43話 タコさん、ドラゴンの歴史を知る
「やれやれ、この暴れようから考えれば、あの魔法は記憶か人格でも封印していたのかしら?」
拘束を終えたレインがやれやれと肩を回す。そのままエウラリアの状況を確認するが、停止した魔法は再開しているようだ。
再度魔法の内容を確認しようかとも考えたが、さすがに一朝一夕で解析できるようなものではない。下手をすれば先ほどと同じことになってしまうだろう。仕方がなく手を止める。
「心の底からドラゴンを憎んでいるようでしたね。しかし、エウラリア様はドラゴンの長……一体どういうことでしょうか」
先ほどのエウラリアは殺意と憤怒の塊の様だった。そんな感情を向けられたオクタヴィアは、少し距離を取ってエウラリアを眺めている。
だが、それは個人に対する感情というよりも、ドラゴンそのものに対して殺意を感じているかのようだった。
そんな感情を持っていたものが、今ではドラゴンの長になっている理由は何か。そもそも、この感情を封印した魔法は誰によるものか。
現状では材料が少なすぎて答えは出ない。
「とりあえず、傷くらいは治してあげましょうか。さすがにこの状況は可愛そうだしね」
エウラリアはレインに頬骨を砕かれており、大量の血を流していた。全身にも大小の傷を負っているため、タコがそれを魔法で治療する。
そして、その間にエウラリアは意識を取り戻した。とっさに構える三人だが、その様子は混乱しながらも穏やかで、いつものエウラリアに戻ったようだ。
「ぬ? な、何じゃこれは! 何で儂は縛られておるんじゃ!?」
「何故って、あれだけ暴れたのだから当然でしょう?」
「あれだけ? いつも通りの勝負ではないか! ちゃんと花畑は壊してないじゃろ!?」
それでも演技の可能性を考慮して、レインは油断なく会話を続ける。しかし、その様子はいつもの幼さが残るドラゴンそのものであり、とても先ほどまで暴れていた者と同一人物とは思えない。
「……やっぱり覚えてない?」
「ん? さっきから何の話をしているんじゃ?」
エウラリアはきょとんと首をかしげる。やはり何も覚えていないようだ。
どうしたのもかとタコたちが考えていると、空の向こうから漆黒のドラゴンがやってくる。
「エウラリア様! また抜け出しましたね!」
「うげー! デスピナー!?」
じたばたともがくエウラリアだが、彼女ではミスリルのロープを引きちぎることはできないようだ。あっさりとデスピナに捕獲されてしまう。
だが、そのまま飛び上がろうとする彼女をレインが呼び止めた。
「デスピナ」
その声には暗く、反論を許さないような怒気が含まれている。
デスピナもその意味を理解しているようで、エウラリアの首を掴みながらも目を伏せて答えた。
「すみません。まずはエウラリア様を里まで連れていきます……色々とお話したいこともありますので、明日、我らの里まで来ていただけませんか?」
「あら、いいの?」
「え? 何を言ってるんじゃデスピナ?」
何の話か分からなずお互いの顔を見比べているエウラリアをよそに、デスピナはレインの方へ向き直って答える。
「貴方がたは、ドラゴンを利用する必要なんてないでしょう?」
「ま、それもそうね。長の許可はいただけるのかしら?」
「よく分からんが、デスピナが良いなら儂も構わないのじゃ!」
「では明日、お迎えに上がります。ただ、人数は少なめでお願いしますね」
「多分、行くのは私とタコ、それにオクトかしら。ここで待ってるわ」
デスピナは了解の意味を込めてうなずくと、エウラリアと共に翼をはためかせて飛び上がる。そして、すでに日が落ちて暗くなった空へ、溶け込むように去っていった。
◆
そして翌日。予定通りタコとレイン、そしてオクタヴィアが昨日の場所で待っていると、空の向こうからデスピナがやってくる。
タコが大はしゃぎで手を振ると、デスピナも翼をバサバサと揺らしてそれに応えた。
「おっはよー! 今日はよろしくね!」
「おはようございます。この度は、ご面倒をおかけして申し訳ありません」
「いいのいいの! ドラゴンさんには会ってみたかったしね!」
「まあ、私も里に生えている花に興味があるし、気にしなくていいわよ」
挨拶もそこそこに、レインが飛行の魔法をかけようとする。しかし、それをデスピナが制した。
地面に降り立つと、伏せるように頭を下げる。
「皆さん、私の背に乗ってください。魔法で固定させるので、落ちる心配はありませんよ」
「それは興味深いわね。乗りながら解析させてもらうわ。でも、軽量化の魔法くらいはかけておきましょうか」
レインは鎧の重量があるので<軽量化>をかけてからデスピナの背中に乗った。タコもそれに続こうとしたところ、オクタヴィアがドラゴンに姿を変えて声を上げる。
「タコ様は私にお乗りください!」
「あらそう? じゃあお言葉に甘えようかしら」
タコはそれに従ってオクタヴィアの背に乗った。
そして、しばらくデスピナの先導により空を飛んでいたが、漆黒のドラゴンが並走する姿はなかなか絵になる光景だ。思わずタコも口元が緩む。
「ふふ、二人が並んで飛んでると姉妹みたいね」
「まさか、こんな形でお会いできると思いませんでした。夢みたいです!」
オクタヴィアは過去に漆黒のドラゴンを目撃している。もちろん、その正体はデスピナだ。
その時の話をすれば、彼女は時折、里から離れて人や魔族の様子を観察しているという。
もちろん、オクタヴィアとの出会いは偶然に過ぎず、デスピナもその事を覚えているわけではなかったが。
「なるほど、奇妙な縁もあったものですね」
「デスピナちゃんが人間になったらどんな姿になるのかしら? 興味があったらいつでも言ってね!」
よく見れば大きさ以外にも細部に違いがあるデスピナとオクタヴィアだが、艶めかしい漆黒の鱗など共通点は多い。
なんとなくタコはデスピナがドラゴニュートになれば、黒髪のお姉さんになるんだろうなと夢想する。
「ドラゴンを……人にですか?」
「そう、オクトちゃんみたいにドラゴニュートにすることができるわ! 多分!」
タコがオクタヴィアにドラゴンの力を与えたという話は聞いていたが、その逆もできるとはデスピナも思っていなかった。
そのことに何か思うところがあったのか、その後の彼女は何か思いつめたような表情で空を飛び続ける。
そのまましばらく空の旅を続けていれば、ようやくドラゴンの里が見えてきたとデスピナが告げた。
「これは……なんと言うか……」
だが、そこから見えるのはあまりに武骨な山岳地帯である。山肌はほとんど岩肌がむき出して、少ない木々は幹と枝のみでほとんど緑が残っていない。
冬の山ならこんな景色にもなるかもしれないが、これは情緒があると言うよりも、寂しいという印象を見る者に与えている。
思わずタコも感想を言うのをためらってしまった。
「大丈夫です。我々も認識していますよ、ここが死の大地だということは」
それでも山谷には起伏や洞窟のような穴が多く、ドラゴンが暮らすにはちょうどいい場所なのかもしれない。それに、わずかだが湖や花が残っている所もあるそうだ。
そんなことをデスピナから教えてもらっていれば、その穴の一つから黄金のドラゴンが飛び出してくる。
「おー! 皆のもの良くきたのじゃー!」
大声を上げるエウラリアだが、その後ろにはタコたちが初めて見る3体のドラゴンが付きそっていた。
「あれ? 知らないドラゴンがいる?」
「うっわ、デスピナ様にそっくりじゃん!」
「え、デスピナ様、まさか子ども作った……あ、痛!」
一体目の炎のように赤い色をしたドラゴンは、エヴァ。二体目の典型的ともいえる緑色をしたドラゴンは、ペトラ。そして、三体目の見るだけでも凍えそうな青い色をしたドラゴンは、カリスだと紹介される。
余計なことを言ったカリスがデスピナに尻尾で叩かれているのをよそに、レインは少しばかり不穏な空気をまとっていた。
「オクト、ちょっとその子たちと遊んできなさい」
「分かりました」
そんな雰囲気を察したのか、オクタヴィアは素直にそれに従う。タコをデスピナに預けると、三体のドラゴンの方へ向かいお互いに自己紹介を始めた。
デスピナもレインの意図に賛成なのか、三体に対して発破をかける。
「あなたたち、少し鍛えてもらいなさい。その方は強いですから」
「まじで!? あんたそんなに強いの?」
「やったー! これは楽しめそうね!」
「その自信……やはりデスピナ様の隠し子……あ、痛! 痛! 痛いです!」
またしてもカリスが叩かれた後、オクタヴィアたちは暴れても問題がない奥地の方へ向かう。
そんな四体を見送ると、エウラリアとデスピナもどこかへ飛行を始める。だが、しばらくすると珍しく真面目な雰囲気でエウラリアが声を上げた。
「それで、デスピナよ。なぜこ奴らを里に入れたのじゃ?」
「この者たちに、我らの現状を知ってもらうべきだと思いまして」
彼女に負けないくらいの雰囲気でデスピナが答える。エウラリアからの視線を無視するかの様に目を背けていたが、生半可な覚悟で連れてきた訳ではないことは伝わったようだ。
エウラリアの方が先に顔を逸らす。
「まあ、お主がそう言うなら必要なことなんじゃろうが……」
彼女としては、いつも真面目に掟を守ろうとするデスピナが、こんなことをするのが不思議でしょうがなかった。
昨日の不思議なやり取りも結局はぐらされてしまったし、何かデスピナが隠し事をしているのでは? とも思ってしまう。
そんな二体の緊張した空気を無視して、タコはお気楽に質問を投げた。
「ところで、ほかのドラゴンさんはどこにいるの?」
「いませんよ」
「え?」
あっさりとした、だが予想外の回答にタコは何も言えなくなる。
そんな反応を予想していたのか、デスピナはそのまま話を続けた。
「この里……いえ、この世界には我々五体のドラゴンしかいないのです」
「ええ? なんでそんなに少ないの?」
「それも含めてご説明します……ああ、見えてきました」
デスピナが視線で示した先にあったのは、何らかの廃墟と思われる場所だ。健在だったころはドラゴンにふさわしい、壮大な建造物があったことが想像できる。
だが、今ここにあるのは放置されて風化した巨石の集まりだけだ。タコとレインは地面に降り立つと、興味深そうにそれを調べる。
「これは、お城の……遺跡?」
「そう、過去にドラゴンの指導者にあたる方が住んでいたところです」
それは、一体何百年前の話なのだろうか。なぜ、ドラゴンほどの種族が住んでいた場所が、これほど荒れ果てているのだろうか。
そんな疑問がこもった視線をエウラリアに向けるタコだが、彼女はいつもの穏やかな顔を崩していなかった。
◆
「オクトちゃんすっげー! つえー!」
「くやしー! もう一回! もう一回よ!」
「疲れたー。私はもういいー」
タコたちから分かれたオクタヴィアは、三体のドラゴンと模擬戦を行っていた。オクタヴィアより一回り小さいドラゴンたちたが、その能力はなかなかのもである。
ちびイカトリオなどと複数人戦闘の練習を積み重ねていなければ、オクタヴィアでも危なかったかもしれない。
「ふう、いい運動になりました。少し喉が渇きましたね、皆さんも飲みますか?」
そして彼女は人間形態に戻ると、インベントリから飲み物を取り出す。合わせてドラゴン時でも飲めるような樽も取り出すが、エヴァたちはそれには興味を示さなかった。
「飲み物……ああ、外の生物はそういう事するんだよね」
「外の生物? 皆さんは食事をしないのですか?」
「しないよー。地脈から魔力を吸収すれば、食べ物も飲み物もいらないんだ!」
「そもそも、この辺には食べ物が無いからね」
言われて気づく。デスピナが『死の大地』と形容したこの周辺には、生物はもとより、植物ですらほとんど存在しない。
ならば、ドラゴンが魔力を食事代わりにするという生態も納得できた。逆に、これだけの巨体を維持するには、大量の食料が必要になってしまうだろう。
「でも、オクトちゃん何でそんな強いの? 今、何歳? 500歳くらい?」
「被弾前提で突っ込んでくるなんて、デスピナ様でもしないよ。覚悟が決まってるって感じ」
「そもそもオクトちゃんって何者? ほんとにデスピナ様の子どもじゃないの?」
そんな考え事をしているオクタヴィアのことは気にせず、ドラゴンたちは矢継ぎ早に質問を繰り出してくる。
知らない存在との話をするのがよほど久しぶりなのだろう。まるで、小さな子供たちに囲まれているかのような気分だ。
「先も言いましたが、私は元人間ですよ。しかし、皆さんこそご家族や仲間はいないのですか?」
「いないよ。デスピナ様は私たちのこと『親戚の子』って言ってたね」
「他のドラゴンなんて初めて見たよ! あ、ドラゴンじゃないんだっけ」
特に気にしてはいないようだが、そんな状況は明らかに異状である。先ほど言われたように、ドラゴンはかなり長命な種族のようだ。
つまり、数百年はこの五体だけで生きてきたことになる。
「……寂しくは、ないんですか?」
「別に? 普段はほとんど寝てるしね」
「最近は魔力を節約しろってデスピナ様がうるさいし」
「今日は珍しく許可が出てよかったよ」
魔力は食事代わり……死の大地……魔力の節約……なんとなくドラゴンの現状が見えてきたオクタヴィアは、ふと、タコたちがいるであろう方向を見つめていた。
◆
「元々、ドラゴンは普通の食事をしていました。ある時、とあるドラゴンがその代わりに魔力を吸収する方法を作り上げたのです」
「食料問題がなくなり、ドラゴンは更なる繁栄を迎えた。その時に作られたのがこの遺跡じゃな」
ドラゴンはほとんどの時間を余暇と研鑽に当てることができるようになり、技術が格段の進歩を遂げたのだ。
強靭な肉体と高度な魔法を操るドラゴンに敵う生物など存在しなかった。それは、長きにわたる繁栄をもたらす。
だが、それは永遠ではなかった。
魔力は自然や地脈などから供給されるものだ。普通の状態ならばむしろ供給過多で発散されているようだが、ドラゴンによる消費はそれを大幅に上回っていた。
そして、この世界の生物は多かれ少なかれ魔力を有している。魔力が無くなるという事は、全ての生物が死ぬのと同義ということだ。
「なるほどね。繁栄したドラゴンが魔力を吸いつくした結果が、この谷という訳か」
「でも、それなら緩やかに元に戻ればよかったんじゃない? 何でドラゴンさんがいなくなったの?」
「その頃には、食事とは下賤な種族のすることだとされていました。それに、今更、文明を後退させることに反対した者も多かったんですよ」
以前は魔法による農業や畜産を行っていたようだが、この能力の効率には敵わなかった。
いつしか食事を取ることは道楽となり、魔法が拙い子どもだけがすることとなり、高潔なドラゴンにはふさわしくない行為とされるようになる。
そんな時代に戻れと言われては、反発する者が出るのも仕方がない。
「結果、ドラゴンは二つの勢力に分裂したのじゃ。勢力を世界中に広げ、全てを支配しようとするもの。そして、タコ殿が言うように緩やな衰退を選ぶもの」
その頃のドラゴンは良く言えば高潔、悪く言えば高慢な種族であった。自分たちがこの世界の支配者にふさわしいと考える者も多かったのである。
それでも、全てのドラゴンがそうだった訳ではない。中には少しずつドラゴンの数を減らしていこうと提案する者もいたようだ。
しかし、勢力間の主張は話し合いで結論が出るものではなかった。
「互いの対立は小競り合いから殺し合い。最終的にはどちらかが滅ぶまでの争いにまで発展してしまいました」
「儂の母上は、反繁栄派だったようだの。問題は、母上はドラゴンの中でも最強とも言えるほど強かったのじゃ」
少数派であった反繁栄派だったが、最強のドラゴンがいたことにより戦力としては同等。それが泥沼の闘争をもたらした。
そして、最強という事は前線に出ることも多かったという事だ。
「ああ、つまり……」
「そう、母上は繁栄派のドラゴンのほとんどを殺しつくした。だが、最後には自身もほとんどの力を使い果たした故、儂を生んだのじゃ」
「都合よく子どもができたの?」
「ドラゴンに性別はありません。秘術により卵を作るのです。その意味では全員が女性と言えますかね」
他人の要素を混ぜることはあるそうだが。基本的には自身のコピーとも言える存在を作るそうだ。
さらに、ある程度は知識や能力も受け継がせることができる。さすがに人格を丸ごと引き継ぐことはできないようだが。
「母と別れた後、儂はここに隠れていたデスピナとあの子たちに会ったのじゃ。そして決めた。今更殺しあうよりも、我らだけでもこの地の魔力が尽きるまで生きようと」
生後、あまり間を置かず母親と死に分かれたエウラリアだが、彼女はドラゴンを探知する能力を持っていた。すぐにデスピナたちを見つけ出す。
母親からドラゴンの歴史を聞いてはいたが、エウラリアはそれに従うことは良しとせず、以前の穏やかな衰退を続けることを選んだ。
「別に死を待たなくてもいいじゃない。どこかにお引越ししたら?」
「今となっては、他の種族が繁栄していますからね。何処に行くにしても穏やかにはいかないでしょう」
確かに。今では魔族や人間を始め、様々な種族が大陸中に広がっている。それに、ドラゴンが魔力食いなのは変わらない。いつかはその地の魔力を吸いつくしてしまうだろう。
食事をとることに戻したところで、一体のドラゴンだけでもとんでもない食料が必要になる。
「だったらタコさんの……」
「タコ、ストップ」
タコがエウラリアたちを伏魔殿に誘おうとするも、レインがそれを止める。その理由を確認する前に、オクタヴィアたちがタコたちの元へ戻ってきた。




