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2話 タコさん、お家を呼ぶ

「あはっ! これが空! 私は、私は自分の翼でこの空を飛んでる!」

「ひゃっほー! すごいすごーい!」

 オクタヴィアは雲一つない大空を自由に飛び回っていた。全身に喜びが走り、それは翼に更なる力を与える。

 タコもゲームではなかった臨場感に興奮を抑えきれない。感じる風は寒いくらいであるが、それはこの感動の前には些細なことであった。


「それではタコ様、どちらに向かいましょうか?」

「そうねー、まずはお家を呼びましょうか。どこか、人が来ないような山奥とか無人島が良いんだけど」

「それでしたら海に向かいますね」

 オクタヴィアは『家を呼ぶ』という表現に疑問を感じたが。タコならばそんなことも可能なのだろうと、質問をすることなく飛行を続けた。


 さすがに初めての飛行で長時間飛ばさせるのは可愛そうなので、タコは途中で休憩することも提案したのだが、オクタヴィアは大丈夫だと飛び続ける。

 ゲームではスタミナの都合上、こんなに長く飛び続けることはできないはず。だが、ドラゴンがちょっと飛んだだけで疲れるのはゲーム的な仕様だ。

 その辺は逆に現実的な疲労に収まっているのかもしれないと、タコは推察する。


 しばらく飛行を続ければ海が見えてきた。さらに沖合に行けばちらほらと島も目に入るようになる。その中にちょうど良い大きさの島があった。

 タコが魔法で人がいないことを確認すると、オクタヴィアに着陸してもらう。彼女は感覚的にスキルの使い方を理解したのか、半人半龍の姿に戻った。


 しかし、粗末な格好をした彼女の姿は痛々しい。タコはさっさと拠点を呼び戻そうとインベントリからアイテムを取り出す。

 それは、ミニチュアサイズの家の模型だ。拠点を移動したい場合に使う課金アイテムであり、タコも何度か使用したことがある。


 模型を地面に置くと、そこからARのようにタコの拠点、『伏魔殿』の姿が疑似的に表示された。特に問題はないだろうと判断し、出現に巻き込まれないように距離を取る。


 そして、キャンセル可能時間が過ぎれば淡い光と共に伏魔殿が実体となった。

 オクタヴィアは目の前に突如現れた神殿に驚きを隠せていない。口をぽかんと開けて神秘的なその姿を眺めている。

 タコはそんな彼女の手を取って中に入ろうとするが、入り口の前にはすでに二人の人物が立っており、こちらを見つけると声を上げた。


「あ、ボス、お帰りなさいませ。急に転移なんて何があったんですか?」

 二人はタコが門番に設定していたイカの人魚だ。その表情や話し方はとてもNPCとは思えない。やはり、今ではタコと同じように意思を持って動いているようだ。


「マイカちゃんにアオリちゃん、お疲れ! あなたたちも来ているのね、良かったわ! えーとね、皆に話があるから広間に集合させてもらえるかしら?」

「了解です! それでは失礼します!」

 二人の人魚は敬礼をすると早足に神殿の中へ入っていく。その後にタコたちも神殿に足を踏み入れようとすると、不意に黒い影が現れてタコを押し倒した。


「タコ様!?」

「おわっぷ! ……て、これはティーちゃんね! あらあら、ずいぶんと甘えんぼさんだこと!」

「わんわん!」

 黒い影の正体はタコのペットである犬型のモンスターだった。その体の半分は青みがある粘液に覆われており、まるでアンデッドのような風貌をしている。

 四つ足の状態でタコと同じくらいの大きさがあるが、その見た目とは裏腹に、まるで小型犬のようにタコの顔を舐めまわしていた。


「こらこら、ちゃんと後で構ってあげるから、少し待ってなさい」

「くーん」

「う、羨ましい……」

 タコはティーを横にのけると、よしよしと頭を撫でる。その光景をオクタヴィアは羨ましそうに眺めていた。すると、ティーが来た方向からまた二匹の生物が姿を現す。どちらも人間並みの大きさがあるスライムと蜘蛛だった。


「てけりー」

「キー!」

「ショーちゃんとアトラちゃんもお出迎えありがとう! こちらが新しい仲間のオクタヴィアちゃんよ。仲良くしてね!」

「あ、ええと、よろしくお願いします」

 オクタヴィアが頭を下げるとペットたちも同じように頭を下げる。そのままさっと横に退いて道を空けたので、タコは皆を引き連れて中央の広間に向かうことにした。


「……お帰りなさい」

「お、タコ、お帰りー」

「あー!?」

 広間の中心部にはNPCを引き連れた二人の人物が立っている。一人は全身鎧を、もう一人はドレスを着た女性だ。

 それは、タコにとっては実に見なれた姿でもあった。


「やっぱりあなたたちもいるのね! 嬉しいわ!」

「そう、それは良かったわ」

「あはは、タコ、くすぐったいよ!」

 タコは足早に二人の方に近づくと触手でぎゅっと抱きしめる。それは間違いなく自分が作ったキャラクターであり、こうして話ができるのはまるで夢の様だった。


「えーと、念のため確認するけど、セカンドキャラの『レイン』にサードキャラの『アイリス』よね? あ、セカンドと言っても分からないかしら?」

「いえ、その辺は大体認識してるわ。もともと、あなたが私たちを作ってゲームをしていたこともね」

 セカンドキャラの『レイン』はその恰好とは裏腹に、可憐な少女のような声を出している。さらに、部屋の中だというのに鎧も兜も脱ごうともしない。

 もちろん、そんなキャラだと設定したのはタコ自身ではあるが。 


「動けるようになったのはついさっき。理由は分かんないけど、俺たちの性格は、あんたが設定した通りになっているみたいだな」

 サードキャラの『アイリス』が笑いながらタコに答える。そして、タコの背中に手を回すと、嬉しさの表現なのかバンバンと音を立てて叩き出した。

 見た目はお姫様なのだが、行動も口調もそれに似合わず砕けている設定なのだ。


「そこまで認識してるの!? なんだか、変な感じねぇ」

「俺だってそうさ。目が覚めた? 時にはかなり混乱しちゃったぜ!」

 そう言いながらもアイリスはケラケラと笑っている。レインの方は兜でその表情は読めないが、冷静に状況を分析しているようだ。


「あ、オクタヴィアちゃん。この二人はタコさんの娘? かしら?」

「いいんじゃないかしら、それで」

「おう、よろしくな」

「は、はい! こちらこそ!」

 挨拶もそこそこに、タコはオクタヴィアを連れ添って部屋の奥、階段状になった先にある玉座の前に立つ。すると、ほかの全員は事前に取り決めたかのように部屋の中で整列し、タコの方を見た。


「それではみなさん、状況を説明します! タコさんはどうやら異世界に召喚されたため、『伏魔殿』を転移させました! 原因などは今後調査します! しかし、私たちの行動は変わりません! 明るく楽しく爽やかに暮らしつつ、女の子を悪堕ちさせることです! 意見はありますか!?」

 誰もが静まり返りタコのことを見つめている。どうやら特に言いたいことはないようだ。


「よし! そして、この娘はこの世界における最初の同胞、オクタヴィアちゃんです! 彼女にはブラックドラゴンの力を与えました! 皆さん、仲良くしてください!」

「オクタヴィアです。私はタコ様に新たな人生をいただきました。どうか皆様、よろしくお願いします」

 オクタヴィアが頭を下げると全員が拍手をもって答える。集団に気圧されていた彼女も、みんなの歓迎に心がほぐれたのか表情が緩む。


「ではまず、レイン率いる妖精ちゃん! あなたたちには『伏魔殿』の維持管理をお願いします。次にアイリス率いる人狼ちゃん! あなたたちは『伏魔殿』の防衛担当とします! 最後に私のイカちゃん! あなたたちは近隣からこの世界の調査をしてください。しかし、まだこの世界は我々にとって未知があふれています。自分たちの安全を最優先で行動してください!」

「はい!」

 全員の気合が入った返事にタコはうんうんとうなずく。正直、威厳と頼りなさが混ざった挨拶になってしまったが、ここにいる者たちは、それがいつものタコであると思っているようだ。


「では、解散! あ、レイン、アイリス、オクタヴィアちゃんは細かい話をしに行きましょうか」

 タコが階段から降り始めると、列が自然と左右に分かれ道を開ける。タコはとりあえず自室に行こうと3人を引き連れて広間を出て行った。


「オクタヴィアちゃん大丈夫? みんないい子だから安心してねー」

「はい、大丈夫です。皆さんが私を見る目がとても優しかったので」

「しかし、タコも異世界に来て早々にこんな純朴そうな娘を毒牙にかけるなんてね」

「ふっふっふー! タコさんは悪堕ちをするべき人間と運命の糸が繋がっているのよ!」

「はいはい」

 雑談をしながらしばらく歩けば、障子戸が付いた一つの部屋にたどり着く。ここはタコの私室という設定になっており、障子をスライドさせれば畳張りで10畳ほどの部屋が現れた。


 タコは中に入ると中央にあるちゃぶ台の周りに座布団を敷く。レインは鎧のままそこに座り、アイリスはどかっと胡坐をかいて座った。オクタヴィアもタコに座るように促され、恐縮しながら女の子座りをする。


「最初に一つ、確認したいんだけど」

 お茶の用意もそこそこに、レインがタコの方を向いてじっと見て言う。兜でよく見えないが、タコはその視線が自分を貫いているように感じた。


「あなたは『邪神タコ』というより、私たちを作った存在よね?」

「え? ……あっ、そういう意味ね。そうそう、私は『邪神タコ』も含めて、あなたたちを作ったわ」

 アイリスも真面目な顔をしてこちらを見ている。タコとしては、彼女たちが自分に対してどういった感情を持っているのかいまいち判断がつかない。

 ひょっとして、勝手にこんな存在にされたことを怒っているのだろうか?


「ああ、勘違いしないで。別に、あなたに対して何か言いたいことがあるわけじゃないわ。なぜ、私たちが『こう』なったのか。なぜ、あなたは『邪神タコ』になったのか。その辺が知りたかっただけよ」

「言われてみれば、あなたたちはNPCからこうなったのに、私がタコさんになったのも変な話よね。最後にログインしてたキャラだからかしら?」

 タコは触手を組んで頭をかしげるが、もちろん答えが出てくるわけもない。


「それによ、タコだけここに居なかっただろ? 今までどこにいたんだ? あと、異世界ってどういうことだ?」

「えーとね、タコさんも気が付いたら召喚されててね、詳しいことはさっぱり」

「それでしたら、私が分かる範囲で説明します」

 オクタヴィアが儀式の内容を説明する。しかし、なぜタコが召喚されたのかはよく分からなかった。考えてもしょうがないという事で、話はオクタヴィア自身のことに移る。


「な“、な“ん”て“か”わ“い”そ“う“な”の“ー!」

 タコはその話を聞くとあまりの不憫さに思い切り涙を流しだす。しかし、アイリスの方はポリポリとお菓子をかじりながら、何ともなさそうに話を聞いていた。


「ふーん。苦労したんだなぁ、オクトは」

「オクト? 女の子なら『タビー』とかじゃない?」

 アイリスが言い出した略称にレインが苦言を呈する。しかし、アイリスはそれに対する反論も用意していた。


「ああ、タコって英語で『オクトパス』だろ? 『オクト』ならタコとお揃いじゃん」

「お揃い……はい、これから私のことは『オクト』とお呼びください」

 当のオクタヴィアが嬉しそうなのでタコはそれ以上何も言わなかった。若干頬が朱に染まっていることが気になったが、それを指摘する前にストローでアイスティーを飲んでいたレインが話題を変える。


「そうそう、それから二つ名も考えないとね。タコは考えがあるの?」

「二つ名?」

「タコの趣味よ。私は『朽ちた翼』のレイン。こっちは『歪んだ牙』のアイリス」

「タコさんは『潰えた祈り』のタコさんです! それでね、オクトちゃんは『自由なる黒』のオクタヴィア! どうかしら!?」

「自由……黒……。はい、とても気に入りました。それでお願いします」

 タコが中二力全開で即興で作った名前だが、オクタヴィアは本当に気に入っているようだ。その様子にタコもうんうんとうなずきながら話を続ける。


「それから! オクトちゃんはレインたちと同じ『アウトサイダー』の幹部だからね! 同列なんだから、『タコ様』とか言わなくていいのよ!」

 しかし、今度はオクタヴィアの反応がいまいちだった。思いつめたように視線を下げると、自分の頬に指を当てて何かを考えている。


「どうしたの?」

「……タコ様。一つお願いがあります」

 急にオクタヴィアが姿勢を正し、タコに対して土下座のように頭を下げた。いきなりそんなことをされてしまい、タコの方がおどおどしてしまう。


「私は、タコ様の為に生きたいと思います。どうか、あなた様に仕えることをお許しいただけないでしょうか?」

「ちょちょちょ、オクトちゃん!? そんな仕えるなんてしなくても……」

 タコは触手をわたわたと振るわせてオクタヴィアの姿勢を戻そうとする。しかし、彼女はにっこりと笑ってタコに反論した。


「『あなたは自由』だと言ったのはタコ様ですよね? なら、私の自由にしてもいいですよね?」

「えー、あー、うーん」

 そういえば、そんなことを言ってしまったと思い出したタコは、言葉を返すことが出来なくなってしまう。さらに、オクタヴィアの笑顔が断りづらさを上げている。


「タコ、あなたの負けよ」

「そうだな、お前が悪い」

「むー、オクトちゃんも意外とわがままねぇ」

「私を悪に堕としたのはタコ様ですよ。責任を取ってください」

 そう言うとオクタヴィアはタコの横に移動し、満面の笑みを浮かべてその触手に抱き着いた。

 タコもそんな顔を見てしまったら、まぁ悪くは無いかと思ってしまう。そして、恥ずかしさをごまかすようにぽりぽりと頬をかきだしていた。

お読みいただきありがとうございました。

続きは明日から毎日17時に投稿予定です。


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[一言] ティンダロスにショゴスにアトラック・ナチャ… クトゥルフ神話的にはやべぇやつらばっかだわぁ〜
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