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56話 オクタヴィアのとある一日

時系列的には少し前の話になります。

 オクタヴィアの朝は早い。

 日が昇る前には目を覚ますと、シャワーを浴びてから動きやすい格好に着替え、食堂に向かう。


 その途中、廊下ではいつも通りにゴーレムが清掃を行っていた。

 伏魔殿の中は彼らの手によって隅々まで清潔にされており、仮に何かが壊れてもすぐに直してくれる。

 自分が恵まれた環境にいることに改めて幸せを感じ、自然と頭を下げれば彼らも手を振ってそれに応えてくれた。


 さて、食堂に到着するがさすがにまだ早い。中にはまだ誰も……いや、今日は3人の人物が机に突っ伏していた。

 3人の正体は、ぐるぐるメガネをかけた妖精のシナモン。元魔法使いのラミアであるヴォルペ。そして、同じく元魔法使いのアルラウネであるローズだ。


 彼女たちは恐らく眠っているのだろうが、その口からはぶつぶつとつぶやきが漏れていた。

 周りには大量の書類と、飲みかけのコーヒーカップ、さらには空の瓶が並んでいる。オクタヴィアは飲んだことが無いが、栄養ドリンクというものだったか。


 毛布が掛けられているのはゴーレムが気を利かせたのだろう。それに、彼女たちがこのような姿になっているのは今に始まったことではない。

 最初は何事かと心配したオクタヴィアだが、周囲からは「ほっといて大丈夫だよ、習性だから」と言われている。

 本人たちも、調子がいいときは気絶するまでテンションを維持したいそうなので、今では心配しながらも見守るだけになっていた。


 気を取り直してオクタヴィアは料理を選ぶ。だが、これは朝食ではない。運動の前の軽い食事だ。

 そのため、頼んだのはパンを『一斤』。それにつけるバターとジャム、ハムやチーズもたっぷりと。そして、大盛りのサラダに同じく大盛りのスープである。


「いただきます」

 色々なものに感謝しながら、スープを飲み、パンにかじりつく。

 何度食べてもここの食事は美味しい。パンはふかふかのもちもちで、いくらでも食べられてしまいそうだ。

 自然に頬が緩みながらもしゃもしゃと咀嚼する。その一口一口に幸せを感じていれば、あっという間にすべてを食べ終えてしまった。


「ごちそうさまでした」

 最後にミルクを飲み干して手を合わせると、食器をゴーレムに預けて食堂を出る。いつも通り、お腹はちょうどよい具合だ。

 自然とオクタヴィアは軽く鼻歌を歌いながら、訓練場に向けて歩き出していた。



「うぬぬー! うぬぬぬぬー!」

 訓練場の中から声が聞こえてくる。今日はこちらも一番乗りではないようだ。中に入ればエウラリアが中腰でうめいている。

 何事かと思ったが、彼女は全身から凄まじい力を発していた。こういった訓練もあるのかとオクタヴィアが思っていると、一緒にいたらしいデスピナが話しかけてくる。


「おはようございます、オクトさん。ずいぶんと早いですね」

「おはようございます。朝はいつも軽い運動をしてまして」

 彼女はエウラリアを見ているだけだが、その目は真剣そのものであり、何かを確認してるようだ。


「ぬぬぬー! ぬぬぬぬぬー!」

「それで、エウラリア様は何をされているのですか?」


「エウラリア様は私と戦った時、大人の姿でしたよね? あれを再現しようとしているのです」

 あの時のエウラリアは呪いと怒りの力のせいか、全身からエネルギーが溢れんばかりの状態だった。姿も大人の女性のものとなっており、美しい金色のオーラをまとっていたのを覚えている。

 その後、タコとデスピナに手で正気に戻り、今の少女の姿になってしまった。エウラリアは今の姿に不満があるようで、あの時の姿を取り戻そうとしていたのだ。


「ところでオクトさん。運動であれば、私と軽く手合わせをしませんか?」

「私としては願ったりですが、エウラリア様はいいのですか?」

 先ほどからデスピナがエウラリアを見ていたのは、力の状態を確認していたのだろう。それを止めてしまっていいのだろうか。

 そう思ったオクタヴィアだが、現状ではエウラリアも付きっきりを頼んでいる訳ではないそうだ。


 ならばと二人で少しその場を離れると、互いに構えて相対する。訓練なのでさすがにドラゴン変身やオクタヴィアのスキルは使用せず、魔法は身体強化のみと決めた。

 そして、しばらくお互いの様子を伺っていた二人だが、デスピナが「ただのお遊びですから、気楽に行きましょう」と微笑むと、オクタヴィアもつられて「それもそうですね」と笑い、二人はどちらかともなく足を踏み込んだ。



「ふう、お疲れ様でした。さすがに力だと押し負けますね」

「そちらこそ、一撃も有効打を入れらないとは思いませんでした。格闘技術というのも興味深いです」

 手合わせは、お互いに息が上がったあたりでお開きとなった。

 パワーで勝るデスピナは人間の体に慣れが足りない。オクタヴィアは動きが良くともスキルが無いと決め手に欠ける。といった長短があり、結局は五分というところだろうか。


 ちなみに、エウラリアやデスピナなどのドラゴンたちはクラスを取得していない。

 クラスが無くとも洗練された魔法技術があるし、まだ若いエヴァたちに大きすぎる力は危険だと判断されたためだ。

 そのため、デスピナが人間体で使う格闘技術はほとんど力任せである。長年の知識によりどういった戦法が有効かは知っているので、まるで素人というわけではないが。


「しかし、これだけ暴れたというのに部屋がすぐに綺麗になるとは。本当にこの伏魔殿とは凄まじい所ですね」

 この訓練場はギルドの拠点内であり、ゲームでも戦闘訓練やスキルの試し打ちなどで利用されるところだった。

 仮想敵を出現させたり、環境もある程度変更できる。周囲が破壊されてもすぐに修復されるので、オクトを始め普段から利用者も多い。


(しかし、これだけの施設を維持するエネルギーは、どこから出ているのでしょうか……)

 デスピナは以前より疑問に思っていた。

 ドラゴンが滅亡した原因はエネルギー不足。ドラゴニュートに転生した後も、結局はエネルギーが無ければ生きていけないはずなので、省エネを心掛けるつもりだった。


 だが、この体は普通に食事をするだけで維持できている。

 確かに普通の人間よりも大食いではあるが、それでもドラゴンが食べる量に比べれば雀の涙のようなものだ。

 普段の魔力回復量もすさまじい。全力で戦闘した後も、しばらく休憩するだけで全快してしまう。

 いったい、この体のどこからエネルギーが沸いているのだろうか?


 さらに、この伏魔殿だ。

 タコは『地脈や周囲のマナを吸収している』と言っていたが、明らかに収支があっていない。

 魔力を吸収しているのは間違いないが、それは自然などに影響が起きないレベルだ。その程度の魔力でこれだけの施設が維持できるとはとても考えられない。だというのに、事実として伏魔殿はきちんと動いている。

 レインも同様の疑問を持っているそうだが、手掛かりはつかめていないようだ。


「ぬぬぬぬぬぬぬー! だめじゃー!」

 デスピナの思考はエウラリアの叫び声で中断される。成果が出ないことに焦れたのか、ついに彼女は諦めて座り込んでしまった。

 オクタヴィアと一緒にそちらに戻る。


「おお、デスピナにオクト。そちらも終わったか」

「お疲れ様でした。しかし、エウラリア様の力はすごいですね」

 彼女が叫んでいる間、周囲が震える程のエネルギーが放たれていた。普通の人間であれば、近づくことですらままならないだろう。


「そうじゃろう、そうじゃろう! いつかはその力にふさわしい姿になってやるのじゃ!」

「頑張ってください! さて、それでは汗を流しに行きましょうか」

 朝日を見ながら風呂に入れるのも、訓練場が人気になる理由の一つだ。いつも何人かが朝風呂を楽しんでいる。

 今から入れば朝食の時間にちょうど良い。程よい運動もこなしたので、より美味しくいただけだろう。3人は朗らかに笑いながら訓練場を後にした。



 タコの朝は遅い。放っておけばお天道様が高くなるまで眠っている。

 だが、そこまで眠っている日は多くない。なぜなら、毎朝オクタヴィアが起こしてくれるからだ。


「タコ様、おはようございます。今日もいい天気ですよ」

「……んー……むー……あとごふんー」


「ダメです。ほら、起きてください」

「むりー、ねるー」

 オクタヴィアがぺしぺしとタコを叩くも、タコは布団にもぐってしまう。初期の頃はすぐに起きてきたのだが、最近はこのようにぐずることも多くなった。

 慣れのせいかと思ったが、最近のタコは夜更かしをしているようだ。睡眠も浅いようでしばらく眠そうにしていることもある。

 それはそれでオクタヴィアも心配であるのだが、タコは「大丈夫、気を付けるわ」と言うのでそれ以上は踏み込んでいない。レインなどに相談するべきかとも思っているが。


 仕方なくオクタヴィアはタコの布団を引っぺがした。布団にしがみついていたタコだが、オクタヴィアの力に敵うわけもない。そのまま目を覚ますこととなる。

 未だふらふらしているタコが顔を洗っている間に、オクタヴィアはさっさと布団を片付けてしまう。

 そして、タコも戻ってくればちゃんと目を覚ましていた。


「おはようオクトちゃん! 今日もありがとね!」

「はい、おはようございます。それでは、食堂に行きましょうか」

 このようにタコを起こしているのはレインの発案である。本来なら、タコが規則正しい生活を送る必要は特にない。寝不足はある程度魔法で解決できるし、逆にしばらく眠らないようにもできる。

 だが、不摂生な生活を続けていけば、心身ともに悪影響が出るのは間違いない。そのため、普段から規則正しいオクタヴィアを巻き込んだのだ。


 二人は食堂に行くと、皆に挨拶をしてから朝食をとる。オクタヴィアはいつも通り、大きなステーキに舌鼓を打つのだった。



「オクト、少しいいかしら」

「レイン様。何かご用でしょうか?」

 朝食の後、オクタヴィアはレインに話しかけられた。内密な話のようなので、二人で場所を移す。


「最近のタコなんだけど、夜中に一人、部屋で何かしているようなのよ。あなたなら何か聞いてないかしら?」

「いいえ、私も何も聞いていません。確かに最近のタコ様は、夜更かしをされているようですね」

 それは、オクタヴィアも気になっている所だ。以前のタコなら夕食後も伏魔殿内をふらふらと散歩して、誰かしらと話したり遊んでいることが多かった。

 それが、最近では部屋にいることが多く、夜も遅いようである。


「悪いけど、少し調べてもらえるかしら。私に内緒で悪だくみするなら、さっさと計画を明かして欲しいのよ」

「……分かりました。やってみます」

 レインとしては、心配なのが半分、急に変な計画を明かして欲しくないのが半分といったところだ。

 現に、最近は急に魔族領で悪巧みを行うことになったため、そんなのは止めて欲いというところだろう。


 オクタヴィアもタコが心配なのは同じだ。それに、自分が力になれるのなら、話して欲しいという気持ちもある。

 そして、彼女はどうやってタコの秘密を調べるか、うんうんと悩みだすのだった。



「タコ様、入ってもよろしいでしょうか?」

 夕食後、オクタヴィアは結局、直接本人に聞くことにした。伏魔殿内でこっそり探るなど不可能であるし、下手をしたら逆に話が広まりかねない。

 それに、直接聞いてもだめならそれで諦めるつもりだ。タコの秘密というのも興味があるが、本人を不快にしてしまったら意味が無い。

 レインもそこまで本気で暴こうとは思っていないだろう。


「……あら?」

 いつまでたっても部屋の中から反応が無い。さすがに寝てはいないだろうと思い、オクタヴィアはもう一度ノックする。


「オ、オクトちゃん! ななな、なんのご用かしら?」

「レイン様から、最近のタコ様が夜、何をしているのか調べるように言われました。……私自身も気になっております。最近のタコ様は寝不足ですよね?」

 妙に挙動不審な声を出すタコだが、オクタヴィアの不安そうな声を聞けば冷静になったようだ。


「そんなことは……ごめんなさい、あります。仕方ないわね、入ってちょうだい」

 話す気にもなったようでドアを開けると、オクタヴィアを中に迎え入れる。

 そして、部屋の中には入った彼女が見たのは、机の上に大量に並ぶ酒瓶だった。

 タコはドアにきちんとカギをかけると、バタンと床に頭をこすりつける。


「ごめんなさい! どうか、このことは内密にお願いします!」

「タ、タコ様、そんなことはなさらないでください。別に、晩酌くらい何も言いませんよ!」

 突然の奇行におろおろするオクタヴィアだが、彼女は少しばかり引っかかるものがあった。酒の種類が大量にあるにも関わず、ほとんど中身が減っていないのだ。

 とりあえずタコを落ち着かせてから話を聞く。


「そもそも、タコ様はそんなにお酒好きでしたっけ?」

「そ、それが……」

 そして、タコはぼつぼつと理由を語り始めた。


「実はタコさん、この世界に来るまでお酒なんで飲んだことがなかったの。でも、この前の女子会で、ホタルたちがタコさんの為にお酒を造っているって言ってたじゃない? その時に飲めなかったら申し訳ないと思ってね」


「なるほど。それで、早急にお酒に慣れたかったと」

「そうなのよ。タコさんも誰かに相談しようと思ったんだけど、レインは酒乱だし、アイリスはざるだし。他の子たちだと気をきかせてホタル達にばらしちゃいそうだし。オクトちゃんはお酒を飲まなないわよね?」

 そんなわけでタコは一人、夜な夜な色んなお酒を試していたのだ。飲み始めれば少しずつ味が分かるようになり、最近やっと一杯は飲めるようになったという。

 そんな時、話を聞いていたオクタヴィアもお酒の味に興味を持ったようだ。


「……私も少し、飲んでみてもよろしいですか?」

「なら、これが良いかしら。甘くて飲みやすいわよ」

 そう言ってタコはオクタヴィアに梅酒を渡す。彼女はすんすんとその匂いを嗅ぐが、気に入ったようでそのまま口に含めた。

 アルコールの感触にびっくりしたようだが、そのまま飲み干してほうっと息を吐く。


「なるほど。お酒とはこういうものですか」

「あら、意外といける口なのかしら。それならこちらはどう?」


「これも美味しいですね。タコ様もいかかですか?」

「ふむふむ、確かにこれなら飲める気がするわ」

 それは、雰囲気のせいだろうか。お互いに「美味しい美味しい」と言っていれば、普段よりも美味しく感じてしまうものだ。

 さらに、飲みやすさ重視のため、甘いと言われる酒ばかり集めたせいもある。ほとんど飲めなかったはずのタコも、いつもより酒が進んでいた。


 それは、いつの間にか二人とも酔っ払い、そのまま眠ってしまうくらいに。



 翌日、珍しく朝食に来ないタコとオクタヴィアを心配したレインが、タコの部屋に赴く。

 そこで見たのは、酒瓶を転がして床に寝転ぶ二人だった。


 二日酔いに苦しむ二人から事情を聞けば、呆れてねちねちとお説教を始める。

 二人は酒乱のレインに言われるのに釈然としないものを感じながらも、言っていることはごもっともなので素直に聞いていた。

 さらに、この騒ぎでホタルたちにも事情がばれてしまった。もちろん、タコがお酒を飲めないという事も知られてしまう。

 だが、その事は特に問題にならなかった。


「ボスがお酒を飲めない事は知ってるのー」

「だから、飲めるようなカクテルやリキュールも一緒に考えてたのー」

「その後、慣れたら寝かせた蒸留酒を飲ませるつもりだったのー。もちろん、最初は炭酸割りとかでー」

 と、いうわけである。

 何でも、タコがホタルたちの設定を作っている時に「タコさんは飲めないけど、こういう小さい子がお酒好きなのもギャップよねー」とか言っていたのを、しっかり覚えていたそうだ。


 結局は骨折り損となったタコとオクタヴィアは、脱力しながらその話を聞いていた。さらに、レインの方針により薬や魔法を禁止されたので、その日は二日酔いに苦しむこととなる。


 だが、そんな苦しみもいつかは忘れてしまうものだ。

 そして、タコとオクタヴィアは時折、夜に二人で少しばかりのお酒を楽しむようになるのだった。

今回の更新はここまでです。お読みいただきありがとうございました。

次章の更新まで、1ヶ月ほどお待ちください。


このたび、1,500ポイントを超えました。皆さん本当にありがとうございます。

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[一言] お酒飲めなくても、いかちゃん達の為に頑張るタコさん可愛い ところでこの小説を読んでから頭の中で旧支配者のキャロルを歌いながら踊るクトゥルフ様がリピート再生するという不定の狂気を発症したのです…
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