26話 タコさん、検討する
タコとの話を終えてパトリックの私邸に戻ったのち、フレイヤはセシルから作戦の状況や、今後の予定などを詳しく聞いていた。
そして、支援物資としてマジックアイテムを受け取ることになるが、その内容に驚いていると、パトリックが狼の耳が生えた女性、アイリスと一緒に戻ってくる。
なんと、フレイヤの護衛として彼女を付けることになったそうだ。しばらくは行動を共にして、ある程度の相談にも乗ってくれるという。
しかし、現在のフレイヤは『成果を出す』という試験の最中なこともあるため、アイリスが行うのはあくまでも身体警護のみ。自発的な助言や手伝いはしないとのことだ。
そして、何か動いてもらうときには連絡をすると言われ、フレイヤは私邸に戻ることになった。
◆
パトリックが王位に就くことに協力し、その成果次第で自身の夢が叶う。私邸へ戻ってきたフレイヤは、私室に入るやいなや、自分の幸運に思わず声を上げたくなった。
しかし、一つの問題がある。
成果次第で叶えるという事は、この作戦の中で自分が関わったことによるメリットをタコに示さなければならない。
今まで権力闘争に身を置いてなかった自分が、それを示すというのはかなりの難問であろう。
だが、フレイヤとて考えもなくタコの話に乗ったわけではない。
それに、兄たちと余計なトラブルを招く権力闘争に興味が無かっただけであり、その先に自分の目指すものがあるのなら、身を投じる覚悟はある。
しかし、最大の障壁は国王だ。
今まで目立たず成果を上げてきた自分の評価は悪くないが、政治に関してフレイヤのことを気にすることはないだろう。
そこには少しばかり強引な手を使う必要がある。
そのための材料はタコが用意してくれた。
賢者の石。これを使用することに対してタコの了解は取っている。使い方はこれから練習する必要があるが、それもセシルから説明を受けていた。
「ふーん、お姫様の家にしてはずいぶんと殺風景なんだな。これだと事務所か研究所みたいじゃねえか?」
コゼットから家の案内を受けていたアイリスが、フレイヤのいる私室に戻ってくる。
実際、この家は彼女が人に言えない研究をするときに使用している所だ。使用人なども雇っていないため、当面はここで作戦にあたる予定である。
そしてフレイヤはアイリスと今後の打ち合わせを行う。しかし、彼女はその美しい見た目とは裏腹に、あまり上品とは言えない作法でお茶を飲みながら、適当に相槌を打っているだけに見えた。
それでも、フレイヤは油断なくアイリスの様子を伺っている。場合によってはその牙が自分に向かうことになるとフレイヤは思っていたのだ。タコとの秘密を漏洩させないために。
もちろん、タコにもアイリスにもそんなつもりは一切無いのだが。
「んじゃ、この家にいる間は言われた部屋にいるぞ。聞かれたくない話があるときは、この札を使ってからにしてくれ。悪いが俺は耳が良いんでな」
そう言ってアイリスは自分の耳を指してアピールした後、部屋から出ていく。彼女の強さがどの程度のものかフレイヤにはよく分からないが、タコほどの力を持つ者が寄越すのだから心配する必要はない。
早速フレイヤは札を使用すると、コゼットの方を見る。
「さて、何か言いたいことがあるようね?」
「フレイヤ様、タコ様を信用してもよろしいのですか? その、邪神を名乗る者など……」
彼女の言い分は理解できないこともない。そもそも、邪神の話を疑いなく信じるという方がおかしいだろう。
しかし、それを補って余りあるメリットがあるのなら話は別だ。
「今さら何を言ってるのよ、あなたもオクタヴィアを見たでしょう? それに、これだけのマジックアイテムを用意できるなんて、人知を超えた存在だというのも納得できるわね」
パトリック同様、フレイヤはタコに多量のマジックアイテムをもらっている。むしろ、女性である彼女の方が様々なおまけが付けられている。
だが、そんなことは重要ではない。フレイヤにとって大事なことはただ一つだ。
「私だって気づいていたわ。自分の夢が人の身には余るものだって。それが、手の届く位置に降りてきたのよ! だったら、私は邪神に魂を売るくらい何の問題も無いわ!」
「フレイヤ様……」
いくら狂気の世界に踏み込んでいたとしても、不可能なことは不可能だ。その程度で不老不死が叶うのならば、今頃世界には不死者があふれている。
そこに、タコという存在が現れ、オクタヴィアという例を示してくれた。願いが叶えるたえに人を辞めることなど、些細なことに過ぎない。
「それとも、あなたは嬉しくないの? 主人の夢が、間もなく叶うというのに」
「そ、そんなことはありません! あなたがどれほどそれを望んでいたのかは、良く知っています!」
そもそもコゼットが救われたのは、フレイヤに不老不死という夢があったおかげだ。
そして、その夢に対してフレイヤがどれほど焦がれていたのかは、成果を受けたコゼット自身が理解している。
「だったら、この話は終わりよ。さて、さっそく私の力を示すような計画を考えないとね」
これ以上、言う事は無いとフレイヤは話を切り上げる。そんな彼女は、コゼットの瞳にある種の狂気が浮かんでいることに気づいていなかった。
◆
「ふーん、これがフレイヤちゃんが提案した計画?」
「ああ。大したもんだな、数日でここまで仕上げてくるなんて」
タコは伏魔殿の自室にて、アイリスから報告を受けていた。レインとオクタヴィアも同席してその内容を確認している。
「なかなか面白いわ。こういった賢者の石の使い方は、私たちには思いつかなかったわね」
レインは素直にその内容を褒める。
治癒魔法の研究者でありながら王族でもあるフレイヤは、自分の知識を政治にどう利用できるかよく分かっているようだ。
さらに、タコたちにはできない発想も加わっており、パトリックに王位をとらせるという目的以外にも興味深い作戦となっていた。
「そういえばさ、セシルさんが賢者の石を使えてたじゃん。タコさんも頑張れば使えるのかしら?」
タコはアルケミストのクラスを取得していないので、当然、賢者の石を使用することはできない。
ゲームにおいて、クラスレベルの合計の上限は通常のレベルとなっていた。もちろんタコは上限まで取得している。
試しにこちらの世界でエキスパートブックを使ったこともあるが、やはり新たなクラスを取得することはできなかった。
「クラス無しでも使えるのは間違いないわね。セシル老が使用方法をまとめてくれたけど、見る?」
「ほうほう……うげっ」
レインが渡したのは、びっしりと字が詰まったレポートだった。タコはそれに目を向けただけで拒否反応のような声を漏らす。
アイリスはそもそも手にも取らず、オクタヴィアは額にしわを寄せながら必死に理解しようとしている。
「アルケミストのクラスを持っている私や妖精は書いてあることが理解できたわ。なんで知ってるのかと言われても答えられないけど」
普段は賢者の石を『使おう』と思えば勝手にこういった手順をとっていたため、改めて説明しろと言われても『なんとなく』としか言えなかった。
しかし、そういったスキルにもしっかりと理屈があるようで、それが理解できる者ならゲームに関係なくスキルと同じことができるようだ。
「レオーネちゃんやヴォルペちゃんが使っていたこの世界基準の魔法は、転生しても普通に使えるのよね?」
この世界の人間は魔法が苦手であるが、戦士なら肉体強化の魔法を使えることが当然だ。さすがにそんな手段も無く、魔法が得意な魔族に対抗することはできない。
そして、そんな肉体強化やヴォルペの魔法は転生しても使えている。しかし、ゲームのスキルや魔法の方が強力であるため、今ではほとんど使われていないが。
「俺もレオーネに習ってみたが……あんまりうまくいってねぇなぁ。今じゃ、オクトの方が上達してるくらいだ」
「恐縮です」
アイリスがレオーネに習い始めたのはまだ最近なので、使えない方が普通だ。一般的な戦士でも数ヶ月から一年近い修練を経てやっと使えることを考えると、むしろ早い方である。
何とか実践レベルになってるオクタヴィアは、才能ありだとレオーネから太鼓判を押されていた。
「私もエルダから魔法を習ってみたわ。使えないこともないんだけどね……」
「え、そうなの? 見せて見せてー」
レインは悩むように腕を組んでいる。どうやら、あまり気が乗らないようだ。
そんなことを気にせずタコは触手を拍手の様に鳴らして催促する。仕方なくレインはそれに応えた。
「まあいいけど……、『水よ、霧となり光を乱せ』」
その瞬間、爆発のような音と共に、真っ白な霧が部屋中を包んだ。突然のことに、タコは驚いて周囲をキョロキョロと見回す。
「な、何事!?」
「あらら、やっぱりこうなるのね。タコ、この霧を消してちょうだい」
「え? あ、そうか、水だもんね、<水破壊>!」
タコが魔法を唱えると一面の霧は姿を消した。じめじめとした空気は一瞬でカラっとした空気に変わる。
オクタヴィアは状況についていけず、目をぱちぱちと見開いていた。
「び、びっくりしました」
「おいおい、いったい何だったんだ?」
さすがにアイリスは落ち着いているが、濡れたのが不快だったのか、水を払うように耳をパタパタと動かしている。そして、一体何が起きたのかとレインの方を向いた。
「出力調整を間違ったのよ、まだまだ練習が必要ね。どうも私は魔力の調整が苦手みたいで、エルダには『巨人が豆を掴もうとしているみたい』って言われたわ」
「レイン様でも難しいんですか?」
レインの魔力は伏魔殿でもトップである。知識量や真面目さも同様であろう。
そんな彼女ですらこうなるという事は、この世界の魔法はそんなに難しいという事だろうか。しかし、レインはそれを否定する。
「単に経験が不足してるだけだと思うわ。例えばだけど、タコは『魔力を掌に出して』って言われてすぐにできる?」
「え、魔力なんて……あ、そっか」
言われてタコは気づく。『魔力を掌に出す』魔法などゲームには存在しない。そんなものはゲーム的になんの価値も無いからだ。
なんとなく手に意識を集中させてみても、もちろん、その手には何も起きなかった。
「そう、私たちはゲーム由来の魔法やスキルは使える。だけど、そうじゃないことをするには経験が不足してるのよ。結局、この世界の人間のように修練が必要ってことね」
つまるところ、この世界の魔法に関してタコたちは完全な素人にすぎない。
アレサンドラなどは技術があるため、転生やレベルアップにより増加した魔力をこの世界の魔法に利用することができた。
しかし、逆に技術の無いタコたちにとっては、無駄に多い魔力を持て余してしまうという事だ。
それでも、圧倒的な身体能力と伏魔殿のサポート体制があれば、通常よりはよっぽど早く習得することができるだろう。
ゲームのスキルや魔法よりも強力になるかと言われれば、微妙な所であるが。
「あ、そうだ。そもそもの話に戻るけど、フレイヤちゃんの計画はこれでいいと思う?」
「別にいいと思うわ。……と言うか、そんな政治的な話。私たちには判断できないでしょ」
そもそも、パトリックが王位をとること自体、ほとんど丸投げしてるような状況だった。
それに、同じ内容を彼にも渡してあるので、何か問題があればそっちから指摘してもらえるはずだ。
「最悪、何かあったら全員ぶんなぐればいいんだろ? 俺としてはその方が好みだし」
「そうですね。後は、柔軟に対応するしかなんじゃないでしょうか」
そして、アイリスからは何とも脳筋な回答が返ってくる。オクタヴィアまでそれに同意してしまった。
それでいいのかとタコは疑問の声を上げる。
「ねえオクトちゃん。アイリスの戦闘に付き合ってるせいか、若干染まりだしてない?」
オクタヴィアはドラゴニュートであるし、戦闘系のクラスしか取得していないので、ある程度は仕方がないかもしれない。
だが、タコにも二人以上の知恵がある訳ではなかった。指摘もそこまでにすると部屋の障子が勢いよく開く。
「お邪魔しまーす。アイリス様ー、オクト様ー。エルダ様から新しい魔法を教わったのー! 模擬戦に付き合ってー!」
「お、ちび達も頑張ってるな。よし、それじゃ行くぞ!」
その障子に負けない勢いで、ちびイカトリオの3人が飛び込んできた。そのままアイリスに抱き着くと、きゃあきゃあと騒いでおねだりしている。
彼女もそれに快く答えると、3人を体にぶら下げたまま立ち上がった。
「あれ? ホタルもこの世界の魔法を使えるの?」
「ええ、むしろ私よりセンスがあるかもしれないわ。子どもの学習能力ってすごいわね」
なんでも、レインが魔法を習っている横で、遊び半分に付き合っていたらしい。そして、簡単な魔法を覚えたら後は早かったそうだ。
ドルイドのクラスや人魚という存在が、ウンディーネの魔法の相性がいいというのもあるかもしれない。明らかにレインより呑み込みが早いという。
「あれー? タコさんなんか取り残されてる?」
「タコ様は色々と忙しかったですし、仕方ないのではないですか? それでは、私も模擬戦にいってきますね。さ、ホタルちゃん。今日は負けないわよ!」
「ふっふっふー! 私たちの新技を見て驚くがいいのー!」
タコの心配をよそに、オクタヴィアもホタルたちと一緒に行ってしまう。
その様子に若干の寂しさも感じながらも、自分も何かした方がいいのかしらと、タコは少しばかり頭を働かせていた。




