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28話 タコさん、こっそり王都に行く

お待たせしました。今日から2章の終わりまで毎日投稿予定です。

「ふむふむ、作戦は順調のようね。なによりなにより」

「ああ、例の薬も完成間近だってよ。……んで、これが最近ちまたで有名なフルーツタルトだ」

 そう言ってアイリスが箱に入ったタルトを取り出す。すると、タコは報告書を机に放りだしてそちらの方にくぎ付けとなった。

 横ではすでにオクタヴィアがお茶を用意している。


「おお、さすがに飾り付けも凝ってるわね! さて、味の方は……おいしー!」

「ボス、貴族向けの高級品でマロングラッセが売ってました! こちらもどうぞ!」

「こらこらハチ、口の周りに食べカスがついてるよ。ほらこっち向いて」

 そして、人狼のハチとポチも一緒におやつを食べている。これらは主に彼女たちがスキルで変装してニューワイズ王国の王都で買ってきた物だ。お金はもちろんパトリックからもらっている。

 ついでに街中の探索もしてもらったので、王都の地図もほとんど完成していた。


「レイン様、このクッキー美味しですね」

「ふむ、ハチミツを使っているようね。なかなかいいセンスだわ」

「うちの飴ちゃんも売ってみたいです。この世界ではちみつのど飴って需要ありますかね?」

 レインの方は妖精のローリエやリコリスとそんな話をしている。ちなみに、シナモンはいつものぐるぐる眼鏡で、一緒に買ってきてもらった魔法関係の書物を読みふけっていた。


 ここは、ニューワイズ王国の首都インテラント。その大通りにあるとある建物の一室だ。パトリックが所有する物件の一つであるが、タコにより大規模な内装工事が施されていた。

 さすがにタコたちがいるのをばれる訳にはいかないので、マジックアイテムなどで防音や人払いも行っている。


 そもそも、なぜこんな所にタコがいるのかと言うと、アイリスが首都にいるのをタコが嫉妬したせいである。


 アイリスは時折、人狼と交代して伏魔殿へ報告に戻っていたのだが、その際に色々とお土産を持って帰ってきた。

 そして、彼女の趣味として大抵のお土産は食べ物となる。最初はそれを美味しくいただいていたタコだったが、そのうち「アイリスだけ王都に行けてずるい!」と駄々をこねたのだ。


 という訳で、パトリックに頼んで建物を用意しもらい、転移のマジックアイテムも設置して別荘モドキの完成である。

 その気になればレインの魔法で透明になりタコも街中を歩くことが出来るのだが、さすがにそれは危険すぎると却下された。仕方がなく窓から見える景色で満足している。

 その裏でタコのことが露見しないかとパトリックが胃を痛めていたことなど、あんまり気にしていなかった。


 そんな感じでそれぞれが部屋の中でくつろいでいると、タコはオクタヴィアが外の景色を静かに眺めているのに気づく。


「……」

「あら、オクトちゃんどうしたの? えーと、あれは大道芸人さん? 魔法の国にもそういうのはいるのね。魔法を使わない技術が逆にウケるのかしら」

 最初は視線の先にある大道芸を見ているのかと思ったのだが、どうやら違うようだ。その顔はなんだか憂いを帯びているようにも見える。

 そして、しばらくすればタコもその原因に気がついた。オクタヴィアが見ていたのは大道芸の方ではなく、それを楽しそうに見ている親子連れの方だったのだ。


「オクトちゃん、やっぱり寂しい?」

「そう……ですね。そもそも、この街をゆっくり見る機会がなかったので、なんだか不思議な気持ちです。あ、でも、私は帰って来られただけでも幸せですよ。母のお墓にお参りもさせていただきましたし」

 そう言いながらオクタヴィアは笑顔を見せる。しかし、未だ外を気にしている瞳に少しの陰りがあることをタコは見逃さなかった。

 オクタヴィアの頭を触手で掴むと、無理やり自分の方に向かせる。


「オクトちゃん、そうじゃないでしょう」

 そして、お互いの額をくっつけるくらいに近づけた。突然のことに顔を赤らめるオクタヴィアだったが、タコは気にせずその目を見ながら言葉を続ける。


「あなたもアウトサイダーの一員なんだから、欲しいものは欲しいって言いなさい。それとも、タコさんじゃ頼りにならないかしら?」

「とんでもありません。……いつもありがとうございます、タコ様」

 こうやって好き放題やっているタコに対し、どうしてもオクタヴィアは自分の希望を言い出すことが無い。

 まあ、この世界における普通に人間なら伏魔殿の生活で不満がでる者の方が少ないだろう。

 オクタヴィア自身も、未だに自分がこういった光景に思うところがあるのを自覚していなかった。


「ですが、私も自分が求めるものがよく分かりません。今さら両親が欲しい訳ではありませんし。それに、今の生活はとても満たされているはずなんですがね」

「それなら、タコさんも一緒に考えてあげるわ! オクトちゃんも思いついたら遠慮なく言ってね!」

 タコの力強い励ましにオクタヴィアはいつもの優しい微笑みを返す。それに対してタコも満面の笑みを浮かべると、大量のお菓子が待つテーブルへと彼女を連れて行った。


 そして、しばらくは和気あいあいのお茶会が続いていたが、改めて外の景色を眺めていたタコが疑問の声を上げる。


「しっかし、この世界って基本的に魔族対人間の戦争中なのよね? それにしてはこの国ってずいぶんと平和じゃない?」

「戦争と言っても年がら年中戦ってる訳ではないですよ。戦争の準備をして、終わったらその復旧。復旧が終わったらまた準備が必要になりますし」

 既にいつもの雰囲気に戻ったオクタヴィアがその疑問に答えた。


 確かに魔族と人間の戦争は続いているが、新たな争いが始まった時、まずは三大国家にとって防壁代わりの周辺国家が対処するのが基本だ。

 そして、一度争いが起きれば戦地周辺は場所も人の生活も荒れる。そのため、次に争いが起こるのは別の場所となることが多い。

 別の場所で争いが起きている間に前の戦地は再建を行う。こういったローテーションが今では組まれていた。


「それに、十年ほど前に魔族と三大国家すべてが一つの戦場にそろった、大規模な戦争があったんです。その時に魔族側は魔王が、三大国家も主力の部隊を失いました。今では『惨劇のカルテット』と言われています」

「その時の被害が大きすぎて、大規模な作戦がどこの国もトラウマになってるみたいね。魔族がナスキアクアに対して面倒な裏工作を行ったのも、その影響があるのかしら」

 オクタヴィアの言葉をレインが補足する。二人は以前、こういった周辺国家の歴史をアレサンドラから教わっていた。


 魔法があるこの世界では個人の強さの幅がどうしても大きい。そのため、大国の戦争は少数精鋭による一点突破が基本となる。

 仮に魔法の使えない兵士を大量に集めたところで、普通の剣などはじき返す防御を張れる兵士が一人いれば、それに対抗することはできないからだ。

 だが、そういった強力な個人はどうしても育成に時間がかかる。幸か不幸か、今は十年前の戦争により失った戦力を育成している最中のため、どの国も大規模な作戦を仕掛けられないのだ。


 そんな話をタコは気の抜けた顔で「ほへー」と聞いていた。実際の所、単なるちょっとした疑問だったので、これほど本格的な話になると思っていなかったのである。

 同様にあんまり興味が無さそうにしているアイリスに気づくと、話題から逃げようと話を変えた。


「あ、そう言えばアイリス。例の『違和感』の件は解決したの?」

「ああ、間違いなく原因はコゼットだ。あいつも結構おもしろい奴でな、あの腕の傷、多分自分でつけてるぜ」

 そう言いながら、アイリスはナイフで自分の腕を切るようなジェスチャーをする。思ったよりも黒い話にタコは思わずのけぞった。


「え、それってまさかマゾ的な?」

「いんや違う。そもそも、刃物で切られて喜ぶマゾなんて、俺みたいに特殊な奴じゃなきゃそうそういねえよ」


「んじゃ、どうしてまた?」

「簡単だよ。あれは、フレイヤの為に付けてるんだ。大方、治療技術の実験体になってるんだろうな。んで、コゼットは『フレイヤ様のためなら傷だって喜んで付けます』って考えてるんだろ」

 それは、ある種の狂気や狂信と言えるものかもしれない。

 だが、フレイヤとコゼットの馴れ初めを聞いてるタコは、まあ、そうなるのも分からなくもないかな? と首をかしげた。


「なるほどねー、マゾのアイリスとはちょっと違う訳か。……あれ? それがタコさんが感じた違和感となんの関係があるの?」

「ま、それはおいおい教えてやるよ。とりあえず、今は二人を放置して問題ない。その方が面白くなる、俺が保証するぜ」

 アイリスはニヤニヤと笑ってタコの方を見る。一応、フレイヤはタコの出したテストの最中なので、ある程度の問題は自分で対処するべきだ。

 それに、なんらかのトラブルが起きてもアイリスが近くに居れば大丈夫だろう。そう思ってタコは、彼女の言葉を信用することにした。



 ニューワイズ王国の王城近くにある魔導研究所。ここは国直轄の機関であり、膨大な予算の下で様々な研究が進められていた。

 その中で最も機密性の高い区画。ここは物理的にも魔法的にも厳重な警備体制が敷かれており、現在は賢者の石の解析などが行われている。


 さらに今日は、普段から厳重な警備が一層強化され、物々しい雰囲気が周囲を包んでいた。

 その原因は、賢者の石という稀代の品を扱っているというのはもちろんのことであるが、国王による視察が入ることとなったからだ。


「国王陛下、ようこそいらっしゃいました」

「よい。セシル老、堅苦しい挨拶は不要だ。それよりも研究の状況を聞かせてくれ」

 彼らの目の前では、国有数の魔術師が賢者の石の利用法を研究している。

 打ち合わせのために用意されたスペースでその様子を眺めながら、セシルが王に対して説明を始めた。


「はい。過去の文献により、物質の変換方法に関してはおおよそ判明しました。先日、パトリック王子が申し上げた通り、貴重な金属への変換実験も順調に進んでおります」

「ふむ、それは素晴らしい」

 実際の所、賢者の石は使用法が分かればどんな物質でも変換することができる。

 しかし、技術のない者が使用しても変換にとてつもない時間がかかるため、結局は変換ができないのと同じことになってしまうのだ。


「ですが、人体への利用に関しては……申し訳ございません、成果は未だ何も」

「それほどまでに困難なのか?」

「あまりにも未知の部分が多すぎます。一度、実験動物に投与しましたが、何の反応も示しませんでした。資料も乏しく、手探りでしか進められない状態です」

 賢者の石自体は変換に使用するアイテムなので、飲み込もうが体内に埋めようが何の意味も無い。もちろん、回復アイテムの類ではないので傷や病気を治すことはできない。

 そして、成果がないことに対して王は明らかに不服のようだ。そんな彼に対し、セシルは一つの案を出す。


「……お願いがございます。研究員にフレイヤ嬢を迎えさせていただけないでしょうか?」

「なんだと?」

 王が疑問の声を上げる。確かに優秀な娘ではあるが、彼女の扱いはほとんど公然のものであり、セシルも理解しているはずだ。

 優秀であるということは、それだけ嫁に出すときに対価を要求しやすいという事である。だが、賢者の石などという国家機密に触れさせてしまえば、他国に渡すことはできなくなるだろう。


「彼女の治療に関する技術は本物です。私が指導していたこともあり話も通じやすい。今後、彼女がこの国に骨を埋めることとなっても、十分な成果を出してくれることでしょう。ご検討をいただけないでしょうか?」

「ふむ、なるほど……」

 セシルはそれでも彼女を引き入れるメリットがあると説明する。実際に彼女は王の治療チームへ入る候補に上がったほどの実力者だ。

 それでも、王には一つの懸念事項があった。


「だがな、奴には問題がある。あれの母親の話はお前も知っていよう?」

「ええ、もちろん。しかし、彼女は王に対し思うところなどありませんよ。さすがに大人になれば現実を理解したのでしょう」

 確かに、幾ら恨みがあったとしても、女性、しかも娘が王に逆らうなど不可能であるし、メリットが無い。

 フレイヤのようにいわゆる頭の良い者ならば、そんなことは理解してるはずだ。


 それに、最近では貴族の間でフレイヤの評判が上がっているのは王も知っていた。それは、復讐を考えている者が行う行動ではないだろう。ならば、今後とも国にいることになっても、メリットの方が大きいかもしれない。

 仮に反意があったとして、治療の邪魔になるならば飼い殺しにするなど対策はいくらでも取れる。


「……分かった。許可しよう」

「ありがとうございます! では、さっそく手配をさせていただきます」

 結局、王は自分の治療ができる可能性が高くなる方を選んだ。セシルは頭を下げて感謝を示す。

 もちろん、これはフレイヤの考えたシナリオ通りである。しかし、自分の体の事ばかり考えている王は、そこから外れることなどできるはずがなかった。



「これが……賢者の石……」

 セシルによる王との交渉から数日。フレイヤは研究所に呼ばれて賢者の石の実物を見せられていた。さらに、セシルが作成したマニュアルを渡せばそれを食い入るように読みだす。

 そして、フレイヤはそれを読み終わるやいなや、用意された鉄と賢者の石を手元に持ってくる。それに定められた手順で魔力を流せば、みるみるうちに鉄が金に変換されていった。


「おお、一度見ただけで成功するとは!」

「さすがはフレイヤ様。これで研究がさらに進展しますね」

 周囲にいる魔術師から歓声が上がる。もちろん、既に何度も賢者の石を使っているフレイヤからすれば難しいことではなく、むしろ手を抜いている状態だ。

 だが、彼女はセシルから直接の指導を受けることもなくこの技術を習得しており、その評価はあながち間違いではない。

 しかも、さらに修練を続けて今ではセシルと同等の変換効率を誇っていた。


「素晴らしい……これは素晴らしいです! これがあれば治療技術に革命を起こせるでしょう!」

「ほうフレイヤ、これを治療に利用できると言うか」

 事実、セシル自身は賢者の石の使用法は解析したが、治療に活用はできなかった。

 専門が違うので仕方のないことであるが、自身が出来ないことにフレイヤがどのような回答を用意したのかは興味がある。


「はい、まずは予測できる利用法をリストアップします。それから検証ですね、ああ、なんだか興奮してきました!」

 あまり華美な格好をしないフレイヤであるが、その美しさは母親譲りだ。そんな彼女が朗らかな笑顔を振りまく姿は周囲の研究者にも喜びを与える。

 彼らは二人のやり取りが茶番であることなど知る由もなく、新たな研究に打ち込むのだった。

書き溜め中に1,000ポイントを突破しました。

皆様、本当にありがとうございます。


今後もお楽しみいただける投稿ができるよう、さらに精進いたします。

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