75話 タコさん、告白する
「呼んだかー? タコ」
「おっつー、アイリス。実はさっきこんな話をしてたんだけど……」
タコは先ほどまでの話を要約してアイリスに伝える。ついでに、レインとアイリスがタコのことをどのように認識しているのか、改めて確認してみることにした。
「前にレインも言ってたが、『タコがゲームで俺たちを作って操作していた』って、くらいしか知らねえぞ。ああそれと、ゲーム内でタコが俺たちに言ったことならほとんど覚えてるな」
「逆に言えば、あなたはゲーム内で自分のことをほとんど話さかったでしょ? ある程度は予想が付いているけどね」
現実での自分から逃避したかったという思いもあり、タコはゲームで自分の状態を誰かに話すことは無かった。それは、伏魔殿の者たちに対しても同様である。
ゲームを初めた頃はたまたま病院に詳しい看護師がいたので、慣れるまで付き合ってくれた。
だが、レインやアイリスを作ったのはゲームにはまってからのことであり、伏魔殿の者たちを作ったのはエルフからタコにキャラを変えてからのことだ。
ここにいる者の中に、現実でタコがどういう状況だったのか知るものはいない。
そんな中、話について行けないオクタヴィアがタコに質問する。
「タコ様。その、『ゲーム』とはどういう物なのでしょうか?」
「うーん、説明が難しい……ここにいる皆には最初から話しておくわね。タコさん、この世界に来るまでは普通の人間だったの」
思いがけないタコの告白に、オクタヴィアは驚きを隠せていない。邪神と言うにはあまりにも人間らしい言動のタコだったが、そんな事情があったとは。
タコはそのままゲームの説明に入る。言語化するのが難しいこともあり、首をひねりながらではあったが。
「『ゲーム』っていうのは……『自分を架空の存在に置き換えて、その存在のつもりで遊ぶもの』と言ったらいいのかしら? タコさんがいた世界には、本当に『架空の存在』へなりきれるようなシステムがあったの」
そこでタコの言葉が止まる。
これから話すことは、タコにとっては自身の根本とも言えるものだ。自身をさらけ出す恥ずかしさと、自虐をひけらかすような気まずさが湧き上がってくる。
本当に話してもいいものか、そんな葛藤におちいってしばらく口を開くことができない。
それでもタコはオクタヴィアの不安げな表情に押され、結局はぽつぽつと口を開いた。
「タコさんは……いえ、『私』はとある事故で瀕死の重傷を負った。何とか一命をとりとめるも、ベッドの上から動けない体になったわ」
タコの額に、少しばかりの汗がにじむ。いくらゲームに逃避していたとはいえ、それは思い出すだけでも辛い記憶だ。
ゲームという出会いが無ければ、怒りと絶望に気が狂っていただろう。
「そんな私はゲームで『邪神タコ』を作り、遊んでいたの。そして、レインやアイリス、伏魔殿の皆を作り上げた。……でも、しばらくして結局『私』は死んだ。そのはずなのに、なぜかタコさんの姿と力を持ってこの世界に来ていたの」
この伏魔殿は、タコの自己満足の塊である。普通の存在なら、それに巻き込まれた方はたまったものではないだろう。
だが、レインとアイリスはタコのことを恨んでないと言った。タコはそれを信用しているので、今さら改めて確認するつもりはない。
それに、イカ達元NPCがタコに向ける笑顔が、偽りのものだとは思っていない。
タコは、普段はめったにしない神妙な顔をしていた。オクタヴィアはとっさにタコの触手を一本掴む。
思わずタコもオクタヴィアの方を向き、二人の視線が交差する。次の瞬間、タコの顔が満面の笑みに変わった。
「そして、その場にはオクトちゃんが! タコさんは悟りました! これは運命だと! この世界は悪堕ちを望んでいる……ほげー!」
さらに勢い良く立ち上がると、オクタヴィアをがばっと触手で包み込む。
そんなタコへレインがいつものように雷を落とした。もちろん、オクタヴィアに被害が出るような真似はしていない。
「シリアスポイントが切れたのは分かったから。無理にボケなくてもよろしい」
「いや、普通に本気じゃねえの?」
レインとアイリスは、その様子をやれやれと言った感じで見つめている。一応、真面目な話をしていたはずだが、そんな空気が長続きしないのもタコの悪い癖だ。
まあ、それをレインの雷で矯正するのもいつものことである。今では彼女も微妙な痛みだけを与えるように魔法を改良していた。
タコもその辺は理解しているので、ことさらレインに文句は言わない。むしろ、自分に対してまともなツッコミを入れてくれる貴重な存在なのだ。
「タコ様、大丈夫ですか?」
「あ痛たたた……まぁ、そんな訳なんで、タコさんがオクトちゃんの祖先だと言われても、あんまりピンとこないのよねー」
そして結局、話はそこに行きつく。
向こうの世界では一般人に過ぎなかったタコは、この世界出身だと言われても何のことやらという所である。
それに、『邪神タコ』は自分で作り上げた存在であり、その力が使える理由も定かではない。
「そうね、あなたは向こうの世界の存在のはず。それがなぜ、オクトと血縁関係があるのか? その理由はいくつか考えられるわ。たとえば、あなたが転生して向こうの世界で生まれ変わったとか、何らかの理由で転移した時に記憶を失った。といったところかしらね」
そもそも、異世界という存在自体がどういったものなのか分かっていないのだ。仮説を立てることはできても、検証のしようがない。
しかし、またしてもタコが真面目な顔を作ると、それとは別の説をとなえた。
「……そもそも、儀式で呼ばれたのがタコさんじゃないって可能性は?」
「……どういうこと?」
『祖霊召喚の儀』は、生贄となった者の祖先を呼び出すものだと説明したはずだ。デスピナたちドラゴンも加わって解析した内容に、誤りがあるとは思えない。
だが、そもそもタコの懸念はそこではなかった。
「この体に『私』じゃない、誰かがいるかもしれないってこと」
「タコ……様?」
突然の話にオクタヴィアは不安そうな目でタコを見つめる。それでも、今度ばかりはタコも表情を崩していない。どうやらその考えにある種の確信があるようだ。
触手はかわらずオクタヴィアの頭を撫でているが、視線はそのままレインの方を見つめている。
「なんで、そんなことを考えたの?」
「少し、心当たりがあるのよ」
それは、人狼のクロが天使の杭を刺された時。タコは、普段では考えられないほどの怒りを覚えた。我を忘れて神の力に覚醒するほどに。
それは、天使が憑りついていた時のベロニカが起こした惨状を見た時。辺り一面にミイラとなった死体が転がっているというのに、タコはそこまで忌避感を覚えなかった。
それに何故か、『あの時に比べればこの程度』という考えがよぎったのだ。
「ふむ、その時は『タコの体にいる誰か』の、感情や記憶に影響された可能性がある。という訳ね」
「ええ。正直、あまりいい子じゃない気がするの」
特に、天使に対する怒りを覚えた時は酷かった。仮に、周囲の者が止めてくれなければどうなっていたか分からない。
自分の中の怒りを何倍にも増幅し、それにすら怒りを覚えるような異常な感覚。今にして思えば危ういことになっていたのだ。
「考えすぎじゃね? タコだって怒る時は怒るだろうし、戦場だってゲームで慣れてた可能性があるだろ。最後の大騒ぎの時なんかは、死屍累々だったじゃねえか」
「まぁ……それもそうなんだけど」
確かに、『タコは何らかの理由でこの世界のことを忘れている』と考えた方が単純である。
だが、タコが自分の考えに奇妙な確信を持っているのも事実だ。問題は、それを証明する方法がないことである。
「……ふむ。それこそデスピナ辺りに診てもらった方がいいかしら」
「それで分かるなら、もう分かってると思うのよねー。ミカに精霊の世界に連れていかれた時も、特に異常はなかったし」
あの時、タコはいわゆる精神だけの存在になっていた。それでもタコの姿を保てたという事は、他の精神が肉体に入っていないという事である。
それでも可能性を探るならば、タコの精神の奥底に眠っているのか。または、既にタコとほとんど一体化してしまっているのか。
「もちろん、どうせならオクトちゃんの大大大婆ちゃん? だった方が嬉しいんだけどねー」
「わ、私もその方が……でも、タコ様。不安ではないのですか?」
自分の中に、知らない誰かがいる。それは、どんな気持ちなのだろうか。
そもそも、タコがここにいること自体が原理不明の、謎の現象に過ぎないのだ。ある日、全てが夢と消えてしまってもおかしくはない。
仮に自分がそうなったら、タコのように明るく振る舞えるだろうか。実は、タコは普段から無理をしているのではないか。
オクタヴィアがそんな不安に陥るも、タコはいつも通り満面の笑みで彼女の頭を撫でる。
「大丈夫! いつも起きたらオクトちゃんがいるんだもの、だからタコさんはここにいるって安心できるの! 毎日ありがとうね、オクトちゃん!」
「そ、そんな、タコ様から受けた恩に比べたら、この程度のことなど……」
そして、二人はいつものようにイチャイチャし始めた。レインとアイリスも慣れたものであり、やれやれといった感じで二人のことを眺めている。
「ま、タコの件は私の方で調べておくから、あなたはそこまで気にしなくていいわよ。どうせ、難しい話には興味ないでしょ?」
「むしろタコの場合、気にしすぎたら変になりそうだしな」
「むー、二人ともなによー! そんなの、この体が『誰か』に乗っ取られるフラグみたいじゃない!?」
思いやりつつも馬鹿したような言い草に、タコは触手を振り上げて怒りを表現する。だが、二人の言葉はそれで終わりではなかった。
「私たちにとってあなたは創造者……いえ、『母』と言うのが一番かしらね。それくらい、大切に思ってるわ」
「そうそう。それに、何かあっても絶対、助けに行くから安心しとけよ、『お母さん』」
別に、二人はかしこまった態度を取っているわけではない。アイリスにいたっては、いつも通り足を組んで頬杖をついている。
それは逆に、自分に対する信頼が自然体となっているのだとタコは理解していた。
「……本当、二人ともありがとね。さて、それじゃタコさんらしく今日も気楽に行きましょうか!」
そして、タコはいつも通りの気分を取り戻す。元気よく宣言すると、立ち上がって胸を張り皆に復調と感謝とアピールした。
だがその時、部屋のドアが荒々しくノックされる。さらに、ちびイカトリオが大声で何事か騒いでいた。
「あらどったの? 入ってきていいわよ」
タコが入室を促せば、3人がぞろぞろと中に入ってくる。珍しく汗をかくほど急いでいたようで、息も切らせながらも声を上げた。
「ボス―! ごめんなさーい!」
「大変! 大変なのー! 一大事なのー!」
「サン・グロワールとの防衛線にいる戦力が、全滅しちゃったー!」
「ほえ?」
タコの間抜けな声が部屋に響く。だが、レインの方は冷静そのもので、ホタルから更なる情報の確認を始めていた。
◆
サン・グロワール帝国とナスキアクアの国境線。正確にはサン・グロワール側はそれに属する小国であるが、既に本国からの部隊も合流してナスキアクアに攻撃を仕掛けていた。
しかし、ニューワイズやスプレンドルと同盟関係を結んだ今となっては、タコたちにもかなりの余裕がある。そのため、イカや人狼、妖精たちが後退で防衛にあたるようになっていた。
さらに安全のため自分達が戦うようなことはせず、スキルや魔法で召喚した戦力で戦うようにしている。
イカ達はスケルトンや竜牙兵。人狼は狼の魔獣。妖精たちはゴーレムが作れるので、まずはそれらで様子を行い、不測の事態が起きたら手を出すか、撤退するようにしていた。
そして今回、イカたちがここにいるという事は、その不測の事態が起きてしまったという事だ。
ホタルたちは今日もいつ戻りに戦力補充と見回りを行っていた。
既にスケルトンや竜牙兵は千体を超えるほどの数になっており、敵の部隊を見つければすぐさまその場に駆け付ける準備も整えられている。
国境の監視はマジックアイテムを大量に導入しており、普段の見回りはそれを確認するくらいである。
そもそも、小競り合いすら起きない日がほとんどなのだ。敵がいないであろう判断された場合は、国境線まで行く事すらない。
だが、今日は状況が違った。
既にマジックアイテムで敵の部隊が接近しているのは分かっていたが、それが大規模な駐屯地を作り始めたのだ。
軍隊の常識に当てはめればそれは普通の事のだが、この国境線に関してはそれが当てはまらない。
なぜなら、帝国はタコたちに対してろくな戦果を上げたことが無いからだ。
帝国も一度は堅牢な砦を築き、大部隊で攻撃を仕掛けてきたとこがある。だが、それも敗北が続けば事情が変わってしまう。
次々に増える怪我人を大量に抱え、成果を上げることができない砦を維持することなど、帝国といえども不可能だったのだ。
だが、今回の部隊はその砦を再建して攻撃の準備を整えようとしている。つまり、タコたちに対して何らかの手段を備えて来たということだ。
そんな予想を立てたイカ達は、全員そろって国境線の防衛に参加することにした。もちろん、直接前線に出るわけではなく、相手の作戦とやらを確認するのが第一である。
そして数日後。帝国も砦の準備が整ったのか、攻撃部隊と思われる者たちが国境となってる川まで進軍してきたのだ。
しかし、どうも攻撃部隊と思われる先頭集団の様子がおかしい。
まず、数が多くない。せいぜい、五十人もいないのでないか。
ならばよほどの精鋭かと思えば、それも違うようだ。行軍する様子は規律が取れていると言うよりも、何とか軍隊の体を成しているといった具合である。
むしろ、その集団の後ろに付いている兵士たちの方がよほど数が多く、明らかに正規兵のようだった。
さらに、遠距離から魔法で先頭集団の様子を確認してみれば、誰も彼もが疲れたような顔をしている。それとも、正気が欠落しているのだろうか。どことなく、天使に操作されていた頃のスプレンドルの軍隊を思い出す。
所属する者たちの特徴もバラバラで、中年の男性が多いが、中には若い女性や老人に近い者も混ざっていた。
見るからに異常な兵たちに対し、ホタルたちは警戒心を最大限に高める。まず間違いなく何かを仕掛けてくるだろう。最悪、特攻すらしてくる可能がある。
普段よりもスケルトンたちを多めに集め、薄くなった部分の警戒にはマイカやアオリに担当してもらうことにした。
そして、ついに国境線でもある川を挟み、両軍が対面する。
一応、向うから攻めてくるまで何もしないのがタコたちの方針だ。それに、加減が難しい矢などの飛び道具も使わないようにしている。
逆に、骨であるスケルトンたちは矢に対して耐性が高いので、向うから放たれても後退やイカ達の治療が間に合うので問題はない。
さて、相手はどうしてくるかと思えば、急に大規模な魔力の奔流が周囲に放たれた。ちびイカトリオはこの世界の魔法も訓練しているため、それを感じ取ることができる。
これは、自分達も得意にしている自然操作の魔法だ。しかも、魔力量も遜色がないくらいである。
その魔法は川の中心にある土を隆起させ、即席の橋を作ってしまった。そこを、兵士たちが次々に突撃してくる。そして、橋も中間に差し掛かったころ、それは起こった。
兵士たちが隊列を組むと、木製の筒のようなものをこちらに向けてきたのだ。それはすべての兵士が持っており、その先端でスケルトンの集団に狙いをつける。
筒からは魔法のような、それとはまた違うような力が収束していた。力場のようなものが形成されているのか、兵士たちの姿が少しばかり歪んで見える。
そして、ついにその力が放たれた。それは風切り音程度の静かな音しか立てなかったが、結果はそれほど穏やかなものではない。
放たれた力場に触れたスケルトンの胴体が、消滅したのだ。
さらにその力場は突き進み、触れた物を消滅させていく。数十体のスケルトンを無力化した後、地面の中へ消えていった。もちろん、そこには人の頭程度の大きさがある穴を残して。
思ってもみなかった高火力の攻撃に、ホタルたちに動揺が走る。だが、それもすぐに抑え込むと、すぐさま対策を立て始めた。
まず、戦力の拡散。貫通する攻撃に対し、列を成していては被害が増えるだけだ。攻撃の正体を掴むためにも、相手の攻撃回数を増やすことが望ましい。
もちろん、意図が読まれれば相手も無駄弾の消費を抑える作戦を取ってくるだろう。だが、どうやら相手にはそこまでの判断力はないようだ。分散したスケルトンを、まるで親の仇かのように攻撃してくる。
むしろ、相手には指揮官と言えるほどの者が居ないのかもしれない。せいぜい、川を越えて来ない味方に攻撃を加えないくらいで、ほとんどの者が無造作に攻撃を仕掛けていた。
そこで、ホタルは少し手を変えてみる。
魔法で飛行できるモンスター。『スケルトン・クロウ』を作成すると、川の向こう、射線が味方になるように兵士へぶつけてみたのだ。
そして狙い通り、兵士たちは攻撃をためらっている。それでも、しばらくすれば空を狙うように攻撃を仕掛けてきた。
結局は、この案も時間稼ぎにしかならなかったようだ。
こうなってはホタル達も全力で対処せざるを得ない。マイカとアオリも呼び戻し、自然操作の魔法で敵の進軍を妨害することにした。
ちょうど良くその方法はスプレンドルとの戦闘で経験済みである。
後はレインやタコに連絡して対応を検討してもらう。さすがに攻撃方法が不明な相手に出撃するような真似はしない。
自分たちが傷ついたら、タコが悲しむのは分かっているからだ。
相手にも自然操作が得な者がいるようだが、さすがに5人がかりの魔法を妨害し続けることはできないだろう。
ちょうど、スケルトンたちも全滅してしまったようだ。ホタル達は輪唱の準備を整える。
さて魔法を発動! と覚悟を決めたその時、敵の様子が変わった。
なぜか既に壊れているスケルトンを執拗に攻撃する者や、地面や空に向かって攻撃を乱射する者が現れたのだ。
一体何が起きたのかと魔法の発動を中断する。しばらくすれば、その者たちは次々に意識を失っていった。
そして、今まで川の手前で待機していた兵士たちが前進し、その者たちを回収していく。正気を保っていた者たちも同様に後退を始めていた。
兵たちの撤退が終わると、何故か川に架けられていた土の橋も水に沈んでいく。しばらくすれば、辺りは以前と変わらない静けさを取り戻していた。




