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58話 タコさん、進撃の準備をする

「ベロニカちゃんの体はどんな感じ?」

「肉体的には問題ありません。とても肉体のほとんどが欠損していたとは思えませんね。ですが、精神の方は……言うまでもありませんか」

 ベロニカを診察していたのは、ニューワイズ王国の第二王女フレイヤだ。彼女は人間の体を熟知してあり、その診断に間違いはないだろう。

 その後ろにはいつも通り、従者である真祖の吸血鬼コゼットを従えている。


「天使がいないのも間違いないです。契約は完全に切れてますね」

 水の国ナスキアクナの女王、アレサンドラの契約精霊であるウンディーネのラピスが答えた。一緒に元ウンディーネであるエルダも連れており、彼女たちが精霊に関して判断を誤ることはない。ベロニカに天使の残滓が残っていないことは明らかだ。

 しかしそこへ、デスピナが小さく手を挙げた。


「ですが、彼女の肉体からは魔力が無くなっていました」

「魔力が?」


「はい。恐らく、契約を切った天使が根こそぎ持って行ったのしょう。当面は魔法を使う事ができませんね」

 そういったことができるから、天使は自爆などという手段が取れたのだろう。ますます持ってタコの顔が渋くなっていく。


「しかし、契約者を集めて魔力を吸収とは……しかも、最後は本人の努力を全てかっさらっていく。これでは、天使というよりも悪徳な高利貸しのようだの」

 精霊であったエルダからすれば、同類がこんな事をしているのがそれなりにショックだったようだ。確かに天使は自分たちと敵対していたが、それは生存競争のようにやむを得ないものだと思っていた。

 それが、自身の事だけを考え、このような外道な真似をしているというのは残念な気持ちになってしまう。


「おーいタコ、他のメンバーもそろったぞー」

 部屋にアイリスが入ってくる。スプレンドルと天使に対応するために招集したメンバーが集まったようだ。

 タコが部屋に向かえば、悪堕ちさせたメンバーや伏魔殿の者たちが勢ぞろいしている。

 その中には魔族であり現在の魔王であるヴァイスも含まれていた。彼女はヴァレンティーナに対して睨むような視線を向けている。


「おや、ずいぶんと見違えましたね。なんなら、あの時のリベンジといきますか?」

 タコから力を得てヴァイスを殺したヴァレンティーナからすれば、彼女がその時の復讐に来ても不思議ではないと思っていた。

 同じくタコから力を得た今なら、元々の力の差によりヴァイスの方が強いはずである。復讐を果たすことは簡単であろう。

 だが、ヴァイスは目を閉じると軽く首を振った。


「……いらん。する理由もない」

「意外ですね。根に持っていると思っていましたが」


「この力は、アーデルハイトを、魔族を守るためにいただいた力だ。あの時、私が敗れたのはただの力不足。それをごまかすための力ではない」

 ヴァイスにも確かに殺された恨みはあった。しかし、今となってはそれが遠因となって、アーデルハイトが救われたのも確かである。

 今更、自分が原因で招いた失敗を、借り物の力で拭うような真似をするつもりはない。


「そうですか……では後日、『手合わせ』を願えますか」

「望むところだ。その時は全力で叩きつぶしてやる」

 ならば、この話はこれで終わりだと二人は笑みを浮かべる。しかし、ヴァレンティーナが少し視線を下げると、その顔が怪訝なものに変わった。


「しかし、『守る』と言っていた相手をペットにするとは、ずいぶんと屈折していませんか?」

「なっ!? ち、違う! これはハイジが勝手にやっているだけで、私は何度も止めろと言っているのだ!」

 ヴァレンティーナがこんな事を言う原因は、アーデルハイトが普通のクロヒョウになってヴァイスの横に控えているからだ。

 ヴァイスが顔を真っ赤して『ペット』という言葉を否定するも、アーデルハイトは『にゃーん』と本当にペットのようにふるまっている。


 これは、追加種族『先祖返り』の能力で動物になった後、この世界の魔法を応用して小さくなっているそうだ。今までの反動でヴァイスにいつも甘えたいという、アーデルハイトの趣味である。

 だが、事情を知らない魔族からは『新魔王は元魔王をペット扱いしている』と、良くも悪くも噂されていた。


 人型に戻れと言うヴァイスを無視して、未だにアーデルハイトは彼女の足元にすり寄っている。

 それを羨ましそうに見ているオクタヴィアに少しばかりの寒気を感じながらも、タコはまず勝手に聖女を回収したことについて頭を下げた。


「ヴァイスちゃん。先に話したけど、勝手をしてごめんなさいね」

「構いませんよ。むしろ、早期に情報をいただきありがたいです」

 そして、そのまま元聖女、ベロニカから得た情報を皆に説明する。彼女が体験した壮絶な話を聞けば、室内には暗い空気が漂い出した。


「というわけで、スプレンドルには早々に対策を講じる必要があります」

 元人間からすれば、一応は同じ人間である者たちが、そのような悪事の犠牲になっていることは心苦しい。それに、長年気づかなかったことも驚きである。


 さすがのスプレンドルも、同盟を結ぶ国に自分たちの本性を見せることはなった。

 画数の低い者なら熱心な信者にしか見えないし、画数が多い者ならあまり他国には出ず、普段はばれないように気を付けていたのだろう。


「大半の国民が騙されているのなら、早急に救いたいと思います。ですが、武力で攻めるにしてもその国民を盾にでもされたら……」

 それこそタコが本気を出せば、街一つくらい津波で飲み込むこともできる。他のメンバーも一緒に行けば、国を落とすことも困難ではない。

 だが、倒すべき相手は国の中枢にいる天使のみであり、無駄な犠牲は出したくない。それに、速攻戦術には別の問題があることをレインが指摘する。


「一番の問題は、私たちでは天使に勝てないってことよ」

「ほえ? でも、4画のベロニカちゃんよりヴァイスちゃんの方が強かったじゃない。仮に5画とか出てきてもどうにかなるんじゃない?」

 確かのベロニカは強かったが、ヴァイス一人でも問題ない強さだった。先の戦闘でも天使の攻撃による被害より、魔力として吸収された人間の方が多いくらいである。

 しかし、天使や精霊には力では解決できない能力があった。


「問題は戦力じゃないわ、奴らの特性の方よ。ベロニカに憑いていた天使がどうなったか忘れたの?」

「特性? ……あ、そっか」

 人間と契約している天使や精霊は、人間の方が死んでもほとんど影響がない。元の世界に戻ってしまい、また別の契約者を見つければ元通りだ。

 しかも、天使は人間の意思に関係なく契約ができるようであり、これではいつまでたっても天使を倒すことができない。


「それに、仮に5画の者がいるならば甘く見ない方がいいと思います」

 さらにアレサンドラが声を上げる。自身に刻まれた刻印、右手の甲に光る4画のそれを皆に見せるように向けると、そのまま話を続けた。


「まず、タコ様から力をいただいた私ですら4画止まり。ですが、ヴァイスさんが対峙した聖女も4画。つまり、おなじ4画でも強さにはかなりの幅があるということです。そして、その先にある壁を越えたものが5画」

 仮に、今のアレサンドラとヴァイスが戦えば良い勝負になるはずだ。それに対し、ベロニカはヴァイスにほとんど傷をつけることもできなかった。

 そんなアレサンドラとラピスですら到達できないのが5画。つまり、5画の刻印を持つ者はアレサンドラよりも強い可能性が高い。


「これは、本人の能力だけではなく、精霊の格にも影響されます。恐らく、天使は他の契約者の力を吸収する際に、天使自身も合体させて格を上昇させているのではないかと」

「うーん、確かに相手の力が分からない以上、備えは万全にしなきゃね。それじゃ皆にお願いよ、5画を見たら基本は逃げること。対処はタコさんかレイン、アイリスに任せてちょうだい」

 彼女たちが言うことももっともなので、タコは慎重になるように皆を促す。タコの関係者なら最悪、魔法やアイテムで伏魔殿に転移できるので、逃げ切れないという事は無いだろう。

 そして最後に、レインがこれからの方針をまとめた。


「まず、イカたち伏魔殿メンバーは2人1組を基本として、半魚人たちを連れてスプレンドルを国境から内部へ向けて調査、侵攻。ヴァレンティーナたちナスキアクア組は、前線に人間を出さない代わりに全員で同じように進軍」

 結局、天使の手が届かないように人間たちを保護するしかない。その範囲を少しずつ大きくして、天使が魔力を吸収できないようにする。

 さすがに人間の兵士を出しては犠牲も大きくなるので、そこは自分達がメインで頑張るしかないだろう。


「では、我々魔族はスプレンドルとの前線を引き上げるように動きます。首都もある程度は落ち着いてきたので、問題ないでしょう」

「念のため、儂らドラゴンも一緒に進軍するぞ!」

 魔族の方は個々の戦力が高い点において人間よりも優位だが、どうしても人数が少ない。

 侵略しても足場固めに時間がかかってしまうだろうが、そこはドラゴンの威光を利用してもらう。


「ニューワイズ王国は戦力的に弱いから、とりあえずは国境線の維持をお願い。フレイヤとコゼットにはベロニカの様子も見てもらいたいしね」

「かしこまりました」

 今回の戦闘に関しては、普通の人間では対処ができなくなる可能性が高い。いくら精鋭部隊を保有するニューワイズ王国でも、4画クラスの天使が出てくれば対応が手一杯になってしまうだろう。

 ならば、最初から防戦に専念してもらったほうが問題ないはずだ。


「そして、タコ。あなたはアレサンドラとラピス、それにエルダと特訓よ」

「ほえ? 特訓?」

 何のことかとタコは変な声を出す。特訓と言われても、タコがこれ以上強くなれる方法などピンとこない。

 そんなタコに対してレインが説明するのは、天使に対する根本的な対策をつくることだった。


「精霊たちはあなたを一目で『神』だと認識した。つまりあなたは、この世界の『神』と同じような存在である可能性が高いの。神が持つという能力『精霊殺し』。あなたはそれを習得してちょうだい」

「ああ、なるほど。うーん、でも、タコさんにできるのかしら?」

 ラピスは初めてタコを見た際、恐怖で気が動転してしまった。その理由が、神が精霊を殺す力を持っていることを本能的に理解しているからだ。

 タコはゲームにて追加種族『海神』を取得しており、それがこの世界でも何かしらの力を与えている可能性がある。


「『できるのか』じゃなく『やるの』。最低でもいろんな魔法やスキルを試して、天使への対抗手段を見つけないといけないわ」

「それもそうね。りょーかい」

 今回はタコとしても天使をどうにかしたいという気持ちが強い。そのためには苦手な修行にも精を出すつもりだ。

 後はそれぞれの細かい調整を行い、皆はそれぞの持ち場に戻って行った。



 聖スプレンドル。

 この国は教皇がトップとして、その下に4画の刻印を持つ6人、いわゆる聖人、聖女が君臨している。だが、その存在はあまり公にされていない。


 そもそも、この国はすべての街や村に教会が設置されており、国民が接するのはそこにいる司祭だけである。

 そして、その司祭たちも自分の上司から指示を受ければ十分なので、1画の司祭ともなれば4画の者など雲の上の存在だ。

 そんな雲の上の存在が、今日は一室に集まっていた。


「さて、皆の者。我らの計画は大詰めを迎えた。だが、ここにきて問題も発生している。その理由は知っているな?」

 円卓の最奥。この世界の宗教のシンボルである女神像を背にして座る男性が声を上げる。

 彼の名はウーヌス。教皇の座に就くものであり、その年齢は100を超えていた。だが、天使の能力である肉体操作の効果もあり、見た目はそれよりもかなり若く、初老程度にしか見えない。


 彼はこの世界で初めて5画に到達した人間でもあった。恵まれた魔法の才能と天使による半強制的な鍛錬により、ここまでの力と権力を手に入れたのだ。

 しかし、現在ではさすがに肉体が限界を迎え始めたようである。その右手の甲にある5画の刻印は、少しばかり輝きが失われていた。


「『惨劇のカルテット』で強者は全て排除できたのではなかったのですか? なぜ、魔王がこれほどの力を付けているのでしょう?」

 教皇の横に座る白衣姿の女性、ドゥオが疑問を呈する。彼女はベロニカの記憶に出てきた者でもあり、主に肉体操作や人間を強化する研究を行っていた。ひいては、人為的に5画に到達できる存在を作り出すことが目的である。

 それによりスプレンドルはこの世界最強の国家となるはずだった。しかも、意図的に各国を誘導して起こした『惨劇のカルテット』。これにより他国から強者がいなくなったことで、計画の完遂は時間と問題となっていた。


「イレギュラーの原因は全て『邪神タコ』によるものだ。ナスキアクアの騒ぎ。ニューワイズの守護龍。獣人の魔王化。やつは全てに関わっている」

 だが、ここにきて新たな問題が発生する。次々に現れる不可解な強者たち。ナスキアクアのラミア、ニューワイズ王国のドラゴン、魔王の代替わり。

 そのどれもが調べを進めると、『邪神タコ』という存在にぶつかるのだ。


「しかもだ。奴はこれ以外にも、魔王と同等の力を持つ者を生み出しているらしい。そして、側近とも言える者はそれ以上の力をもつ可能性がある」

 中年の男性、トリアが教皇の言葉を補足する。彼は3画以下の信者の統括を担当しており、その中には情報収集なども含まれていた。

 多数の信者を保有するこの国は、それを集約するだけでもかなりの情報を得ることができる。

 天使と契約ができない者でも、狂信者と言える者は存在するのだ。彼らはその身などいくらでも投げうって情報を集めて来てくれる。


「奴らには5画でも対抗できないかもしれん。クアトル、クイーンクエ。2人の肉体は、例の秘術を使用するため追加で調整を加えろ」

「「かしこまりました」」

 教皇の言葉に二人の聖女が同時にうなずく。この二人は双子のように、目の色が赤と緑という違いはあれど、それ以外には区別がつかないほどそっくりだった。


「それから、『回収』の予定を早める。早急に辺境の周辺国から始めてくれ」

「ふーん、『回収』の検証は済んだの?」

 また別の聖女、セクスが声を上げる。彼女はこの集団の中で一番若い見た目をしており、せいぜい10歳くらいの少女にしか見えない。

 しかも、椅子の上で胡坐をかくなど、とても聖女とは言えないような態度をとっているが、それを周囲の者は特に気にしていなかった。

 あまりにも聖女らしくない振る舞い。これは見たものを油断させるための手段であり、セクスはその有効性を結果で示しているからだ。


「ヘプタが魔族との戦闘で確認した。本来ならもう少しの実戦練習をしたかったがやむを得まい。これより術式を同期する」

 ベロニカと契約していた天使、ヘプタは信者から魔力を効率的に吸収する術式を研究していた。

 それは、先日の戦いで見せたように、今では自分の周囲数百メートルにいる者を一瞬で干からびさせるほど強力な魔法となっている。

 これなら『回収』に、それほどの時間はかからないだろう。


「神は、間もなく降臨される。邪神などに後れを取るわけにはいかん。各員、より一層の奮起を期待する」

 教皇の言葉に全員が大きくうなずく。奇しくそれは、タコたちがスプレンドル対策を本格化させたのと同じ時間であった。

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