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84話 タコさん、神に逃げられる

 ロイドの体から傷が消えていく。全身に力がみなぎり、またしても若い頃の姿になった。

 身にまとっていた神器も修復される。だが、その色は金色から漆黒に変わり果てていた。

 そして、それでもまだ力は有り余っているようだ。周囲には稲妻のようにバチバチと闇が弾けては、それに触れる地面を消滅させてた。


「ははは! 力だ、力が満ち溢れる! これが神の力か!」

 高笑いをあげながらロイドは周囲にエネルギーを放出する。ほとんど狙いを付けていないそれでも、先ほどの神器によるもの以上の爆発が巻き起こった。


「ほげー! ど、どうなってるのよ、リル!?」

「あんたに残っていた、混沌の神があっちに移ったのよ!」

 魔法で防御しながらタコたちは後ろに下がる。リルやアイリスが魔法やナイフをロイドに向かって投げつけるも、先ほどと同じように闇が消し飛ばしてしまった。


「ああそうか。目を覚ましたリルがタコの体にいられなくなったんだから、向こうも出ていくのが道理よね」

「候補となる肉体が無いから、もう少し大人しくしてると思ったんだけど……甘かったみたいね」

 リルの予想では、混沌の神はまだ本調子でなかった。リルと共に滅ぼされた上、異世界に渡ったことで大量の力を失っている。そして、再度蓄えた力もタコに大半を使われてしまったからだ。

 神とて精神だけの状態では、自身の維持にかなりのエネルギーを使う。タコの肉体を乗っ取れなかった以上、もうしばらく眠っているはずだとリルは踏んでいた。

 ところが、混沌の神はタコの体から抜け出してロイドの体に宿っている。


 確かに、これならすべてのエネルギーを破壊に回すことができるだろう。今も凄まじい力を周囲にまき散らしていた。

 ロイドの狂気が、混沌の神との相性を押し上げたのだろうか。様々な予想を巡らせるリルだが、答えはすぐに示される。


「……がっ!? むう……」

 ロイドの額から血が噴き出した。力のコントロールも出来なくなったのか、片手で頭を抑えると苦しそうにうめきだす。

 周囲にエネルギーが放出されることも無くなり、タコたちも体勢を整えてロイドに向きなおった。


「はは。所詮、あなたは神を宿すほどの器じゃなかったってことね」

 リルが笑みを見せながら魔法の剣を投げつける。ロイドは何とか片手を振るい、闇を発生させてそれを消滅させた。

 しかし、それに続いたレインやアイリス、それにオクタヴィアの攻撃を防ぎきることはできない。


 それでも、鎧の強度は健在のようで本人にダメージを与えることはできず、ロイドは少しずつ後退していく。

 だが、気合の声と共に自爆とも思えるような巨大な爆発が発生した。辺りを一瞬、衝撃波と土煙が包みこむ。


「確かに、今の私にあなた達を倒すのは無理のようですね……」

 土煙が晴れた時、既にロイドの体が半透明に薄れていた。どうやら転移の神器を発動したらしい。


「ここは引きましょう。そして、見ているがいい! 今度こそ世界が滅びるさまをな!」

 そして、捨て台詞と共にその姿が消える。アイリスとオクタヴィアが周囲を警戒するも、どうやら完全にいなくなってしまったようだ。


「まさか、あそこまで大口をたたいて逃げるとはねぇ」

 よくもあの状況で堂々と逃げられるものだと、タコは逆に感心する。それとも、目的のためなら細事など気にしないという神の余裕だろうか。


「レイン様。シロさんたちがそろそろ出てきて良いかと言ってますが、あの者たちの回収をお願いしてもよろしいでしょうか」

「ああ、それもそうね。ホタル達には救護室の準備をさせましょう」

 イカ達も騒ぎには気づいていたが、さすがに戦力差がるので危険だと判断して待機していた。

 ボコボコになった周囲の修繕は後回しで良いだろうが、残された異形の者たち……リルの複製であるエルフは保護しないといけない。


「アイリスも大丈夫? 神器の反動ってひどいんでしょ?」

「へーきへーき。これくらいなら勝手に治るさ」

 アイリスは口元の血を拭いながらタコに返事をする。強がっているものの生命と精神が直接削られたことにより、その足元は少しふらついていた。

それでも、神器の反動は魔法では回復できないので、自然治癒に任せるしかないのだが。

 念ためタコが肩を貸しながら、他の者たちと救護室まで転移する。


「混沌の神が、撤退を許容した……?」

 だが、リルだけは一人、さっきまでロイドがいた場所を怪訝な顔で見つめていた。



「……いまだロイドは所在不明か。何処に行ったのかしらね」

 襲撃からしばらく。タコたちは姿を消したロイドの捜索に追われていた。イカ、妖精、人狼、ドラゴンの4人を1セットにして、世界中を探索してもらっている。

 ドラゴンの飛行能力があればかなりの範囲をカバーできるし、悪堕ちメンバーにもしばらくは警戒するように連絡していた。


「で、あの異形のエルフたち何だったの?」

「多分、私が連れていった混沌の神を取り返そうとしたんでしょうね。でも、実際に現れたのはもっと位の低い、神モドキがせいぜいでしょう」

 さすがにロイド一人では、異世界にいる神を呼び戻すことなどできなかったのだろう。邪悪な儀式に惹かれた下級の神が寄って来たり、精霊が生まれるくらいがせいぜいだった。それを無理やり体に宿らされた者が、あのエルフという事だ。

 彼女たちはほとんど意思を持たないようで、命令されなければ自発的に動くことも無い。ロイドからすればただの道具にすぎず、神器の試験などもやらされていたらしい。

 そして、使い物にならなくなった者でも、今回のように何かに使えるかと保管していたようだ。


「……助かるの?」

「このままだと……持って一月ってところね。一応、治療法の当てはあるんだけど」

 異形と化し、正常に機能しない部位すらある肉体。そこに連続した神器の使用。彼女たちの肉体は既にボロボロである。

 意思が薄弱なせいで逆に狂気には陥っていないようだが、それも限界があるだろう。神器の専門家であるリルのおかげで、何とか小康状態を保っているに過ぎない。


「キアランちゃんは?」

「うーん、『生ける屍』って表現が一番かしら? また眠らせておいたわよ」

 一度は目を覚ましたキアランだが、リルを見ても無反応だった。ブツブツと何かを呟きながら爪を噛んでおり、時々頭を引っ掻くくらいである。

 結局、リルはため息を一つついただけで、もう一度キアランに睡眠魔法をかけた。食事を取らなくても魔法でエネルギーは供給可能である。

 ただ、キアランとてこのままでは時間の問題であるのも確かだ。


「あのさ、もうちょっとこう、優しくできないの? 他人ってわけじゃないだし」

「いやいや、他人でしょう。あのクズが作った私のコピーってだけだし。むしろ、あなたこそ恨んでないの? 刺されたのを忘れたわけじゃないでしょうに」

 確かにキアランの生い立ちが同情できるものであるのは、リルとしても理解できた。だが、それで彼女がしたことが許せるかと言われると、それは別の話である。

 それこそタコは最悪、混沌の神に吸収されて死んでいたかもしれないのだ。保護どころか、恨みを晴らしたところで不思議ではない。


「別に。だって、あの子はロイドに騙されていただけでしょう?」

 しかし、それは普通の者にとっての話である。残念ながら、タコの選択肢に『キアランに復讐する』などというものは存在しない。


「それに! 可愛い女の子のやんちゃは、笑って許すのがタコさんなのよ!」

「……はぁ。言いたいことは分かるけど、自分と同じ顔を可愛いって言うのもねぇ……」

 リルがため息をついて顔を逸らす。

 それは、タコのいう事が分かないというよりも、分かっていてもキアランに対して邪険になるのを反省しているかの様だった。


「ああそうか。タコさんにとっては他人の顔だけど、リルにとっては自分の顔になるのよね」

「そういうこと。実際の状態とは逆なんだからややこしいわ」

 今のリルはオクタヴィアの秘術で作られた肉体のため、彼女にそっくりな顔をしている。逆に、本来の自分の顔が目の前にあるのだから、本人からすれば奇妙な状況だ。

 悩むリルは置いておいて、脱線しかけてる話をレインが軌道修正する。


「ま、それはともかく。話ができる状態じゃないなら、記憶を読むしかないわね」

「それならもうやったわ。あいつらの本拠地も分かったけど、既にもぬけの殻。そもそも、大体の記憶は作り物で、参考になりそうなことは何も無し」

 彼女の心配をよそに、リルもやることはやっていた。キアランやほかのエルフから情報を得られないかは確認済みである。

 残念ながら有用な情報は無く、ロイドは地道に探すしかないようだ。

 だがその時、リルの意識が少し別の方へ向いているのにタコが気づく。それは、ロイドが見つからないのに焦れているのとは、また別の悩みがあるように思えた。


「ん? どったのリル? 何か心配事?」

「うん。ロイド……と言うか、混沌の神を宿したあいつが撤退したのがね……」

「相手もまだ本調子じゃないようだし、撤退もやむを得ないと判断しんたんじゃねえか?」

 さすがに神といえども、負けが予想できるなら撤退するだろう。アイリスはそう思ったのだが、リルにはそう思えなかった。

 それは、神自身をその身に宿したことがある、彼女だからこそ分かることである。


「前に言ったけど、混沌の神の目的は破壊による混沌。目の前に生命がいるのに、破壊を優先しないわけがない。私が神を宿した時は、必死に破壊衝動を抑えて何とか逃げたものよ」

 リルは神と共に滅ぶため、できるなら無抵抗でいたかった。だが、それを混沌の神は許さなかった。

 神は全てが憎いとでも言いたいかのか、あらゆるものに攻撃を仕掛けようとする。それをリルは、被害が出ないように必死に抑えていたのだ。

 特に、生きている者が残っているのにその場から離れようとするのは、神が一番嫌がることだった。しかし、先のロイドは不利と見るやさっさと退却している。


「ロイドは、神を宿せるほどの器じゃなかったのでしょ? まだ、神の意思より自分の意思を優先してるんじゃないかしら?」

「その可能性もあるけど、そうなると何でロイドに移ったのか分からないのよ」

 それでは、ロイドが神の力だけ都合よく使っていることになってしまう。あの神がそんなことを許すのだろうか。納得できないリルは、額にしわを寄せてうんうんと悩んでる。


「とりあえず、今は待つしかないわね。タコさん、ちょっと別の用事を片付けてくるわ」

 考えることは本人に任せ、タコはいそいそと立ち上がる、そして、転移で目的の場所に移動するのだった。



 ナスキアクアのとある孤児院。そこでは先日、捕虜となったサン・グロワール帝国の兵士。クリスティーヌが畑仕事に精をだしていた。

 服もオーバーオールに長袖、手袋に長靴といった完全な農家スタイルである。そこには以前、タコと会った時のようなピリピリとした雰囲気はかけらも残っていない。


 何故なら、彼女の近くでは子どもたちが同じように畑の手入れを行っているからだ。クリスティーヌも思うところが無いわけではないが、子ども相手に不満な態度を出すわけにもいかず、表向きは素直に作業を進めている。

 そんな彼女へ、全体の監督をしていたルチアが話しかけてきた。


「クリスさん、お疲れ様です。失礼ですが、意外と慣れているようですね」

「花の手入れくらいなら経験があります。ここまで本格的なのは初めてですが」

 ルチアはクリスティーヌの素性も聞いている。だが、それを考慮した扱いをしなくて良いとタコから言われていた。

 今更、元小国の姫であり、敵国の兵士だった人物だと言われても、気圧されれるようなルチアではない。大人がいれば自分の仕事も楽になると、積極的に作業を押し付けたのだ。


 元々、クリスティーヌが孤児院に送られたのは、ナスキアクアの現状を知ってもらうためである。

 本来ならアレサンドラに任せようかと思ったのだが、タコがキアランに刺された事によりそうもいかなくなってしまった。

 そのため、ルチアにお鉢が回ってきたのである。未だ孤児院は人手不足なので、彼女は喜んでそれを受けれたのだ。


 クリスティーヌも神器の反動により本調子ではないため、タコの決定に反発することもできない。

 それなりの労働がリハビリになっていることもあり、結局は素直にそれに従っている。


「やっほー、みんなー。おやつを持って来たからお茶にしましょー」

 そんな折、タコがお茶セットを持ってやって来た。子どもたちも慣れたもので、歓声を挙げながら群がってくる。

 タコはルチアと皆の手を拭いてあげながら、一人ずつおやつを配っていく。ちなみに、今日のメニューは煎餅だ。「甘いものは贅沢すぎ」と、ルチアに禁止されているのもあるし、醤油も馴染みがないためシンプルな塩味にしていた。


「はい、クリスちゃんもどうぞ。汗かいたんだから、塩分を取らないとだめよ」

「……何か、ご用ですか?」

 さすがのクリスティーヌも、この街の現状を見ればタコへの意識を改善している。それでもまだ、何か企んでいるのではないかという疑問が消えるほど、タコを信頼しているわけでもない。

 そして、そんな考えがタコにばれているのも理解している。そのため、若干の警戒心をもってタコに返事をした。


「実は、キアランちゃんを保護したの」

「……!?」

 心構えをしていたというのに、クリスティーヌは顔に出してしまう。そこまで付き合いの長い存在ではないが、彼女がいなければ自分は処刑されていたのだ。言わば命の恩人である。

 そしてタコは、リルが調べたキアランの記憶によって、クリスティーヌの事情は把握していた。


「でも、色々と問題があってね、どうしたもんかタコさん悩んでいるのよ」

「私に、どうしろと?」

 タコは触手を頬に当て、わざとらしく悩むようなポーズを取る。それが、クリスティーヌに対して何かを求めてると理解した彼女は、タコに話を促す。

 話が早いとタコは微笑み、姿勢を正して彼女の瞳を正面から見つめた。それは、邪神にふさわしい、何かを企んでいる顔である。


「あの子を、助けたい?」

「それは……」

 クリスティーヌは悩む。本来、彼女の目的は国に残した者たちの安全を確保することだ。そのためには、安易に邪神の提案に乗る訳にはいかない。

 タコは帝国と敵対しているわけだし、邪神が求める代償がどれほどのものなのかも分からない。

 だが、クリスティーヌもそれなりの身分を持っていた。その誇りが、恩には報いるべきだと訴えている。

 そして、そんな苦悩などお見通しだ言わんばかりに、タコは顔を近づけてささやく。


「協力してくれるなら、対価としてあなたの望みを叶えてあげる。残してきた国の皆を、助けたいんでしょう?」

 それは、脳の奥に響くほど甘いささやきだった。

 クリスティーヌが臣下を大切に思っているからこそ、『タコに従ってもしょうがない』という言い訳を与えてくれる。

 邪神の誘惑と言う非日常が、自身の願いが叶うという希望が、それでも邪神に従ってよいのかという自問が、彼女の中で渦巻いている。

 少し離れれば子どもたちが騒いでいるというのに、クリスティーヌにはそれがはるか遠く事のように思えた。


 そして結局、クリスティーヌはタコに対して頭を下げる。それにタコは満面の笑みで応えた。


「さてそれじゃ、体で払ってもらいましょうか」

この度2,000ポイントに到達しました!

皆さんありがとうございます!

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