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79話 タコさん、消滅する

「……はっ!?」

 キアランは目を覚ましたのは、慣れ親しんだ医務室だった。混乱する記憶を整理すれば、自身の失敗を思い出して口の端を噛む。

 まだ体は完調とは言えないが、起き上がることはできそうだ。すぐにベッドから抜けだそうとするも、その前に部屋の扉が開く。


「おや、もう目が覚めましたか。ですが、起き上がってはいけませんよ」

「ロイド様……」

 ロイドは心配しているような、怒っているような顔をキアランに向けている。その理由が嫌と言うほど分かっている彼女は上半身だけを起こし、ロイドに頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。私のせいで、最大のチャンスをふいにしてしまうとは……」

「キアラン」

 そんなキアランの言葉をロイドが遮った。優しく右手を彼女の頭にそえる。


「確かに、あなたの行動は褒められてものではありませんでした。敵に発見され、神器の連続使用。私が来なければ、邪神の前で気絶していましたよ?」

 キアランは音がするほど歯を噛み締めていた。復讐に囚われ、状況を見失っていた。

 オクタヴィアに発見されるという不測の事態があったとはいえ、あまりにも無様が過ぎる。


「ですが、あえて言いましょう。『よくやりました』」

「え?」

 だというのに、ロイドから出てきたのはキアランを褒める言葉だった。

 思わす彼女は顔を上げる。一体なぜ、彼がそんなことを言うのか。その理由が分からない。


「これほど早く、邪神と相まみえるとは予想していませんでした。予想外ではありますが、チャンスでもあります。これで、我らの悲願を叶えられるでしょう」

 元々、彼らの計画はもっと時間がかかる予定だった。

 神器を持ってナスキアクアを攻め、邪神の注意を引く。そして自分たちに向かってくるものを調べていけば、邪神にたどり着けるだろう。

 まさか、ナスキアクアを攻撃して即座に邪神が出てくるとは、ロイドも予想していなかったのだ。

 ならば、計画を先に進めるしかない。だが、それには一つの問題がある。


「あなたは休んでいてください。後は、私がやります」

「そ、それはいけません!」

 キアランが声を上げてそれを否定した。次の計画を理解している彼女は、高齢のロイドにその役目を任せる訳にいかないのだ。

 それを理解してるはずの彼なのに、キアランは安心させようと立ち上がる。


「大丈夫ですよ。これでも少しは……ゴホッ!」

 だが、それはすぐに中断された。ロイドが咳き込むと、口を押えた手に血が滴っている。彼は壁に手を付いて、ゆっくりと椅子に座り直した。


「はは、少し無理が過ぎましたか。1日と言わず、3日後にでもしておくべきでしたかね」

 それができなかった理由はキアランにも理解できる。

 邪神の戦力は不明確な以上、余計な時間は与えられない。向こうにこの場所が発見される可能性があるからだ。

 こんな状況だというに強がるロイドを見て、キアランも覚悟を決める。


「……だめです、ロイド様。明日は、私が行きます」

「しかしキアラン……」

 今度は、キアランがロイドの言葉を遮る番だった。確実にロイドは玉砕覚悟で行こうとしている。そんなことは認められない。


「ロイド様に何かあったら、私にはどうにもなりません。ですが、私が倒れても今回のように助けてもらえます」

 何とか思いついた言い訳だが、確かな事実のはずだ。自分にはロイドの様に状況を俯瞰する力も、瀕死の相手を治療する技術も無い。

 キアランは必死の思いでロイドの目を見つめる。お互いに何も言えない。すでに口を開いた方が負けなのは二人とも理解していた。

 そしてついに、ロイドの方が口を開いた。


「……この神器は、神すらも消滅させる力があります。ですがその分、反動も凄まじい」

「覚悟の上です」

 彼は懐から一つの神器を取り出す。それは小さく、見た目はただの短剣のようにしか見えない。だが、それがとんでもない力を持つ代物であることは、キアランも知るところだった。

 彼女は緊張に震えながらも、その神器を受け取る。

 そしてロイドは、やれやれという感じで微笑みがら、もう一度キアランの頭の優しくなでた。


「では、私は人間たちに事情説明へ行ってきましょう。あなたが撤退を命令してからは何も言ってませんでしたしね。あなたはしっかりと体を治してください」

「ありがとうございます。ロイド様」

 キアランがお礼を言うと、ロイドは静かに部屋を出ていった。


 それからしばらく。彼女はおもむろにベッドから抜け出すと、隣の部屋に入る。


 そこにはガラスの円柱が何本も設置されていた。その中は特殊な液体で満たされており、1本ごとに1人のエルフが浮かんでいる。

 しかし、そこにいるエルフたちは、肌が黒に近い褐色であるのはキアランと同じだが、その姿は誰もが尋常ではなかった。


 大抵は腕や足がタコのような触手に変化しているのだが、その本数に規則性が無い。中には背中や腹から触手が生えている者もいる。

 彼女たちは邪神の呪いを受けた者たちだ。邪神は討伐される間際、敵対するエルフたちに呪いをかけたという。その結果がこの肉体変化である。


 この容器は中にいる者を仮死状態する効果があり、生命の維持と呪いの治療を行うために造られた。

 だが、邪神の呪いともあれば抑えるのが精いっぱいであり、奇跡的に呪いが解けて目を覚ましたのはキアランくらいのものだ。

 それでも、呪いの影響はこの肌に残っている。


 ほとんどが女性という事もあり、名誉のため顔は隠されていた。そもそも、男性は邪神との戦闘に駆り出されて大半が死んでしまったそうだ。

 邪神が討伐された後、大罪人の娘とはいえ彼女もこの容器に入れられる。やがて、ある程度呪いが解けたことでロイドの手によって解放されたのだ。


 ロイドは邪神討伐の第一任者でありエルフの粋を集めた装備を持っていたため、呪いの影響を最小限に抑えることができた。

 そして、生き残ったエルフたちはこの装置を維持しながら、いつか復活するであろう邪神に対抗するために準備を進める。

 しかし、装置は数が用意できず、呪いの影響でエルフ次々に倒れていく。最後に残ったのはロイドだけだった。


 キアランも当時のことをはっきり覚えているわけではない。呪いの影響と、長い眠りの影響でほとんどの記憶を失ってしまったのだ。

 それでも、邪神に対する恐怖と、同胞を失った怒りだけは覚えている。それを、ここにいる犠牲者たちを見ることで忘れず、心に強く刻みつけていた。


 今もまた、キアランは自身の心に復讐の炎を強く燃え上がらせている。

 確かに、神器を使うのは恐ろしい。しかも、今度使うのは邪神をも滅ぼす力がある代物だ。その反動も凄まじいものになるだろう。

 生半可な覚悟で使用したところで待っているのは死。良くて廃人といったところだ。


 だが、自分がやらなければならない。

 邪神を倒し呪いの根本を無くすることで、ここにいる者たちを救うのだ。それが、罪人の娘である自分をこの装置に入れてくれた、同胞たちへの償いになる。

 そのためになら悪にでもなる。人間も、世界でも利用する。もちろん、自分自身だってどうなっても構わない。


 決意を新たにキアランは部屋を後にする。次に邪神と会うときには、全てを終わらせるという決意を共に。



「おおロイド様。突然いなくなってしまうものですから、不安になっておりました」

「申し訳ありません。火急の問題が発生したため、その対処をしなければなりませんでした」

 キアランと別れたロイドは、帝国の駐屯地に戻ってきていた。

 兵士たちが帰還したというにキアランが戻ってこない。さらに、ロイドが姿を消したことに不安を重ねていた将軍は、破顔して彼を迎え入れる。

 だが、そのロイドから『問題』と言われれば、またしても不安が襲ってきた。


「戦場に邪神が出ました」

「な、なんですと!」

 しかも、それが最悪の内容となれば、将軍も驚きで思わず立ちあがる。彼は緊張で全身から汗が噴き出しているが、ロイドは落ち着くように優しく手の平を向けた。


「ご案内ください、キアランが対処したため兵士たちに大きな被害はありません。変わりに、キアランは少々休ませる必要がありますが」

「おお、そ、そうですか」

 既に問題が解決してたことを知り、将軍も落ち着きを取り戻す。そしてそのまま、先の戦場であったことの説明を始めた。

 オクタヴィアの魂を捕獲したことや、そのための神器の事は明かしていないが。


「ところで、少しお願いがあるのですが……邪神が相手となれば、今の戦力では足りません。もっと銃を使用させる者を、できれば今の数倍は用意していただきたい」

「分かりました。既にあの銃の力は誰もが認識している所です。国中からかき集めてまいりましょう」

 ロイドがわざわざここまで説明するのは、交渉を有利にするためである。邪神と言う分かりやすい脅威を示し、協力を半分強制させたのだ。

 既に神器の威力は知らしめているので、将軍も戦力の増強に反対する理由は無い。


「頼みましたよ。では、私は銃の方を用意するため、数日ここから離れます」

 キアランは微笑みを浮かべると、頭を下げてから司令部から退出する。

 すぐさま認識阻害を発動したため、その口の端が吊り上がっていることは誰にも見られることは無かった。



 翌日の深夜、タコとオクタヴィアは指示された通りの場所に向かっていた。もちろん、少し離れた所にはレインとアイリスだけでなく、人狼たちも控えている。

 そして、目的地ではすでにキアランが待ち受けていた。認識阻害も切っているようで、タコにもその姿が確認できる。


「来たか……」

「約束通りでしょ? まずはオクトちゃんの魂を返しなさい!」

 タコは触手を振りかざして訴えた。今のキアランは顔も隠しておらず、憎しみを隠した仏頂面でタコを見つめている。

 だが意外にも、彼女は素直にカンテラを取り出して放り投げた。


「約束は守る、受け取れ。数分後に魂が解放されるように設定した。これで義理は果たしたな……次は、貴様が死ぬ番だ!」

 キアランはすぐさま認識阻害を発動してタコに襲い掛かる。

 彼女とて周囲にタコの味方が多数いるのは分かっていた。ならば、速攻で目的を果たすだけだ。

 しかし、例の神器は一本限り。限られた時間の中で、タコの隙を見つけなければならない。


「ちょっと! 少しくらい話を聞いてくれたっていいじゃない!」

「問答無用! 貴様を滅ぼせばすべてが終わる!」

 認識阻害の効かないオクタヴィアは本調子ではないので、タコにキアランの位置を示すだけで精いっぱいだ。

 事前に<注意力強化(アラートネス)>や、装備で知覚力を強化したタコは何とかキアランの位置を補足できている。

 そして、彼女に話を聞く意思が無い以上、タコの取れる手段は限られていた。


「もう! それなら強引に行くわよ! <時間停止(タイムストップ)>!」

 時間が止まり、キアランも動きを止める。

 どうやら時間停止中は認識阻害の効果も無いようだ。タコにもはっきりと彼女を補足することができる。


「やれやれ、<遅発・魔力最強化/麻痺(パラライズ)>。<遅発・魔力最強化/(アース)(・トウ・)(ウォーター)>。<遅発・魔力最強化/大地変形(シェイプアース)!」

 タコはキアランを拘束するため、ありったけの魔法を放つ。

 これで時間が動き出すと共に、麻痺をさせた上に周囲の地面が水に変わる。さらに、土を変化させた巨大な牢獄のおまけつきだ。


「これで、とりあえず逃げられないでしょ。えーと、レインとアイリスに出てきて良いってチャットを……」

 その時、タコは見た。キアランの目がわずかに動き、自分の方を向いたのを。


「え?」

 それだけにならまだ想定内だった。ゲームでも時間停止に耐性がある者なら、停止中も行動できる。

 だか、今はそれどころではない。時間を止めた側のタコも、耐性を持たせたはずのオクタヴィアすらも、動くことができなくなっていた。


「時間を操作できるのが、あなただけだと思った?」

 その原因はもちろんキアランである。彼女は神器により、『タコが停止した時間』すら操作してみせたのだ。

 そして、この時を支配する神器も貴重な品であるが、本命ではない。


 次の瞬間、キアランの手から短剣が放たれる。時間停止中に魔法は発動できないので、タコには避ける術がない。

 しかも、物理的な干渉は不可能なはずなのに、その短剣はタコの胸に深く突き刺さった。


 激痛と共にタコは気づいた。自分の体を中心に、光でできた半透明で巨体な時計が浮かび上がるのを。その時計が反時計回りに動き出す。

 それと同時に、タコは自分の体から何かが抜けていくような感覚におちいる。きっと、その何かが時計を動かすエネルギーになっているのだ。

 エネルギーの正体はすぐに理解できた。タコから抜けているのは『時間』。『時間を掴むことなど不可能』とでも言いたいのか、タコは流れ出るそれを止めることはできない。


 同時にタコの意識も薄れてきた。そして、自身の体から時間が抜けきったのと同時にタコは意識を失い、止まっていた時間が動き出す。


 タコが地面に倒れると同時に、その体が薄れていく。

 そして、オクタヴィアの悲鳴が周囲の木々を揺らした。

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