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73話 とある少女の里帰り

 スプレンドルの首都、改装された教会の一室で、ベロニカは大量の書類と格闘していた。

 机の上にある書箱には、未処理の書類が山ほど溜まっている。そのほとんどは様々な所から出された要望書だ。

 あれが足りない、これが足りない。そういったものの中で、この国だけではどうにもならないものがベロニカの元に届けられる。

 それを他国やタコに頼んで調達するのもベロニカの仕事だ。


 彼女もなるべくなら自分たちだけで解決したいのだが、そうも言っていられない事情がある。こういった要望が起きる原因の大半が『人手不足』によるものだからだ。


 この国は人口を大量に減らしてしまった。そのほとんどが天使たちに生命力を奪われたのが原因である。

 国を運営していた教会に至っては、トップ及び聖人と聖女が全滅。2画以上の司祭も大半が自爆してしまった。

 1画以下の者たちは精神汚染も少なく、新体制にも8割程度は残留している。だが、ベロニカのことを認めない者がいたのも確かだ。


 2画の者の大半や1画の一部はあの騒ぎをベロニカの陰謀だとして、未だ以前の体制に戻そうと主張している。

 だが、既に天使はいない。ベロニカたちに敵わないことを理解して、表向きには今の体制に飲み込まれた者もいる。

 それでも、頑なに反発の声を上げる者もいた。


 結局、ベロニカは彼らを追放処分とする。

 この国には住民だけがいなくなった村も残っているので、一部地域をそのための場所とした。

 残っている物資があればしばらく生活もできるであろうが、その後はどうするのか。さすがにそれはベロニカの知るところではない。


 一度、差し伸べた手を振り払ったのは向こうなのだ。そんな者たちに払える労力は、今のこの国はない。

 いずれ、過激な手段を取る者も出てくるであろうが、実は魔法やゴーレムなどで監視しているので鎮圧も容易である。

 もちろん、そうならないことをベロニカは願っているが。


「……おっと、それよりも仕事仕事」

 つい、思考が悪い方に引きずられてしまった。ベロニカは気持ちを切り替えて別の仕事に移る。

 だがその時、部屋の扉が勢い良く開くと、ベロニカの顔面にクッションが飛び込んできた。


「わっ!?」

「ベーローニーカー! この! この!」

 それはクッションではなく、インプのミカである。不機嫌を表現したいのか、ベロニカの顔に張り付いたままぽこぽと頭を叩いてきた。

 だが、それはもちろん本気ではなく、毛皮の感触と合わせて心地よいくらいだ。


「もう! 何なのよあの仕事は!?」

「何……って、孤児院の視察も重要な仕事ですよ?」

 ミカを引っぺがして机に置くと、彼女は頬を膨らませながら愚痴を吐く。どうやら最近、ベロニカが頻繁に頼んでいる仕事がお気に召さないようだ。


「何が『視察』よ! どこに行ったって、私は愛玩動物の扱いじゃない!」

「おかげで評判も上々です。ほら、子どもたちから絵付きのお手紙まで来てますよ」

 そう言ってベロニカが手紙を渡せば、ミカは素直にそれを確認する。そこには子どもらしい絵柄で、ミカと子どもたちの姿が書かれていた。

 思わずミカの口元が少し緩むも、すぐにそれをインベントリにしまい込んで声を上げる。


「と、とくかく! もう、子どものおもちゃになるのは嫌なの! もっと私向きの仕事をちょーだい!」

「私向きといわれましてもねぇ。それこそ、これがミカ向きの仕事だと思うのですが」

 一応、この仕事にもきちんとした意味があった。

 ベロニカたちが上に立つものとして、一番の問題は見た目である。この国の者にとって人外の存在は敵でしかなかった。

 以前からタコの策略により、ベロニカがこうなったことはかなり美化をしたうえで周知されている。それでも、実際に彼女の姿を見れば構えてしまう人は多いのだ。


 そこで、ミカの出番である。悪魔らしくも愛らしい見た目の彼女を色々な場所に視察へ行かせることで、人外に対する忌避感を緩和させているのだ。

 特に、子どものうちから慣れされておけば今後にもつながっていく。


 文句を言いつつも事情を理解しているミカは、ひとしきりの文句を言えば満足したようだ。今度はベロニカの仕事を覗き込んでくる。


「そう言うあんたは何をしてるのよ? ん……この国の食料計画? えーとこれから数か年かけて農地を拡大し新生スプレンドルは農業国家に……」

 ベロニカが作っていたのは今度の国家方針だ。いくらタコのおかげで他国の協力を得られても、いつまでもそれに甘えていくわけにはいかない。

 この国が以前と同じくらい、いや、それ以上の国になるにはどうしたらよいか。ベロニカは常にそういったことを考えている。


「こんなことしなくても、あなたの『地母神』の力とやらで、ぱぱっと収穫量を増やせるんじゃないの?」

「そんなことをしたら技術が育たないでしょう。個人の力に頼った国営なんて、土台が無い家とおんなじです」

 確かに一時的に国は豊かになるだろう。だが、それでは確実に人々は堕落していく。

 さすがに最初期やどうしようもない時はベロニカも手を出すだろうが、なるべくは人々が持っている力だけで対処してほしい。

 そして、それこそをこの国の根本的な考え方にしたいのだ。


「それに、これは一部、あなたの望みをかなえることになるんですよ?」

「はえ?」

 一体なんのことかとミカが変な声を上げる。自分の望みと言われても、ベロニカが何を指しているのか分からなかった。


「この国は、魔法に依存しない国にします」

「え、マジで!?」

 言われて自身が言った事を思い出す。魔法の力を世界から排除する。それが神であったころのミカの望みだった。

 魔法が無ければ人々は争わず、平和に生きていける。そう思い込んでいた頃の。


「正確には、『個人の魔法に依存しない国』ですね。それに、マジックアイテムの利用や研究は行いますが」

 この国は教会が支配していた。そして、教会での地位は刻印の画数に比例する。つまり、魔法の才能が全てであった。

 しかし、魔法の才能がある者が司祭として、政治家として優れているとは限らない。天使がいた頃はそれでも問題が無かったが、今後はそうもいかないだろう。


「タコ様からいただいた腕輪と杖があれば、だれでも司祭と同じことができます。これなら、魔法の才能がある者だけを重用する必要がなくなるでしょう」

 この手法なら、本人の能力だけでのし上がることが可能だ。今まで埋もれていた者も発掘できるだろう。もちろん、それを見極めるだけの力が上にも必要となるが。


「将来的には、教会と権力を完全に分離する予定です。新たな体制の教皇を指名したら、私も引退ですかね」

 政治は政治、教会は教会とした方が健全だ。しばらくは教会と似たようなシステムで国を運営することになるが、それもいつかは止める。

 そしてベロニカも、古い体制の象徴として教会を去るつもりだ。


「それっていつのこと?」

「さあ? まだ道筋もできていません。それよりもまずは、足元を固めることからです」

 1,2世代の話ではないかもしれない。百年単位の話かもしれない。

 それは困難な道であるし、失敗することは何度もあるだろう。だが、続けていけばいつかは辿り着くはずだ。

 そしてそれこそが、聖女としてこの国に傷を負わせた、自分のやるべきことだとベロニカは信じている。


「ミカちゃん、ここにいましたか」

「次の視察まで時間がありません、急いでください」

「ついでに、このリボンを付けましょう。さあ、早く!」

 またしてもドアが勢いよく開かれ、テレサたち堕天使の3人が入ってきた。彼女たちはミカとセットで仕事をしており、視察にも同行している。

 もちろん、ミカの事情は知ってるのだが、彼女たちもタコと同じようにベロニカの判断ならそれを尊重していた。

 今ではむしろ、ミカをずいぶんと可愛がっている。


「げっ! やだやだやだ! もう、視察はやだー!」

 そして、ミカは彼女たちから逃げ出すように飛びまわると、テレサたちはそれを追いかけ始めた。

 さらにそこへ、2人の堕天使が追加される。


「ああ、ミカ様。なんともおいたわしい……」

「しかし、なぜでしょう。あの泣き叫ぶ姿を見ると、胸に不思議なときめきが……」

 その2人は双子のようにそっくりであり、違いは目の色が赤と青であることくらいだ。


「『カトル』、『サンク』。見てないでミカを確保してちょうだい」

「了解です。ベロニカ」

 そう、彼女たちは元天使の『クアトル』と『クイーンクエ』である。ミカを復活させたのを見ていたアイリスが、同じように復活できないか頼んだのだ。

 エネルギーとして分解された彼女たちを復活させるのは、ベロニカでも困難なことだった。

 しかし、アイリスの願いに引き寄せられたか、ついに彼女たちの因子を発見する。そして無事、復活に成功したのだ。


 ところが、彼女たちはベロニカに反発した。「私たちは神以外には従わない」と。

 そこにアイリスがミカを渡して事情を話せば、理解できない状況に頭がオーバーフローしたのか、じっくり5分ほど硬直してしまう。

 そして、再起動した後は改めてミカに忠誠を誓い、間接的にベロニカに協力することになったのである。


「うわーん! この、裏切り者ー!」

「ミカ様。終わったらお風呂で洗ってあげますから、勘弁してください」


「いらないわよ! あんたたち、手つきがいやらしいじゃない!」

「あ、あれはその……あ、愛です! 愛情表現です!」

 そして、5対1の鬼ごっこが始まった。空も飛べて体が小さいミカを捕まえるのはかなりの難易度であるが、結局は多勢に無勢で確保されてしまう。そのまま視察の準備という名目で、もみくちゃにされてしまった。

 そんなところにタコが転移でやって来る。何の騒ぎかと訝しむが、ミカの姿を見て状況を察した。


「なんと言うか、ここまで馴染むとはねぇ……」

「タコ様! ようこそいらっしゃいました。騒がしくて申し訳ありません」

 ベロニカは破顔してそれを迎え入れる。タコはどうやら頼んでいた支援物資を持って来たようで、それをベロニカに引き渡していく。


「いいのいいの。ところでミカちゃんだけど、よくここまで元気になったわね。インプになったころとは別人じゃない」

「……あの子は、良くも悪くも子どもなんですよ。怒られれば落ち込みますが、褒められればすぐ調子に乗ります。今まで『体験』できなかったことが、精神的な成長を阻害していのでしょう」

 最初は絶望を体現したかのような状態のミカだったが、テレサたちと引き合わせたあたりから次第に明るくなっていった。

 それは、テレサたちが「可愛い可愛い」と頻繁におだてたのが原因であろう。常にお通夜のような状態よりよっぽどいいのでベロニカは何も言わなかったが、そのうちにここまで元気になったのだ。


「だからといって、天使を生み出してしまったことは彼女の罪。もう少し経験を積めば、自分がどう償ったらいいかも理解するはずです。それまでは、しばらく自由にやらせますよ」

 状況としてはミカもベロニカも変わらない。不可抗力だと開き直って無罪を主張することだってできる。しかし、そんなことができない性格であるのも同じだった。


 意外と2人は似た者同士なのかしら? と、タコは思う。ひょっとして、ベロニカもあれくらい騒ぎたいのかしら? とも。

 まあ、国が落ち着けばそんな姿も見せてくれるだろうと、タコは次の荷物を取りに伏魔殿へ戻るのだった。



 打ち合わせから戻ったベロニカは、椅子に座ると窓の外を見る。すでに夕日は沈み、夜のとばりが下りようとしていた。

 予想より調整に手間取ってしまったようだ。今日はこの後『予定』があったのに運が悪い。

 しかし、今日の分は最後までやっておきたい。未処理の仕事を取ろうと書箱の中に手を伸ばすと、指先が箱の底をつつく。


「あれ?」

 打ち合わせに行く前は、まだ書類が残っていたはずだ。だが、周りを確認してもどこにも書類が残っていない。

 まさか、なくしてしまった? 一瞬不安に襲われるも、不意に書類の入った箱が差し出される。


「これ、終わらせておいたわよ。これから出かけるんでしょ?」

 それを持っていたのはミカだった。受け取ったベロニカは思わず驚いてその顔を見る。

 今日の『予定』は、誰にも言っていなかったはずだ。


「ふん! 私に隠しごとなんて百年早いわ! 朝からそわそわしてるのに気づいてたんだからね! それに、この程度の書類は私にかかれば朝飯前よ!」

 偉そうに胸を張るミカもよそに書類を確認すれば、全てがきちんと処理されていた。ミカも知識だけは人一倍持っているのだ、書類仕事程度なら完璧にこなすことができる。


「それと、近くまで送ってあげる。何か持ってく物はないの?」

 ずいぶんと周りを見るようになったものだ。つい、ベロニカは親のような感想を持ってしまった。だがそれよりも、彼女が自分のことを想ってくれるのが純粋に嬉しい。


「……ありがとうございます。ミカ」

「お、お礼なんていいから! ほら、さっさと準備してきなさい!」

 ベロニカが微笑んでミカの頭を撫でると、彼女は照れたのか腕を振り上げる。言われた通りに部屋に戻ると準備を済ませ、ミカの転移魔法でとある場所に向かうのだった。



「ただいまー」

「おかえりなさい。晩ごはん、できてるわよ」


「ありがとー。もう、お腹ペコペコー」

「あらあら、ご飯を食べる時間もなかったのかい?」


「違うよー。今日はこっちで食べるから、お腹を減らしといたんだ」

「そう言われても、期待するほどの料理じゃないよ。ほら、お皿を取ってちょうだい」


「はい、これでよかったよね」

「そうそう。はい、こっちがあなたの分」


「それじゃ、いただきまーす」

「どうぞ、召し上がれ」


「あ、おいしい!」

「そりゃ良かった。最近は、肉も野菜もいいのが手に入るようになったからね。」


「あはは。でも、私は塩漬け肉だけの塩味スープも、嫌いじゃなかったよ」

「思い出すねぇ。手伝うあんたが『もっとおっきいのが食べたい!』って、固い干し肉を必死に大きく切ってたの」


「ちょ、ちょっとやめてよ、そんなちっちゃい頃の話! もう、子どもじゃないんだから!」

「何言ってるのさ。いつだって、あんたは私の子どもだよ」


「むう……とりあえず、おかわり!」

「はいはい、いっぱいお食べ」



「あ、お茶なら私がいれるよ。いい茶葉があるんだ」

「そうかい? おや、いーい匂いがするねぇ」


「同僚がお茶を入れるのが得意でね。上司にどっちがいいお茶を入れられるか競ってるんだ」

「あっはっはっは! 上司さんは両方の美味しいお茶を飲めて、役得ってわけね」


「お茶請けにこれもどうぞ。もらい物だけど」

「これって……ハチミツの飴? 高級品じゃないかい!」


「あっはっはっは。さっきとは別の上司に好きな人がいてね。山ほど持ってくるからむしろ食傷気味……」

「まあまあ贅沢な悩みだこと! 甘いもんなんてこっちは久しぶりだよ」


「よかったら置いてくから、食べてちょうだい。戻ればまだいっぱいあるの」

「いやあ嬉しいねえ。楽しみが増えたよ」



「あ、そろそろ戻らないと」

「おや、もうそんな時間かい?」


「慌ただしくてごめんね。そうそう。これ、よかったら使って」

「おやおや、毛糸のセーターなんて、ずいぶんとしゃれてるじゃないか。ありがとうね」


「これから寒くなるんだから、風邪なんて引かないでね」

「ああ、気を付けるよ。それに、これさえあれば、風邪の方が逃げていきそうだ」


「もう。これだけじゃなくて、ちゃんと気をつけてよ」

「もちろんさ。ところで、仕事は大丈夫なのかい? つらくないかい?」


「大丈夫! みんなも協力してくれるし、とってもやりがいがあるんだ!」

「それならいいけど、あんたは昔から一人で背負い込むところがあるからねぇ……」


「あはは、職場でも皆からよく言われるわ……」

「まったく、皆さんにもよろしくね。ちゃんと、周りも頼るんだよ?」


「分かってます! ……それじゃ、またね。なるべく帰れるようにするから」

「無理して帰ってこなくてもいいんだよ? でも……いつだって帰ってきていいんだからね」


「……ありがとう、お母さん。行ってきます」

「行ってらっしゃい。ベロニカ」

今回の更新はここまでです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回の更新までまた一カ月ほどお待ちください。


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