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38話 タコさん、街を案内する

お待たせしました。本日より更新を再開します。

 ナスキアクア首都のヒュードル。

 アレサンドラが王都を取り戻してからというもの、他国の人間をかたくなに拒んでいたこの場所に、今日は多数の人間が国外からやって来ていた。


 彼らはニューワイズ王国より派遣された者たちだ。主な目的はこの街の視察であり、第二王女のフレイヤが責任者として随行している。

 さらに、人選は王であるパトリックが自ら行った。万が一にも先方の不興を招かないように、思想や能力は綿密にチェックされた者たちだ。


 そもそも、ニューワイズ王国は問題が山積みである。

 他の三大国家、聖スプレンドルやサン・グロワール帝国への対策。

 現在は秘匿しているが、間接的に同盟国となった魔族との関係構築。

 そして、公表した際に起こるであろう国内や子飼いの周辺国家からの反発。

 挙げていけばきりがない。


 だが、そんな問題を解決する前提として、ナスキアクアやタコたち、それに魔族のことを知らなけば話が始まらない。

 そのため、まずは信頼できる文官や武官を抽出してナスキアクアに送り込んだのだ。


 そして、彼らまずこの国に来る前から驚愕に襲われる。

 王城に隠されていた転移の魔法陣の存在はもとより、それに飛び込めば一瞬で遠く離れたナスキアクアに到着してしまったのだ。 

 しかも、出迎えに来たのが噂の邪神ともなれば、冷静さを保てる者などいるわけもない。


「おーほっほっほ! 我は邪神タコ、皆さんいらっしゃいませー!」

 さすがにオーラはオフにしているタコだが、以前にジョナサンが率いる軍に対して何をしたのか、ここにいる者たちは知らされていた。

 いくら選抜された者たちとはいえ身構えてしまうのは仕方がない。まずはフレイヤが前に出て挨拶をする。


「タコ様、この度はご招待ありがとうございます。王である兄に変わりお礼を申し上げますわ」

「どういたしまして! 今日は皆さん楽しんでー……って仕事だったわね。まあ、ゆっくり街を見て行ってちょうだい!」

 その邪神とは思えない穏やかさに、恐怖は薄れていくも困惑は深まっていく。そんな彼らの前で談笑する二人に、一人のラミアが追加された。


「ようこそお越しくださいましたフレイヤ様。そして皆さま、私が国王のアレサンドラです。ようこそナスキアクアへ」

 そのラミア、アレサンドラはフレイヤへの挨拶を済ませると、未だ困惑する者たちへ穏やかに微笑みかける。

 彼女は少し露出が多いものの、気品と優雅さ兼ね備えたドレスを身にまとっていた。それはラミアの持つ妖艶な魅力を引き出しており、ニューワイズ王国の者たちも思わず目を奪われてしまう。


 そして、アレサンドラはその後ろに4人のラミアを引き連れている。その中にいるヴァレンティーナがけん制するようにニューワイズ王国の者たちをひと睨みすると、冷たさも感じる声を上げた。


「それでは皆様。まずはこの国の状況をご説明しますので、こちらにどうぞ」

 彼女の冷静な声に落ち着きを取り戻した一同は、その案内に従って場所を移動する。彼らが通されたのは王宮にある来客室。それなりの大きさがるある部屋であり、会議にも使用できるところだ。


 国同士が向かい合ってテーブルに付き、それぞれの中心はアレサンドラとフレイヤである。

 最重要人物であるタコはもちろんその中央に座っているのだが、本人は『好きにやって』とほとんど話に加わる気がなかった。


 そして、まずはアレサンドラよりナスキアクアの現状が説明される。と言っても、その内容は事前に知らされており、再確認の意味を含んだものだ。

 現在のナスキアクアの政治体系、保有する戦力、国境の戦況、国内での魔族の扱い、アレサンドラが王となった時のトラブルとその対応、といったことである。


 後は、それに対してタコがどの程度の援助をしているかも付け加えた。こちらは主に食料の援助、半魚人などの戦力、連絡に使用するマジックアイテムなどが挙げられる。

 もちろん、それにはニューワイズ王国に対するタコの裏工作なども含まれているが。


「実際の所、食料と安全が確保されれば国民のほとんどは文句を言いません。その点、ニューワイズ王国は物資も人員も豊富にあるので問題はないかと」

「心配事は、スパイや工作員による周辺国家の切り離しですね。現にこの国の領でも離反する者が出ましたから。あ、すみません、皮肉じゃないですよ」

 これは、ジョナサンとその母親の工作による、とある領の離反をさしている。結局はジョナサンが敗れたことにより、その領もナスキアクアに帰順した。

 そして、話は国外への対応に移る。


「他の三大国家との戦況は膠着しています。タコ様の戦力がほとんどですが、観戦できるように手配しますね」

「ありがとうございます。我々は膠着が崩れる前に国内の問題を解決。そして、魔族との交渉開始ですね」


「しかし、将来的に魔族を受け入れるともなれば、国内の混乱は想像できんな」

「まずはナスキアクアのように軍から……いや、他国の軍ですら受け入れは難しいか」

「そうなると、政治家や研究者はどうだ?」

「無理だ、来た者の安全が確保できん」

 ニューワイズ王国の者たちは、魔族との同盟にあたり様々な方法を考えては想定される問題を洗い出している。

 その時、あまり興味なさそうにしていたタコが急に口を開いた。


「ん? 別に魔族をニューワイズ王国に連れていく必要は無いんじゃない?」

 思わず全員の視線がそちらに向く。それを気にせずタコは言葉を続ける。


「この国ですら、彼らの受け入れが大変だったんだもん。そっちじゃもっと問題が起きるでしょ」

 それは間違いない。ナスキアクアにいる獣人ですら食事の調達など多数の問題が発生したのだ。

 しかも、それは反乱を起こしたレオナルドや、魔族の師団長であるヴァイスなどが事前に問題の洗い出しを行ったにもかかわらずである。


「別に、『人間も魔族も同じ国で平和に過ごしましょう』なんて、タコさんは考えてないわよ。食事も文化も体格も違うような存在が一緒にいるなんて、逆に不便じゃない?」

 仮に、小型の妖精と、2mを超える牛の獣人、そして人間の誰もが使える施設を造るとしよう。それにはかなりの労力がかかるだろうし、お互いにある程度の不便を我慢することになる。

 実際、魔族ですら種族ごとに別の街で暮らすのが基本だ。大規模な街にはある程度の受け入れ態勢は整っているらしいが。それでも、会議などの一時的な滞在に対応するための設備に過ぎない。

 それは軍でも同じ話であり、そのため魔族は師団という種族ごとの運用が基本とされているのだ。


 その点、ナスキアクアで半魚人や魔族が暮らしていけるのは、タコによる強力なバックアップが物を言っているにすぎない。それを、他の国が実行するのはほぼ不可能であろう。


「言われてみればそうですね。ナスキアクアが上手くいっているので勘違いしていました」

「勝手なことを言うけど、逆にナスキアクアなら実現可能なのよ。将来的にこの街が魔族でも人間でも自由に生活できる場所になれば、政治でも商売でも重要な街になるんじゃない?」

 つまり、ナスキアクアは今後、魔族との交渉窓口を目指すのだ。それは、邪神という第三者、元人間の国王という異質な存在がいるこの国からこそ実現できる。

 しかも、この国であればお互いの距離という重要な問題すら、転移の魔方陣により解決することができるのだ。


「まあでも、魔族やこの国が実際にどうなっているのかは見てもらった方が早いわよね。良かったらこれから見に行かない?」

 そう言ってタコは窓から外を指す。ちょうど気分転換が欲しかった一同は、喜んでその提案に乗った。



 タコ自らのが先頭となり街中にたどり着けば、そこではまた別の驚きが彼らを待っていた。


「これが……邪神が支配する国?」

「何と言うか……普通、だな……」

 もちろん、ここに居る者は事前に街の現状などの説明を受けている。しかし、それを言葉通りに信用していた者は少数だ。

 魔族だけならまだしも、邪神の使徒となった国王が支配する国など、人間の基準で考えれば異常な方が普通であろう。


 平和とは魔族基準の話であり、人間は含まれていないのではないか。

 皆が音を立てないように家に閉じこもり、ゴーストタウンのようになっているのではないか。

 それこそ幸福しか感じないように、思考が調整されているのではないか。

 嫌な予想はいくらでも立てることができる。


 だが、実際の街中は平和そのものだ。

 違いを挙げるなら、街中を警備する者の中には魔族や半魚人が混ざっていることだろうか。しかし、街の者がことさらそれを気にしている様子はない。


 後は、明らかに後から建てられた神殿も目立っている。気になった者が中を見せてもらえば、タコの石像がある以外はごく普通の神殿だった。

 だが、中にいるのは年寄りや子どもが多い。これは、神殿が仕事の無い者への救済所や孤児院も兼ねているからだ。


「カリオさーん、おひさー」

「おや、タコ様。お久しぶりです」

 ちょうど中で事務仕事をしていたカリオがいたので、タコが声をかける。こちらに気づいた彼はゆっくりと立ち上がると、いつものように美しい姿勢で来客に挨拶した。


「初めまして。私はカリオと申します。役職は……神殿に関する責任者でしょうか」

「責任者? つまり貴殿は司祭という事か?」

 カリオは白いシャツにベージュのズボンというありふれた格好をしており、清潔さはあれどお世辞にも聖職者には見えない。

 そんな疑問に対して彼は説明を続けた。


「いえ。確かにここは神殿と銘打っておりますが、宗教的なことは何もしておりません。主な仕事は物資の管理、寄付や協力者を集めることでしょうか」

 初期は人数も少なく大変な作業であったが、今ではそれなりの人数が作業を分担している。

 そして、カリオはタコから直接任命された人物という事もあり、他の神殿の取りまとめなども担当していた。

 もちろん、彼がやることは事務だけだあり、この神殿には聖書も無ければ説法のようなものも行われていない。


「それは……神殿なのか……?」

「タコ様の像に特殊な力があるのは確かです。それを野ざらしにするのも問題なので、タコ様がこういった場所を造られたのですよ」

 元々、タコは石像が入れられればどんな建物にするかなど決めていなかった。しかし、せっかく邪神として華々しくアピールをした街なのだから、神殿が良いだろうと考えた結果である。


「そして、場所があるならちょうどいいと、このような事業を始めたわけです。今のところは大赤字ですがね」

 実際、食料に関してはほとんどタコによる補充で賄っている。それでも、渡しているのは麦や豆、野菜といった粗食に留めているので、金額的にはそれほど高額ではない。

 協力者にはある程度の報酬を渡しているが、こちらもほとんどは現物支給やベッドの提供だ。

 彼らの多くは戦争で家や仕事を無くした者なので、今のところはそれでも問題は起きていない。

 将来的にはきちんとした仕事として、給料などを考える必要があるだろうが。


「あ、タコ様だー」

「お久しぶりです、タコ様ー」

「こらー! 外から帰ってきたら、まずは手を洗いなさい!」

 カリオが説明をしていると数人の子どもが元気よく神殿へ入ってきた。タコを見つけると歓声を上げて引っ付いてくる。

 そんな彼らに怒声を上げるのはメイド服を着たルチアだ。孤児たちと一緒に散歩へ行ってきたらしい。


 孤児たちはアレサンドラが悪堕ちしてから保護した者たちであり、最初は修復した廃村。今では『ライラー』と呼んでいる村に家を建てて生活させていた。普段はルチアを中心に、妖精など見た目の刺激が少ない者が面倒を見ている。


 しかし、さすがに人間のいない環境に長くいるのは良くなかろうと、心身が健康な者を中心にこちらの神殿へ移動させたのだ。それに合わせて神殿の改修も行い、生活環境や遊具などもそろえている。


 もちろん、孤児が全員ここまで元気があるわけではない。心に傷を負ったものや、魔族への敵対心をむき出しにしている者もいる。

 彼らはライラー村で治療や教育が施されてから、こちらに移動させる予定だ。


「しかし、タコ様。ずいぶんと子どもになつかれていますね」

「いやー、意外と皆忙しくてね。オクトちゃんは手伝ってくれると言ったんだけど、彼女を子どもに見せたら変な性癖を植え付けそうで……」

 アレサンドラのちょっとした疑問にタコが答える。

 オクタヴィアも常にローブなどを着ていればいいのだろうが、それもそれでどうなのかと思い、結局は彼女を子どもの前に出すのはあきらめた。

 だが、他の候補を考えたところで同じような話になってしまう。


「んで、そう考えると人狼は露出的に無理だし、ペットもまずいし、妖精ばかりでも良くないだろうし」

「なるほど。それでタコ様がちょくちょく顔をだすことになったと」

 イカたちもマイカやアオリはナスキアクア中に巡らす地下水路の作成に取り掛かっており、一番暇なタコが何かと世話を焼くことになったのだ。

 後はライラー村の整備を担当していたちびイカトリオも、見た目的にもちょうどよい遊び相手になっている。


「だいたい、タコ様は甘やかしすぎなんですよ! いっつもおやつだのおもちゃだの持ってきちゃうんですから!」

 この世界では孤児など生きていれば上等という気風もあり、内職や農作業に駆り出されるのが当然である。実際、ルチアの提案により自分たちの食卓に出すための野菜を育てる農園も準備した。


 だが、タコの感覚では子どもを働かせるのってどうなの? となってしまう。そのため、提案よりも勉強の時間を増やしたり、おやつや昼寝の時間を与えてしまうのだ。

 さすがに自重しておやつはドライフルーツやせんべいなどの甘さ控えめなものにしていたが。

 結果として、厳しい人間と甘い邪神という不思議なバランスにより、子どもたちはそれなりに健全な生活が送れている。


「あははー。ルチアちゃん、今はお客様の対応中だから小言はまた今度ねー。あ、みんな後で食べてねー」

「あ、こらっ! もうー」

「ありがとう! じゃーねー、タコ様ー」

 怒り出したルチアから逃げるように、タコは神殿から出ていく。だが、その際にお菓子を配っていくのは忘れない。

 お菓子をもらってご機嫌の子どもたちは、大きく手を振ってタコを見送っていた。


「これも魔族に慣れた子どもを育てる、壮大な計画なのか……?」

「さあ、どうでしょうね」

 ニューワイズ王国の面々はここにも邪神の意図があるのではと深読みするのだが、もちろんタコはそんなことを考えていない。


 そもそも、タコがカリオと神殿の業務を打ち合わせたのは数回であり、ほとんどは「任せる」と言って投げしてしまったのだ。

 だが、強力なバックアップをしてくれたのは確かであり、それで救われた者が多いのも事実である。

 もしかしたらここにいる孤児は将来、人と魔族の懸け橋として活躍するようになるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、アレサンドラたちは神殿を後にした。

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