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69話 タコさん、教会に突撃する

 レインが大軍を相手にしている一方、タコたちはスプレンドルの首都。教会の本拠地に向けて移動を始めていた。

 なるべく近くまで転移すると、後はドラゴンになったオクタヴィアに乗って飛んでいく。

 そのまま教会が見えるところまで来たというのに、敵の姿は見えない。首都は不自然なほど静まりかえっており、出歩いている者はいないようだ。


「ふむ、教会の中心付近から大量のエネルギーを感じるわね」

「そこには大聖堂があります。この教会は防衛拠点でもあるので、正面から入るしかありませんね」

 教会の周囲は巨大な壁に囲まれており、むしろ城と言った方がよい造りだ。内部構造も複雑になっているため、タコたちなら正面から真っすぐ進むのが一番早いだろう。

 ならばと、タコたちは教会の目の前に降り立った。すると、その中から2人の少女が姿を現す。


「ここから先は」

「通しません」

2人の容姿はそっくりでありながらも、1人は赤い目を、1人は青い目をしていた。どちらも睨みつけるような視線をタコたちに向けている。


「私の名はクアトル」

 そう言いながら赤い目の少女が右手に持った剣を突きつけた。その甲には5画の刻印が輝いている。


「私の名はクイーンクエ」

 もう1人の少女が鏡写しのように剣を持った左手を突きつけた。その甲にも5画に刻印が輝いている。


「「覚悟!」」

 2人は全く同じタイミングで飛びかかると、タコを左右から切り裂こうと剣を振るう。だが、アイリスは落ち着いて両手に2本の剣を取り出すと、タコの前に出てそれを受け止めた。


「はっはっは。名乗り出てから攻撃なんて、天使様にしてはずいぶんと礼儀正しいじゃねえか」

 確かに5画ともなれば、その力はかなりのものだ。だが、アイリスには十分に対応できる程度であり、この通り軽口を叩く余裕すらある。

 しかし、少女たちのほうはその言葉を無視し、ひたすら剣を振るってきた。


「神に逆らう者には死を」

「無慈悲で非情なる死を」

 2人の攻撃は、速度も、威力もすさまじいものである。さらに、一糸乱れぬ連携により、片方を受けるともう片方の攻撃を受けることができなくなるよう、絶妙にタイミングを合わせているのだ。

 だというのに、アイリスへ攻撃が当たらない。彼女とて物理法則を無視したような動きで剣を操ることができる。

 いくら天使たちが2人がかりでも。いくら前後左右からかかってこようとも、アイリスの肌一枚を切ることができない。


「隙ありです」

 そして、2人の天使がアイリスに構っている隙をつき、ベロニカの大鎌が襲い掛かる。クアトルがそれを剣で受け止めるが、そこへアイリスが鎌を思いっきり蹴りつけた。


「なにっ!?」

 さすがに受けきれず体制が崩れそうになる。だが、クイーンクエが魔法でベロニカに攻撃を仕掛けてきた。

 それはまるでビームのように収束した光であり、とっさに受けきるのは不可能と判断したベロニカは回避を選択する。

 その時、クイーンクエの口がわずかに吊り上がった。なぜなら、その攻撃はタコも射線にいれていたからだ。


「無駄です。《オーラガード》」

 だが、人間の姿を取ったオクタヴィアが、防御を固めた腕でビームを受け止める。さすがに威力が高く止めきれないと判断すると、力の方向を変えて受け流した。


「連射・魔力最強化/水槍(ウォータースピア)>!」

 今度はこちらの番だとタコが水の槍を天使たちに放つ。水とはいえ、先ほどのビームと同じくらいの威力が込められている魔法だ。

 しかし、天使たちはそれを回避しようとしない。回避すればアイリスの餌食になることに気づいているのだ。槍はそのまま天使の肉体を貫き、衝撃で吹き飛ばすことに成功する。

 ところが、立ち上がった天使は痛みを感じている様子もなく、タコを睨みつけてきた。さらに、肉体の穴が逆再生のように治っていく。


「無駄です。その程度の攻撃では、我らの肉体を傷つけることはできません」

「邪神といえどこの程度ですか。期待外れですね」

 天使たちは不敵な笑みを浮かべ、タコたちを挑発してきた。

 やれやれと言った感じでアイリスは剣を肩に担ぐ。そして、タコたちの方を向いて声を上げた。


「ちっ、不死身っぷりだけは厄介だな。……おいタコ! あいつらは俺がやる、お前らは先に行け!」

「了解! 頼んだわよ、アイリス!」

 この天使たちの目的が、タコたちの足止めなのは分かっている。ならば、それに乗る必要は無い。不死身の天使に粘られたら、無駄に時間がかかるだけだろう。

 タコはアイリスを信用してこの場を任せると、教会の入り口に向かう。


「行かせま……っ!?」

「それは、こっちのセリフだよ!」

 クアトルがそれを止めようと飛び掛かるが、それよりも早くアイリスが割り込むと蹴りを放つ。いくら不死身の肉体とて、衝撃を無視できないのは確認したばかりだ。

 直撃を受けたクアトルが吹き飛ばされた先には、同じくタコを止めるために魔法を放とうとしたクイーンクエがいる。やむを得ず彼女は手を止めてクアトルを受け止めた。


「大丈夫ですか、クアトル」

「助かりました、クイーンクエ」


「さて、続きといくか。今度は、俺がお前らを中に入れない立場だが」

 2人の手を止めたことで、無事にタコたちは教会の中へ入っていった。それを塞ぐようにアイリスが入り口の前に立つと、天使たちに向けて剣を突きつける。


「愚かですね、あなたは罠にかかったというのに」

「まずは、確実にあなたを倒します」

 天使たちは、不敵な笑みをアイリスに向ける。彼女たちとて、タコたち全員に敵うとは思っていなかった。秘術により一人一人確実に倒す。最初からそれが目的だ。

 2人は刻印のない方の手をつなぐと、高らかに声を上げる。


「「融合」」

 つないだ手から凄まじい光が放たれ、2人の姿を隠す。魔法が得意でないアイリスでも、その中で巨大な魔力の奔流がほとばしっているのが感じられた。

 奔流は少しずつ収束して一つの塊になろうとしている。同時に、アイリスの直感が訴えていた。凄まじいものが光の中で生まれている。自分以上の、とてつもない力を持った何かが。

 だというのに、アイリスに湧き上がるのは恐怖ではなく歓喜だった。自分より格上な相手と戦える。そんな興奮が全身を駆け巡っていた。

 

 そして、光が収まる。

 そこには、片目が赤、片目が青。両手の甲にそれぞれ5画の刻印が刻まれ、2本の剣を持つ少女……いや、大人の女性と言える者が立っていた。


「私の名は『ゲミヌス』。私は5画の上を行く者。見せてあげましょう、真の力というものを」

「……はは、いいねぇ! 見違えたぜ!」

 興奮に狂ったような声を上げるアイリスは左手の剣を捨てると、両手で剣を握りしめてゲミヌスと名乗る天使に切りかかる。

 ところが、彼女は片手でそれを軽く受け止め、逆の手でアイリスに剣を振り下ろした。


 すぐさま剣を引いてそれを受けるアイリスだが、あまりに強い力を受けた剣にひびが入る。しかも、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまった。

 地面を転がりながらも勢いを殺し、アイリスは立ち上がろうとする。だが、そんな隙は見逃さないとばかりにゲミヌスは追撃を仕掛けてきた。


 すんでの所で立ち上がって攻撃を避けると、インベントリから頑丈さが売りの剣を取り出して両手に構える。

 相手の力の方が上ならば、技術で受け流すしかない。アイリスはやむを得ず防御に専念して攻撃に耐える。


 普通に考えれば、1人を相手にするよりも2人を相手にする方が困難だ。だが、目の前にいるゲミヌスはその考えが通用しない。

 身体能力が大幅に上昇しているのはもちろん、1人では不可能な行動をとってくる。例えば、全力で2本の剣を振るいながら、追加で魔法を放ってくるのだ。


 さすがのアイリスも手は2本しかない。3つ目の攻撃に対しては、避けるか足を使うしかない。だが、ビームを足で防ぐのは困難である。

 常人なら触れただけで灰になりそうな威力の魔法。しかも、文字通り光速で迫るものをかわし続けるのはアイリスとて不可能だ。

 さらに、魔法の回避に成功しても、さばき切れない斬撃が少しずつ傷を増やしていく。


「『光よ! 不浄なる物を焼き尽くせ!』」

「ぐっ!」

 またしても避けきれなったビームがアイリスの肌を焼く。

 彼女も隙を見て反撃を試みるが、肉体も強靭になったようで軽い攻撃でははじかれてしまう。

 そこで、インベントリから炎の力を持つ魔剣を取り出すと、それを天使の右腕に向けて振り下ろした。


「無駄です」

「あら?」

 剣が当たる瞬間、ゲミヌスの右腕が炎に変わった。ならばとアイリスは氷の魔剣を左手に持ち振るうも、すぐさまその左手が氷に変わり攻撃を防ぐ。


「属性を変えても同じこと。融合の為に万能性を高めたこの肉体は、いかなる攻撃にも対応可能です。あなたの攻撃が、私を傷つけることはできません!」

 腕を炎と氷に変えたまま、アイリスに向けて剣を振り下ろす。さすがの彼女も、攻撃の直前では避けきれないとダメージを覚悟した。


 だがその時、「パキッ」と乾いた音が周囲に響く。その出どころを探れば、ゲミヌスの頬に陶器が割れた時のようなひびが入っていた。とっさに彼女はアイリスから距離をとる。

 ひびの奥から何か光のようなものが漏れているのも見えるが、ゲミヌスは軽く頬を撫でるとそれは塞がって元通りになった。

 それを見ているアイリスには、なんとなくだが状況を察することができる。今の光は、天使たちが吸収している生命力によく似ていたのだ。


「なるほど、どうやらずいぶんと無理をしているようだな」

 天使たちは、かなりの時間をかけて5画に耐える肉体を持つ存在、『まがいもの(エラット)』を作り上げた。その2体が合体したのゲミヌスは、5画以上の力を振るうことができる。

 その力はアイリスをも超えるものであるが、肉体が強化についてこれないようだ。許容量を超えた力を振るうたびに、耐えきれなった肉体が崩壊してしまう。

 とっさに考えた予想だが、アイリスが持つ野生の勘が正解を導いていた。


「ははは! あっはっはっはっ!」

 突然、アイリスは大きな声を上げて笑い出す。それを自身への侮辱と認識したゲミヌスは、不快に顔を歪める。


「何がおかしいのですか? 肉体が崩壊するよりも早く、あなたも邪神も始末すれば良いだけのことです」

「いやいや、違う違う。俺は、嬉しいんだよ」

 未だに笑うアイリスだが、その声には本当に申し訳なさが込められていた。額を押さえて真面目な顔を作ろうとするも、どうしても口が吊り上がってしまう。 


「……なにを言っている?」

「肉体の安定よりも力を求めるなんて、いい狂いっぷりじゃねえか。はは、これほどの相手と戦えるなんて、嬉しくてしょうがねぇよ」

 やはり感情が抑えきれず、口からはくつくつと笑い声がもれていた。

 いったい、目の前の存在が何を考えているのか。ゲミヌスは未だ不快そうに剣を構える。


「理解できません。使命の為ならこの程度のリスクは受け入れて当然でしょう? それよりも、あなたの考えこそ狂っているとしか思えませんね」

「それでいいさ! さあ、早く続きをやろうぜ!」

 血走った目、牙をむき出しにした口でアイリスが叫ぶ。そこには圧倒的な力を持つ者と対峙する恐怖など、微塵も感じられない。

 思わずゲミヌスすらたじろぐほどの気迫を持って、アイリスはまた彼女に向かっていった。



 道を知っているベロニカを先頭に、タコたちは教会の中を進んでいく。だが、行けども行けども誰に会うことはない。通路は薄暗く、不気味なまでに静まり返っていた。


 まもなく聖堂に到着するという所。開けた通路の中心に一人の女性が佇んでいる。それは、白衣をまとった聖女、ベロニカの記憶にもあったドゥオだ。

 彼女はポケットに両手を突っ込んだまま、眠そうな目でタコたちに話しかける。


「やはり、あなたが来ましたか。邪神」

「あら、タコさんのことを知ってるの? なら話が早いわ、無駄な抵抗は止めて降伏なさい」

 ドゥオは、いはゆる裏方仕事を担当していた。直接の戦闘力は低く、タコたちに敵うわけもない。

 だが、彼女はだるそうな表情を変えることなく、その提案を拒絶した。


「そうはいきません。我らには、譲れないものがあります」

 ドゥオが小さく左手を上げると、聖堂から大勢の人間が飛び出してくる。白く光る鎧を着た騎士、杖を持った司祭、修道服をまとうシスター。

 その誰もが、溢れるほどの魔力をたぎらせ、血走った眼でタコたちを睨みつけていた。


「ここにいるのは、3画を集約して作り上げた4画の者たち。さあ、やりなさい。その命を懸けて」

「はっ!」

 ドゥオの号令を受け、4画の者がタコたち向けて突撃してきる。仕方なくまずは彼らを無力化しようと、騎士が振るう剣をベロニカが受け止めた。

 だが、次の瞬間、その騎士が大爆発を起こす。


「なっ!? 自爆!?」

 一体なぜ、このタイミングで自爆を試みるのか。そんな疑問を浮かべるタコたちだったが、それを吹き飛ばすほどの衝撃がタコを襲う。


「な、なによあれは……」

 その時、タコは見た。騎士から抜け出した異様な天使の姿を。

 普段見る天使は、タコも良く知っている純白の翼が生えた中性的な人間の姿をしていた。だが、その天使は背中から余計な手を生やし、翼が3枚もあり、首からもう一つの頭が生えている。

 まるで、無理やり複数の天使を縫い合わせたかのようだ。


 天使は縫い合わされた痛みでもあるのか、怨嗟のような声を上げてふらふらと聖堂の方に戻って行く。

 そして、戸惑うタコをよそに、他の司祭やシスターたちが次々にタコたちに襲い掛かってきた。仕方なくその対応に追われてしまう。


 彼らも騎士同様、ほとんど特攻のように自爆を連発してくる。だが、それはタコたちに傷を負わせられるようなものではない。

 最後の一人が自爆した後には、周囲は荒れ果てて地面はボコボコになっている。だが、タコたちはほとんど消耗していなかった。


「一体何のつもりですか!?」

 しかし、精神的なダメージがあったのは確かだ。肉体的には人間である彼らが、自らの身を投げ捨てるような光景を何度も見るのは、心苦しいものがある。

 叫ぶベロニカに対し、ドゥオは表情を崩さずに答えた。


「彼らは少々無理やり4画にした者たちです。自爆する以外に使い道がなかったんですよ」

 天使自身にも『才能』のようなものがあり、誰もが4画や5画になれるわけではない。先ほどのつぎはぎの天使たちは、『才能』が無い天使を無理やり4画に引き上げた結果だ。


「何故……そんなことを……」

「切り捨てたんです。神の復活のために、それ以外を全てね」

 それはつまり、命を懸けてタコたちの足止めをさせたということだろうか。だが、それにしては無駄が多い気がする。

 しかし、今は先に急がなければならない。次はあなたの番だとベロニカが鎌を構えると、ドゥオが右手をポケットから出す。

 その甲には、5画の刻印が光っていた。


「ドゥオ、あなたは5画になれないと言っていたはず……」

「最後の『まがいもの(エラット)』を使い、無理やり引き上げました」

 ドゥオ自身も4画が限界だと認識してたため、自身の作り上げた『まがいもの(エラット)』を他の天使に譲っている。つまり、今の彼女はつぎはぎの天使のように、無理やり格を引き上げている状態なのだ。

 実際、彼女に刻まれた刻印は、まるでもうすぐ消えそうな電球のように点滅している。いや、むしろこれはカウントダウンのような……


「言ったでしょう? 神以外は切り捨てたと……それはもちろん、私もです」

「魔力最強化/<水の壁(ウォーター・ウォール)>!」

 未だ冷静に、何の感情のこもっていない声でドゥオが告げる。タコはとっさに水の障壁を皆の前に張った。

 次の瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの巨大な爆発が、周囲を包み込んだ。

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