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27話 計画、順調なれど

「ほ、本当に妻の病気が治るんですか?」

 少し腹の膨らんだ中年の貴族が心配そうな声を上げる。

 その横では、フレイヤがベッドで上半身を起こす女性を診察していた。その女性は顔色が悪く、今も頻繁に咳き込んでいる。


 フレイヤは女性の胸の前に手をかざし、魔法で体内の様子を探っていた。それは内臓の一部にある異常を教えてくれる。

 そして、それが予想通りのものであることが確認できると、女性を安心させるように微笑んだ。


「はい、やはり思った通りですね。これならば十分に治療可能です」

 そう言って部屋の端にいたコゼットに視線を向ける。彼女は隣に置いていた大きなバッグを持ち上げ、フレイヤの方に持ってきた。

 そのバッグを広げて中から一つの瓶を取り出す。それは透明度の高いガラスの瓶であり、形も綺麗に整っていることから、それだけも高級品であることがうかがえる。


「奥様のご病気にこれを使って下さい。効果は保証します」

「し、しかし以前、この病気に効果のある魔法薬は、材料が希少でほとんど手に入らないと聞いていたのですが」

 その言葉には、都合よく薬を取り出したことに対する、若干の不安と心配が感じられた。ひょっとして、別の病気と勘違いしているのではないかと言いたいのだろう。

 いくらフレイヤが優秀な治癒魔術師だとしても、まだ若い彼女に対し、そういった心配をするのは仕方のないことかもしれない。


 実際、この薬に使用する植物は人手の入らない森の奥深くにしか生えず、数年に一度しか出回ることが無い。

 しかし、フレイヤには賢者の石がある。研究用のサンプルとして持っていた植物を複製したのだ。

 もちろん、賢者の石の使い方は彼女も既に習得していた。


「ご安心ください。実は、ちょっとした量が手に入りまして」

 そして、そんな失礼な質問にもかかわらず、フレイヤは微笑んで疑問に答える。


「先日、パトリック兄様が国外に遠征されましてね。その際、入手したものを譲っていただいたのです。そして、奥様のご病気を聞きましたので、こうして馳せ参じたという訳ですわ」

 さらに、彼女は事前に考えていた嘘をつく。

 嘘の目的はパトリックとの繋がりと、彼の手柄をアピールすることだ。自分が恩を売ると共に、パトリックの評価も上げられるのだから一石二鳥である。


「おお、そうだったのですか! ありがとうございます、なんとお礼を言ったものか」

「とんでもない。以前、研究費のご支援を下さったでしょう。そのご恩を返しに来ただけですよ」

「……ああ、そんなこともありましたな。そこまで覚えていらしたとは」

 この貴族は慈善家業をしている知り合いが支援を頼んできたため、義理で金を出しただけだった。そして、フレイヤもそんな支援者のことまで覚えてはいない。

 しかし、まったく縁のない相手に露骨なことをしても怪しまれてしまうため、このような細い線でも繋がりがある人間を選んだのだ。


「ありがとうございます。これで、孫の顔が拝めそうです」

 魔法薬の効果が出たのか、女性は少し楽そうな顔になり礼を言う。その言葉にフレイヤは一瞬、目を見開いて女性を見つめた。

 それはまるで、彼女に思わぬ幸運が重なったことを驚いてるかのようだ。


「はは。実は先日、娘から連絡がありましてな」

「うふふ、それはおめでとうございます。でも、しばらく無理は禁物ですからね」

 朗らか笑う二人に対し、フレイヤも穏やかな笑みを返す。

 もちろん、こんなことも調査済みである。さすがに魔法薬を用意する手間など考えれば、恩を売る相手を厳選する必要があるからだ。


 その後、次回の検診などの話を終えると、失礼のない程度にお礼を辞退して屋敷を出る。敷地内に止めた馬車まで歩いていると、二人に背後から声がかけられた。


「よっ、お疲れさん」

 その正体はアイリスだ。スキルを使わず姿を見せているが、周囲に人がいないことは確認してあるのだろう。

 ここしばらくの付き合いで、すでにフレイヤたちもアイリスの能力は体験していた。特に動揺もせず振り返る。


「コゼット、荷物ぐらい持ってやろうか? そんな体じゃ色々大変だろ?」

「いえ、結構です。それに、私も人並み以上の体力はありますのでご心配なく」

 アイリスはコゼットが持つ大きなカバンを見て言うが、それを彼女はやんわりと断った。

 実際、女性が持つには大きすぎるカバンを、男性のような体格を持つコゼットは軽々と持ち歩いている。


「ふーん?」

「見た目を綺麗にするのは難しいそうですが、そうではない所、例えば筋肉などはそれなりに手を加えてもらってます」

 これは、コゼット自身が望んでフレイヤに施術してもらったという。護衛や荷物持ちなどの仕事もこなせるようになるためだ。

 受けた恩を返すため、自分にできることなら何でもする。そう言ってお願いされた事をフレイヤが話してくれた。


「んでも、顔なんかは綺麗になってるじゃん。それはなんで?」

「それでも、動かすと傷跡が目立つのですよ。私もまだまだ未熟です」

 そうフレイヤに言われると、アイリスはコゼットに近づいて、覗き込むようにその顔を見る。

 男性的なコゼットと、野性的な美しさを持つアイリスがまるでキスをするかの様に近づいている姿は、フレイヤから見ても少しばかり赤面してしまう光景だった。


「ああ、だからコゼットはそんなに仏頂面なのか。可愛い顔してるのにもったいねぇ」

「お戯れを」

 そして、アイリスが自然に褒めるような言葉を言うのに、コゼットの方は涼しい顔でそれを受け流す。

 さらに、彼女はさっとアイリスから離れると、何事も無かったように馬車へ向かって歩き出した。


「あらら、振られちまったか」

 置いていかれたアイリスは、腕を頭の後ろに組んでため息をつく。そして、しばらくコゼットの背中を眺めてから、二人の後ろをついて行いった。



 元々、レインがニューワイズ王国対策に考えていた計画は、それなりに気の長いものだった。

 まず、タコやオクタヴィアに対して引け目があるパトリックを利用し侵攻を遅延させる。

 その後、彼はナスキアクアから貢ぎ物を引き出すなど、ちくちくと立場を挙げていく。

 最後は王位をとってもらって条約を結ぶなり、他の国への共同戦線を築くといった手段をとる予定だった。


 フレイヤは、その計画にちょっとした改善を提案してきたのだ。それは、王位をとるための時間の短縮である。

 基本は自身の治癒魔術師としての技術を使い、人々から感謝されるのが基本だ。彼女は研究職であり表の評判はあまりなかったので、逆に話題になり都合が良い。


 さらに、その中でパトリックとの関係性をアピールしつつ、『彼のおかげで薬が作れた』などの評価を上げるのは欠かさない。

 だが、それはあくまで最終的な計画の準備に過ぎない。『とある作戦』が上手くいけば、一足飛びに王位が飛び込んでくる予定だ。


「ほら、頼まれていた病気にかかっている貴族の名簿だ。ある程度の親族まで調べてある」

「ありがとうございます。さすがはお兄様ですね」

 そして、今日もパトリックから恩を売る相手を教えてもらっていた。

 治癒魔術師であるフレイヤもある程度は知っているが、貴族は弱みを見せないように病気を隠している者も多い。

 それでも、王子であるパトリックの情報網があれば、ある程度は調べることが可能である。


「しかし、この国の魔術師が癒せなかった者たちばかりだぞ? 本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だからお願いしたんです。心配はご無用ですよ」

 フレイヤは治癒魔法に関しては天才であり、目的のために狂気ともいえる研究を続けていた。

 そこに賢者の石という素材作成装置があれば鬼に金棒である。さらに、タコから与えられたポーションなどにより、寝る間も惜しんで作業ができるし、魔法薬の作成に必要な魔力も使い放題だ。


「それに、瓶まで特注しているのか? それまで格安で配る意味があるのか?」

「ああ、それはですね。凝った形の瓶なら安易に捨てられなくなるでしょう? それを見る度に恩を思い出してくれるんですよ」


「なるほど。薬だけではなくなってしまうから、そういった工夫もできるのか」

「女性への贈り物でも使えるテクニックです。覚えておくといいですよ」

 そう言ってフレイヤは微笑む。

 その言葉にパトリックは、今まで感じていた疑問を彼女にぶつけてみることにした。


「女性ね……ところで、オクタヴィアといい、お前といい、なぜ、タコ様をそこまで信用できるんだ? 少しは恐ろしいとは思わないのか?」

「あら、そんなことは決まってるじゃないですか」

 何も難しいことはないと、フレイヤはあっさりと答える。


「絶望の淵にいるとき、残酷な現実という闇の中をさまよっていたとき、救世主が現れたのです。まるで、白馬に乗った王子様みたいじゃないですか。女の子は、そんな存在が大好きなんですよ」

 その回答を聞いたパトリックは、苦虫を噛み潰したような顔になるのを止めることができなかった。

 その王子様に対し、自分はどれほどの恐怖を感じているのか。いま、こうして国を欺いていることに、どれだけ胃を痛めているのか。

 少しは自分の苦労も知ってくれと叫びたい気持ちになってしまった。


「よく分からんが、まあいい。……それから、肝心の『あの薬』のほうはどうなんだ」

「そちらもご心配なく。実験の方は順調に進んでおります」

 そこまで話すと、フレイヤはパトリックから受け取った資料をまとめてコゼットに渡す。そして、未だ不安そうな顔を続けているパトリックを置いて部屋から出て行った。


「やれやれ、本物の王子に向かってよくそんなことが言えたもんだ」

 シクシクと痛む胃を押さえながら、パトリックはいまだに山積みとなっている仕事へ向かう。

 どうせなら自分に対しても薬を作ってもらえば良かったと、ため息をつきながら考えていた。



 既に深夜に近い時間。フレイヤは自身の屋敷にある実験室で薬の生成を続けていた。


「フレイヤ様、そろそろお休みになった方が……」

 そんな彼女に対しコゼットは心配の声を上げる。しかし、当のフレイヤはそちらを一瞥することも無く返答した。


「何を言ってるの? この程度の徹夜、いつものことでしょう」

「さすがに長すぎます。タコ様にあってからはずっとこうではないですか」

 やるべきことは大量にある。恩を売る貴族へ使う魔法薬の生成。最終目的である薬の開発。賢者の石の使い方もまだ完璧ではないため、そちらの練習も必要だった。


 だが、フレイヤの計画において一番大切なのはスピードである。放っておいてもパトリックが王位を取るための成果はタコたちが用意してしまうのだ。その後に結果を出しても何の意味もない。

 ならば、寝る間を惜しんではいられないと、フレイヤは日夜研究に明け暮れていた。


「うるさいわねぇ。これの開発が早いほど、私の夢が早く叶うのよ?」

「し、しかし! その前にお体を壊されては何の意味もありません!」

 タコからもらったポーションなどにより疲労が軽減できるとは言え、まともな生活を送っていないことは確かだ。

 従者であるコゼットが、フレイヤの身を案じるのは当然のことである。


「コゼット! 黙ってなさい、あなたは私の言う事だけ聞いていればいいの!」

「フレイヤ様……」

 それでも、見果てぬ夢への手がかりを掴んだフレイヤに、そんな言葉は通じなかった。彼女にしては珍しく、声を上げてコゼットを叱責する。


「それよりも、次の試作品をテストするわ。隣の部屋に来なさい」

「は、はい。かしこまりました……」

 フレイヤは完成した魔法薬を手に取ると足早に部屋を出ていく。そして、コゼットは『手術衣』に着替えると、ゆっくりと彼女の後を追っていった。



「お姫さんもそうだけど、お前さんもずいぶんと熱心だねぇ」

「……!? アイリス様、さすがに女性の部屋へ勝手に入るのは無作法では?」

 自室に戻り服を着替えていたコゼットの背後から声がかけられる。驚いて振り向くと、アイリスがリラックスした様子で椅子に座り、こちらを眺めていた。


「いいじゃねぇか、女同士なんだし。ほれ、疲れと睡眠不足を解消するポーションをやるよ。タコが渡した物より高級品だぜ」

 そして、コゼットに向けてポーションを投げる。着替えも半ばに慌ててそれを受け取るが、彼女はそれに口を付けずにアイリスへ問い返した。


「何故、私に? 姫様に渡した方が計画が捗るのではないですか」

「うーん、同好の士に対するサービスかな」

「同好? いったい何のことでしょうか」

 その質問の意図が分からず、思わず聞き返す。ここ最近は確かに一緒にいることが多かったが、コゼットとアイリスが交わしたのは事務的な会話だけだ。趣味の話などしたことはない。

 それに、特に趣味の無いコゼットにとって、同好と言われても意味が分からなかった。


「その腕の傷、古い奴だけじゃねえだろ?」

「……!?」

 彼女は思わず持っていた服で腕を隠す。しかしそれは、何か後ろめたいことがあると白状しているようなものだ。

 アイリスはゆっくり立ち上がると、コゼットを追い詰めるように近づいていく。


「兵士でもないお前に、そんな傷がつくわけもない。なら、その傷はなんなんだろうな?」

「そ、それは……」

 彼女の体は震え、顔には冷や汗が流れていた。さらに、腕で自分を抱きしめるようにしながら少しずつ後ろに下がる。だが、ついにその背中が壁とぶつかってしまった。


「実は俺も、切ったり切られたりするのが好きでな。趣味が合うかと思って」

「……ち、違います。わ、私は傷つくのが好きなわけではありません」

 しかし、コゼットは何とかいつもの無表情に戻ると、真っすぐにアイリスを見つめ返す。思わぬ反撃を受けてしまい、アイリスはきょとんとした顔になってしまった。


「ん? ……ああ、そっかー。そういうことかー」

 そのまま興味深そうに至近距離でコゼットの顔をじろじろ眺める。だが、コゼットの表情は何も変わらない。

 そしてアイリスは何か得心したのか、ぱっと離れるとコゼットに謝罪した。


「悪かったな、確かに俺の勘違いだ。ま、そいつはやるよ。有効活用してくれ」

 彼女は嘘をついていない。アイリスはそう確信した。そのまま後ろを向くと、ぱたぱたと手を振って部屋から出ていく。

 取り残されたコゼットは、変わらず無表情のまま、しかし少し息を荒げながら、しばらくそのドアを見つめていた。

今回の更新はここまでです。

次の更新は1か月後、2章の終わりまで投稿する予定です。

しばらくお待ちください。


ところで、ブックマークが200件を超えました。

登録してくださった皆様ありがとうございます。

また、感想、評価も増えており本当に嬉しいです。


今後ともタコさんをよろしくお願いいたします。

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