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12話 タコさん、口説き、堕とす

「はぁ……」

 アレサンドラは何度目かも分からないため息をつく。いくら考えてもタコの力を借りなければ国の奪還、そして再興など不可能であるとの結論になってしまう。

 そもそも、他国が叔父の王位継承を認めてしまえば、反逆者は自分の方だ。そうなっては協力してくれる国など存在しないだろう。


 しかし、その可能性は高くはない。人間と魔族の対立は昨日今日始まったものではなく、お互いの遺恨は深い。魔族と和平を結んだ叔父を、他国は許してくれないだろう。

 特に、宗教国家の聖スプレンドルとは確実に敵対する。かの国は精霊を認めてはいないが、人間の国に対しては侵略行為を行わない。だが、魔族に対してはその存在すら認めないとばかりに攻撃を仕掛けているのだ。


 ナスキアクアは聖スプレンドルと戦争になる。それに対して叔父は、魔族と全面的に協力して対抗するだろう。

 それは、他の人間の国とも断絶することを意味する。結果として国が荒れることは想像に難くない。


 恐らく、叔父は精霊使いの力である程度の待遇が約束されているだろうが、一般的な人間の地位は奴隷にまで落ちる。魔族が戦争を行い、人間は食料生産や鉱山などに回されるのだ。

 それに対して自分は何もできない。所詮、ここに居るのはただの小娘にすぎない。


 ……なら、タコの提案を受ければいい。あれだけの力があれば叔父や魔族の排除など容易だ。

 あふれるほどの食料で国も助かるだろう。自分の体一つでそれだけの見返りがあるのならば、受けるのが当然ではないか?


 ……本当に、自分はそう思っているのか? ただ、復讐したいことにあれこれ言い訳を考えているだけではないのか? 国なんてどうでもいいだろう?

 何も考えずに自分を『殺せ』と叫ぶ奴らを助ける必要があるのか? タコから得た力を思うがままに振るいたいのだろう?


 だめだ、やはりそんなことはできない。それは『悪い事』だ。父や皆に顔向けが出来ない。だが、他にどんな手段がある?

 アレサンドラの思考はまたしても同じ流れに戻ってしまう。


「オクタヴィアです。入ってもよろしいですか?」

 ふと、部屋のドアがノックされた。どうやら彼女一人のようだ。

 アレサンドラはどうしたものかと一瞬悩んだが、彼女に聞きたいことがあることを思い出しドアを開ける。 


「部屋に戻られていなかったので探しておりました。……私に聞きたいことがあるようですね?」

 どうやら顔に出てしまっていたようだ。オクタヴィアは微笑むと椅子に座る。

 これから聞くことが失礼であることを認識しているアレサンドラは、少し悩んでから口を開く。


「オクトさん。あなたは何故、人であることを辞められたのですか?」

 そうならないように気を付けていたが、その言葉には若干の棘が含まれてしまった。

 人を辞めたという事は、今までの人生をすべて捨て去ってここに居るという事だ。それは、周りにいたものに対する裏切りではないのか。そんな気持ちが暗に伝わってくる。


「簡単なことですよ、私には失うものなど無かったんです」

 しかし、それに気づいていながらもオクタヴィアは微笑みを消していない。軽い世間話のような気軽さで問いに答える。


「ニューワイズ王国。ご存知ですか?」

 知らないはずがない。宗教国家の聖スプレンドル、軍事国家のサン・グロワール帝国と合わせて三大国家と呼ばれるほど、この大陸で広大な国土を持つ王国だ。


「私は、その国の姫でした。……『姫』という言葉の定義が、王の娘であるという事であればですが」

 そして、オクタヴィアはつらつらと自分の生い立ちを語りだす。

 それは、王族という世界を知っているアレサンドラでさえ想像もしていなかったほど、凄惨なものだった。それと同時に、彼女の選択が非難できないものであることを思い知る。


「……ごめんなさい、事情も知らないのに失礼なことを聞きました」

「いいんですよ。あなたがどれだけ悩んでいるのかはよく分かります。それに比べて、この選択に後悔が無い私は幸せでした」

 アレサンドラは謝罪と共に頭を下げるが、オクタヴィアの方は特に気にしていないようだ。

 それでも自分のしたことに居心地の悪さを感じていると、またドアが開き、今度はタコが入ってくる。


「あらあら、サンドラちゃんどうしたの? そんな顔してちゃ、幸せが逃げてっちゃうわよ」

 いつものお気楽な感じでタコがテーブルに近づいてくる。アレサンドラはその様子に、今まで感じてきた疑問をぶつけることにした。


「タコ様は、本当に邪神なのですか? ここに居る方々は皆、幸せそうでした。あなたのお話を聞いても、とても邪神とは思えません」

 タコはなんとなく彼女の言いたいことを理解した。きっと、彼女は自分の行うことが正しいという後ろ盾が欲しいのだろう。

 前回レインたちからダメ出しを受けたこともあり、タコは既にアレサンドラを落とすための言葉を色々と考えていた。

 まずは椅子に座ると、触手を組んでアレサンドラを正面から見据える。


「例えばだけどさ、タコさんがすっごく良い神様だったとして、あなたに『聖なる力を授けます』とか言ったら、すぐに頷いてた?」

「それは……」

 言葉に詰まったアレサンドラだったが、恐らく喜んでタコの提案を受けていただろう。そして、神に自分の考えが許されたと浮かれていことが容易に想像できる。


「その力で叔父さんや魔族を倒したとしましょう。それって、今のタコさんが提案していることと何が違うの?」

 一瞬、タコが何を言っているのか分からなかった。善神に認められるのと邪神に認められるのでは、その違いは明白だろう。

 だが、その意図を理解した瞬間、アレサンドラは自分の頭が殴られたかのような衝撃を受ける。

 そう、結果だけ見れば、圧倒的な力で相手を倒すという事に変わりはないのだ。


「あなたの叔父さんだって、同士を集めて、魔族に渡りをつけて、チャンスまで必死に力を蓄えて反乱を起こしたんでしょう。それを、ただの幸運で力を手に入れたあなたに潰されたら、『ふざけんな』って思うんじゃない?」

 タコはまるで叔父を肯定するようなことを言うが、アレサンドラは何も言えない。今ならタコの言っていることの意味が分かる。

 自分の根幹が崩れていくような感覚を覚え、彼女は次第にその顔が青ざめていく。


「結局、圧倒的な力をもって我を通すってのは、相手から見れば悪でしかないと思うのよ。オクトちゃんの件だって、王子からすれば儀式を邪魔されただけだもんね」

 どうやら、オクタヴィアの方はそのことを理解しているようだ。静かにタコの話を聞いている。

 それが自分の考えの浅さを指摘されているようで、アレサンドラはさらにうつむいてしまう。


「でもさ、そんな風に悪だと言われようが、人である事を捨てようが、叶えたいことがあるんでしょ? タコさんはそんな女の子がだーい好きなの」

「しかし、それでは父にも、皆にも顔向けが……」

 彼女の言葉は弱々しく、すでに自信を失っているのが簡単に分かった。それでもタコは、彼女にとどめを刺すかのように話を続ける。


「サンドラちゃん。お父様はあなたに何て言ったの? 本当にその意思を理解してる?」

「……!? そんなことはありません! 私は父の意思を理解し、その信念は私の中で生きています!」

 突然、自分の父への想いを侮辱するようなタコの発言に、アレサンドラは動揺を隠せない。思わず声を荒げて反論してしまうが、当のタコは静かな瞳で彼女を見つめ返していた。


「サンドラちゃん、あなたは祖国を忘れて静かに生きていける?」

「……できません」

 タコの落ち着ついた言葉に、冷静さを取り戻したアレサンドラが答える。


「サンドラちゃん、今のあなたに国を取り戻すことが出来る?」

「……そ、それは……」

 アレサンドラの手は震えていた。少しずつ、タコの言葉を理解しようとするたびに、自分の大切な何かが壊れていくような気がしている。


「それじゃ、改めてあなたの中にいるお父様に聞きましょうか。あなたは、自分の娘に、十中八九、無駄死にするような道を行けと言いますか?」

「……!?」

 アレサンドラは、タコが言いたかったことを完全に理解した。


 タコの言う通りだ。父が最後に言った言葉は『生きろ』。

 父は、死地へ赴くような真似を許すような人ではなかった。今更、生き方を変えられない自分が、勝手に『姫として生きろ』と言う言葉にすり替えていたのだ。

 それは、アレサンドラ自身も気づいていなかった心の防壁だった。姫でなくなってしまったら、自分自身がなくなってしまいそうだったから。


「怖いんでしょう? 姫らしからぬことをして、人から『悪』だと言われることが。今まで姫として、人の為に生きるように言われてきたあなたは、それに反すれば皆から見捨てられると思っているのでしょう?」

 アレサンドラは、もう何も言うことが出来ない。何か、タコに言い返さなければと必死に言葉を探すが、口からはパクパクと空気が漏れるだけだ。


 その様子にタコは オクタヴィアに目線でこっそり部屋から出るように伝える。

 そして、アレサンドラの腕をつかむと自分の胸元に引き寄せた。彼女は突然のことに驚くが、触手を振りほどくことも出来ずにその胸に顔をうずめる。


「勘違いしないでね、サンドラちゃん。その考え方は素晴らしいものよ。『悪く思われたくない』というくらい周囲のことを尊重しているわけだからね。きっと、あなたの周りは尊敬できる素晴らしい人ばかりだったのでしょう。あとは、もうちょっと経験を積めば、あなたは素晴らしい姫になれたと思うわ」

 傷つき、疲れ果てていたアレサンドラの心は、タコの愛撫と優しい言葉を受けるたびに癒されていく。


 人に優しく抱きしめられるなんていつぶりだろう。

 ああ、そうだ。あれは、母に抱きしめられた時だ。あの時だけは姫である重荷から逃れることができた。

 そのことを思い出してしまい、必死に支えていた心は限界を迎える。


「でもね、残念ながら今のあなたは姫じゃない、ここにいるのはただの女の子。……ただの女の子なんだから、そんなに我慢しなくていいのよ。言いたいことがあるなら吐き出しちゃいなさい。ここはあなたの国じゃなければ、タコさんは人間ですらないんだから」

 その言葉が決め手だった。

 姫としての責任を、今、この時だけは放棄していい。

 あまりにも魅力的な誘惑に抗う事なんてできない。自分からタコの背中に手を回すと力強く抱きしめる。


「……ふぐ、ぐす、ふええええええん!」

「おーよしよし、サンドラちゃん。つらかったわよねぇ」

 アレサンドラは堰を切ったように泣き出してしまった。タコは涙で濡れるのも気にせず、そのまま抱きしめて頭を撫でる。

 しばらくして涙も収まってきたが、今度は喉に詰まっていた言葉が吐き出された。


「もう嫌です! なんで私は、こんな目に合わないといけないんですか!?」

 それは、彼女の心の底から飛び出した言葉だった。


「気が付いたら国は借金まみれで! 母は病気で亡くなり! 父は戦争や政治に行ったきり! 私は精霊使いになるための修行ばかりの日々! 王族が贅沢するなんて本の中の話でした!」

 今まで、こんな生活は知らなかった。マジックアイテムに溢れた便利な生活、いくらでも食べられる食事、豪華で快適な衣服。

 だが、アレサンドラは知ってしまった。望めばこんな生活を送れることを、タコが教えてしまった。


「しかも、もうすぐ成人だと思ったら、叔父が反乱、魔族が侵攻、父は私を残して玉砕!? いったい私にどうしろって言うの!?」

 自分の人生はいったい何だったのか。

 努力は成果を出す場所もなく無駄になった。残ったのは『元姫』という肩書だけ。しかし、その肩書は押しつぶされそうなほど重いのに、それがないと自分が誰なのかも分からなくなりそうだった。


「叔父が憎いです! 裏切った民が憎いです! 父の、国の、私の人生の仇を討ちたいです!」

 だが、タコはそれらをすべて解決し、復讐という醜い欲望さえ叶えてくれるという。ただ、自分が人間を辞めるという事だけで。

 彼女がタコに従わない理由は、もうあと一つしかない。


「だってさ、ティーナちゃん」

 タコが視線を横にずらす。アレサンドラも驚きそちら向くと、部屋の入り口でヴァレンティーナがこちらを見つめていた。

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