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63話 タコさん、覚醒する

「クロちゃん! 怪我したって聞いたけど大丈夫なの!?」

「ボス、お騒がせして申し訳ありません」

 ベッドで上半身を起こすクロだが、その左腕には未だに白い杭が突き刺さっている。しかも、刺さった場所の周辺はミイラのようにしおれていた。

 クロの顔色も悪く、不調なのは間違いないようだ。


「ボス! クロちゃんの体から杭が抜けないの! 治癒魔法をかけても腕のしわしわが治らないの! 私を……私を庇ったせいで!」

 ベッドの横にいたマツリカがタコにしがみつつく。その目は赤く腫れており、今もぽろぽろと涙をこぼしていた。

 どうやら彼女は自分のせいでクロが怪我をしたと思い、今までずっと看病していたようだ。


「大丈夫ですよマツリカ。痛み止めの魔法はかけられていますし、この程度、アイリス様の訓練に比べればどうってことありません。それに、無事に逃げられたのは、あなたのおかげです」

「ううう……でも……」

 クロがマツリカを心配させまいと、その頭を優しくなでる。だが、その杭はただの杭ではないのだ。

 中に封じられた天使が今も彼女の体内から精神を汚染し、魔力や生命力を吸収しようとしている。

 事実、クロの額には今も冷や汗が流れていた。気丈にしている裏では、必死に天使へ抵抗しているのだろう。


「むうう、こんな杭がクロちゃんを……うがー! 触れん!」

 タコはその杭を掴もうとするが、クロがナイフで触れることができなかったように、触手は空を切る。

 そのイラつきがタコの怒りに油を注いだようで、顔を真っ赤にして触手を振りまわしていた。


「恐らく、物理的に刺さっている訳ではないようね。さっき腕を切断してみたけど、杭はそこに残ったままだったわ。もちろん、治療したら元通りよ」

 タコたちならではの治療法だが、これを試したのはクロ自身だ。天使の杭などという異常な物が何を起こすか分からないため、早々に排除したかったのだろう。

 しかし、杭はそんなことは無駄だと言わんばかりに残り続けた。


「がっ! うぐっ!」

 クロの腕の萎縮がまた少し広がる。それは、凄まじい苦しみを彼女に与えているようだ。マツリカは少しでもクロの苦しみを癒そうと、抱きついて頭を撫でている。

 だがそこに、不穏な空気が立ち込めてきた。その発生源はタコからである。


「許せない……うちの子にこんな事するなんて……」

「ボス……?」

 それは、タコにしては珍しい表情だった。いや、こんなにも怒りをあらわにすることなど初めてかもしれない。無意識なのか、握りしめる触手にも力がこもっている。

 その目には光が無く、杭以外の物など目に入っていないかのようだった。


「天使ごときが……こざかしい……」

「タコ様! どうしたんですか!?」

 とっさにオクタヴィアがタコの触手を掴むが、今は何も聞こえていないようだ。タコは再度触手を杭に伸ばす。

 だがその時、触手がしっかりと杭を掴んだ。レインは驚きに目を見開く。


「杭に……触れている?」

「タコ様! しっかりしてください! タコ様!?」

 ベロニカも加わってタコを正気に戻そうとするも、やはり効果はない。

 タコはそのまま杭をクロから抜き取る。さらに触手に力を込めると、杭はパキッと音を立てて砕け散った。


「消えた……あれだけ試してびくともしなかった杭が……」

「やった! すごいよボス、ありがとう! ……ボス?」

 タコの表情から怒りがさっと消える。まだ少し呆けているようだが、すぐにその目に光が戻った。

 すると、タコはやっとみんなの視線が自分に向いていることに気づいた。きょとんとした顔をきょろきょろと振っている。


「ほえ? あれ? タコさん何をしてた? おや、クロちゃんの杭が消えてる?」

「今、タコ様自身が杭を消したんですよ? 覚えていないんですか?」

 やっと状況を理解するも、タコは自分が何をしたのかさっぱり覚えていなかった。オクタヴィアに説明を受けるも、納得のいかない表情でそれを聞いている。

 さらに、無事に杭が消えてもクロの腕はしおれたままであった。まずはそちらの治療に話を戻す。


「後はこの腕だけね。ポーションは……効かないか。タコ、回復魔法をお願い」

「はいはーい。……あれ、治らない? これは……天使にミイラにされているのと同じ……?」

 天使に生命力を吸収された人間は、ミイラのようになって死んでしまった。それはタコの<復活(リザレクション)>でも復活できない、ただの物質になっていたのだ。

 それはクロの腕も同じようで、タコが様々な回復魔法を試すも効果が表れない。

 だが、そこにベロニカが進みでた。緊張した面持ちでクロのしおれた腕に手を伸ばす。


「これでしたら、私が。天使が行う生命力の吸収。それに戻すには、私自身の生命力を……」

 ベロニカは天使に体を奪われ、今までたくさんの人間の生命力を奪ってきた。それはつまり、その魔法に接する機会が多かったということだ。

 そして、彼女自身もその魔法を調べ、何とか妨害できないかと試みたこともある。残念ながら、乗っ取られているときに実行することは不可能だったが。


 しかし、今は違う。タコにより膨大な力を与えられたベロニカは、生命力を吸収する魔法を反転させることを試みる。

 もちろん、それは簡単な話ではない。炎の魔法に習熟した者に対し、『灰を燃やす前に戻せ』と命令するようなものである。


 だが、ベロニカは成し遂げた。

 生命力を吸収する魔法への理解。『地母神』という生命に特化した力。自身の生命を投げ打つことができる精神。これらの要因が、奇跡ともいえる力を発揮したのだ。

 クロの左手にみるみるうちに生気が戻り、すぐにそれは元通りになった。


「腕が……動く。痛みも違和感もまったくありません」

 左手を握ったり開いたりして動作を確かめるが、何も問題はないようだ。マツリカも喜んでその左腕に抱きついてペタペタと治り具合を確認している。

 タコも大喜びでベロニカに抱き着くと、その頭を撫でた。


「やった! すごいわベロニカちゃん! でも、あなた自身は大丈夫なの?」

「大丈夫です。あまり連発は難しいですが、少し休めばもとに戻ります」

 治療に自身の生命力を使用したベロニカは、疲れからか汗がにじんでいた。しかし、それは回復可能なものであり、後遺症が残るようなもではない。

 タコがベロニカを労っていると、部屋のドアがノックされアレサンドラが入ってくる。


「すみません、遅くなりました。天使に寄生されてしまったと聞いたのですが」

 彼女は杭の治療のために呼ばれたのだ。精霊のラピスがいれば何か分かるのではないかと、レインが予想したためである。


「あ、サンドラちゃんにラピスちゃん。ありがとうね、もう解決したわ! ふっふっふー! タコさん覚醒よ! これで天使なんて怖くないわ!」」

 そんな彼女へ無事に解決したことをタコが説明した。天使に対する対抗策も見つけたことで、ご機嫌で胸を張っている。

 だが、そんなタコをアレサンドラは怪訝な顔で見ていた。それは、タコが時々、変な方向に向かって話しをしているからだ。


「あれ、どったの?」

「タコ様、ラピスが見えているんですか? この子は今、顕現させていないのですが」

 タコの目には、アレサンドラの後ろでふよふよと浮いているラピスの姿が見えている。言われててみれば、顕現している時よりも体が透き通っているようだ。

 念のためタコはレインの方に視線を向ける。


「ええ、私には見えないわよ」

「そうなの? ほら、ここにいるみたいだけど……あら?」

 タコはラピスに触手を伸ばす。本当に見えていることにびっくりしているラピスだが、タコの触手は彼女に触れることなく空を切った。


「あれあれ? 触れない? さっきの杭は触れたのに」

 ラピスに向かって何度も触手を振るタコだが、やはり結果は変わらない。そんな中、アレサンドラは初見の者がいるのに気づき声を上げる。


「ところでタコ様、そちらのヤギさんは何者ですか?」

「ああ、こちらはベロニカちゃん。先ほどめでたく悪堕ちしたので、仲良くしてあげてね……あれ、そう言えば……」

 ベロニカが仮面をしているため、彼女だと気づかなかったようだ。紹介してあげればラピスも顕現させて挨拶をする。

 だがその時、タコの頭に別の疑問が浮かび上がった。


「ラピスちゃん、ベロニカちゃんを見て何か思わないの?」

「え、どういうことですか?」

 ラピスはニコニコとベロニカと握手している。それ自体は微笑ましい光景なのだが、逆におかしいのだ。

 タコと初めて会った時のように、精霊は『神』に対して恐怖心を感じるのではなかったのか。


「いえ、タコ様から感じるような恐怖を、ベロニカさんからは感じませんね」

「あれれ? なんで? 追加種族が『神』なのは一緒のはずなのに」

 さすがにタコに対しては慣れているラピスだが、今も本能的にタコが『神』だと認識している。

だが、言われてみてもラピスは何も感じないという。ベロニカが《神格のオーラ》を発動させても結果は変わらなかった。


「ベロニカが神の力に慣れていないせいか。それとも、タコみたいな水属性じゃないから? それとも他の要因があるのか……ふむ、まだ材料が少な過ぎるわね」

 レインはどういうことかと頭を悩ませるが、何を試しても結果は変わらなかった。 皆で考えこんでいると、そこにオクタヴィアが話に割り込んでくる。


「失礼します。ポチさんとタマさんから報告がありました」

 既にベロニカの村の位置を聞いた時点で、人狼のポチとタマに正確な場所の確認と監視をお願いしていたのだ。

どうやら緊急事態のようで、その声からは焦りが感じられる。


「ベロニカさんの村に司祭が向かっているそうです。早急に対策を講じるべきかと」

 その内容に全員の気持ちが引き締まった。特にベロニカは今にも飛び出していきたいような焦りを感じている。

 レインは即座に対応を決定した。


「ベロニカ、オクト、私の3人で村に行くわ。それと、スプレンドルに侵攻している部隊は全部停止させて」

 クロの件もあり、うかつな侵攻はこちらにも被害を及ぼすのが分かった。ここは慎重に対応する必要があるだろう。

 アイリスも連れていけば完璧なのだが、5角の人数が不明な今、遊撃の戦力は残しておくべきだ。


「タコ、あなたはラピスとそのまま修行。すこしでも早く、実戦投入を可能にしてちょうだい」

「了解! 何かあったすぐに教えてね」

 タコ自身も、下手に天使に会わせてしまうと、向こうが慎重になってしまう可能がある。ここはすぐの出撃は控えてもらうことにした。

 タコもその判断に異論はないので、レインに対して敬礼して答える。そしてレインは2人を連れ添って、ポチが示す場所に向かって転移魔法を発動した。



 ベロニカの村に向かっていたのは、先日、ヘプタから力を授かった司祭だった。すでに受け持った周辺国の『回収』を済ませたため、続けて本国の作業に移っている。


 自身が吸収した生命力もあり、その力は以前よりも格段に増加していた。そのため、作業は進めば進むほど効率が上がっていく。

 今回の目標である村など、すぐにけりがつくであろう。そう思って彼はすぐに村へ飛び込もうとする。


 だがその時、彼の体を複数の光の輪が取り囲んだ。それは一瞬で収縮すると、その身を引きちぎりそうなほど締め付ける。


 いったい何が起きたのか。混乱する司祭だが、彼の中にいる天使はすぐさま状況を理解した。

 自身に敵対行動をとる者、しかも、これほどの力量を持つもの。相手がだれであるかは瞭然である。

 ならば、取るべき行動は一つ。そんな天使の指示を、司祭は躊躇することなく実行した。



「ちっ! やられた!」

 巨大な爆発を見てレインは舌打ちする。高速で移動する彼の動きを止め、すぐさま意識を刈り取る予定だったのだが、それは失敗に終わってしまった。

 天使が人間の肉体に執着をしていないのは分かっていたが、ここまで素早い判断を下し、人間もそれに従うとは。

 おそらく、いつでも実行できるように魔法を準備していたのだろう。


 爆発を目撃した村人がこちらに気づいてしまったようだ。次々に様子を確認しようと向かってくる。

 しかし、これ自体は予想していたことだ。彼らが来るのを待ってからオクタヴィアが声を張り上げる。


「聞こえるでしょうか! 我らはナスキアクナの者です! そちらの責任者と話をさせて下さい!」

 ドラゴンのような翼をもった者が放つ大声。禍々しい奮起を放つ重厚な鎧。さらに、大鎌を構える不気味な仮面をかぶった者。

 これだけの材料がそろえば、恐怖に身をすくまない者など存在しない。皆が遠巻きに状況を見守っている。


 その時、ベロニカが村人の中に自分の母がいることに気づいた。さすがに遠くにいる、しかも仮面をかぶった自分に気づいている様子はない。

 思わず涙が流れそうになるが、今はまだその時ではないと気丈に耐え続ける。


 しばらくすれば、のろのろと司祭が前に出た。クロの例があるので、レインやベロニカはもちろん、ポチやタマも隠れて周囲の状況を注意深く確認している。今の所は特に問題もなく、オクタヴィアは司祭と交渉を始ようとした。

 次の瞬間、ベロニカの背筋に急激な寒気が走る。彼女はとっさに鎌を構えて防御魔法を発動すると、司祭の真上に飛び上がった。

 一瞬遅れてオクタヴィアも自身の頭上を翼で覆い、防御系のスキルを発動する。


「くっ!」

 はるか空の彼方から、光の柱が落ちてきた。

 その正体は、ベロニカ自身がよく知っている光線の魔法だ。だがその威力は以前、自らの肉体が放っていたものより格段に強い。

 念ため事前にレインから強化魔法をかけられていたので、何とか防ぎきることができた。そうでなければ大きなダメージを受けていただろう。


 光が収まったのち、今度は黒い影がベロニカの視界に映った。彼女は反射的に鎌を背中に回すと、金属同士がぶつかった甲高い音が周囲に響く。


「不愉快ですね。邪神の眷族ごときが我の攻撃を防ぐとは」

「……」

 ベロニカが鎌に力を込めて振るうと、声の主が空に飛び上がる。姿は変われど、彼女の感覚がその正体を教えてくれた。

 攻撃を仕掛けてきたのは、紛れもなく自身に憑りついていた天使、ヘプタだ。


(レイン様、オクト様。ここは私に任せてください。村の皆を頼みます)

 ベロニカは無言のままレインとオクタヴィアにチャットを送る。心配そうにする二人だが、村人の安全も重要だ。

 その言葉に従ってオクタヴィアは司祭を抱えて距離を取る。


 さらに、ポチやタマが現れて脅すように誘導すれば、村人たちは天使が表れたことに混乱しながらもそれに従った。

 レインは彼らの安全を確保しながらも、ベロニカ様子を見ている。だが、言われた通りまずは手を出すつもりはなかった。

 彼女がここまで自信を持って任せて欲しいと理由を、理解していたからだ。


「まあいい、彼らなどすぐに『回収』できます。まずは貴方から始末しましょう」

 ヘプタはそれを視界の端に収めながらも、目の前にいるベロニカに目標を定めた。

 彼女の顔が隠れていることや、タコの力を得たせいでその正体にまでには気づいていないようだ。


 そして、すぐさま剣を構えると光の翼をはためかせてベロニカに突撃した。

 空中からの攻撃、以前よりはるかに上昇した力、同時に放つ多数の光線。力を得たばかりのベロニカが敵うような相手ではない。

 そんな力の差を理解してるいのか、ヘプタは余裕の表情を浮かべていた。


 だが、ベロニカは最小限の動きで光線を避ける。その動きは別段、素早いというわけではなく、まるで光線が来る位置が分かっていたかのようだ。

 そこに、フェイントも織り交ぜたヘプタの剣が迫る。だが、それすらもベロニカは軽々とかわす。


「馬鹿なっ!? なぜ貴様ごときが私の攻撃を!?」

 ヘプタの顔が驚愕に染まる。魔力で身体能力をさらに上昇させ、何度もベロニカに向けて剣を振り下ろした。

 しかしそれらは全て、小回りの利かないはずの大鎌に吸い込まれるようにぶつかってしまう。次第に焦りが強くなり、攻撃に無駄な力が加わるようになる。

 そして、ついに剣を両手で握ると、全力を込めて振り下ろした。


「それは、知っています」

 それすらも、ベロニカは紙一重で避けてみせた。防御ががら空きとなったヘプタにカウンターで大鎌を振るうと、その右手を切り飛ばす。


 なぜ、力を劣るベロニカがここまで優位に立てるのか。それは、セシルとデスピナに記憶の封印を解いてもらったことが原因だ。

 その副作用と言うべきか、ベロニカは今までの記憶をすべて鮮明に思い出していた。それこそ、自身が生まれた時から、ヴァイスに貫かれて自爆をするまで。

 それは、ヘプタに乗っ取られていた時も同様である。


 だから、ベロニカは理解していた。ヘプタの戦闘、思考パターンを。どのような戦法を使い、どこを攻めてくるか。攻撃するときの癖は、力の起こりはどこか。

 そして、それを見極めて対抗するだけの力をタコからもらっていた。そのため、ベロニカは自分よりも強者であるヘプタを圧倒できるのだ。


「なっ!? なんだと!?」

 ヘプタの右手は剣を握ったまま地面に落ちる。だが、5画となった彼女の腕からは血が流れない。とっさに距離を取ると、すぐさま腕が生え変わった。

 しかし、これは彼女自身のエネルギーを使用して回復したものだ。そう何度も使用しては計画に支障が出てしまう。

 そして、ヘプタも気づいた。その声が誰のものであるかを。それは、あまりにも聞きなれ過ぎた声なのだから。


「馬鹿な……なぜ貴様が生きているっ!? ベロニカ!」

「……今の私は、『豊穣の邪神ヤギ』。私は、復讐のため、母のため、この国のため。あなたを、そして天使を滅ぼす者です!」

 ベロニカは仮面を半分外してヘプタをにらみつける。そして大鎌を構えると、今度はこちらの番だと目の前の天使に向かって飛びかかった。

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[一言] 豊穣の邪神でヤギ…黒い子山羊か!?
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