71話 タコさん、連れていかれる
レインとエウラリアが控える拠点の中に、金属音が響く。それは、転移で現れたセクスの剣を、レインが小手で受け止めたせいだ。
「はは、やっぱり予測済みか」
「ようこそ。セクスだったかしら、予定より少し遅かったわね」
この拠点に来てからというもの、レインは常に転移の前兆に気を配っていた。セクスに反応できたのもそのおかげである。
不意打ちの一撃を防がれたセクスは、頬を膨らませながらレインから距離を取った。
「気に入らないね、その余裕たっぷりな態度! その顔を絶望に染めてあげるよ!」
そう言うとセクスの姿が消える。転移魔法を使ったのだろう。
だが、レインもそんなことは予想済みだ。既に戦場に散らばるメンバーから、セクスの目撃情報が入っていた。
「エウラリア!」
「了解なのじゃ!」
その地点に向けてレインはエウラリアと転移する。そこではセクスが空中から人間たちの生命力を奪うための魔法を放とうとしていた。
しかし、その魔法は発動する前に霧散してしまう。
「なにっ!?」
「既に、生命力を吸収する魔法は解析済みよ。ドラゴンの魔力を打ち破って、魔法が使えるかしら?」
天使がその魔法を使ってくることなど分かり切っていた。対策を立てるのは当然である。
天使とてエウラリアの魔力を打ち破って魔法を使うことは容易でない。無理に魔法を行使したところで、収支がマイナスになるだけだ。
「何よ! ムカつく! ムカつく! ムカつく!」
嫌がらせが妨害されたことで、セクスの苛立ちが増していく。
器用に空中で地団駄を踏むように動くと、今度は耳に手を当てて誰かに通信を飛ばした。
「トリア! やれ!」
『やれやれ……皆の者、諸君らの周りは全て敵だ。全員……殺せ!』
その命令は、未だ魔法の支配下にある兵士たち全員に伝達される。すると、彼らは狂ったかのように周囲の者たちへ攻撃を開始した。
突然の暴走に驚きながらも、イカや人狼たちが必死に無力化を進めていく。
「はは! どうする、どうする? そうだ! どうせなら私の手で楽にしてやろうか!」
「くっ!? 全員、兵士の無力化を急いで!」
セクスは兵士たちの様子を無様に笑いながら、指示を飛ばすレインを無視して兵士たちに向けて飛んで行った。
しかも、剣に魔力を込めて大剣のように巨大化されている。あれが一振りされれば多数の人間が犠牲になることだろう。
だが、剣が振り下ろされる直前、セクスの左腕に背後から短剣が突き刺さる。
「何っ!?」
「これで、左腕の借りは返しましたよ」
セクスの背後にいたのは、人狼のクロだ。彼女はこの瞬間の為に姿を隠し、機会をうかがっていた。しかも、最大限に強化魔法をかけてある。
剣が刺さったことでひるんだセクスを、クロはそのまま踏みつけて地面に叩きつけた。さらに、左手に刺したままの剣を踏みつけて地面に縫い付ける。
「この犬っころがあああ! 今度こそ始末してやる!」
セクスの怒りが頂点になり、怒声と共に立ち上がろうとしていた。だが突然、その体が大量の重りを乗せられたかのように重くなる。
「そうはいかないよ! <魔力最強化/超重力>!」
重力が急激に増加したことにより、短剣も同様に重くなっている。よほどの筋力がなければ引き抜くことは不可能だろう。
だが、セクスは魔法で全身の力を強化して、少しずつ立ち上がろうとしていた。
「この程度で! ボクが止められるか! 貴様らごとき右手一本で十分だ!」
ついに、左腕を無理やり引きちぎってセクスは立ち上がる。強化した筋力をそのままに、クロたちに向かって突撃してきた。
いくらクロも強化しているとは言え、このままでは自力の差によりかなうはずがない。
しかし、クロは冷静にセクスのことを見つめるだけだった。その不自然さに気づいた時には、セクスの右腕が切り飛ばされる。
「なっ……!?」
クロとマツリカに対する怒りに染まっていたセクスは、空中から迫る刺客に気づいていなかったのだ。
その正体は、漆黒の羽を生やした三人の堕天使。皆が大きな鎌を構え、ヤギの頭蓋骨を模した仮面をかぶっている。
「これ以上、悲劇は起こさせません」
「我らの力は、人を守るために」
「そして天使に、復讐を」
彼女たちは、テレサを中心としたこの国の元司祭たちだ。その誰もが大切な人を天使たちに奪われ、復讐を誓った者たちである。
そして今、それを果たすときが訪れたのだ。
「<生命力吸収>」
「<死の手>」
「<死の闇>」
これは、彼女たちなりの意趣返しである。どれもこれもが生命力を直接浸食する魔法だ。
天使に生命力を、命を奪われた。それを、少しても取り返してやる。そんな恨みが込められている。
さらに、クロやマツリカも補助に回っていた。腕を失ったセクスが敵うわけもない。
「くそ! くそ! くそ! 何だお前ら! こんな奴らがいるなんて聞いてない!」
「そりゃそうよ。この子たち、実戦に出すのは初めてだもの」
指示を終えたレインがセクスの対処に戻ってきた。だが、既に自分のやることは無いと言いたいのか、腕を組んだままセクスを威嚇するだけだ。
「お前まで……もうやだ! 覚えてろ……っ!?」
さすがのセクスも転移で逃げようとする。だが、それもマツリカが対策済みである。
「<転移妨害>! これでもう、逃げられないよ!」
「予想通り過ぎて、逆に笑いが出るわね。外道すぎる奴は考え方が読みやすくて助かるわ」
アイリスが接敵したのがセクスでないなら、こちらに来ているに違いない。そう考えた時から、レインは対処を考えていたのだ。
それが完全にはまったのだから、むしろ期待外れである。
「あなたの対処より司祭を無事に助ける方が、よっぽど難しかったわね」
「ボクをそんなザコと同じにするな! あんな切り捨てられるような奴らとは違う!」
目に涙をため、まるで本当の子どものように叫ぶセクスだが、それで手心を加えるつもりは一切ない。レインは堕天使たちに強化魔法を放つ。
「<連射・魔力最強化/怪力>」
「や、やめろ!」
セクスの叫びなど、誰も聞いていない。堕天使たちは無慈悲に、確実にセクスの体をばらばらにする。手の甲からも刻印が消え、天使が逃げ出したのも確認できた。
だが、レインには一つの疑問があった。天使たちは不死のはず。なぜ、あれほど体を失うことを怖がったのか?
そこで一つの予想を思いつくが、戦場の対処が先だと皆に指示を飛ばす。
「お疲れ様。後は全員、兵士たちの無力化に回って頂戴」
「かしこまりました。レイン様」
一応、ほとんどの対処は他のメンバーで行えていた。だが、タコの為にも最後まで気が抜けない。兵士全員の無事を確保することが勝利なのだ。
だがそこに、レインのチャットに新たな報告が入った。
『レイン様。トリアという4画の司祭を発見しましたが……すんでの所自爆されました。幸い、他の人間への被害はありません』
『他にも、ほとんどの司祭から天使が逃げ出したようです』
「レインよ、どうするのだ?」
「予定通りよ。私は行ってくるから、後はお願いね」
先ほどの予想も合わさり、天使たちの意図が見えてくる。タコにチャットを送れば、その裏も取れた。
そして、レインは後の処理を皆に任せると、転移でタコの元に向かうのだった。
◆
「まだ、息がありますか……」
ゲミヌスが呟く。その声には呆れだけではなく、恐怖のようなものが含まれていた。
確実に攻撃は効いている。相手はゾンビの類ではないはず。だというのに、ゲミヌスは相手が不死なのではと訝しむほどだった。
「……『死なねぇ』ってのは気楽だよな?」
満身創痍のアイリスが倒れながらつぶやく。だが、その顔は笑顔であり、苦痛を感じている様子など一切ない。
現に彼女は「よっ」と言って飛び上がるように立ち上がると、インベントリから新たな武器を取り出す。
「なにが言いたいのですか?」
「俺さ、タコのおかげで戦うことが死ぬほど好きなんだ。そういう風に作られたからな」
ゲミヌスは話を聞く素振りを見せながらも、油断なくアイリスに攻撃を仕掛ける。
アイリスも負傷など感じられない動きでそれをさばくが、何発かはその肌を切り裂いていった。
「でもよ、俺は死なないんだ。一片も残さず消滅させられたところで、リスポーンするだろうしな。だから、死ぬことなんて怖くねえし、痛みなんて気持ち良いだけだ」
一体、なんの意図があってこのような話をするのか。ゲミヌスにはアイリスのことが全く理解できない。
だが、その言葉からは何故か耳を閉ざすことができない。
「でもさ、この世界の奴らは違うよな。普通は復活なんかできやしないし、ちょっとした傷だけで死にかねるんだ。俺だって、そんな奴らを殺したいとは思わねぇ」
それこそ、この者を狂人だと思って無視した方がいいのかもしれない。しかし、そうでないことはその瞳が雄弁に語っていた。
間違いなく、アイリスは『何か』を狙っている。……それとも、待っている?
「結局、俺にとって殺し合いってのはゲームなんだ。だから、この世界では全力の戦いなんてできないと思ってた」
その時、アイリスの表情が変わる。さらには、両手に持つ剣を放り投げた。その意図は読めなくとも、ゲミヌスは冷静に剣を振り下ろす。
「ついに……ついにこの時が来たぜ! 俺が本気を出せる時がなっ!」
「はっ、今更何を……ぐはっ!?」
アイリスの力が、素早さが急激に上がった。それは、ゲミヌスを蹴りで突き飛ばすほどに。
何が起きたのか? まさか、今まで手を抜いていたのか? 戸惑うゲミヌスだが、アイリスの力は未だ増加している。
「スキル≪逆境≫」
アイリスとて無策で戦闘を続けていたわけではない。
すべての攻撃は急所を避けていた。肉が切り裂さかれ、魔法で焼かれようとも、動きに支障ができるような傷は受けていない。
さらに、インベントリからとあるアイテムを取り出すと、それを一息で飲み干す。ポーションの類かと思いきや、アイリスは突然、苦しそうに血を吐き出した。
突然の奇行に困惑するゲミヌスだが、次の瞬間、背筋にぞくりと冷たいものを感じる。それは、目の前にいる人狼から凄まじい力を感じとったからだ。
「なんだこの力は……まさか、その薬……」
「安心しな、これは毒薬だよ」
一瞬、アイリスが何を言っているのか分からなかった。その言葉が嘘であると思った方が、よっぽど理解しやすかった。
それでも、嘘ではないと確信してしまう。それが、目の前の人狼に対する恐怖を増幅する。
「毒薬……だと?」
「あはは……がはっ! へへ、逆境ってのは、燃えるもんだろ? お前さんが異常状態にかかる攻撃をしてこねぇから、こうするしかなかったんだ。で、後はこれで完成だ。≪起死回生≫、≪力の暴走≫、≪狂心≫」
まだ、限界ではなかったのか。アイリスの力がまたしても増加する。あまりの戦慄にゲミヌスは一歩、後ろに下がってしまった。
「心が滾る、血が騒ぐ、俺の目が疼く!」
アイリス自身が発する熱により、左目の眼帯が燃えだした。それはすぐに灰になると、その下にあった傷をあらわにする。
その傷跡は真っ赤に光っており、まるで左目が燃え上がっているかのようだ。
しかも、その奥ではさらに強烈な変化が起きていた。
左目の眼球があるべき場所、そこにあったのは色の奔流。それは、頭蓋骨の中にいる『何か』が、左目という隙間から外を覗いているようにも見える。
そして、その『色』がゲミヌスを標的に定めた。ただの色であるはずなのに、確かに虹色の『瞳』で彼女を見つめている。
「あ、あなたは一体、その中に何を飼っているの!?」
「『闘いの神』だってよ。悪いが、詳しい設定はタコに聞いてくれ」
そして、アイリスは無手を振り上げた。
『二連撃』というスキルがある。
その名の通り、持っている武器で二回攻撃を行うスキルだ。これは、ソードマンという初級クラスで習得できるものであり、癖もなく使いやすいので、戦士系のキャラならだれもが愛用するものだった。
そしてこのスキルは、使い続けて習熟度が上がると『三連撃』というスキルが派生する。さらに、それを習熟すれば『四連撃』と、どんどん増えていくのだ。
回数に応じてスタミナの消費や再使用までの時間が増えるため、一概に多ければ強いというものではない。しかも、回数が多くなるごとに要求される習熟度も指数関数的に多くなる。
実際、5回以上ともなると覚えているキャラはほとんどいなかった。よっぽどのガチ勢か、趣味の範囲である。
だが、とあるプレイヤーがそれを突き詰めた。趣味にいくらでも時間を費やせる廃人、もちろんそれはタコのことだ。
さらにタコは、趣味を一歩先に進めてオリジナリティを求めた。そこで目を付けたのがとある課金アイテムである。
本来、スキルの使用中に武器を変更することは不可能である。しかし、それを一瞬で済ませる課金アイテムが存在した。
対人戦などでは有効であるが、課金故、ポンポン使うものではない。
ところがタコは、それすらも湯水のように消費することができた。
突き詰めた連撃。そして、一瞬で装備を変更するアイテム。二つを組み合わせて『必殺技』を編み出したのである。
「必殺、『アルカンシエル』!」
アイリスが腕を振り下ろす。一回だけのようにしか見えないが、確かに複数の剣筋がゲミヌスを襲った。
それは7本。しかも、どれもが違う力を宿している。血の、炎の、雷の、毒の、植物の、水の、呪いの力だ。
それは、まさしく虹が迫ってくるかの様だった。その速度は避けることもかなわず、属性が多すぎて肉体を変化させることもできない。
それでも両手の剣を前に出し、肉体の強度を最大限に高める。だが、剣は一瞬で折れると、そのまま虹はゲミヌスの肉体を切り刻んだ。
剣の魔力により、切り刻まれた肉体はそのまま消滅していく。残ったのは、わずかに顔の半分だけだった。
「きれい……ですね……」
「おう、それは良かった」
そんな状態でゲミヌスが呟く。しかし、その声は本心から感動しているようだった。
嬉しそうに返すアイリスだが、ふと、真面目な表情を作る。
「……お前さえ良ければ、タコに口を利いてやってもいいぞ?」
「お断りします。私は天使、神の為に生きる存在ですから」
そして、その声もいたって真面目な本心だった。アイリスは目をつぶってやれやれと息を吐くと、武器をしまう。
「そっか、残念だな」
ならば用は無いと、タコの元に急ぐ。彼女は後ろを振り返ることは無かったが、その口からはもう一度だけため息が漏れていた。
◆
「レインもアイリスもお疲れ! みんな無事でタコさん嬉しいわ!」
無事に集合となり、タコが二人を労わる。彼女たちがやってきたことはそんな一言で済ませられることではないはずだが、二人ともそれで充分満足しているようだ。
そして、状況を理解したレインが神である少女に向けて声を上げた。
「いい事を教えてあげましょうか。私は、魔法の無い世界を知ってるけど、そこでも人は互いに争っているわ。でもね、この世界と同じように人を救おうと、助けようと頑張る人も大勢いるの。結局、平和度でいったら似たりよったりかしらね」
「ならば、私が全てを管理すればいい! 私ならそれができる!」
少女がレインに向かって殴りかかる。だが、その手は横から滑りこんだ剣によって止められた。
「そういうのを、余計なお世話って言うんだよ。自分だけやるのは結構だが、人の家にまで口を出してくるんじゃねぇ」
アイリスは口上と共に、剣を振るって少女を吹き飛ばす。
そして、タコを中心として右にレインとアイリスが、左にオクタヴィアとベロニカが並んだ。これで終わりだと、タコは触手を組んで少女に視線を向ける。
だが、少女の顔に不敵な笑みが浮かんだ。
「『援軍』が来たのは、あなただけじゃない! 天使よ、その身を私に捧げろ!」
少女の後ろにトリア、クアトル、クイーンクエ、セクスが姿を現す。さらに、その後ろには大量の天使が控えていた。
その天使が粒子となって少女に吸い込まれていく。すると、少女がこの世界に出現した時のような振動が放たれた。
次元を揺らすほどの衝撃により、誰も動くことができない。そして、またしても空間が割けて光があふれ出す。
そして、光と揺れが収まった時には、少女とタコの姿が忽然と消えていた。
 




