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72話 タコさん、神を堕とす

 気づけば、タコは光り輝く真っ白な空間にいた。地面も無いが何故かふわふわと浮いており、周囲を見回しても白以外は何も存在しない。


「ほえっ!? ここ何処!? 皆、何処に行っちゃったの!?」

 困惑して叫んだ声は白の中に消えていった。だがその時、タコの目の前の空間が歪むと、あの少女が姿を現す。


「一時的に、あなたを天使たちの世界に引き込んだの。……でも、やっぱり実体を保てるのね……」

 それはつまり、以前ウンディーネから聞いた『この世界と重なった別の世界』というものだろうか。状況を理解すれば、白の先に元の世界が見えてくる。

 だが、そこにいるオクタヴィアたちはタコのことが見えておらず、触ることも出来ないようだ。


「だけど、これで邪魔は入らないよ。まずは、あなたから始末してあげる。私の全力でね!」

「ほげー! ちょっと、そんなことしたら建物が崩壊して……あら?」

 少女は叫び声と共に、タコに向けて巨大なビームを放ってきた。とっさにタコが避けた攻撃は、そのまま部屋の壁を通り過ぎて消えていく。

 その後には、一切傷がついていなかった。


「なるほど、ここにいるあなたとタコさん以外のものには、影響を与えることはできないと……」

「そう、あなたを助けられる者はいない。ずいぶんとたくさんの者に力を与えたようだけど、無駄になったわね。さあ、死になさい!」

 またしても少女がビームを放つ。しかも、今度は両手から2本。先の攻撃を避けるのに精一杯だったタコに、避けられるわけもない。

 そもそもタコは、避けるそぶりすら見せない。少女はあきらめたのかとほくそ笑むが、それは間違いだった。


「<水の(グレートソード・)大剣(オブ・ウォーター)>!」

「……なっ!?」

 それは、数百メートルにも及ぶ巨大な水の剣。それがタコの手から放たれた。それを振るえば少女のビームを切り裂き、さらに少女にまで斬撃が及ぶ。

 あっけにとられつつも、少女は何とか紙一重で回避する。水の剣はそのままタコの周りを一周するも、何も切り裂くこともなくただの水となって周囲に散らばった。


「あ、本当に切れてなーい」

 お気楽なタコの声が響く。今の魔法は本来、ギルド戦などで使う広範囲魔法だ。かなりの準備時間と高価な触媒が必要になるが、準備時間は課金アイテムで無視できるし、触媒だってそれなりに保有している。

 仮に現実で今の攻撃をすれば、教会に巨大な裂け目ができていたはずだ。運が悪ければ崩壊していたかもしれない。

 だが、予想通り周囲に一切の被害は無かった。調子に乗ってタコは広範囲魔法を連発する。


「<大津波(タイダルウェーブ)>!」

「えっ!? なんなのこの魔力は!? ぐっ! この!」

 どこからともなく巨大な津波が発生し、タコと少女を飲み込む。

 魔法の津波は飲み込んだものを圧倒的な力で叩き潰ぶそうとするが、水属性が無効なタコはのほほんと波に揺られるだけだ。


「<渦潮(ワールプール)>!」

「この規模の魔法を連発!? いったいどうなってるの!?」

 今度は水が竜巻に変化し二人を包み込む。津波から一転、少女は全身が別の方向に引っ張られ、ばらばらに千切れそうになる。

 やっとのことで水竜巻から脱出するも、今後は二体の化け物が大きな口を開けて突撃してきた。


「スキル≪父なるダゴン≫あーんど、≪母なるハイドラ≫!」

「ひっ! わ、私は神なのよ! それが、何で!? 何で私がこんな目にあうの!?」

 必死に二体の化け物から身を守る少女は、既に涙目になっている。スキルの効果時間が切れる頃には、全身に大小の傷を負っていた。

 少女は未だ動揺が続いているのか、その再生すらおぼつかない。


「……ぶっちゃけ、あなたって戦闘が下手よね。今まで何回、戦闘をしたことがあるの?」

「そ、それは……」

 それだけで分かってしまう。この少女は、一度も戦ったことが無いのだ。ある程度の知識は持っているようだが、力の使い方がまるでなっていない。


「レイン以上の魔力に、アイリス以上の身体能力。だというのに格闘とビームだけなんて、タコさんに勝てるわけ無いじゃない」

 ビーム一つでも、タコなら準備が必要な魔法と同じくらいの威力があった。そのだけの魔力を持っているのなら、もっとやりようがあるはずだ。

 タコが気になったのはそれだけではない。


「それに、さっきはオクトちゃんに腕を砕かれたくらいでひるんじゃって。……ひょっとして、痛みを感じるのすら初めて?」

 ベロニカに憑りついていた天使へプタですら、半身を失っても戦意を失っていなかった。

 だというのに、目の前の少女はまるで本当の少女のようにタコの魔法を恐れている。

 恐らくこの少女は、痛み、恐怖、そして死。そんなことを何も知らなかったのだ。


「だから何だというの! 私は神! 邪神ごときが私に説教なんて……がはっ!?」

「スキル≪大いなるCの触手≫。まったく、戦闘中に口げんかに夢中にならないの」

 少女が飛びかかるよりも早く、タコがスキルを発動する。

 周囲の空間が歪み、そこから八本の巨大な触手が出現した。それは少女の全身を締め付けて拘束する。


「それが何よ!? 神の肉体を滅することなんて、不可能なんだから!」

「そうかしら?」

 拘束された少女の腕をタコの触手が掴む。それに力を込めれば、天使にするように肉体にひびが入って砕けた。

 同時に、少女の体に耐えがたい激痛が走る。


「ひぎゃ! い、痛い! なんで!? な、治らない!?」

「やっぱりね。天使と同じように、タコさんならあなたを滅ぼすことが可能みたい」

 さらに、その腕は容易に再生することができないようだ。それが意味することは一つ。タコの触手が少女の頭を砕けば、神ですら殺せるという事。


「さて、神は本当に不滅か、試してあげましょうか?」

「ひっ!? やだっ! やめてっ!」

 タコが触手で少女の頬をなぞれば、恐怖が限界を超えたようだ。

 周囲の空間がパキパキと音と立てて崩れていき、オクタヴィアたちをはっきりと認識できるようになる。


「あら? 戻って来れたようね」

「タコ様! ご無事でしたか!」

 思わずオクタヴィアとベロニカがタコにしがみつく。

 それをよしよしと撫でていると、レインとアイリスは触手に拘束されている少女を観察していた。


「で、これが神だっていうの?」

「おいおい、満身創痍で戦意喪失してるじゃねえか。こんなんで本当に神なのか?」


「……私は神……なんで……こんな……」

 少女は既にタコの力に屈服したようだ。うつろにぶつぶつとつぶやくだけで、目の焦点もあっていない。

 もう、天使たちも全て少女自身が始末してしまった。後は、この少女を倒せばすべてが解決する。


「ベロニカちゃん、最後はあなたにまかせるわ。タコさんが一緒に鎌を持てば、神を殺せると思うの」

「分かりました。タコ様」

 タコはベロニカと一緒に鎌を持つ。ベロニカは少女の顔を見据え、自身の中にある感情を解き放った。復讐という、黒い感情を。


「神よ、これで終わりです。人を、この国を。そして、私の運命を弄んだ報いを、受けてもらいましょう」

「……私が……死ぬ? そんな……いやっ!」

 少女は動くこともできず、いやいやとわずかに首を振ることしかできない。錯乱して涙を流しながら全身を震わせている。

 だが、ベロニカはそれを気にせず大鎌を振りかぶると、一回だけ息を吐いてから振り下ろす。


「死にたくなっ……!」

 少女の叫びもむなしく、鎌はその頭を粉々に打ち砕いた。



 闇だ。

 何も無い闇の中に少女はいた。


 音も光も無い。上下左右も分からない。そんな闇の中に自身の体だけが浮かんでいる。

 一体何が起きたのか。記憶をさかのぼれば、自身の頭に鎌が振り下ろされたのを思い出す。


「……!」

 それと同時に、恐怖が全身を包んだ。自分の周りにいる闇の正体も認識しててしまう。

 これは、死だ。


 死が、少しずつ自分の体を砕いていく。指の先から、足の先から、砕かれた体が砂のように闇の中に消えていく。


 この体が全て砕かれたとき、自分は『無』になる。

 何も認識できない。何も考えることができない。そもそも、存在しない。


「……!?」

 それを理解してしまえば、恐怖が耐えられないほど大きくなった。だが、体は動かない。喉からは息も漏れない。

 その間も、体は確実に崩れていく。腕が無くなり、足が無くなり、胴が無くなり。そして頭が……


 言葉にならない恐怖が心を満たす。

 だがその時、少女の体を優しく闇が包んだ。



「……え?」

「分かりましたか? それが死です」

 少女が目を覚ませば、ベロニカが自身の目を見つめていた。

 とっさに自分の体を確認するも、欠損していなければ傷一つ付いていない。


「私は……一体……?」

 先ほどの恐怖は心に刻まれている。あれは夢や幻覚の類ではなかった。間違いなく自分は……死んだはず。


「ええ、死にましたよ。それを、復活させたのです」

「私……神を復活させた……?」

 そんなことが可能なのか? だが、現実に自分は存在している。


 ベロニカもつい先ほどまで、そんなことができるとは思っていなかった。だが、タコと一緒に神を滅ぼそうとした時、一つの考えが浮かぶ。

 タコの力があれば、神や天使にも影響を及ぼすことが可能となる。ならば、復活も可能なのではないか? そう考えたのだ。


「何で……? 何で私を復活させたの?」

 少女には理解できなかった。いや、死を理解したが故に、理解できなくなった。

 あれだけの恐怖を自分は振りまいていたのだ。それは、許されることではない。そう考えるのが当然であることを、理解してしまった。


「……死ぬのは、怖いんですよ。残された人にも傷を残します。そんなものを、理不尽を、天使は振りまいていたのです。それがあなたにとって不本意だったとしても、許すつもりはありません」

「だったら!」

 死なせておくのが当然のはずだ。

 だが、ベロニカは少女の肩を掴むと、喉が張り裂けそうなほどの怒鳴り声を上げる。


「いいですか、反省してください! 死んだら反省もできないでしょう!? 生きて、それを償うにはどうしたらいいか、考えて下さい!」

「……ごめんなさい」

 自らのしてきたことを理解した少女は、ぼろぼろと涙をこぼす。そして、まるで地面にすがり付くように崩れ落ちた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 そのまま彼女は何度も何度も、ベロニカに対して謝り続ける。その声は、込められた感情と共に次第に大きくなっていく。

 ついには、神の肉体でも喉が枯れてしまうのではないかと思えるほど、必死の叫びとなっていた。


「ごめん……なさい!」

「……私に謝るのはそれくらいでいいです。言っておきますが、許したわけじゃないですからね!」

 腕を組んでいたそれを聞いていたベロニカが、少女の頭に手を置いて謝罪を中断させた。

 その様子を眺めていたタコは、念のためベロニカの意思を確認する。


「ベロニカちゃん、本当にいいの?」

「構いません。……それに、『死』程度では気が済みませんしね」

 死は確かに恐ろしい。だが、それで終わりである。ベロニカとて死だけで復讐を終わらせるつもりは無い。むしろ、これからが始まりなのだ。


「それなら、タコさんから言うことは無いわ。でもね、そのためには一つ条件があります!」

「条……件?」

 タコの言葉に少女が首をかしげる。今更それに反対するつもりは無いが、一体何をするつもりなのか。


「はいこれ。これを付けて、受け入れなさい」

「……?」

 タコが少女に渡したのは、小さな黒い尻尾だ。何のことだか分からない少女だが、タコはさっさとそれを彼女にくっつける。

 すると、尻尾から自分の体が生まれ変わっていくような感覚が走った。奇妙な感覚に戸惑うが、命令通りにそれを受け入れる。

 だが、次の瞬間、自分の体がみるみるうちに縮んでいった。驚く暇もなく、全身からもこもことした毛が生えていく。さらに、背中にも小さな羽も生えていた。


「え? 何……これ?」

「はい! あなたはインプに生まれ変わりました。今日からあなたはインプの『ミカ』ちゃんよ!」

 タコが渡したのは、もちろん転生アイテムだ。

 ゲームでのインプはいわゆるデフォルメの効きた、可愛いぬいぐるみのような姿をしたモンスターである。

 愛らしい見た目で人気のある種族だったが、威厳などはかけらもない。そして、『ミカ』とはもちろん『カミ』の逆読みである。


「インプ……?」

「そう! その姿で反省して、精進なさい! それがタコさんの出す条件よ!」

 なぜ、こんな姿に? そう思うミカだったが、すぐにタコの意図を理解した。この姿ではミカが神であることなど、誰も分からなくなるだろう。

 これは、タコの恩情であり、生まれ変わってやり直せという意味なのだ。


「分かりました……ありがとうございます」

「なんのことかしら? タコさんは神を堕としたかっただけよ。さて、それじゃ後始末といきましょうか。もちろん、ミカちゃんにも手伝ってもらうからね!」

 タコが大声で宣言する。そして始まるのは、この国から神殿の威光を完全に取っ払う作戦だった。



 レインとスプレンドルの軍が衝突した戦場では、既にほぼ全員の兵士が魔族や半魚人たちに保護されていた。

 精神操作の魔法が解けたことにより、ほとんどの者は戦意を失っている。そもそも、空にはドラゴンが飛び交い、周囲は魔族に囲まれているのだ。

 これでは反抗する気など起きるはずもない。


 だがその時、不意に地面が揺れた。何事かと周囲を見渡すと、とある一点の空間が歪み、初老の男性が現れる。

 男性は高位の司祭のようで、華美な服を身にまとっていた。だが、怪我をしているのかその服は血にまみれ、杖を突いて足を引きずっている。

 しかも、何かに追われているかのように、心配そうに周囲の様子を伺っていた。


「お、おい、あれって教皇、ウーヌス様じゃないか!?」

 誰かの声が響く。実はその声は兵士に変装した人狼が上げたものだが、疑問に思う者はいない。なぜなら、男性の手には確かに5画に光る刻印が刻まれていただからだ。

 男性が教皇であることが分かると、周囲に動揺が広がっていく。いったい、彼に何があったのか。

 だがそこへ、空中から何者かがウーヌスの前に降り立った。


「見つけました、ウーヌスよ」

 その正体は、大鎌を構え、ヤギの頭蓋骨を模した仮面をかぶったベロニカだ。

 悪魔のような見た目におびえる兵士も現れるが、それよりもウーヌスの声が周囲に響く。


「ひっ! やめろ! み、皆の者、我は教皇ウーヌスだ! 我を、我を助けるのだ!」

 ウーヌスはベロニカに怯えるように後ずさると、情けない声を上げながら兵士たちに呼びかける。

 本来ならすぐにでも助けるべきなのだろう。だが、その姿があまりにも教皇のイメージからかけ離れており、兵士たちは本当に彼が教皇なのかと疑問に思ってしまった。

 そもそも、教皇ほど力を持った者がなぜ兵士に助けを求めるのか?  疑惑は次々に重なっていく。

 そんな彼らに向かって、今度はベロニカの声が響いた。


「皆、よく聞きなさい! 彼は教皇などではない! 悪魔に魂を売った背教者よ! その正体を見せるがいい!」

「ぐ……ぎゃあああああ!」

 ベロニカは鎌の先から凄まじい光を放つ。すると、ウーヌスは苦しそうな声を上げながら、全身から煙のようなものを吹き出し始めた。

 すぐに「ボンッ」という音と共に大量の煙が巻き起こり、それが晴れた時に現れたのは、ねじれた大きな二本の角。それに黒に近い青色の肌を持つ、いかにもな悪魔が姿を現した。

 教皇だと思われた者が悪魔に変わったことにより、周囲に更なる動揺が広がる。


「くそっ! こ、こんなところで死ねるか! 貴様らの命をよこせ!」

 悪魔は胸に大きな傷を負っていた。それを癒そうとでもいうのか、兵士に向かって鉤爪の生えた手で襲い掛かってくる。

 だが、その爪は割り込んだベロニカの鎌により遮られた。


「これで終わりです! その命をもって、この国を乱した罪を償いなさい!」

「や、やめろー!」

 ベロニカは大鎌で悪魔の体を両断する。その体は日光に清められたかのように、煙を上げながら消えていった。

 大鎌と仮面をしまったベロニカが兵士たちに呼びかける。


「皆さん! ご覧の通り、皆さんが信じていた教皇は、悪魔に唆され道を踏み外しました。その結果が今回の騒動です。ですが、安心していください。悪魔は去りました!」

 兵士たちも、今回の戦いが何のためだったのか理解した。戦乱を望む悪魔が、その欲を満たすために人々を洗脳したのだ。

 だが、教皇が、ひいては教会が悪魔の巣窟であったという事実が、人々の心に黒い影を落とす。


「私もまた、教皇に偽りの教義を植え付けられていた者。そう、私は元聖女です。真実に気づいた私は邪神の力を借りてでも、悪魔を倒す力を得ました。この国を、皆を守るために」

 そう言ってベロニカは刻印の跡を皆に見せつける。

 それは驚きと同時に、同情のような気持ちを皆に湧き上がらせた。懺悔するように話すベロニカの姿により、彼女も苦しんでいたことがありありと想像できたからだ。


「皆、辛いかもしれません。ですが、まだ立ち上がれるはずです……違いますか?」

 そして、そんな彼女に言われては、立ち上がらないわけにはいかない。中には思わず、ベロニカに向かって祈りだす者もいた。


「さあ、帰りましょう。そして、悪魔から受けたこの国の傷を、皆で癒しましょう」

 皆が次々に立ち上がる。そこには、後悔に苦しむ顔ではなく、新たな戦いに挑む勇ましい顔が浮かんでいた。

 その様子に、ベロニカも思わず微笑みを浮かべる。これならきっと、この国は立ち上がれるという確信と共に。



「本当に、これで良かったんでしょうか……?」

 伏魔殿に戻ってきたベロニカは、腕を組んで悩んでいた。

 先ほどの演劇により、今回の騒動の原因をウーヌス一人に押し付けることになる。

 確かに落としどころしては妥当だと思うが、人々を騙しているのも確かだ。


「やはり、私が責任を取るべきでは……」

 ベロニカの横では、ミカが同じように悩んでいる。先ほどのウーヌス役を演じたのは彼女だった。

 幻覚魔法を使えるクラスを取得させれば、彼女には神由来の魔力がある。本物そっくりの幻覚を作ることなど、簡単なことだった。


「真実を知って誰かが幸せになるの? いいじゃない、これで皆が幸せになるんだから」

 そんな二人を、タコはお気楽に慰める。演劇のシナリオを作成したのはタコ自身だ。なかなか満足できる結果になったこともあり、タコもご満悦である。


「それよりも仕事よ仕事。教会というシステムがぶっ壊れた以上、やることはいっぱいあるんだから。はいこれ、ベロニカの分」

 レインが大量の書類を持って現れた。

 新たなシステムの構築。人材の確保。村への支援。各国への協力依頼。この国が抱える課題はいくらでもある。


「……そうですね。今は、立ち止まってはいられません」

 まずは、それらを解決しなければ話が始まらない。悩むだけでは、誰も救えない。

 ベロニカは机に向かうと、ふと、書類の間に一つの手紙が挟まっているのに気づいた。それは、村から届けられた要望書のようである。

 それを引き抜いた時、一瞬だか息が止まってしまった。なぜなら、それは自分の生まれた村からのものだったからだ。

 思わず中身を確認する。


『整備された水路のおかげで、今年は豊作になりそうです。こんど是非、食べに来てください』

 見覚えのある文字に、思わず目頭が熱くなった。

 そうだ、この国を今までよりもっと幸せな国にしなければならない。ベロニカは涙を拭うと、その手紙を大切にしまう。

 そして、気合と共に書類をかたずけ始めるのだった。

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