3話 タコさん、見守る
オクタヴィアも落ち着いたので、次は彼女の今後について話し合う。取り急ぎ、服などの装備を渡して、自衛の為にスキルを習得させておきたい。
しかし、転生アイテムは普通に使えたが、それ以外のゲーム的な部分がどのように反映されるか分からない。
そのため、とりあえずは分かるところから試してみようという事になった。
「えーと、オクトちゃん、ウインドウって出せる? こんなの」
「え? この半透明なものは一体……? うーん、これを出す……」
タコは自分の目の前にメニューウインドウを表示させ、出し方を教える。しかし、ゲームでは『出そう』と考えれば出てくるものなので、どうしても教え方が感覚的なものになってしまう。
それでもオクタヴィアは真剣にタコの話を聴いてうんうんと唸っていた。
「……あ、出ました! 出ましたよ、タコ様!」
しばくして彼女の前にウインドウが出現した。タコがそれを覗いてみると、ちゃんと名前に『オクタヴィア』と表示されている。
どうやら転生アイテムを使ったことで、ゲームと同じシステムが使用可能になったようだ。
「おー、やったわね! あとは、これの意味なんだけど……」
そのままタコはステータスの意味、インベントリやチャットの使い方を説明していく。
オクタヴィアも最初は単なる便利な能力だと思っていたが、「重量制限はあるけどたくさんのアイテムを持ち歩ける」、「知ってる相手ならどこからでも会話できる」などと聞くと、とんでもない事なんじゃないかと恐々としてきた。
「あら、インベントリを使えるのね。ちょうど良かったわ」
席を外していたレインが、大きなタンスを担いで戻ってくる。それを下ろして扉を開ければ、中には服や装飾品が詰め込まれていた。
「オクト、これを着て頂戴。インベントリに入れれば簡単よ」
「はい、分かりました」
おっかなびっくりウインドウを操作するオクタヴィアを、二人は微笑ましそうに見つめている。そして、何回か操作すると、着ていたボロボロの服が一瞬で黒いチャイナドレスに変化した。
「おー、良いわー! セクシー! 格好いいー!」
「そ、そうですか? 何だか恥ずかしいですね」
「うんうん、良く似合ってるわ。人目を気にするならこのローブを羽織ってちょうだい」
そのドレスはかなりスリットが深く、太ももがかなり露出してしまっている。ノースリーブで背中も大きく開いていた。
しかし、そのおかげで手足の鱗や翼が服には干渉せず、自由に動くことが出来そうだ。尻尾の所にはちゃんと穴が開いている。
ちなみに、ドラゴニュートの爪と翼は不要なときは隠すことができるようだ。
「しかし、ずいぶんと頑丈な服ですね。これは何の革ですか?」
「ああ、これは邪龍の革を使ったものよ。光や闇の攻撃に耐性があるわ」
「邪龍って……ド、ドラゴンですか!? そんな高級品を私なんかが!」
「いいのよオクトちゃん。むしろ、私たちのお古で悪いわね。さて、次は装飾品だけど……」
そのままタコとレインは、あれやこれやとオクタヴィアでファッションショーを始める。
彼女は言われるがままに装備を換えていくが、その中で聞こえてくる「やっぱり異常状態耐性は必須よね」やら、「色合いを考えるとダイヤモンドよりオリハルコンかしら」といった単語に、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいだ。
「それから消費アイテムも渡しておくわね。これがHP、こっちがMPを回復するポーション。あと、これが拠点まで転移するアイテム。それからこっちが……」
「あの、すみません。ポーションってそんなにゴロゴロある物ではないと思うのですが?」
「へーきへーき、レインが作れるから。気にせず使っちゃってね」
そこまで物の価値に詳しくないオクタヴィアでも、さすがにポーションが安いものではないのは分かる。しかし、最終的にはもろもろを全部プレゼントだとインベントリに突っ込まれてしまった。
もらったアイテムの内容に恐縮していると、今度はアイリスが部屋に入ってくる。
「お、やってるな。んじゃ、次はこいつをプレゼントだ」
彼女はその手に複数の本を持っていた。これもゲームのアイテムであり、『エキスパートブック』と言われるものだ。使用するだけで特定のクラスレベルを、最大の10まで上げてくれる。
課金かガチャでしか入手することが出来ないが、廃人であるタコは不良在庫になるほどの数を所有していた。
クラスには特定のクラスを最高レベルに上げないと就けない中位、上位クラスと呼ばれるもの。クエストをクリアする必要があるもの。一定の能力値を要求するものなどもあり、習得が困難なものほどエキスパートブックの入手も困難になる。
そんな本の中から取り出したのは、クラス『グラップラー』のエキスパートブックだ。筋力や敏捷力が強化され、素手の戦闘に特化したスキルを習得することができる。
力が強く、翼により機動性が高いドラゴニュートの身体能力を有効に活用できる選択だ。
エキスパートブックを受け取ったオクタヴィアが本を開くと眩い光が広がる。それは、彼女の体に吸い込まれるように消えていき、光が全て吸収されると共に本も姿を消した。
急に知識を得たことで混乱したのか頭を軽く押さえていたが、それもすぐに収まった様だ。
「どう? 何か変わったかしら?」
「……はい。何と言うか、知識が頭に焼き付けられた様な気がします」
オクタヴィアのステータスを確認すると、確かにクラス欄へ『グラップラーLV10』が追加されていた。無事に成功したことで、タコたちはほかのクラスをどうするか相談を始める。
「とりあえず、グラップラー系は最上位までね。後はどうしましょうか?」
「オクトは何かやりたいことある? 魔法とか好きな武器とか」
「すみません。そう言われましても特には……」
オクタヴィアはもともと生きていくだけでギリギリだったので、これと言ってやりたいことも無い。むしろ、既に色々ともらいすぎではないかと思っているのだが、ここにはそれを止める者もいなかった。
「あ、格闘系で、チャイナドレスなんだし、仙人系がいいんじゃね?」
「それよ! 冴えてるわ、アイリス!」
アイリスのひらめきにタコが同意する。オクタヴィアも特に異論はないのでそのまま仙人系の最上位クラスまで取得した。
そして、スキルの説明をしようと思ったが、どうせならスキル以外にも自分の強さを実感してもらおうと、模擬戦をすることをアイリスが提案してくる。
さすがにそれは早いとタコが反対するも、アイリスは最初だからこそきっちりやるべきだと譲らない。
さらに、レインもアイリスの案に賛成したので、結局は拠点の外で模擬戦を行うこととなった。
「んじゃオクト、どっからでもかかってきな!」
近くにあった草原でアイリスが準備運動をしている。だが、当のオクタヴィアは急に戦闘をと言われても戸惑うばかりだ。
「しかし、アイリス様に殴りかかるというのも」
「甘く見んなよ」
アイリスが突き刺すような視線でオクタヴィアを睨みつける。そこから感じる強烈な意思は、普通の人間だったらそれだけでも心臓が止まってしまいそうだ。
「確かにお前に力を与えたが、それでも俺の方が強い。俺に傷がつけられるもんなら、やってみやがれってんだ」
さらに、インベントリから一本の短刀を取り出し一振りする。刃から放たれた闘気がオクタヴィアまで一直線に地面の草を薙ぎ払った。
「うーん、せめてタコさんがやった方がいいような……」
「タコは近接系クラス持っていないんだから、話にならないでしょ」
少し離れたところではタコとレインが二人の様子を見守っている。
実は、レインもグラップラー系の最上位までクラスを習得していた。しかし、近接系のみでクラスを固めているアイリスとは、接近戦の強さは比ぶべくもない。
心配するタコをよそに、オクタヴィアは爪と翼を出し、深く深呼吸して構えを取った。
「分かりました、よろしくお願いします!」
「そうそう! そうこなくっちゃな!」
オクタヴィアが一足飛びでアイリスに飛び込み腕を振るう。それは自分でも驚くほどの速度で、瞬きをする暇もない。しかし、それをアイリスは最小限の動きで避ける。
「どうした? 虫でもいたか?」
「くっ!」
そのまま左右のパンチ、爪の横薙ぎ、回し蹴りと続けていくが、そのどれもが空を切る。息が上がり始めたオクタヴィアに対してアイリスは余裕の表情だ。
「ほら、スキルも使ってみろ。やり方は分かるだろう?」
「はい! 気を高めて……はぁ!」
オクタヴィアがグラップラー系のスキル、《練気》を使用すれば、その効果によりパワーやスピードが上昇する。さらに、《連撃》といった攻撃スキルも合わせれば、先ほどよりもさらに速い攻撃がアイリスを襲った。
だが、それでもアイリスは短刀を使おうとしない、自身の動きだけで攻撃を避けていく。
「まだまだ! 正面から殴るだけじゃなぁ!」
「ならば! 仙術・土行!」
オクタヴィア一度距離を取り精神を集中させると、周囲の土が何個かの塊となり空中に浮かび上がる。それは彼女の意思で自由に動き、アイリスに向かって飛んでいった。
それらはすべてアイリスにぶつかるかと思いきや、何個かは空中で破裂すると周囲に土の煙幕を張り巡らせる。
「お、少しは考えたな」
そこへ本命の弾が襲来した。しかし、アイリスは視界が遮られようとも攻撃を避けることが可能だ。難無く土の弾を避けていくが、最後の一つを避けたとき彼女の直感が後方から飛来するものを察知する。
アイリスは振り向きもせずに短刀を背中に回すと、そこにオクタヴィアの全力を込めた飛び蹴りが衝突した。それは周囲に爆発のような衝撃をもたらし、地面がクレーターのように沈み込む。
「いいね。それぐらいじゃなきゃ俺の左眼は疼かねぇ!」
「くっ! これでもダメですか」
アイリスは背中を向けたまま腕を振るうと、オクタヴィアは弾き飛ばされ地面に転がる。加減がされていたようで痛みはほとんどない。
「あああ、アイリスったらやりすぎよ! 止めた方がいいかしら?」
「止められるの? あれ」
「……やっべ、タコさん二人の動きに対応できる自信が無いわ」
「……タコなのに手も足も出ないとはこれいかに」
「ん? 何か言った?」
「何でもないわ。ま、ゲーム的な制約がない以上、色々と考えないといけないわね。タコは初手<時間停止>が安定じゃない?」
周囲には闘気やら衝撃波やらが飛び交い、危険極まりない状況になっている。しかし、見ている二人は特に気にすることも無く観戦をつづけていた。さらに、あれこれ対処法を考えてしまうのはタコが廃人であるが故だろうか。
そんな二人をよそに戦闘を続けていたオクタヴィアだが、不意にアイリスが力を込めた一撃をお見舞いすると、バランスを崩しまたしても地面に転がってしまった。
「なぁ、オクト。お前は人を殺せるか?」
「え?」
立ち上がろうとするオクタヴィアに、まるで世間話のような気楽さでアイリスは問いかける。
「タコは邪神だ。タコの為に生きるってのが、どういうことか分かってるか?」
「それは……」
アイリスはなぜこんな事を聞くのか。彼女の真意は何なのか。必死にオクタヴィアは考えるが分かるわけもない。
だが、答えないことを許さないとばかりに問いが重ねられる。
「もう一度聞く。お前は、タコが『殺せ』と言ったら、人間を殺せるか?」
考えて答えが分かるものではない。なら、正直に答えるしかないとオクタヴィアは心を決めた。
「私には……できるかどうか、分かりません」
情けない答えだ。しかし、それが本心であることを示すかのように、オクタヴィアは立ち上がるとアイリスを見つめる。
「しかし! この命はタコ様に頂いたもの! 私はタコ様を守るためならば、全力を尽くしてみせます!」
「ははっ! いいよいいよ、それくらい正直な方が私好みだ! でもな、言葉だけじゃ何も守れやしない! お前の全力を俺に見せてみろ!」
そう言うとアイリスはバーサーカー系のスキル、≪力の暴走≫を発動した。すると、その全身から真っ赤な闘気があふれだす。その姿は、深紅のドレスと合わせて彼女自身が炎に包まれているかのようだ。
事実、このスキルは自身の身を焼くほどのエネルギーを発生させるという設定である。攻撃力が大幅に上昇する代わりに防御力が大幅に下がり、HPも徐々に減少していく。
それだけのエネルギーを発する今のアイリスは、生半可な者なら近づくだけでもその身を焼かれ、殴られれば一撃で全身が粉砕されることだろう。だが、今のオクタヴィアはそれだけのプレッシャーにも立ち向かうことが出来た。
次の一撃に自分の全力を込めようと闘気を集中させる。
先に動いたのはオクタヴィアだ。
アイリスの攻撃は受けることも避けることも不可能。ならば、先に自分が攻撃を仕掛けるしかない。彼女はそう結論を出した。
だが、アイリスはその攻撃に対してまったく反応を示さない。
「え?」
一体何を考えているのか、その姿勢は無防備。オクタヴィアの攻撃を避けようともしていない。さすがに彼女も異常に気が付いたが、もう動きを止めることはできなかった。
爪がアイリスの胸に突き刺さり、肉を突き破る感覚がオクタヴィアを襲う。そのまま背中まで通り抜けたところでやっと腕が止まった。
少し遅れて、アイリスの胸から噴き出した鮮血が、オクタヴィアの顔を赤く染めた。