78話 タコさん、自称娘と会う
「かはっ! くそ、さすが神器を連続で使用しすぎたか」
闇が収まると同時にキアランは膝をついて大量の血を吐き出す。既に神器の反動で体はボロボロあり、気を抜けば意識を失ってしまいそうだ。
だが、まずはこの場を離れなければならない。もうすぐ空間を展開している神器の効果が切れてしまう。今の体では認識阻害の神器も長くは持たないだろう。
近くでは意識を失ったオクタヴィアが倒れている。いや、正確に言えば失ったのは意識ではない。
キアランが持つカンテラには小さな光の球が浮かんでいた。これが、オクタヴィアの魂である。
この神器は相手の魂を封印し、閉じ込めることが出来るのだ。
「くっ!? 不味い、意識が……」
膝に込めた力が抜ける。何とかカンテラを持たない手を地面につくが、口から漏れた血が地面に滴った。
薄れる意識をつなぎとめようとするも、先に神器の維持が途切れてしまい空間が元に戻ってしまう。
そこにすぐさまタコの大声が響いた。
「いたー! オ、オクトちゃーん!」
「おいおい、タコ。少し落ち着けよ」
タコは、オクタヴィアの反応が途切れた時点で森にやってきていたのだ。そして、反応が復帰するや否やその場に突撃する。
ちなみに、移動スピードの観点からアイリスにお姫様抱っこされていた。
「オクトちゃん! オクトちゃん! 一体どうしちゃったの!?」
アイリスから降りてオクタヴィアを抱きかかえるも彼女は反応しない。肉体的に傷は無いようだが、異常状態を解除する魔法を連発しても何も効果が無かった。
アイリスは油断なく周囲を見回しているが、キアランはまだ認識阻害の効果中である。しかし、それも彼女の体力が低下したこにより解除されてしまった。
「ん? おいタコ、例の奴がいたぞ」
「きさまー! オクトちゃんに何を―……て、血だらけじゃない、大丈夫なのそれ……って、ほげー! タ、タコさんと同じ顔がいるー!?」
キアランの姿を見たタコは驚きの連続である。見た目はダークエルフのようだが、自分そっくりの者が血を吐いていればそれも当然であろう。
そして、キアランは神器の反動により凄まじい苦しみを味わっているというのに、まるで狂ったかのように笑い始めた。
「ふ……ふふふ。あはは! あーはっはっはっは!」
彼女の体に今まで無かったほどの力が湧き上がり、両の足でしっかりと立ち上がる。目を大きく見開くと、さらに大きな声をタコに向かってぶつけてきた。
「ついに会えたわね! 母さん!」
「か、母さん!? 一体どういうことなの!?」
確かに自分そっくりではあるが、『母』と言われてもタコには何のことだか分からない。
それをふざけていると感じたのか、キアランはさらに怒気を強めた。
「とぼけるな! 邪神に魂を売った裏切り者め!」
「何言ってるのよ! タコさん元々邪神だもん! 裏切ったなんて言われても、何のことだか分からないわよ!」
さすがにここまで言われればタコも怒って言い返す。ちょこちょこ気になる点はあるのだが、今はオクタヴィアに何かしたことの方が許せなかった。
それに対しキアランは、聞いていた邪神のイメージと違いすぎて少しずつ冷静さが戻ってくる。
「本当に知らないというのか……?」
「それよりも! オクトちゃんに何したのよ!? 早く彼女を治しなさい!」
今度は逆にタコの方が怒りをぶつける番だった。横にはアイリスも油断なく構えている。
怒りに水を差されたキアランだが、目の前に邪神がいるという絶好の機会を逃すわけにはいかない。カンテラを前に突き出してタコをけん制する。
「動くな! その娘の魂は、このカンテラに捕らえている! 少しでも変なことをすれば、砕いて破壊するぞ!」
だが、キアランの体力は限界だ。気を抜けばすぐにでも意識を失ってしまうだろう。神器を使うのも一回が限界だ。ならば、自分の命を賭けてでも……
「待ちなさい、キアラン」
「ロ、ロイド様!?」
キアランが覚悟を決めるよりも早く、その場に別の声が響く。タコとアイリスも少し視線を動かせば、キアランの後ろにエルフの老人。ロイドが出現した。
「邪神よ、自己紹介は省略させていただきます。月並みな言い方で恐縮ですが、その娘の命が惜しかったらこの場は引いてもらいましょう」
「何を言っているのですか!? この場で邪神を……」
撤退を選択するロイドに思わずキアランが声を上げる。だが、彼はまるで生徒に教える教師のように優しくキアランを諭した。
「キアラン、機を誤ってはいけません。今のあなたの体力と、手持ちの神器で奴を滅ぼすことができますか?」
「そ、それは……」
冷静になれば当たり前の答えに、キアランは言葉を返せない。それが不承でも納得だと判断したロイドは改めてタコの方を向いた
「さて、今一度言いましょう。この場は引いてください」
「何言ってるのよ! そんなことできる訳ないでしょう!」
タコは触手を挙げて反論する。オクタヴィアにこんな事をした連中が言う言葉など、簡単には受け入れる訳にはいかない。
だが、エルフの技術が恐ろしい物なのは確かだ。実際、アイリスはロイドの接近に気づけなかったし、オクタヴィアを治す方法が分からないのも確かである。
そこへ、ロイドの方がタコに半歩だけ歩み寄った。
「おっしゃる通りですね。ならば、これでどうでしょう?」
キアランが持っていたカンテラにロイドが手を添えると、その光が一瞬だけ強まりオクタヴィアを照らす。
すると、カンテラの光が半分程度の大きさになると同時に、オクタヴィアが小さなうめき声を上げた。
「タ……タコ様?」
「ほえ!?」
タコの触手の中でオクタヴィアが目を覚ます。まだ少し寝ぼけているような状態だが、心配するタコの触手をしっかりと握り返していた。
「娘の魂を半分戻しました。明日の深夜にあなたたち2人だけでここへ来れば、残りの魂も返しましょう」
「ロイド様……いけませ……」
「キアラン、少し眠りなさい。それでは邪神よ、さらばです」
既にキアランの足元はおぼつかず、支えられて何とか立っているだけだ。そんな彼女を抱え、ロイドは認識阻害の神器を発動する。
オクタヴィアが追跡するために立ち上がろうとするが、それをタコが止めた。さすがにこれ以上の無理をさせる訳にはいかない。
そこへ人狼たちが報告に戻ってくる。すでに敵兵は森から撤退し、残った者は拘束したそうだ。
仕方なくタコたちも一度体制を立て直すため、伏魔殿に戻ることとなった。
◆
「オクトちゃん、本当に大丈夫?」
「はい。戦闘などは難しそうですが、普通に動くのには問題ありません」
様々な回復魔法やポーションを使用したクタヴィアだが、その顔には未だ疲れが見える。
結局、『魂が半分』という状態はよく分かっていない。ステータス上で能力値は半分にいるようだが、それはタコたちが何をしても解除されなかった。
恐らく、例のカンテラに閉じ込められた魂を取り返すしかないのだろう。
「そんなところで悪いけど、あなたが知ったことを教えてもらえるかしら」
レインに促され、オクタヴィアは自分にあったことを説明する。先ほどの対立でもある程度の情報は得られたが、確認の意味もあった。
そして、気になるのはあの一点に集約する。
「タコさんの……娘ねぇ……」
キアランと名乗ったエルフの顔を見れば、それが冗談だと一笑することもできない。オクタヴィアがタコの子孫だという予想があるのだから、それ以外に子どもがいても不思議ではないのだ。
「それと、私があのエルフと一緒の空間にいたのは想定外だったようですね。『エルフではない貴様が』と言っていました」
「オクトがタコの子孫。そのキアランと言うエルフもタコの娘なら矛盾はしないわね。タコ、あなたは自分の設定を覚えてる?」
レインに言われるまでもなく、タコの頭には既にそれが浮かんでいた。忘れるはずもない、冗談のつもりで考えたあの設定。
「『エルフが生贄として海に捨てられた結果、邪神に魅入られて悪に堕ちた』」
「タコ様、それって……」
それは、あまりにもキアランの話と符号しすぎていた。これがただの偶然とは思えず、彼女の話に信憑性をもたらす。
「ひょっとして、それを考えた時には前世に引きずられていたのかもしれないわ。そしてキアランが嘘を言ってないとしたら?」
「ほんとに邪神に魅入られて、タコさんは破壊の限りを尽くしたのかもしれないわね……」
ありえない話ではない。それが事実ならばキアランが、エルフがタコを恨むのも当然だろう。
タコは目に見えて落ち込んでしまう。今まで好き放題やって来た力が、そんなものに由来しているとは思ってもみなかった。
何か、責任を取るべきなのか。罪を償いうべきなのか。タコの頭にはそんな考えがグルグルとめぐっており、テーブルの上に組んだ触手を見つめている。
だがそこに、アイリスがぶっきらぼうな声を上げた。
「別に、気にする必要はねえだろ」
「ほえ?」
それに対し、タコは変な声を出してしまった。思わず顔を上がると、アイリスはいつも通りにくつろいだ様子で笑っている。
そして、彼女の言葉をレインが引き継いだ。
「仮に前世ってものがあるとして、その業まで責任を取れなんて言われたら、世の中にはどれだけ罪人がいることになると思う?」
「タコ様はタコ様なんですから! タコ様が素晴らしいお方なのは、ここにいる誰もが知っていることです!」
最後にはオクタヴィアも参加して、タコの触手を掴みながら訴える。そんな彼女たちの想いが伝わってきて、タコの瞳にも涙が光った。
そのまま3人を一気に触手で包み込むように抱きしめる。
「うう、みんなありがとー! よし! こうなったらなんとかキアランちゃんたちを説得してみましょう! タコさんが力になれることなら、なってあげたいしね!」
キアランの気持ちも理解できるが、タコもただでやられるわけにはいかない。一緒にいたロイドという老人は比較的、理性的に見えたので、話くらいは聞いてもらえるかもしれない。
とりあえず対応の方針を決めたタコだったが、そこにマイカとアオリがノックして入ってきた。一緒に妖精のシナモンとオレガノも入ってくる。
「確保した兵士たちですが……残念ならが体力と精神へのダメージが大きいですね。一人を除き、魔法で眠っていただきました」
「その一人から話を聞こうとしたけどダメだったよ。『邪神の配下に話すことなどない!』だってさ」
キアランの護衛についていた者たちは、オクタヴィアに気絶させられたため確保していた。
それを回収したマイカたちだったが、兵士たちは肉体の衰弱が激しく、目を覚ました時から錯乱を続けている。
何とか正気を保っていたのは、クリスティーヌただ一人だった。
「銃に使われた技術はほとんど分かりません。特殊な塗料で魔法陣みたいなものを書き込んでるようですが……人の生命と精神に悪影響を与えるとは、趣味の悪い武器ですねぇ」
「素材自体は分析できました。ですが、それだけで生産地などを絞り込むのは無理そうですね」
残念ながら、『神器』と呼ばれていた武器から相手の正体などを知ることはできないようだ。仕方なくタコは、無事だった兵士に話を聞くことにする。
「うーん。さっきマイカちゃんが言ってた子、連れて来れる?」
「分かりました。少々お待ちください」
未だ不調な相手に無理をさせたくは無いのだが、この状況ではそうも言っていられない。
実際にやって来た兵士は未だ顔色が悪かったが、タコたちのことを気丈にも睨みつけていた。
「初めまして、クリスティーヌちゃんだったかしら。やっぱり、タコさん達に協力するつもりはない?」
「あなたが……邪神? ふん、私はあなた達には屈しません。殺すなら殺しさい」
タコは内心『本物の「くっころ」だー!』と興奮するも、それを隠して話を続ける。
それに、タコ自身も気になっている点があった。
「この武器を使ってると悪影響があるのは知ってるでしょ? そんな使い捨てにされるような国に、どうしてそこまで忠誠を誓うの?」
「国への忠誠ではなく、人としての矜持です! 魔族に与して人の国を滅ぼした貴様たちに、情報など与えられません!」
そこでタコの頭にクエスチョンマークが灯る。どうやらクリスティーヌは、タコを人間の怨敵だとでも思っているようだ。
そこまで悪く思われる心当たりは無いのだが、相手が敵国の人間という事を思い出す。
「ん? あ、そっかー。帝国にはそういう風に伝わってるのねー」
「誤解を解いている暇もないし、後でアレサンドラかフレイヤ辺りに対応してもらいましょうか」
つまり、彼女は帝国から与えられた偽の情報しか知らないという事だ。帝国からすれば敵国は残虐非道な連中だとした方が都合もいいだろうし、そんな手段を取ることは理解できる。
そうなると、クリスティーヌが重要は情報を持っている可能性は低い。魔法などで記憶を読む方法もあるが、そこまでする必要は無いだろう。
タコは結局、彼女を部屋に戻すことにした。
「疲れてるところ悪かったわね。それじゃマイカちゃんたち、あとよろしく」
「待て! 先ほどの部屋といい、一体どういうつもりだ! 厚遇すれば折れるとでも思っているのか!」
確保した兵士はライラー村の病院で治療を受けている。そこには、この世界基準なら貴族や王族が使うレベルの設備が用意されていた。
特に、無事なクリスティーヌには個室まで与えられているのだ。彼女からすれば、悪の親玉はずの邪神からこんな待遇を受ける理由が分からない。
「あなたの事情は良く知らないけど、与えられた情報だけで物事を判断してると、状況を見誤るかもしれないわよ?」
「……」
そんな彼女にタコは少しばかりの皮肉を返す。そこにはクリスティーヌに対する同情が含まれていた。タコに対する評価を間違えたまま神器で身を亡ぼすなど、不幸にもほどがある。
確かに自分が帝国からの情報に疑問を感じていなかったクリスティーヌは、反論することもできずにマイカに連れていかれた。
「やれやれ、何か情報があればこっちから攻め込むっていう手もあったが、無理そうだな」
「きっちり準備して、あの場所に行くしかないわね」
オクタヴィアがいれば不意打ちの心配は無いと思うが、エルフの技術は未だに不明な点が多い。
それでも、向うの指示に逆らうわけにもいかない。魂が半分という状況が、これからどんな影響を及ぼすか分からないからだ。
約束ではタコとオクタヴィアだけ指名されている以上、他の者たちは後方で待っているしかない。それでも相手に悟られない範囲で何をするべきか、様々な準備を進めるのだった。




