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4話 タコさん、バーベキューをする

「ア、アイリス……様?」

 自分がしてしまったことが信じられず、オクタヴィアは呆然としている。すぐに腕を抜かなければいけないことに気づいたが、彼女が腕を引く前にタコの大声が辺りに響いた。


「この、馬鹿ー!」

 タコが凄まじいスピードでこちらに突っ込んでくる。そして、触手を思いっきり振り上げると、アイリスの頭に振り下ろした。


「え?」

 乾いた音が周囲に響く。なぜ、アイリスが殴られたのかが分からず、オクタヴィアは言葉を続けることができない。

 すると、いつ間にか彼女の背後にいたレインが体を引っ張り、腕をアイリスから引き抜いた。


「気にしなくていいわよ、あの娘の悪い癖だから。<清掃クリーン>」

 魔法によりオクタヴィアの返り血が綺麗になくなる。その横でタコがアイリスを怒鳴りつけていた。


「なんて事をしてんのよ! 見なさい、オクトちゃんドン引きしてるじゃない!」

「はは! ごふっ! いいじゃねえか、口で言うより分かりやすいだろ?」

「もうちょっとやり方があるでしょ! タコさんはあなたをそんな風に育てた覚えは……あったわ! こんな風にしたのはタコさんだったわ!」

「そーだ、そーだ、こんな風にしたタコが悪い!」

 タコは触手でペシンと自分の額を叩くと、ニヤニヤ笑っているアイリスの傷をしぶしぶ魔法で癒していく。

 オクタヴィアは逆再生のように傷が治っていく様に驚きながらも、アイリスの元に寄ってきた。


「あの、アイリス様。申し訳ございません。大丈夫でしょうか?」

「へーきへーき。こんなん、かすり傷みたいなもんさ」

「オクトちゃん! こいつの事なんか心配しなくていいのよ。ただのマゾなんだから」

「まぞ?」

 オクタヴィアは言葉の意味が分からずきょとんとすると、タコが失言に気づいておろおろする。どう説明しようか悩んでいると、先にアイリスが口を開いた。


「オクト、少しは分かったか? 自分の力が」

「……はい。この腕は、こんなに簡単に人を殺せるんですね」

 アイリスを突き刺した自身の右腕をオクタヴィアは見つめている。すでに血の跡は無くなっているが、その感触は生々しく刻み込まれていた。


「それが分かれば十分だ。後は、頑張って慣れろ」

「はい! また、お手合わせをお願いします!」

 そう言って下げた頭をアイリスがよしよしと撫でる。その、妙に良い雰囲気に嫉妬したタコが、触手でアイリスの手をのけてオクタヴィアの頭を撫でだした。

 アイリスから睨むような視線が飛んできたが、タコは何食わぬ顔で撫で続ける。


「いい感じに締めようとしているけど、次からはオクトちゃんを血塗れにしちゃだめよ。まったく、目が離せないわ」

 そう言うタコの触手を今度はアイリスが払いのける。タコが反撃しようとすると、すかさずそれにカウンターを仕掛けてきた。


「あ? 実戦と同じ状況でやらなきゃ訓練の意味がねぇだろ」

 スピードと力ではアイリスに分があるが、タコは4本の触手でそれを阻止しようとする。腕と触手の交差がしばらく続いた後、たまりかねて手四つを始めてしまった。


「このタコ! てめぇ喧嘩売ってんのか!?」

「それはこっちのセリフよ! 少しは自重しなさい!」

「はいはい。オクト、こっちにいらっしゃい」

「え、でも、二人を止めなくていいんですか?」

 レインがオクタヴィアを横に避難させる。タコたちの空気は既に一触即発になっていた。しかし、そこに遠くから幼い声が乱入してくる。


「ボスー! ボスー! 見て見てー!」

 タコが声のする方を見れば、3人の人魚がこちらの方に走ってきた。その横にはペットのスライムであるショーが巨大なエビを背負っている。


「海に行ったらおっきなエビが襲ってきたから捕まえたのー!」

「貝やカニも採れたのー! 美味しそうでしょー!」

「みんなで食べるのー! アイリス様、料理してー!」

 やってきたのはタコのNPCであるイカの人魚、ホタル、ダンゴ、ナツメの3人だ。


 彼女たちはみな背が低く、見た目もふるまいも子供のようである。それにちなんでタコも『ちびイカトリオ』と呼んでいた。

 しかし、彼女たちはNPCの限界であるレベル80まで育てており、タコと同じようなクラスも取得している。そのため、ショーが背負っている巨大なエビでも簡単に仕留めることができるのだ。


「あらあら、すごいわ! みんな頑張ったわね!」

「えへへー!」

「てけりー!」

 タコは3人とスライムの頭を触手で撫でる。その光景は、傍から見れば親戚の子供を褒めるお姉さんのように見えた。人間を軽く飲み込みそうなスライムが、タコに甘えていなければだが。


「うーん、こんだけでかいと外でさばくしかねえな」

「調理できる機材があるかしら? 余ってる銅で鍋でも作る?」

「それならバーベキューにしましょうよ! 初日なんだし、ぱーっといきましょ!」

「やったー!」

 その提案にホタルたちが歓声を上げる。ゲームではスキルで合成するだけであり、ほとんど味もしなかった料理も、この世界ではちゃんと味わうことができるのだ。

 タコたちは期待に胸を膨らませながら、バーベキューの準備を始めるため伏魔殿に戻っていった。



「無駄に調味料や食材が凝ってるゲームで良かったな、これなら色々出来そうだ」

 ドレスの上にエプロンという不思議な格好をしているアイリスの指示のもと、人魚や人狼たちが肉や野菜を刻んでいる。

 なぜ、アイリスがこんなに事をしているのかと言えば、彼女は『コック』のクラスを習得しているのだ。主にギャップ萌えを狙ったタコの趣味が原因であるが、刃物を装備した時の攻撃力上昇などのメリットもある。


「<大地変形シェイプアース>! えーと、こんな感じかしら」

 その横ではタコが魔法で地面や石を操作して即席のバーベキューコンロを作っていた。準備が整うと、巨大な金網や鉄板を持ったレインがやってくる。『ブラックスミス』のクラスを持つ彼女が作成したものだ。


「タコ、倉庫のインゴットを勝手に使ったわよ」

「おっけー、別にいいわ。大量に余ってるんだし」

「正直、供給が無い状態で消費はしたくないんだけどね」

「タコ様、椅子やお皿の準備が出来ました」

 オクタヴィアも他の皆に混ざって準備を手伝っている。力が強く空を飛べる彼女は大きなものを運ぶのに有利で、さっそく重宝されていた。


「よーし! ではアイリス、メインのエビをさばいてください!」

「よっしゃー! みんな見てろよー!」

 こちらも巨大なまな板の上に置かれたエビを前にして、アイリスは巨大な包丁を構えている。その表情は先ほどオクタヴィアと対峙した時と違い、真剣な面持ちで目を閉じていた。


「はぁっ!」

 目を開けて包丁を一振りする。その一瞬で巨大なエビが見事にばらばらにされた。そのまま部位ごとに焼き網の上に載せていく。


「け、剣筋が全く見えませんでした。あれがアイリス様の本気……」

「あまーい! 魔法による強化が無いからまだまだ伸びるわよ! アイリスは剣の最大ダメージを目指したんだから! おっと、それよりも料理が先ね」

 タコの言葉にさらなる恐ろしさを感じながらも、そのような人たちがなぜ、こんなに集まっているのか? タコに従っている理由は何なのか?

 ゲーム由来の単語の意味が分からないオクタヴィアにとっては謎が深まるばかりだ。

 そんな疑問をよそに、タコたちは楽しそうに準備を進めている。


「それではみなさん! グラスをお持ちでしょうか!」

「はーい!」

 良い匂いが漂ってきた辺りで、お立ち台に乗ったタコが乾杯の音頭を取る。近くのテーブルにはお酒やジュースなど、様々な飲み物が用意されていた。


「今日はホタルちゃんたちが海産物を捕ってきてくれたので、こんなに豪華なバーベキューが出来ました! まずは、功労者に感謝ー!」

 タコと一緒の台に乗ったホタルたちに周りから歓声が送られる。3人はみんな、嬉しそうに手を振り返していた。


「これからも楽しそうなことを思いついたらドンドンやっていきましょう! とりあえず、今日はこれからの新しい生活に乾杯!」

「かんぱーい!」

 元気の良い声と共にグラスが掲げられる。その後、タコは皆がそれぞれ肉や魚をつまんでいるのを微笑ましく見守っていた。


 しかし、しばらくすればその中に人だかりができているのに気づく。どうやら中心にはオクタヴィアがいるようだ。

 トラブルの様ではなく、今も焼けたエビや肉をほおばっている。


「オクトちゃーん。どう? 美味しい?」

「んぐっ! し、失礼しました。こんなに美味しいものは初めてで……」

 最初は自分が食べていいのだろうかと考えたオクタヴィアも、周りに勧められ香ばしい匂いのするエビを口に含むと、その美味しさに目を見開き黙々と箸を進めていた。

 その幸せそうな食べっぷりが気に入ったのか、人魚や人狼たちが寄ってきて、焼けたそばから食べ物を皿に乗せられていたようだ。


「ドラゴニュートは肉食だったはずだからね、どんどん食べていいのよ」

「そ、そうなんですね。確かにいくらでも食べられそうな気がします」

 そこまでいくと種族のせいか、生い立ちのせいか、それともオクタヴィアの性格なのか分からない気もするが、タコも突っ込まずにそのままにしておいた。


「ボスー! 一番いいところが焼けたよー!」

「あら、ありがとう。それじゃ、私もいただこうかしら」

 ホタルがタコに焼けた食材を盛り合わせた皿を持ってくる。タコは皿の中からとりあえずエビの身を一つ口に含んだ。すると、久しぶりに複雑な感覚が襲ってくる。


 タレの香り、エビの旨味や磯の香り、ほろほろ口の中で身がほどける触感。やけどしそうなほど熱いのも、それがまた嬉しい。

 そもそも、タコは現実では点滴生活だったので、固形物をまともに食べるのは久しぶりだった。しかも、こんなに楽しい雰囲気で食事を取るなんて何年ぶりの事だろうか。


「……タコ様? どうしました?」

 知らず知らずのうちに涙がこぼれていたようだ。それを拭うと周りの皆に言い訳をする。


「うっまーい! タコさん感動しちゃったわ! ありがとうね!」

「わーい! やったー!」

 無邪気に喜ぶ面々の中で、オクタヴィアはタコの反応に若干の違和感を覚えていた。それは、家族に対する愛情に飢えているという自分との共通点があったからだろうか。

 しかし、オクタヴィア自身もそれが何であるのかまでは気づけなかった。


「おいおいタコ、涙を流すほど旨かったのか?」

「アイリス! すごいわ、さすがコックさんね!」

 そんな雰囲気を感じさせずタコはアイリスに抱き着く。その状態でも2本の触手で器用に皿と箸を保持していた。


「はっ! このくらい朝飯前さ……どわ!?」

「あははー、夕飯なのに朝飯前とはこれいかにー!」

「レ、レイン様!?」

 いつもと様子の違うレインが、アイリスの首に思いっきりラリアットをかましてきた。そのまま酔っ払いのように肩を組んでくる。その後ろにはおろおろした様子の妖精を引き連れていた。


「ご、ごめんなさいアイリス様! レイン様、ハチミツ酒を飲んじゃって!」

「ほら、レイン様! こっちで座りましょう!」

「あははー! ハチミツは素晴らしいわ! せっかく異世界に来たんだし、いろんな花でハチミツを抽出したいわね!」

 兜でその顔は見えないが、きっと真っ赤になっていることだろう。けたけた笑い声を上げながら妖精たちに連れていかれる。


「あの、あれはレイン様ですよね?」

「ああ、妖精ってのは元々甘いもんが好きなんだけど、あいつはそのなかでも『ハチミツキチ』でな」

 妖精も甘いものしか食べないわけではないが、どうしても少食である。今回のバーベキューでも最初に少し食べたきりで、後はお菓子をつまんでお茶やお酒を飲んでいたようだ。

 次回は妖精向きのイベントをした方がいいかしらと、タコは頭の中で計画を立てる。


「しかし、レインを『ハチミツキチ』にしたのはタコさんだけど、現実だとああなるのね……」

 さらに、タコは先ほどのレインの様子を思い返していた。確かにそんな設定にした覚えはあるが、一行のフレーバーテキストがこんなことになるとは思わず、タコも若干困惑している。


「でも、お花をいっぱい育てて、種類ごとのハチミツってのは面白いわね」

「ゲームじゃそんなの無理だったしな。俺もなにか考えるかなぁ」

「え!? アイリスが花なんて育てるの?」

「んな訳ねえだろ、戦闘の方だよ戦闘。ゲーム的な制約が無くなった以上、戦術や戦略なんかも変わってくんだろ? オクトとの戦闘でも考えるところはあったしな。検証もしなきゃならんし、しばらくは退屈しなさそう……って、おいこら、なんだその顔は」

 アイリスに指摘されてタコは自分が変な顔をしていることに気づいた。とりあえず素直に頭を下げて謝る。


「ああ、ごめんなさい。さっきのレインもそうだけど、今のアイリスにもちょっとギャップを感じてたの。何と言うのかしら、『自分が操作してたキャラ』と『自分が設定したキャラ』って別物なんだなって思って」

 確かにタコは二人に色々と設定を盛り込んだ。しかし、それはあくまで設定であり、自分が操作するとき真面目に全部反映していたかというと、そんなことはない。

 それが現実に反映されるとこういうことになるのかと、戸惑いを隠せなかった。


「ふーん? それならタコは、俺たちがもっとNPCっぽい方が良かったのか?」

「そんなことは無いわ! 二人の新たな魅力に気づけてタコさん幸せ!」

「ならいいじゃねーか、しばらくはギャップを楽しんどけ」

「それもそうね! せっかく現実になったんだもんね!」

 アイリスの言う通り、この状況は悪いものではない。せっかくタコの作り上げた仲間たちが現実のものになったのだ。そのすべてを把握し直すことは時間がかかるだろうが、楽しいことに違いない。

 バーベキューの片づけを行いながらも、タコは明日からの楽しい日々の予感に思わず笑みがこぼれていた。

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