混沌の神を止めればすべては解決するのだ。ならば、ぐだぐだと悩むよりも、彼女たちを信用してさっさと出撃した方が良い。
オクタヴィアがドラゴンの姿になると、その背に乗ってタコたちは一路、駐屯地へ飛び立つのだった。
◆
たどり着いた駐屯地は、近づくだけで分かるほど禍々しい雰囲気に包まれていた。
だが、周辺には不自然なほど何もいない。怪物も配置されておらず、こちらへ攻撃も飛んでこなかった。これは間違いなく、タコたちを誘っているのだろう。
もちろん、その程度で止まるタコではない。すぐに駐屯地の中央付近にいる鎧を着た人物、ロイドを発見するとそのまま突撃していった。
だが、それは透明な壁のようなものに阻まれる。ロイドは鎧が持つ力を周囲に展開し、巨大な盾となって彼を守らせているのだ。
微笑を浮かべながらロイドが口を開く。
「ようこそ皆さま。まあ、私としては来ても来なくても構わなかったのですが、来ていただいた方が都合が良いですね」
「御託を聞くつもりは無いわ。さっさと終わらせましょう」
既にこちらは補助魔法もかけ終わり準備万端である。ロイドの鎧が放つ力も、リルの魔法により少しずつ中和されて小さくなり始めていた。
しかし、ロイドがそれを黙って見ているわけがない。彼もまた、準備を整えてタコたちを待ち受けていたのだ。
「私としてもそのつもりです。ですが、ここは彼らに任せましょう」
ロイドから漏れだすように闇が湧き出てきた。そこから次々に翼を生やした怪物が生まれていき、オクタヴィアめがけて飛びかかってくる。
「ふん。少しは頭を使っているようね」
「ええ。私が神の器で無いのなら、こぼれる力を分け与えれば良いのです。ここにはちょうど良く地獄を味わった方々がいらっしゃったので、利用させていただきました」
ロイドは罪人だけではなく、怪物に襲われ正気を無くした兵士たちにも力を分け与えていた。駐屯地に誰もいなかったのは、それが原因のようだ。
その数は凄まじく、オクタヴィアが迎撃に放ったブレスに耐え、こちらに突っ込んできた者もいる。
ロイドから直接力を供給されているせいか、かなりの力を持っているらしい。
「既に、世界中にこの力を種子の様にまいてきました。今頃、元気に育っていることでしょう。彼らは新たな絶望を呼び、それが神に更なる力を与えるのです」
「へー、頑張ってるのね。意味がないってことを無視すれば」
タコを抱えたアイリスと、リルを抱えたキアランが地面に降り立つ。レインはオクタヴィアの背に乗ったまま、彼女と一緒に魔法で周囲の怪物を撃退していた。
自分に酔うように語っていたロイドだが、タコに水を差されたことで少しばかり目元が吊り上がっている。
「何ですと?」
「この世界には、強ーい女の子がいっぱいいるのよ。あんな怪物なんて、ちょちょいのちょいなんだから。こんな風にね!」
アイリスが剣を一閃するだけで、怪物たちは真っ二つになる。レインが雷を放てば、怪物たちは黒い炭となって崩れ落ちる。オクタヴィアが全力で漆黒のブレスを放つと、怪物たちは闇の彼方に消し飛んでいく。
それでも、ロイドは余裕の表情を崩してはいない。
「はっ! 無駄だと言っているでしょう? 神の力により彼らは不死の存在。いくらあなた達が強くとも、滅することなどできはしません」
ロイドが周囲に闇をまき散らすと、それを吸収した怪物たちが復活して立ち上がった。そして、洪水の様にタコたちへ迫るも、すぐにアイリスとキアランが切り伏せていく。
二人に守られながら、リルはロイドの鎧が展開する防壁を崩している。タコも魔法で周囲を攻撃しながら、じわじわとロイドとの距離を縮めていった。
その時、不意にタコが口を開く。それは、以前から感じているちょっとした疑問だった。
「ところでさ、あなたは『世界が破滅を望んだから混沌の神が生まれた』って言うけど、それって違うんじゃない?」
「何を言っているんです? 『神』を生んだのは世界です。世界が破滅を望んでいるのに決まっているでしょう」
この世界に生きる者たちの意思が神を生む。その考え自体はリルも否定していない。だが、タコはそれがどうしても納得いかないのだ。
「何で? そもそも破滅するだけなら『神』なんていらないでしょ? 神を作るほどのエネルギーを直接ぶつければ、この世界なんて簡単に吹き飛ぶんじゃないの?」
なぜ、神や精霊が生まれるのか。
彼らが世界中の者が望んだ魔法だというなら、なぜ、『望んだ結果』が起こるのでなく、『望んだ結果を起こす者』が生まれるのか。
タコが出した結論は一つ。
「人々は破滅したくないから、『混沌の神』という存在を作ったのよ」
まるで、答えを知ってるかのような言い方。
もちろん、タコが言っていることはただの推測である。だが、それは聞いたロイドは何故かいきり立って反論してきた。
「そんな……そんな馬鹿な話があるか! 破滅したくない者が、破壊と混沌をもたらす神を生み出すわけがない!」
「そうかしら? 意思があって『こういう存在』っていうのが分かれば、人って慣れるものよ。その証拠に! タコさんの世界では邪神だろうが悪魔だろうが、みんな愛でる対象なんだからね!」
人は、不幸を『誰か』のせいにしたがる。そして、その『誰か』のご機嫌が取れれば、不幸が起きないと考えたがる。死神や疫病神といった存在が良い例だ。
実際、混沌の神だって世界を滅ぼすことはできなかった。なまじ、神という存在になったせいでリルと共に滅びることとなったのだ。
さらにそこへ、怪物を切り伏せたキアランが加わる。
「ロイド、あなたは本当に世界の破滅を望んでるのですか?」
「決まっているだろう! 世界の意思が、それを望んでいるのだからな!」
タコの話に苛立っているのか、ロイドの口調は荒い。それに対し、キアランは待ってましたと言わんばかりに彼を指さす。
「それです」
一体、キアランは何を言いたいのか。
タコもロイド、リルでさえ彼女の意図が分からなかった。だが、キアランは淡々と話を進める。
「あなたから『世界が破滅を望んでいる』という言葉は何度も聞きました。しかし、『私が破滅を望んでいる』とは聞いたことがありません」
確かに、リルですらロイドからそんな言葉を聞いた記憶が無い。狂ったように『破滅』を連呼する彼だが、あくまで自身は世界の代理人だという立場を崩さなかった。
そしてタコも、キアランが何を言いたいのか理解する。
「あ、あなたひょっとして実は、『私はそう思ってないんだけどなー! 世界が望んでるからしょうがないよなー!』とか思ってるんじゃない?」
「……黙れ」
そもそもなぜ、タコの話に苛立ったのか。自分の考えに絶対の自信があるのなら、そんなものは与太話だと切り捨てればいいだけだ。
それをしない理由は何か。ついにキアランが止めを刺す。
「平和の神を召喚するのに失敗したのを、エルフの、自分のせいにしたくないから、現実から目を背けているだけじゃないですか?」
「ああ、なるほど。責任逃れに狂気の皮をかぶったのが、後に引けなくなっちゃったのね」
さらにそこへ、リルが追い打ちをかける。
それは、既にロイドですら忘れていたこと。自身の記憶から、意図的に抹消したもの。それがあまりにも情けないことだと、ロイド自身が自覚をしていたから。
図星を突かれたせいか何も言い返せない彼だったが、遂にそれは限界を迎えた。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ! だま……!?」
だがその時、ロイドから漏れていた闇がぴたりと止まる。周囲の怪物たちも動きを止め、倒れたものも復活しなくなった。
「な、何故だ!? 力が……力が抜けていく……」
巨大な闇が、ロイドの体から抜け出していく。彼はまたしても急速に歳を取り、鎧も限界を迎えたのか朽ち果ててしまった。
闇はそのまま空中に浮かんでいくと、何か黒いモヤのようなものを吸収し始める。それはまるで、世界中から悪意を回収しているかの様だった。
「嘘だ……私はミスなどしてない……世界が望むから……混沌の神が……」
一方、地面にうずくまるロイドはブツブツと何かを呟いている。タコたちが巨大な闇に注目している中、キアランだけは彼の元に歩み寄った。
「終わりです。何か、私に言うことはありませんか?」
「キアラン……? 人形ごときが何の用だ!? 役立たずめ、貴様が神を取り戻していれば、こんな事にはならなかったのだ!」
だが、ロイドの口から出てきたのは、キアランを罵る言葉である。だというのに、彼女は微笑みを浮かべてそれを聞いていた。
「ああ、良かった」
「キ、キア……がはっ!?」
そしてキアランは、ロイドの胸にブレードを突き刺す。既に鎧もなく、ただの老人でしかない彼にそれを防ぐ術はない。
「キアラ……」
「やはり、あなたはただのクズでした。これなら、私は心を汚す必要もない」
そう言ってキアランはブレードを引き抜くと、軽くブレードを一振りしてこびりついた血を振り払った。
そして、ロイドの体に変化が起きる。やはり、彼に神の力は過ぎたものだったのか、限界を超えて酷使された肉体は砂のように崩れ落ちた。
キアランがことを終え、タコたちの元に戻ってきたその時。空中に浮かんでいた闇が大きく振動した。さらに、聞くだけでも背筋が凍るような声が聞こえてくる。
「……私は、破壊し、混沌をもたらすもの」
「しゃ、しゃべった!?」
それに一番驚いたのは、リルだった。
一度は神をその身に宿したリルだが、その意思を感じることはあっても、それを言語として聞くことなど無かったからだ。
ただ破壊と混沌を求める、意思疎通が不可能な存在。混沌の神とはそういった存在のはずだった。
「私は混沌の神……混沌そのもの……」
その時、地面が大きく揺れた。まるで、世界すべてが揺れているかのような、巨大な揺れだ。それと同時に、闇が収縮して形を取り始める。
闇が晴れた時現れたのは、簡単に言えばタコの化け物。タコの頭部を持った巨人といったところだろうか。さらに、髭のように大きな触手を生やしている。
だが、その大きさが尋常ではない。10メートルを優に超える大きさで、タコたちのことを見下ろしていた。
「さあ、恐怖しなさい。絶望しなさい。私は、全てを破壊し、混沌に戻します」
 




