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86話 タコさん、皇帝を救う

 帝国とナスキアクアの国境にある駐屯地、そこの司令官がいるテントに重厚な鎧に身をまとった者。ロイドが姿を現していた。

 いきなり現れた彼に対し、司令官が驚いて声を上げる。


「……な、何者か!?」

「私です。ロイドですよ」

 最初は怪訝な顔をしていた司令官だが、その顔立ちからロイドの言葉を信用したようだ。……いや、実は既にロイドの精神操作が使われているのだが、彼はそんなことを知る由も無い。


「し、失礼しました。その、ずいぶんと変わられましたね」

「ええ。やはり、私も体を張った方がいいと思いましてね。秘術で肉体を一時的に若返らせているのです。……それに、やっと種まきも終わりました」


「種まき……ですか?」

「ああ、こちらの話です。ところで、先日お願いした件ですが」

 ロイドの怪訝な言葉に疑問を示すも、もちろん彼はそれに答えない。そして、話は先日、ロイドが訪れた時のことに変わった。

 ナスキアクアへ更なる侵攻を行うための、追加人員の話だ。


「はい。お約束どおり、数百人の罪人を集めました」

「それは素晴らしい。それでは、精神操作を行うために集めていただけますでしょうか」

 司令官はそれを快諾する。言われた通り罪人を集めたのはいいのだが、反抗的なものが多くて規律を保つのに苦労していたのだ。

 すぐに兵士を呼び出すと、罪人たちを集めるように命令する。しばらくして準備が整えば、近くの広場に罪人たちが並べられていた。


 誰も彼もが薄汚く、不満を隠そうともしていない。当然ではあるが、仕方なく兵士に従っているのがありありと感じられる。

 だが、ロイドが只者ではないのは誰の目にも明らかであり、彼が現れれば自然と視線はそちらに集中した。


「初めまして皆さん。私は、皆さんを解放する者」

 何のことかと皆がざわざわと色めき立つ。しかしそれも、ロイドがさっと腕を広げればすぐに収まっていった。


「あなた方は世界に裏切られた者たち。生まれの不幸。ちょっとした不運。実らなかった努力のせいでこんなことになった。さぞかし、世界を恨んでいることでしょう」

 その言葉は精神操作の魔法と相まって、罪人たちの心の奥へすとんと落ちていった。

 彼らの心の中に、『そうだ、俺たちは被害者なんだ』、『悪いのは世界なんだ』といった感情が膨れ上がっていく。


「私は、それを肯定します」

「ロ、ロイド……殿?」

 さすがの司令官も事の異様さに気づいた。ロイドを止めるため彼に手を伸ばそうとするが、どうやらそれは遅かったようだ。

 ロイドが大きく腕を掲げると、その全身から闇が噴き出した。それは宙を舞い、罪人たちの体に取り込まれていく。


「さあ、力を与えましょう! この力で、世界に恨みを果たすのです!」

 そして、変化が起こった。とある罪人の肉体が内側から引き裂かれ、中から大きなカエルのような肉体に触手を生やした怪物が現れたのだ。

 さらに、それは次から次へと連鎖していく。巨大な肉体に口が横ではなく縦に割けているもの。何百ものイモムシが絡みあってできているもの。六本の脚に巨大な角を生やしたシロクマのようなものなどなど、怪物が次々に生まれている。

 その姿は様々で統一性も無いものだが、見ただけでも生理的な恐怖を与える姿だというのは一致していた。


 司令官の悲鳴が響く。

 この日、この地は地獄に変わった。



 サン・グロワール帝国の皇帝エドガーは、現地で起きた悲劇なぞ知らずに駐屯地への道を馬車で進んでいた。

 その周囲には大規模の軍勢が同行している。彼らは駐屯地への増援であり、皇帝が視察に向かうための護衛でもあった。

 さらに、エドガーは視察だけではなく、帝国で初めてナスキアクアに勝利した兵士たちを労うこと。そして、その立役者となったキアランたちの技術を確認することなども狙っている。


「はは、ようやく私にも運が向いてきたようだな」

「しかし陛下。あまり得体のしれない者を信用しすぎるのは……」

 悩みの一つが解決されだしたことにより、エドガーの心には少しばかりの余裕が生まれていた。

 だが、彼に付き従う秘書官は、未だ不安を払うことができていない。もちろん、エドガーもそんな気持ちを理解している。


「分かっている。将来的には奴らの技術を我らのものとするのだ。だが、今は目先の問題を解決しないとな」

 キアランがもたらした技術に、一方的に依存するつもりはない。今のところは大きな要求をしてこない彼女たちだが、それもいつ豹変するか分からないからだ。

 それでも、ナスキアクアや邪神タコをどうにかしなければ、帝国自体が終わってしまう。ならば、危険があってもキアランたちを使うのはやむを得ない。


 今回の視察にはエドガーに反発する者、裏で反意を抱いている者、反戦派の者なども連れて来ている。

 一部は一方的について来たというのもあるが、今回の成果を華々しく披露することができれば、彼らを抑えられるだろうという目論見もあった。

 それに、彼らは必死になって成果へケチをつけてくれるだろう。それは、ロイドのたちとの交渉に使えるかもしれない。


 エドガーがそんなことを思案していると、突如、巨大な爆音と共に地面が揺れた。馬車が急停車し、慌てて兵士が馬車のドアを開ける。


「しゅ、襲撃です! そ、空から怪物が降ってきました! さらに、多数の怪物がこちらに向かっております!」

「な、何だと!? なぜ今まで気づかなかった!?」

 既に馬車の外からは怒声や戦闘音が鳴り響いていた。思わずエドガーは馬車のドアを開けるが、すぐさまそれを後悔する。

 見るだけでおぞましい怪物たちが、兵士を蹂躙していた。必死に迎撃する彼らだが、戦力差は一目瞭然である。


「撤退だ! 早くしろ!」

 エドガーは叫ぶ。だが次の瞬間、馬車に繋がれた馬が狂ったかの様に暴れ出した。御者が必死に抑えようとしているが効果が無い。それはこの馬車だけではなく、周囲の馬も次々と言う事を聞かくなっていた。

 ふとエドガーが上空を見れば、翼を生やした怪物がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、周囲に光る粉のようなものを振りまいている。

 どうやら、あいつが何かしらの魔法で馬たちの正気を奪っているようだ。


「やむを得ません! 陛下、こちらへ!」

 兵士に連れられエドガーは馬車を出る。周囲に配置していた精鋭の近衛兵たちも、既に彼を守るために集結していた。

 他も者たちは必至に空を舞う怪物を狙っているが、あまり効果が無い。仕方なく徒歩で撤退を始めるエドガーたちだが、数メートルはありそうな怪物がこちらに向かって突撃してきた。


「う……あ……」

 エドガーはあまりの恐怖で動けない。近衛兵たちも何とか剣を構えているが、あれを止められる可能性はゼロに等しいだろう。

 そして、怪物が腕を振り上げる。だが、その腕が振り下ろされる前に、爆音と共にエドガーたち向かって大量の血液がぶちまけられた。

 一瞬、誰もが意識を飛ばす。だが、何事かとすぐに目を開くと、そこには巨大な金棒を肩に担ぐ2メートルはありそうな女性が、怪物の上半身を踏み潰していた。



 その少し前、クロとマツリカ、そしてホタルが、ドラゴンのエヴァに乗って混沌の神の痕跡を探すために飛び回っていた。

 そして、彼女たちは怪物の大群を発見する。どうやら何かしらの魔法がかけられているようで、簡単には発見できないようになっているようだ。

 すぐさまタコに連絡を取ると、怪物たちに気づかれないように上空からその後を追った。


「マツリカちゃん、クロちゃん。あそこにある馬車、偉そうな人が乗ってそうじゃない?」

「ふむ、本当ですね。このままでは全滅する可能性もありますが……」

 エヴァの視力がエドガーたちを発見した。このままでは怪物と鉢合わせするだろう。しかし、帝国領でどこまでやって良いのかも分からず、クロは悩む。

 だが、それを察したマツリカが背中を押してくれた。


「ねえクロちゃん。一応、助けた方がいいんじゃないかな。恩を売れるかもしれないよ?」

「そうですね。ボスに報告次第、突撃しましょうか」

 怪物たちはこの世界にいる魔獣とも違うようだ。戦力が不明の相手に挑むのも危険であるが、相手の強さは把握しておきたい。

 念のため回復役のホタルと、移動と遊撃ができるエヴァを空中に残して、クロは降下準備を始める。

 だがその時、タコから追加の指示が入った。


『あ、クロちゃんごめんね。クリスちゃんとキアランちゃんを連れってもらえる?』

「し、失礼します」

 どすんと巨体のクリスティーヌが現れる。

 エヴァは一瞬「ぐえ」とうめき声をあげ、バランスが崩れそうになった。さすがに4人、しかも一人がオーガともなると重量オーバーの様である。

 全員の担当位置を考えていたクロだったが、早めに投入するしかないようだ。それに、地上では既に蹂躙が始まっている。


「ごめん……ちょっと重い」

「ふむ、仕方なりませんね。まあちょうどいいです。ではクリス様、行ってらっしゃいませ」

「え?」

 何をするのかと質問する前に、クロはクリスティーヌをエヴァから降ろす。彼女の体は当然、自由落下を始めた。

 思わず悲鳴を上げるも、この肉体なら大丈夫なはずだと姿勢を整える。そして、着地に備えて目をつぶり下半身に力を込めた。

 だが、しばらくして足から伝わってきたのは地面の感触ではない。何か柔らかいものを踏み潰した「ぐちゃっ」という感触だった。


 目を開けたクリスティーヌに飛び込んできたのは、下半身だけが残っている怪物である。思わず悲鳴を挙げそうになるが、その前に周囲の怪物たちが自分めがけて突撃してきた。


「い、いきなりすぎるでしょう!? ひえっ!」

 未だ混乱する彼女だが、怪物は振り払わなければならない。タコから与えられた金棒を振り回すと、怪物は一撃で粉砕される。

 またしても小さく悲鳴を上げるが、幸い、それは周囲の喧騒に巻き込まれて誰かに聞かれることはなかった。


「やめて! こ、こないでー!」

 そして、彼女が冷静になるよりも先に、次々と怪物が現れる。クリスティーヌにできることは、無心で金棒を振り回し続けることだけだ。

 突然現れたオーガ。しかも、ぼこぼこと怪物を倒していく彼女に、兵士たちは恐怖を覚えながら後ずさる。そのせいでクリスティーヌは、さらに怪物たちの矢面に立つことになってしまった。

 もちろんそれは、金棒に新たなシミを増やすだけになったが。


 彼女が暴れ回る裏で、クロとマツリカも別方向から怪物たちを倒している。エヴァも空飛ぶ怪物を炎のブレスで焼き尽し、それに乗るホタルは傷ついた兵士たちを回復していた。

 しばらくすれば、クリスティーヌの周りにはあるのは怪物の死体だけとなっている。返り血にまみれる彼女もようやく冷静さを取りもどし、自身のやったことを唖然としながら見つめていた。


 だがその時、彼女の背後の空気が動く。透明化の能力を持った怪物が、彼女の首を狙って飛び掛かったのだ。

 しかし次の瞬間、何か閃光のようなものがクリスティーヌの背後を通り過ぎた。そして、怪物は空中で不意に動きを止める。

 怪物は一瞬遅れて正中線から真っ二つになり、地面に崩れ落ちた。そして、そのすぐ近くには、手首から大型のブレードを生やしたキアランが着地している。


 彼女は光学迷彩の能力で透明になり、今までもクリスティーヌの援護をしていたのだ。ブレードも単分子で構成された振動剣であり、凄まじい切れ味を誇っている。


「これで最後のようです、怪我はありませんか?」

「い、いえ。ありがとうございます」

 クロたちも集合し、兵士たちを遠巻きにしながらホタルやマツリカの魔法で小さな傷や、汚れを取り除いていく。


「クリス様、大活躍だったね!」

「死んだ兵士も全員復活できたのー。キアラン様が頑張って被害を減らしたおかげなのー」

 あれほどの戦闘の後だというのに、マツリカを中心に疲労感などかけらも感じられない。怪物にやられた兵士たちも復活され、傷も治療されているというのに。

 戦慄を感じながらも兵士たちは職務上、彼女たちを包囲せざるをえない。だが、それを手で抑えてエドガーが前に出た。


「キ、キアランなのか……? これは一体、どういう事なんだ?」

 キアランの服装はタコの趣味により、いわゆる近未来的なぴっちりスーツを着ている。それでも、顔立ちに変化はない。エドガーもそれで彼女のことに気づいたようだ。

 彼の周りには近衛兵が注意深く守りについている。だが、それが意味を持たないことなど誰もが理解してた。

 それでも、エドガーは前に出てキアランに疑問の目を向けている。それは、半ば自棄になっているのかもしれないが。


「……」

 キアランは答えられない。正直に事を話すべきか、それとも、まずは謝るべきか。

 様々な思考がよぎる中、彼女が口を開く前に何者かが転移でこちらにやって来た。


「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 愚かな人間どもよ、ひれ伏せ―!」

 その正体はタコである。控えめにも《神格のオーラ》を発動しているため、兵士たちに更なる緊張が走った。

 当のタコはそんな視線など気にせず、キアランを庇うように彼女の前に立つと、堂々とした態度でエドガーに話しかける。


「えーと、エドガーさんだったかしら。少し、タコさん達とお話ししない?」

 まともな人間なら耐えられないほどの威圧。そんなものにさらされたら、エドガーとて逆らうことはできない。

 たとえそれが自身を苦しめている邪神といえども、彼は首を縦に振ることしかできなかった。

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