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53話 タコさん、魔王を堕とす

 議会の場は、今日もアーデルハイトを罵る言葉が響いていた。だが、彼女の心にそれらはほとんど届いていない。

 もうすぐクーデターが起き、自分は魔王でなくなる。それが分かっていれば、アーデルハイトは彼らの言う事が実にくだらない、ただの暴言に過ぎないことが理解できてしまった。

 少し前の自分なら、それでも彼らの期待に応えなければと必死に考えていたことだろう。


「……確かに私は少し、優しすぎたのかもしれません」

「ほう、魔王様にもやっとわかっていただけましたか。ならば早々に人間どもを……」

 アーデルハイトの独白を勘違いした議員が声を上げる。だが、彼の言葉が最後まで続くことは無かった。


「全員動くな!」

「な、きっ貴様らは第七師団!? 一体何のつもりだ!?」

 部屋のドアが勢いよく開け放たれると共に、ヴァイスと先頭をしたナーゲルたち隠密部隊が部屋の四方に広がる。

 既に周囲の警備のうち、クーデターに協力しない者は拘束済みだ。協力者はナーゲルたちと連携して室内の者たちを一方へ集める。


「分かりませんか? クーデターですよ。拘束されるか、罷免されて家に帰るか、好きな方を選んでください」

「ふざけるな! 貴様ら獣人なんぞに……」

「遅い」

 魔法を放とうとした魔族に対し、ナーゲルが投げナイフを放つ。それが魔族の手に命中すると、集中が切れたことにより魔法は霧散した。

 ここにいる魔族たちは、本気で危害を加えられるとは思っていなかったようだ。今の一撃によりほとんどの者が反抗する気力を失っている。

 それが分かったヴァイスは一人、アーデルハイトの元に向かった。


「魔王アーデルハイトよ、貴様の力は私がいただく。そして、私が今日から魔王となろう!」

 ヴァイスがアーデルハイトを隠すカーテンをカギ爪で切り裂く。そして、彼女の襟を掴むと部屋の真ん中へ放り投げた。

 いささか乱暴なやり方ではあるが、それも致し方ない。表向き、ヴァイスは簒奪者として君臨する必要がある。

 それに、事前にアーデルハイトには防御力が上昇するアクセサリーを渡しているので、多少乱暴にしてもダメージは無い。


「馬鹿を言うな! 獣人ごときに魔王の力を奪うなどできる訳がないだろう!」

「はは、愚か者どもめ。私には邪神が付いているのだ!」

 ヴァイスは懐から一枚の札を取り出す。それに魔力を通せば、何も見えなくなるほどの闇が室内に広がった。

 その闇は一瞬で晴れるも、すぐさま部屋の中にいる者全員に寒気が走る。それは、部屋の中央、アーデルハイトを見下ろすようにタコが出現したからだ。

 ただし、タコは今回、オーラを控えめにしている。


「邪神タコよ、ここに魔王を捧げる! 我に力を与えたまえ!」

「おーほっほっほ! 我は邪神タコ。我が使徒ヴァイスよ、あなたの願い、叶えましょう!」

 事前に魔法をかけて浮いているタコがアーデルハイトに魔法をかけた。すると、その体がふわふわと浮かんでタコの目の前まで移動する。わざわざ闇の魔法も同時に使い、禍々しさもアピールしていた。

 そして、タコは悪そうに微笑むと、アーデルハイトの腹に触手を突き刺す。


「あああああ!」

 アーデルハイトは、まるで内臓がかき回されているかのような苦痛の声を上げる。それは、聞いている魔族たちですら耳を塞ぎたくなるほどの悲痛な叫びだった。


 もちろん、実際にタコがアーデルハイトを貫いたわけではない。タコはインベントリに手を突っ込んだだけであり、アーデルハイトの声はただの演技だ。

 だが、周囲の状況やタコが放つ禍々しさを考えれば、タコが魔法的な手段でアーデルハイトの体内を浸食しているようにしか見えないだろう。


 しばらくしてタコが触手を引き抜く。その際、転生アイテムを持つことも忘れない。

 だが、この転生アイテムは見た目が『アレ』なので、魔法で闇を発生させ隠しておいた。この方が魔王の力らしいので一石二鳥である。


「ヴァイスちゃん、これが魔王の力よ。受け取るがいいわ」

 タコがヴァイスに闇ごと転生アイテムを渡す。その瞬間、またしても部屋が闇に包まれた。その闇が晴れるよりも早く、タコは素早くヴァイスに転生アイテムを頭にかぶせる。

 そう、この転生アイテムは頭にかぶる物。しかも、動物の耳を模した姿をしているのだ。


 そして、これは獣人への転生アイテムである。しかも、ユキヒョウの獣人になるアイテムなので、ヴァイスの姿は変わらない。

 だが、追加でレベルアップの宝珠を使用し、エキスパートブックでソーサレス系のクラスを習得させれば、この世界有数の魔法使いの誕生である。

 さらにおまけとして、タコの趣味である漆黒のドレスに、アーデルハイトの趣味である純白の鎧を装備させた。

 そして、闇がヴァイスに集約する。それはまるで、闇自身が彼女に吸収されたかのようだった。


「ははは! これより我が魔王ヴァイスだ! すべての魔族は私に従ってもらう!」

 それと同時に、ヴァイスの高笑いが部屋に響く。姿は獣人のまま変わっていないとはいえ、その声にはすさまじいまでの魔力が込めれらていた。

 ドレスや鎧も見た目が美しいだけでなく、かなりの力が秘められているは誰の目にも明らかだ。

 それはまさに、魔王と呼ぶにふさわしい姿である。これには周囲ににいる純粋な魔族のみならず、協力した魔族や獣人ですらおののいていた。

 ところが、このような状況でも一人の魔族が声を上げる。


「ふ、ふざけるな! 獣人になど屈する魔族はいない! 魔力を支配する我ら純粋な魔族こそが、世界を支配するのにふさわしいのだ!」

 偏ったプライドとは言え、彼の勇気は賞賛できるものなのかもしれない。しかし、この場においては蛮勇としか言いようがなかった。

 さらに、彼の言葉はすぐさま否定されることとなる。


「ほう、なかなか愉快な話をしておるのう」

「なっ!? 子ども……? いったい何者だ!?」

 閃光と共に転移でエウラリアがやってきた。声を上げた魔族に対し、待ってましたと言わんばかりに自己紹介を始める。


「やあやあ我こそは、邪神タコの使徒でありドラゴンの長! そして魔王軍第8師団、エウラリアである!」

「第8師団だと!? 貴様のような子どもが何のつもりだ!?」

 だが、その姿はあまりにも幼い。しかも、わざわざ力を押さえているため、魔族たちには悪ふざけのようにしか見えなかった。

 そんな自分を責める声など気にせず、エウラリアは自分のペースを崩さない。


「うむ! 儂は新たな魔王、ヴァイス殿の協力者である! ヴァイス殿が魔王にふさわしくないと言うならば、儂が相手になろう!」

「ふざけるな! ドラゴンの長などと虚言を吐きおって、これでも……!?」

 それが魔族の気に障ったようだ。魔族の一人が魔法でエウラリアを攻撃しようとする。だが、彼は手を前に突き出すだけで何も起こらない。

 焦って何度も同じことを繰り返す魔族に対し、エウラリアは挑発するよう近づいてきた。


「どうした? 儂のような子どもには攻撃ができんのか?」


「何故だ!? 魔法が発動しない!?」

「俺もだ! 一体何が起きている!?」

「まさか、魔法が妨害されているのか!?」

 プライドを刺激された魔族たちが同じく魔法を使おうとする。だが、誰が試しても結果は一緒だった。

 そのうちの一人がその原因に気が付くと、答え合わせと言わんばかりにエウラリアが掌を上に向ける。すると、そこに不思議な光を放つ球体が形成された。


「今頃気づいたか。ここら一帯の魔力はすべて儂の支配下にある、ちょうどこの球体のようにな。そら、お主にやろう」

「な!? や、やめろ! こんな高純度の魔力を制御できるわけが……」

「下手に触るな! 少しずつ拡散させろ!」

 エウラリアがそれを適当な魔族に放り投げれば、彼らは大混乱に落ちいる。それは、間違いなく魔力の塊であり、下手に扱えば大爆発を起こす代物だ。

 冷静な状態でもこんなものを制御できる魔族はいないだろう。パニックにおちいったこの状況では言うまでもない。


「ほれほら、さっさとせぬとここら一体が吹き飛ぶぞ? ……と、もう時間切れじゃな」

「ば、爆発する!?」

「やばい! 逃げろ!」

 次の瞬間、球体から轟音と強烈な光が放たれる。魔族たちは凄まじい悲鳴と共に防御魔法を使おうとするが、魔法が妨害された状況では発動できるわけもない。

 だが、いつまでたっても衝撃はやってこなかった。やっと目を開ければ、くすくすと笑うエウラリアがこちらを見ている。


「はっはっは、冗談じゃよ」

 エウラリアが落っこちた球体に手を向けると、それは意思を持っているかのようにその手に戻って行く。そして、ゆっくりとそれを握りつぶせば、魔力は周囲に拡散していった。

 これが凄まじい精度による魔力操作であることは、魔族なら否が応でも理解できてしまう。そして、それは目の間にいる少女がドラゴンであるという、何よりの証拠であった。


「さて、お主はさっき何と言った? 『魔力を支配する純粋な魔族こそが支配者にふさわしい』じゃったか? ならば、魔族より魔法に優れたドラゴンのほうが、支配者にふさわしいという事で良いか?」

「そ、それは……」

 魔族は何も言い返すことができない。既に彼はプライドも精神もボロボロであり、それは周囲にいる者たちも同様だ。

 これにて計画は完了である。心が折れた魔族たちに、自分達の要求を飲ませるのは容易であろう。

 ヴァイスは次の段階に移ろうとするが、そこにタコの声が響いた。


「ふふ、なかなか面白い余興だったわね。ヴァイスちゃん。気分がいいから、あなたにもう一つ褒美をあげましょう」

「え……?」

 そんな話は予定に無い。だが、ヴァイスが疑問に思っているうちに、タコはふわふわと倒れているアーデルハイトに近づいていく。

 そして、今度は自分の体に触手を差し込むようにして、インベントリから転生アイテムを取り出した。


「魔王ちゃん。いいえ、元魔王ちゃんかしら。魔王の力を失ったあなたに、私の力を与えてあげる」

「あああ……あああああああ!」

 タコはヴァイスと同じように闇で視線をごまかすと、アーデルハイトにアイテムを使用する。

 闇が晴れて現れたのは、純粋な魔族ではない一人の獣人だった。その耳や尻尾の形はヴァイスに似ているが、毛は黒い。

 その正体は、クロヒョウの獣人である。


「ま、魔族が獣人に……!?」

「ヴァイスちゃん。この娘はあなたが好きにするといいわ」

 驚く魔族を無視し、タコはヴァイスにアーデルハイトを渡す。その意図を察したヴァイスは、何とか表情を変えないようにしてタコに跪いた。


「……ありがたき幸せ」

 だが、地面についた手はプルプルと震えている。それが怒りであることは間違いないが、気づいているのは幸いタコだけであった。


 その後、ヴァイスやツァルトにより議会などの掌握は完了した。一時的にすべての権限を魔王であるヴァイスに集中させ、当面は様々な改革を行っていく予定だ。

 だが、その中心に立つのはツァルトである。ヴァイスは政治に関する知識は乏しいのでこうすることは事前に決めていたし、ツァルトも喜んでそれを承知した。


 実際、ツァルトは嬉々として様々な法案を準備している。彼女は魔族全体の繁栄を望んでいるので、純粋な魔族による抵抗を昔から苦々しく思っていたのだ。

 それが排除された今がチャンスと、寝る間も惜しんで机に向かっている。

 そして、ヴァイスの方と言えば、ことが落ち着いた途端にタコの部屋に突撃していた。


「タコ殿! これは一体どういうことですか!?」

 もちろん、その理由はアーデルハイトを獣人にしたことである。なぜ、無断でこんな事をしたのか。なぜ、獣人にしたのか。なぜ、「あなたにあげる」などと言ってしまったのか。その怒りの原因は多岐に渡っている。


「え? タコさんはハイジちゃんの望みを叶えただけよ?」

「何ですって!? ハイジ、あなた一体何を考えているんです!?」

 だが、タコの方はあっさりと理由を説明した。そうすればヴァイスも矛先をアーデルハイトの方に変える。

 しかし、彼女はヴァイスに向かってニコニコと敬礼をしていた。


「私は今日からクロヒョウの獣人、アーデルハイトです! 魔王付きとして仕事をするようにタコ様から命令されましたので、よろしくお願いします!」

 タコがあんなことをしてしまった以上、アーデルハイトはヴァイスの僕だと認識されてしまっただろう。それとも、邪神から派遣された監視役だろうか。

 どちらにせよ、彼女は同情されるような立場になった。それ自体は問題ないが、ヴァイスが聞きたいのはそんなことではない。


「そうじゃないでしょう!? こんなことをした理由を聞いているんです! ……もう、あなたは自由に生きられるんですよ……?」

 話している途中でヴァイスの怒りが途切れる。むしろ、最後は泣き出しそうになっていた。

 せっかく魔王というしがらみが無くなったというに、これでは何も変わらないではないか。普通の少女に戻ることもできたはずだ。なぜ、それを放棄してしまったのか。

 しかも、ヴァイスにはその理由も検討が付いてしまっているのだ。


「違います。これはヴァイスの為ではなく。これが、私が、本当にやりたいことなのです」

「それは……詭弁でしょう……」

 結局、私の為にこうしたのではないか。

 自意識過剰かもしれないが、それくらいのことを考えてもいいほどの信頼関係が二人にはあるのだ。

 だが、アーデルハイトはそれを否定する。


「そもそも『元魔王』という時点で、私は普通とはかけ離れているんですよ。それに、ヴァイスたちが頑張っている中、一人だけ何もしないなんてストレスが溜まるだけです。今まで頑張って勉強した政治の知識も無駄にしたくありません」

 仮にアーデルハイトがただの魔族になったと言われても、それを信用する者はほとんどいないだろう。それに、信用されても『元魔王』という扱いになってしまう。

 ならば、それを気にしない者たちの中にいるしかない。さらに、自分の能力を発揮できる場所なら言うことは無い。


「魔王の力も、この体なら問題ないようですし。そのうち、魔力も自由に使えるようになりますよ。それも有効利用しませんとね。ほら、今の状況が最善じゃないですか」

 タコによりレベルが上昇された今、彼女は以前よりも大量の魔力を保持できる。それは、ドラゴンと比べても遜色がない。後は、膨大な魔力を扱う訓練をするだけだ。

 そもそも、この肉体なら地脈に頼らなくても十分な魔力が確保できるだろう。


「……全くもう、獣人になっても頑固なのは治りませんでしたね」

「治す気はありません! これが、私なんですから!」

 アーデルハイトはまたしても少女のような笑みを見せた。それを見せられてはヴァイスはもう何も言えない。やれやれと小さく息を吐くと、アーデルハイトの頭を軽くなでる。


 そんな二人の様子を、タコも負けないくらい幸せそうな顔で眺めていた。

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