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36話 タコさん、国を堕とす

「ジョナサン。この報告はどこまでが真実なのだ……?」

「すべて、真実です。邪神が一瞬で草原を湖に変えたのも。ドラゴンにより多くの兵士が助かったのも。負傷や死亡した兵士がすべて無傷で帰ってきたのも」

 ニューワイズ王国の王城では、ジョナサンによる遠征の結果報告……いや、敗戦の報告がなされていた。

 彼がこの遠征であったことを書き起こした報告書を読む重臣や、軍関係者の表情は重い。

 これを冗談だと一笑に付すことは簡単であるが、ジョナサンを含め多数の人間が全員、冗談を言っているなど考えられなかった。


「そ、そうか。兵たちは全員無事なのか」

「はい。邪神との交渉の結果、今回の件は不幸なすれ違いということで納得していただけました。すべての兵士を救出し、治療、蘇生を施していただいたのです。もちろん、これはパトリックがドラゴンを通じて圧力をかけたおかげですね」

 この場にはパトリックも呼ばれている。ジョナサンは彼を称えることを言うが、当の本人は不機嫌な様子で腕を組み、目を閉じていた。

 その理由など周知の事実であるため、王は恐る恐る彼に問いかける。


「パトリックよ。そ、そのドラゴンとやらは一体どうしたんだ?」

「以前、祖霊召喚の儀がドラゴンにより失敗したことは申し上げたと思います。しかし、その失敗により逆にドラゴンを呼び寄せる方法を見つけることができました。あとは、極秘裏に交渉を進めていたのですよ」

 その口から出る言葉にも、あからさまな棘が含まれていた。自身の忠告に耳を貸さなかった王に対し、『それ見たことか』とでも言いたいかの様である。

 だが、息子のそんな態度に対しては王にも不満があった。


「ならば、なぜそれを黙っていた。それを知っていればこんな事には……」

「私は、ナスキアクア対策がもうすぐ形になると申し上げたはずです。ドラゴンとの交渉がどれだけ危険で不確定なものなのかは想像できますよね? 今回、急遽協力を要請するのにどれだけ苦労したことか」

「そ、そうか。それはすまなかった」

 しかし、現状ドラゴンと交渉できるのはパトリックだけなのだ。あまり機嫌を損ねられて困るので、王も引き下がる。

 それに気を良くしたのか、パトリックも少しばかり良い話題を提供した。


「しかし、そのおかげでドラゴンは今後、この国の守護龍となることを約束してくれましたよ。今後はナスキアクアだけでなく、他国との交渉も有利になるでしょう」

「そうか! それは素晴らしい!」

 王だけではなく、周囲の者たちからも歓声が上がる。だがその中でジョナサンだけは気落ちした様子でうつむいていた。

 そして、パトリックの方も浮かれるような様子も無く、小さくため息をつく。


「おっと、皆さま。一番重要な話を忘れておりました」

「何だ?」


「今までパトリック兄様が言ったことは、全部嘘なんですよ」

 そう答えたのはパトリックではなかった。聞き覚えのある澄んだ女性の声、ここに居るはずもない人物。

 その声は部屋の入口の向こうから聞こえてきたものだ。しかし、内密の会議であるこの場に部外者が近づけるはずがない。

 だが、扉を開けて入ってきたのは、皆の予想した通りフレイヤと従者のコゼットだった。


「……フレイヤ!? お前は未だ意識が戻らないと……!? しかも、パトリックの言葉が嘘だと? いったいどういうことだ!?」

 王の質問などどうでもよいフレイヤは、ニコニコとした笑顔を崩していない。そして、ちらっと後ろにいるコゼットへ視線を向ける。

 彼女がサングラスを外すと、その赤い瞳が怪しく輝く。それは、吸血鬼が持つ能力、麻痺の邪眼を発動したのだ。


「全員、動かないで下さい」

「な、なんだ、体が動かん!? コゼット、これは何のつもりだ!? それに、貴様その目は!?」

 部屋の中にいる者たちは皆、体が麻痺して動くことができなくなった。何とか口だけは動くようだが、わめきたてるだけでは事態は好転しない。


「父上。あなたはもう終わりなんですよ。私は、既にタコ様の命令で動いているのです」

「何を言っているんだ、パトリック!? 一体何を考えている!?」

 パトリックの思わぬ告白に、周囲の混乱はますます激しくなっていく。

 王子が国を裏切った。しかも、邪神に従っているなど、想像だにしていなかったことである。

 しかも、予想外の事実はそれだけではない。


「コゼットと私は、タコ様に吸血鬼にしていただいたんです。ふふ、動けないでしょう? お父様」

 自分の娘が、既に人間ではなかった。衝撃の事実に王は驚愕と共に恐怖を感じている。

 当のフレイヤは妖艶だが、目だけは冷たい笑顔を向けながら王に近づいた。


「母の事で、本当に私が恨んでないと思っていました? しかも、私が火事にあっても無視するなんて、ひどい父親ですねぇ」

「そ、それは、すまなかったと……」

 王がそこまで言ったところで、コゼットが勢いよく血の剣を王の前に突き刺す。それで一体何をするつもりなのか、王は様々な想像を巡らせ、その度に恐怖に震えている。

 フレイヤは冷たい瞳でそれを見つめていたが、ふと窓の方を見ると話題を変えた。


「ああそうでした。実はもう一人、皆さまにご挨拶をしたいという方がいるんですよ」

 剣を抜いたコゼットが窓に近づくと、カーテンをどけて窓を大きく開け放つ。すると、漆黒のドラゴンが凄まじい速度でこちらに向かってくるのが見えた。

 まさかそのまま突っ込んでくるのかと恐怖する一同だが、ドラゴンは部屋の直前で人の姿に変わり中に入ってくる。


 予想とは別の展開だが、ドラゴンが人になるという事態が更なる恐怖をもたらす。しかも、その人物に見覚えがある者ならなおさらだ。


「お前は……ま、まさか、オクタヴィア!?」

「さてさて、我が国の守護龍様は国王や皆さんのことをどう思っているでしょうか?」

 フレイヤの言葉に、王は動かせない顔を蒼白にしている。

 自分がないがしろにした人物が二人。しかも、どちらもが異形となり巨大な力を持って舞い戻ってきた。ならば、自分がこれからどうなるか、想像は難しくない。

 だが、彼を襲う恐怖はまだ終わりではなかった。


「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 愚かな人間どもよ、ひれ伏せ―!」

 止めだと言わんばかりに、オーラ全開のタコが部屋の中央に転移してくる。恐怖を感じながらも動けない人間たちは、逃げ出すことも目を逸らすことも出来ない。

 そんな彼らの横をゆっくり進み、タコは王の目の前に立つ。


「さて、ニューワイズの国王さん。どんな気分かしら? 自分の身から出た錆でこんな目に合うのは?」

 王は蒼白な顔にダラダラと大量の汗を流している。歯はガチガチと音を立て続け、体の震えはそれ以上だ。既に彼は、この部屋に入ってきた時よりも10歳は老けたように見える。

 さすがに不憫に思ったのか、パトリックが助け船を出した。


「父上、王位を譲ってください。今なら、病気の悪化によるものといたします」

「……分かった、譲る! もう、好きにしてくれ!」

 この状況で逆らえる者などいるわけが無い。王はやけのような声を上げる。

 そんな彼に対して、オクタヴィアがゆっくりと近づいてきた。思わず身じろぎしようとする王だが、もちろんその体は動かない。


「一つ、言っておきましょうか。元、国王陛下」

 その顔からは、なんの感情も感じることができなかった。あっけにとられる王だが、オクタヴィアは視線を合わせてからゆっくりと告げる。


「私は、生まれ変わったんです。あなたのことなど、なんとも思っていませんよ」

「……そ、そうか……」

 確かに、その目からは恨みも憎しみも感じられなかった。だが、同時に王を人間ではない何か、それこそ道端の石と同じ存在としか見ていない様である。

 自身の仕打ちを覚えているはずなのに、なぜこれほど無感情でいられるのだろうか。王は自分の娘であるはずのその存在から、邪神かそれ以上の恐怖を感じていた。



 未だにざわついている室内の処理はパトリックとジョナサンに任せ、タコはオクタヴィアたちを引き連れて部屋から出ていく。

 だが、タコの方はあまりぱっとしない顔で触手を組んでいた。しばらくしてから振り返るとオクタヴィアに問いかける。


「オクトちゃん、本当にあの程度で良かったの?」

 タコは、王に対する仕打ちに不満を感じていた。さすがに当事者ではない自分が直接手をかけるのは違うと思っていたので、タコ自身はオーラ程度で済ませている。

 だが、結局オクタヴィアもフレイヤも直接的な復讐はせずに、恐怖を与える程度で済ませてしまった。

 きっついお灸をすえるつもりだったタコとしては、振り上げた拳の下ろし先が無くなってしまった気分だ。


「ええ、目の前に立ってよく分かりました。私は、別にあの人に対して何も感じていません。あ、でも別にフレイヤが復讐するのを止める気はありませんよ?」

「気にしなくてもいいわよオクト。私はあの怯えきった姿を見て満足したわ」

 何度か顔を合わせている二人だが、最初は異母姉妹ということもあり若干の気まずさを感じていた。

 結局は『父親とかどうでもいいよね』という考えが一致したため、改めて友人になったという事で落ち着いている。


 そして、二人が朗らかに微笑んでいる様子を見れば、既に父親に対する感情の整理が済んでいることは明白だった。

 まあ、よくよく考えればこの世界における最大限の恐怖は与えたのだ。二人が良いならそれでいいと、タコも気持ちを切り替える。

 そんなやり取りをしていると、あの場の話は付いたのか、パトリックとジョナサンがこちらにやってきた。


「あら、パトリック兄さま。部屋の皆さんはもう大丈夫なんですか? それにジョナサン兄さまも」

 穏やかに話しかけるフレイヤだったが、ジョナサンの方は額にうっすらと汗をかいており、何か心配事があるようだ。

 そんな彼はフレイヤの目の前に来ると、まずは頭を下げる。


「フレイヤ、その、母が済まなかった。私も、知らなかったとはいえ彼女に従っていたんだ。君が恨んでいるなら……」

 ジョナサンはすでに母の所業と、なぜ彼女がああなったのかは聞いていた。それに対して思うところが無いわけではないが、自業自得であるのだからフレイヤに文句を言うつもりは無い。

 むしろ彼女へ謝罪をするべきだと思って頭を下げたのだが、その言葉をフレイヤは遮った。


「いいんですよ。さすがにそこまで恨むほど、私も狭量ではありません。それに、あなたがいなくなっては次期国王陛下が困ってしまいますよ。それよりも、あちらに謝罪をするべきでは?」

 そう言ってフレイヤはオクタヴィアの方を示す。しかし、彼が頭を下げる前にオクタヴィアの方がそれを制した。


「ジョナサン『さん』。私に頭を下げる必要はありませんよ。先ほども言った通り、私は生まれ変わったのですから」

 彼女も今更謝罪など求めていない。だが、謝罪のやりどころが無いのジョナサンは、若干の居心地の悪さを感じているようだ。

 そんな兄に対してパトリックが別の道を示す。


「兄上、そんなに罰を受けたいのなら、仕事が大量にありますよ。これからこの国は騒がしくなるのですから、同罪どうし頑張りましょう。済まないがフレイヤ、お前も手伝ってくれ」

 王位の継承のみならず、この国は様々な変動を迎えることになるだろう。ならば、王族の忙しさが激しくなることは間違いない。

 パトリックの視線がオクタヴィアにも向きそうな気がしたタコは、触手で彼女を抱きしめ自分の方へ引き寄せる。


「先に言っとくけど、オクトちゃんは返さないわよ」

「言いませんよ、そんな恐ろしいこと。……本当だからそんなに睨まないでくれ、オクタヴィア『殿』」

「分かりました。……さすがに毎回『殿』とか言われるのも面倒ですね。今後からはお互いに呼び捨てにしましょうか。それに、『オクト』と呼ばれた方が私も嬉しいですし」


「ふふ。でも、あなたの部屋は用意しておくから。いつでも来てちょうだい、オクト。あ、費用はジョナサン兄さまが出してくださいね?」

「もちろんだ。この国で最高の部屋を用意してみせよう」

 最初はわだかまりのあった4人であるが、今では兄妹らしい穏やかな空気が流れていた。

 心地よい雰囲気に、タコもよかったよかったとお気楽な声を上げる。


「なんだかんだで皆、仲良くなれて良かったわね! これもタコさんのおかげかしら!」

 単なる冗談のつもりで言ったタコだったが、実際にその通りなのだ。

 仮にタコがいなければ、オクタヴィアは精神的に死亡。ジョナサンとパトリックは王位を争う仲。フレイヤは見果てぬ夢を追い続けていただろう。

 それが、兄妹そろって国家運営に尽力するような仲になったのだ。これはある意味、奇跡なのかもしれない。


 しかし、そんなことなど気にしていないタコはすぐに自分の発言など忘れ、オクタヴィアに頬ずりしている。

 フレイヤたち3人は、微笑ましそうにその光景を眺めていた。



 ニューワイズ王国に新王が誕生した。もちろん、それは第二王子であるパトリックである。

 国民の間ではそれほど人気が高かったわけはないが、ドラゴンと協力関係を築いたことが知られれば、その名声はだんだんと高まっていく。


 実際に国の守護龍となったドラゴンが王位継承の式典に現れれば、凄まじい歓声が国中を包んだ。

 だが、そのドラゴンの正体がオクタヴィアであることを知る者はいない。


 さらに、この王位継承の裏で、国民には知らされていない二つの事実があった。一つ目はナスキアクアとの同盟である。

 既に王同士の話し合いが行われており、同盟の内容は近いうちに公表されることだろう。


 そして二つ目は、第二王女のフレイヤが国王の補佐となったことだ。

 ごく一部の人間には彼女の正体も知らされており、その者たちからはフレイヤとコゼットは近づくだけでも恐ろしい存在だと畏怖されている。


 しかし、当の二人は自室で幸せそうにお茶を楽しんでいた。少し薄暗い部屋ではあるが、吸血鬼である二人には何の不自由も無い。


「さてさて、これにて三大国家の一つが正式に離反となりますが、これから世界はどうなるのでしょうね?」

「何も変わりませんよ、私とあなたの世界は永遠です。タコ様がそう、約束してくださったのですから」

 王城には石像も設置され、今日はタコも招待されている。

 二人の言葉は暗にこの大陸の平定を任せたようなものだが、タコはいつも通り元気よく返答した。


「ふふ、まっかせなさーい! タコさんにかかればちょちょいいのちょいよ!」

 どのみち、ナスキアクアとニューワイズ王国の平和のためには、他の三大国家へも対応しなければならないのだ。

 まあ、一国はどうにかなったのだから、他もどうにかなるだろう。タコはお気楽な気分でお茶をすすっていた。

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