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44話 タコさん、ドラゴンを堕とせなかった

「エウラリア様にデスピナ様、ただいま!」

「楽しかったー! こんなに暴れたの久しぶり!」

「オクトちゃんってホントに強いね! びっくりしちゃった!」

 戻ってくるなり三体のドラゴンは姦しく騒ぎ立てる。ドラゴンの姿になっていたオクタヴィアも、タコへ甘えるように頭を擦り付けていた。

 そして、デスピナは少し考えこむとエウラリアの方を向く。


「ふむ。では、エウラリア様。たまには三つ巴の戦いも体験してもらいましょうか。オクタヴィア様もよろしいですか?」

「ええ、望むところです」


「ほう、言ったな! ならば、今度こそ儂の力を見せてやるのじゃ!」

「ええーマジで!? 私もう疲れたー!」

 それに対してエヴァが大声で反対する。だが、タコはデスピナの意図を察したので、彼女たちを魔法で回復させた。


「ならタコさんが回復してあげる。<体力供与(シェア・エネルギー)>」

「お、すっげー! なんか急に元気になった!?」

「よーし、オクトちゃん。今度こそ私たちが勝つわよ!」

 エウラリアを先頭にドラゴンたちが飛び立っていく。しばらくするとレインがデスピナに鋭い視線を向けた。

 その目には、少しばかりの猜疑心がこもっている。


「さて、まだ重要なことを言ってないわよね? エウラリアの母親が死んだとき、あなた達だけしかいなかった。なんて都合の良いことがあるのかしら?」

「ああそっか、それならわざわざエウラリアちゃんを生む必要なんてないもんね」

 子供を産んで育てる余裕があるのなら、自身の回復を図ってデスピナたちを殺しに行く方が手っ取り早い。エウラリアを生んだという事は、それが必要な状況だったという事だ。


「エウラリア様の母上が、繁栄派の有力者をほとんど殺したのは確かです。ですが、その頃の彼女は自身の理念など失っていました。ただ、ドラゴンを殺すことを目的とするだけの生物になり果てていたのです。恐らく、ドラゴンを殺しているうちに、目的と手段が入れ替わってしまったのでしょう」

「なんとも、まあ……」

 元々はエウラリアの母も、自然や他の生物の為にドラゴンの過剰な繁栄を止めたかっただけに過ぎない。


 だが、最古参であり強大な力を持つ彼女は、いつしか反繁栄派の長に祀り上げられてしまった。繁栄派を止めるために物理的な手段を取っているうちに、その行動は少しずつ過激化していく。

 最終的にエウラリアの母の頭には、ドラゴンを滅ぼすというシンプルな考えしか存在しなくなった。彼女自身は世界のため、自分はこの高潔な目的の為をやり遂げなければならないと確信していたことだろう。


「そして、その考えをエウラリア様に引き継がせました……そうです。エウラリア様は、ドラゴンを滅ぼすために生まれたのですよ」

 エウラリアは母親から狂気をそのまま押し付けられた。不幸にも優秀であった彼女は、その任務を淡々とこなし続けることになる。


「エウラリア様は生き残りのドラゴンを殺しつくし、最後の生き残りがいるこの谷を見つけました。しかし、ここに居たのは何も知らないような子ども、エヴァたちとその面倒を見る私しかいませんでした。しかも、エウラリア様が現れた時に、私は周辺の警戒中であの子たちしかいなかったのです」

 デスピナも実は繁栄派の子孫だ。だが、その頃にはそんな主張など何の意味も無く、ただ今日を生きることしか考えていなかった。

 なるべく魔力の吸収を抑えて隠れ住んでいたはずだったが、エウラリアにはドラゴンを探知する能力がある。見つかるのは時間の問題でしかない。


「私が戻ってきた時には、あの子たちに対して爪を振り上げるエウラリア様がおりました」

 ドラゴンを殺すドラゴンのことはデスピナも知っていた。とっさに子どもたちを守るため飛び掛かろうとするが、その前にエウラリアの異常に気づく。

 彼女は、爪を振り上げたまま動きを止めていたのだ。


「エウラリア様も最初は殺すつもりで爪を振り上げたのでしょう……ですが、エヴァたちはそもそも敵意というものを知らなかったのです。そして、初めて見る知らないドラゴン、エウラリア様の足へ無邪気に抱き着きました」

 無知と言うのは恐ろしいものであるが、時折とんでもない結果を出すことがある。その行動はエウラリアの心に、初めて『疑問』というものを発生させた。


「それはエウラリア様も同じだったのでしょう。出会い頭に攻撃をしてこないドラゴンなぞ知らなかったのです。……結局、エウラリア様は爪を振り下ろすことができませんでした」

 きっと、この時が真に『エウラリア』が生まれた時なのかもしれない。ドラゴンを殺すという母の命令ではない、自身の心から生まれたちょっとした疑問。

 その結果、命令と心が相反し、肉体を動かすことができなくなったのだ。


「その隙に私がエウラリア様の記憶を封印したのです。その力の大半と共に。しかし、今でもあの方の中には母親の命令が息づいています。それはもはや『呪い』とも言えるでしょう……これで、私の話は終わりです」

 デスピナは話を終えると、何かをやり遂げたかのように遠くを見つめている。

 彼女は長い間、孤独だったのだろう。真実を話すことが出来ず、記憶を失ったエウラリア、そして何も知らないドラゴンと共に生きてきた。

 デスピナの判断に間違いがあったとは言えないが、そこにある程度の引け目があったのは確かである。


「な“、な“ん”て“か”わ“い”そ“う“な”の“ー!」 

 タコはおんおんと涙を流す。オクタヴィアがいないので、仕方がなくレインがタオルを取り出して投げつけた。

 だが、彼女は未だに鋭い視線をデスピナに向けている。まだ、肝心なことを聞いていないのだ。


「それで、その話を私たちに聞かせてどうしたいのかしら?」

「……できれば、今まで通りにしていただけないでしょうか?」

「ほえ?」

 泣き止んだタコが素っ頓狂な声を出す。まさか、ここまで来てそんなことを言われるとは思っていなかった。


「エウラリア様の封印は、時間と共に弱くなっています。呪いの影響が蓄積されているのでしょう、既に私の力では抑えきれないほどに。レイン様が手を出さずとも、最近は我を無くすことがあったのです」

 デスピナはその兆候を感知するたびに、すぐさま封印をかけ直していている。暴れまわる可能性もあるので、エヴァたちは『魔力の節約』と称して寝かしつけていた。

 その間隔も最近は短くなっている。


「……恐らく、そろそろ限界が訪れます。それまで、エウラリア様には穏やかに過ごしていただきたい」

 数百年生きているデスピナでさえ、これ以上の封印を施すことはできなかった。そもそも、エウラリアとはドラゴンとしての能力の下地が違いすぎるのだ。

 最強のドラゴンともいえる本来のエウラリアの力など、抑えきれるはずもない。


「ちょっとまってよ。その時ってつまり……」

「今、里にいるドラゴンを殺しつくし、その後は目的も無く暴れまわるドラゴンが生まれるかもしれません。その時は、どうかよろしくお願いします」

 デスピナはタコたちに対して大きく頭を下げる。

 彼女にとって、タコたちの出現は思いがけない朗報だった。最初にエウラリアが「負けた」と言ってきた時は、思わず彼女の正気を疑ったほどである。

 最後の懸念である自身が殺され後にエウラリアの事を、『頼む』ことができる存在が現れたのだ。

 もう、思い残すことは何もない。


「これで良いのです。この里の地脈も弱くなり、もうすぐ魔力が枯渇する見込みでした。やはり、ドラゴンは滅びゆく種族だったのですよ」

 自分が都合のいいことを言っていることは理解している。これでは敗戦処理を押し付けるようなものだ。

 それでも頼む者が必要だった。最悪、エウラリアが世界を滅ぼす可能性すらある。その心配がなくなったデスピナは、悲しいまでに穏やかな顔をしていた。

 しかし、タコはデスピナに対して大声で怒鳴りつける。


「ばっかもーん! そう簡単にあきらめるんじゃありません!」

「しかし……」

「ここに邪! 神! タコさんがいるんです! 諦めるのは最後まであがいてからにしましょう!」

 タコは変なポーズをとった後、ドンと胸を叩いて宣言する。自分にはデスピナの苦悩など、想像することしかできない。だが、そんなことは関係がなかった。

 どんなに本人から望まれたところで、そんな悲劇を許容するつもりは一切ない。まずは行動しなければ気が済まないのだ。


「レイン。とりあえずエウラリアちゃんの近くまで転移させてくれない? ……レイン?」

「……ああ、ごめんなさいね。分かったわ」

 レインは何か悩んでいるようで、タコに対して気乗りしない返事を返す。だが、注文の通りに魔法を発動すると、自身とタコをエウラリアたちが模擬戦をしている近くに転移させた。

 タコはまず、デスピナの言葉通り『呪い』がかかっているなら、それが解けないか試みる。


「<飛行(フライト)>、<透明(インヴィジビリティ)>」

「<時間停止(タイムストップ)>かーらーのー<遅発・呪い除去(リムーブ・カース)>!」

 こっそり魔法を発動するため、レインに飛行と透明化の魔法をかけてもらう。さらに念のため、時間を止めてからエウラリアに接近した

 発動前にその場を離れて様子を見るが、<呪い除去(リムーブ・カース)>が発動した様子はない。どうやら『呪い』状態ではないため魔法が不発に終わったようだ。


「だめか。『呪い』と表現しているけど、ゲームの呪いとは別物のようね」

 それでもこれは手段の一つでしかない。まずはデスピナの所へ戻って別の手段を考える。

 しばらくはうんうんとうなった後、結局タコはいつもの方法でいいのではと結論を出した。


「良し! やっぱりみんなでドラゴンを辞めましょう!」

 タコの考えはこうだ。

 転生アイテムは、この世界の生物をゲームのシステムに引きずり込む力を持っている。ならば、この呪いもゲームのシステムに引き込めるのではないか?

 早速行動に移すため、タコはちょっとした理由をでっちあげる。


「それにデスピナちゃん。皆がオクトちゃんと同じドラゴニュートになれば、この谷の魔力問題が解決すると思うの。タコさんに話を合わせてちょうだい」

 いまだ戸惑っているデスピナだが、タコの勢いに押されて話を了承する。今度は三人でエウラリアの近くに転移すると、大声で彼女を呼び寄せた。


「エウラリアちゃーん。ちょっとこっちに来て―!」

 事前にレインの魔法で声を大きくしておいたので、模擬戦中のエウラリアもそれに気づいたようだ。翼を翻してこちらに向かってくる

 そして、タコはさっき考えた話をエウラリアに説明した。


「ふむ。何をデスピナと話しているかと思えば、そういうことじゃったのか」

「そうそう。まずはエウラリアちゃんから試したいんだけどいいかしら?」

「そうだな。それで問題が解決するなら安いものじゃ。タコ殿、頼む」

 ドラゴンを辞めることをエウラリアはあっさりと了承する。彼女とて里の現状を知りながら、デスピナのようにあきらめていたのだ。それが解消できるのなら、ドラゴンであることにこだわるつもりはない。


「はい、じゃあこれ!」

 タコはインベントリから漆黒の羽を取り出す。これは、オクタヴィアにも使ったドラゴニュートに転生するアイテムだ。

 だが、レインがタコを止めて別の翼を取り出す。


「ストップ。こっちを使ってちょうだい」

「え? レインそれは……まあいいか」

 オクタヴィアに使ったのはブラックドラゴンになるものだが、これも色は黒であっても別のドラゴンになる翼である。

 それをタコがエウラリアの背中に張り付けた。だが、翼はその体内に吸収され、エウラリアの体には何の変化も起きない。


「……? 何も起こらんぞ」

「あれ? 翼が消えちゃった? じゃあこっちはどうかしら」

 失敗してアイテムが消費されなのならまだわかるが、吸収されたうえで何も起きないというのはタコも知らない現象だった。

 タコは別のアイテムで反応を確かめてみようと、レベルアップの宝珠を取り出す。まずは80レベルのものを使用すれば、同じようにエフェクトが発していて光がエウラリアに吸収された。

 だが、彼女に特段の変化は無い。試しに90レベルの宝珠や100レベルのものも使用してみるが、結果は同じである。


「……ひょっとして、アイテムの使用を拒否してるんじゃないかしら?」

「え? 拒否? ……ああ、なるほど」

 ゲームで転生アイテムを使用するときは、『〇〇に転生します。よろしいですか?』というウインドウが出てくるので、それに『はい』と選択しなけばならない。さらに、念のためもう1回の確認画面が出てくる。

 オクタヴィアに確認してみれば、確かに本当にこの力を受けいれてよいか選択を迫られたような気がしたそうだ。


「それなら儂も感じた。じゃが、ちゃんと納得したはずじゃぞ?」

「……念のため、今回は中止にするわ。原因が分かったらまたこの里にくるわね」

 悩んでいるタコをよそに、レインは早々に実験を打ち切る。良い考えが浮かばないのは事実だが、彼女にしては珍しいほどの消極的な対応だった。

 そして、軽く別れの挨拶をすると、レインは自身とタコ、オクタヴィアに転移魔法をかけて里から退散する。

 移動に関する能力を持たないタコは、不満はあったがそれに従うしかなかった。



「ねえ、どうしちゃったのよレイン?」

「なんでもない。良い手が思いつかないのは事実でしょ。あそこで考えでも仕方がないわ」

 あまりに不自然な態度にタコがレインを問いただす。しかし、レインは自分の態度を自覚していながらも、あくまで正論を返した。

 タコもそれ以上指摘できず、建設的な話題に変える。


「うーん、まあいいけどさ。しかし、アイテムを使ったのに転生できないなんて、どういう事だったのかしら?」

「……確かに『エウラリア』は了承したのでしょう。でも、『呪い』はどうかしら?」


「呪いが、転生を拒否している?」

「呪いを消滅させるために転生しようとしているんだから、それもしょうがないんじゃない?」

 確かに『呪い』と表現しているが、実際にはこれもエウラリアの精神の一部なのだ。人格があるような反応を示してもおかしくはない。

 しかし、呪いが前面に出てくるときのエウラリアは狂戦士のようなものだ。話し合いや説得に応じるとは考えづらい。なら、別の手を考えるしかないのか。


「……もう少し考えるわ。時間をちょうだい」

 レインは自身のモヤモヤを自覚しながらも、その頭では既に複数の手段を考え始めていた。

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