42話 タコさん、ドラゴンと戦う
「鎧やろー! たのもー!」
「あ、レイーン。お客様よー」
数日後、またしても伏魔殿の外から大きな声が響く。それはやはりエウラリアによるもので、予想していたタコは落ち着いてレインを呼び出す。
花畑の手入れをしていた彼女は、やれやれといった感じながらも素直に来客に応じる。
「はぁ、本当に来たの?」
「当然なのじゃ! ほら、約束通りに花も持ってきてやったぞ!」
「まあちょうどいいか、こっちも聞きたいことがあったしね」
そして、最初は露骨に嫌がっていたレインも、エウラリアが取り出した花を見れば途端に態度を変えた。場所を移して模擬戦を始めようとする。
「今日の儂は一味違うのじゃー! この前のようにはいかんぞー!」
「あら、それなら私も最初から全開で行こうかしら。早く花を調べたいしね」
気合を入れるエウラリアに対し、レインの方もやる気は十分だ。前回同様に強化魔法をかけ直すとエウラリアに向けて突撃する。
そして、すぐさま前回と同じように巨大な水柱が出現するのだった。
◆
「うきゅー……」
「ふむ、ドラゴンの里というくらいだから、変わった花が咲くのね。気候の問題? それともドラゴンが発する何かが影響を与えるのかしら? なかなか興味深いわね」
目を回しているエウラリアの横で、レインは嬉々として花を調べている。もちろん、彼女には目立った傷は一切ない。
そして、あらかた花を見終えたところでポーションを取り出すと、蓋を開けてエウラリアに振りかけた。
「それで聞きたいんだけど、何であなたはそんなに弱いの?」
「な、なんじゃ!? 嫌味か!?」
回復したエウラリアはガバっと起き上がると抗議の声を上げる。その様子は本当に腹を立てているようで、レインに向かって大きな口を開けていた。
「とぼける気? それとも手を抜いているのかしら?」
「何を言ってるんじゃ!? 儂は精いっぱいいやってるのじゃ!」
「ふーん……」
目の前にドラゴンの牙が迫っているというに、レインは顎に手を当てて考える。どう見てもエウラリアが嘘をついているとは思えない。
だが、前回も感じた不自然さは今回の戦闘でも同じだった。エウラリアの状態を表現するなら、それなりの戦闘技術があるAIが、ポンコツのロボットに入れられているというのが近いかもしれない。
「そもそも、お主のその力は何じゃ!? それに、そんな力があって今まで何をしていたんじゃ!?」
エウラリアの疑問はもっともである。ある程度長く生きている者なら、タコたちのような存在に気が付かないわけがない。
レインは少しばかり悩んだが、特に隠す必要もないだろうとエウラリアに答えた。
「私たちは最近、別の世界から来たの。来た理由も方法も不明だから、その辺を聞かれても困るわよ」
「別の世界じゃと!? そこでは皆がお主のように強いのか?」
「皆が強いとは言わないけど。戦闘集団の中で言うなら私は中間くらいかしら」
レインのクラス構成は魔法よりのバランス型である。
しかし、妖精という種族は魔力が高ので、クラスを特化させなくても十分な魔力を確保できた。しかも、レインはとある追加種族と特殊な装備により、最高クラスの魔力を保有している。
それでも、クラスを特化させればその分を別の力に振り分けられるので、結局は普通の強さに収まっていた。
「何じゃそのおっそろしい世界は……。ところで、その世界ではどんな修行をしていたんじゃ? それならこの世界でもできぬのか?」
「無理ね、世界の理からして違うもの。レベルとか経験値と言っても何のことか分からないでしょ?」
「れべる? なんじゃそりゃ?」
この世界にそういったものは存在しない。転生アイテムを使用すればレベルを確認することができるが、経験値を入手することはできなかった。
その代わりオクタヴィアのように修行を続けていると、その分ステータスやスキルが上昇するのだ。
だが、その増加量は微々たるものであり、レベルアップのように劇的な強化ではない。
「地道にやりなさい。花さえ持ってくれば付き合ってあげるから」
「分かったのじゃ! 今度はお主にほえ面かかせてやるのじゃー!」
そう言ってエウラリアは空を飛んで帰っていく。レインは花の手入れに戻りながらも、なんとなく次はどんな訓練がドラゴンにふさわしいのか考えていた。
◆
「むきゅー……」
「まったく懲りないわね。そんなにボコボコにされるのが好きなの?」
今日も今日とてエウラリアはレインにボコボコにされていた。律儀に毎回花を持ってきているので、レインも喜んでそれに付き合っている。
「そんなことないわ! でもの、お主と本気で戦ってると前より強くなってる気がするのじゃ!」
「まあ確かに前より動きは良くなって……ん? 何か向こうから飛んで来てる? ……あれはオクタヴィアじゃないわね」
「げっ!? デスピナ!?」
エウラリアとレインがそんな話をしていると、空の向こうから漆黒のドラゴンが飛んで来るのが見えた。
それは、オクタヴィアよりも少々大型で、エウラリアの知り合いの様である。だが、彼女は縮こまってレインの後ろに逃げてしまった。
「見つけましたよ、エウラリア様」
「あー、うー」
デスピナと呼ばれたドラゴンがレインたちの近くに着陸する。その声は氷のように冷たく、怒っているの容易に想像できた。
そして、それが予想できていたのか、エウラリアはごまかすように目をそらしている。
「初めましてかしら。私はアウトサイダーのレイン。あなたはデスピナさん?」
レインは嫌そうにエウラリアを跳ね除けようとるすが、彼女は頑として前に出ようとしない。
仕方がないくレインがその首を掴みながら自己紹介すると、先ほどより少しばかり優しい声でデスピナもそれに応えた。
「初めまして、デスピナと申します。エウラリア様がご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳ございません」
「ええまったく。もうちょっと長の教育はきちんとして欲しいわね」
相手は巨大なドラゴンだというのに、レインは気にせず皮肉を口にする。だが、自身に非があることを自覚しているのか、デスピナは素直に頭を下げて謝罪した。
「おっしゃる通りです、重ねて申し訳ございません。エウラリア様、帰ったらお説教ですからね」
「ぎゃー!? いやじゃー! 儂は帰らーん!」
そして、エウラリアの尻尾を掴むとそのまま飛び立とうとする。
しかし、彼女はうつぶせになると地面に爪を突き立て、必死にそれに抵抗した。デスピナはやれやれといった感じで息を吐く。
「まったく、長であるあなたがこんな風にほっつき歩いていたら、あの子たちに示しがつかないでしょう」
「ほら、さっさと帰りなさい」
「ぎゃ! うわーん、ひどいのじゃー!」
じれたレインがエウラリアの手を引っぺがした。その反動で二体のドラゴンは空中に飛び上がる。
しばらくはエウラリアの叫び声が周囲に響き渡っていたが、レインはやれやれと息を吐くと、何事もなかったかのように花畑に戻って行った。
◆
「鎧やろー! 勝負なのじゃー!」
「……また来たの?」
「あ、エウラリアちゃん、こんちー」
「お久しぶりです」
数日後、何事も無かったかのようにエウラリアがやって来た。
しばらく来ないと思っていたレインは、花畑の大規模な改装をしようとタコを手伝せて作業をしている。もちろん、オクタヴィアも付いてきていた。
「あなたからもらった花の植え替えで私は忙しいの、他を当たってちょうだい」
「えー、ちょっとぐらいええじゃろー?」
エウラリアは甘えるようにレインの腰辺りへ頭を摺り寄せる。しかし、彼女はそんなことは気にせずしっしと払いのけた。
そんな情けない恰好をしているドラゴンに対して、オクタヴィアが声をかける。
「エウラリア様。良かったら私がお相手しましょうか?」
「む? お、ええのか!? ならば頼むのじゃー!」
がばっと振り返ったエウラリアがオクタヴィアに突撃した。彼女も慣れたものでそれを軽く避けると自身もドラゴンに変身する。
タコは心配そうな声を上げるが、オクタヴィアも同族との勝負が楽しみなのか、心なしか声が明るい。
「オクトちゃん大丈夫?」
「ええ、その方がレイン様の手が空くでしょうし。それに、何かあればタコ様に治していただけるでしょう?」
そう言って飛び上がると、方向転換したエウラリアがまた突撃してきた。そして、振り下ろされた爪を自身の爪で受け止める。
さらに逆の手から繰り出せた爪を受け止めれば、そのまま力比べが始まった。
「やるのう!」
「そちらこそ!」
睨み合うドラゴンはお互いに口角を上げると、爪を弾き飛ばして距離を取る。
さらに、咆哮と共に翼を大きく広げると、はるか上空に向かって飛び上がった。
◆
「うーん、オクトちゃんよりもちょっと弱いかしら……でも、前よりは動きが良くなってる?」
「そうね。最近は私のしごきに耐えられる時間も長くなっているわ。うーん、ひょっとしてあれは……」
タコは首を上げて二体の様子を眺めている。レインも花畑を整備しながら、ある程度は戦況を気にしているようだ。
ほぼオクタヴィア有利で進んでいるようだが、エウラリアもある程度は攻撃をさばき、反撃も当たるようになっている。
そして、ついにオクタヴィアの大ぶりを誘い出し、それを回避することに成功した。
「隙ありなのじゃー!」
「甘いです! 《受け流し》からの……《十字斬》!」
だが、それすらもオクタヴィアの予定通りだったようだ。スキルでエウラリアの爪を受け流すと、同時にその体勢すらも崩す。
無防備な背中に向かって両手の爪を振り下ろすと、さすがのエウラリアもそのまま地面に墜落してしまった。
「うみゅー……」
しかも、当たり所が悪かったかそのまま目を回して動かなくなってしまう。心配になってオクタヴィアが下りてきたが、それをレインが制した。
「ちょっとストップ。あなた達の戦いを見てて気づいたことがあるの。<魔法分析>」
これは、対象にかかっている魔法を確認する魔法だ。この世界の魔法はゲームと違い魔法ごとに名前があるわけではないが、なんとなくその内容を知ることができる。
「やっぱり、常に何かの魔法を使用しているわね。これは……リミッターかしら? とりあえず止めてみましょう。<呪文停止>」
今度はかかっている呪文を一時停止する魔法を唱える。すると、レインはかなりのMPが消費されるのを感じた。
この魔法は停止する魔法が高度であるほどMPの消費量が増える仕様なので、それだけの魔法がエウラリアにかけられていたことになる。
やっとMPの消費が止まり、呪文が停止されたようだ。さて、何が起きるのかと思っていると、エウラリアがふらふらと起き上がる。
しかし、その目には理性がなく、何かブツブツとつぶやいていた。だが、オクタヴィアを見つけると途端にその目が鋭くなり、怒りのこもった大声を上げる。
「ドラ……ゴン……ドラゴン!」
「え? おおっと!」
さらに、先ほどよりもかなり早いスピードでオクタヴィアに向かって突撃してきた。彼女は何とか回避するも、エウラリアはすぐさま次の攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃は殺意に満ち溢れており、狙っているのは明らかに目や首などの急所ばかりだ。
「ドラゴンは……殺す!」
「エウラリア様、一体どうしたんですか!?」
オクタヴィアの言葉など聞こえていないのか、エウラリアは攻撃を続けている。そのスピードは先ほどの戦闘よりは明らかに早く、ついにさばき切れない攻撃がオクタヴィアの首に迫った。
「<時間停止>!」
だが、その爪が鱗を切り裂く前に、タコが時間を止める。
さすがに時間停止の耐性は持っていないようだ。二体のドラゴンは動きを止める。
耐性を持っているレインは停止中も状況を認識し、数秒は動くことができるが、不測の事態を想定して待機してるようだ。
「やれやれ、どうしちゃったのよ突然。レインが魔法を止めたから狂戦士になった? 逆ならまだ分かるんだけど……」
タコはエウラリアに近寄って様子を確かめる。その目は狂気に染まっており、オクタヴィアのことしか見えていないようだ。
まずは正気に戻す魔法を使うことにするが、時間停止中は魔法の発動を含め自分以外に影響を与えることができないので、少々工夫が必要になる。
「えーと、<遅発・魔力最強化・冷静>、<遅発・魔力最強化・麻痺>」
それは、停止時間の終了直後に発動するよう魔法をセットすることだ。魔法の詠唱中も停止時間が進むので、タイムラグなしに発動させるのは慣れが必要だが、廃人のタコには特に問題は無い。
「ぐっ!? うがあああああ!」
時間が動き始ると同時に魔法が発動する。エウラリアは麻痺の効果により動きが止まっているが、その叫び声は正気の戻ったとは思えない。
その隙に距離を取ったオクタヴィアのことを睨みつけながら、自身の拘束を解こうと全身を震わせていた。
「あら? <冷静>が効いてない? でも、麻痺は効いているようね。悪いけど意識を飛ばさせてもらおうかしら」
「ドラゴンは殺す! ドラゴンは殺す! ドラゴンは殺す!」
エウラリアはその全身に力がみなぎっているのが見て取れる。まるで、自身に絡みつく糸と一本一本引きちぎっているかのようだ。
しかも、タコが睡眠の魔法をかけるがどうも効きが悪い。
「ドラゴンは……殺す!」
「嘘!? 麻痺を解いた!?」
そして、ついに自身の戒めを解き放つと、その原因であるタコを無視してオクタヴィアに飛び掛かる。
「死ね、死ね、死ねぇ!」
「先ほどよりもさらに早い!? く、このっ!」
殴るたびに攻撃は鋭さを増していく。オクタヴィアも必死でそれを防いでいくが、いつかは無理が出てきそうだ。
だが、そんなエウラリアに対してレインが渾身の右ストレートを放つ。それは頬に直撃すると、その巨体を思いきっり弾き飛ばした。
「ぐはぁっ!」
「ふむ、あまり手ごたえが無い……様子見してる場合じゃなさそうね。オクト、あなたに強化魔法をかけるわ。いつもとの違いに気を付けて」
「了解です!」
「それじゃタコさんは、<体力供与>に、<魔力供与>!」
相手が大勢を整える前に、レインは自身とオクタヴィアに強化魔法をかける。さらに、タコが二人のMPやSPを回復させて万全の状態に戻した。
そして、二人はエウラリアを挟み撃ちするように飛び掛かり、全力で攻撃を始める。
ほとんど防御をしないエウラリアだが、その鱗も以前より強靭さを増しているようだ。二人がかりの攻撃でも、ほとんど有効打と言えるダメージが与えられない。
しかも、攻撃を受けているにも構わずにオクタヴィアに反撃を続けていた。
「ドラゴン! ドラゴン! ドラゴン!」
「……私やタコのことはあまり気にしていないか……オクト?」
「ええ、分かりました!」
レインの合図と共に、オクタヴィアは攻撃を控えて防御を優先する。レインの方は腰を少し沈めると、自身の体内にエネルギーを集中し始めた。
エウラリアは未だに爪を振りつ続けているが、強化されたオクタヴィアは既にその呼吸を読みだしている。ついにその攻撃に合わせて腕を掴むことに成功した
「ドラゴンは……ぐっ!?」
「《腕掴み》! 捕まえましたよ!」
スキルにより強化された拘束は、エウラリアでもすぐに解除できないようだ。そのまま足や尻尾による攻撃を試みるも、隙が大きいそんな攻撃に当たるオクタヴィアではない。
そして、そのわずかな時間稼ぎによりレインの準備が完了した。
「ご苦労様。《強打》!」
「うがあっ!」
一瞬だが数倍に強化された打撃がエウラリアの右顎に直撃する。骨がきしむような音を立てて、彼女は先ほどよりも大きく吹き飛ばされた。
さらに、その打撃は的確に脳を揺さぶっていたようだ。そのまま気を失ってしまい、地面に倒れこむ。
しばらくタコたち三人は油断なく観察をしていたが、立ち上がる気配はない。
そして、大きく息を吐くと、レインはミスリル製のロープを取り出してエウラリアを物理的に拘束することにした。
 




