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30話 タコさん、失格を言い渡す

 ニューワイズ王国の第一王子、ジョナサンはとある人物に呼び出されていた。その相手は彼の母親、カトリーヌである。

 彼女は明らかに不満のある顔で息子を迎えた。しかし、最近の彼女はいつもこのように不機嫌な顔ばかりしている。

 その理由は、パトリックがナスキアクアで手柄を立ててしまったからだ。


 パトリックが祖霊召喚の儀を失敗したことにより、王位レースの勝者はほとんどジョナサンに決まりかけていた。

 だが、思わぬ手柄を。しかも、賢者の石などというとんでもない物を持ち帰ってしまったのだ。

 病気の王がパトリックに対する心情を大幅に改善したのは間違いない。


 こんな状況で母親が呼ぶとなれば用件はほとんど検討がついている。ジョナサンは心の中でため息をついてから母に尋ねた。


「……何のご用でしょうか、母上」

「ジョナサン、あの人の近況は知っていますか?」

 カトリーヌが言う『あの人』とは、もちろん国王の事だ。自身の夫だというのに、その言葉からは苦々しいものに対するような棘を感じる。


「ええ、最近はフレイヤが魔法薬を作ってると聞いていますね。しかし、国中の魔術師がさじを投げたんです。賢者の石を持ちだしたところで未だ研究中の代物。特に問題は無いかと思っていますが」

 ジョナサンはいつものことだと母親の棘を気にせず回答した。

 第一王子である彼にも研究所の情報はある程度入っている。だが、さすがに重要な機密であるため常に最新の情報が入るわけではない。


「それなのですが、どうも成果が出ているようなのです」

「何ですって?」

 さすがにそれには驚いた。フレイヤが優秀な魔術師であることは知っていたが、あまりにも早すぎる。

 いくら賢者の石があるとはいえ成果が出るのはしばらく先だと思われていた。

 そのためジョナサンたちの陣営は直接それに対処するよりも、別の成果を上げることを考えていたのだ。


「あの人に付いている医者に確認しました。このままいけば完治の可能性もあります」

「それは喜ばしい……ことではありませんね」


「もちろんよ! 私が! 私がどれだけあの人が死ぬのを待っていたと思っているの!? まったく、フレイヤは余計なことをしてくれたわ!」

 カトリーヌはヒステリックな声を上げる。彼女には夫に対する愛情など無い。あるのはジョナサンを王位につかせ、自身が権力を握るという情熱だけだ。

 その情熱は実際にかなりの成果を上げ、ほとんど勝利目前まで来ていた。それを、賢者の石とフレイヤなどという、思いもしなかったイレギュラーに妨害される。

 そんな理不尽に対してカトリーヌはすさまじい怒りを覚えていた。


「……ジョナサン、やるべきことは分かっていますね?」

「はい。早急に情報収集と対策を検討いたします」

 何とか感情を整理したカトリーヌは、それでも額に汗をにじませながらジョナサンに問いかける。

 彼とて王位を得るために今まで尽力してきたのだ。今更、手を打たないなど考えられない。


「そう、いい子ねジョナサン、母は嬉しいわ。そうそう……場合によってはあの娘には『事故』にあってもらいましょう」

「しかし、フレイヤは妹ですよ? それはあまりにも……」

 だが、王位のためとはいえ直接手をくだすなどジョナサンは考えていなかった。

 もちろん、自分たちの関与が露見しない様にするのだろうが、王位の為に国に損失を与えるなど本末転倒である。


「すべては、あなたを王にするためなの。そう。これは、あなたのためなのよ! ジョナサン、あんたはいい子だから分かるわよね?」

「……かしこまりました」

 それでも、ジョナサンは母親に逆らうことはできなかった。そもそも、彼が王位を目指しているのは、カトリーヌの病的ともいえる権力への執着が原因である。

 そんな彼女の教育を受けたジョナサンは母親に従う以外の選択肢は取れない。結局は了承してその場を後にした。


「しかし、パトリックにフレイヤの共同戦線ともなれば、一筋縄ではいかないな。どこから手を付けたものか……」

 自室に戻ったジョナサンは額を押さえてうつむく。

 とりあえず部下に指示は出したものの、相手は今まで王位を争ったパトリックだ。こちらもそれなりのコストや代償を覚悟しなければならない。

 そもそも、すでに治療の効果が出ている段階で有効な手段はあるのだろうか。悩むジョナサンだったが、そんな彼に対して思わぬ協力者が現れた。



「ジョナサン、有力な協力者が見つかったと聞きましたが?」

「はい、母上。……入って来なさい」

「失礼します」

 それは、カトリーヌにも聞き覚えがある声だった。実際に扉を開けて入ってきたのは、いつものように男装をしたフレイヤの従者である。


「コゼット……!? あなたがフレイヤを裏切るというの?」

 その声は明らかにコゼットを信用していなかった。カトリーヌも彼女が従者となった経緯は知っており、裏切るなどにわかには考えられない。

 しかし、コゼットの方はいつもの無表情で二人に話しかけた。


「お二人とも、私の体のことはご存知ですよね。……この傷は、誰に付けられたものだと思います?」

「それは過去の事故で……まさか!?」

 そして、彼女は自身の袖をまくり傷跡を見せる。ジョナサンもその言い方から一つの可能性が思い当たった。そもそも、コゼットに傷を付けられる人間など一人しかいない。

 だが、それすらも想像が甘いとコゼットは否定する。


「ちょっと違いますね。この傷は私自身が付けたのです。……彼女の研究の為に」

「なるほど、そういうことですか」

 フレイヤがコゼットの傷を治していたのは事実である。しかし、フレイヤは単なる善意で治療をしていたわけではない。その目的は、治療の跡を残さずに傷を治す方法を見つけることだった。

 しかし、コゼットの傷もほとんど治ってしまうと、研究が進めることはできなくなってしまう。

 だから、彼女は新たな傷を作ることになったと言うのだ。


「それに、国王に使用する魔法薬の実験は誰で行っていたと思います? あの薬、実は治療の為に一度肉体を破壊しているのですよ」

 そしてコゼットはカバンから一つの書類を取り出す。それを二人に見えるように机に置いた。

 ジョナサンがそれを読んでみれば、何らかの魔法薬の製法などが記載されている。


「これが、フレイヤが作成した魔法薬の製法と、使用法に関する資料です。これがあれば妨害することも可能でしょう」

「なるほど、これは……」

 ジョナサンも魔法薬に対してある程度の知識はある。その資料を見ればコゼットが嘘をついていないことはほぼ確信できた。

 自身の信用が得られたことで、彼女はそれに対する対価を要求する。


「そして、私が笑って生活するだけの金を保障していただけるならば、今後とも協力することを約束します」

 だが、カトリーヌは静かにコゼットの顔を見つめていた。確かにこの資料が本物であり、これがあればフレイヤの妨害をすることは可能だろう。

 しかし、人の裏表を何度も見てきたカトリーヌにはあと一歩、コゼットを信用することができなかった。


「一つ、条件を出します」

「なんでしょうか?」


「あの娘の近くにいたあなたは、簡単には信用できません。……これを、フレイヤに飲ませなさい」

 カトリーヌは立ち上がると自分の机の引き出し。魔法の鍵により自分にしか開けることのできないそこから、一つの瓶を取り出した。それをコゼットに渡す。

 瓶自体は頑丈ではあるがそれ以外に特徴は無く、不透明で中身を予測することはできない。


「これは?」

「1、2か月ほどベッドから起き上がれなくなる病にかかる魔法薬です。あなたの資料を参考に治療を妨害しますが、対策を考えられても面倒ですからね」

 フレイヤが無事なままでは妨害をしたところで、それにさらに妨害をされいたちごっこになるのは明白だ。

 これは、それに対抗するためと、コゼットが本気で主人を裏切るのか確かめるための踏み絵である。


「……かしこまりました、やりましょう。それでは、失礼いたします」

 それに対しコゼットはいつもの無表情。いや、フレイヤに対する恨みを晴らせる喜びなのか、ほんの少し口の端が持ち上がっていた。

 瓶を受け取ると静かに部屋から退出していく。


 そして、ジョナサンも退出してからしばらく。いまだに椅子に座り頬杖をついていたカトリーヌが呟いた。


「小娘がでしゃばるからこうなるのです。あの娘には、自分の母親と同じ道をたどってもらいましょう」

 そのつぶやきは、誰に対して向けたものでもない。ただ、カトリーヌの中にある、処理できなかった怒りが漏れ出したものだった。



 王城にある王専用の治療室で、フレイヤによる治療の準備が進められていた。

 今日は治療を始めてから三回目での投薬であり、既に周囲の者も慣れたものである。順調に準備を完了させフレイヤが王の後ろに立つ。


「それでは、本日の治療に入ります」

「うむ、分かった」

 彼女はいつものように眼鏡をかけて魔法を発動する。だが、賢者の石を作動させようとした時、フレイヤの魔法が乱れた。


「……え?」

「どうした、フレイヤ?」

 彼女はもう一度魔法を発動する。だが、やはり魔法は発動しない。しかもこれは、明らかに何者かが魔法を妨害しているのだ。

 思わず周囲を見渡すフレイヤだが、もちろん、そのような真似をしている者は周囲にはいない。


「い、いえ、何でもありません」

 何とか魔法の失敗が露見しないようにフレイヤは取り繕う。とりあえず、今日の治療は中止するしかない。

 魔法薬に含まれる賢者の石は少量であり、一度くらい変換が行われなくても露見しないだろう。

 不測の事態に補佐する治療チームの者も混乱しているが、彼らも患者の前でそれを顔に出すことはなかった。


「本日の治療はここまでです。魔法薬の生成と今後の治療計画の微修正が必要なため、次は来週までお待ちください」

「ふむ、仕方あるまい。まあ、最近は調子も戻ってきたしな。これからも頼むぞ」

 王は周囲に動揺に気づかず朗らかに礼を言う。フレイヤは軽く頭を下げると、足早に部屋から出て行った。


「フレイヤ様。一体どうされたのですか?」

「すみません、少し整理する時間をください」

 治療チームの者が心配そうにフレイヤに話しかけるが、彼女も混乱しておりそれどころではない。単なる自身の不調により魔法が発動しなかったとして、その場は切り抜ける。

 そして、それ以上、周囲の者に自身の混乱がばれないように努めながら、フレイヤは早急に私邸へ戻っていった。



 私邸に戻ったフレイヤは私室に入るや否や荷物を放り投げると、机に両手を叩きつける。


「なぜ、なぜ治療が妨害されたの!?」

 理論上、治療の妨害が不可能なわけではない。体内にある賢者の石を操作する魔法に対して、何らかの妨害魔法を使えばいいのだ。


 しかし、魔法の妨害は簡単なものではない。強力な魔力を放出して周囲の魔法を問答無用に妨害する方法はあるが、それは妨害していることが簡単に露見する。

 周囲の魔術師に気づかれずに妨害するなど、対象の魔法を理解していなければならない。

 だが、これはフレイヤが作り上げたばかりの魔法であり、内容を知っているのはごく少数だ。


 そして、そのごく少数はセシルと治療チームの魔術師である。彼らは国の機密に触れている以上、監視を受けているので情報の漏洩はまずありえない。

 ならば、それ以外の人物。それに該当するのはただ一人。


「まさか、コゼットが!?」

 表向きは魔導研究所で作成していた魔法薬だが、実際にはこの屋敷で研究を始めていたものだ。もちろん、その資料は厳重に保管しているが、コゼットならいつでも閲覧できる。

 だが、なぜ彼女が? いくら考えてもフレイヤにはその理由が分からない。


「おいっすー、フレイヤちゃん。セシル老から話は聞いたわよ」

「タ、タコ様……」

 そんな彼女の後ろからお気楽な声がかけられる。その正体はもちろんタコだ。振り返ったフレイヤの顔は蒼白に染まっていた。


「まさか、コゼットちゃんが裏切って治療を邪魔されるなんてねぇ。これは、監督不行き届きってやつかしら。計画はほぼ成功してるとはいえ、部下の制御ができないのは失格でもしょうがないわよね?」

「そ、そんな、待って下さい! コゼットはすぐに説得します! どうか……どうか待ってください!」

 どうやらタコも状況は既に理解しているようだ。フレイヤに対して残酷に失格を言い渡そうとする。


 そして、彼女は長年の夢が終わりそうな状況に半狂乱となっていた。タコの元に駆け寄ると、縋り付いて慈悲を請う。

 だが、こんな状況だというのにタコはフレイヤに対して笑みを見せていた。彼女がそれを疑問に思う前に、タコは優しく話しかける。


「安心してちょうだい。あなたの願いは叶うから」

「……え?」

 困惑するフレイヤの首に、何かが噛みついた。

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