65話 タコさん、元聖女を祀り上げる
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スプレンドルのとある深い森の中。一人の司祭が木から木へ飛び移っていた。
彼の右手には3画の刻印が刻まれており、魔法により強化された身体能力でかなりの速度が出ている。普通の人間ではすれ違ったところで、風が通り過ぎたかと思う事だろう。
彼は先ほど一つの村を襲ってきたところだ。いや、彼らの言い分では神の為に力を捧げる名誉を与えた、というところだろうか。
だが、彼の顔には一仕事を終えた後のような晴れやかさはない。むしろ、最大限の注意を周囲に払っていた。
それでも、鬱蒼とした木々の中で、枝の生え際から突然、犬の頭が出現することなど予想できるはずもない。
その犬が大きな口を開けて司祭の手に舌を這わせれば、彼は思わずそれを振り払って地面に降り立った。
何があったのかと魔法で光の球を出し、枝の方へ視線を向ける。そんな彼の背後から、首へ引っかけるように大鎌が出現した。
「動かないで下さい」
「……」
司祭の後ろで大鎌を持っているのは、もちろんベロニカだ。しかし、その声は冷たいものではなく、司祭を気遣うような気配さえ感じられる。
「これ以上、天使の命令に従うのは止めてください。おかしいでしょう!? 神の名の元に、人を殺すなんて!」
いくら画数の多い司祭であっても、自分のように心を痛めている者がいるのではないか。天使の命令に疑問を感じている者がいるのではないか。
たとえ『自分の命が惜しい』という考えでも、ベロニカの言葉を聞いてくれるならばそれでいい。それは、彼が天使の意思に逆らってくれたという事なのだから。
彼女が心の底から絞り出す言葉には、そんな想いが込められている。だが、それもこの司祭には通じなかった。
「邪神に屈した背教者が……貴様もいつかその罪を悔やむ時が来るぞ!」
「……くっ!?」
司祭が体内で準備していた魔法を発動すると、その体が白く発光を始めて次の瞬間には大爆発を起こした。
ベロニカも事前に防御魔法をかけておいたので爆発のダメージはない。そして、司祭の肉体が吹き飛んだことにより、彼女には見えないが憑りついていた天使が逃げ出していく。
しかし、そこに今度はタコの大声が響いた。
「<時間停止>!」
たとえ天使でも止まった時間の中で動くことはできない。魔法で透明になっていたタコが姿を現して近づくと、天使を触手で緩く抱きしめる。
後は、時間が動き出すのと同時に力を込めて締め付ければよい。
「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 人を惑わす天使よ、罪を償うのはあなたの方だったようね!」
『馬鹿な! 天使である我が滅ぼされるはずが……ぐはっ!?』
天使の体にひびが入っていき、ついにはバラバラに砕け散る。すると、その体に貯められていたエネルギーが放出され、周囲がまたしても白い光に包まれた。
すでにタコは慣れたものであり、驚くことも無く目を細めている。そこにベロニカが手を掲げて魔法を唱えた。
「『命よ、その輝きよ、我が手に集え!』」
天使から放たれた光がベロニカの手に集まっていく。それはそのまま彼女の体に吸収されていった。
元々、この魔法はベロニカに憑りついてた天使、ヘプタが得意としていたものだ。人間の生命力をエネルギーとして吸収することができる。
ベロニカは自身の記憶から魔法を再現し、放出されたエネルギーを自身に集めているのだ。
だが、彼女はそれを以前のように自身の力にするつもりは無い。ただ、置き場として自分の体を使っているだけだ。
「ボス、周囲に人影はありません。他に司祭はいないようです」
「お疲れ様クロちゃん。病み上がりなんだから無理しないでね」
周辺の警備にあたっていた人狼のクロと、妖精のマツリカが戻ってきた。
クロは先日、マツリカをかばって天使が封印された杭を打ち込まれたことにより、左腕に大きなダメージを受けている。
それは精神を直接浸食するものであり、タコの魔法でも治すことができないものだった。
だが、それもタコから『地母神』の力を授けられたベロニカの治療を受けたため、今では問題なく行動できるようになっている。
その時の恩もあり、彼女はこうして天使の襲撃を積極的に手伝っているのだ。それは、マツリカも同様である。
「大丈夫! 今度こそクロちゃんは私が守るから!」
「それじゃ行きましょうか。ベロニカちゃんも大丈夫?」
タコがベロニカの様子を確認すると、既に全てのエネルギーを集めきったようだ。そんな彼女の横には、先ほど司祭を驚かせたタコのペットであるティーが寄り添っている。
「はい、問題ありません。ティーさんもありがとうございます」
「わんわん!」
ティーはゾンビのような見た目をした犬型のモンスターだが、転移の能力を持っており遊撃から移動まで幅広く役に立つ子である。
今はベロニカに寄り添りそって、その頬を優しくペロペロと舐めていた。どうやら彼女に褒められたことが嬉しいようだ。
元々、見た目に反して甘えん坊なティーであるが、ベロニカに対しては特になついている。転生したベロニカの能力か、それとも雰囲気か何かがお気に召したらしい。
その様子は、まるで母親に甘える子どもの様だ。
微笑ましい光景だが、今はやることがある。タコたちはマツリカの転移魔法でとある村に移動した。
「ただいまー! 天使を仕留めてきたわよー」
「お疲れさまです、タコ様。こちらも準備は整いました」
ここは先ほどの司祭が襲撃した村であり、タコたちが来た時には既にミイラとなった村人が残っているだけだった。
だが、すぐに司祭の痕跡を発見できたので、こうして追跡して仕留めることができたのだ。
そして、追跡の前にベロニカは、タコに一つの試みを実行したいとお願いしていた。先ほど天使が持っていたエネルギーを集めたのはその一環である。
同じく準備のため村に残っていたオクタヴィアなどが、ミイラとなってしまった者たちを一人ずつベッドに乗せていた。
その中の一人にベロニカが近づくと、ミイラの胸の前に両手をかざして魔法を唱え始める。
「『命の光よ、今一度、この者に宿れ』」
このミイラたちは、タコの魔法<復活>でも生き返らせることができなかった者たちだ。しかし、ベロニカは同じように治癒できなかったクロの腕を治した実績がある。
それの応用と、吸収されたエネルギーさえあれば、彼らを救えるのではないかと思ったのだ。
ベロニカの手から光がほとばしり、それがミイラの体に吸収されていく。それは確かに肉体をみずみずしいものに復元していった。
だが、これで本当に意識が戻るのか。ただの物質になってしまったモノに、命を宿すようなことができるのか。その確証だけは未だない。
それでも、ベロニカの経験とタコに与えられた『地母神』の能力が合わさり、見る見るうちにミイラの体を修復させていく。
遂にミイラの全身が元に戻った。若い女性の肉体が綺麗に修復されている。
初めての全身修復はさすがに疲れたのか、ベロニカは額に汗を流していた。それでも自分のことより、目の前の者がどうなったが気になるようだ。タコたちも含めて全員がかたずをのんで様子を見守っている。
そして、緊張のあまりタコが唾を飲みこんだ瞬間、女性がうめき声を上げた。
「ううん……あれ? 私は……一体、確か教会で3画の司祭様に……」
「やった……! ……とと、あぶないあぶない」
タコは思わず大声で喜びそうになったが自重する。そう、無事に生き返らせたところでもう一つ問題があるのだ。
この国の人々は誰でも天使や教会を信じている。その教えでは、人間以外の存在は敵でしかない。いくら生き返らせた相手とはいえ、ベロニカたちのことを受けいれてくれるかどうかは分からない。
ただでさえ見た目だけなら悪魔に近いのだ。場合によっては悲鳴を上げて逃げ出してもおかしくないだろう。
しかも、この女性の右手には光を失った一画の刻印が刻まれていた。恐らく、この街に元々いた司祭だと思われる。
これは一つの賭けだ。反発する可能性は高いかもしれないが、この村の中では信用されている人物のはず。ならば、この女性を味方にすれば村全体を味方にできるかもしれない。
最悪、タコが脅してでもこの女性を説得し、村の皆を抑えてもらう予定である。
「……おはようございます。お加減はいかがでしょうか?」
そして、恐る恐るベロニカが女性に話しかけた。さすがに仮面を外し大鎌もしまっているが、ヤギの角は隠しようがない。
声に反応した女性がベロニカへ視線を向ける。そして、ゆっくりと体を起こすと、その顔をじっと見つめてきた。
自身の姿に不安を感じているのかと思い、ベロニカはなだめようと優しく話しかける。
「私の名前はベロニカ。信じてもらえないかもしれませんが、あなた達を害する気は……」
「神……様……」
すると、女性が小さく呟くと共に、その瞳に光が戻った。さらに、バシッとベロニカの両手を握りしめる。
「え?」
「間違いありません! あなたが私を救って下さった神様なのですね!」
驚くベロニカに対し、女性は目を輝かせながら声を張り上げた。その顔からは恐怖など微塵も感じられない。
「3画の司祭様……いえ、あの偽りの司祭に命を奪われた時に理解しました。今まで信じていた天使が、教会が私たちのことをどう思っていたのかを」
女性はベロニカの手を握ったまま、力強い口調でまくしたてる。あまりの勢いに押されてしまい、ベロニカはそれを離すこともできない。
「私の体から天使が抜け、全身を凄まじい苦痛が襲いました。そして、周りの人々も同じように苦しんでいる。天使に騙されていたこと、それに対して何もできない自分がどれほど愚かであったのか、身に染みて理解しました」
恐らく、3画の司祭は生命力の吸収が遅いのだろう。へプタならば一国の城に集まった人間をほぼ一瞬で吸収してしまうが、彼らにそこまでの魔法は使えない。
そのため、司祭たちは人口の少ない村や取りこぼしを担当している。それでも、この女性のように死ぬまで地獄の苦しみを味合わせてしまうのだ。
「ですが、その後です。焼けるような光に取り込まれた私を、優しい闇が包んでくれたのです。あれこそがまさしく、あなた様の愛。まさに神の愛だと気づいたのです!」
今まで信じていたものに裏切られ、傷ついたところに優しくそっと手を差し伸べる。その手は、相手の心に深く入り込むものだ。
まあ、死からの復活などそうそう体験するものでもはないので、人生観が変わる人が出ても不思議ではない。
それに、タコはつい最近ベロニカで同様のことをやらかしているので、なんとなくこの女性の心理が理解できた。
そして、タコはちょっとしたことを思いつく。触手をポンっと叩くと、少し離れて伏魔殿にいる妖精に連絡を取った。
「あ、オレガノちゃん聞こえる? 悪いけど急ぎでお願いがあるの……そうそう、シナモンちゃんと協力して……」
そんなタコをよそに、ベロニカは女性と問答を続けている。未だに女性の勢いは衰えず、顔の距離もぐいぐいと縮まっていた。
さすがのベロニカも何とか反撃を試みる。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください! ほ、ほら、私も天使に騙されただけの元聖女なんです! そんな神様なんて大層なものじゃ……いや、確かにタコ様から神の力をいただきましたが……」
「ああ、やはり! 聖女という地位にいたというのに、彼らに反逆を決意するその高貴なる意思! 私、感服いたしました!」
ベロニカが刻印の跡を見せて説明するも、それは逆効果だった。それに、タコからもらった力がまさに『神の力』なのは確かであり、それを卑下することなどできるわけもない。
そこへ、オレガノたちに頼んだ物が届けられたタコが、悠々と話に加わる。
「ふっふっふ。お姉さん、ベロニカちゃんを神と仰ぐとはなかなか見どころがあるわね! あなたのお名前は?」
「は、はい。私はマリアと申します。すみません、あなた様は?」
マリアと名乗る女性は、ベロニカの話や態度からタコがさらに上位の存在であることを察したようだ。敬意を込めた口調でタコに答える。
タコは予定通りの反応に、これなら大丈夫だと満足そうに頷く。
「我は邪神タコさんよ! タコさんは元々、この国に根付く天使たちと敵対してたの。そこへこのベロニカちゃんが『この国を救うために力を貸して欲しい、私はどうなっても構わない』って言うから、ちょっとばかし手を貸しているのよ!」
「えっ!? タ、タコ様。いったい何を!?」
何やら不思議な方向に話が進み、ベロニカは困惑した声を上げる。だが、タコはあえてそれを無視し、インベントリからアイテムを取り出した。
「マリアちゃん。あなたに力あるアイテムを託します。この力を使って、皆にもベロニカちゃんのことを教えてあげてちょうだい! ほらほらベロニカちゃん、これをマリアちゃんに渡してあげて」
「はい……って、これは……!?」
タコが渡したのは、どちらもヤギの頭蓋骨を模した飾りが付いている杖と腕輪だった。先ほど妖精に連絡したのは、これを作ってもらったのである。
正直、特徴的ではあるが禍々しい雰囲気を醸し出しており、これを手に取るには少しばかり勇気が必要になるだろう。
なぜこんなものを? と思うベロニカだが、彼女はすぐにタコの意図を察した。
ヤギの頭蓋骨を模した飾りがついたアイテム。これを持つ者がベロニカの庇護下であることは一目瞭然である。
その者が信頼できる人物であり、さらにこのアイテムの力で人々を救えば、信頼がさらに高まるだろう。そして、その信頼は庇護するベロニカにも向くことになるのだ。
それを理解した彼女はアイテムを受け取ると、マリアに対してそれを差し出す。
「マリアさん。先ほども言いましたが、私も一時は天使を身に宿し、聖女と呼ばれて人々を苦しめました。……今、私はこれ以上の悲劇を止めるため。そして、天使にだまされた恨みを晴らすため、『豊穣の邪神ヤギ』を名乗り、彼らを滅ぼそうとしています」
ここでベロニカは、はっきりと邪神を自称した。一つの賭けであるが、適当な言葉でごまかしたくはないし、自身が『復讐』という私怨で動いていることは言っておきたい。
「それでも、私が信用できますか?」
「はい! 私はベロニカ様を信じます!」
そんな覚悟を込めたベロニカの言葉を、マリアが元気よく肯定する。正直、ここまで悩むことも無く答えてくれるのは予想外だった。
思わずベロニカの方が気圧されてしまう。
「ず、ずいぶんと思い切りがいいですね……」
「当然です! ……まあ、そもそもとして。殺しにきた天使と、生き返らせてくれた邪神。どちらに頼れると思います? それに、私は一度死んだ身です。心機一転、新たな道を生きさせていただきますよ」
マリアは、少しばかりあっけらかんとした笑顔をベロニカに向けた。彼女とて何も考えずにこんな行動をとっているわけではない。
確かに教会は信用できなくなった。しかし、逆らえないほどの力を持っているのも事実である。
だが、ベロニカは最低でも人を生き返られるほどの力を持っていた。話を聞いた限り、悪意や対価を求めるようなそぶりも無い。
それが教会と対立しているというなら、どちらにつくべきか。ざっくりだがマリアもそれくらいは考えているのだ。
「ふふ、正直ですね。ならば、あなたにこれを託します」
ベロニカは微笑みながら杖と腕輪をマリアに手渡す。
腕輪は失った魔力を補うものであり、これがあれば聖女として学んだ回復魔法などがまた使えるようになる。おまけに通信機能も追加しておいた。
そして、杖の方は防御魔法を展開するものだ。さすがにそこまで強度が高いものではないが、タコやベロニカに連絡を取る時間は作れるだろう。
「この力で村を、皆を守ってください。もう二度と、理不尽に奪われないように」
「かしこまりました、ベロニカ様」
恭しくそれをマリアが受け取ると、ベロニカは杖を持った手を上から優しく握る。
タコはそんな光景を、触手を組んでうんうんと眺めていた。
「うむ、よきかなよきかな」
タコがこのようなアイテムを作った理由は先の通りだ。どのみち、彼女には村の皆も説得してもらわなければならない。その時、ベロニカの力を示すものは必要になるだろう。
そんな感じで上手くいったことを自賛していたタコだったが、それがまた自分の意図を突き抜けることまでは予想できていなかった。
「そして、あなたもタコ様の素晴らしさを人々に伝えるのです!」
「ほえ?」
それは、先ほどのマリアと同じくらいに高いテンションだった。ベロニカはマリアの手を握りながら、目をキラキラとさせて語りかけている。
「いや、あの、ベロニカちゃん? タコさんはいいから自分のことを……」
「私の信じるタコ様を信じて下さい! 偉大なるタコ様は、必ずや天使を滅ぼし、この国に平穏をもたらしてくれるでしょう!」
「はい! 微力ながら私もお手伝いさせていただきます!」
ベロニカに酔心しているマリアは、それを嬉しそうに聞いている。
タコとしてはベロニカの立場をこの国で安定させたかっただけなので、自分のことを前に出す気はさらさらなかった。
しかし、楽しそうにタコのことを語るベロニカを止めることなどできそうにない。どうしようかと悩みながらおろおろするだけである。
残念ながらマリアの視界に写っているのはベロニカだけであり、彼女は渋い顔をしてるタコに気づくことはなかった。
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