24話 タコさん、スカウトを頼む
ニューワイズ王国の首都、インテラント。そこにある王城で、国王を始めとした要人が集まる会議が開かれていた。
その中心にいるのは、この国の第二王子パトリックである。今もナスキアクアにおける作戦行動の成果を華々しく披露していたところだ。
「以上が、ナスキアクアと停戦した理由です。現在お持ちした金は手付であり、今後、この数倍の量が届くでしょう」
もちろん、彼は話す内容を事前にタコと打ち合わせていた。停戦の理由はナスキアクアの特使と裏工作したという事になっている。
だが、そんな話の内容よりも、全員が注目してるものがあった。
「しかし、皆さまには金よりもこちらの方が興味深いでしょう。ご覧ください、これが賢者の石です」
パトリックは自身の目の前に置かれた瓶を、全員に見せつけるように掲げる。その中では水銀のように液体とも金属ともつかないものが、赤い光を放っていた。
それに視線が集まると共に、驚愕、感動、そして少しの猜疑が混ざった声が次々に上がる。
未発見だった古代魔法王国の遺産が目の前にあれば、こういった反応になるのは仕方のないことだろう。
「すでにセシル老により、金の生成に成功しております。そのうちにミスリル、オリハルコン、アダマンタイトなどの生成も可能となるでしょう」
実は、この話は本当である。タコが渡した賢者の石はゲームのアイテムであり、アルケミストのクラスを持たないと使用できないはずだった。
しかし、セシルは預かった賢者の石に対してレインの許可を得て研究を始めると、次々に成果を出し始める。
さすがに生成効率が悪く時間もかかっているが、それも少しずつ改善されていた。
「一つ解せぬことがあります。なぜ、獣人はこれを我々によこしたのでしょう? 本国に持ち帰ればよほどの手柄になるというのに」
「そうだ。それに、サン・グロワールやスプレンドルはどうする? ぼやぼやしていると奴らにすべてもっていかれるぞ」
皆が浮かれている中、参加者の一部が疑問の声を上げる。その中には第一王子、ジョナサンも含まれていた。
王位を争う間柄である彼が、パトリックの成果に疑問を付したいのは当然だ。それに、その疑問自体はもっともである。
いくら人間の世界の遺産とはいえ、魔族にも利用価値はあるだろう。何故、それを簡単に渡したのか。
さらに、魔族が鉱山を押さえているのなら、直接侵略して奪えばいいのではないか。今までの話を聞けば、そんな考えは誰にでも浮かぶ。
しかし、そんなことは想定済みだとパトリックは表情も変えずに答えた。
「ご安心ください。私は、その二つの質問へ同時にお答えすることができます」
「ほう?」
「ナスキアクアには、魔族とはまた別の勢力がいるのです。そして、彼らは人間とも魔族とも違う、第三の勢力になるために地固めをしているようですな。我らに賢者の石を渡したのは、その第一歩でしょう」
「なんだと!?」
嘘をつく基本は、そのうちのほとんどを真実で固めることだ。
タコたちが第三勢力なのは事実であるし、賢者の石を渡した理由も、ニューワイズ王国と停戦するためなのだから間違ってはいない。
裏で両者が繋がっていること。それさえ露見しなければ、後はどうとでもなる。
「我が国の諜報員が軒並み排除されたのはご存知ですね? 彼らはなかなか優秀な者たちです。仮に、周辺の国がナスキアクアに攻め込んだとしても、しばらくは持つでしょう」
彼らの強さは交渉の途中で匂わされた程度であり、現在調査中ですとパトリックは断りを入れた。もちろん、天候操作や魔獣の発生などの真実を混ぜることは怠っていない。
「もちろん、我々が停戦するのはやつらの正体を掴み、こちらの体制が整うまでの間です。頃合いを見てナスキアクアを叩き潰し、全てを奪い取りましょう!」
パトリックは最後に力強く宣言した。
大量にもたらされた金、そして賢者の石。成果を見れば今回の遠征の成果は大成功と言えるだろう。
だが、懸念事項が多いことも確かである。正体不明の勢力、彼らには慎重に当たらなければならない。
最終的な判断を下すのは、部屋の一番奥に座る国王だ。しかし、パトリックには一つの勝算があった。
国王は病を患っており、国内から一流の治癒魔術師をかき集めて治療法を探してる。そこへもたらされた賢者の石。
その効果をうたった伝説は数多くあれど、必ずと言っていいほど出てくるのが『不老不死』だ。
それを目の前にもたらしたパトリックの覚えが良くなるのは間違いない。
「ナスキアクア対策はパトリックに一任する。今後も、我が国の為にその身を捧げよ」
「もちろんです。すべては新たなる叡智の為に」
タコから提示された計画の第一段階は成功した。パトリックは思わず気が抜けそうになるが、それを表情に出さないように気持ち引き締める。
実の所、国を欺いているというストレスにさらされ、彼の胃は現在キリキリと悲鳴を上げていた。
それを悟られないようになんとか笑みを浮かべると、ゆっくりと会議の場から去っていく。
残された会議の場で、思わぬ成果を上げたパトリックに対し、第一王子が睨むような目を向けていたことなど、気にしている余裕は無かった。
◆
パトリックはセシルと共に自室に戻ると、懐から一枚の札を取り出す。軽く魔力を流せば部屋の外へ光や音が漏れるのを遮断する、高度な情報阻害魔法が発動した。
そして、一息ついてから別の札に魔力を流せば、空中に窓枠のようなものが浮かび上がり、『呼出中』の表示が点滅する。
しばらくすると、その窓の中にタコの姿が現れた。
『はいもしもし、タコさんです』
「タコ様、パトリックです。予定通り、ナスキアクアに関する責任者を私とすることができました」
窓に映るタコは、優雅にテーブルでお茶を飲んでいる。パトリックはそれがどこであるかは知らされていないが、かなりの距離があることは間違いない。
それが、目の前にいるように話せるマジックアイテムを、「適当に使って」と渡してくるのだから恐ろしい。
『よしよし、ご苦労様。次回の打ち合わせは一週間後でいいかしら』
「問題ありません。それまでに例のマジックアイテムを設置しておきます」
『はい、それじゃまたねー。……あ、そうだ』
話が終わりかと思ったその時、ふと、タコが声を上げる。それに対してパトリックは何事かと身を強張らせた。
『悪堕ちに興味がありそうな女の子がいたら、ぜひ紹介してちょうだいね! よろしく!』
しかし、やってきたのはお気楽な一言である。そして、すぐに通話も切ってしまった。思わずパトリックは脱力して息を吐く。
「やれやれ、しばらくは休めそうにないな」
タコからは今使っていた札を始めとして、様々なマジックアイテムを預かっている。
その中には所有者の疲労を軽減するものも含まれており、それは言外に「これを使ってでも働け」という意味だとパトリックは考えていた。
もちろん、タコはそこまで考えておらず、適当に役立ちそうなものを渡しただけであったが。
「若、タコ様が言っていたことなのですが」
「ああ、悪堕ちしそうな女性という話だな。……ふむ、そうか」
パトリックはセシルの言いたいことを察した。確かに、身近な所で該当しそうな人物がいるのだ。
ちなみに、『悪堕ち』という言葉うんぬんは、既にタコから力説されている。
しかし、立場上どうやって誘ったものか悩んでしまう。相手は親族であるし、それなりの地位も持っている人物だ。
今のオクタヴィアを見れば、悪い様にされることはないと思う。それでも、邪神に差し出すとなれば、おいそれとできるものではない。
だが、タコの要求に答えられれば、今後の扱いが良くなるのではないか。そんな考えも浮かんでしまう。
「……どちらにせよ、協力者にはできるだろう。話をしてみるか」
「かしこまりました。では、その場を設けさせていただきます」
セシルは頭を下げて部屋から退出する。そして、さっそく心当たりの人物に連絡を取るため動き出した。
(悪堕ちしそうな女性か……タコ様はそう言った者には自ら力を与えると……)
タコのそういった趣向はセシルもなんとなく理解している。そのため、自身には見込みがないことを改めて悟ると、ため息をつくのを止められなかった。
◆
ニューワイズ王国の首都にあるパトリックの私邸に、一台の馬車が向かっている。
乗っているのは高価であるが華美ではない服を着たこの王国の第二王女。その名前はフレイヤ。そして、馬車には執事服に身を包んだ従者、コゼットも乗っていた。
先日、フレイヤはパトリックから『とある理由』により私邸に招待される。その理由はあまりにも不自然であり、普段ならば応じることは無かっただろう。
しかし、仮にその話が本当ならと考えれば、応じないわけにもいかなかった。
「お兄様ったら『秘密裏に入手した賢者の石を提供する』なんて、一体どんな裏があるのかしら」
「姫様はどの陣営にも所属しておりませんし、自分の方へ引き込みをしたいのでは?」
口に出てしまった疑問を、コゼットが答える。もちろん、そんなことは最初に考えた。
フレイヤは治癒魔法に関する研究者としてかなりの実績を上げており、関係者の中ではそれなりの影響力を有している。
だが、この国において女性の地位は高いものではない。国王自体が『好色王』とも揶揄されるほどの女好きなのが、それに拍車をかけている。
しかも、王位継承は男女問わずに指名制となっているが、国王は『娘は政治の為に利用するもの』としか考えておらず、第一王女など早々に他国へ嫁がされた。
そのため、第二王女であるフレイヤ自身もいずれ他国へ送られることが予想されており、王位に関する影響力はほとんど無いものと考えられている。
実際、王の病気を治療している治癒魔術師のチームに、彼女は入れられていない。
さらに、パトリックによる賢者の石の入手など、国家機密に関する情報は伝えられていなかった。
「ま、失うものはないんだし。話を聞くぐらいなら構わないでしょ」
結局フレイヤは、下手に断って不興を買うより招待に応じようと結論を出す。
それから、自分が師事したこともあるセシルに会っておきたい。彼の発表する死霊魔法を応用した技術の数々は、フレイヤの『とある目的』には実に参考となる。
例のドラゴン騒ぎにより塞いでると聞いて心配していたが、最近は現場にも出てきているようだ。何か新しい話が聞けるかもしれない。
フレイヤはすでにパトリックのことよりも、そちらの方に考えが移っていた。
◆
しばらくして馬車は私邸に到着する。
ドアを開けてフレイヤはいきなり驚いた。自身の出向えにセシル本人が来ていたからだ。しかも、一人も従者を連れて来ていない。
「ようこそ、フレイヤ様。久しぶりだの」
「……お久しぶりです、セシル老。お元気そうで何より」
声をかけられてフレイヤの混乱が加速する。以前のセシルは自分の知識に絶対的な自信を有しており、悪く言えばもっと不遜な態度をとる人間だった。
今の彼はその辺りにいる好々爺のように、穏やかな顔を自分に向けている。
「ほっほっほ、顔に出ておるぞ。ま、儂も色々あったんじゃ」
「失礼しました。本日はお招きいただきありがとうございます」
姫であるフレイヤが実際にそんな無作法をするはずがない。しかし、セシルは雰囲気からその気持ちを察したようだ。
フレイヤはそれに対して謝罪し改めて挨拶を済ませると、先に降りたコゼットの手を取って馬車から降りる。
そして、そのまま屋敷の中に入るが、ここでも誰の姿も見えなかった。だが、その代わりに高度な魔法がいくつも発動しているのを感じる。
「知っての通り、今は貴重品を保管してるのでな。なるべく人間を置かないようにしておる。警備魔法の対象外にする人間を増やすと、処理が難しくての」
確かに、これだけの魔法が使えるなら余計な人間など邪魔でしかないだろう。
賢者の石を入手したという話自体を胡散臭く思っていたフレイヤも、この状況を見れば考えを改める必要があった。
客室に案内されれば席についてたパトリックが立ち上がって歓迎してくれた。挨拶もそこそこに席に着くと、従者ではなくゴーレムがお茶を置いていく。
フレイヤはこれほど精密な動きをするゴーレムなど見たことが無く、あとで詳細を聞こうと心に決める。
部屋の中にはそのゴーレムが一体いるだけで他に人はおらず、調度品もシンプルだ。
パトリックの後ろに何か大きな荷物が置かれているが、厚い布がかぶせられており、その正体は分からない。
「さて、まずは約束を果たしておこうか。これが賢者の石だ、使い方はこちらに書いてある」
「はい、お兄様。……それで、本題は何でしょう?」
パトリックが置いた瓶の中には、赤く光る水銀のようなものが収められている。
フレイヤもすぐに手に取ってみたかったが、それによる対価を聞かずに動くようなことはしない。
しかし、パトリックはじっとこちらを見てるだけだ。よく見ればその目はずいぶんと疲れているような気がする。
「ああ、心配しなくていい。『そんなもの』はいくらでも用意できるから、これから聞く話を断っても持ち帰ってかまわないよ」
「何ですって?」
信じられないような言葉にフレイヤは思わず声を上げた。
予想通りの反応が面白かったのか、パトリックは少し微笑んで指を鳴らすと、ゴーレムが彼に後ろに移動して荷物から布をどける。
そこには巨大な賢者の石が、ガラスの容器の中で浮かんでいた。しかも、その透き通った輝きはかなりの純度であることが想像できる。
「え? こ、これは何ですの? まさか……」
「そう、賢者の石さ。これだけあれば対価次第で何でもできるだろうね」
パトリックはそこで一度言葉を止める。そして、フレイヤの顔を見つめるとゆっくりと続きの言葉を告げた。
「例えば、不老不死だって得られるんじゃないか?」
「……!?」
フレイヤは思わず立ち上がってパトリックを睨みつける。従者のコゼットも主人を庇うように前に出た。
しかし、パトリックは手を組んだまま静かにフレイヤを見つめている。そこにセシルが声を上げた。
「フレイヤ様、それを話したのは私です。申し訳ありませんが、あなたの研究から予想させていただきました」
フレイヤは、自分の目的を誰かに話したことは無かった。馬鹿にされるのが目に見えているし、生命操作に類する研究は禁忌の領域に踏み込むことがあるからだ。
そのため、表向きには治癒魔法の研究としており、研究成果などから目的が分からないように気を付けていた。
だが、同じような研究を人目もはばからず行っていたセシルからすれば、本当の目的を予測することは難しくない。
それに、研究の話を聞くフレイヤの眼に、自分のような狂気があることをセシルは見抜いていた。
「まずは落ち着いてくれるかい? 話はまだ終わりじゃないんだ」
「……分かりました」
「さて、この賢者の石だが、もちろん私が用意したものではない。とあるお方からお借りしたものだ」
「とあるお方?」
奇妙な言い方をフレイヤは訝しむ。そもそも、パトリックが敬語を使っているのが不自然だ。彼の立場からすればそうする必要があるのは王と第一王子だけである。
それに、その言葉からは敬意よりも恐怖が感じられた。
「そのお方が言ってね。『目的のためなら何でもするような女性』が欲しいそうだ」
「なっ、まさか!?」
不埒な目的があるのかと邪推したフレイヤが声を上げる。それに対してパトリックは苦笑いして訂正した。
「ああ、違う違う。そのお方も女性のはずだし、既にあのお方のそばにいる女性は不幸な目に合っていないよ。……簡単に言おうか、こんな風に賢者の石を山のように用意できる存在がいる。そんな存在が君の夢を叶えてくれるそうだ。君自身を代償にしてね」
「私自身……?」
いったいどういう事だろうか。フレイヤにはその意図が上手くつかめない。だが、人知を超えたような何かが、パトリックに関係していることは確かだ。
事実として目の前には山のような賢者の石がある。
「その意味はあのお方に会えばすぐわかるだろう。さて、会ってみるかい?」
これが、魅力的な話であることは間違いない。自分の目的が常識的な手段で叶えられないことは目に見えている。ならば、これは天啓ではないだろうか。
そんなしばらくの思考の後、ゆっくりとフレイヤは頷いた。




