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87話 タコさん、恩に着せる

 先ほどの戦場から少し離れ、タコたちは簡易的な拠点を建設していた。

 蘇生や治療が施された兵士たちだが、彼らの疲労はかなりのものであるし、魔法を受けてた馬も休ませなければならない。

 そしてなによりも、タコとエドガーが会談する場所が必要だからだ。


 と言っても、タコたちの物資と技術があればテントなどすぐに設置出る。会談のための小屋――作り慣れたこともあってナスキアクアにある教会と同じもの――も、あっという間に妖精が建ててしまった。

 その中にいるのはタコ側がクリスティーヌにキアラン、マツリカを肩車するクロである。ホタルは人間形態となったエヴァと一緒に、兵士の治療のため外していた。

 それに対し、エドガー側は秘書官と近衛兵が数人というところである。


 エドガー側は本人も含め、タコとキアランがそっくりであることを不思議に思っていた。不躾なのは分かっているが、どうしても見比べてしまう。

 何か関係があるのだろうが、タコの手足が触手になっているのに対し、キアランは人間と同じ体……実際には機械の体だが。それに、キアランはエルフ耳のままだがタコは普通の耳だ。そういった違いが関係性を不透明にしている。

 その疑問に対して、タコはすでに答え(シナリオ)を用意していた。


「さてさて、念のため紹介しておきましょうか。こちらが、私の『娘』であるキアランちゃん。ロイドに攫われて魔法で洗脳されていたのを、このたび救出することができたの」

 直前に打ち合わせをしておいたので、キアランも無表情で話を聞いている。エドガーたちも怪訝な顔をしているが、さすがに相手が邪神ともなれば『そういうこともあるのか』と納得するしかない。

 ロイドとの話も気になるところだが、タコはそれを無視して話を移す。


「そして、こちらがクリスティーヌちゃん。『ナスキアクアにいたところを保護した』のよ」

「クリスティーヌ……? まさか!?」

 その名前を聞いた時、秘書官が何かに気づいた。それでも、自分の記憶に自信が持てず、クリスティーヌの顔をよく確認してしまう。

 それにはすぐに気づかれてしまい、彼女はにやりと笑みを浮かべた。それで秘書官も確信する。クリスティーヌが、キアランたちに引き渡した罪人の一人だという事を。


「陛下、彼女は……」

「なにっ? だがあれはどう見ても……」

『人間ではない』。とっさに口走りそうになったが、何とかエドガーはその言葉を飲み込んだ。3人の人外。しかも、巨大な力を持った者たちがいる場で言う事ではない。

 そして、二人がそれに気づいたことでタコも予定通り話を進める。


「クリスちゃんは『色々』な問題を抱えていたようでねー。タコさんがそれを解消するために力を貸してあげたのよ」

 だいぶ含みを持たせた言い方だが、その意図は十分に伝わったようだ。

 国を失い罪人となった上に、人体実験じみた扱いを受けるのを承知で引き渡す。そんな者が、強大な力を持って自分たちの前にいるのだ。それがどういう意味を持つのか、想像するのは難しくない。


 先ほどクリスティーヌの暴れっぷりを見ているエドガー達からすれば、脅しとしての効果は絶大である。

 一体、どんな要求をしてくるのか。不安に冷や汗をかくエドガー達だが、タコはあえて話を変えた。


「ま、そんなことよりも本題に入りましょうか。さっきあなた達を襲った化け物、あれはロイドがやったことよ。彼は、混沌の神という存在の力を使って、世界を滅ぼそうとしているの」

 それは、あまりにも突拍子もない話である。

 だが、エドガーたちは実際に怪物の襲撃を受けているのだ。見ただけでも恐怖を感じるほどの異形の怪物たち。それがあれだけ大量に現れたのだから、尋常でないことが起きているのは間違いない。


「ねえ、エドガーさん。タコさんと取引しない?」

 そして、タコは悩む時間など与えないとでも言わんばかりに話を進める。

 実際、あまり時間の余裕はないのだ。先ほどの怪物は恐らくロイドの仕業だろうが、今もまたどこかを襲っているかもしれない。

 ならば、さっさと交渉を終わらせて襲撃への対策に入りたいのである。


「あなた達が国内に流したタコさん達の噂。あれを、ロイドがやったことにして、ナスキアクアと停戦して欲しいの。そうすれば、タコさん達があいつらを倒すついでに、この国を守ってあげる」

 元々、帝国を利用していたキアランはその内情を良く知っていた。だから、タコも停戦が簡単ではないことも理解している。

 だが、それで帝国を放って訳にはいかない。最悪、先ほどのように怪物をけしかけられたら、全滅してもおかしくないのだ。


 そして、エドガーはかなりの驚きを持ってこの話を聞いていた。邪神と呼ばれるものが、ここまで理性的な提案をしてくるのが予想外だったのだ。

 エドガーとて、タコたちがそこまで邪悪なものでないことは知っている。だが、敵対し、卑劣なデマを流している自分達にまで恩情をかけるとは思っていなかった。


 こうなれば、エドガーとしてもタコの提案に異論はない。

 帝国がロイドに騙された事には変わりはないが、タコたちとは停戦できたことで、最悪の事態は回避できたことになる。後は、敵の敵は味方とでも言って、タコたちとの友好を深めていけばいいのだ。

 もちろん、反対する者も多数いることだろう、だが、それに対する反論も思いついている。


「それともう一つ。タコさん達から外交官を出すので、客人として受け入れて欲しいの。それは、ここにいるクリスティーナちゃん。あ、彼女が住むための屋敷を立てるから、そのための土地をもらえるかしら、この辺まで」

 そう言ってタコは帝国の地図を広げると、この仮拠点の周囲を指し示す。これはもちろん、帝国へのけん制である。今後は、ここでクリスティーヌに国を再起してもらう予定だ。

 さすがに詭弁が過ぎる要求だが、彼女の力を知っている以上、エドガーも飲まざるを得ない。


 それに、これはタコの意図しないところで別の脅しがかけれられていた。

 相手が詳細な地図を持っているということが、防衛にどれだけ不利となるか。秘書官だけではなく、近衛兵たちも顔を青くしている。

 そもそも、帝国ですらこれほど詳細な地図を持っていないだろう。すでに、エドガー達には逆らう気など残っていない。


「……少し、時間をいただけるだろうか」

「構わないわ。ただし、クリスちゃんを含めて何人かをここに残留させるけど、返答があるまでは自衛しかしないからね」

 今回の視察にはエドガーに反発する者も連いて来ている。まずは、彼らを黙らせなければならない。

 幸い、そのための材料は十分にそろっていた。少々、危険な橋を渡ることになるが、それで帝国の問題が解決するなら安いものである。

 エドガーはゆっくり立ち上がると小屋から出ていく。タコはそれを、満足そうに見送っていた。



「我らは三大国家の一角ですぞ! それが、戦う前から膝を屈するというのですか!?」

 ナスキアクアとの停戦を説明したとたん、エドガーは多数の反論に包まれた。その多くが隙あらばエドガーを引きずり降ろそうと企む者たちである。

 彼らはそんな話よりも、エドガーがロイドに協力したこと。さらに、先の襲撃の責任を取らせようと躍起になっている。

 幸い、反戦派と呼ばれる者たちは静かに話を聞いていた。そして、エドガーもまたどっしりと構えたまま反論する。


「三大国家? 奴らはナスキアクアだけじゃない。ニューワイズもスプレンドルも支配下におさめ、魔族とも友好関係を築いているんだぞ? 三分の一であることに、何の意味があるというのだ?」

「し、しかし! そもそも、あの怪物たちすら邪神の仕込みなのでは!?」

 その指摘に、何の意味があると言うのか。

 少しばかりイラつきを表現するため、エドガーはわざとらしくため息をつく。既に、タコとの会談の中で想定問は出来上がっているのだ。


「そうかそうか、その可能性もあるな。では、貴殿からタコ殿へ追及してもらおうか」

「なっ!? そ、それは……」

 できる訳が無い。

 いくらここにいる者たちは、帝国ではかなりの地位を持っている。だが、それが他国の者。しかも、人ですらない者に通用するわけがない。

 そして、タコたちの力は既に目の当たりにしていた。そんな者たちに強く出ることなど不可能である。


「邪神たちの企みが露になったときは、騙された愚王として身を引こう。それこそ、処刑してもらってもかまわん」

 仮に彼らの言い分が正しく、タコがこちらに敵意を持っているとしたら、帝国の王であることなど何の価値があるのだろうか。そもそも、帝国がいつまでもつのだろうか。


「そうそう、怪物たちが邪神の仕込みと言うなら、邪神はあの怪物どもを支配しているということになるな。ふむ、その場合は奴らとまた戦わなければならないのか。一体、誰が相手をすることになるのやら」

 結局、帝国が取れる選択肢は多くないのだ。

 タコに協力し、困難でも国をまとめ上げるか。それとも、タコと敵対して怪物たちに滅ぼされるか。

 さすがにここまで言われれば、それが理解できない者はいない。いくら権力に執着しているとはいえ、帝国が無くなってしまえば何の意味もないのだ。


「分かっただろう? 我々が置かれた状況というものが」

「だが、それでも本国にいる者たちを説得するのは……」

 先の戦闘を見ていない者からすれば、タコたちの力を聞いたところで信用しきれないだろう。

 仮に信用したところで、帝国はかなりの変化を求められる。それに反発する者、ついてこれない者が現れるはずだ。彼らの行きつく先は反乱でも起こすことだろうか。

 それとは逆に、帝国を見捨ててタコたちに身売りする者が現れるかもしれない。


「それでも、やるしかない。私とて、国内の安定だけ考えた結果がこれだ。我々は、変化に気づくのが遅すぎたんだよ」

 エドガーは、判断を誤った。何とか国内の傷を浅くしようと画策したせいで、大きな改革を行うことができなった。

 だが、エドガーはまだ絶望してない。ここにいる者たちに失望しきってはいない。真に国を想う気持ちがあるなら、変化に立ち向かうことはできるはずだ。


「どうした諸君? 今は喜ぶところだぞ?」

 唐突な言葉に、誰もがエドガーの顔をうかがう。

 一体なぜ、この状況でそんなことが言えるのか。あまりの異常事態に、おかしくなってしまったのか。

 皆が不安な顔をしているのを面白がっているのか、エドガーは微笑み浮かべている。もちろん、彼の心は正常だ。


「運が良かったじゃないか、国が亡ぶ前にこのことに気づけて」

 既に、エドガーへ反論できる者は存在しない。彼は無言で立ち上がると、タコに答えるためにこの場を後にするのだった。



「まさか、当日中に回答をもらえるとはね。動きが早くて助かるわー」

 無事に帝国の協力を取り付けたタコは、上機嫌で仮拠点の整備を行っていた。そのための人員としてホリー達、元エルフを連れて来ている。

 彼女たちは結局、キアランと同じ機人に転生させていた。ただ、顔が同じで混乱を招くのもあり、装備で個性化を図っている。


 例えばキアランが手首にブレードを装備しているのに対し、ホリーはニードルガンを装着していた。

 他の者たちもレーザーソードやライフル銃などなど、なかなかバラエティーに富んだ集団が結成されている。皆が同じ顔をしているため、関係者以外に見られる場合はバイザーやヘルメットで顔を隠すようにしていた。

 そして、仮拠点の整備を手伝っている彼女たちを見ながらタコが呟く。


「ふむふむ、プラムちゃんは活発。シーダちゃんはお茶目。トリヤちゃんは大人し系。こうしてみると、みんな違いがあるものね」

「意思が弱いという事は、未成熟だったとも言えるわ。むしろ、これから個性が形成されていくんじゃないかしら」

 基本的には命令されないと動かない彼女たちだが、その反応には個人差があった。

進んで肉体労働をするプラム。動きは速いのだが転んだりといったドジの多いシーダ。掃除や資材の整頓など細かな作業を黙々と続けているトリヤ。

 今は隠れているが、感情を表情で示すようにもなっている。これもリルの治療と、転生によりロイドの呪縛から解放されたためだ。


「ところでさ、タコ……タコ?」

 キアランが呼びかけたのにタコは反応しない。むしろ、顔を背けて「つーん」としている。どうしたのかと思ったキアランだが、その原因はすぐに思い至った。そして、顔を赤らめながら解決法を実行する。


「その……マ、ママ……」

「はいはーい! ママですよー! あなたのママの、タコさんですよー!」

 キアランがそう呼んだ途端、タコは満面の笑みを浮かべて彼女に抱き着いた。触手でわちゃわちゃと頭をなで、頬ずりまで始める。

 まったくこういったことを経験してこなかったキアランは、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。

 それでも人に触れるのが嬉しいのか、タコを抑える手の力はかなり弱い。

 そして、先ほどの「ママ」とは、キアランがタコの娘だという設定をばれないようにするため……という名目のタコの趣味である。


「それで、なーに? キアランちゃん」

 満足したタコがキアランを解放すると、彼女は熱くなった顔を冷ましたいのかぱたぱたと手であおいでいた。

 だが、すぐにその顔が不安に包まれ、おずおずとタコに問いかける。


「……勝てるの? あの、混沌の神に」

 相手は一度、世界を滅ぼしかけた存在。ロイドに宿った時は本調子ではないはずなのに、凄まじい力を放っていた。

 いくらタコが自分や元エルフたちを救ってくれても、世界が滅んでしまったら何の意味もない。

 自分達を気をかけるよりも、神への対策を進めた方が良いのではないか。キアランはそんな不安に包まれていた。

 だが、そんなものを吹き飛ばすように、タコは笑顔で胸を叩く。


「大丈夫、大丈夫。タコさん、本気なれば強いのよ?」

 既にレインとアイリスが準備を進めているし、タコも既に大量の課金アイテムをインベントリに放り込んである。

 そもそも、タコは勝てる見込みがあるから自信満々でいられるのだ。


「それに、リルには秘策の準備をしてもらってるからね」

「秘策?」


「うん、実はね……」

「ボス! 大変です! 先ほど倒した怪物たちが、復活しました!」

 説明を始める前に、クロが部屋に飛び込んでくる。

 タコはキアランと目線を合わせて頷くと、共に部屋を飛び出して怪物たちへ向かって行くのだった。

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