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77話 タコさん、エルフを迎え撃つ

 数日後、タコは例の駐屯地から部隊が出撃したとの報告を受けていた。

 既に準備は整えてるので、特段の驚きはない。だが、それでもタコはそわそわするのを止められなかった。

 その理由は、オクタヴィアを前線に出すことになったからである。


 基本的に、今回も戦力のメインはスケルトンたちだ。

 残念ながら、敵の攻撃に対して有効な手段は思いつかなかった。やられることを前提とした戦いに、意思のある者を出すわけにもいかない。


 それでも、相手には対策をしていると思わせる必要がある。それは、とある作戦に気づかせないためだ。

 スケルトンたちの防具を固め、地形にも手を加えている。伏兵に竜牙兵も配置するなど、相手が普通の兵士ならば大軍でも勝負ができる布陣だ。

 ついでに、戦場も木々が生い茂る森になるようにしていた。


 戦場の予定地は国境線よりも内側にしている。前回が向こうの勝利だったこともあり、その勢いを殺したくないのだ。

 戦場が国元から遠くなるほど戦闘は不利になる。どうせなら懐に引き込んだ方が、今後はこちらが有利になるだろう。

 自国の陣地で戦う以上、周囲へ被害を出さないように戦う必要も出るが、魔法で治せるタコたちならば問題はない。


「本当にオクトちゃん一人でいいの? なんならタコさんも付いて行くわよ?」

「大丈夫ですよ、タコ様。私がするのはあくまで場所を示すだけ。確保はアイリス様にお任せしますから」

 今回の本命は例の人物を確保することだ。そのため、認識阻害に対抗できるオクタヴィアを前線に出さざるを得ない。

 彼女の実力は信頼しているタコだが、正体不明の敵と戦うとなれば不安になってしまう。それでも、本人が自ら志願したのだからそれを尊重したい気持ちもある。


「いざとなったらアイテムで戻って来れるし、オクトがそれを使う間も無いほどの隙は見せないでしょ」

「そうそう。俺だっているんだし、心配ならチャットで様子を確認してろよ」

 さらに、二人にこう言われればタコもこれ以上は何も言えない。しぶしぶ、オクタヴィアを送り出すことになった。

 もちろん、チャットで状況は確認するつもりである。これには認識阻害の影響を調べる意味もあるので、タコの趣味だけではないが。


 そして、前線付近にいる人狼たちから報告が入る。ついに、敵とスケルトンたちが戦闘に入ったそうだ。

 すぐにオクタヴィアがそこまで転移すると、チャットに状況が映し出される。そこには以前のように、銃から放たれる力場でスケルトンたちが撃破されていた。


 用意した防具もあまり効果がないようだ。少しは被害が減っているように見えるが、それは単に貫通する物質の量が増えた結果に過ぎない。

 そんな様子をしり目に、オクタヴィアは静かに木々を飛び移って敵の後方を目指す。ここへ来る前にレインから透明になる魔法をかけられているし、敵の布陣は人狼たちが調査済みだ。


 目的の人物にばれては作戦の意味が無いので、調べてあるのはその直前までである。視覚を強化する眼鏡型のアイテムか、物理的な望遠鏡で見える距離までは自力で接近しなければならない。


 それでも、普通の兵士たちに見つかるようなオクタヴィアではなかった。無事に例の人物を発見する。

 周囲には銃を持った兵士を何人か控えており、うかつには近づけそうにない。まずはアイリスに連絡するため、オクタヴィアはチャットを開く。


 だがその時、オクタヴィアに向かって多数の銃口が向けられた。



 約束の3日後、キアランは兵士たちを率いてナスキアクアの国境線を通過していた。

 予定通り兵士たちの精神は安定を見せている。もちろん、この戦闘が終わった後にどうなっているかは分かったものではないが。

 どうせ、戦闘が始まれば精神操作の魔法で戦意を増強させるのだ。銃を撃ち終わるまで持てばいいのである。


 それでも、影響には個人差があるので、クリスティーヌをはじめとした数人はしっかりとした意思を持って行動していた。

 彼女たちはいわゆるごろつき的な者ではなく、政治的な理由で犯罪者とされた者が多い。心身ともに健康だった者のほうが、神器の影響に耐えられるのだろう。


 そんな者たちをキアランは護衛代わりとして周囲に置いている。さらに、戦場に出る時は認識阻害の神器を使っているので、影武者代わりに指揮官風の人物も用意していた。


 既に、次の戦場と目される場所はあたりが付いている。この先の森にスケルトンたちが集まっていることは確認済みだ。

 仮に無視して進もうとも横から攻撃されるという絶妙な場所になっている。ならば、こちらも森に侵入して条件を合わせた方がいいだろう。木々の守りなど、この銃に対してはほとんど意味を成さない。


 それに、エルフにとって森の中など独壇場だ。

 神器という技術を編み出したエルフだが、元々は森の中で穏やかに過ごす種族だった。戦争により技術が発展したとはいえ、自らの根本とも言える能力は衰えさせていない。

 だが、元々は『自然と共に生きる』ための『温かい』力だったものが、今では『世界を利用しつくす』ような『冷たい』力になり果てている。

 さらに、キアランは自然を操作するだけでなく、自身の目や耳のように知覚範囲を拡大する手段すら確立させていた。


 まずは木々を通じて森全体の情報を仕入れると、それを兵士たちに魔法で伝達していく。

 どうやら、相手も神器へ対策を考えたらしい。スケルトンに防具を与え、分散してこちらを待ち構えているたようだ。しかし、木々に隠れるスケルトンなど、この銃なら木ごと吹き飛ばすことが可能である。

 キアランは兵士に命令を下すと、自身は更なる情報収集を行うため兵士たちの後方に陣取った。


「キアラン様。我々は攻撃に参加しなくてもよろしいのでしょうか?」

「手の内を見せた以上、相手がどのような手段を取ってくるか分かりません。今回は少し攻め手を抑えます。……心配しなくても、あなた達もキチンと任務を果たしたと報告しますよ」

 手柄を挙げられないことに不安を感じるクリスティーヌたちをキアランがなだめる。

 あれほどロイドに言われたというのに、結果としては彼らを特別扱いしてしまうことに自己嫌悪を覚えながらも、森の隅々までその知覚を広げていった。

 そしてキアランは、明らかに異常な者がこちらを監視していることに気づく。


「全員、視線を動かさないように。2時の方向、距離1000、高さ100に向かって攻撃しなさい」

 彼女の判断は早かった。即座に兵士たちへ攻撃命令を下す。その先にいたのはもちろん、オクタヴィアである。

 キアランの口の端が吊り上がった。相手が何者であっても、高速で降り注ぐ透明な力場を避ける方法などありはしない。


 だが、オクタヴィアにとって不可視の攻撃など珍しくもなかった。

 アイリスのコレクションには刀身が見えない剣があったし、スキルや魔法でも透明な攻撃手段はいくつもある。それを察知する能力も鍛えられているのだ。

 そして、消滅させる力と言うのは確かに恐ろしいが、正面から真っすぐ迫ってくるのだから楽なものである。

 オクタヴィアは翼を広げ木から弾けるように飛び立つと、力場を舐めるように避けてキアランへ向かっていった。


「何だとっ!?」

 思わずキアランも声を上げる。まさか、いきなりここまでの使い手が現れるとは思わなかった。

 銃の二発目を発射するよりも早く、オクタヴィアが兵士たちに突撃する。そして、流れるような動きで次々に兵士を無力化していった。


 所詮、銃以外は烏合の衆に過ぎない兵士では時間稼ぎにもならない。だが、キアランはオクタヴィアに認識されているとは思っていないので、冷静さを取り戻してこの場を離れることにした。


 それでも、キアランの背筋に嫌な予感が走る。彼女は残った兵士を前に出し、自身が後方へ移動すれば、オクタヴィアが自分の方へ視線を動かすのを確認した。

 間違いない。理由は分からないが、この者には認識阻害が効いていないようだ。


「作戦は中止だ! 全員、撤退!」

 キアランは兵士たちに新たな命令を下す。そして、自身もオクタヴィアから逃れるように森の中へ飛び込んだ。

 先の予想どおり、それを追いかけるようにオクタヴィアも森の中へ飛び込む。


「待ちなさい! あなたは一体、何が狙いなのですか!」

 オクタヴィアはキアランを追跡する。身体能力ではオクタヴィアが上のようだが、森の中では翼を十全に使うことができず、なかなか距離が詰められない。

 それに、自然を操作する能力が厄介だ。木々や植物が道を開けるように動きだし、キアランが通り抜ければオクタヴィアを妨害するように密集していく。


 このままではいつか取り逃がしてしまうだろう。だが、オクタヴィアも黙って追いかけている訳ではない。すでに、自分の位置はアイリスに連絡済みだ。

 後は、挟み撃ちにできるように相手の進路を誘導していけばいい。アイリス相手に逃げ切れる者など存在しないだろう。


 まもなく目標の地点だ。オクタヴィアは仙術で石を放ち、目標を狙った方向に回避させる。

 すぐに姿を消していたアイリスが目標の背後に現れて拘束しようと腕を伸ばす。だが、その手は目標に触れることも無く通り過ぎた。


「おっと?」

 アイリスの目から目標の姿が消える。彼女とて魔法などで透明になったり、高速で回避された程度で相手を取り逃すことはない。

 ならば、これはアイリスの知識に無い力によるものか。念ため自身の周囲を最大限に警戒してみるも、目標の気配は一切感じられない。

 だがそこで、もう一つの違和感に気づいた。


「オクト……何処に行った?」

 オクタヴィアもまた、アイリスの知覚範囲から姿を消していたのだ。



「くそっ。まさか神器を使う羽目になるとは……」

 キアランは口の端から滴る血を拭う。準備もせずに神器を使うのはさすがに反動が大きすぎた。それでも、じっとしてはいられない。効果が切れるまでにここから移動しなければ。

 だがその時、彼女は背後から何かが空を切って迫っているのに気づいた。とっさにそれを横に跳んで避ける。


「なっ!?」

「避けられましたか……」

 そのまま地面に突き刺さったのは、オクタヴィアが仙術で放った石の弾だ。すでに彼女は近くの木の上からキアランを見下ろしている。


「何をしたのかは分かりませんが、かなりの反動がある能力の様ですね。こうなれば私だけでもあなたを捕らえます!」

「ば、馬鹿なっ! なぜ、エルフでない貴様がこの空間に入り込める!?」

 キアランが使った神器は、自身を中心とした一帯に特殊な空間を形成するものだ。そこには事前に設定された者……エルフ以外は入り込むことができない。

 これを使えば侵入も逃走も容易になる代物だが、その分、反動も大きかった。実際、キアランは肉体にかなりのダメージを負っている。


「む? アイリス様をどこかに飛ばしたのかと思いましたが、空間関係の能力ですか……」

 キアランの言葉を理解しようとしながらも、オクタヴィアは彼女を捕らえる為に飛び掛かる。

 さすがにここまで接近を許してしまうと、キアランも自然操作だけで身体能力の差を埋めることができない。さらに、神器の反動もあって回避するのが精いっぱいだ。


 それでも、必死に距離を取ろうとオクタヴィアの攻撃を回避しながら、その足を取ろうと地面を操作する。

 だが、その程度の妨害などイカ達との模擬戦では常套手段だ。オクタヴィアはスキルと経験で平らな地面と同じように行動できた。

 ついに、鋭い爪がキアランの胸に迫る。彼女はそれを紙一重で回避するも、顔を覆うフードが切り裂かれた。

 次の瞬間、オクタヴィアの手が止まる。


「タコ……様?」

 フードの下にあったのは、まぎれもなくタコと同じ顔だった。タコよりも地肌が色黒で、瞳は白黒が逆転していない普通のものであるが。

 それが幻覚の類でないことがオクタヴィアは感覚で理解できる。そのせいでキアランが距離を取るのを許してしまう。


「そうか……私の顔はやはり邪神と同じなのか……」

 彼女は苦々しい表情で自分の頬を撫でる。それは、この顔が嫌でたまらないという想いを十分に表していた。

 そんな彼女に対し、オクタヴィアが声を上げる。


「どういうことです! あなたは一体、タコ様とどういう関係なのですか!?」

 さすがの彼女も一つの可能性が思い当たっていた。だが、それを認めたくない自分も存在する。

 そして、そんな希望は次の言葉で簡単に打ち砕かれた。


「それは私が……あいつの娘だからよ!」

「何……ですって!?」

 予想はできていたのに、ショックは隠せない。それほどキアランの顔はタコとそっくりだった。


「私は、あいつに捨てられたのさ!」

 キアランは吐き捨てるように叫ぶ。未だ神器の影響による血が口から滴っているが、そんなことも気にならないようだ。


「私だけじゃない! あいつは邪神に寝返って、エルフを滅ぼした張本人だ! それどころか、世界の大半すら破壊したんだぞ!」

 それが真実なのかどうかオクタヴィアは知らない。タコ自身がこの世界にいたことを覚えてないのだから、否定できる材料も無い。

 だがそれでも、自身が信じる者をこんなにも否定されれば黙ってはいられなかった。


「そんなこと信じません! タコ様は私だけでなく、多くの人を救ってくれたお優しい方です!」

「邪神の眷属が何を言う! 人ですらない貴様に、我らを止める権利は無い!」

 しかし、キアランはそんな言葉に耳を傾けようとしない。懐から新たな神器を取り出すと、それを自分の前に掲げた。

 銃の類かと予測したオクタヴィアは、射線から逃れるように距離を取る。


「まずは貴様を倒し、邪神への宣戦布告状がわりにしやるわ!」

 だがそれは、銃よりもはるかに危険な代物だった。

 見た目はカンテラのようなものだが、そこからは光ではなく闇がほとばしった。一瞬で辺り一帯を埋め尽くした闇にオクタヴィアも飲まれてしまう。

 それと同時に彼女の意識もまた、闇に沈むのだった。

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