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54話 スプレンドルの聖女

 魔族領は、凄まじい転換期を迎えていた。

 ツァルトを中心とした改革推進派により、純粋な魔族が保有していた利権が次々に解体されていったのだ。


 そもそも、魔族領では純粋な魔族と言うだけで貴族のような生活ができる。当然、それなりの資産を保有する者も多い。

 それを利用して、専売許可を取り付ける。独占により値段をつり上げる。新参の排除などなど、不健全な商売で利益を得る者も少なくない。


 確かに、初代の魔王を輩出し、魔族領を平定させたのも純粋な魔族たちであり、彼らがいなければ今の魔族は存在しなかっただろう。

 魔王を筆頭とした魔族が強引にでも様々な種族を取り込んでいったため、人間たちに対抗できているのだ。

 彼らの苦労は計り知れないものであり、今後も歴史として伝えていくべきものである。


 だが、現在では当時の栄光にしがみついたまま、国を疲弊させる者が多くなりすぎた。

 さらに、新たな商売が起こしにくい以上、家を継ぐ長男を除けば仕事の選択肢が少ない。一部は役人や軍人となるが、仕事に付けない魔族も増えている。

 それらの問題を解決するには、強引な手法もやむを得ない。それがツァルトの考えだ。

 だが、急速な改革にはもちろん、反対勢力がつきものである。



「エウラリア様、『純魔族派』の根城を見つけました。少し、『挨拶』をしてきてください」

「了解なのじゃ!」

 ツァルトの指示に、エウラリアが元気よく答える。彼女はすぐに転移で部屋から出ていった。

 そして、『純魔族派』とはその名の通り、純粋な魔族による支配を取り戻そうという勢力である。問題は、彼らの中には魔法の力を使い、武力で訴えてくる者がいることだ。

 だが、彼らとてエウラリアに敵うわけもない。彼女が少しばかり暴れれば、簡単に諦めて逃げていく。


「タコ様、とある貴族が物資を買い占めやがりました。また、ご提供いただけないでしょうか」

「りょーかーい」

 ツァルトのお願いに、タコがゆるく応える。必要なものを確認すれば、伏魔殿に連絡してすぐに物資を用意した。

 これも、純魔族派による嫌がらせである。物資を放出して欲しければ、利権をよこせと要求してくるのだ。

 だが、ここにはタコいる。伏魔殿には食料でも生活用品でも大量の在庫があるので、調達できない物など存在しない。


 こんな感じで、反対勢力の力を削いでいくのがツァルトの方針だ。

 そもそも、治安維持は軍の仕事であるし、物流もある程度は担うことができる。しかも、物資の生産は純粋な魔族以外が担当しているものが多い。

 各師団にも話は通っているので、そのうちに純魔族派と取引するような者たちは排除されていくだろう。


 無論、大小のデモや暴動のようなものは未だ行われている。腐っても魔族は魔法技術が高く、下手をすれば兵士よりも強い者も存在した。

 しかし、彼らが集まったところで、エウラリアが顔を出せば、蜘蛛の子を散らすように逃げていくのがお約束となっている。


 そして彼らも、結果が出ないことに諦める者が増えていく。さらに、改革による成果で景気や物流が安定すれば、こんなことに労力を払う気持ちが薄れていくのも当然である。

 しばらくすれば、ほとんど賛同者のいないグループが少数残る程度になり、騒ぎは沈静化していくだろう。


「ふふふ、全てが予定通りです。ああ、楽しいですねぇ」

 ツァルトは順調に進む改革にほくそ笑んでいる。今までろくでもない魔族に反対され続けた改革案が、ヴァイスの威光もあり提案すれば通る状態なのだ。

 他種族の優秀な者もどんどん首都に呼び寄せており、彼らの手で精査や検証もきちんとなされている。その成果や評判は着実に上がり始めていた。


 だが、そんなところに一人の兵士が飛び込んでくる。


「失礼します、ヴァイス様! 緊急の報告です!」

「何事か?」


「ホルン様の部隊が、スプレンドルの軍から強襲を受けております!

「何だと!?」

 ホルンは今、第六師団と共にスプレンドル対策を担当していた。

 スプレンドルは以前から魔族に攻撃を仕掛けてきている。だが、ナスキアクアに回す予定だった戦力を回したため、最近は向こうも攻撃を控えているようだった。

 しかし、どうやらスプレンドルは、防戦を基本とするタコたちを一時放置してこちらに戦力を傾けたらしい。


「しかも、相手は大軍であり、戦況は芳しくないと……」

「……分かった、私が出る!」

 ここで、ヴァイスは一つの案を思いつく。

 アーデルハイトが魔王だった時、その力を人間たちに示すことはできなかった。だが、今はタコから力をもらった自分がいる。

 この機会に魔王の力を見せつけておけば、スプレンドルの戦意を削ぐことができるのではないかと考えたのだ。

 それに、応援の軍を準備するには時間もかかるだろう。


「ヴァイス、もちろん私も行きますよ」

「念のためアイリスも行かせるわ、気を付けてね」

 アーデルハイトとタコもその考えに賛同する。いつかはヴァイスの力をお披露目するべきだと二人も考えていた。

 今なら反対勢力へのけん制にもなるのでちょうど良い。


「ありがとうございます。奴らに、魔王の力を見せてやりましょう」

 これが、ヴァイスの魔王としての初仕事である。彼女は力強く宣言すると、アーデルハイトと共に部屋を後にした。



「ホルン様! 敵右翼の進軍が止まりません!」

「鳥人の部隊をどこからか回せんか?」


「ダメです! 既に半数の部隊が後退中! 回復が間に合っておりません!」

「むうう……」

 ホルンがいる作戦本部には、次々に悪い報告が舞い込んできている。

 スプレンドルがこれだけの戦力を導入してくるのは予想外だった。明らかにこちらの戦力が足りない。

 このままでは総崩れも時間の問題だ。ホルンは自身の愛用武器、魔法を強化する力を持つ、巨大な戦斧を握りしめる。


「やむを得ん、部隊を後退させろ。……私が出る!」

「はっ、了解しました! 皆のもの、副師団長が出るぞ!」

 その号令が伝わり、下がっていた兵士たちの士気も回復したようだ。

 そして、ホルンを中心とした部隊は凄まじい速度で進軍し、敵右翼と接敵した。既に戦場は混戦状態となっており、うかつな射撃支援を行うことはできそうもない。

 ならばとる手段は一つしかない。ホルンは自身の擬態を解き強化魔法をかけると、先陣を切って敵の中へ飛び込んでいく。


「人間どもよ! 我は魔王軍第7師団のホルン! 命が惜しくない者からかかってくるがよい!」

 彼がその剛腕で戦斧を振るえば、その衝撃で文字通り人が吹き飛んでいく。しばらくすれば彼の周囲には台風の目のように敵がいなくなっていた。

 だが、すぐに目を埋めるように敵軍が流れ込んでくる。ホルンはただ無心になって戦斧を振るい続けた。


「進め! 進め! 魔族を殺すのだ!」

「奴らは世界の敵だ! 我らが裁きを下すのだ!」

「神は我らを見守って下さる! 死しても魂は救われるだろう!」

 敵方の少し後方では、他の兵士よりも豪華な装備を身にまとった、隊長クラスと思われる者が声を張り上げている。

 そして、その声を受けた兵士たちは、まるでそれが活力剤であるかのように奮起し、隊長に負けないほどの声を上げてホルンに突撃してきた。


 そんな彼らはホルンの一撃で胴体が吹き飛び、直撃を免れても腕や足が千切れ、中には口から血を吐き出す者もいる。

 だが、それでも彼らは止まらないのだ。目の前にいくら残虐な死体が転がろうとも、自身が傷つこうとも前に進んでくる。


「ちぃっ!」

 ホルンは思わず舌打ちした。スプレンドルの兵士はこれが怖い。

 狂信なのか、魔法の効果なのか、まるで全員が狂戦士であるかのように戦い続ける。その様子は魔族の兵士でもひるんでしまうほどだ。

 さらに、兵士一人一人は魔族に比べれば脆弱であっても、圧倒的な数の兵士を導入してくる。

 いったいどうやってこれほどの兵士を用意しているのか。兵士の中では半ば冗談で、『スプレンドルでは神が兵士を派遣している』という噂まで立っているほどだ。


 それでも、このような兵士たちに後れを取るホルンではない。台風の目は少しずつ前進をはじめ、前線を押し上げていく。このままいけば自然に他の戦況も好転するだろう。

 だがその時、ホルンの勘が危険を察知した。それを信じて空を見上げれば、巨大な魔力が自身を狙っていることを確信する。

 残念ながら回避は間に合いそうにない。仕方なく防御を固めて衝撃に備える。


「『光よ! 不浄なる物を焼き尽くせ!』」

「ぐぅう! この威力は……!?」

 巨大な光線が、周囲の人間すら巻き込んでホルンを押し潰してきた。

 彼は事前に戦斧を前に出し束を地面に突き刺している。さらに、防御魔法を発動したことで何とか軽傷で済んでいるが、人間たちは一瞬で消し炭となるほどの威力だ。

 普通の人間にこれほどの魔法が放てるはずもない。これはまさか……


「不浄な獣よ、そこまでです。神はあなたの存在を許しはしません」

 空から降りてきたのは、修道服に身を包んだ若い女性だった。魔法で輝く翼を背中から生やし、それが羽ばたけば周囲に光る羽がはらはらと舞い落ちる。

 そして、先端に十字のついた杖を持つ右手、その甲には4画の刻印。精霊……スプレンドルでは天使と呼ばれるものと契約した証が輝いていた。


「聖女様だ! 聖女様が降臨されたぞ!」

「聖女様! 邪悪なる獣を倒すため、力を貸してください!」

 仲間ごと攻撃をされたというのに、人間たちは熱狂状態で歓声を上げてる。

 聖女が杖を掲げてそれに応えれば、さらなる狂気が植え付けられたかのように、人間たちの目が血走り声を張り上げた。


 聖女。

 人間でも4画の刻印を持つ彼女たちは、先ほどのようにすさまじい魔法を放つことができる。

 だが、十年前の戦場でも数えるほどしかおらず。『惨劇のカルテット』でほとんどは命を失ったはずだ。

 十年もあれば新たに現れてもおかしくないが、目の前の聖女はまだ若い。これほどの力を持つのは不自然である。


「全軍下がれ! あれは私が相手をする!」

 しかし、その疑問を考えている暇は無い。先ほどの魔法は自分以外には防ぎきれないだろう。まずは周囲の味方を後退させる。

 正直、ホルン一人で敵う相手ではない。彼は遠距離への攻撃手段が少なく、相性が悪いのだ。

 だが、この場で聖女を相手にできるのは自分しかいない。ならば、覚悟を決めるしかない。


「皆の者! 我に信仰を捧げよ! 共に悪を打ち倒すのだ!」

「はっ!」

 聖女の言葉を受けると、人間たちが祈るように片手を胸の前で握った。すると、その体から白いオーラのようなものが抜き出ていく。

 それは周囲の人間が放った者と混ざり合い、空に浮かぶ聖女に向かっていった。


 ホルンは戦慄する。間違いない、あれは人間体の生命力だ。

 その証拠にオーラが抜けた人間は、まるで干からびたミイラのようになり倒れていく。

 そして、逆に聖女にはすさまじいまでの力が集中していた。既にその全身からは眩しいほどの光を放っている。


 人の生命力を吸収し一人に集めるなど、ホルンも初めて見る魔法だ。恐らく、スプレンドルが新たに開発したものなのだろう。

 だが、人の命をこんなにも簡単に消費する魔法など、まさに狂気の産物である。


「死になさい、獣よ!」

 先ほどよりもさらに強い光線がホルンを襲う。彼はまた戦斧を前に突き出し防御するも、吹き飛ばされそうな衝撃が全身を貫いた。

 それでも魔力を絞り出し防御を強化する。だが、それには武器の方が付いてこれなかったようだ。戦斧がピキピキと音を立て、亀裂が走る。


「しまっ!?」

 気づいた時には遅かった。戦斧が魔力に耐えきれず爆発を起こす。

 運よく衝撃で光線を相殺できたようだが、右手と右足が衝撃をもろに喰らってしまった。しばらくは使えそうにない。


「ふふ、神に逆らう者にふさわしい末路ですね。それでは、さようなら」

 笑みを浮かべる聖女がホルンに突撃してきた。既に自身の勝利を確信してるのだろう。わざわざ杖で止めを刺す気らしい。

 しかも、相手はすさまじい速度だ。強化された筋力から両手で振り下ろされた杖は、片手のホルンが防げるはずもない。

 だが、彼も諦めるつもりは無い。腰にある予備武器に手を伸ばす。だか、そこにあるのはいつもの武器ではなかった。


「なっ!?」

 次の瞬間、金属同士がぶつかった高い音が周囲に響く。一瞬遅れで衝撃波が広がり、地面がクレーターのように沈み込んだ。

 必殺の攻撃が防がれたことにより、聖女は驚きの声を上げている。それに、ホルン自身が何よりも驚いていた。


 聖女の杖を防いだのは、自身がとっさに片手で抜いた剣。普通に考えればその程度で防げる攻撃ではなかった。

 しかし、ホルンの体には先ほどとは比べ物にならないほどの力が満ち溢れている。その発生源は間違いなくこの剣からだ。


「まさか、これほどとは……」

 そう、この剣はアイリスから渡されたものである。

 ホルンもあの後に何度か使用してみたが、あまりにも強い強化に振り回されてしまい、剣の全力を出すこともできなかった。

 そのため、普段は予備武器として持ち、時間を見ては剣を使いこなそうと訓練を続けていたのだ。

 

 だか、今のホルンは死を覚悟するほど集中したせいか、この剣の全力を出しきれている。

 その力に驚きながらも、そのまま剣を振りぬいて聖女を突き放した。


「許せません! 神より賜りしこの杖に傷をつけるとは! あなたは塵の一片すら残さず消し飛ばしてあげましょう!」

 聖女は怒りに顔を歪め、空に飛びあがる。しかも、再度周囲の兵士から力を吸収し始めた。

 ホルンは何とか剣を構えてそれを見据えるも、残念ながらそれしかできなかった。

 剣には身体能力を強化する力はあるが、魔法を強化する力は無いようだ。どのみち残っている魔力は少なく、ロクな防御魔法を使えそうにない。


 こうなれば自分にできることは時間を稼ぐことだけだ。一瞬でも長く、部隊が後退する時間を作らなければならない。

 だが、相手は同士討ちを気にしない聖女である。どこに逃げようとも魔力が溜まり次第、攻撃を仕掛けてくるだろう。

 ならば、この場で少しでも長く防御魔法を使い続けるのが最善か。ホルンは覚悟を決めて精神を集中させた。


「消し飛べ! 下賤なる獣よ!」

 どのみち、今の足ではこの光線から逃れることはできなかったであろう。それくらいの広さ、面を制圧するほどの光線がホルンに向かって放たれた。

 彼はそれを見てはいない。余計な情報は集中を乱すと、目を閉じたまま感覚に従って防御魔法を発動する。


「……?」

 だが、いつまでたっても衝撃が来ない。目を開くと、視界が黒で埋めつくされている。

 突然のことに驚きなかからもよく見れば、それは自分の前に堂々とたたずむ、巨大なクロヒョウの毛皮だった。


「間に合ったようですね」

 そして、その声はホルンも聞き覚えがあるもの。間違いなく元魔王、アーデルハイトのものであった。

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